アルティメット千早な僕が765プロのオーディションに落ちた件   作:やんや

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1話目は短めに日記風で


アルティメット絶望

○月×日 晴れ

今日から日記を始めることにした。

ようやく自由に動ける時間ができたのだから、これを機に色々と記録を残すのも良いかなと思った末の行動だ。

しかし、日記と言っても何を書けば良いのやら……。

齢三歳のこの身が経験した事を書き記したところであまり面白味もないだろう。まあ、日記とは本来記録であって娯楽要素を求めるものでもないのだけれど。

とにかく、せっかく前世の記憶などという余分な物を持って転生したのだ。文字の書き方を忘れないように日記を続けるのもありかも知れない。

 

 

 

○月▽日 晴れ

重要なことを書き忘れていた。

昨日の日記を読み返したところ、何の気なしに”転生”という言葉を使ってしまっていた。

別に隠しているわけではないのだが、積極的にばら撒きたい話でもない。

当然こんな事を口に出して言えば正気を疑われるだろう。三歳児なら戯言としてスルーされそうだけども。

 

 

 

○月◇日 晴れ

だから転生の話だって。

どうにもこの体になってから意識を覚醒させ続けることが辛い。

幼児の脳で小難しいことを考えた弊害が睡魔として襲ってくるわけだ。

それももう少し成長すれば改善が見込まれるはず。

まず始めに、僕は転生者である。

よく創作物で取り扱われるアレだ。謎の存在Xや青髪の残念女神に出会うことは無かったものの、産まれた直後から前世なんてものを覚えており、何となくこれが転生なのだと自覚していた。

記憶に無いが、どうやら何らかの契約の下に僕は転生を果たしたらしい。どのような存在が何のため僕を転生させたのかは判らない。しかし僕を転生させた存在がいることは確かだ。そうでなければ転生した理由も、このチート能力を自覚している理由も無いからだ。

ちなみにそのチート能力とは、

 

 

 

△月Δ日 晴れ

昨日は途中で力尽きてしまった。

やはり幼児の頭ではそう長く物を考えられないらしい。すぐにオーバーヒートを起こして気絶するように眠ってしまう。

ただ眠るだけなら良いのだけど、この日記を書いている途中に眠るのはマズい。親に見られたりしたら大変だ。最悪化物扱いされて捨てられてしまうだろう。

ただでさえ今世の両親は僕に対して淡白な扱いをする予定なのだから。可能な限り幼いうちは普通に過ごしておきたい。

 

 

 

△月×日 晴れ

少しだけ書ける量が増えたと思い調子に乗ってしまった。また意識のブレーカーが落ちてしまった。

僕の力については、安全のためにここに書かない方が良いのかもしれない。でも後々忘れた時に読み返せたら便利だろうし、何ができるのかきちんと把握できたら詳細を書くことにしよう。それまでに自分の将来について考えておく必要がある。

さて、どうしようかな。

 

 

 

△月○日 晴れ

とりあえずサインの練習とかしてみたり。特に意味はない。

日記の表紙にすら書かなかった正真正銘の初めてのサインだ。

 

如月千早

 

それが今の僕の名前だ。

 

 

 

×月●日 晴れ

昨日書いた通り、僕の名前は如月千早だ。

女の子みたいな名前だと思う。実際この身の性別は女なので名前通りではあるのだけど、逆に中身が名前に伴っていないことになる。

前述した通り、僕は転生者だ。そして元男でもある。

外側が女で中身が男の歪な存在ということで、転生してすぐは色々と戸惑った。何せ長年連れ添った息子がさよならバイバイしていたのだから、そのショックはかなりの物だった。

しかし、途中から前世を思い出すタイプの転生ではなく、産まれた時から自覚するタイプの転生だったため、赤子時代に体験するお約束めいた不自由さが逆にこの身に慣れるきっかけとなった。今では体に違和感が出ることはほとんどなく、自分が女であることを受け入れられていた。

と言っても、ふとした瞬間に前世を思い出すかのように男的な行動が出ることもある。一度トイレを立ったまましようとしてあわや大惨事ということもあった。

それと男を恋愛対象にできるかと言えば絶対無理だと答えられる。

体は女でも恋愛対象は女のままだった。

テレビに出てくるアイドルを可愛いと思えるし、性的な目で見ることだってできた。実はまだまだ若い今世の母親との触れ合いにドキドキしたのは内緒。

逆に男に対しては一切ときめかない。イケメンの俳優を見てもイケメンだなって思うだけでそれ以上は何も感じない。一時期預けられていた保育園にいた男の子にも何も感じなかった。いや、感じたら感じたで色々とヤバかった。端的に言ってショタコンということになるからね。

