アルティメット千早な僕が765プロのオーディションに落ちた件   作:やんや

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今回で765編最後。
3話目にして1度目の覚醒回。

最初に言います。ぐだぐだで申し訳ない。


アルティメットな出会い

あれから一月程が経ち、季節はすでに秋に差し掛かっていた。

あの日以来僕の引きこもり体質は拍車が掛かり、前は週一で外に出ていたところを今では一度も外に出なくなっている。

外に出るだけの気力が湧かないというのもあるが、外に出るのが怖かった。これまで必死にシャットアウトして来た765プロの今を外に出ることで知ってしまうのが怖かった。

この部屋ならば何も見聞きせずに済む。テレビはあれ以来観ていないし、パソコンはゲームどころか電源を入れることすらしてしなかった。

あの日、予期せず現在の765プロを取り巻く事情を知ってしまった。その内容は僕の止まった心を抉るのに多大な成果を出すに至った。

僕がこれまで頑なに信じていた「765プロにとっての正解」が間違いだったと教えられたからだ。

誰か特定の人から告げられたわけでもなく、テレビのニュースで知ったことがダメージを膨らませている。

無関係なキャスターが語るどこか他人事めいた言い様が、そのまま僕と彼女達の関係を揶揄しているかの如く上滑りして聞こえた。

つるつると滑るキャスターの言葉がするりと耳へと入り込み、一気に脳幹の奥まで侵入した。

遠くに聞こえる765プロの話がそのまま彼女達との距離に感じられた。

そんな現実が僕に残されていた人間らしい感情にトドメを刺したのだ。

今では食事すらまとまに摂れていない。優が前よりも頻繁に訪ねて来るようになり、その時に何かしらを食べさせてくれている。そんなことをしなくても餓死なんてしないのに。もはや空腹すら感じないくらい、僕は人間を辞めかけている。

全てを失った僕に生きている意味はあるのだろうか?

千早になれなかった僕に存在価値はあるのだろうか?

そう自問自答するも、答えなんて分かりきっていた。

こんな欠陥品のポンコツの屑に価値などあるはずかない。

もう何度目になるかわからない自虐的な結論を自分に下したところで部屋にアラームが鳴り響く。

これは優がセットしてくれたもので、ご飯を食べる時間になると報せてくれるのだ。本当は食欲が湧かないので食べたくないけど優が決めた時間なのだからご飯を食べないといけない。

ベッドから起き上がるために四肢に力を込める。

両の手足から脳へと伝わる信号はぴりぴりとした痺れと共に血の滞留を訴え掛けて来る。しかし肝心の脳が体を動かそうとしない。

一日のうちほとんどを不自然な体位でベッドに寝転がり微動だにしない僕の姿は自分でも気味が悪いと思う。寝返りすらまともに打つ気力がない。ずっと同じ姿勢を続ける。動くのは優が来た時だけだ。

もし優が見たら何と言うだろうか。きっと「アイドルを目指すなら、そんなことしちゃ駄目だよ?」とか言うに違いない。

同じ体勢を取り続けると骨格が歪むと言うし、優が駄目と言うのも頷ける。優が言うのならそうした方が良い。

そこまでの思考に至ってようやく身体が動き始めた。手足に意識を集中させ、動けと念じる様に四肢の神経に意思を通す。腕と足を指先から順に、親指から小指を一本ずつ馴らす様に曲げる。

半日もの間ほとんど動かしていなかった筋肉はそれだけで悲鳴を上げ、先程までの動けという命令を反故にしろと言わんばかりに引き攣る。それを意思の力でねじ伏せ無理やり動かした。

 

「───っ!?」

 

身体の至る所からビキビキと筋繊維が引き千切られる音がする。

凄く痛かったけど、痛いだけなので我慢はできた。人生にはもっと辛くて痛いことがある。僕の人生とか。

馬鹿な思考と身体の痛みは無視する。しばらくの間全身の筋肉を解すために体を動かし続けた。

本当に優の存在は僕を窮地から救ってくれるね。想像の中ですら金言を与えてくれるなんて、やはり優は僕の救世主だ。むしろ優の存在そのものが僕の生命線と言っても過言ではない。

凝り固まっていた筋肉は一通り解すとすぐに健常な状態に戻った。たったこれだけの処置で十全な状態に戻るって我ながらチートだと思う。

さて、今日は何を食べようか。昨日は確かお肉だったから今日はパンにしようか。麺でもいいかも知れない。まあ、何でもいいか。食べられたらそれでいい。

ベッドから立ち上がるとふらふらとした足取りで冷蔵庫へと向かう。丸一日何も口にしていないせいでエネルギーが足りない。それでも無理やり動かす僕にはベッドから冷蔵庫までの距離すら遠く感じられた。まじガンダーラ。孫悟空とかなしで天竺に行く感じ。

何とか冷蔵庫まで辿り着く。中に何があるかなと冷蔵庫のドアを開けて中身を確認すると見事に何も入っていなかった。

おかしいな、昨日までは確かにご飯が入っていたのに。あ、腐っていると言って優が捨てたんだった。腐っていても問題ないのにね。

それにしても、困ったぞ。食べる物が無いと何も食べられないじゃないか。

お腹は空いてないけれど優にアラームが鳴ったらご飯を食べる時間だと言われているからなぁ。

何か食べないと。

でも何も冷蔵庫の中に無いし。

あれ、そもそも何で食べないといけないんだっけ。……ああ、そうだった。優に言われたからだった。

でも何も冷蔵庫の中に無いよ。

うーん……。

しばらく冷蔵庫の前で首を捻っているとケータイの着信音が響いた。

優からだろうか。優からしか来ないから無意味な疑問だった。

冷蔵庫の中を確認するのを一旦止めてケータイの置いてあるベッドまで戻る。軽快な音色を奏で続けるケータイは二年以上前の物とあってすっかり型落ちしてしまったが、優からの連絡を受ける用の端末になっているため特に支障はない。

着信が切れる前に何とか出ることが来た。

 

『お姉ちゃん?』

 

優の声が電話の向こうから聞こえる。当たり前のことだが、その当たり前が嬉しい。

 

『ちゃんとご飯食べた?』

 

食べてる食べてる。

もりもり食べて最近だと大食い選手権に出られるくらいだよ。

 

『嘘吐き。今冷蔵庫の中身空っぽでしょ』

 

凄い、さすが優だ。エスパーかな?

天使かも知れない。

 

『実は今日はお昼作りにそっちに行けなくなっちゃって』

 

……。

 

『お姉ちゃん?』

 

うん、大丈夫大丈夫。

仕方ないね。優にだって自分の生活があるんだから、僕にばかり構っているわけにはいかないよ。

むしろ今ですら過剰な世話を焼かせているわけだし、もう少し頻度を落としてもいいくらいだね。本当にそうされたら泣きそうだけど。

 

『ごめんね、お姉ちゃん。その代わり夕方に顔を出すから』

 

大好き。

今日は寝ないで優を待っちゃおうかな。あ、でもそれだと待つ時間が長くなるから今から夕方までまで眠るとか。

 

『今から寝るのは無しだよ』

 

はい。

何故わかったし。と言うかよく会話成り立ってるよねこれ。僕まだ一言もしゃべってないんだけど。やはりエスパーか。

 

『今日は僕の代わりに違う人がそっちに行くから、ちゃんと部屋に上げて、相手してあげてね』

 

うん、わかった。

……ん?

 

『じゃあ、また後でね』

 

待って待ってウェイウェイ。ステーイ。

他の人って何?

優以外の人が来るとか聞いてないよ。そのパターン今までになかったよ。優以外を部屋に上げたことないんだけど。いや、そういう問題じゃなくて、優以外の人と会うとか無理なんだけど。

こういう時だけ僕の言いたいことを察することはせず、無情にも優との通話は切れてしまった。

 

「……」

 

どうしようこれ。えー、本当に誰か来るの?

未だ嘗て優以外に誰も招いたことがないマイルームだぞ。未対応で未実装だぞ。

……居留守使おうかな。

でも優に入れてあげろって言われたから駄目だ。優に言われたなら入れるしかないね。仕方がないね。

そうこうしているうちにチャイムが鳴った。早いよ。まだ心の準備も持て成しの用意もしてないから。

しかし今から客を持て成すと言っても何も出す物がないぞ。冷蔵庫の中身空だし。

あ、ご飯を食べないと。でも冷蔵庫空だし。じゃなくてお客……ご飯。

とりあえずいつまでも部屋の前で放置し続けるのは駄目だよね。優に相手してあげろって言われたから最低限の応対はしないと。

嫌々ながら玄関へと向かい何の躊躇いもなく扉を開いた。

すると、そこに立っていたのは。

 

「千早……ちゃん」

 

春香だった。実に二年ぶりの再会である。

 

「……」

 

なんでさ。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

カッチコッチと時計の音が部屋に響く。

今僕と春香はテーブルを挟んで対面に座っている。

お互いに会話は無く、顔も上げていない。僕は声が出ないので会話が成り立たないのは仕方がないのだけど、お互いに顔を見ないのは何となく気まずい。

部屋の前に立っていた春香は僕を見ると暫し呆然とした顔をした後に笑みを浮かべ僕の名前を呼んだ。「千早ちゃん」という、初めて会ったあの時の呼び方で。

二年も前に一回会っただけの相手にそんな馴れ馴れしい呼び方をするのは僕にはハードルが高い。それができる春香はさすが体育会系アイドルだ(錯乱)。

と言うか、何で春香がここに居るのか説明を受けていないんだけど。優が言ってたのは春香のことだっていうのはわかった。大方実家の方に春香が行って優にアパートの場所を聞いたのだろう。

じゃあ、なんで春香は家に来たの? 僕に会いに来たの?

それとも優と知り合いで今日はお家デートだったの?

もしそうなら衝撃的な事実過ぎて目玉飛び出そうなんだけど。トップアイドルが熱愛発覚。相手は僕の弟。ヤバ……。

確かに優は可愛い。年上の女性にモテると思う。現に小学校時代も上級生に可愛いと言われていた気がする。同じく年上の春香が優を好きになっても違和感はない。

……いや、そろそろ沈黙が辛くなって来たのでふざけてみたわけなのだけど。希望的観測から考えると春香は僕に会いに来てくれたわけだよね。

何の用だろうか。用件くらい言って欲しいのだけど。

僕って静かなのは慣れてるし。優以外と肉声で会話しないし。その会話すら優の話を僕が聞くだけだから、沈黙って僕にとっては何てことないから延々沈黙してても問題ないよ。

ただし気まずく空気は無理。

沈黙は大丈夫でも気まずいのは無理だったよ。

さっきから春香が何かを言いたそうにしてこちらをチラチラ窺って来るのも気まずさを加速させている。しかし僕と目が合うと「アハハ……」と笑ってから目を逸らしてしまう。

もうアレですか、これは僕が尋ねないと終わらないやつですか。むしろ始まらないまである。

このままほぼ他人同士による耐久沈黙レースをしても良いけれど、居座られて不利なのは自分の家にいる僕の方だからね。春香側は他人の家とかむしろアウェーだからこそ排水の陣的な耐久力を見せそう。

ここは下手に長引かせて不利になる前に一気呵成に攻めたて話を切り上げるのが良いだろう。

そうと決まれば春香に今日は何の用件があって来たのかと聞こう。

喋れないから無理だけど。

開始早々に詰んでるじゃん。

今の僕の心境って某爆弾男のゲームの対戦で開幕直後に爆弾を置いちゃったくらい出鼻挫かれてるから。こんなの死ぬしかないじゃない。

しかし死んだら優に会えなくなるのでもう少し足掻いてみよう。

確か冷蔵庫の中に新しいノートと筆記用具があったはずだ。それを使っての筆談を申し出てみよう。字とかしばらく書いてないから漢字とか忘れてないか不安だ。簡単な漢字も書けなくて恥ずかしい思いをしたらどうしようか……。などと色々と不安を覚えながら冷蔵庫を開ける。

見事に何も入ってないな。さっき確認したばかりだけども、調味料すらないとか改めて僕の家やばいわ。最悪マヨネーズ舐めてれば生きられるわけだし、今度調味料だけでも補充しよう。何かしら食べないと優に心配掛けちゃうし。

……あ、そう言えばご飯食べないと。すっかり忘れていたけどアラームが鳴ったからご飯食べないと。

でも冷蔵庫の中は何もないし。

うー?

 

「お腹空いたの?」

 

僕がいつまでも冷蔵庫の前から動かないからか春香がこちらまでやって来た。確かに冷蔵庫の中身を覗き込んでじっとしていたらそう見えなくもなくなくないか。お腹は空いてないけども。ただ僕は優に食べるよう言われたから食べようとしただけだから。今更食いしん坊キャラとか設定追加されても扱いに困るから。

そんな僕の無言の抗議は当然ながら春香に伝わるわけがなかった。伝わるのは優くらいだ。やはり優は天使なんだ。

あ、優と言えばご飯食べないと。

 

「えっ……と」

 

背後から冷蔵庫の中を見て軽く絶句する春香の声が聞こえた。

まあ、その反応はわからなくもない。この新品かと思うくらい伽藍堂の冷蔵庫を見ればそうなるだろう。

一応ノートと筆記用具は入っているから空っぽではないんだけどな。

 

「お料理とかは……しないの、かな? あ、あはは……」

 

春香は絶句したことを誤魔化すように笑いつつ遠慮がちに僕の料理スキルについて訊ねて来た。調理……。その質問にあえて答えるならば、コンビニがあれば人は生きられると返そう。そのコンビニにすら一人では行けない僕は優とチートがなければ生きていないことになるが。

それよりも優に言われたから何か食べないと。

 

「お買い物に行こっか。材料さえあれば私が作れるし……どうかな?」

 

タイミング良く提示された春香の申し出に思わず頷いてしまう僕であった。

 

 

 

お外怖いお外怖いお外怖い。

お外思ったよりも怖い。

春香の誘いにホイホイと付いて来たはいいけど、想像以上に外が怖くて部屋からなかなか出られなかった。

春香に宥めすかされ、手を引かれ、最後に腕を引かれて何とか外に出られた。引っ張り合いをすれば確実に僕が勝つのだが、春香の有無を言わさぬ態度に僕が折れた。この身に沁み込んだ如月千早が春香に逆らうことを拒絶しているとでも言うのだろうか。単純に僕が流されやすいだけだった。

家に来た時の春香は例のファン舐めてんのかってくらい適当に見える変装をしていたのだけど、今はその変装道具は僕に装着されている。ハンチング帽と眼鏡姿になることで視界が塞がり心持ち安心できたのも外に出る敷居を下げていた。

その恰好で春香の腕にしがみ付き、なるべく周りを見ないようにして歩く。まるでお化け屋敷を怖がる子供みたいで情けないが、怖いものは怖いのだから仕方がないじゃない。

一か月ぶりに出る部屋の外は下手なお化け屋敷よりも怖かった。

何と言ってもお外でかい。空が高い。風が吹いている。人の視線が集まる。

自分の住んでいるアパートの一室がどれだけ安全地帯なのかわかった。お家が恋しいよ。

 

「大丈夫だよ千早ちゃん。私が付いているから、ね?」

 

春香が優しく励ましの声を掛けてくるが僕はそれどころではなかった。

万が一にも春香から離れるわけにはいかないので腕を掴む力を強める。あまり強すぎると春香の肩から先がさよならバイバイするので可能な限り加減はするけども。

今の僕は外の怖さに戦々恐々内心ビクビク常時仰天状態。傍に春香が居てくれるから何とかなっているけど、これ一人だったら絶対無理だったわ。

そもそも一人だったら外に出ないけどね。じゃあ誰が僕を外に連れ出したの。春香です。その春香に助けられています。これマッチポンプじゃない?

酷い、犯人が優しくしてくるなんて。ストックホルム症候群になったらどうしてくれるんだ。こうして抱き着いても拒絶せずに受け止めてくれている時点で若干発症しかけている僕が居る。

若干嬉しそうにしている春香の反応も謎だ。僕に抱き着かれて喜ぶ要素ある? 僕が春香の立場だったら引いてると思うけど。そう思いつつ僕の方から離れられないのであった。

だって怖いんだもの。さっきから道行く人が僕達を見てくる。その視線に含まれる物が好奇心を刺激された人間特有のいやらしさを感じて身が竦む。二年前、声の出なくなった僕に対して口では「心配している」と言いつつ何でそんなことになったのか知りたがる友達を名乗る女子連中の目がまさにそれだった。

嫌だよ。そんな目で見ないでよ。僕は何も答えられないから。答えなんてないから。君達の好奇心を満たすことは言えないんだ。原因を忘れちゃったから。優に何を言ったのか忘れちゃったから。忘れたから何も言えないんだ。言えない。何も。言えないから。許してよ。

 

「大丈夫だから」

 

そっと体を包み込む感触に我を取り戻す。同時に自分がひどく震えていることに気付いた。

身体が震える。外の怖さにではない。誰かの視線が怖い。好奇の目が怖い。

 

「大丈夫だから」

 

その声に顔を上げると笑顔の春香と目が合った。先程と何も変わらない笑みを直視してしまい、慌てて顔を俯けると今度は春香の僕を抱く力が強まる。

春香は大丈夫と言うが、そんなことでこの絶望的な不安感は拭えない。まるで崖の上から夜の海を覗き込んでいるかの様で、いつ誰に突き落とされるかわからない恐怖と危機感を募らせる。ほんの少し押されただけで海へと叩き落されそのまま二度と浮上できない自分を幻想する。

 

「千早ちゃんは大丈夫だよ」

 

大丈夫大丈夫と、何を根拠にそんなことを言うんだよ。何も知らないくせに。如月千早を知らないくせに。

僕の二年間を知らないのに。このゴミみたいな停滞した時間を見たことがないくせに。

今の僕を客観的に見れば駄々っ子の様なものだ。どうしようもないことを受け入れられずに他者に当たる子供そのもの。

春香だって本当は聞きたいはずだ。僕がこうなってしまった理由を。何があったのかを。

それでも春香は何も聞かずに変わらぬ笑顔を向けてくれる。こうして抱いてくれている。

それがどれだけ救いなのか、頭では理解できていても感情が受け入れられない。

子供だ。どうしようもなく僕は子供だ。理性では理解でているはずのことを受け入れられない。

子供の感情がぐずる姿を大人の理性が冷静に観察している。僕って本当に情けないなぁ。

自分の情けなさに春香の腕の中で落ち込んでいると春香に頭を撫でられた。突然のことでびっくりしたけど不思議と心が落ち着いて来る。

 

「あの日、私を助けてくれた千早ちゃんはすっごく強い子だから」

 

助けた?

