アリナ先輩、と言う方が居るじゃないですか。
実は私も高校の時に、芸術家の先輩が居たんです。
サイコでもぼっちでも無かったし、寧ろ明るくて面倒見の良い方だったけど、自分の世界をしっかり持っているカッコ良さとかはよく似てるなあ……と思います。
「佐倉さんお待たせ」
待ち合わせの場所に呼ばれてやって来たのは、髪をスパイラル状にカールさせた髪型の、かーなーりグンバツなスタイルのお姉さんだった。
私と同じ中学生だと聞いていたので、一瞬
その後一同が集まったのは、見滝原市内のファミレス。待ち合わせ場所から歩いてファミレスまで移動する間、中学生離れしたお姉さんは、通っている学校は何処かとか、緊張しなくても大丈夫だからねとか、よく私に話しかけてくれていた。あ、良い人だな、と分かる。ちゃんと責任感を持って私と接しようとしてくれているが、ちょっと気張り過ぎにも見えて、却ってこっちがちょっと心配になりそうな位だった。ここまで来たら流石に緊張はしてないから大丈夫だよ。
で、杏子さんはその間何をやってたかと言えば、一言も喋らないでおまんじゅう食べてた。紅白のまんじゅうを、歩きながら。
スパゲッティカルボナーラとピラフとカニ玉がほぼ同時にやって来る。お昼時を少し過ぎた時間だったので、店内は勉強の為にドリンクバーで粘っている学生以外には客は少なく、空いていた。
杏子さんはきちんと手を合わせて「いただきます」と律儀に言ってからピラフに手を付け始める。さっきまでまんじゅうを食べていたと言うのに、この人の食欲には
「えっと、芽育、奈尾さんで良かったかしら」
「あっはい」
良い人のお姉さんは道中の会話で自分の名前は「巴マミ」だと教えてくれた。磨かれた様に綺麗な、白くてほっそりとした手がフォークとスプーンを操ってスパゲッティを巻き取って行く。
「芽育さん、佐倉さんから聞いたんだけど、貴方、魔法少女になりたいのよね」
「はい、そうです」
「この街にはまだ魔法少女の素質がある子の気配がする、と言うのは、僕も何となく感じてはいたよ」
と、唐突に、私とマミさんの会話に割り込んだ者が居る。
ファミレスの窓の
魔法の使者「キュゥべえ」は、澱みの無い、まるで電話の音声案内みたいな調子でつらつらと続ける。
「だけど、それでも僕はわざわざ君の事を捜そうとはしなかった。魔法少女は多ければ良いと言う物じゃない。つまり君の今の強さはその程度って事さ。伸びしろが多いとも言えるけどね。
僕としては即戦力とは言い難いが、しかしまあ欠員補充には丁度良いんじゃないかと思うね。マミと杏子は」
「
セリフじみた発言を
「OK、分かったよ」
ぎっ、と実際に音がしそうな程鋭い目でキュゥべえを睨み付ける杏子と、さっきと全く様子が変わらないキュゥべえ。……欠員補充?
何か引っかかったが、取り敢えずその時は気にしない事にして、マミさんの話に意識を戻す事にした。
よく考えてから決めて欲しい、貴女が後悔する事になったら私達も悲しいから、と前置いて、マミさんは彼女達の世界の全貌を説明してくれた。
「魔法少女になる子は、皆最初にキュゥべえに自分の『願い事』を言うの。どんな願いでも一つだけ叶えて貰える代わり、魔法少女はその先の一生を、人間を襲う『魔獣』との戦いに捧げる。これが魔法少女になる為の『契約』よ」
『魔獣』と言う存在には心当たりがあった。あの日、あの白いマントを着た魔法少女と出会った夜、私に襲いかかって来たよくわからないなにか、あれがきっと『魔獣』だ。
『願い事』か。と言う事は、杏子さんとマミさんも、過去に何かの願いを叶えて貰ってるって事だ。
「そして、これは『ソウルジェム』。契約を結んだ女の子達が生み出す宝石で、魔法を使う為にはなくてはならない物よ。魔獣が近くに居ればその存在を感じ取る事が出来るし、魔法少女の服や武器を出したりも出来る。…………………そして、『ソウルジェム』を失う事は、そのまま私達にとっての『終わり』を意味する」
マミさんの『ソウルジェム』は黄色。杏子さんは赤。どちらも小さな卵の様な形をしており、何とも表現の難しい光り方をしている。まあ、
「『ソウルジェム』からあまり離れすぎると、私達の身体は機能を停止する。破壊されればその息は絶える。でも、ジェムに何かない限りは、どんな怪我や病気でも魔法の力で治す事が出来るの。
『ソウルジェム』とは、文字通り私達の『魂』―――手に取って守れる様に、身体から分離させられた生命なのよ」
「人間やめちまっても惜しくないかどうか、そう言う事だ。後戻りは出来ない」
杏子さんが口を挟んだ。
ニンゲンやめる……うーん、解釈次第ではそうも言えるか。実を言えば、杏子さんの言葉を聞くまで、私はソウルジェムと魔法少女の身体の関係を、リモコンと遠隔操作のロボットみたいにイメージしていたので、事の深刻さがイマイチよく分かっていなかった。小さな宝石に自分の生命を握られている。確かにこれは重大な事だ。
その後もお二人は、魔法少女になりたい私を思いとどまらせようと説得を続けた。生命の危険から、魔法少女になると時間が無くなって、他の事をやる暇が無くなると言った事まで。私も自分の身の上を二人に話した。二人は真摯な態度で、私の話を聞いてくれた。
が、私だって半端な覚悟でこうして来た訳ではない。って言うか
「いやぁ、お二人のお話を聴く程、やりたくなるんですよね」
「「は?」」
杏子さんとマミさんが一瞬、呆気に取られる。暫くはそのまま言葉を失っていたが、やがて杏子さんが口を開いた。
「なっ……何言ってんだお前?今まであたしらの何を聴いてたんだ⁉」
「だってお二人共、本気で私の事考えて言って下さってるでしょ?まだ初対面なのに……」
話はちゃんと聴いていた。そして、嫌と言う程分かった。この人達は、本当に頼りになる人達だ。私が戦う事になっても、この人達について行けば、きっと大丈夫だ。
「そんな人達と一緒に頑張れたら、私、幸せだろうなぁって」
「芽育さん…………………」
マミさんが少しだけ照れた様な仕草を見せたが、杏子さんは「お、ま、え、なああ」と唸りながらずかずかと歩み寄って来ると、私の胸ぐらを引っ掴んだ。
「佐倉さん!」マミさんが叫ぶ。近くに居た店員が、私達の方を見てフリーズしている。
杏子さんは刺す様な視線で、至近距離から私の顔をまっすぐ見ていた。
「ムカつくんだよ。軽いノリでこっち側に入って来ようとしやがって。魔法少女なめてんじゃねーっての」
「……………………………」
「良いか?あんたが魔法少女になったら、魔獣に感情を喰われる前に真っ先にあたしが殺しに行ってやる。手足を斬り飛ばした上で、常人だったら十回は死ぬような傷を負わせてからソウルジェムを踏み潰してやるからな。その覚悟があるなら来なよ。歓迎してやるからさあ」