むしろ幼いということで無防備に肌を晒す女の子達にこそドキドキしたものだ。

端的に言ってロリコンであった。

 

 

 

×月◎日 晴れ

ロリコンじゃないよ。

子供に混じって素肌を晒すことに抵抗があっただけだし。ドキドキ感も元男と言えど恥ずかしいと思ったからだから。

その時は周囲の子供の不思議そうな顔を無視してこっそり着替えたりしてことなきを得た。未来の大スターである如月千早の肌をこんなところでお披露目するなんてありえないからね。

未来の大スター。

何故僕がこんなことを言うのか?

それはこの身が如月千早だからに他ならい。

ようやく話が本筋に戻って来れた。

まず何度も言うように、僕は転生者だ。

そして転生先は如月千早だった。

この如月千早という少女はサブカルネタを少しでも齧ったことのある人間ならば耳にしたことはあるだろう、アイドルマスターという作品に登場するキャラクターである。

765プロダクションというできたばかりの零細アイドル事務所のメンバーの一人で、アイドルでありながら歌のみに固執する尖がったアイドルだ。

本来明るく朗らかな性格だったが、幼い頃に弟が交通事故に遭って死亡したことにより性格が一変、暗いものとなった。家族との間にも隔意が生まれ、それも性格を変える要因になったらしい。

そんな如月千早は当初協調性がやや乏しく、アイドルの仕事も歌のみに特化しており、かなり扱い辛いキャラだった。

それが765プロのメンバーとプロデューサーとの絆を深めることで最後には明るい性格をある程度取り戻したみたいなキャラクターである。

そんな如月千早に転生した僕なのだが、自分の名前を聞いても最初はアイドルマスターの如月千早と自分を結びつけることはなかった。

転生したとしても、まさかアニメやゲームの世界に産まれ落ちるとは思っていなかったのだ。ただし、名前を聞いて千早と一緒かと少しだけテンションを上げてはいた。まあ、その時は自分が赤ん坊になっていることと女の子呼ばわりされていることに気を取られていて喜んでいる余裕なんてなかった。

そんな僕が自身を如月千早だと認識できたのは弟が生まれたからだろう。

如月優。

それが僕の弟の名前。そして如月千早の死んだ弟の名前だった。

母に弟ができると聞かされた時にまさかと思っていたが、その弟の名前が優だと教えられた瞬間に気付かされた。ここはアイドルマスターの世界だと。

それまで何となくアイドルが前世に比べて優遇されているなぁ程度に世の中を見ていた僕は、改めて世間に意識を向けてみた。すると出るわ出るわ、前世で耳にしたアイマス関連の情報が。

それら集めた情報をまとめ、導き出した結果が自分がアイドルマスターの世界に如月千早として転生したという答えだった。

 

 

 

×月▼日 晴れ

つい先日母親共々病院から退院して来た弟のおしめを換えていると頭に思い浮かぶことがある。

この如月千早は大スターになれるのかと。

その疑問の理由は弟にあった。

物語では弟の死により歌に対する想いが強まり、千早のストイックさが生まれた。特技をトレーニングと言い切れるのはどこかおかしいのだ。

だがそのストイックさがあったから千早は歌において格別の力を得たのも事実。過去の回想シーンでは幼少期は歌が上手いという描写はなかった。むしろやや音痴に表現されていた気もする。

そこから歌姫となるにはどれほどの努力が必要だったのだろう。いや努力という言葉で済ませられないのか。謂わば妄執とも呼べる歌への想いが如月千早を形作ったのだろう。

その一方で弟の死は千早の歌にリスクを与えてもいた。

弟の事故の記憶により喉に負担をかける歌い方になっているとか、声が出にくくなっているなど、長く歌に関わるならばマイナスになる要素を弟の死は千早に与えている。

そしてその事故を週刊誌に載せられたことで千早は歌えなくなった。歌おうとすると声が出なくなる。アイドルとして致命的だった。

それにより一時期はアイドル活動を休止せざるを得なかったが、765プロの仲間の献身により再び歌を取り戻したというのがアニメのお話である。

 

泣ける!