春香は何を言っているのだろうか。僕が春香を助けたことなんてあったっけ。

あの日僕は春香に何をしてやっただろうか。日記を読み返したとしても、たぶん細かい内容は書かれていないだろうし。そもそも日記は今実家の僕の机にデスノート方式で封印中なので簡単に読み返せないのだが。

だが僕の行動の何かが春香の心を動かしたらしい。まったく自覚のない成果に戸惑いを覚える。

 

「私が知ってる千早ちゃんなら大丈夫。今からでも遅くないよ、千早ちゃんなら絶対アイドルになれる。私はそう信じてる」

 

……それは前提が間違っている。春香のそれは勘違いだ。僕が今もアイドルをやりたがってると勘違いしている。

だからそんな笑顔で大丈夫なんて言えるんだ。信じていると言えるんだ。

春香は勘違いしている。声が出ないこととアイドルをやらないことはイコールじゃないのに。

僕の声が出ないこと。僕が絶望していること。僕がアイドルを目指すのを諦めたこと。それらは出発点は同じでも原因はすべて違うのだ。

そして、それは765プロのオーディションに落ちたことが原因じゃない。それは理由の一つだけれど、元凶とは違う。

僕はずっと──。

 

「またそうやって無責任にアイドルに引き留めるつもり?」

 

その声は肌寒い秋空の下にありながら、なお寒気を感じる程に冷えていた。

突如その場に現れキツイ言葉をぶつけて来た謎の声の正体。それを僕が本当の意味で知るのはまだ後の話。

 

 

 

その少女こそ、この先何度もすれ違いその度に傷つけ合うことになる相手だった。

時に交差し、時に平行線を辿る僕達のキセキは最後まで点以外で触れ合うことはなかった。

お互いがお互いの運命を狂わせた加害者であり被害者である僕達二人。

 

”渋谷凛”と”如月千早”の物語。

 

そんな僕達の”今回”の出会いは有り体に言えば最悪だった。

まあ、今の僕には彼女が何者なのかすら知らなかったわけで……。

だからこの時の僕は最初今のこの状況を他人事の様に見ているだけだった。

 

「……?」

 

誰だろう、知らない子だ。突如声を掛けて来た少女を春香の腕の隙間から確認する。

長い黒髪とスレンダーでありながら均整のとれた姿が魅力的な十五、六歳くらいの少女がこちら──春香を厳しい目で見ていた。

台詞からして春香の知り合いっぽいけど、それにしては春香を見る目が何か責めている感じがするぞ。ただの釣り目?

あとあのセリフ。またアイドルに引き留める? どういう意味だ。

 

「凛……」

 

春香がばつが悪そうに少女の名前らしきものを口にする。やはり春香の知り合いだったか。名前は凛というらしい。

でも知り合いならば凛のあの目は何なのだろうか。元から釣り目がちな目っぽいけど、それ以上に不機嫌オーラが相手の子を攻撃的に見せている。

 

「可奈のこと、引き留めてるって聞いた」

「可奈ちゃんも今は整理が付かないだけで……きっと、可奈ちゃんも戻りたいって思ってる、はずだから」

 

僕が居ると知りながら突然春香へと本題をぶつける凛。春香も少女の言葉を無視できないのか会話を受けてしまい僕のことは後回しのようだ。

そうやって僕の頭越しに言葉の応酬を始める春香と凛から完全に僕は居ないもの扱いをされている。別にいいけど。

いや春香は顔が見えないのでわからないが、凛の方は隠れている僕が気になるのかチラチラと時折こちらに目線を向けているが誰なのかと問い質す程の興味はなさそうだ。それよりも春香との問答に集中したいらしい。

存在を忘れられるならそれでいい。下手に巻き込まれても困る。それに忘れられることには慣れているし。

 

「そう可奈が言ったの?」

「それは……直接そう言われたわけじゃないけど」

「言われてない、じゃない。そうじゃないよ。それは春香の願望でしょ。可奈本人はアイドルを諦めるって聞いてる」

「それは違うよ! 可奈ちゃんはアイドルを諦めるって言った! でも、それは可奈ちゃんの本心だとは思えない。まだ私は可奈ちゃんから本当の気持ちを聞いてない!」

「だから、それは春香が勝手に思っているだけで、可奈本人の気持ちはとうに出ているでしょ。可奈はアイドルを辞めたいと言った。それが答え。違う?」

「違うよ。違うんだよ凛! それじゃ駄目なんだよ……。今可奈ちゃんは悩んでる。アイドルを目指すこと、アイドルを続けること、辛いことがあるって知って戸惑って、自信を失くしちゃってるだけ」

「それは一か月も練習を休んで良い理由にはならないよ」

 

可奈ってあのミニライブに出ていたバックダンサーの子か。確かニュースで言ってた転んだ子の名前が可奈で……ああ、なるほど。

話を聞いただけでは全貌は見えないけど、どうやら可奈って子はあのライブでの失敗で挫折してしまったらしい。よくある話と言えばそれまでだが、当人にとっては十把一絡げにされたくはないことだろう。

可奈って子にとってはあのライブでの失敗は自分に絶望するくらいには大きなものだったのだ。僕の絶望だって他人からしたら鼻で笑う程度のものかも知れない。でもそれを実際に大したことじゃないと言われたくはなかった。だから可奈の絶望を僕は否定しない。

そんな可奈を春香はアイドルに引き留めているらしい。それはどんな理由からはさすがに読み取れないが、春香にとって可奈の脱落は許容できるものではないらしい。

 

「確かに可奈ちゃんは練習を休んじゃってるけど……でも、今ならまだ間に合うし、踊りのフォーメーションだって可奈ちゃんのポジションを残してやってるでしょ、だから」

「それはどの程度のレベルの話?」

「え?」

「一人欠けた状態の練習でどれだけの糧になるの? 私には今の練習に意味があるようには見えない。私、達ならできるよ? ライブに竜宮小町が遅れたあの時の経験が活きてるから。その後も誰かしら足りない状況っていうのはあったし、私達は慣れたから」

「だったら」

「それをスクールの皆に求めるの?」

「あ……」

「それができるのは私達がそれだけの経験を積んで来たからだよ。でもスクールの子達は違う。春香は知ってた? 百合子と杏奈がフォーメーションの練習中不安そうにしていたってこと。あのいつも明るかった奈緒ですら誰も居ないところでは暗い顔をしてたってこと。志保が練習後もずっと一人で練習し続けて明らかにやり過ぎてること。他の子達の今の状態を知ってた?」

 

少し考えればわかることだった。スクールのメンバーは可奈一人ではないことに。

可奈以外にも同じ”アイドル未満”の子達は居る。今の765プロのメンバーと比べれば未熟過ぎるその子達は、果たして居ない人間を想定したフォーメーション練習で上達するのだろうか。仮に可奈を抜いたフォーメーションを練習するにしても、元のフォーメーションと合わせて覚えることが増えたらその分負担になる。それは未熟なスクールの子達に対応できるものだろうか。

その答えは凛と春香の反応が物語っている。

春香は口に手を当て声も出せずに瞳を揺らしていた。今その問題に気づいたと言わんばかりの春香の態度に凛の目つきが目に見えて険しくなった。

 

「春香は今回のライブのリーダーなんだから、ちゃんと皆を見なきゃいけなかったはずでしょ」

 

春香がリーダーだったのか……。それで全体が見えていなかったというのは責められる理由にはなる。

そもそも春香をリーダーに据えた者の選択ミスと言いたいところだが、それは当事者達が決めたことなので今ここで聞いただけの僕がとやかく言えることではない。

 

「星梨花は泣いてたよ。あの時可奈とぶつかったのはあの子だから。可奈を傷つけたって自分を責めてた。あれは事故で、誰が悪いとかじゃないって言ってもあのライブに居なかった私じゃ上手く伝わらない」

「星梨花ちゃん……」

「……ねぇ、春香。それを本来やらなくちゃいけなかったのは誰?」

「っ!」

 

今度こそ春香の顔から色が失われる。目に見えて顔色の悪くなったということは春香は気づいたらしい。

この場合、その可奈とぶつかったという星梨花のフォローをするのはプロデューサーか律子の両名、またはリーダーである春香の仕事だろう。あくまで一回のライブのリーダーでしかない春香にメンバー全体のケアまで求めるべきかは微妙なところだ。聞いた感じでは初リーダーっぽいし。でも常に人手不足の765プロの状況ならば、メンバーへのフォローを含めてのリーダー選別だったのかも。人数が増えたことでケア役としてリーダーが選抜されたという考えはあながち間違ってはいないと思う。少なくとも春香か凛かと問われれば前者の仕事だ。

 

「今回のアリーナライブを乗り越えたら765プロは実力が認められるってプロデューサーは言ってた 。もっと大きな仕事も来るようになるって……そうすれば、皆が今よりも輝けるって言ってたから。私は皆にもっと輝いて欲しい。この間のライブみたいに、最近は私の仕事が増えて皆と一緒にライブができないことも増えたけど、それでも私は皆と同じステージが良い」

「凛……」

「プロデューサーがアメリカに行くって聞いて、これが最後のライブだからって、今回のライブは色んな意味で絶対に失敗できないはずなのに…… 春香は可奈一人のために皆のライブを台無しにしかけてる!」

 

あのプロデューサーがアメリカ行き? どんな話の流れだという僕の疑問は当然誰も答えてくれない。

まあ、この際それは置いておくとして、凛の言い分と春香の気持ち、どちらが正しいのか僕にはわからない。他のメンバーがどう感じているのかも知る術がない。所詮僕は他人だから、当事者同士の意見のぶつかり合いに関わる権利はない。たとえ関わったとしても最後まで関わり切る自信がなかった。だから僕はここでは傍観者でしかない。

 

「……早くここまで来てよ……じゃないと、私……もう止まっていられないよ」

「……」

「私は皆と一緒でよかった。皆で輝きたかった。私だけが先に行っても意味ないから……!」

「……」

「皆が私に追いつくためには、今可奈一人のためにこの機会を潰しちゃいけないと思ってる」

「……凛、私は、それでも可奈ちゃんと一緒に」

「一緒に失敗するの?」

「っ」

「一緒に失敗して、機会を潰して、それで誰が責任をとるの? 春香がとるの?」

「そ、それは……私、だけじゃ」

「そうだよね。765プロ全体の問題だから。それは春香一人でどうにかなる問題じゃなくなる。たとえ春香一人が責任をとってどうにかなるわけないし、皆が春香一人に押し付けるわけない」

「……」

「春香にとってこのアリーナライブって何? 皆に負担を掛けて、自分の我儘を言い続けることは正しいの?」

 

重ねる様に投げつけられる凛の問いかけに春香の答えは弱く煮え切らない物になっていた。春香自身分かっているのだろう、今のままではライブが失敗しかねないことを。

失敗した時に誰が責任をとるのか。自分ひとりでそれができるなどと春香は思っていないはずだ。そこまで現実を見ていない少女ではない。

 

「可奈のことで手一杯だって言うのはわかる。可奈と一緒にライブを成功させたいって春香の気持ちもわかってる。でも……だったら! どうして無関係な人と関わってるの!?」

 

無関係。

その一言は他人事を貫いていた僕によく刺さった。

確かに今この時も自分には関係がない話だと春香の腕の中に隠れてやり過ごそうとしている僕は関係者とは言えないだろう。

しかし、他人の口から無関係とばっさりと言われると正直辛かった。

 

「春香が可奈を連れ戻したいって言うなら、そんな無関係な人に関わっている暇なんてないはずだよ!」

「無関係じゃない! 千早ちゃんは私にとって──」

 

だが春香にとって今の凛の発言は看過できるものではなかったらしい。彼女の中で僕はずっと無関係ではなかったのだ。

しかし春香よ……僕のことを無関係じゃないと言ってくれたのは感謝しよう。でも、今こうやって矢面に曝そうとするのは止めていただきたい。

この目つきの鋭い少女に僕まで敵意を向けられたらどうしてくれるのか。

いや、もう遅いか。すでに春香は行動に移っていたのだから。

凛に見せるためか、春香は僕を前へと押し出しその姿を晒させた。その勢いで帽子が落ちてしまい僕の髪が広がる。

されるがままに姿を見せた僕を果たして凛がどういう目で見てくるのか不安で仕方が無かった。思わず顔を伏せてしまう。向けられるであろう凛の目を見れない。

 

「え……」

 

しかし、覚悟していた反応は凛から返って来ることはなかった。

初めてこちらをまともに認識できたのか、僕を見た凛が声を漏らす。それは吐息の様な意外なものを見た様な謎の声だった。

思わず顔を上げると初めて凛とまともに目が合った。凛の目がまっすぐに僕を見つめる。その瞳に映る感情を僕は想像することはできなかったけれど、凛という少女にとって僕はこの瞬間春香よりも優先するに値するものであったらしい。

その証拠に、凛の顔からはそれまで喧々していた雰囲気は一掃されており、代わりに愕然とした表情をしていたのだから。

 

「嘘……なんで」

 

凛から敵意をこれっぽっちも感じない。先程の春香を追い詰めていた時に見せた険しい表情も、強い意志の籠った目も今は消えている。

まるで親犬に見捨てられた子犬が一人で震えているような、そんな絶望を凛から感じた。今度は凛が追い詰められている。

理由は分からない。僕が原因なのは確かなのに、僕に彼女がこうなる理由が思い浮かばなかった。

僕の何が凛をここまで追い詰めた?

 

「今更……どうして、今になって貴女なんですか。なんで、貴女が『千早ちゃん』なんですか」

 

やがて絞り出された声は、それまでの凛の印象とは真逆の酷く弱々しいものだった。

凛は両の拳を握り、何かに耐えている。

僕が何をしたと言うのか。僕と彼女は初対面だ。今この時に出会っただけの、赤の他人のはずだ。それなのにこの反応はいったい何だ。まるで僕が絶望的なまでに彼女を裏切ったみたいじゃないか。

知らない。僕は凛なんて少女を知らないぞ。なのに何でこいつは僕をそんな目で見るんだよ。

 

「結局、私が進む先には……光は無いってことなんだ。今更だよね……本当に」

 

やがて彼女は一人で何かを納得したらしく、噛み締めるように言葉を紡いでいった。

たぶん凛の心にあるそれは諦観だ。何かが彼女の希望を打ち砕いた。いや、絶望に追い打ちを掛けた。

追い込んでいる。今僕がこうしてこの場に居る、たったそれだけのことが彼女を追い込んでいた。

 

「凛は、千早ちゃんのことを知っているの?」

 

当然の疑問を春香が口にするも、凛はそれに答えることはなかった。

 

「……ごめん。人違いだった」

 

それが嘘というのは僕にも春香にもわかった。しかしそれを問い質す権利はこちらには無い。僕の場合声が出ないので物理的にできないが、例え声が出たとしても先程まであれだけこちらを責めていたのが嘘だったように落ち込んでいる凛に掛ける言葉は無かっただろう。

凛は何かを堪えた顔で自身の体を抱くように腕を組んでいる。その姿は身を守るためというよりは内側から溢れ出す何かを抑えつけようとしてるように見えた。

 

「凛、私……」

「可奈のことはもういいよ。春香がリーダーなんだから春香が決めたことに従うよ。それでいいでしょ」

「凛! 私は!」

「じゃあ、私は仕事があるから」

「凛!」

 

言いたいことだけを告げると凛は逃げるようにその場を走り去って行った。

咄嗟に追いかけようとする春香だったが、すぐに僕が居ることを思い出すと進めようとした足を止めた。僕が一人残された場合のことを考えての行動だろう。その気遣いを嬉しいと思いつつ、同時に凛を追いかけなかった春香の選択を失敗だと思う僕が居た。そんなことを思う権利、僕には無いのに……。

 

「ごめんね、千早ちゃん」

 

どういう意味を込めているか不明だが春香に謝られた。

その後は無言で歩き始めた春香に半ば引きずられて買い物を続けた。

 

 

 

────────────────

 

 

 

一通り買い物を済ませアパートへと戻った。

買い物中はお互いに無言だった。僕はしゃべれないし、春香は何も語ろうとしない。お互い無言なのに、見た目だけは腕を組んで仲が良さそうにしていた僕達は周りからさぞ奇異に映ったことだろう。

今更だけど、有名人である春香とこうして歩いていて問題なかったのかと思い出す。僕は女なのでスキャンダルと言うほど重大な問題にはならないだろうけど、顔を隠した変な女と歩いていたというのはダメージになるんじゃないかな。

そんな心配をしながら買った食材で日持ちする物と使わない調味料は冷蔵庫へと入れた。

台所を見れば春香が暗い顔のまま食材を切っている。一度何か手伝うことは無いかと身振り手振りで伝えたのだが、やんわりと断られてしまった。僕に遠慮したというよりは料理スキル皆無の僕に指示するのが億劫だったように思える。

明らかに先程までの春香と様子が違う。さっきまでは作り物であったけど笑えていた。引き攣った笑みであっても明るい天海春香を演じられていた。絶望していても天海春香だった。今はそれが一切できていない。

それは凛に言われたことがショックだったからか。自分のリーダーの資質に疑問を持ってしまったからか。

リーダーを任された春香の重圧を推し測ることは僕にはできにない。春香に圧し掛かるリーダーの重圧とは765プロがこれまで積み重ねて来たものに等しいからだ。765プロと無関係でそもそもアイドルですらない僕には想像すらできなかった。

一人黙々と料理を続ける春香を僕はただ見ることすらできない。気休めの言葉一つ掛けてあげられない。

ついさっきまで他人事を決め込み、春香が凛に責められても傍観に徹していた僕が今更何をって感じだが、今の春香を放っておくのは何となく躊躇われた。

今の春香は迷子の子供の様だ。自分の進むべき道どころか今どこに立っているのかすらわかっていない。

何を言えばいいのか適切な言葉を探してみるも、春香の料理が終わっても答えなんて出なかった。

 

料理を食べ始めても僕たちの間に会話は無かった。会話をしても春香が一方的に話すだけになるから意味ないけど。愚痴を聞くくらいはできる。

 

「……」

「……」

 

……何も言わないならそれでもいいけど。他人の僕が首を突っ込んでいい話でもないだろうし。でも何か今の春香は気になるんだよね。

言葉にできない既視感と焦燥感を覚える。何でだろう?

気にしても無駄だから今は料理を食べよう。優にご飯食べるように言われてるしね。

春香が作ってくれたのはパスタだった。簡単ながら奥深い料理だと思う。固めにゆでられた麺と手作りのソースが良い感じだ。僕の好みぴったし。これなら空腹じゃなくてもお腹に入るよ。

思わずいつもの癖でコツコツとテーブルを叩いてしまい春香に不思議そうな顔をされてしまう。慌てて何でもないと首を振った。

だがそれは良い感じに話を始めるきっかけになったようだ。

 

「今日は弟さん……優君に言われて来たんだ」

 

優に言われて?

やはり春香と優は……くっ、可愛い弟が世の春香ファンに毎日命を狙われる!?

