べート・ローガがヘスティアファミリアに入るのは間違っているだろうか【リメイク版】   作:爺さんの心得

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 彼と彼女は、僕の憧れである。




白兎は『弱者』となる

 

 

 

 「皆遠征ご苦労さん!!さぁ飲めやー!!」

 

 ロキがジョッキを高く突き上げると、ロキ・ファミリアはたちまち熱気に包まれた。皆酒や食事を騒ぎながら堪能し、遠征帰りの疲れを癒す。

 それはかの【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインも、こくこくと小さな口に飲み物を運んで、宴にノっていた。

 

 (はわわわわ……!)

 

 それを影で見つめるのが、へっぽこ白兎である。

 ベルはアイズの姿を見つけた途端、カウンターの下へ滑り込み、身を隠していた。顔を真っ赤にし、頭を押さえてぐわぐわと足掻いている様は、とても滑稽で見苦しいものだった。

 

 「ミアァ!!酒追加ぁ!!」

 

 ーーーそれをスルーしているベートもベートである。今のベートは完全に酔っ払っており、ベルの姿などもう見ていなかった。今ベルを見ているのは、心配そうにベルを覗き込むシルだけである。

 

 「ベルさん、大丈夫ですか……?」

 

 「だっだだだだだだだだだだいじょぶだいじょぶ」

 

 嘘をつけ。

 ベルの目は焦点を合わせておらず、まるでサウナの中にずっといたかのような、とてつもない熱に覆われている。ただ単に恥ずかしいだけなのに、これではここに氷を置いただけで溶けてしまうのではないのかという程に真っ赤で熱かった。

 ここで大体察してしまったシルは、ベートに助けを求めようとしたが……。

 

 「大体よォあのロリッ娘女神もそうだよなんでいつまでたっても底辺ファミリアでさぁしかも仕事量増やしやがってこんなんほかの奴らに舐められるぞゴラァ神としてのぉぉ威厳をもてええええ……!このやろぉぉ……」

 

 何個ものジョッキが転がっているのを見て、シルは考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 「そういえばよぉ!俺見ちゃったんだよなぁ!」

 

 ロキファミリアの宴が始まって数時間、あるグループの会話がベルの耳に届いた。

 それは、ベルがいる席の後ろの丸テーブルにいる冒険者達の会話だった。

 彼らの顔が真っ赤に染まっているところを見ると、彼らも酒の飲みすぎで酔っているのだろう。しかしベートのように眠くなっている訳ではなさそうだ。人はそれを酔い潰れそうと言う。

 

 「あ?それって、ダンジョンで焦らしてた奴か!?やっと言うのかよ!何を見たんだ?」

 

 「へへへっ、聞いて驚くなよぉ」

 

 「勿体ぶらずにさっさと言えよこの野郎!」

 

 「わ、わかったって!……めっちゃ笑えるから覚悟して聞いとけよ?」

 

 何故だか、ベルは耳を塞ぎたくなった。ここで彼らの会話を聞いて、何かが起こるような気がした。それは決して良いものではなくて、とても悪い何かを。

 三人のうちの一人が、下品な声である話題を口にする。

 

 

 

 「どっかのひよっこ冒険者が、あの剣姫に助けられたのをよぉ!」

 

 

 

 

 時が止まった。

 一人が「はぁ?」と、上げて落とされたような落胆の表情で続ける。

 

 「それがどうしたんだよ。別に全然面白くねえぞ」

 

 「いやいやそれがさぁ!そいつ、剣姫に助けられたんだけど、剣姫に手を差し伸べられたら真っ赤になって逃げてったんだよ!ミノタウロスのくっせー血を浴びてさ!」

 

 「うわっ、ダッセー!それって俺達の横を通り過ぎたやつ?」

 

 「そうそう!防具も何も身につけずに貧相な格好でさ!あれじゃあ無様にミノタウロスから逃げ回ってたって容易に予想はつくぜ!」

 

 「いや、ミノタウロスはまじやべぇから!っていうか何でミノタウロスが上層にいたんだろうな?」

 

 「さぁなぁ?もしかしたら、あのダッセー雑魚を追い払うために来たのかもな!お前にはまだ早いでちゅよーってな!」

 

 「有り得る!」

 

 ギャハハハッ!!と、下品な声が響き渡る。他の冒険者も騒いでいるのに、ベルの耳には彼らの会話しか耳に入ってこなかった。

 彼らの言っている雑魚とはーーー自分のことだ。ミノタウロスの血を被って、そしてアイズの前から逃げ出したのも、自分だ。

 まさか、見られているとは思わなかった。自分のあんな無様な姿を見られていたなんて。

 カウンターの下から一歩も動けず、ベルは頭を抱える。ベートが静かになったのは、酔い潰れたのかということを確認する暇も、今の彼にはなかった。

 ただ、彼らの会話が終わればいいのに。そう願い続けた。

 しかし現実は残酷で、彼らはさらにベルのことを吊るし上げる。

 

