『外物語』   作:零崎記識

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過度な期待はせずに気楽に見ていくことをお勧めします。
感想・批評は歓迎ですが暴言・悪口は炎上の原因となりますのでおやめください。

注意:この章は単純に混物語のストーリーを無闇君で置き換えた番外編です。
   本編との時系列的なつながりはありません。



混物語編
第忘話 『きょうこバランス』


001

 

掟上今日子。

 

またの名を『最速の探偵』

 

曰く、彼女に掛かればどんな事件もたった1日で解決されるという。

 

これだけの情報のみを聞くと、読者の皆様方は彼女の事を『恐ろしく仕事が速い名探偵』と思う事だろうが、実際の所彼女の事情は複雑である。

 

掟上今日子を正しく説明するならば、彼女は『最速の探偵』なのではない。()()()()()()()()()()()()()()()なのである。

 

どういうことなのか、その理由は彼女の『特異体質』にある。

 

掟上今日子の特異体質、それは()()()()()()()()()()()()()()()という体質である。

 

掟上今日子は昨日までの記憶を持ち越すことができないのだ。

 

とは言ったものの、実を言えば毎日0時0分0秒キッカリタイマーが作動して自動的に彼女の記憶が消されるとかそういうわけではない。

 

記憶のリセットにはトリガーとなる行為がある。

 

掟上今日子の記憶は彼女の『睡眠』によってリセットされる。

 

つまり、眠らなければ24時間経過しても記憶を保持することが可能なのだが、しかしさしもの最速の探偵とは言っても、そう何日も眠らずにいられるわけでは無い。

 

俺みたいな正真正銘の人外ならともかく。いくら優れた頭脳の持ち主であっても人間である彼女にとって連続で起きていられる期間は少ない。

 

精々3日4日と言ったところだろうか。

 

故に彼女は『最速』であり、そうあらねばならないのだ。

 

勿論、だからと言ってそれで彼女が常人より優れた洞察力や推理力を持ったありふれた呼び方をするなら『名探偵』であることに変わりはないのだが。

 

そんな彼女についたもう一つの異名が『忘却探偵』

 

守秘義務という観点においてこれほど優れた探偵はいないだろう。

 

秘密も何も、忘れてしまえば関係ない。

 

掟上今日子には今日しかない。

 

しかし、誰よりも彼女は今日を大事に生きている。

 

002

 

問題:公園のベンチで若い女性が眠っているのを見かけたら、あなたはどうしますか?

 

答え:面倒ごとの予感がするので見て見ぬふりしてサヨウナラ

 

という訳で俺はその場で踵を返してその場を立ち去った。

 

 

第忘話『きょうこバランス』END

 

 

―――という訳にもいかないのでとりあえず俺はその女の様子を観察した。

 

女は真っ白な髪をしており、恐らく美人と言える容姿をしている。

 

服装は首元のゴムが伸びてしまっているセーターにデニムのロングスカート。キッチリそろえられたブーツに頭の横にはメガネが置いてある。

 

ふむ…公園で寝泊まりなんて女性としての警戒心の欠片もないことをしていることからホームレスか何かだと思ったが…身なりは若干ラフすぎるような気もするが一応綺麗だ。

 

どこぞのアロハおやじみたいな小汚さは感じられない。

 

「さてそーすっと話はもっとややこしくなるぞ」

 

ホームレスではないとするとこの女は何故こんなところで態々不用心にも寝ていたのかという話になってくる。

 

女のそばには特にこれと言った手荷物はなく、着の身着のままである。

 

そこはかとなく事件の匂いがする…。

 

誘拐にでもあって逃げ出してきたとか、そんな可能性が頭に浮かぶ。

 

「とりあえず通報はすべきだよなこれは……」

 

さてこの場合、警察と病院どっちを先に呼んだものだろうか?

 

普通に考えて病院か?いやでも特に怪我しているようには見えないし警察を呼ぶべきだろうか?というか先にこの女を起こして事情を聴いておくべきか?