 

「私が千早ちゃんに会いに行った時に家に優君が居て、千早ちゃんがこっちに一人で住んでるって教えて貰ったんだよ」

 

あ、ふーん。本当に僕に会いに来たんだ。何で? もっと意味わかんない。

 

「その時優君から千早ちゃんが悩んでいるって聞いて、だったら今度は私が千早ちゃんを励まそうって思ったの」

 

会いに来た理由は教えないのか。

あと二年も前に会ったっきりの相手のために、わざわざ励ましに来てくれるなんてどれだけお人好しなんだ。

少し行き過ぎじゃないかと思う。765プロの仲間相手ならともかく、僕みたいな部外者相手にそこまで気を遣う必要はないだろうに。

 

「でね、実際に会ってみたら……」

 

予想以上にヤバイって思ったんだね。わかるわー。

二年ぶりに会った知り合いが引きニートになってる上に言葉が話せなくなっているとか、悲惨過ぎて何も言えないだろうよ。

普通の人間だったらその時点で回れ右して帰っている。大して仲良くもない相手のここまで重い話を前に関わろうとした春香が特殊なのだ。

だが僕は天海春香という少女を少し甘く見ていたらしい。だから続く言葉に絶句することになる。

 

「ごめんなさい。二年間も気付いてあげられなくて……」

 

何故かごめんなさいと謝られた。

これには僕も混乱せざるを得ない。この少女は一体全体何に謝っていると言うのだろうか。

僕と春香の関係なんて、あの日少し話しただけのものだろうに。その相手がその後どうなろうが春香にとっては他人事だろ。どうして関わろうとする。そこまで春香を駆り立てる物とは何だ。

 

「今更だけど、二年も見ないふりをした私が何をって思うかも知れないけど、私は千早ちゃんを助けたい」

 

助けたい。……助けたい?

それこそ何でだと問いたい。助けるとは何だ。この状況から何を助けると言うんだ。

声が出るようにしてくれるとでも言うのだろうか。

無理だよ。これは春香がどうにかできる問題じゃないんだ。こんな状況になってしまった時点で終わってるんだ。

出会ったことが間違いだった。出会ったことが勘違いだと思って忘れてくれればいい。如月千早なんていなかったって、そうやって僕を記憶から消して欲しい。

 

「私はあの日千早ちゃんと出会えてよかったって思ってる」

 

それは春香が誰にも語ったことが無い、誰も知らない天海春香の物語だった。

 

「実は私ね、アイドルを目指すのはあのオーディションで最後にしようって思ってたんだ。今の私を知ってる人はたぶん信じてくれないだろうけど、あの時の私って結構ネガティブになっちゃってて、もういいかなーなんて……我ながら自分らしくないことを考えていたんだよね」

 

二年前のオーディションの日に春香がそんな気持ちで居たなんて知らなかった。アイドルに向いていないんじゃないかとネガティブなことを言ってはいたけれど、それが「これが最後」と思うまでのものだとは思っていなかった。僕は春香の問題を軽く考えていた。

 

「765プロのオーディションもどうせ落ちるんだろうなって思って、勝手に決めた”ここまで”が本当になっちゃうんじゃないかって考えたら逃げちゃいそうになって。……でもその時千早ちゃんが声を掛けてくれたから私はあそこに残れた。最初は同じオーディションを受けるライバルなんだって身構えちゃってたけど、千早ちゃんの方はそんな風に私を見てなくて、何だか同じアイドルって仲間を見るような目で見ていてくれたよね。……嬉しかったなぁ」

 

それはそうだろう。僕には原作知識として天海春香は千早と一緒に765プロでアイドルをやると知っていたから、そこにライバルという感情が芽生えるはずがなかった。ある意味僕の思い込みでしかなかったのに、その態度は春香を勇気づける一助になったらしい。

 

「千早ちゃんがアイドルを目指した理由とか、アイドルになったらやりたいこととか、そういう前向きな話を聞かせてくれた時に思ったんだ。私がアイドルになりたいって思った理由。眩しいステージと一杯の声援、大勢のファンの人が声援を送ってくれて、そこで輝く私を想像して……ああ、やっぱり私はアイドルになりたいんだって思い直したんだよ」

 

それ僕が一方的に野望を語って聞かせちゃった黒歴史なんですけど。捕らぬ狸の何とやらをリアルでやった奴でしかないんだけど。何でか春香の中では良い記憶に変換されていたらしい。

 

「だから今度は私が千早ちゃんを助けたいって思ったんだ。私が助けられたように、今度は私が千早ちゃんが考える”ここまで”から引っ張りたいの」

 

”ここまで”。

それは果たして僕にとってどこのラインを指しているのだろうか。春香に言われて改めて考えてみる。

そして結論を出す。僕にとっての”ここまで”はたぶん765プロのオーディションに落ちたことだ。それは春香が言っていた”ここまで”と状況だけ見れば一緒と言える。

しかし春香の”ここまで”と765プロに落ちるかどうかは関係ない。分水嶺であっても目標ではない。春香はあくまでアイドルを目指していたのだから。その手段として765プロのオーディションを受けた。それだけだ。

対して僕の”ここまで”は765プロのアイドルになれるかどうかだった。他のアイドルからすれば異端とも言える思考だろう。アイドルになることは二の次なのだから。

同じラインでも決定的なまでに僕と春香は違った。きっと春香ならばどの事務所でも天海春香になれた。彼女の輝きは事務所の違いで変わる程小さくない。僕はそう思っている。

でも僕は駄目だ。僕の目標は『765プロ所属の千早』になることだった。如月千早()を千早にすることだった。そのためには絶対に765プロに入らなければならかった。

だから落ちた時点では僕は”ここまで”と諦めたのだ。諦めてしまえたのだ。驚くくらいアイドルに未練が湧かなかったから。

アイドルになることに意味がないから。

……ああ、そうか。そうだった。何となく気付いてしまった。そうか、僕の中にあった違和感はこれか。

僕はずっとなりたかったんだ。成り代わりたかったんだ。

 

僕は千早になりたかった。

 

それが僕を転生させた神との契約だったから。

そのために優を見捨てようとした。千早の弟は死んでいるからという理由で一度は見捨てかけた。千早になるために優が死ぬ必要があったから。

それと同じ思考で僕は765プロのアイドルを目指した。それだけだった。僕の中にあるアイドルへの思いなんて最初から一欠けらも存在しなかったんだ。

やっぱり無理だよ春香……。貴女では僕を救えない。

僕がアイドルに挫折しているなら、また目指すことで救われることはあっただろう。春香の輝きで照らしてくれたら、アイドルをもう一度目指す未来もあった。それだけ天海春香の光は強い。

でもそれは無理だ。これはそうじゃない。

他人に成ることに挫折した人間の救い方なんて存在しない。

千早になれないならば、他の何かになればいいなんて話にはならないから。僕は如月千早だから、千早以外を目指す意味がない。

だから無理だ。

 

「ダメ、かな……? 私じゃ千早ちゃんを助けられないかな?」

 

僕は何も答えない。言葉が出ない云々ではなく、春香に返すべき言葉が思い浮かばない。

もはや春香の顔を見ることすらできない。申しわけなさと情けなさで春香を直視できない。言葉で拒絶ができない僕は顔を伏せて意思を示すしかない。

しばらく無言の時間が続いた。

 

 

 

 

「やっぱり、私じゃ無理かぁ」

 

 

 

 

やがて春香の口から漏れ出たのは、諦めとも嘆きともとれる言葉だった。

その声に違和感を覚える。春香の声に張りが感じられない。あのいつでも明るい、悪く言えば少々抜けているような声が無くなり、代わりに擦れたような低い声になっている。

春香の声に含まれる感情が読み取れなかった。僕は気になって思わず顔を上げてしまう。

そして絶句した。

 

「私は何もできないのかな」

 

笑おうとして失敗したような、泣きそうになりながら何故自分が泣きそうなのか理解できていない、そんな顔が春香の顔に貼り付いていた。

 

「今度765プロの皆でライブするんだ……アリーナライブ」

 

表情を変えずに春香が語り始めた。

 

「大きなライブになるからって、試しにリーダーを決めることになってプロデューサーさんが私にリーダーをやらないかって言ってくれたんだ。最初は驚いたけど、せっかくプロデューサーさんが勧めてくれて、皆も良いって言ってくれて、だからやってみようって思ったの」

 

春香がリーダーになったのはプロデューサーに言われてだそうだ。その時の実力や人間関係を考慮しての春香だったのだろうけど、今の春香を見る限りその選択は間違いだったのではないかと思えた。

 

「それでね、今回スクールの子達もバックダンサーとして参加することになって。……皆良い子達なんだ。その中に可奈ちゃんって子が居てね……私のことを憧れだって言ってくれた。765プロでも私が一番ダメダメなのにね。その可奈ちゃんが、この間のミニライブでちょっと失敗しちゃって……そのことで他の子達と揉めちゃって、それ以来レッスンに来なくなって……」

 

あのミニライブでの出来事か。可奈って子はあの事故以来レッスンをサボって、いや来づらくなったのか。

可奈の気持ちは分からなくもない。憧れの先輩とのライブで失敗したというのは辛いだろう。

だがそういう”失敗”をして来なかった僕は何も言うことがなかった。

 

「私じゃなくても良かったかなって。おかしいよね。最初はプロデューサーさんにリーダーを任されて嬉しいと思ったのに。やる気だって十分で、また皆とライブができるって喜んだのに。皆と一緒にライブで輝きたい。皆と一緒が良い。そういう私の考えで可奈ちゃんを引き留めた。その所為で皆の練習が遅れちゃうってわかっていたのに。私は自分の我儘を優先させた。私にリーダーを勧めてくれたプロデューサーさん。それに賛成してくれた皆。付いて来てくれたバックダンサーの子達。皆の期待が私に集まっているって思って、絶対にライブを成功させるんだって……皆と一緒に、やるんだって。でも……私がやったことは可奈ちゃんを引き留めたことだけ。その間の皆のケアとか凛に言われるまで何にも考えてなかった。ダメだよね、こんなのがリーダーやるなんて。私以外の皆ならもっと上手くできたのかなって考えちゃう」

 

僕は何も言わない。

 

「伊織はしっかりしてる。やよいは優しい。雪歩は気配りができる。真はかっこいい。あずささんは大人。美希はキラキラしてる。響ちゃんは実は努力家。貴音さんは不思議な雰囲気が魅力。亜美と真美はいつも元気。そして凛は誰よりも才能がある。皆実力も実績もある。でも私には何も無い。何も無かったんだよ……」

 

皆の良いところを挙げながら春香の声のトーンが段々と落ちて行く。きっと彼女達の良いところは同時に春香にとって見たくない自分の欠点らしい。嫉妬、とは少し違うのだろうけど。

 

「さっき会った凛はね、最初から凄い子だったんだよ。765プロに入った頃はまだ中学に入りたてくらいなのにしっかりしてて、歌も踊りもすぐ覚えちゃって、天才だって言われてた。竜宮小町よりもちゃんとしたデビューは早かったんだよ。765プロでも一番に売れてそれからずっと一番なんだから」

 

今更765プロに知らない人間が居るくらいじゃ驚かないけど、僕の代わりに存在する人間をそこまで褒められるとちょっとヘコむ。いやかなりヘコむ。ボコボコである。

しかしそれ以上に今の春香が傷付いているように見えた。だから僕は何も言わない。

 

「その凛に言わるまで私はダンサーの子達が悩んでいることに気が付かなかった。皆でって思っていた私が一番皆のことを考えてなかったんだなって気づいた。リーダーは私じゃなくても良かったんだよ」

 

僕は何も言わない。

 

「私は何をしていたのかな」

 

僕は何も言わない。

 

「私はどうすればよかったのかな」

 

僕は何も言わない。

言えない。

何も言ってあげられない。こんな状態の春香に何も言ってあげられない。

何をしていた765プロの連中は。プロデューサーはどうした。律子は。この状態の春香にリーダーを任せていたのか!?

一瞬、765プロへの怒りが湧き上がる。が、それは見当違いなものであると理性が激情を抑え込んだ。僕に彼らを責める権利はない。

僕も気付いてやるべきだった。だって僕は原作を知っているのだから。春香のこの状況を僕は知っていた。だから本来春香に再会した時に気付けたはずだった。

ずっと春香は苦しそうにしていた。記憶の中に残る、あの輝かんばかりの笑顔は陰りを見せていたのに。

でもそれを気のせいだと思ってしまった。だってこんなの知らないから。終わったはずだったから。春香のこれはもう終わっていて、その後のライブも成功していて、その先のお話が今なんじゃないのか。それなのに何で今春香は苦しんでいるんだ。

だって、これは、この春香の顔はあり得ないはずなのに。

その顔をする人間は泣いてなければいけない。そんな絶望的な表情を浮かべるならば泣いて叫ばなければならない。決して笑おうなどと”努力”する場面じゃない。

春香の心と表情が解離してしまっている。

僕はこの状態の春香を知っていた。

アニメ版最後を締めくくるライブ回……その前に起きた精神的に追い込まれた春香が壊れる事件。いわゆる闇落ち回だ。その時に追い詰められた春香が見せた表情こそ、今彼女が浮かべているものだった。

春香の問題はアニメ版で終わっているはずだと何度も自分に言い聞かせる。だがずっと泣き笑いの様な顔で語り続ける春香の姿が終わっていないと僕に告げている。背中を嫌な汗が流れる。あり得ない。

アレはたぶん去年とか、それくらいに終わっているイベントじゃないのか?

何で今更発生しているんだよ。

 

「私は……どうしたかったんだっけ?」

 

自問する様な春香の言葉を聞き、僕はようやく自分の思い違いを認めることにした。そのフレーズが春香から出てしまった意味を知っているから。

春香はずっとリーダーを続けられるか悩んでいたんじゃない。そんな今回限りの一過性の問題に悩んでいたのではなかった。

それは想像以上に深刻な問題だった。僕が最初思っていた、これまで成功してきたのだから一回くらい失敗してもいいんじゃないかという突き放した考えは見当違いなものだった。

そんな生易しい問題ではなかったのだ。春香が抱えていた闇は天海春香の根底を揺るがす程の重いものだった。アニメと同じどころではない。それよりも状況が悪化している。アニメの問題と今の問題が同時に春香を蝕んでいる。

春香の問題は何も解決していなかった。

 

「私はどうしたかったのかな……わからないよ」

 

そこでようやく春香の目から涙が零れ始めた。ずっと我慢して居たものが決壊したように泣いていた。

 

「もう、わからないよ」

 

わからないと繰り返しながら、はらはらと涙を流し続ける春香に掛ける言葉が思い浮かばなかった。

 

 

 

 

 

「ある時にね、ふと思っちゃったんだ。私が目指したアイドルって何だったのかなって」

 

一頻り泣いた後、春香は再び話し始めた。それは僕に聞かせるためというよりも、自己確認にも似た独り言に近い。

僕は黙ってそれを聞くだけだ。

 

春香はずっと悩んでいた。

自分が目指すアイドルとは何なのか。

それまで凛と竜宮小町を中心に仕事を回していた765プロは昨年のニューイヤーライブ以降他のメンバーにもれぞれ仕事が舞い込むようになった。しかし同時にメンバー全体での仕事は目に見えて減って行った。

今回のアリーナライブをやるにあたり、合同で練習がとれる時間と言うのは限られている。合間にミニライブを挟んだのはライブを使った練習という意味もあったらしい。

本来ミニライブであろうとも練習というものは必要だ。だが今回765プロはそれを練習の場に使用した。その結果があの事故の直接の原因とは限らないけど、あんな不安そうな表情をしていた理由は理解できた。

それ以上にファンに対する誠実さはどこへ行ったのか。ミニライブであってもファンはそれを目的にわざわざ来てくれている。どれだけ小さいステージでも、自分たちを見に来てくれたファンに練習を見せるのは違うんじゃないか。

それこそプロデューサー達の考えなんて理解できない僕が言えた義理じゃないが。でも結果として可奈の長期離脱を招いたことには違いがない。結果は結果、この件の責任はプロデューサー側にある。

だから自分を責める必要なんてない。そう春香に言ってやりたかった。

今更春香に何を言えたというのだろうか。慰めのつもりだろうか。本当、未だにこんな感情が自分の中に残っていたことに驚いた。僕は今でも春香を気に掛けているらしい。驚愕だよ。

 

「誰にも相談できずに一人で考えた。考えて考えて、考え続けて、それでも答えが出なくて。何となく皆と一緒にライブをすることが楽しいのかなって無理やり納得させて来たんだ」

 

アニメで春香が辿り着く答え。”皆で楽しく”、それがアイドル天海春香の根幹となるものだ。

確か、春香がアイドルを目指した理由って歌のお姉さんに憧れたからだっけ。アニメでは語られてないけど、ゲームのイベントでそんな話があった気がする。

皆と一緒にライブをすることが楽しいって気付いたのに、春香はその答えで天海春香を取り戻せなかった。

原作との解離がこんなところで起きているなんて。しかも最悪のタイミングで発生している。

アニメの天海春香の闇は自分で答えを得て乗り越えたものだ。765プロは最後の一押しをしたに過ぎない。でも、その一押しがあったからこそ春香は仲間との絆を確信できたのだ。

 

「でもね、私のこの想いは皆と一緒なのかなって思ったらまた怖くなっちゃった。皆それぞれ仕事を貰って、どんどん一緒の時間が減って。でもそれで良いんじゃないかって。皆が頑張っている姿を見て思ったんだ。皆がそれでいいなら私もそれでいいやって。だから私も頑張ろう。皆みたいに頑張ろう。一人でも頑張ろう。お仕事だって、リーダーの仕事だって。頑張れば……頑張ったら、また皆と一緒に……」

 

仲間が自分と同じ気持ちなのか、その確信が得られなかった。その所為で春香は一度得た答えを自分のエゴではないかと思ってしまった。

原作を知っている僕はそれが春香の思い違いだと知っている。ちゃんと765プロのメンバーは春香と同じ気持ちだと知っている。

知っているのに、僕にはそれを伝える術がない。原作知識という僕だけが知る”真実”は誰とも共有できるものではないからだ。

 

「皆と一緒に、そうすれば私の悩みも晴れるんじゃないかって思ったんだ……でも、それって最初から無理だったんだよね」

 

春香はまっすぐに僕を見ている。

その目の奥にあるのは後悔か絶望かはわからない。あんなに輝いていたであろう春香の瞳は暗く濁っており、その底にある何かを覆い隠していた。

そんな暗い目をした春香がじっと僕を見続ける。

 

「だって居ないんだから」

「────っ」

 

ああ、春香……。

貴女は、まさか……。

いや、そんな馬鹿な話があるはずがない。あってはいけないだろう。いくら春香でも、あの天海春香でも、そんなちっぽけな理由が根本の原因なんて、そんな話はないだろ。

必死で願う。頼むからそうであってくれるなと。春香が悩む原因が”それ”ではないのだと。この時ばかりは役に立たない神に本気で祈った。

しかし、その願いが聞き入れられることはない。

だって、

 

「千早ちゃんが765プロに居ないんだから」

 

春香にとって僕も”皆”の中の一人だったから……。

 

何て残酷な話だろうか。

天海春香という名のアイドルは始まった瞬間から破綻していたのだ。

あの日、別れ際に交わした今度会う時はお互いにアイドルとして会おうという約束。僕にとっては確定した未来の話を語っただけの、約束とも呼べないただの言葉を春香は覚えていてくれた。

事務所でアイドルとして再会するという約束を覚えていてくれた。

僕を覚えていてくれた。

たった一度会っただけの如月千早を覚えていてくれた。その事実は何も身構えていない僕の心を見事に抉った。

春香、その言葉は僕にとって致命的に効くよ。僕が一番思っていたことだから。この二年間毎日思っていたもしもだったから。

千早が居た世界を知っている僕からすれば、今の世界はとても歪んでいると言える。765プロに僕は居らず、代わりに凛という少女が存在する。

その違和感をこの世界で僕だけが知覚し続けるストレスは誰にも理解できない。僕が居ないことが当たり前のこの世界では僕こそ異端だ。だから僕だけが違和感に苛まれていると思っていた。

それを春香も感じていたというのは僕の心を大いに乱すことになった。

ずっと僕だけだと思っていた。765プロに千早がいないことを良しとしない人間は僕しかいないと思っていた。

両親は「一つ落ちたくらいで何だ。落ちたのなら違う事務所を受ければいい」なんて言って来た。でも僕はそれでは意味がないと拒絶した。

周りからすれば僕の765プロへの執着は異常に見えただろう。弱小どころかできたばかりの何の実績も無い、ビルの一室に小さく存在するプロダクションに拘る理由は無い。

でも僕は千早になりたかったから765プロ以外の自分を許容できなかった。

そんな僕の拘りは僕だけで完結していると思った。だから諦められた。僕が諦めさえすればこの違和感を忘れられると思ったから。

春香が忘れていないなんて思わなかったんだ。

 

「千早ちゃんと一緒だったら、私は今も天海春香でいられたのかな?」

 

春香の語るもしもに僕は答えることはできない。

挫折する前の僕が考えていた如月千早の成功には原作で起きた鬱イベントの回避というのはあった。その中に春香の闇を早めに取り払うというのはあった。

だけど当時の僕に本当の意味で春香の悩みを理解し、解消することができたか今となってはわからない。

あのまま765プロに入っていたら、僕は絶対に増長し全てが思い通りになると思い込み、一人で突き進んでいただろうから。その時原作知識があっても春香の闇に気付けたかはわからない。

 

「ねえ、千早ちゃん……」

 

何か言わなくては。

何でもいい。天海春香が終わる前に何か伝えなくては。

何でもいいから。一言でいいから声を出せ。

 

「千早ちゃん……」

 

声を出せ。

 

「お願いだよ。何か言ってよ……」

 

出せ。

出せ。

出せ。出せ。出せ!