 

で、この世界ではどうかというと、さすがに大成するために弟を見殺しにするような真似をしようとは思えなかった。

当たり前だ。弟の命なのだ。大切に決まっている。

……決まっているのだ。

いや、ここで白状しておこう。僕は一度弟が死ぬことを許容しかけた。

原作がそうだからという理由で。弟が死ぬのを受け入れかけた。

今思えば愚かの極みとも言える思考だった。命をなんだと思っているのか。でも最初の頃の自分は確かにそんな考えを持っていた。それが僕という人間の本性だった。

そんな屑めいた考えを改めることになった理由は他の何物でもない、弟本人だった。

まだ産まれたばかりの弟は病室のベッドで横になる母の隣で眠っていた。この世に汚いものなど無いと言わんばかりの平和ボケした寝顔だった。

これからの短い人生を精一杯生きておくれなどと無責任かつ非情な思いで眠る弟を見ていると、パチリと目を開いた弟と目が合った。

まだろくに目も見えていないのか焦点の合わない目をくりくりと動かしている。なんとも滑稽な姿だと思った。

だから、それは不意打ちだったのだ。

ふわりと弟が笑った。

無邪気に笑った。

汚いものなどこの世にないと。

目に映る全てが綺麗なのだと。

目の前の千早()を見て笑ったのだ。

その瞬間、僕の中にあった弟が死ぬ未来は吹き飛んだ。

自分の考えがとても愚かしいものだと気付かされた。

弟は生きていた。いや、生きている。

目の前で生きているのだ。

無意識に震える手を弟へと伸ばしていた。

指先でその小さな掌へと触れる。きゅっと指を掴まれた。

限界だった。

気づけば僕は泣いていた。

生まれ変わってから一度として泣いたことなどなかった自分のどこにこんな量の涙があったのか?

むしろこれまで溜まっていた何かが、今涙として溢れた気さえした。

突然泣き出した僕に両親はひどく狼狽えていたが、しばらくすると優しく頭を撫でてくれた。

思い返してみれば、生まれてこの方、この親に頭を撫でられたことがあっただろうか?

何度か撫でようと手を伸ばして来たことはあったのだが、それを僕が避けていた。どうせ疎遠になる相手なのだから馴れ合う必要はないだろうという思いで。

どこか前世の親と比べていたのかもしれない。どちらも親であることに違いはないというのに。

そんな諦観にも似た感情は涙とともに消えてなくなった。

弟の笑顔のおかげだ。

だから僕は弟に感謝している。この子のためにできることは何でもしようと思った。

 

ところで、僕が失ったモノを当然の様に弟は持っているわけだ。

女に生まれて早数年。しかし無いことに慣れ始めた自分を自覚している。

このまま心まで女になってしまうのかと不安に思いながら弟のそれを見ていると、横で洗濯物を畳んでいた母親が変に神妙な顔で何を見ているのかと尋ねて来た。

何をというかナニをというか。元気にちんちんと答えればよいのか。

何となく、弟のこれを見ていると自分が女であると自覚するみたいなことを言ったらおしめを換える役を取られてしまった。やたら焦った顔で「早熟過ぎる」とか「まさか実の弟に」とか意味不明なことを呟いていたがアレはなんだったのだろうか。

 

 

 

◇月凸日 晴れ

弟がしゃべった。

しゃべったあああ!(ファストフード感)

これまでダーダーとしか言わなかった弟が初めて意味のある言葉を発した。育児本からすればそろそろだとわかっていたが、やはり実際にしゃべるのを聞くと驚きと感動が押し寄せて来る。

しかも第一声が「ちひゃー」である。

パパでもママでもなく僕の名前を呼んだのだ。嬉しさが天元突破した。

お姉ちゃんとかでないのは誰もお姉ちゃんという単語を弟の前で使わなかったからだろう。両親とも僕のことは千早と呼ぶし。たぶん二人が使う言葉のうち一位と二位は優と千早だったとも要因と言える。

千早。僕の名前だ。それを呼ぶのは弟!

その幸福に浸っていると両親が慌てたようにお姉ちゃんと呼ばせようと弟にお姉ちゃんと連呼しているのに気付いた。

そんなインコやオウムじゃあるまいし。

両親の謎の拘りに呆れていると、圧力に怯えたのか弟が泣き出してしまった。何をやっているのだろうか。

赤ん坊の話す内容に必死になり過ぎでしてよ(上から目線)。

別に僕は千早呼びでもいいんだけどな。お兄ちゃん呼びが叶わない今生なら名前呼びは妥協点だと思うし。

しかし僕が名前呼びでいいと伝えると両親はさらに慌てて弟にお姉ちゃん呼びを迫るのだった。

え。新手の虐待ですか?