 

「さて、どうするかなコレ」

 

携帯を取り出しながら悩んでいると、不意に女が目を覚ました。

 

こちらがさっきから色々悩んでいることは露知らず、彼女はよく寝たと言わんばかりに伸びをしてメガネをかけ、キョロキョロと周りを見渡し、俺と目が合った。

 

「……えーと、どちら様?」

 

それは寧ろこっちの台詞である。

 

003

 

掟上今日子

 

年齢:25歳

 

職業:探偵

 

置手紙探偵事務所所長

 

一日ごとに記憶がリセットされる特異体質

 

最速にして忘却探偵。

 

こちらが事情を説明すると彼女はセーターの左腕をまくって素肌に油性ペンで書かれたプロフィールを読み上げた。

 

何だその斬新な自己紹介は…

 

と思ったが左腕のプロフィールは特異体質を持つ彼女が記憶を失う前に書き残した備忘録のようだ。

 

続けて右腕には『現在仕事中』の文字。

 

「ふむ、どうやら私は仕事でこの町を訪れ、そしてうっかり眠ってしまったようです」

 

うっかりにしては度が過ぎてないかそれは…。

 

つまりそれは仕事の内容も綺麗さっぱり忘れてしまったことを意味する。

 

難儀な体質だな…。

 

本来睡眠とは記憶の整理を行い記憶を定着させる重要な行為のはずなのだが、逆に記憶を初期化してしまうのはどうなっているのだろうか?

 

『忘れる』という機能も本来は脳による情報の取捨選択であって重要度が低い情報から優先的に忘れていくはずなのだが一切合切まとめて消えてしまうのは最早『忘却』というよりは『消去』と言ったほうが正しい。

 

脳科学による研究を真っ向から覆しそうである。

 

因みにどこぞの禁書目録みたいに完全記憶能力でも持っているのかと思って聞いてみたがそんな能力は持っていないとのこと。

 

「本当に何も覚えてないのか」

 

「はい、全く何も覚えていません。何故ここにいるのか、どうやってこの町に来たのか、そもそも何をしていたのか何もわかりません。阿良々木君は何か心当たりないですか?」

 

「初対面の人の事情を聞かれてもなぁ……」

 

「手掛かりになるような情報でもいいんです。最近、この町で、おかしな出来事や変な事件などは起こっていませんか?

 

「んー……」

 

正直起こりまくっている。

 

魑魅魍魎が跋扈するこの町でおかしな出来事や変な事件は日々起こっている。

 

だが、それは探偵が出張ってくるような話ではない。

 

彼女の言っている変な事件とやらはもっと現実味のある奴だ。

 

「この町で何もなければ、範囲を広げていただいてもいいのですけれど」

 

それならばいくつか心当たりがある。

 

隣町で起こった事件で『探偵』が必要になる事件と言えば……

 

「確か…隣町の美術館で盗難があったとか聞いた覚えがある」

 

他にも派手な交通事故やら火災やらも起こったらしいが、『探偵』が必要になる事件といったならこれだろう。

 

「盗まれた美術品の捜索又は奪還……これが多分掟上さんの請け負った仕事なんじゃないか?」

 

「確かに……物や人を探すのは仕事のうちに十分入りますね。ではそのように仮定しましょう」

 

そう言って彼女はロングスカートをまくった。恐らく、他にどこか備忘録が書かれていないか調べているのだろう。

 

俺はその間空を見上げておく。

 

アーイイテンキダナー

 

というか、何故俺はこんなことをしているのだろうか……。

 

俺はただ、散歩中に通りかかっただけなんだがなぁ……。

 

「もう阿良々木くん、もうこちらを向いていただいて結構ですよ」

 

どうやら備忘録の捜索は終わったようだ。

 

「で?何か分かりました?」

 

「いいえ全く。何も書いてませんでした」

 

どうやら進展はないようだ。

 

「うーん。困りましたねぇ。私は一体、どんな調査をしている最中だったのでしょう―――私の事ですから、こういうときのための備えを怠っている筈がないのですが」

 

忘れてたんじゃねーの?忘却探偵だけに。(激寒)

 

まぁ真面目な話、彼女の体質を一番理解しているのは彼女自身である。特異体質というハンデを背負って仕事をするにあたって、確かにその辺の注意は人より念入りに施してあるはずだ。でなければ『忘却探偵』なんてやってられないのだから。

 

となるとだ…

 

「備えを怠ったのではなく、必要なかった。という事では?」

 

「詳しくお願いします」

 

「仕事に関する情報は既に必要なくて、だからこそ備忘録は残さなかった。むしろ守秘義務に則ってあなた自身が意図的に忘れたのではないかという事だ」

 