今出さなくていつ出すんだよ!

今なんだ。今ここで伝えないと春香はきっと救えない。

僕が居ないことで春香が答えを得るチャンスを失った事実は何をしても戻ることはない。

それでも!

最後の一歩を引き留めることだけは僕がしなくちゃいけない。

だから出ろ。

頼むから……!

 

「助けて」

 

春香が助けを求める様に僕へと手を伸ばす。

僕はその手を──、

 

 

……。

 

 

パタリ、と目の前で閉じる扉を玄関から無言で見送る。

春香は部屋を出て行った。

限界だった。その場に座り込む。足に力が入らない。

春香はこれから765プロに行ってプロデューサーにリーダーを降りることを伝えると言っていた。たぶん春香の様子からして辞めるのはリーダーの仕事だけではないだろう。

原作通りならアイドルの仕事すら放りだしかねない。……今更原作も何もあったものじゃないが、春香の様子を見たら外れてはいないだろう。

さすがにアイドル自体を辞めることはないと信じたい。それでも今回のアリーナライブはめちゃくちゃになるのは確実だった。

 

「……」

 

結局僕は何も言えなかった。

縋る目で僕を見る春香に僕は応えることができなかった。

一言で良かったはずだ。その一言さえあれば、春香を救えたかもしれないのに……!

僕の喉は慰めの言葉も励ましの言葉も紡ぐことができなかった。

何もできなかった。

僕はまた何もできなかった。

何も。

何も。

何も。

「大丈夫」のたった一言すら言えないのか。

何だこの生き物は。少女一人救えない屑が。 こんな奴がのうのうと生きているなんて、馬鹿な話があるか。

こんな欠陥品が人間のふりして生きている。気持ち悪い。

春香は何でこんなのに助けなんて求めたんだ。

もっと居るだろう。苦楽を共にした765プロの仲間が。信頼できるプロデューサーが。何故選りにもよって僕を選んだ?

たった一度会っただけの相手だ。何となく約束を交わしただけの、赤の他人と言っても良いくらい遠い存在だろ。

僕の何にそこまで拘ったんだよ。

春香の求める答えなんて僕にあるわけないじゃないか。だって僕には何もないんだから。積み上げた実績も、輝かしい地位も、仲間も、友達も、何も無い。

何も。

何も。

何も。

何も言えない。

何で僕は何も言えないんだ。

 

「────」

 

こんなもの。

 

「────」

 

こんな……。こんな壊れた部品は要らない。

 

「────」

 

拳を握る。

この身を焼く怒りと絶望を込める。

少しでも威力を高めるように。

 

「────」

 

春香の期待を裏切った僕にはこれくらいしかできないから。

 

「────」

 

一気に”部品”へと叩きつけた。

 

「──っ!」

 

衝撃とともに呼吸が止まり口から息が漏れ出す。

呻き声一つ出ないなんて。ここまでして声が出ないなんて本当にゴミだな。こんな物が自分の一部であることが許せない。

一撃で足りなけばもう一度だ。

先程と同じように拳を叩きつける。

 

「──っ!」

 

二回目も声は出ない。音もなく空気が漏れ出るだけだ。

 

「──!」

 

三回目。出ない。

 

「──っ!」

 

四回。出ない。

 

「──っ!」

 

五回。六回。七回。

何度も何度も殴り続ける。

それでも声は出ない。悲鳴一つ出ない。

本当にポンコツな喉だな。これだけ殴っているんだからそろそろ何か叫べよ。

 

その苛立ちすら込めるように僕は自らの喉を殴り続ける。

 

何回殴っても出るのは空気と途中から出始めた血だけだ。

何回目かに口の中を切ったのか咥内が鉄の味で満たされる。それ以上に喉からも出血しているらしい。さっきから喉を流れるどろりとした感触が不快だった。

でも止めるわけにはいかない。これくらいやらなければ終われない。

”如月千早”というチート能力は死ぬ気でなければ終わらせられない。

殴って殴って殴り続ければいつか終わるのだろう。終わらせられるのだろうか。

終われ。

殴る。

終われ。

殴る。

終われ。

殴る。

終われ。

 

殴る。殴る。

 

殴る。殴る。殴る。

 

殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。

 

殴っても殴っても殴っても殴っても声は出ない。

声がでないならせめて終わってくれ。

誰かこの如月千早(地獄)を終わらせてくれ。

 

「ーーちゃん!」

 

あと何回壊せば、僕は戻れるのだろうか。

 

「お姉ちゃん!」

 

あと何回死ねば。

 

「お姉ちゃん!」

 

パシンと頬に軽い衝撃が走った。

それは喉を焼く傷の痛みとは違い、今の僕にはさしたるダメージも与えない程に弱い一撃だ。でも意識を外側へと戻すには十分だった。

だって、その痛みは優が与えたものだから。

 

「何、してるのさ……!」

 

目の前に優が居る。

拳を握った僕の腕にしがみ付いて、泣いている優が居る。

何で優が……?

 

「なんで、こんな……何で!?」

 

優はこれまで見たことがないくらい怒っていた。僕を睨み、目に涙を一杯に溜めている。

あ……。

怒られた。

嫌われた?

誰に?

優に怒られた。

あ……あ、ああ!?

怒られた。優に怒られた。怒られてしまった。優に。

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

慌てて優へと頭を下げる。床に頭を打つける勢いで何度も下げ続ける。

理由はわからないけれど、僕は優に怒られることをしてしまったらしい。

とにかく謝らないと。

許して貰わないと。

そうしないと優に嫌われてしまう。また失ってしまう。

嫌だ。優に嫌われるのだけは嫌だ。優だけには嫌だ。優だけしかもう僕には無いんだ。

だから許して。謝るから。許してお願いだから。お願いします。何でもするから。

死ぬから。優が言うなら死んでみせてもいいから。だから──、

 

「理由もわからないまま謝らないでよ!」

「っ!?」

「こんな……こんなに血を出して、怪我して、辛そうなのに、そんな態度おかしいでしょ!」

 

おかしい?

優におかしいと言われた。

でも、こうしないといけないから。おかしいかも知れないけど、必要なことなんだよ?

こうやって壊さないと。壊して直せば元通りになるし。なるはずだよね?

だって僕は如月千早だから。

優にとって何か不快になることがあるみたいだけど、もうすぐ終われるから。もう少しだけ待ってて。

拳を握る。

 

「駄目だよ!」

 

しかし優が腕に抱き付いてくる。これでは殴れない。下手に殴ると優が怪我をしてしまう。

ふるふると腕を振って離すように伝えても優はお返しとばかりに勢いよく首を振るだけで離そうとしてくれない。

なんで邪魔をするのかな。

壊さないといけないのに。終わらせないといけないのに。

 

「やめてよ」

 

離して欲しいのだけど。

 

「やめてよ! もうやめてったら! 止めて、どうして!」

 

優が泣いている。何度もどうしてと繰り返しながら泣き叫ぶ。

ごめんね、優が何で泣くのか僕にはわからないんだ。

 

「どうして自分を傷付けるのさ!? 」

 

だって僕は欠陥品だから。

だから終わらせないといけないんだ。終わればきっと次があって、次の人生ではもっと上手くできるから。きっと次の人生なら。

だからね、優。

死なせてよ。

 

「嫌だ!」

「っ!?」

 

力任せな優の手によって押し倒される。床に背中をぶつけたけど不思議と痛みは感じなかった。

優の顔を見る。目の前に泣いてる優の顔があった。どうして泣いているのだろう。

優だってこんな姉邪魔でしょ。僕じゃなくて千早が良かったはずだよ。トップアイドルの千早が良かったに決まってる。

それが居なくなるんだから喜んでいいじゃないかな?

 

「僕はお姉ちゃんが死んじゃうのは嫌だ」

 

どうしてさ。

欠陥品だよ。

 

「僕はお姉ちゃんを要らないなんて思ったことない」

 

歌えないし踊れないし笑えないんだよ。

 

「どんなお姉ちゃんでもお姉ちゃんだよ」

 

初めて作ってくれた手料理に美味しいって言ってあげられないんだよ。

 

「何も言ってくれなくても、ずっと僕に伝えようとしてくれたじゃないか。ずっとお姉ちゃんは僕に伝えてくれていたから」

 

千早になれなかったのに。

 

「僕のお姉ちゃんはお姉ちゃんだけだよ。如月優の姉は如月千早だけなんだ」

 

アイドルじゃないのに……。アイドルになれなかったのに。優が頑張れって言ってくれたアイドルになれなかったのに。

 

「お姉ちゃんの絶望を僕は知らない。それがアイドルになれなかったことを悔やんでいるんじゃないってことは知ってた。でも、僕にとってお姉ちゃんがなろうとしてた何かは重要じゃないんだ。お姉ちゃんにとってそれがどれだけ大切だったかわからないけど! 僕はいつだって、僕に聴かせてくれるお姉ちゃんの歌が好きだったんだから!」

 

思い出した。

あの日あの時、僕は優に言ってしまったのだ。絶対に言ってはいけない言葉を言ったのだ。

感情の赴くままに。隠すことない憎悪を見せて。

優はただ僕に歌を聴かせてくれと言っただけなのに。一言も「アイドルになれ」なんて言ってなかったのに。

「お前なんて助けなければ良かった」って言ったんだった。

理不尽な怒りに曝された優はどんな顔をしていただろうか。泣いたかも知れない。怒ったかも知れない。

でもその時僕は気付いてしまった。優のことを僕に唯一残された「千早が手に入れられなかったモノ」として見ていたことに。まるで優を”賞品”か何かのように思っていた自分を自覚した。

その瞬間の僕の感情を正確に名付けることはできない。しかしこの感情を仮に絶望と言うならば確かに絶望だった。僕が望んだ未来、如月千早が望んだ幸せな未来が絶たれたと本当の意味で知ったから。

その時から僕は声が出なくなっていた。最後に残った千早としての僕が抜け落ちてしまったから。

優に酷い言葉を浴びせ掛け、優を否定した自分を無かったことにしたくて。そうすれば放った言葉が無かったことになると思って声を封じた。優への贖罪とこれ以上嫌われないために何も言わないことを選んだ。

それ以来僕は優に嫌われることを恐れた。これ以上嫌われたくなかった。最低よりも少しだけ上であればよかった。

 

「お姉ちゃんが苦しむ姿を見たくないよ」

 

どうして優は僕の傍に居てくれるのだろう。あんな酷い言葉を言ったのに。優の信頼を裏切ったのに。何で貴方は僕の傍に居てくれるの?

優の涙に濡れた瞳を見ながら何かを期待してしまう。それが叶ったのならば自分は変われる気がした。しかしそれが何か言葉にできない。

答えの得られないもどかしさに脳が熱くなる。必死で考えても僕の心を満たす答えは見つからない。

僕では答えを見つけられない。

 

「僕はお姉ちゃんには幸せになって欲しい」

 

どうしてそんな優しさを向けてくれるの。

だって、優は。

 

「だって僕はお姉ちゃんが大好きだから」

 

 

あ──、あ──、

 

 

「ぁ……ぁあ」

 

溢れ出す涙に合わせ喉が震えだす。

視界は滲み喉の痛みを感じ始めた。

体が熱くなる。心が動き出す。

”如月千早”が戻って来る。

 

「あ、う……うぅ」

 

痛みよりも喉の苦しさよりも、それらを感じる自分に戸惑いを覚えて震えた。

今更人間らしい感覚を思い出しても仕方ないのに。

こんなにも欠陥だらけのガラクタなのに。

それでも、優は僕を好きだと言ってくれた。

 

「う、う……う」

 

縋る様に手を伸ばす。

あの日優を初めて見た時の焼き回しみたいだ。

触れることすら躊躇われるくらい尊い物に自分みたいなモノが触れる資格があるのか。

その考えすらあの日と一緒だった。

己が手を見れば吐血により手は赤く染まっていた。柔らかい喉相手でも力を込めすぎたからか殴った手も傷付いていた。指の付け根の皮膚は破れて出血しているし、指も何本か折れている。

こんな汚れて壊れた手で触れていい存在じゃない。

そう思い手を引っ込めようとすると、その手を優は逆に掴んできた。いや、掴むと言うよりも両手で包み込むように触れたと言うべきか。

 

「あ……」

 

その手の温かさに声が出る。

本当なら優の手を僕の血で汚さないために振り払うべきだ。でも何故かそれができない。優の手の温もりから逃げられない。

 

「お姉ちゃんの手は汚くない」

 

優しい、それでいてしっかりとこちらへ言い聞かせようとする声で優が言う。

僕の手を。血と傷で汚れた、欠陥品の、屑の、手なのに……。

 

「僕はお姉ちゃんが好きだ。だから、そのお姉ちゃんの手が汚いなんて思うわけがない。どんなに傷付いていても、血が流れていても、お姉ちゃんの手は汚くなんてない」

「あ……あ、あ」

 

涙が止まらない。

我慢しようとしても止まらない。一度流れ始めた涙が空いた方の手で拭っても後から後から溢れて来る。

もう、限界だった。

 

「も…………いや、なんだ……」

 

久しぶりに聞いた千早(自分)の声は、思った以上に酷いものだった。

長い間使われていなかった声帯はへたっている上に先程の行為によりズタズタに切れている。

それでも微かに、息が漏れる程度であっても声が出た。

 

「おねえちゃ……今、声が」

 

優が涙を散らせる勢いで目を見開き僕を見る。

声が、出た。

ようやく、と言えばいいのか。

今更、と言えばいいのか。

 

「ゆ、う……」

「お姉ちゃん……」

「も、う……いや、なんだ」

 

さっきよりもしっかりとした声が出た。

この瞬間にも僕の喉と手の傷は治り始めている。殴打の痕もないし咥内の傷もほとんど消え失せている。

 

「いや、だ」

「お姉ちゃん、言って。何が嫌か。何を怖がって、何に後悔しているのか、全部言って。僕は全部聞くから」

 

治った僕の手を握りながら優が言う。全部聞いてくれると。僕の中にずっとあった後悔と絶望を。優が聞いてくれる。

ずっと言いたかったこと。

ずっと嫌だったこと。

それを僕は吐き出した。

 

「ほんとうは……ひとり、ぐらしなんて嫌だった。みんなと一緒に…いた、いたかった」

 

勧められるままに一人暮らしを始めた僕。最初は親に見捨てられたのかなって思ってたけど、親も僕との距離の取り方がわからなかったのだろう。他人が近づくだけ僕は不安定になっていたから。昔の自分との違いを知られるのが怖かった。

それでもやっぱり僕は家族と居たかった。

 

「キョウとも……離れたくなかった。あんな終わり方。嫌だった」

 

キョウとリアルで会ってお互いの身の上話とかして、ゲームみたいな馬鹿なやり取りをリアルでもやりたかった。結局僕がキョウの成長を受け入れられなかった所為で終わってしまったけれど。

やっぱり僕はキョウとは本当の友達になりたかった。

 

「春香にも、もっと真っすぐに向き合いたかった」

 

春香が僕を覚えていてくれた。

嬉しくて、同時に情けなくて、でもどこか誇らしく思えた。

春香の縋る手を優が僕にしてくれたように掴みたかった。

声が出ないことを言い訳にして、たったそれだけのことすら放棄した僕に春香に覚えていてもらう権利なんてないのかも知れない。

でもやっぱり僕は春香を助けたかった。

 

「嫌だ……!」

 

もう嫌だ。もう嫌われるのは嫌だ。距離を置かれるのは嫌だ。忘れられるのは嫌だ。

そして何よりも──、

 

「もう失うのは嫌だああああああ!」

 

心からの叫びが喉から迸る。

ずっと、ずっと抱えて来た感情が爆発した。

 

「嫌だ! もう失いたくない! 嫌だ嫌だ嫌だ!」

 

駄々っ子みたいに暴れる僕を優はきつく抱きしめてくれている。

嫌だと繰り返す僕の頭を優しく撫でてくれる。

 

「ようやく言ってくれたね」

 

頭を撫で続ける優の声は嬉しそうだった。

 

「ずっとお姉ちゃんが何かを言いたそうにしていたの僕は知ってた。でも聞こうとするとお姉ちゃんは逃げちゃうし。追いかけてお姉ちゃんに嫌われたらどうしようって思って。また怒られたら嫌だったし」

「ちが、う……僕が、悪い。優はずっと歌を聴いてくれていたのに。また聴きたいって言ってくれただけなのに」

「ううん、それでも僕はお姉ちゃんに訊かなくちゃいけなかったんだよ。そうしなくちゃいけなかったんだ。ごめんね」

「違うから。優は悪くないからっ……」

 

ずっと優は待っていてくれたんだ。

僕が抱える闇に気付いてた。諦観で覆って心の内に隠していた絶望に気付いていた。気に掛けて、知ろうとしてくれていた。何も言わない僕に辛抱強く付き合ってくれていた。

優のそんな献身を知って申し訳なさと感謝の気持ちにまた涙が溢れる。

 

「ごめんね、お姉ちゃん。そして、ありがとう。お姉ちゃんの気持ちを聞かせてくれて。辛かったよね。ずっと言えなかったんだもん。僕だったら十年も秘密になんてできないよ」

「優は素直だから……正直で、嘘なんて吐かない良い子だから」

「それは買いかぶりすぎだって。僕だって嘘くらい言うよ。悪い言葉だって使うし、良い子でもないよ」

「良い子だもん!」

「お姉ちゃん……」

 

抱き着いて優の言葉を否定する。優は良い子だ。だって僕をずっと支えてくれていたから。ずっと信じていてくれたから。だから良い子なんだ。

駄々っ子と思われても良い。情けなくても構わない。優は良い子なんだ。

 

「……わかったよ。それでいいって。お姉ちゃんって変なところで頑固だよね。いつもは流されやすいのに」

「自覚はしてる」

「あ、してたんだ」

 

言われるがままに転生するようなやつが流されやすくないわけがない。

まったくの別人に生まれ変わろうなんて、前世に絶望した奴か僕みたいに何となく言われたからする奴だけだ。

 

「自覚くらいしてるよ。優は僕を何だと思っているのさ?」

「面倒な人」

「ごふっ」

「冗談だよ。大好きなお姉ちゃんです」

「……何か急に優がいじわるになった気がする」

「こういう僕は嫌い?」

「大好き!」

 

タイムラグ無しで優に抱き着く。弟が嫌いな姉っておるん?