 

 

 

○月○日 晴れ

今日は夏祭りの日だ。

年齢的に今日が弟のデッドエンドの日かもしれない。

細かな年齢がわからないが、千早が六、七歳の頃だと思うので今日がデンジャラスデイで危ないのは確定的に明らか。

ああ、頭が回らない。

こんな日に限って風邪をひいてしまった。何という不運。

祭りが始まるまでに熱を下げないと。弟が祭りに行ってしまう。

頼りの親は僕なんぞの看病のために残ると言っている。ならば弟も残って欲しいと言ってもまともに取り合ってくれない。

どうやら親の代わりに弟のクラスメイトの親御さんが付き添いを買って出てくれたそうだ。迷惑すぎる。

こうなったら前世について話してみようかなどと無謀なことを考えもしたが、熱に頭がやられたと思わるのが落ちだ。

何とか弟の事故を防がないと。

弟が死ぬ。

嫌だ。

何とかしないと。

何とか

 

 

 

○月×日 晴れ

 

せーふ

 

 

 

○月▲日 晴れ

弟生存。

良かった。

未だ風邪の治らぬまま布団に寝転がる僕の横で弟が心配そうな顔でこちらを見ていることに安堵する。

どうやら夏祭り行きを断念してくれたらしい。しかも弟本人からの申し出とのこと。親も弟本人が言うものだから無理に送り出すことは躊躇われたそうだ。

よくやった弟よ。そして不甲斐ない姉で申し訳ない。

せっかくお友達とのお祭りをご破算にしてしまったのだ。この埋め合わせはする。絶対する。

まだ微熱の続く頭であれこれと埋め合わせについて考えていると、隣の部屋で両親が深刻そうに話し合っているの声が聞こえた。

断片的だけど「独占欲」とか「嫉妬」とか聞こえた。意味はわからないが、僕が弟を独占していて両親のどちらかが拗ねているとかだろうか。

まあ、どうでもいいか。何はともあれ良かった。弟が生きている。今はそれだけで十分だろう。

弟の生存を確認するために弟に抱き着いたところ、隣の部屋から親がすっ飛んできて引き離された。

そうだね、風邪が感染ったら大変だったね。

 

 

 

凸月凹日 晴れ

中学校に進学した。

小学生の弟とは離れ離れである。寂しいよおおお!

でも通学路は途中まで一緒なので、分かれ道までは毎日一緒に登校している。

できれば小学校まで付いて行きたいところだが、それは両親と何故か小学校の元担任に全力で止められた。

僕はただ弟と一緒にいたいだけなのに。え、それが駄目だって? 解せぬ。

中学生になって以来、授業を受けながら思い浮かべるのはもっぱら弟のことだった。

授業自体はぶっちゃけ受ける必要がないくらい簡単なので上の空でも余裕なので、その間弟のことを考える時間に当てている。

帰ったら弟と何をしようかなんて妄想を浮かべ、授業中にニヤついている奴が居るとしたらそいつは僕です。

 

 

 

凸月×日 晴れ

弟に将来の夢を語った。

将来アイドルになりまーす。イエーイピースピース。

そんな劇高テンションで宣言したところ、弟は素直に喜んでくれていた。

両親はどうかと言うと、意外にも賛成してくれた。と言うか異常なほど喜んでいた。

何だろう、末期患者で余命幾許も無いと思っていた相手が突然快復したみたいなテンションの上がり様は。

将来が心配だったとか言われても、一応これでも学校では成績優秀で通っているのですが。決して優等生と言われないところがミソだ。

とにもかくにも僕の夢はアイドルになることだ。

もちろん入るアイドル事務所は765プロ一択。それ以外眼中に無し。

約束された勝利の事務所以外に入っても意味ないってことよ。

 

 

 

凸月♦日 晴れ

一応、アイドルになるための準備はしている。まあ、この身体に一般的な努力というものは不要なのだけどね。

実は結構前から僕が所謂チートキャラだってことが判明していた。今の今まで説明するタイミングも使う場面も無かったので死蔵されていたのである。

 

──消しゴムで消した跡──

 