「つまり()()()()()()()()()()()()()と?」

 

「まぁ右腕の備忘録を見る限りまだ完全に終わっているわけじゃないだろうけれど。『記憶』が必要な仕事、情報を集めて、それをもとに推理してって言う作業は恐らく既に終わっていると考えられる」

 

「仮に私の仕事が盗まれた美術品の奪還として、美術品を盗んだ犯人を突き止めて美術品を取り返すところまでは完了している、という事ですね。後は取り返した美術品を依頼主に返還して依頼を完遂する……これが()()()私のやることというわけですね」

 

「証拠もないただの推測だから、あまり信用しすぎないほうがいいがな」

 

「勿論色々な可能性があることは分かっていますが、私も現状それが一番あり得そうな可能性だと思います」

 

阿良々木くんは名探偵ですね―――と忘却探偵は言った。

 

いや……割といい加減に思いついたことを言ってみただけなんだけどなぁ……。

 

さも俺が忘却探偵の思考をトレースしたみたいな口振りだが、初対面の人間の、さらに特異体質持ちの探偵の性格や行動など俺が知るわけがない。

 

別にこんなのは推理でも何でもない。

 

「さて、となると奪還した美術品の場所が問題になりますね。阿良々木くん何か知ってますか?」

 

「知るわけないでしょう」

 

流石にそこまでは分からん。まぁ、貴重な美術品なのだから屋外に置いてあったり地面に埋めてあったりはしないだろう。更に大事な美術品をまた盗まれたら元も子もないのだから人目につかないところで彼女自身しか手が出せないようになっている場所がベストであろう。そう考えるとそうだな……どっかのコインロッカーの中とかだろうか?

 

「そうですか。では阿良々木くん初対面のあなたにこんなことをお願いするのは大変心苦しいのですが、一つ、お願いを聞いていただけませんか?」

 

「死んでくださいとかじゃなければどうぞ」

 

悪いがそれは無理だ。

 

死にたくないとかそういう事ではなく単純に俺は死ねない。

 

不死身だからどうやったってそれだけは不可能だ。

 

「そんな物騒なお願いではありませんよ」

 

そう言って彼女は俺に背中を向けた。

 

「後ろ、見てもらえますか?」

 

背中に両手を入れてゴソゴソしながら彼女は言った。

 

「はい、下着は外したので。セーターとシャツをまくってください。見えるところは全て調べたので、後何か書いてあるならもうそこしかないはずです」

 

まぁ背中は自分で見れないしな。

 

何か言ってセクハラだと思われるのも嫌なので俺は何も言わず粛々と確認に取り掛かった。

 

かくして、掟上今日子の残した最後の備忘録は見つかった。

 

俺としては何もこんな書きづらいところに書かなくともと思ったが、何を思ってそこに備忘録を残したのかは昨日の彼女のみぞ知る。

 

乱れた字でたった三行。

 

ミルクチョコレートコーヒー 140円

フルーツコーラ 130円

バターティ 150円

 

004

 

あのお使いリストのような備忘録に何の意味があるのかは知らないが、取り敢えず俺達は書かれていた3つの飲料を探してみることにした。

 

と言っても場所は俺が知っているんだがな。

 

あの名前を聞いただけで相当甘いことが既に予想できる飲み物だが、普通のコンビニや商店に売っているようなメジャーなものではない。俺が通う私立直江津高校からの帰り道においてある自販機のみで売られているのだ。

 

あの自販機……メーカーが大々的に売り出す前の試作品のテストのためかどうか知らないけれど見たことない飲み物ばっかなんだよなぁ…。

 

中には明らかに地雷臭がするのもあったりして俺が買ったことは無いのだが……。

 

「その自販機と美術品に何の関係があるんでしょうねぇ……?」

 

「俺に聞かれても……まぁ無理して背中に備忘録を残したくらいだからただ飲みたかっただけということは流石に無いだろうけれど……」

 

だったら手の平にでも書いておけという話だ。

 

「私一人で飲むにしては3本は多すぎますしね、糖分も高そうですし」

 

つまり飲むために備忘録を残したわけでは無いのだろう。考えられる可能性としてはその三本に何かしら美術品の場所が読み解けるヒントがあるとか?