て言うか、やっぱり優は小悪魔系もありだね。小悪魔天使とか新ジャンルすぎて聖と魔のバランスが崩れちゃう。

失いたくない。この温もりすら失ったら、僕はもう如月千早じゃいられなくなる。

 

「お姉ちゃんはずっと失くすことを怖がってたんだね」

「うん。怖かった。ずっと怖かった。お父さんもお母さんも優もキョウも春香も……普通の人よりも少ないけれど、僕には失いたくないものがあったんだ。でも、失いたくないって気持ちが強すぎて結局全部だめになっちゃった」

 

何かを失う度に如月千早(自分)が削られていく気がして、それがたまらなく怖かった。

いつしか失わないために関わらないことを選んだ。

近づかなければ失わない。手に入れなければ失わない。覚えられなければ失わない。何もしなければ失わない。

そうやって色々な物を捨てて来た。失う前に捨てることで無かったことにしたのだ。結局失うことに代わりはないのに。

でも僕はそれしか失わない方法を知らなかった。

声が戻った瞬間に気付いた。

僕はずっと恐れていたのだ。

嫌われること、距離を置かれること、忘れられること。そうやって人との繋がりを失うこと。それをずっと僕は恐れて来た。

でも僕はそれらを恐れながらも正反対のことをして来た。

両親から嫌われることを恐れて距離を置いた。キョウから距離を置かれないように詰った。春香に忘れられたくなくて拒絶した。

矛盾した行為を最良の手段と思い込み、結果として恐れていた事態に嵌っていった。

両親とはもう拗れに拗れているから関係の修繕は無理だ。何をしようとも今の僕が二人と関係を戻せることはないだろう。

キョウとはゲーム以外で連絡を取り合うことは不可能だ。今更ゲームでの関係を本物の関係にするには時間が経ちすぎた。

 

「でも、天海さんとはまだやり直せるんじゃないかな?」

「……春香?」

 

春香は……。

春香とはどうなのだろう。

僕は春香の縋る手を振り払った。

彼女が無言で発していた「助けて」の言葉に気付かないふりをした。

そしてようやく口にした「助けて」すら拒絶して裏切って忘れようとした僕に今更彼女に掛ける言葉があるのだろうか。

そんな考えが再び僕の心を侵す。

今更だ。

今更何を言えばいいのか。

もう終わってしまった。春香と繋がっていた最後の糸はさっき切れた。

僕が断ち切った。春香にとっては、それこそ地獄に垂れた一本の蜘蛛の糸の様なものだったろうに。

 

「でも、今更何を言ってあげたらいいかわからないよ。僕は春香の手を取らなかったんだから」

「”今更”なんて無いよ。それはその人がそこで諦めちゃっただけ。諦める理由を今更だって言い訳してるだけだよ」

「今更なんて、無い?」

「そうだよ。お姉ちゃんは今更って言うけど、その時できなかったなら、今からしてあげればいいんだよ。僕がお姉ちゃんの手を握った様に、お姉ちゃんが今度は天海さんの手を取ればいい。まずはそこから始めたらいいじゃないかな」

 

手を取ることから始める。

声を掛けることはできなかった僕でも、春香の手を取ることはできたんじゃないだろうか。そんなことを思った。

それこそ今更だ。

今更で。

今更だけども。

まだ失っていないならば、諦めちゃいけないんだ。

失わないために何もしないことは間違っている。失わないためには関わる覚悟が必要なんだ。

僕はもう失いたくない。春香を失いたくない。

 

「まだだ……」

 

まだ間に合う。

まだ終わってない。

天海春香は終わってない。

 

僕が、終わらせない。

 

「……行かなくちゃ」

「お姉ちゃん」

 

立ち上がろうとすると優が上からどいてくれた。そう言えば僕ずっと優に押し倒されてたんだよね。姉と弟でも何かイケナイことをしているみたいでドキドキするわ。まあ、優の方がそんなこと一ミリも考えてないだろうけど。

先に立ち上がった優に手を引かれ僕も立ち上がる。その時優の顔が自分の顔と同じ高さにあることに気付く。いつの間にか背が追いつかれてしまったらしい。そんなことすら今の今まで気づけなかったなんて。僕は本当に気付くのが遅いね。

いつの間にか優は立派に成長していたのだ。あの頃の小さな男の子はもうどこにも居ない。原作で写真と千早の記憶の中にだけ存在した男の子は立派な男の子になっている。そのことが嬉しい。そしてその男の子を助け、今度は自分が助けられたことが誇らしい。

千早にできなかったことを僕はずっと前からできていたんだね。

 

「優……ありがとう」

 

ありがとう。一緒に居てくれて。

優が僕の歌を聴いてくれていたあの日々がどれだけ尊いものだったのか本当の意味で気付くことができた。

ありがとう。生きていてくれて。

優が死んでいたら僕も死んでいただろう。僕はたぶん千早よりも弱いから。

ありがとう。

貴方が僕の弟で良かった。

 

「お姉ちゃん……ううん、僕の方こそ、ありがとう」

「それは……何のお礼?」

「内緒。それよりも、行くんでしょ? 天海さんはこの後765プロの事務所に行くらしいよ。あ、これは知ってるのかな?」

「あっ、うん……えっと」

 

先程からこちらの事情を全て把握しているらしい優の態度に戸惑う。

それが表情に出ていたのか優は軽く笑って言った。

 

「優、エスパー?」

「違うからね? 天海さんにここを教えたのは僕だよ? その時話の流れで765プロに行く用事があるって聞いただけ」

「優は何でも知ってるんだね」

「なんでもじゃないけど。お姉ちゃんにとってあの人が特別だってことはわかるよ」

 

特別って、何かそう面と向かって言われると恥ずかしいな。別に春香に対しては恋心とかそういうのは抱いていないんだけども……。

あ、僕女だったわ。なら優が恋心云々を勘違いするわけがないか。純粋に友情的な何かと思っているのだろう。

 

「お姉ちゃんはあの人を助けたいんでしょ?」

「うん。僕は春香を助けたい。だって春香は二年も僕を待ってくれたから。僕を信じてくれたから。如月千早()を覚えていてくれたから。今度は僕が天海春香を思い出させてあげたい」

 

優相手にこの僕を見せるのは初めてのことだ。しかし優は特に驚くことはせず、僕を受け入れてくれている。

本当なら疑問に思うべきなのだろうけど、今の僕にはそれ以上に春香を助けたいという想いの方が強かった。

 

「絶対に助けてあげてね。僕を助けてくれたお姉ちゃんなら大丈夫だって信じてるから」

「うん、絶対に助けるよ。僕は春香を助ける! 優、ありがとう、愛してる!」

 

優と約束を交わすと僕は部屋を飛び出した。

 

 

 

────────────────

 

 

 

で、愛する弟との感動的なシーンから一転、僕は悪態吐きそうになりながら全力で走っていた。

電車賃持って来なかった! 馬鹿なのかなー!?

お金が無いことに気付いたのは駅に着いてからだった。そう言えばお金とかリアルで見たのいつ以来だろう。そんなことを頭の隅で思い浮かべながら足を全力で動かす。

一度アパートに戻って優にお金を借りる手もあったが、今から戻っても優が残っていなかったら時間をロスしてしまう。あとあんな大見栄切って出て来た手前、今更お金無いと言って帰れないという理由もある。それをやったらもう僕は恥ずかしくてお部屋から出られなくなっちゃう。

こんな時に限ってケータイ持ってないんだから僕って本当にやることなすこと上手くいかないよね。

ここまで来たら引き返すより春香を追った方が早い。たぶん春香は電車で765プロの事務所に向かっているはずだ。駅前でタクシーを拾う可能性もあるが、経費で落ちないだろうし電車に乗ったと仮定する。

春香が765プロに着いてしまったら終わってしまう。

ここから765プロの最寄り駅まで三十キロメートルほど。確か電車でも三十分くらいかかるはずだ。

つまり僕は三十キロを三十分弱で走り切る必要があった。 普通なら走って向かうなど無謀と言わざるを得ない距離だ。体力には自信があったが、二年間の引き籠り生活とこの一か月の寝たきり生活の所為で僕の心肺機能は全盛期の半分以下にまで下がっている。この状態で走り切ることは不可能だった。と言うかすでに息が上がって足がもつれだしている。たった数キロ走っただけでこの様だ。

だがこの身は曲がりなりにもチートでできている。

かなり無謀だ。でも電車で追っても追いつけないなら電車よりも早く移動するしかない。幸い路線は緩やかにだがカーブを描いている。直線距離ならば僕の方が近い。

それに、こういう時に使ってこそのチートだろう。

 

「つまり、一分で一キロ走るのを三十回繰り返せばいいだけだ……」

 

自分でも無茶苦茶なことを言っている自覚はある。でもやるしかないだろう。

三十……いや、四十と少しくらいかな?

久しぶりに使うチートの数を冷静に計る。 数を間違えるわけにはいかい。少なすぎれば途中で力尽きるし、逆に多すぎたら今の僕なら一瞬で廃人だ。

今になって頭の中の冷静な部分が春香のためにそこまでする必要があるのかと問うてくる。自分の命を賭ける程に春香が大切なのかと頭の中の僕が皮肉混じりに訊くのだ。そして不思議そうに言うのだ、「所詮赤の他人だろう」と。

そんな他人のために命を張るのは傍から見れば馬鹿に見えるだろう。きっと昔の僕なら同じ意見を持ったはずだ。自分だけで世界が完結していた時の僕ならば春香を見捨てていただろう。

でも今の僕は違う。千早を目指していた僕はもう居ない。

春香が大切かって?

その誰とも知れない相手の質問に僕は笑って答えてやった。

 

「大切じゃないものなんてない!」

 

だから黙ってろ。僕はこれから如月千早を始めるんだ。

覚悟は決まった。あとは実行するだけだ。一旦走るのを止めるとその場で意識を集中してチートをコールする。上手く動いてくれよと念じながら冷静に”如月千早”を探す。

必要なのは速さだ。持久力よりも瞬発力が欲しい。長距離よりも短距離に秀でた”如月千早”が必要だった。

 

「見つけた」

 

次の瞬間、それまで体に纏わりついていた疲労と息苦しさが嘘のように消えた。節々に感じていた痛みも、身体の芯に残っていた倦怠感も全て消え失せている。

 

「っ……よし、行ける!」

 

恐れていたチートの暴走による暴発はしなかった。まあ、明日あたり反動で精神疲労で大変なことになるとは思うが。

今は気にしないで走ることに集中しよう。

僕は呼吸を止めると全力で走り出した。それまでの有酸素運動のランニングから無酸素運動のダッシュへ。後先など考えない全力ダッシュを体力の続く限り続ける。

もし今の僕を短距離走でオリンピックを目指す人間が見てしまったら、きっと努力が馬鹿らしくなってしまうだろう。ちゃんとしたトレーニングも受けていない、フォームもバラバラのただ走っているだけのド素人が百メートルを六秒台で走っているのだから。その速さを維持して走り続ける。百メートルを越えて二百三百と速度を落とすことなく走り続ける。

これもチートの一つ。四十七のチートを並列に発動させた副作用だ。

しかしそれもやがて限界が訪れる。一キロ走ったところで段々と速度が落ちていった。いくら瞬発力と持久力を常人の数倍に上げてもどうしても限界が来る。呼吸という枷から人は逃れられない。無酸素運動を続けられる時間には限界があり、酸欠で頭が朦朧としはじめる。普通ならここで呼吸と体力回復のために一旦速度を落とすところだ。

そう、普通ならば。

 

「っぅらああッ!」

 

だが僕は普通ではない。

走りながらすぐ隣に見えた電柱へと右手を叩きつける。僕の拳が当たった電柱のコンクリ部分が吹き飛ぶ。

当然そんなことをすれば硬いコンクリートの柱に叩きつけた拳は怪我をする。ゴキン、という音が手から聞こえ同時に血が噴き出し指の骨も何本か折れた。

激痛に顔が歪む。痛みで意識が飛びかける。

だが、それでいい。

 

「……ふぅう」

 

次の瞬間には”如月千早”が発動して怪我は治っており、同時に体力も元通りになっていた。

こうやって疲れる度にある一定以上のダメージを負えば”如月千早”が傷とともに疲労も回復してくれる。

これもチートの軽い応用だった。残りのチートの数が四十六になったが、これが無くなるまでに春香に追いつければいいだけだ。

そうやってチートを駆使し全力疾走を維持しながら時に自傷行為で回復し全力で走るのを繰り返す。こうすれば延々と無酸素運動で走り続けられる。無茶を超えて無謀なチートの連続使用にすでに体が悲鳴を上げ始めている。だが、それくらいしなければ春香には追い付けない。

もう二年も先を行かれたのだから。周回遅れどころの話ではない。もう一秒でも止まっていられない。

ここで追いつかなければ、僕は一生春香に追いつけない。

その思いを胸に僕は走り続けた。

 

春香。

本当のことを言うと、僕は貴女が何を悩んでいるのか正確には理解できていない。

僕と違って今もキラキラと輝いている貴女が何を思い、何を感じ、何を背負っているのか僕には理解できない。

僕はアイドルではないし、春香でもない。アイドルの天海春香は知っていても、アイドルの春香を知らない。

僕が知っているのは、二年前に見たアイドルになろうと頑張っている春香と、今さっき見たアイドルを辞めようとしている春香だけだ。

その間を僕は知らない。何が彼女を追い込んだのか、原作を知っているだけの僕はこの世界の春香の足跡を知ることはなく想像もできない。

だってそこに僕は居なかったから。

如月千早が居ない765プロで皆はどう進んで行ったのだろう。アリーナライブなんてできるまで出世したんだ、きっと頑張ったに違いない。

その時春香はどうしていただろうか。原作の様に笑っていただろうか。それとも一歩引いて見ているだけだったろうか。

皆の中心で笑顔を浮かべていただろうか。皆の輪から離れて沈んだ気持でいただろうか。

僕はそれを知ることはない、これからも知る機会なんてないだろう。

でもそれで良いと思う。僕は765プロの如月千早ではないから。そこを知らなくたって構わないんだ。

重要なのは、春香が765プロの春香を知らない僕を頼ったってことだ。

他の誰でもない。僕を頼ってくれたことだ。

だったら僕は原作知識に頼らずに春香と向き合わなければならない。

天海春香にとっての千早はどこにも存在しない。この世界に生きているのは春香にとっての如月千早だから。

僕は今日までたくさんの大切なモノを失ってきた。

アイドルの自分。

両親との関係。

弟との暮らし。

キョウ。

それ以外にもたくさん失った。二年間という時間は決して短くない。無名だった春香達がトップアイドルになるくらいの時間だ。短いわけがない。

でも、それは千早の人生とは違う。彼女は彼女で辛い人生を送って来たけれど、僕だって結構悲惨な人生歩んでいると思う。多分に自業自得な面が強いが。

千早は千早で僕は僕なのだから。失った時間は僕のものだ。僕が失っただけだ。だから、僕の人生は僕が責任を持たなくちゃいけないんだ。

それに気づいた今、僕はもう何も失わないと決めた。 何一つ、失ってなんかやるものか。

だから、間に合え。

冷静に、冷徹に、冷酷に、また一つ”如月千早”を切り捨てながら僕は走り続けた。

 

 

 

────────────────

 

 

 

「春香!」

 

春香に追いついたのは結局765プロの前だった。もうすぐ陽も落ちる時間だ。予想よりも時間が掛かってしまった。

今まさに事務所の扉に手を掛けた春香が見える。奇しくも、あのオーディションを受けた日と似た構図になった。

あと少し遅かったら、春香はこのまま事務所へと入り、そこで天海春香を終わらせていただろう。

これはぎりぎりセーフ、でいいのかな?