これらのチートにより超絶強化された如月千早、名付けてアルティメット千早はまさにアイドルになるべくして生まれたと言っても過言ではない。

あとは765プロに入ってしまえばトップアイドルまで一直線って話である。

トップアイドルになった暁には、印税で儲けて弟と両親に楽させてあげる。これが僕の野望であった。

 

 

 

△月▲日 晴れ

中学三年生になった。

少し前から受験シーズンでクラスメイトがピリピリしている。

僕も受験生に他ならないのだけど、ある意味進路がアイドルで決まっているのであまり進学先は気にしていない。

近ければいいかな程度だ。その近いというのが家からか765プロの事務所からかは考え中である。

家から近ければ通学は便利だ。原作の千早が一人暮らしだったのに対して家から通えるというのは非常に恵まれた環境と言える。

しかしこの家から765プロの事務所はやや遠い。春香程ではないが毎日通うとなると結構厳しい距離だ。

ならば事務所から近い学校がいいのかも知れないけど、そうなると今度は弟と離れて暮らさなければならない。

自他共に認める弟マイラブな自分からすれば弟と離れて暮らすのは正直キツい。今なら千葉のエリートぼっちな少年の気持ちがわかるというものだ。

いっそのこと弟と一緒にアパートでも借りて二人暮らしでもしようかとも思ったのだが、両親に軽く相談したところ全力で反対されたので断念した。

高校ならばともかく、まだ小学生の弟を自分の都合で学区外に転校させるのはいけない。

弟が転校先で馴染めずに孤立した末、いじめに遭うなどという結果になったら大変だ。その時は自分の浅慮さを大いに悔いたものだ。

そんな思いから弟との二人暮らしを撤回すると両親は異常なほど安堵していた。

何やら小声で「間違いが起きたら」とか「禁忌が」とか言っていたのも弟の転校先での問題をいち早く気づいたからだろう。そこまで頭が回るなんて、やはり親というのは偉大だと思った。

 

 

 

X月♦日 晴れ

今日は記念すべき日だ!

出だしからテンションが上がっていて後で読み返した時に恥ずかしい思いをしそうだけども、今日この時ばかりは仕方がないと言える。

今日僕は765プロのオーディションを受けて来たのだ!

いよいよ僕のアイドル人生が始まったのだ。テンションを上げないでどうする。

公式設定では如月千早は765の社長にスカウトされて入ったとあるが、それが具体的にいつどこでというのが分からなかったのでスカウトでの事務所入りは断念した結果である。つい最近まで意味もなく町中を徘徊していたのは内緒だ。

なかなかスカウトされないことに不安を抱いていたところに765プロが新人アイドルを募集するという情報を手に入れたので徘徊は中止。そのオーディションを受けることにした。

どうせ入るのならばスカウトだろうがオーディションだろうが関係ないだろう。

要は入ってしまえばいいのだから。その後はゲーム版なのかアニメ版なのか探りつつ、判明次第ルートを選定、原作知識を活かしてアルティメット千早として765プロでも一際輝くスターになるって寸法よ!

まさに完璧。いやまだ何も始まっていないので油断は許されないか。原作知識も日記に書いた事柄以外は十数年経った今では細かな箇所は曖昧になっている。仮にゲーム版だったとしたらどの作品かによって難易度変わるしね。

だが僕はやり遂げよう。765プロ最大のピンチである弟の死のスキャンダルは回避済みなのだからわりとイージーだよね。というかアレが重すぎるだけで、アイドルマスター自体はライトな世界観だしね。リアル世界のアイドル事情の方がエグいでしょ。

 

で、実際に受けたオーディションなのだが、さっそく原作キャラに会ってしまったわけだ。

765プロの新人アイドルオーディション会場(というか事務所)に彼女──天海春香が居た。

事務所前。ゲームでもアニメでもよく見た、それこそ親(前世)の顔より見たとも言えるあの扉の前に真剣な顔をした春香が立っていた。

精一杯のおめかしなのだろう。どの原作知識にも無い程に気合の入ったお洒落をして扉の前に突っ立っていた。

真剣な顔の天海春香とか珍しいというかいつものと言えばいいのか。どちらにせよ生で見るのは初めてであった。

て言うか入らないのだろうか?