 

いやいや、自販機の飲み物だぞ?常識的に考えてそんなヒントなんてあるわけがないだろ。

 

昨日の忘却探偵があらかじめ細工しておいたとか?

 

それこそあり得ない。コンビニで売ってる飲み物ならともかく、自販機の中の飲み物だ。メーカーの人間でもない限り鍵がかかった自販機の中にある飲み物に細工などできるわけがない。

 

とすると備忘録の飲み物は別にどうでもよくて、重要なのはむしろ自販機そのものか?

 

備忘録は単純にどの自販機かを特定するためだけのもの……。

 

だったら値段まで書いておく必要は無いよな?

 

ん、値段?値段か……。重要なのは飲み物ではなくその値段にあるという事か?

 

飲み物の代金は合計で140+130+150だから…全部買ったら420円か?

 

これになんか意味があるのか?

 

あ、そうだ値段で思いだした。

 

「そういえば掟上さん、お金ありますか?」

 

「いえ、それが私、お財布も持っていないみたいですので。まあお財布も個人情報の塊ですからね」 

 

徹底してるなぁ……いや、だからこその忘却探偵ということか?

 

探偵の仕事にどれだけコストがかかるのかは知らんが正真正銘着の身着のままでいたらできることだって相当限られてくるだろうに……。

 

世の中金とまでは言わんがやっぱりこの人間社会、金がないとできることが相当限られてくる。

 

時間をかければ金がなくてもできることはあるが、忘却探偵にとって時は金より重いはずで何よりも大切にするべきもののはずだ。

 

第一、彼女が俺と遭遇してなかったら一体どうするつもりだったのだろう。

 

背中の備忘録は鏡なりを使えば確認できなくもないとして、そこに飲み物と値段が書かれているなら明らかに『買え』って言ってるようなものだろうに。

 

昨日の忘却探偵は一文無しの彼女にどうやって飲み物を買わせるつもりだったのだろう。

 

まさかその辺を考えてなかったわけでもあるまい。

 

「ポケットとかに折りたたまれた紙幣なりクレジットカードなり入ってないんですか?」

 

だとしたら、絶対に何かしらの手段を残していると考えるべきだ。

 

「ちょっと待ってください……あ、何かカードのようなものが入ってました」

 

ゴソゴソと彼女がスカートのポケットを探って取り出したのは交通系ICカード、まぁ所謂SUI〇AとかPA〇MOとかみたいなアレである。

 

確かに自販機の中には交通系ICカードを使えば購入できるものもある。今俺達が向かっている自販機も確か対応していた筈だ。

 

「でもおかしいですねぇ」

 

「何が?」

 

「確かに本当に無一文で外出するほど私は愚かではないようです。下着の下にも備えとして現金がありましたが。これを使うとは思いにくいんです」

 

「あぁ、確かに」

 

ICカードは現金と違ってデータとして履歴が残るのだ。どの駅から電車に乗ってどこで降りたか。物を買ったなら幾ら使ったのか。ちゃんと履歴として残ってしまうのだ。

 

それで過去の足跡を残すのは忘却探偵としての主義に反するだろう。

 

「つまり…過去のあなたは備忘録の飲み物を買うためだけにカードを持っていた可能性が高いと…?」

 

日常的に使わないのであれば今この時のため、つまりそれで飲み物を買わせるためだけにカードを所持していたと考えられる。

 

「多分そういうことですねえ。いやあしかしポケットの中は盲点でした。体のメモ以外にもちゃんと私はメッセージを残してくれていたんですねぇ。これからはちゃんと注意きゃいけません。と言っても、明日になれば忘れちゃうんですけれどね」

 

忘却探偵流の自虐ネタだった。

 

特異体質により彼女は過去を引きずらない。しかし、過去に得られた教訓や経験則も明日に持ち越せないとなると…やはり不便である。

 

ま、それでも彼女はそうやって生きていくしかない訳なのだが。

 

外野が何を言おうが思おうが、それは結局独り相撲にしかならない。

 

何故なら、明日になればそんなことは彼女の中では全て無かったことになるのだから。

 

そんなことを考えつつ歩き続けて数十分。

 

「これがそうなんですか?」

 

「えぇ、間違いなく」

 

「そうですか」

 

そう言いつつ忘却探偵は自販機を隅々まで見分する。

 