間に合ったこととチートの連続使用により力が抜けそうになるのを寸でのところで両足を踏ん張ることで耐える。さすがに四十回以上生き返るのはしんどいわ。

震える膝に活を入れ何とか立て直す。できれば一回ほど死んでおきたかったけど、春香の目の前でやるわけにもいかないのでそのままだ。

春香は呼び止められたため声の方を振り返り、それが僕だと知ったため驚いていた。

 

「千早ちゃん、どうしてここに……あっ、声が!」

 

僕が声を出せることに驚く春香。

良かった、春香が純粋に驚いてくれている。これが何を今更みたいな顔をされていたら僕の心はその時点で折れていただろう。心は硝子だぞ。

 

「寝坊助の喉を殴って叩き起こした」

「喉を殴って? ……え、千早ちゃん、大丈夫なの。って、それ血?」

 

春香の疑問に雑に答えつつゆっくりと春香へと近づいて行く。

と言うか、今の僕はそういう細かいことを気にしている余裕がなかった。実はチートの副作用で結構体にガタが来ているみたいだ。もう一度同じことをやれと言われても無理だ。たぶん死ぬ。あれ、帰りどうしよう。

今はそういった諸々は意識から無理やり追い出して忘れる。

 

「何でそんな無茶なこと……じゃなくて、手当しないと!」

 

僕がまだ怪我をしていると思ったのか、春香が慌ててこちらへと駆け寄って来る。

今気づいたけど僕って全身血まみれじゃないか。吐血したため服は胸元まで血に染まっているし、両手の袖部分は電柱や壁を殴った時の血と汚れでボロボロだ。幸い暗い色のセーターのためよく見なければ血だとわからないけど、中に着ているシャツの襟の血や袖の解れはごまかしようがない。こんな状態の女が走っている光景は実にホラーだなと思った。実際この後しばらく口裂け女の目撃情報が巷を賑わせることになるのだが、今それは関係ない。無いったら無い。

 

「春香のため」

「え……?」

「って言いたかったけれど、本当は自分が情けなくて殴っただけ。でもそのお陰で声も出るようになったから」

 

精神的な物は確かに優のおかげで払拭できたけど、長年使わずに弱った喉が全盛期まで戻ったのは一度壊した後に再生したからだ。

そこまでしようと思えたのは春香のおかげだ。春香を助けたいという思いが僕の停滞した心を再び動かしたのだ。まさに怪我の功名、いや棚から牡丹餅? 何でもいいか。

そのお陰で間に合ったのだから何でもいいや。

今度は間に合った。常に手遅れで、文字通り後悔し続けて来た僕が今度は間に合った。それが涙が出るくらい嬉しい。

 

「春香、私の話を聞いて欲しいの」

 

僕の傷を確認しようとする春香の手を掴みお願いする。

優と違い春香には”私”と言う。さっきは混乱していたから優の前で僕って言っちゃってたけど、今になって女で僕は違和感があると気づいたのだ。

優にだってあの僕は見せたことなかったのに。優に変に思われなかっただろうか。あ、優の前で変なのは今に始まったことじゃないね。……後でフォロー入れておこう。

 

「でも、千早ちゃん傷が……手当しないと」

「見た目ほど怪我してないから。と言うかもう治ってるから治療は必要ないよ」

 

心配してくれるのは嬉しいけど、本当に傷一つないから大丈夫だ。

 

「本当に大丈夫だから。何なら触ってみても良いし」

「えっ、いいの? じゃなくて、本当に大丈夫なの?」

「うん。本当。じゃないとこうして家から走ってこれなかったしね」

「走って来たんだ!?」

 

そう言えば三十分くらいで三十キロ弱を走って来たことになるのか。

 

「……春香、さっきの話の続きがしたい。今度は私の言葉で春香に答えたい」

「それは……」

「今更って思うかも知れない。でも、私はこれを今更で終わらせたくない。我儘だっていうのはわかってる。あの時の春香の手を取れなかった私が今更何をって思うのは当然だから。でも、それでも、私は春香と話がしたい」

「私は……」

「お願い春香。少しでいいから」

 

僕の言葉に躊躇いがちに目を逸らす春香に焦りを覚える。

拒絶される?

やはり遅かったのだろうか。春香の中では答えが出ていて、今更僕が何を言ったところで意味がないのだろうか。

でも僕は春香を諦めたくない。

 

「ねぇ、春香──」

「ちょっと、貴女何ですか!?」

 

さらに言い募ろうとしたところで思わぬ邪魔が入った。

声がした方を見ると事務所の中から出てきたのだろうか、事務所前から律子が険しい顔でこちらを見ている。今日は睨まれる星の巡りなのかな。

 

「うちのアイドルに何か用ですか?」

 

こちらへと早足で向かって来る律子から出たのはまるで初対面の相手に向けるような台詞だった。

いや、実際彼女にとって僕は初対面の相手なのだろう。たとえ一度面接を担当した相手だとしても忘れていて当然だ。僕なんて秋月律子にとってはその程度の存在でしかない。

一瞬だけ、瞬きの間だけ胸が痛んだがすぐに余計な思考と合わせて他所へと捨てた。

対して春香の顔はショックを受けたように歪んでいる。

春香がそんな顔をする必要ないのにね。僕は別に気にしてなんかいない。秋月律子にとって僕は覚えるに値しない程度の存在だっただけだ。それはどうでもいいことだ。

改めて今の状況を見ると、僕は血が付着した恰好でアイドルに絡む不審者だ。あるいは殺したての殺人鬼。

そんなのが自分の事務所のアイドルの手を掴んで思いつめた顔をしているのだ。こんな顔を向けられても仕方ないね。ごめんなさい、貴女の態度は正常だったわ。

 

「えっと、私は……」

 

何て説明をしようかともごもごと口の中で言葉を転がしていると春香と僕の間に割り込まれた。

身体張りすぎでしょ。勘違いの可能性や逆に自分が危険な目に遭う可能性だってあるのに、そのリスクを無視して彼女は春香の前に出て来た。その事実を羨ましいと感じるのは僕の未練だろうか。

 

「律子さん、千早ちゃんは765プロを」

「春香」

 

春香が僕が何者かを説明しようと止める。

765プロのオーディションを受けたことがある人間だ。そう説明して何になる。

オーディションに落ちた人間。その情報で秋月律子が何を納得するのだろうか。最悪逆恨みした頭のおかしい女扱いだ。

 

「千早ちゃん……」

 

僕の静止の意味を察した春香が言葉を止める。だがそれで納得できないのは秋月律子の方だろう。

 

「春香、事情を説明して貰えないかしら? この子は誰で、どうしてこんな格好でここに居るのか。場合によっては私はプロデューサーとして対処しないといけないわよ?」

 

納得できなければ警察でも呼ぶってことか。過激だ。でもそれは裏を返せば納得できれば何も言わないということでもある。

甘いのか、春香を信頼しているのか。これが前世だったら問答無用で人を呼ばれても文句は言えない。アイドルが優遇される世界なのに前世の方が過保護って不思議。

 

「彼女は……」

 

秋月律子の問い掛けに春香が口を開く。果たして春香は何と説明するのだろうか。

僕と春香の関係なんて二年前に一度会っただけの他人だ。僕はオーディションに落ちて、春香はアイドルになった。それだけの関係のはずだ。

僕がオーディションを受けた人間という説明はできない。自分で止めておいて無責任な話だけど、春香に任せるしかない。

春香は何と説明するのだろうか。最悪知らない人扱いされる覚悟をしておこう。

 

「千早ちゃんは──」

 

春香は。

 

「私の友達です」

 

秋月律子に真っすぐ答える春香に涙が出そうになった。

春香は僕を友達と言ってくれるのか。

裏切って、見捨てた僕を友達と呼んでくれた春香に何だか心の中から熱いものがこみ上げてくる。

 

「ごめんなさい、律子さん。私は千早ちゃんと話があるので」

「あっ、ちょ、ちょっと春香?」

「行こう、千早ちゃん」

 

急に積極的になった春香に手を引かれる形で僕はその場を離れることになった。

その際困惑気味にこちらを見る秋月律子と目が合ったが、合っただけで特に何か反応はなかった。

何かを思い出したなんて反応は無かった。

それで良い。

春香が秋月律子から大切にされていると知れただけで僕は満足だから。

 

 

────────────────

 

 

春香に連れられて辿り着いたのは事務所近くの公園だった。

アニメでもゲームでも見慣れた公園だ。あまり描写されることはなかったが、オフィス街に設けられているとあってお昼や休日には結構人が居るのだろう。

しかしすっかり日の落ちた今は通行人が一人二人居るだけなので話をするには適している。

 

「律子さんのことだけど……」

「別に、気にしてないから大丈夫。受けた人間全員を覚えているなんて無理だろうし。ましてや落ちた人間なんて何人も覚えていられるわけないよ」

 

あの時何人受けたのかは知らないけど、受かった人間と同じだけ落ちた人間が存在するとはよく言うもので。社長の目に留まらなかった僕みたいなのを秋月律子が覚えているなんて期待し過ぎだ。

 

「えっと、あのオーディションって、広告代もあまり出せなかったらしくて……受けた人そのものが少なかったんだって」

「えっ!?」

「ほとんど定員割れに近かったって律子さんが言ってた」

「ファっ!?」

 

ちょっと待って、それ初耳だよ。

確かに春香と僕しか居なかったけど。あれってオーディションの日程をずらしていたとかじゃなくて、それだけ受けた人間が少なかったってことか。

 

「ま、まさか、その受けた人間の中で落ちたのって……」

 

震える指で自分の顔を指差す。違うと言って欲しかった。

 

「た、たぶん」

 

遠慮がちに首を縦に振る春香。

 

「……」

 

つまり何だ、あのオーディションで受かったのが今のメンバーなのではなく、受けた人間で落ちたのが僕だけだったってこと?

なにそれ怖い。それしか受験者居なかった765プロもヤバいけど、それに落ちた僕はもっとヤバいんじゃないか。

あー、本当に僕って駄目だったんだな……。僕の方こそアイドルの才能無かったわ。かーっ、辛いわーアイドルの才能ないの辛いわー。

い、いや今はそれどころじゃない。落ち着け僕。大丈夫だ、あの頃の僕はもう居ないんだから。……よし、トラウマが再発しそうだったけど何とか抑え込めた。優、僕頑張ったよ褒めて。

気を取り直して春香に本題を切り出す。

 

「さっき貴女は何をしたかったのかわからないと言った」

 

誰よりもアイドルに憧れた天海春香は誰よりも脆い女の子なのだと僕は知った。

悩み苦しみ涙を流す春香を見て、自分だけが苦しんでいるという勘違いに気付いた。

 

「そうだよ。私はもう自分が何をしたかったのかわからない。楽しかったアイドルのお仕事がいつの間にか辛いと思うようになって……笑うのが、笑い続けることが辛くなった」

 

今の春香にとって、アイドルであり続けることは苦痛でしかないのだろう。周りの重圧や仲間とのすれ違いが春香の中の楽しいアイドル像に陰りを作っている。

皆で楽しく歌うという答えを支えに頑張った。でも、それを確認する勇気が持てなかった。万が一それを仲間から否定されたら自分を保てないから。そうやってずるずると答えを先延ばしにした結果、今になって限界が来た。

 

「春香……あの日、貴女は自分にアイドルの才能がないのかもと言った」

 

今でもあの時の衝撃を覚えている。

天海春香というアイドルを知っていた僕に春香の弱音は信じられるものではかった。

 

「うん、そう思ったよ。千早ちゃんが励ましてくれて、一度は思い直せたけど、今はまた同じように思ってる。私にはアイドルは向いていないんじゃないかって。皆と違って何の才能もない私はアイドルを続けられるのか。ずっと不安だった」

 

あの時アイドルに向いていないと言う春香の言葉を反射的に否定しまったのは、たぶんアイドルじゃない春香を想像できなかったからだ。

アイドルマスターという物語の登場人物だからではない。原作知識があっても、春香が本当に何も持たない少女だったのなら僕は「そういうものだ」と受け入れていた。

でも目の前に居る少女がアイドルにならない未来は想像できなかった。だって、何度オーディションに落ちてもアイドルになることをを諦めなかったんだから。何度もオーディションに落ちたと言いながら、楽しそうにアイドルの話をする春香に僕は夢を持つことの光を見た。義務感で千早を目指した僕には春香の夢が眩しく映ったから。

 

「私ね、貴女に会って初めてアイドルになりたいって思ったんだ」

「えっ……? でも、アイドルになるためにオーディションを受けたんだよね?」

 

春香のそれは当然の疑問だろう。アイドルになるためにオーディションを受ける。春香にとってはそれは当たり前のことだった。でも世の中には僕みたいにアイドルにならなければならない者も居る。春香の様にアイドルになりたいからアイドルになる人間ばかりじゃないんだ。 僕のはイレギュラー過ぎるけど、親に言われて嫌々なんて子も中には居るのだ。誰もがアイドルをやりたくてアイドルを目指しているわけじゃない。まあ、それを今春香に諭す必要はないが。

 

「うん。私はアイドルになるためにオーディションを受けたけど、それって手段でしかなかったんだよね。そういう意味ではアイドルになりたいと思ったのは確かなのかな。でも、アイドルの仕事を楽しいと思えるかはわからなかった。だから私には貴女が輝いて見えた。天海春香という女の子が夢見るアイドル像を素敵だと思った。貴女の夢に光を見た。私の思い描いたアイドルが霞むくらいに、綺麗に見えた。私に夢を見させてくれた」

「夢……?」

「そう、夢。義務感でも無い、契約でもない、私がアイドルを目指してから初めて抱いた夢」

「千早ちゃんの、夢。それって」

「それは……うん、その前に私のこれまでを少しだけ聞いて欲しい。良いかな?」

「うん」

 

頷く春香に僕はこの二年間の話を語った。

春香と違い語る内容なんて全然無いけれど、春香には知っていて欲しかった。

 

「私はあの日、オーディションに落ちた時から止まっていた。自分の中にあった自信とか、輝かしい未来とか、できるだろう仲間とか、そういうキラキラした私の中の希望はこの両手から零れて消えて世界は色褪せた。アイドルじゃない自分はきっと如月千早である資格が無いと本気で思った」

 

僕にとって千早になることは絶対だった。絶対になるものだと思っていたし、絶対ならなければいけなかった。それが叶わなかったことで僕の心は一度壊れた。

 

「貴女達は先に行くのに、私だけ止まったまま。それがとても辛くて情けなくて、いつの間にか切り捨てていた」

 

世界が色褪せても、春香達の輝きは目に入って来た。灰色の世界でも色鮮やかに映える彼女達の姿は濁った僕の目には眩し過ぎた。だから耳を塞ぎ、目を閉じた。

 

「世界に自分の居場所なんてないと思った。だから虚構の世界に逃げて、それで満足できると思った。でも……そこでも上手くいかなくて」

 

今でもキョウと別れた日のことを思い出す。

あの時僕は前に進むキョウを応援してあげられなかった。自分が置いて行かれると思い、見捨てられたと感じて一方的に詰ってしまった。

本当はキョウの成功を喜んであげるべきだった。喜びたかった。よく頑張ったって、言ってあげたかった。

 

「本当の本当に何も無いんだなって思った。私がずっと求めて来た未来は全部嘘なんだ。この世界のどこにも私の居場所は存在しないんだ。私が生きる理由なんてない、生きて来た意味がない、そう思って全てを投げ出しかけた」

 

あと少し春香が僕の前に現れるのが遅かったら僕は死んでいただろう。いくらチートがあっても生きる意志の無い者を生かし続けることはできない。僕のこれはそういうタイプのチートじゃない。段々と心が摩耗し、腐るように死に果てたはずだ。

今回は僕が物理的に終わろうとしたから何とかなっただけ。優が止めずとも物理的なダメージで僕が死ぬことはないのだから。

 

「でもね……貴女が私を覚えていてくれた。それは私にとって救いだった。如月千早()を覚えていてくれたことで救われた」

 

春香が僕を覚えていてくれたことは救いだった。

アイドルじゃない如月千早()を覚えていてくれたことが「如月千早()如月千早()のままでいい」と肯定された気がしたから。

僕の死にかけていた心は再び熱を持ち始めた。結果として暴走して自傷行為に走ってしまったけど、心は確かに生き返ったのだ。

 

「貴女に覚えていてもらえた。気にしてくれていた。それがどれだけの救いになったか貴女はきっと解らないと思う」

 

誰も如月千早()を覚えていない。それがたまらなく嫌だった。忘れられることが怖かった。

だから春香が覚えていてくれたと知って嬉しかった。

 

「私は確かに救われたから。だから、自信を持って欲しい。貴女に想われるということは幸せなことだって。貴女の存在が皆の幸せになるって知って欲しい」

 

僕は如月千早だ。千早にはなれずとも、如月千早として生きていくことはできる。

春香の言葉で僕はそれに気付くことができた。

 

「だって、今日貴女に会って、私は夢を思い出せたから」

 

ようやく言える。僕が千早になるために目指したアイドルじゃない。僕がなりたかったアイドルの夢を。それはもう叶わないかも知れないけど、僕が持った夢だった。

 

「私がアイドルになりたいと思った理由。私の夢」

 

それは他愛もない。それでいて今の僕にとって絶対に叶うことが無い夢だった。

でも願ったんだ。春香を見て僕がアイドルになったその先を夢見たんだ。

 

「貴女とアイドルの仕事がしたい。貴女と楽しく歌いたい。それが如月千早()の夢だよ」

 

感極まった、と言って良いのだろうか。

僕の言葉を聞いた春香が涙を流し始める。それはさっき見た絶望の涙ではなかった。

 

「千早ちゃん……! 私も……私も千早ちゃんとっ、アイドルやりたかった……一緒に、やれたらってずっと、ずっと思ってたから!」

「私もこの二年間ずっと思ってたよ。貴女と過ごす765プロでの生活はきっと輝いていたと思うから」

「うん……うん!」

「そうだったら、春香の悩みとかちゃんと聞いてあげられたのにね。何だったら今からでも聞くけど?」

「うう~、千早ちゃぁん」

 

しばらく泣き続ける春香をあやし続ける。泣き続ける春香の口から時折思い出したようにいつも感じていた不安や仕事の愚痴を聞く度に、こういう話をする相手が居なかったんだなと春香の765プロでの様子を心を痛めた。

自分が765プロに居れば、なんて自惚れるつもりはなかった。春香にはああ言ったけど、僕が居てもきっと春香の悩みに気付いてあげられなかった。挫折して、自信を失って、夢を諦めていた今の僕だからこそ春香の悩みに向き合えた。だったらこの二年間も無駄じゃなかったと思える。

あと一歩だ。あと一押しの勇気を春香に取り戻させなくちゃいけない。

少しだけでいい、春香に未来を信じさせたい。

どうすればいい?

どうすれば春香は信じられる?