そんな疑問も合わさってか、思わず声を掛けてしまった。

春香は突然声を掛けられたことに驚いたのか「うぇ、へぃわ!?」という珍妙な叫び声を上げるとビビっと体を震わせていた。

アニメとかで見ると普通でも、こうして生で見ると何と言うか違った印象を受けるね。ここまでリアクションが大きいのはアニメだから許容できるのであって、実際に目の前でやられると釣られてビクっとしてしまう。

驚いた天海春香に僕が驚いたことに天海春香が驚いて……もう書いていて意味がわからないよ。とにかくお互いに驚き合った出会い方だった。

 

しばらくして落ち着いた春香が自己紹介をして来た。突然声を掛けた相手に誰だテメェ的な態度を一切とらずに自己紹介ができるのはさすがアイドルオブアイドルと言える。素直に感心した。

彼女に倣い僕も自己紹介を返した。

如月千早です。本日オーディションを受けに来ました。

僕の言葉を聞いた春香は「あ、私もオーディション受けに来たんだよ」と当然のことをとても嬉しそうに語ってくれた。

嬉しそうな彼女に僕も釣られて嬉しくなってしまい無駄にテンションを上げて何か色々と意気込みを語ってしまった気がする。

とりあえず春香に対する第一印象は悪くなかったと思う。原作の千早がどんな態度で天海春香に接していたか不明だが、今僕が春香に見せた態度よりは堅い物だったに違いない。

その不器用とも不愛想とも言えであろう千早の態度が天海春香の庇護欲を誘った可能性も無くはないが、それを狙って原作の性格に無理やり近づける真似はしなかった。ぶっちゃけ面倒臭い。

今世の如月千早は僕が中に入っているため原作の千早よりは明るいはずだ。少なくとも暗いとかおとなしいという評価を周りから受けたことはなかった。

この時はあえて無理にアイドルらしい性格を演じる部分もあったが、その甲斐あってか春香とスムーズに打ち解けられたと思う。

できればアドレス交換とかしたいところであるが、さすがに出会ってすぐに言い出すのは躊躇われた。どうせ後日事務所で他のメンバー共々交換することになるだろうし、その時にすればいい。

当たり障りの無い会話を交わしながら未来の予定表にアドレス交換と心の中で記入した。

 

オーディションはその後しばらくして始まった。

ピヨちゃんこと音無小鳥が受付として対応してくれた。名前と履歴書を渡したら順番に呼ぶので社長室で面接を受けるよう言われた。待ち時間は事務所側のソファに座って待つよう言われたので、先に面接のある春香を見送った後、促されるままにソファへと座った。

面接までの時間は結構あったと思う。

春香の面接が長引いたのだ。かなり話しが盛り上がっているのが社長室から漏れ出る笑い声から窺えた。

社長の声と春香の声、あと一人秋月律子の声が聞こえた。

さすが春香だ。出会ってすぐの二人とあれだけ打ち解けられるのだから。そんなこと、僕にも千早にも無理にだろう。

まあ、僕はそこで勝負を賭けるタイプでないと自覚しているので特に焦りはしなかった。如月千早の武器はあくまで歌なのだから。

やがて面接を終えた春香が社長室から退室して来たので労いの言葉を掛けた。すると春香はホッとしたのかふにゃりとした笑顔を浮かべるとありがとうと返して来た。なんだかんだで緊張はしていたらしい。それにしてはやけに盛り上がっていた気がするけど。