「うーん特に意味のありそうなものは見当たりませんねぇ。爆弾でも仕掛けられているのかと思ってましたが」

 

こえーよ。どんな推測だよ。

 

「自販機自体に意味はないようですね…では阿良々木くん」

 

そういうと彼女はICカードを差し出してくる。

 

「え?何?何事?」

 

「このカードで飲み物を三本全て買ってみてください」

 

「はぁ…まあいいけれど」

 

自分でやればよくね?と思いつつ俺は言われた通りICカードで飲み物を買う。

 

リーダーにカードをかざし、残高が表示される。

 

2890円

 

ここから飲み物を買ったため420円が引かれて残り2470円

 

俺は買った飲み物を忘却探偵に渡す。

 

彼女は渡された飲み物を色々な視点から観察する。

 

成分表示に掛かれている一文字も逃さないという気迫を感じる。

 

「うーんダメですねぇ。この飲み物自体にもヒントは無いようです。というわけで、はい、阿良々木くん」

 

そう言って彼女は買った飲み物をこちらに押し付けるように渡す。

 

「阿良々木くんが買った物なので阿良々木くんがちゃんと全部飲んでください」

 

「いや、買ったのは俺だが元々はあなたの金なんだからそっちの物では?」

 

「では報酬です。いろいろと手伝っていただきありがとうございます」

 

「報酬なら受け取る義務もないのでは?」

 

押し付けられたものを報酬とか言われてもなぁ…。

 

「……」

 

遂には無言になりやがった…。

 

首をコテンと傾げながらただ微笑んでこちらを見つめてくる忘却探偵からは無言の圧力を感じた。

 

「あー…はいはいわーったわーった分かりましたよ。飲めばいいんだろ」

 

このままでは埒が明かないので俺は仕方なく飲むことにした。

 

うげぇ…あっっっっまい!

 

クソみたいに甘ぇ…。

 

口の中が糖分でいっぱいである。

 

「どうですか?何かわかりました?」

 

「分かるわけないだろ…」

 

分かったのはこの飲み物のメーカーの頭がおかしいことくらいだ。

 

「ふーむそうですか。では残る可能性は一つですね」

 

「可能性?」

 

「はい。阿良々木くん。『にしなお』という場所に心当たりはありますか?」

 

005

 

忘却探偵のICカードの残高、2890円から飲み物三本分の値段が引かれた現在の残高2470円。

 

つまり2,4,7,0

 

に、し、な、おである。

 

この町は3つの駅に囲まれておりそれぞれ東直駅、南直駅、西直駅である。

 

西直(にしなお)

 

そこが俺達の目的地。

 

かなりの距離があるが、なるべく足跡を残さない主義の忘却探偵は当然徒歩を選んだ。

 

「阿良々木くんは後悔ってしたことあります?」

 

「数えきれないほど」

 

何でもできる俺だが、後悔しないわけでは無い。

 

「では阿良々木くんは後悔することは悪いことだと思いますか?」

 

「いや全く。後悔そのものは別に悪いもんだとは思わんよ」

 

『後悔』…後になって悔いるとか印象悪い文字使っているからマイナスにとらえられがちだが後悔って言うのは言い換えれば『教訓』だ。

 

例え後悔したところでそれでまた次同じ後悔しないようになればその後悔は己の糧として間違いなくプラスになっているのだ。

 

「だが、ただ単にたらればを並べ立てて自分の選択を悔やみ否定するだけの無益な後悔は間違いなくマイナスだ。それは時間の無駄だし、何も生み出さない。どころか、意味のない自己否定は心に無力感を植え付け、人を堕落させる」

 

そうなってしまったらおしまいである。

 

「だからそう、重要なのは()()()()()()()()()()だ。後悔を己の教訓として糧にしようとする姿勢だ。よく人は後悔が無い人生が最高だというが、そんなものは絵空事に過ぎない。成功したって失敗したって後悔はするときはする。仮に生まれてから成功ばかりの人生であったとしてもそこに後悔が無いとは限らない。どうやったって人は後悔するんだ。だったら少しでもそれを有益なものにしようという心構えこそ肝要になってくる」

 

「そうですか……私は何分、後悔という物ができない人間ですので、阿良々木くんの言うちゃんと後悔するということがどういう事なのか実感がないもので分かりませんが、しかしだからこそ私は阿良々木くんの言う通りちゃんと後悔できる、後悔して、それを経験として糧にし、次に繋げられる人を…後悔できる人が羨ましい」