春香に未来を見せたい。

今の僕ができることはたった一つ。百の言葉を尽くすよりたった一つの可能性を春香に見せる。

だったらやることは一つだ。

 

「春香。貴女が取り戻してくれたこの声で貴女に可能性を見せたい。貴女が今日私にしてくれたことが、どれだけ価値があったのか、それを知って欲しい」

 

原作の千早は言っていた。

人の心に幸せを届けることできる人がアイドルならば、自分の歌でそれができるようになりたいと天海春香に語って聞かせていた。

ならば如月千早()はどうだろうか。

原作の千早と如月千早()は別人だ。中身が僕だから当たり前だ。しかし、如月千早()が目指したアイドルと千早が目指したアイドルは同じ物ではなかっただろうか。

僕が自身を如月千早だと自覚した時から、ずっと僕は自分の歌に自信を持っていた。

人の心に幸せを届けること。人の心を幸せにすること。多少の違いはあっても、僕の思い描く千早の歌とはそういうものだったはずだ。

僕は千早ではないけれど、千早という少女が思い描いたアイドルを彼女を通して目指していたのだから。

だったら、今それをやらなくちゃいけない。今がその時なんだ。

 

「私はアイドルじゃないから。春香と一緒にアイドルをすることはできない。でも──」

 

今なら言えるよ。

 

「貴女に歌を届けることはできる」

 

本当に、もっと早く気付けていればよかった。それこそ、オーディションの前に気付けて夢を持てていたら、僕は今春香とアイドルをやれていただろうか。歌を届けるだけではなく、一緒に歌えていただろうか。

……いや、それこそ夢だったね。

夢はいつか覚めるものだ。目が覚めた僕は現実を見なくちゃいけない。

 

「私は貴女とアイドルはできない。でも、こうして歌うことはできる。765プロの千早にはなれなかったけど、如月千早として貴女に歌を届けることができる。だから貴女には聴いて欲しい、私の(可能性)を。私の可能性()を知って欲しい」

「千早ちゃん……うん、聴かせて千早ちゃんの歌を。私は、見たい! 千早ちゃんの可能性を!」

「ありがとう、春香」

 

春香の言葉で覚悟は決まった。

僕は意識を集中すると再びチートをコールする。今この時に最も適したチートを呼び寄せる。

度重なるチートの使用により全身ボロボロだけど、あと一回くらいは使えるはずだ。いや、使ってみせる。

春香に歌を聴かせたい。春香に可能性を見せたい。春香を助けたい。

だから力を貸して欲しい。僕に”如月千早”の力を使わせて欲しい。

そんな僕の願いが通じたのか、この場に最も適したチートが発動する。

これは、この世界に存在しない歌。

765プロの皆が千早のために作った歌。

絆の歌。

決してこの世界では歌われることがないそれを、今僕は歌う。

千早を目指した如月千早()の最初で最後のステージライブは光り輝くステージではなく、何てことはない公園の中だけど、今の僕にはちょうど良かった。

 

「春香」

「千早ちゃん……」

(如月千早)のライブ。ちゃんと観ててね?」

 

曲は無い──道行く人が奏でる喧噪が聞こえる。

スポットライトも無い──夜空に輝く星と月明りと公園の照明だけだ。

観客はたった一人──春香が僕を見ている。

 

……何て贅沢なステージなのだろうか。

 

誰かが自分の歌を聴いてくれる。それがどれだけ恵まれた環境なのか僕はようやく実感できた。

嬉しい。春香が歌を聴いてくれる。あの春香に、(如月千早)の歌を届けられる。

気付いてしまえばなんてことはないのだろう。

 

結局のところ、僕は歌が好きだったのだ。

 

今更だけど。

改めて春香を見る。春香は真剣な顔で僕を見ていた。一瞬でも僕を見逃さないようにと、瞬きもせずに僕を見てくれている。

それだけで僕は歌える。

マイクが無い代わりに組んだ手を祈るように顔へと寄せる。

この歌は生まれなかった如月千早()に贈る別れの歌だ。

この歌は新しく生まれた(如月千早)に託す祝福の歌だ。

同じ歌でありながら二つの意味を込めて僕は歌おう。

そして何よりも、この歌を目の前の彼女に聴いて欲しい。

 

春香。

 

ありがとう。助けてくれて。

大丈夫、僕はもう歌える。貴女と優が取り戻してくれたこの声で、精一杯歌って見せる。

ありがとう。信じてくれて。

僕の可能性を見て欲しい。そして春香自身の未来を信じて欲しい。僕の歌がその助けになるならば僕は何度だって歌ってみせるから。

 

「この歌を、大切な人達と……出会うことがなかった、出会えなかった仲間達に……捧げます」

 

僕の初めてのライブを始めよう。

聴いて欲しい。これが(如月千早)(未来)だ。

 

 

 

「 約束 」

 

 

 

 

 

 

 

 

歌い終わった瞬間、春香に抱き着かれた。慌てて春香を抱き留めるも不意打ちに近かったので少したたらを踏んでしまう。

歌い始めてから今さっきまでの記憶が曖昧だ。薄ぼんやりと覚えてはいるんだけども何だか実感が持てない。

 

「千早ちゃん……千早ちゃん!」

 

しかし、涙を流しながら僕の名前を何度も呼ぶ春香を見る限り、上手く歌えたのだろう。それは何となくだけど覚えていた。

 

「凄いよ! 凄い! 千早ちゃんの歌を初めて聴いたけど、こんなに凄いなんて想像もできなかった!」

 

春香は何度も凄いと繰り返し僕の歌を褒めてくれた。

 

「あ、こう言うと何か期待していなかったみたいだけど、千早ちゃんが凄いってことは何となくわかってたけど改めてって言うか」

「いいよ。家族以外に歌ってみせたのはこれが初めてだし。二年くらい歌ってなかったから私も自信無かったもの」

「えっ!?」

「ん? どうかした?」

「い、いや、初めてでアレって……二年って……あ、あはは、違う意味で自信失くしそう……」

 

何やら凄くダメージを負ってるように見えるんだけど大丈夫だろうか。違うトラウマ植え付けてないよね?

 

「ありがとう、千早ちゃん。……また、助けられちゃったね」

「私は口下手で上手く言葉で伝えることができないから、歌うことだけしかできないから。これで助けになれたら良いんだけど」

「ううん、私は確かに千早ちゃんに助けられたよ。千早ちゃんの歌で、私がなりたかったアイドルを思い出せたから」

 

春香のなりたかったアイドル。

皆で一緒に楽しく歌うこと。

それを春香は思い出したのだ。嬉しい。春香が思い出してくれたことが嬉しい。僕の歌がそれを思い出すきっかけになってくれたことが嬉しい。

 

「今も、昔も。あのオーディションの日、私は千早ちゃんに助けられたの。だから、ありがとう。私のことを助けてくれて。天海春香()を覚えていてくれてありがとう」

「春香……私の方こそありがとう。助けてくれて。如月千早()を覚えていてくれてありがとう」

「そっか、私は千早ちゃんの助けになれたんだ……助けてあげられたんだね」

「うん。春香は私を助けてくれたよ」

 

春香は僕を助けてくれた。春香の言葉がなければ僕はきっと心を曝け出すことはできなかったろう。たとえ優に言われたとしても、僕は自分の想いを吐露することは無かったはずだ。誰よりも優にだけは言えない気持ちだったから。

優しか話し相手が居ないのに、その優に伝えられないストレスは僕をずっと苛んだ。優に言ってしまった言葉を僕は認めたくなくてずっと心の奥底にしまい込んで無かったことにした。それを思い出せたのは春香のおかげだ。だから春香は僕の恩人だ。

 

「春香は今でも可奈って子をアイドルに引き留めたい?」

「可奈ちゃんのことは……諦めたくない。これ以上は可奈ちゃんを傷つけちゃうかもしれない」

「その子の意に反してアイドルに引き留めることが不安? その所為で他の皆に迷惑をかけるのが嫌?」

「うん、私のやっていることって、可奈ちゃんにとって迷惑なんじゃないかなって思うと深く踏み込めない。皆にだってこれ以上迷惑かけたくない」

「私はその可奈って子を知らない。でも、アイドルを諦めたらきっと後悔すると思う。アイドルを諦めたことよりも、何かを諦める自分を嫌いになると思う。だから助けてあげて。春香がやりたいと思ったことを大切にして」

「私がやりたいと思ったこと……。いいのかな? もしかしたらそれよりも上手くやり方があるんじゃないかな。そっちの方がいいって皆も思ってるかも知れないよ?」

「そうかも知れない。可奈を諦めて、残った人間でやる方がいい結果になる可能性だってある。……それでも貴女は最後まで諦めちゃいけないと思う。今ある物を諦めちゃいけない。今ある全てが貴女の未来に繋がっているって信じて欲しい。他の誰でもない、貴女だから諦めちゃいけない」

 

挫折は誰にだってある。どうしようもなくて、夢を諦める時というのは誰にだって訪れるものだ。でも、自分から投げ出したら駄目だと思う。それをすると、ずるずると全てを諦めるようになってしまうから。

僕は可奈にアイドルを諦めて欲しくなかった。これは可奈のためではなく、春香に可奈を諦めて欲しくなかったから。酷く利己的で嫌になるが、やっぱり僕は春香には笑顔でいて欲しいから。

 

「だって、貴女は天海春香だから」

 

僕の知っている天海春香は、皆で楽しく歌うことが大好きな女の子だから。誰のことも諦めて欲しくない。たとえ皆の中に僕が居なくても。

 

「千早ちゃん……うん。そうだね。私、最後までやってみるよ! 可奈ちゃんには嫌われるかも知れないし、皆には迷惑かけちゃうかも知れないけど。でも最後まで諦めたくないんだ。皆でライブをしたい。今ある全部でライブを成功させたい」

 

昼間に言った言葉と同じものなのに、今春香が見せる表情はまったく別のものだった。

自信に溢れ、熱意に燃え、笑顔を浮かべるその姿は原作の天海春香の様にキラキラと輝いていた。

いや、もう春香は春香として輝いている。765プロのアイドル春香がそこに居た。

 

「だって、私は天海春香だから!」

 

良かった。本当に良かった。春香は答えを得たのだ。

さすが主役……なんて捻くれたことは思わない。今この時に答えを得たのは春香なのだから。天海春香(キャラクター)と同じ存在でも春香は春香以外の何者でもない。

 

「うん……安心した。春香がちゃんと未来を信じられて良かった。私ももう少しだけ未来を頑張れると思う」

「千早ちゃんの未来……? それって……また、千早ちゃんが……アイドルを目指すってこと?」

「あー……うん、そうかも。いや、そうだね。意外なことに私はアイドルを諦められてなかったみたい。春香の前で歌ってたら気づいた」

「意外じゃないよ! 意外なんかじゃないよ……だって、前に千早ちゃんが聞かせてくれたアイドルになった後のこととか、聞いてて凄いなって思ったもん! それだけの想いを持っていた千早ちゃんが諦めるわけないって信じてた!」

「それは黒歴史だから忘れて」

 

頼むからそれだけは忘れて欲しい。春香に語って聞かせたアイドルの話は中二病時代に書いた自分設定のノートくらい闇に葬り去りたい過去だから。

本当にお願いします。何でもしますから。わりとマジで。

 

「……ねぇ、千早ちゃん。一つだけ私の我がままを聞いてくれないかな?」

「何?」

「私たちのライブを観て欲しいの」

 

ライブ……。

それは当然アリーナライブのことだよね。

観たいか観たくないかと言われたら観たい。断る理由なんてまるでない。て言うかここまで関わったなら結末は自分の目で確かめないと気が済まないまである。

 

「でも今からチケットとか取れるかわからないけど」

「ライブのチケットは私が用意するから! アリーナ席のいっち番いいやつ! 千早ちゃんには一番近くで見ていて欲しいの。私の、私達のライブを!」

 

今からそんなチケット用意するとか無茶過ぎるだろ。それとも、こういうのって関係者にある程度優先的に回されたりするのだろうか。

 

「うん……観るよ。春香達のライブ。見せて欲しい、春香達の可能性を」

「ありがとう!」

 

笑顔でお礼を言う春香の表情には一切の不安も焦りも無かった。

それが僕の歌だけで起こした奇跡だとは思えない。きっとそれ以外にも春香の心を動かす何かはあったのだろう。それでも、自分の歌が少しでも春香の力になれたならば僕は満足だった。

僕は千早にはなれなかったけど、如月千早として手に入れたものは確かにあった。

優と春香。二人が千早ではなく僕によって救われたのというのならば、それは僕がこの世界で生きている証に他ならない。

今なら分かる。

春香は天海春香を知らない。でも天海春香になれた。

僕は千早を知っている。でも千早にはなれなかった。

でもそれで良いんだ。僕は千早にはなれない。それは仕方がないことだから。

だって僕は如月千早だから。

僕は僕として、如月千早として、自分の人生を生きればいいんだ。春香を見てそれに気付くことができた。

そういう意味でも春香には感謝しないとね。

ずっと心の奥で誰にも見て貰えなかった僕を照らしてくれた。千早という光から生まれた影で真っ黒く染まった如月千早を春香は照らしてくれた。

ありがとう春香。本当にありがとう。

 

貴女は僕のアイドル()です。

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

それからのことを少しだけ語ろうと思う。

精神的に吹っ切れたことで僕は人間らしい生活に戻ることができた。鬱屈した精神はすっかり治っており、今では心身ともに健康体である。

いや、治ったという表現は少しだけ違うか。

僕は生まれた時から病んでいたのだ。千早でなければならないという強迫観念によりいつしか視野狭窄と異常な執着を持つに至った。千早と自分との違いに悩み、それが精神的ストレスとなって常にSAN値が下がり続けていたところで765プロのオーディションに落ちたことで発狂したというわけだ。

僕は如月千早ではあるが、必ずしも千早の人生を追う必要はないと気付いたことで正気に戻ったというのが本筋だと思う。

神と名乗る存在と何を契約したのか細かなところは思い出せていない。千早になることが重要だったことはわかるけど、それ以外はさっぱりだ。しかし、ここまで追い詰められるくらいだ、重要な何かだったのだろう。

それを破ったことでどんなペナルティがあるかはわからない。最悪僕という存在を無かったことにされる可能性もある。突然自分が居なくなった世界を想像して怖くならないと言えば嘘になる。僕は死ぬのは怖い。でも怖がって何もしないことで後悔をするのだけは嫌だ。あのまま絶望の中で生き続けよりも如月千早として生きる方がずっと良い。

まあ、この件についてはいずれまた考えるとしよう。今の僕にはやらなければならないこと、やりたいことがたくさんあるのだから。

とりあえず目の前の問題から解決して行こう。

 

「まっずーい! 本気でピーンチ!」

 

今日は春香達765プロのアリーナライブ当日だ。そんな大切な日の朝から僕はアパートでどたばたと暴れている。何故かと言うとライブに着て行く服を用意していなかったのだ。今慌てて服を押し入れから引っ張りだしている真っ最中。

服が無いことに気付いたのは昨日のことだった。我ながら遅すぎると思う。でも言い訳をするならば、色々と身の回りの整理をしていて服にまで気が回らなかったんだ。

いざ服を着る段階でまともな外行きの服が無いと気づいた僕の絶望たるや、戻れない状態でボス戦前でセーブしちゃったくらいの絶望感って言えば伝わるかな。

いや、待てよ? 別に僕がステージに立つわけでもないのだから服なんて何でも良いんじゃないか。それこそ普段出掛ける時に着る地味な色のやや男っぽい服とかでも良い気がして来た。原作の千早もズボン姿が多かったから問題ないと思うんだけど。

そもそも、こういったライブに行く時の正装って何が正解なの?

働いたら負けTシャツとかラブ765法被とか?

アニメとかのライブシーンで観客が着ていた服ってどんなだったっけ。さすがにそこまで細かい描写なんて覚えてないよ。

だったらジャージとかでもいいじゃないかな。もうジャージで行こうか。

とか思っていたら突然電話が掛かって来た。優からだ。

 

「良いところに電話をありがとう! と言うわけで、優ヘルプ! ライブに着ていく服がないのー!」

 

通話開始と同時に開口一番助けを求める。

頼れるのは我が愛しの弟ラブリー優だ。世界一可愛い優の世界一のセンスに僕は賭けるぜ!

 

『えっと、お姉ちゃんの部屋のクローゼットの右端に一式あるよ』

 

即答で解が返って来た。

頼っておいてアレだけど、マジで用意してあるとか意味不明なんだけど。

もしかしたら、僕の弟はエスパーなのかも知れない。もしくはタイムリープしてるとか。嘘やろ、僕は電子レンジを改造とかしてないよ。

 

『お姉ちゃんは自分で思ってる以上に分かりやすいからね。どうせ今回も服とか用意してないと思って、お母さんが買っておいてくれたんだよ』

「お母さんが……」

『今度お礼言いなよ?』

「うん。ちゃんと会って、言うよ。これからのことも含めてね」

 

あの日、春香と別れた僕はまっすぐ家に帰った。走って。お金無いって辛いわー。

家に着いたらまず優に電話するつもりでいた。絶対心配しているだろうし。しかし戻った僕は家に優が居て驚くことになった。ずっと待っていてくれたらしい。

優は僕の顔を見て上手くいったと察したのか「お疲れ様」と言って笑顔で迎えてくれた。

詳細を語って聞かせると優は凄く喜んでくれた。僕が自分から誰かのために動いたことが嬉しかったと言われのだが、そこだけ切り取ると僕がめちゃくちゃ冷血漢に見えるね。

何よりも僕の声が出たことが嬉しいそうだ。春香に歌ってみせたと言ったらさらに喜び「今度僕にも聴かせてね」と言ってくれた。

しかし、その後優から両親にも声が出たことを報告するべきだと言われて戸惑った。今更僕の声が出たからと言って両親が喜んでくれるとは思えなかったからだ。

それでも病院のこととか、生活のこととかあるので報告は必要だろと思い実家に電話を掛けたところ、まずオレオレ詐欺を疑われた。酷いや。

それまで一言も口がきけなかった娘から電話が掛かって来たのだから疑うのは当然と言えば当然だけど。まあ、すぐに声から本人だってわかってくれたので良かったが、今度はもの凄く喜ばれたことに驚くことになった。

てっきり「ふーん、そう、で?」くらい軽い返答だけかと思っていたので、このリアクションには面食らった。

電話越しに涙ながらに喜ぶお母さんと、会話を聞いていたお父さんの喜ぶ声が聞こえて、自分がどれほど親不孝だったのか知ることになった。

ずっと気を遣われていたことに今更ながら気づいた。原作で千早から離れていった二人とこの両親を混同していた自分をとても恥じた。

ところで優が今僕の部屋に居り、もう夜も遅いため今日のところは泊まらせるつもりだと言ったところ即迎えに行くと言われた。翌日は休みなのだから問題無いと言ったのだけど、「大問題だ」と逆に諭される結果になった。なんでだ。

優に理由を尋ねても苦笑いするだけで教えてくれなかったし。何か両親からの僕の扱いってよくわかんないんだよね。

まあ、優を迎えに来たお父さんをアパートに入れた結果なし崩し的に両親とも会うようになったので結果オーライと思うことにしよう。

その時にお父さんから実家に戻らないかと提案された。嬉しいと思う反面、出戻りみたいで恥ずかしいので回答を濁してているとお父さんは必死に戻るように言って来て戸惑うことになった。何でも優から僕の生活内容を聞いて気が気でなかったらしい。あまりに必死に言い募る親の姿に引いていると優が庇ってくれた。本当に優は逞しくなった気がする。何か男の子から男って感じになりつつあるね。僕を庇う優があまりに頼もしくかっこよかったので「優かっこいい、抱いて!」とかふざけて言ったわけだが。

何故か僕の一人暮らしが継続することになった。何でだ。

そんな感じに僕の一人暮らしは継続中だけど、お母さんがよく来るようになったので生活水準は若干上がった。お父さんも会社帰りにお土産片手に顔を見せてくれるようになった。

まだまだお互いにぎくしゃくとしているけど、少しずつ家族らしさが戻っている気がする。

 

「ところで、どうしたの今日は。まだ待ち合わせまでの時間はあるよね。私遅刻してないよね?」

『それは大丈夫だよ。電話したのは天海さんからお姉ちゃんにメールしたのに返事が無いからちゃんと読んでって伝言を言うためだよ。服のことも伝えるつもりだったけどね』

「えっ、メールなんて来てたかな? うーん、後で見ておくよ」

『できるだけ早く見たほうがいいよ。かなーり気にしてたから。千早ちゃんは大丈夫かなとか、部屋で倒れてないかなとか、メールしすぎて嫌われてないかなとか』

「春香は私のオカンか何かかな?」

『オカン属性かはともかく、ユニークな人だとは思うよ。お姉ちゃんって面倒な人に好かれやすいからね』

「んぅ?」

『じゃあ、僕も準備があるから切るね』

 