色々と突っ込みたいところだが、今度は僕の面接の番となったので話を切り上げると面接を受けるために社長室へと向かった。

後ろから小さく頑張っての声が掛けられたので、振り返らずにピースサインを返しておいた。

面接は特に面白みがある内容ではなかった。春香程盛り上がるわけがないと思っていたけど、まさかここまで平凡な内容になったのは意外だった。

社長からは家族構成や好きな歌を聞かれ、秋月律子からは特技や習い事について聞かれた。どれも履歴書に書かれている以上の中身はないのだけれど……。

そんな感じで千早の胸並みに起伏の無い面接は終わった。

謝辞を述べて退室すると事務所に春香が残っていた。

何か忘れ物でもしたのかと不思議に思っていると、何と僕を待っていてくれたらしい。会って間も無い僕の面接が終わるまで待つなんて、女神か。もしくは暇人か。

とりあえず音無小鳥から結果は後日連絡するので今日のところは帰るよう言われた。

765プロからの帰り道、春香と並んで歩きながらお互いの話をした。

春香の話によると、色々とオーディションを受けてはいたが全てに落選していたらしい。

意外な事実にまじまじと彼女の顔を見てしまった。

その視線をどう受け取ったのか、あははと笑う春香。次に少し落ち込んだ表情をしたかと思うと、「私アイドルの才能がないのかな」なんてことを呟いた。

耳を疑うような台詞だった。

あの天海春香がこんな弱音を吐くなんて。

映像として天海春香が一人のシーンで弱さを見せる描写は見たことはあるが、それを人前に晒すというのはかなりレアだ。トキワの森でピカチュウに遭遇するくらいレア。

でもそれ以上にありえないという思いの方が強かった。

こんなの天海春香じゃない。

そう思うほど天海春香を偶像化してはいないけど、何となく精神的にタフという印象があったので少なからずショックを受けた。

何と答えるべきかわからず喉が詰まってしまった。

その僕の反応を見て自分の失言を悟った春香は「ごめんね急に変な事言っちゃった」と笑った。そのまま少し歩調を早める姿はこの話を無かったことにしたいように見えた。

でも僕にはこの話をここで終わらせる気にはなれなかった。

だって僕は天海春香という普通の少女がトップアイドルになることを知っていたから。

予感でなく、希望でもなく、予言より強固なイメージで僕の中には天海春香がアイドルをする姿が残っていた。

前世の知識だからじゃない。モニター越しでも、二次元の存在だったとしても、僕にとって天海春香という少女はいつだってアイドルだった。

でもそれを上手く伝えられないのがもどかしい。この時ほど全てを伝えられないことを辛く思ったことはない。

でも諦めたくない。なんとか伝えなければならない。何故かこの時は自身の全てを賭けてこの少女に自身を持たせなくちゃと思ったのだった。

そして必死に絞りだした僕の言葉は、

 

貴女は天海春香だ。

 

精一杯の勇気と心ばかりの誠意の結果がその言葉を吐き出させた。

他の何者でもない。この目の前の少女が天海春香だから僕は信じられた。

この少女は将来必ずトップアイドルになる。僕はそれを知っている。

だから伝えたかった。貴女が天海春香である限り貴女はアイドルであると。

その気持ちが十全に伝わったかはわからない。こうして日記にその時の様子を書き出している今この時も、春香に僕の意図が伝わったか確証は持てない。

それでも、僕の言葉を受けた春香が一瞬だけ目を見開いた後笑顔を浮かべたことだけは確かだった。

 

最寄り駅で春香と別れた後はまっすぐ家に帰った。

別れる時に今度は事務所でお互いにアイドルとして会おうと約束した。

結果が来るのは遅くとも三日くらい先だそうだ。実際に事務所に行くとなるともう少し後になるだろう。

今から彼女と過ごす765プロでのアイドル生活に胸が躍る。胸無いけど。

さて、長々と書いたがもういい時間だ。そろそろ寝ようと思う。

合否については特に不安はない。僕が如月千早である時点で受かるのは確定事項なわけだしね。

むしろ明日これを読み返して布団の中でジタバタしないかの方が心配だ。

なんてね。

 

 

 

X月♦日 雨 

 

落ちた

 

なんで

 




社長「ティンと来なかった」


千早ちゃん落ちちゃいましたね。
千早になれたからといって調子に乗った結果が落選の二文字。
まあ、調子に乗っただけが落ちた理由ではないのですが、今は千早の舐めた態度がマイナス評価だったということで納得していただけたらと思います。
実際1話目では終始噛ませ犬めいた性格なので人を見る目がある社長や律子のお眼鏡叶わなかったのでしょう。面接中ずっと如月千早というキャラを見せていただけですし。弟以外に自分を見せることはせず、弟以外は同じ人間ではなく、キャラクターとしか認識していません。最後の最後に春香に対して仮面を脱ぎ捨てたわけですが、時すでに遅し状態でした。

今作のコンセプトは本来噛ませ犬になるような地雷転生者が原作キャラ憑依という勝ち確からの挫折により失墜するところから始まり、そこから這い上がるようなサクセスストーリー風の何かを目指しています。
そのため一度千早には落ちるところまで落ちてもらいます。それが苦手な人は二話以降は読まれないことを推奨いたします。ライトにシリアス。ヘヴィに居た堪れないので。と言っても腐ってもアイマス世界なのでゆるいですが。
それから、この作品は基本的に転生チート物です。如月千早の俺TUEEEと俺NASAKENEEEの高低差に耳キーンなるのを楽しむ作品です。それ以上のクオリティを求めてはいけない。

次回からは普通の文体になります。

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