 

人は誰しも自分が持っていないものを求めるんですかねぇ…と、彼女は微笑んだ。

 

掟上今日子には今しかない。

 

過去を振り返ってもそこには何もなく。

 

未来を想ってもその想いは明日に繋がらない。

 

しかしだからこそ、彼女は『今』この時を誰よりも後悔しないように生きているのかもしれない。

 

確かに後悔しても明日になればリセットされる。

 

だがそれは『今』を蔑ろにしていいわけでは無い。

 

掟上今日子には『今』しかない。しかしだからこそ、()()()()()は与えられた『今日』を誰よりも大切に生きる。

 

そうして生きた今日を明日の自分に託しているのかもしれない。

 

例え、その意思が受け継がれなくとも

 

忘却探偵はその日その日を全力で生きる。

 

そんな話をしていると、俺達は西直駅に到着する。

 

「それで?ここからどうするんだ?」

 

「勿論、駅に来たのだから本来することをするまでです。ICカードを使って改札を通ります。阿良々木くんのICカードの残高は大丈夫ですか?」

 

「問題ない」

 

「では、レッツゴーです」

 

そう言って彼女はそそくさと改札を通る。

 

俺達のICカードからは初乗り料金として150円が引かれる。

 

2470円から150円が引かれて現在残高は2320円

 

改札を抜けた忘却探偵はそのままコインロッカーを目指す。

 

なるほど。割とあてずっぽうな予想だが的を射ていたようだ。

 

コインロッカーはその名の通り、硬貨を投入しカギをかけるロッカーである。

 

だが、彼女は鍵らしきものは所持していなかったように思える。

 

しかしそう見えて彼女は既にカギを持っている。

 

「時に阿良々木くん、聞いておきたいことがあるのですが」

 

実は交通系ICカードには電車に乗ったりジュースを買う他にもう一つ使い道がある。

 

「―――このICカード、自販機等での購買の他コインロッカーの『鍵』として使えると思うのですが、この推理は当たっていますか?」

 

006

 

後日談というか、今回のオチ

 

かくして、掟上今日子はICカードを使ってロッカーを解錠した。

 

現在の彼女のICカードの残高と同じナンバー2320番のロッカーの中にそれはあった。

 

中にあったのは『置手紙探偵事務所所長 掟上今日子』と書かれた名刺が一枚とブロンズ像が一体置いてあった。

 

恐らくこれが忘却探偵が依頼で奪還した美術品だろう。

 

「阿良々木くんの推理どおり、どうやら隣町の美術館から盗まれた美術品の奪還…というのがこの度私が受けていた依頼のようですね。そして依頼自体はすでに終わっていることも的中している。実に驚きの推理力です」

 

「本職にそう言ってもらえるとは光栄だね」

 

「そして仕事を終え一安心した私はあの公園で眠りについた…というのが、どうやら事の真相であるといったところでしょうね」

 

回りくどいなぁ…。

 

何というか手の込んだマッチポンプのようだ。

 

自分で残した謎を自分で解く。

 

今回彼女がやったことを客観的に見ればそうなる。

 

だが、掟上今日子にとって昨日の自分と今日の自分は別人であると言ってもいい。

 

一見意味不明な備忘録にICカードを使って初乗り料金、飲み物の値段からヒントを残す手腕は見事なものだったと言えよう。

 

まぁ俺としては中々楽しかったし。

 

とはいえ、俺にとってはちょっとした推理ゲームのような経験でも掟上今日子にとってはきっと全て必要があって仕事でやったことなのだろう。

 

あのブロンズ像を取り返すのにどんな紆余曲折があったのか知らないが、恐らく掟上今日子が忘却探偵であることを交渉材料にしたのであろう。

 

そして犯人の事を忘れる代わりにブロンズ像を返してもらった…てところだろうか。

 

ブロンズ像を奪還した後は犯人の情報が万が一自分の口から漏れないように早急に記憶をリセットする必要があった。

 

記憶を失っても再びここに戻ってくるためのヒントを備忘録に残して昨日の彼女は今日の彼女に依頼の仕上げを託したのだ。

 

とかなんとか推測を並べ立てはしたものの、真相は闇の中だ。

 