不穏な発言を残して優の電話が切れた。

優に言われた通りにクローゼットを確認すると外行き用の服が一式掛かっていた。その下には服に合った靴が置いてある。

靴まで用意してくれるなんて、本当にお母さんには頭が上がらないよ。

だが下がスカートなのは何でですかね。学校の制服は許せても普段着にスカートは未だに抵抗があるんだけどな。中学卒業とともにスカートの呪縛から逃れられたと思っていたのに。

うー、でも今から他の服を用意する時間もないし。何よりお母さんがせっかく用意してくれた服を着ないのも悪いし。

……仕方ないから着よう。

いそいそと部屋着から着替える。少し特殊な服でも千早が着たことがあるタイプならば何となく着込むことができる。今日もチートは絶賛大活躍中だ。

春香の前で歌ってからチートの精度というか適用範囲が広がった気がする。おかげで今の僕は昔目指した如月千早以上に千早だった。今のこれを知ってから昔の僕がチートチートと騒いでいたのを鼻で笑うレベル。

服を着こむとクローゼットから引っ張りだした姿見で全身確認してみる。

二年前から変わらぬ如月千早が女の子らしい服装に包まれていた。

薄い水色のワイシャツに大きめの襟が特徴的な紺のジャケットと紺色のスカート。あまり女の子女の子した格好ではないものの、普段着に比べたらかなり可愛い系のこれはぱっと見ギャルゲのヒロインみたいな服装だ。この世界を現実と理解し始めてはいても、こういう服装に関してはたまに現実離れしたものがあるから感覚が狂うね。

最後にリボンも着けるみたいだけど、さすがにリボンは恥ずかしいので一度解いてからネクタイの様にゆるく巻いてみた。

出来上がりは上々だと思う。少なくともジャージ姿よりは良いはずだ。

会場で春香に会うことはないだろうけど、春香の友人としてやはり恥ずかしい恰好はできないよね。

そうそう、春香とは友達になった。

あの日から数日して可奈の問題が解決したと報告しに来た時に友達になった。春香曰く初めて会った時から友達だと思ってくれていたらしい。今回改めて友達になろうと言って来た時は若干泣きそうになったそうだ。それは申し訳ない。前回言い出せなかった連絡先の交換もその時やった。

可奈の件も解決できて良かったと思う。あのままアイドルを諦めていたらきっと後悔しただろうからね、可奈も春香も。きっとアイドルってものは簡単に諦められるものじゃないんだ。僕が諦めたのは千早になることで、アイドルになろうと本気で思っていたわけじゃなかったけど。それを春香と接して気づくことができた。

春香はこの人生で初めての友達だ。小学校からリアルな友達なんて作れたためしが無かったので春香には感謝している。

アイドルになったら忙しくなるから友達なんて不要と切って捨てていたから。どうせ765プロの皆と仲良くなるし。そんな考えから友達一人作らなかったおかげでニート時代に無意味に干渉して来る輩は存在しなかったけど、今になってもったいないことをしていたと思っている。

春香とは暇な時間にメールしたり、夜に電話したりと結構頻繁に連絡を取り合っていた。

春香はメールをすればすぐ返してくれるし、翌日仕事があるというのに長電話に付き合ってくれたりと僕のリハビリ(?)に彼女の存在は大きく関わっていた。まあ、さすがに仕事の前日に長電話は悪いと思い自重するようにしたが。

友達の居ない僕を気遣ってか春香は何気ないことでも連絡をくれる。時間も場所も問わずにね。ライブのチケットが取れた時なんてその場で電話してくれたらしい。どういう場面で電話を掛けたのか不明だが、プロデューサーと秋月律子の声が聞こえたということは仕事中だったんじゃないかと不安になった。いくら気を遣っているとは言え少し頻度と場所を考慮した方がいいかも知れない。あとやたら長文なのも頑張り過ぎな気がする。

そんな感じに生真面目にも連絡を取り続けてくれた結果、事務所で僕とメールしている姿を765プロメンバーに見られて双海姉妹から彼氏かとかおちょくられたそうだ。その時は曖昧に回答を濁したらしいが。……いや何故あえて濁したし。すっぱり否定しておけよアイドル。

プロデューサーがハリウッドに一年間研修に行っている間にスキャンダルでアイドル引退とか止めてよね。実際はメール相手が女って時点で疑いも晴れるだろうけど、そういう話題って後を引くからなぁ。

後を引くと言えば、あの凛との関係は表面上落ち着いたらしい。あれだけ春香を責めていた凛が矛を収めるとは思わなかったが。可奈の問題が解決したことで気が変わっただけならいいんだけど。何か燻ってる気がするんだよね。

 

「っと、そうだメールメールっと」

 

春香からメールが来ているんだった。

あまり返事が遅くなると悪いからね。ケータイを取り出してメールを確認する。

 

「……へあ?」

 

何か春香からもの凄い量のメール来てるんだけど。ひぃふぅみぃ……二十から数えるのは止めた。

内容はライブ楽しみって短文から始まり、次のメールで今忙しいのかという質問からだんだんと分量が増えていき、最新のメールでは二十行くらいの長文になっている。

筆まめなのかな?

とりあえず返す文面は当たり障りなく『今日着て行く服のコーデに迷って反応が遅くなったの。ごめんなさい』とでもしておこう。

送信っと。……すぐにメールが返って来た。早いよ。

内容は『無事だったらいいんだよ。ごめんね、長々とメール送っちゃって。今日のライブに千早ちゃんが来てくれると思うと楽しみで気が逸っちゃった』というものだった。

これ見ると普通の文面なんだけど、送信してから返信まで一分くらいだったんだよね。速記検定持ちなのかな。

ライブ前に何度もケータイをいじらせるわけにもいかないので『本番前にケータイで遊ばないように。ライブ楽しみにしてるから頑張って!』と送っておいた。

その後『うん! 今からちゃんとするよ。千早ちゃんには最高のライブを見せるからね!』とだけ返って来たので春香の方は大丈夫だろう。

さて、僕もそろそろ出かけるとしようか。

最後に姿見で全体を確認する。特に問題はないのでよしと一回気合いを入れた。何せ今日のライブは優と見るのだ。気合いの一つくらい入れたくなる。二人分のチケットを用意してくれた春香には感謝してもし切れないね。

アパートの玄関を潜りながら優のことを考える。

今回僕が自分の内面を吐露し春香を追いかけることができたのは優のおかげだ。優が居なければ僕は春香を追うことはできなかった。それ以前に声を出すこともなかった。

原因を辿れば僕が優へと暴言を吐いたことがきっかけだが、それを含めて今こうして如月千早として生きていられるのは優のおかげと言っても過言ではない。

ずっと僕のことを支えてくれていた優を僕は前以上に大切に想っている。それは千早の弟だからという理由ではない。僕の弟だからという理由で優を大切に想うのだ。その気持ちは千早でも如月千早でもなく僕自身の気持ちなのだと自信を持って言える。

優とは前以上に仲良しになった。千葉か八王子だかの兄妹が嫉妬するくらい……は少し言い過ぎかもだけど、前よりも仲良しなのは確かだ。

あの日以来、優が僕の世話を焼きに来ることは無くなった。僕が断ったのだ。ずっと優に助けられて来た自分から脱却するために決めたことだ。

まあ、その代わりと言っては何だが、ちょくちょく家に遊びに来てもらったり、こうしてお出掛けに付き合ってもらうようになったので一緒に居る時間は逆に増えた。

昔ならばいざ知らず、今の僕は優の姉として一応体裁は整えられているのだから、外で一緒でも問題ないのだ。

今日の服装だって一時期の芋女ファッションとは違ってまともだし。優も隣を歩いて恥ずかしいなんてことはないはずだ。

本音を言えばスカートじゃなくてズボンを履きたいんだけども、優曰く「お姉ちゃんもせっかく女として生まれたんだからもっとお洒落すべき」なのだとかで、最近はスカートを履く機会が増えた気がする。別にお洒落とか今更しても仕方ない気がするんだけど。

と言うか今の僕って大丈夫なのか?

お母さんの買ってくれた服をほぼそのまま着ただけだが、この世界のお洒落とかその辺りの感覚がわからないから良いのか悪いのかわからないぞ。自分としては悪くはないと思うし、何よりせっかくお母さんが見繕ってくれた服だから文句もスカートなこと以外特に無い。

……そのはずなんだけど。アパートを出てからずっと周りの視線が痛いんだけど。道ですれ違う人々が僕を見ている気がする。

なんだよ、そんな見ても面白い物なんてないぞ。アイドルの千早ならともかくここに居るのはただの僕だ。

謎の居心地の悪さに背中を押される形で早足になっていたのか、優との待ち合わせ場所には少しばかり早く着いてしまった。

わざわざ外で待ち合わせした理由は、単純にアパートと実家の距離から考えて外で待ち合わせるのが効率がいいと判断した結果だ。

ここからだと実家の方が遠いので優が後になるのは当然だ。と言うかそれがなくとも僕の方がお姉さんなんだから僕が先に着くべきだ。今回はちょっと早く来すぎたかも知れないが。

ケータイで時間を確認すると、待ち合わせまで三十分以上ある。あ、春香からメールだ。『今ライブの最終調整中だよ』って、調整に集中しろし。『集中、大事』とだけ返しておこう。

今度は優からだ。『もう着いた? 僕はもう少し掛かりそう』だって。慌てさせちゃ悪いから『私ももう少しー』と返しておこう。

ちゃんと連絡して来るなんて、さすが優だ。紳士過ぎて尊い。優が将来恋人とか作ったら絶対優しくするよね。相手は年上だろうか、しっかり者の優なら年下もありだろう。優を尊重して大切にしてくれる人なら歳は気にしない。ある日突然優に恋人を紹介されたらどういう反応をすべきだろうか。笑顔で歓迎する? それとも一旦ツンツンした態度をとってから後でデレて「優が選んだ相手だもの、認めるわ」とか言ってみるか。まあ、優が選ぶ相手に間違いとかあるわけないんだけどね。マジ優尊い。愛してるわー。

そんな優の恋人に僕はなんと紹介されるのだろうね。

「自慢の姉」なら花丸。

「不肖の姉」なら当然。

「不遇の姉」なら涙目。

「姉……知らない存在ですねぇ」なら死亡。

普通に考えて中卒引きニートの姉とか地雷過ぎて紹介できないわ。そう思うと僕って優の人生にとってお荷物だよね。思春期特有のニキビ以上に邪魔臭い存在じゃないかな。いや優の顔にニキビなんてできるわけがないんだけどね。優の肌は綺麗だから。舐めても平気なくらい綺麗だから。舐めたことないけど。

しかし恋人に紹介してもらうとなると、僕もまともな職に就く必要があるんじゃないだろうか。ちょっと人生設計を真面目に考えてみる必要があるかも。

とりあえずアルバイトでもしながら通信で高校にでも通うとかどうだろう。両親も安心するし、家賃を自分で払えたら負担も減ると思う。

高卒認定を取ったら大学にも行きたい。一流とはいかないまでもそこそこの大学に入って、サークル活動したり、就職に有利そうなゼミに入ってコネ入社を……コミュ障だから無理か。サークル活動とかも女子同士の軋轢とかありそうで無理だわ。サークル活動するくらいなら今から適当なスポーツのプロ選手を目指す方が建設的だって話。マラソン選手ならこの瞬間にでも世界狙えると思う。今のフルマラソンの世界記録って何分だっけ? 四十分くらい?

とにかくまともな生活を送って家族を安心させたかった。アイドルを目指すかはその後ゆっくり考えて行こうと思う。

二次選考まで進んでいた346プロダクションのオーディションは結局受けていない。

と言うか受けられなかった。

理由は単純。二次審査が終わっていたのだ。さすがに一か月も放置していればそうなるよね。

まあ、一次審査は中学時代の写真で通ったものなので、二次審査を受けたとしても落ちていただろう。きっと審査員には別人としか映らないはずだ。

確かに僕は声を取り戻した。歌も歌えるようになった。ダンスだって踊れる。でも笑顔まではそうはいかなかった。

僕はもうあの頃のように笑えない。

長い間使わなかったからか、僕の内面が変わってしまったためか、二年前まで簡単にできていた笑顔が今はまったく作れないのだ。

薄く笑うことはできても満面の笑みというものを作れない。優は前の笑顔よりも好きだって言ってくれるけど、自分の中ではこのことを消化しきれなかった。あれだけ頑張って練習したエヘ顔ダブルピースはどこへ行ってしまったのか。

笑顔なんて、笑うなんて誰でもできることだ。アイドルにとって基本スキルとさえ言える。歌が下手でも踊りが下手でも笑顔があればアイドルは輝ける。そう思う僕にとって笑顔を失ったのは痛手だ。

でも前程絶望はしていない。少しずつでも笑顔を練習していけばいい。一度駄目になったくらいで諦めない。それにこの一次審査だって優に出してもらっものだし、今度は自分の意思でオーディションを受けよう。

千早になることを諦めた僕だけれど、それ以外のものを何一つ諦めないと決めたんだ。アイドルにだっていつの日かなってみせるさ。

それはそうと優はどうしただろうか。メールがあってから結構経った気がするけど。

 

「あの……せめて、お話だけでも」

 

優を捜すために意識を外へと向けると、目の前に見知らぬ男性が立っていることに気付いた。

今の台詞からして、どうやらずっと僕に声を掛けていたらしい。あまりに集中していたためスルーしていたようだ。

悪いことをしたと思い謝ろうとしたところで気づく。それまで同じように待ち合わせをしていた周りの人達がごっそりと消えていた。唯一残っているのが今僕に声を掛けて来た人だけ。

何だこれ。集団消失事件か何か?

突然の超常現象に戸惑った僕はろくな反応もせずにもう一人の顔を見る。って背が高いな。

相手の男性は軽く見上げる必要があるくらい背が高かった。少し首を傾けて相手の顔を見ると、やけに鋭い目と合う。ぱっと見脛に傷持つタイプのご職業の人に見えなくない。

これ、人が去ったのこの人の所為じゃないか。もしかして僕は逃げ遅れたのかな?

しかしよく見ると落ち着いた空気を纏う生真面目な人だとわかる。こういう直感的に善人か悪人かわかるのは元の世界と比べてこちらが単純にできているからだろうか。ある意味メタ的な物の見方ができるのは転生者の特権なのかもね。

 

「……私、ですか?」

 

僕しか居ないけど、万が一僕以外の人に話しかけているパターンもあるから一応尋ねてみる。

これで違うとか言われたらこの人やばい人だったわで終わるのだが、やはり男の目的は僕だったらしく短く「はい」と言われてしまった。僕が反応を返したことに安心したのか、男の表情が若干ほっとしたものになった。

 

「何か御用ですか?」

 

僕が再び尋ねると、男が今度はただでさえ鋭い目付きをさらに釣り上げる。

ぶっちゃけ怖いんですけども。さっきは善人か悪人かわかるとか言ったけど、善人でもやばい奴とか居るから。某神父みたいに「暴力を振るって良い相手は悪魔(バケモノ)共と異教徒共だけです」とか言う輩も善人に属されるので油断できない。

よく見ると遠巻きにこちらを窺っているいる人が何人か居た。中にはケータイ片手にどこかに通報しようとしている人までいる。そこまで必要とは思えないけど、無関心を装って見て見ぬふりをしないのはポイント高いよ。

一応今の僕ならば一般人程度腕力のみで挽き肉にできるから、仮にこの人が何かして来ようとしても特に危機感を抱くことはない。むしろこの場で猟奇殺人めいた罪を犯すわけにもいかないので、どう処理するかの方が問題だった。

できるとしたら「チヒャー……ぼ、防御たのむ」とか言った後に心臓抜き取るくらいか。いや、殺してるじゃん。

そんな馬鹿な考えを僕がしていると、男は一度唾を飲み込んだのか喉をごくりを鳴らし用件を告げた。

 

「アイドルに興味はありませんか?」

「……はい?」

 

時計の針が進む音が聞こえた。

 




千早覚醒完了。
ここからは346プロ編。つまりアイドルマスターシンデレラガールズ編となります。ようやく本編はーじまーるよー。
絶望して投げ出して諦めて、それでもやっぱり捨てられなかったものを拾い上げて、必死で希望をつかみ取ったことで千早は変わることができました。
でも如月千早0歳児はまだ前世を引きずって失敗するし、千早と自分を比べて情けない思いをするかもしれません。それでも何も諦めないと誓った心は絶対に折れることはないでしょう。
今後とも千早ちゃんのサクセスストーリーをよろしくお願いいたします。

※凛については色々と考えましたが、現状つんつんしてるだけのキャラになってもらいます。これは設定改変というよりは、とある人物の行動の結果生まれた選択肢の一つとして書いています。
 凛も不穏な感じですが、春香の方も実は何も問題が解決していません。その他CPメンバーとの関係等、この千早はアイドル活動よりも人間関係で苦労するタイプ。



えー、以下色々とあとがきにて書きたかったことがあります。
各キャラの設定とか、原作との違いとか、そういうあれこれを書きましたが、ネタバレを含んでしまうので泣く泣く全カットしました。
意味深なセリフとやり取りは別視点での補足説明という形にいたします。
今のところ別視点があるのは、優、春香、武内Pをそれぞれ1シーンずつ、1話にまとめたもの。凛は1話まるまる。それぞれの千早の印象を幕間の物語として出したいです。
一般人(優)、アイドル(春香)、プロデューサー(武内P)、???(凛)から見ると千早がどう映るのかというのがわかるような短編にしたいです。たぶんそれぞれまったく違う人間に見えることでしょう。

今回のお話で千早がアイドルを始めるためのプロローグ終了です。
本当は1話目でプロローグは終わる予定でしたが、千早がどういう人間か掘り下げているうちに3話分になりました。
1話目1万文字、2話目2万文字、3話目にして5万8千文字です。アホです。
4話目からはなんとか長さを調整したいと思います。5万文字は超えないように。

長々とプロローグを書きましたが、乱雑になりすぎたので簡単に千早の変化を書くと以下になります。
転生したぞ→どうやらアイマスの千早に転生したらしい→何故かわからないけど千早にならないと(強迫観念)→弟が死なないと千早になれない→弟は現実に生きているから死ぬなんてだめだ→千早以上の千早になるぞ→765プロ落ちる→千早以外の生き方を知らないから何もできない
二年経過
千早のいない765プロが成功なんて無理じゃろ→アリーナライブ?バックダンサー?千早いらないじゃん僕要らないじゃん(アイデンティティの喪失)→みんな僕を嫌う。僕を忘れてしまう。→優「お姉ちゃん好き」春香「私は覚えてるよ」千早「やったー!千早ちゃん大勝利!」

以上。登場キャラ屈指のチョロインでした。

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