 「そもそも防具も何もなしに5階層に来るなっての!」

 

 「良くあれで生き残れたよなー。そこだけは本当に関心するよ……雑魚だけど、な!」

 

 「ていうかそいつ何で真っ赤になってたわけ?それがいまいちよく分かんねえ」

 

 「おっま、わかんねえのか?あれは十中八九、剣姫に惚れてるんだよ」

 

 「ブハハハ!!剣姫にッ、惚れる!?うっわーやっちまったなそいつ!叶わねえ恋だっていうのによぉ!」

 

 「Lv.1とLv.5が釣り合うかっての!テメェはただの引き立て役だっての!それに、剣姫にはあの神がいるから、そもそも求愛なんてしたら俺らがぶっ潰されるだろ!」

 

 「言えてる言えてる!どうせ剣姫は強いやつにしか靡かないしー!」

 

 止めろ。止めてくれ。

 これ以上、自分を惨めにさせないでくれ。

 自分の中に、どす黒い何かが紛れ込んでくる。それは自分の体の隅々まで侵食しようと行動し、余計彼らの会話が耳に入ってきた。

 このどす黒い何かを、自分は知っている。

 

 「まぁ、そうだよなぁ!」

 

 止めてくれ。お願いだ。

 聞きたくない。聞きたくない。

 しかし、運命は、残酷に彼の道を作り上げていく。

 

 

 

 

 「俺達雑魚が、アイズ・ヴァレンシュタインに釣り合うわけが無いよなぁ!!」

 

 

 

 

 

 その瞬間、ベルの中で何かが千切れた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 「ベルさんッ!!」

 

 シルのその呼び声に、ベートの頭は覚醒する。ベルが勘定も払わずに出ていったことは、ベートにも理解出来た。そして、先程からベルの事をネタにしている外道な冒険者の会話も、頭に残っている。

 ベートは確かに酔っている。だが、これくらいで酔い潰れる程ではなかった。だから今何が起こっているのか判断出来るし、自分が今どうするべきかも分かっている。

 

 「…………」

 

 ベートは最後の一滴まで酒を飲み干し、周りにも聞こえるほどにジョッキを力強く、叩きつけるように置く。

 それだけで、周りの人間の会話は止んだ。皆が皆ベートに注目し、そしてざわりと騒めく。

 

 「おい、彼奴……」

 

 「ああ……凶狼(ヴァナルガンド)

 

 「この店にいたのか……」

 

 ベートは、コソコソ話す彼らに一睨みを利かせた。それだけで彼らは黙り込み、目を逸らし、何事もなかったかのように飲み続ける。

 真っ赤に火照った頬は徐々にひいていき、元の白い肌を見せる。酔いも醒めてきたのか、ベートはベルが去った店の出口を見据えた。

 

 「……はぁぁぁ……世話のかかるヤツ……」

 

 重く溜め息を吐いたベートは、席を立つ。懐から数枚のヴァリスをカウンターに置き、彼は歩き出した。

 

 「ちょっと、本来の勘定より多いよ」

 

 「あのへっぽこ兎の分だ。そんでその後ぶんどる」

 

 何故多めに出したのかという質問に応えたベートは、先刻ベルをネタにしていた三人組に近づいた。

 三人組は突然のベートの姿に驚き戸惑い、ベートに目線を合わせない。忙しない目線にベートの目が細くなると、彼らは一様にヒッと、小さな悲鳴を上げた。

 

 「生憎だが」

 

 ベートが、静かに口を開いた。酒場の人間全ての視線が、ベートの背中に突き刺さる。

 ベートの声は重く、低くのしかかっていた。

 

 「俺は今、テメェらに持ち合わす時間はねェ。テメェが散々笑いものにした兎を回収しなくちゃならねェからなぁ」

 

 ーーーだから、一言だけ忠告してやる。

 

 それは、ただの言葉ではない、『忠告』

 Lv.5からの忠告は、Lv.1の冒険者でも少なからず嬉しい気持ちはある。だが、相手はあの凶狼だ。人を見下し、蔑み、暴言を散らす、あの凶狼なのだ。何を言われるのか、堪ったものではない。

 ベートは彼らに向かって、小さく一歩を踏み出す。それだけで彼らはまた小さく悲鳴をあげ、イスをガタリと鳴らした。

 しかし、彼らに逃げ道はない。

 

 ベートは彼らのうちの一人ーーーベルを一番嘲笑していた冒険者に顔を近づけ、告げた。

 

 

 

 