それを知る者は既にこの世にいない。

 

昨日の掟上今日子は今日を託していなくなった。

 

「ありがとうございました、阿良々木くん、本当に助かりました。では、私はこのまま電車で帰らせてもらいますね」

 

コインロッカーに入っていた名刺に掛かれていた事務所の所在地に従い忘却探偵は家路についた。

 

なるほど、あの名刺はブロンズ像をロッカーに入れた人間が間違いなく掟上今日子である証明であると同時に家へのナビゲーションだった訳だ。

 

「いろいろ付き合わせてしまって、すみませんでした」

 

「いや、良い暇つぶしになったよ。推理ゲームみたいで」

 

「そう言っていただけるなら何よりです、何のお礼もできませんが、よろしければ記念にどうぞ」

 

そう言って彼女は名刺を差し出した。

 

「阿良々木くんならばもしかして私の力など必要ないかもしれませんが、ご入用の際には是非、忘却探偵にお声がけください。どんなことでも最速で解決して、そして忘れて差し上げますから」

 

「まぁ万が一の時はよろしく頼む」

 

そして忘却探偵は去っていった。

 

結局、あれ以来彼女と『この世界』で邂逅したことはない。

 

彼女からもらった名刺はちゃんと机の引き出しの中に入れておいたはずだが、いつの間にか無くなっていた。

 

今思えば、彼女は俺と同じである種のイレギュラーだったのかもしれない。

 

俺が阿良々木暦と成り代わってから1年間、抜かりなく情報収集していた筈なのだが、思えば『忘却探偵』など聞いたこともない。

 

恐らく彼女は、また別の『物語』の人物なのだろうと俺は結論づけた。

 

阿良々木暦と掟上今日子、本来交わるはずのない異世界の人物によるたった一度の交流。

 

一体何の因果か、物語かは知らないが、起きてしまったクロスオーバー。

 

この先、どんな物語があるのかは知らないが恐らく俺が『阿良々木暦』として彼女に会うことは二度とないのであろう。

 

しかし旅を続ければいつの日か俺は彼女の世界で別の誰かとして彼女に会えるのかもしれない。

 

なぁに二度目三度目の初対面など忘却探偵にとっては珍しくもないだろう。

 

そう考えると、案外また会える可能性は高いのかもしれなかった。

 

忘却探偵掟上今日子

 

あなたの秘密を忘れます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「無闇だぜー」

【作者だよー】

「おう作者てめぇ何やってんだよ」

【開幕から辛辣だね!?】

「ったり前だろお前本編ほったらかしで何番外編なんかやってんだ」

【仕方なかったんだ!だって私クロスオーバーとか大好物なんだもん!むしろクロスオーバーがやりたくて小説書いてるんだもん!そんな私が混物語とかいう公式クロスオーバーを読んだら自分でも書きたくなるに決まってるじゃないか!】

「決まっているのか…」

【決まっています】(鋼の決意)

【と、いう訳で筆者の衝動に任せて始まった『外物語』混物語編、これからもやっていきます】

「これからしばらくはそっち優先で更新する気なのか?」

【そうなるね】

「また本編が遠のく…」

【書いてる途中で気が乗ったらそっちも書くかもしれないからそれで許してヒヤシンス】

「ムカつく」

【まぁ私も実はこれ一本で混物語は終わらせようとしたんだけれどね?無闇君なら多少のゴリ押し力押しも効くし一話につき約5000文字程度でパパっと終わらせようと思って書いたら予想以上に伸びちゃってさぁ……】

「見切り発車だからこういうことになるんだよなぁ」

【という訳で次回予告】

「次回は『戯言シリーズ』及び『最強シリーズ』から人類最強の請負人、哀川潤が登場か」

【実は筆者の中で彼女は割と無闇君というキャラを作るにあたって結構な影響を与えた人物だったりするんだよね】

「あの理不尽オブ理不尽を相手にせにゃならんとは気が重いぜ…」

【一応ヒロイン候補なのだけれどね、混物語での傍若無人さを見てちょっと筆者彼女をヒロイン化する自信無くしちゃった】

「やめてくれよ…」(絶望)

【という訳で次回、第強話『じゅんビルド』】

「質問や指摘は感想欄で受け付けてるぜ」

【「ではまた次回」】

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