 「ーーーーーーー」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 ダンジョン六階層に近づくと共に、肉の切れる音と少年の雄叫びが、洞窟内で轟く。

 それは悲鳴にも近い、そして屈辱の叫び。

 べートはそれを感じ取り、ゆったりと、しっかりとした足取りで、あるルームへ足を踏み入れる。

 中心に立つ血だらけの少年の姿を見つけた時、べートの足はピタリと止まった。

 

 「……雑魚は雑魚だな」

 

 べートの口から吐き出されるのは、侮蔑の一言であった。

 ベルの肩が小さく揺れ、ベルはそのままグラリと地面に倒れ込む。べートの言葉によって倒れたのか、はたまた体力の限界でそうなったのかは定かではない。

 べートは、その少年の姿に眉を顰め、口を開いた。

 

 「テメェがあのダセェ奴らの言葉をどう受け取ったのかは知ったこっちゃねぇ。だがなーーーーそうやって一心不乱に、何も考えずに己を傷つける行為をするだけの冒険者として存在し続けるなら、失せろ」

 

 「………………」

 

 「何の意味もなしえねぇことなんざ続けて、何の得がある?自分は強いって調子に乗るか?それともあの雑魚共に、自分は強くなりました、貴方達よりもと報復でもするか?」

 

 「………………な、ら」

 

 べートがベタベタと言葉を並べた時、今まで黙って聞いていたベルは、震える声でこうべートに問う。

 

 「……あな、たは……なんで……あんな、ことを……?」

 

 「………………」

 

 「じぶんは強いって……調子に乗る……?そん、なの……べートさんも、やってるじゃな、いですかぁ……!」

 

 それは、単なる反論。

 今までべートの罵倒、侮辱を間近で受けていた、ベルの初めてのべートへの反論だった。

 彼はいつもべートに言っていた。「弱者は強者には釣り合わないと」。

 ならそれは、その言葉はーーーべートは、自分が強いと豪語していると同じではないか。

 だとすると、今まで言っていた言葉はべートにも向けられるはずだ。そしてそれは、べートにも言えることのはずなのに。

 ーーー何故、自分は当てはまらないような口振りをするんだ。

 ベルの言い分が言い終わると、べートはわかりやすい、ベルにも聞こえる程に溜め息を吐いた。

 そして、一言だけ、その応えを口にする。

 

 「俺は『強者』で、テメェは『弱者』だ」

 

 「ーーーーッ」

 

 「それ以外の他に何がある?強者が弱者を蹴落として得る得なんていくらでも存在する。強者に身の程を知って朽ち果てる雑魚を区別してやってるんだ。逆に俺は誉められるべきだと、思うけどなぁ?ーーーだが俺は、強者になって調子に乗ったことなんざ、今はしてねぇ」

 

 経験したことのある口振りに、ベルの目が最大まで開かれた。

 そして、べートのある一言が、ベルの心に突き刺さる。

 

 「じゃあ聞くがなぁーーーーテメェが憧憬する相手は、そんな雑魚を甚振るダセェ奴なのか?傲慢になるようなやつか?ーーーテメェには、ソイツはどう見えている」

 

 自分が憧憬する相手はそんな奴か?と聞かれ、浮かぶは金髪の美しい、剣姫。まるで舞踏会でクルクルと舞うかのように、その血を浴びて戦う、容姿端麗の麗しき都市の姫。

 ーーー彼女は今で満足しているのか?

 否、とベルは即座に否定した。

 彼女はまだ強くなる。弱者に目を向ける時間など、ないはずなのだ。

 つまりーーー傲慢なことをするより、自分の『剣』を磨くに決まっている。

 彼女は弱者をいたぶらない。というか、べートとは逆の『強者』だ。

 べートが悪魔なら、彼女は天使。役立たずは切り捨てるべートとは違い、彼女は弱者に手を差し伸べ、更なる高みへ共に目指してくれる、そんな彼女。

 ーーー僕は、彼女のような人になりたい。

 ベルの背中が熱くなる。それに突起されたかのように、ベルは手をついて、立ち上がった。

 ーーー傲慢する暇があるなら、彼らを憎む暇があるなら、自分を憎み、自分へ深い傷を負わせ、そしてそれと共に登ってゆけ。

 この傷は、不利益なことではない。べートが嫌う、「何の意味もない傷」じゃない。

 

 これはーーー英雄へと近づく、決して消えることのない「傷」となる。

 

 

 彼女も、自分のように己を傷つけ、今の地位にいるはずだ。

 

 自分に巻き付く鎖が徐々に解かれ、そして彼女は、ニッコリと微笑んで、口を動かす。

 今はその言葉は聞こえないけど、でもーーーーこの枷と傷と共に、そしてあなたが、僕にそれを聞かせてくれるのなら。

 

 

 僕はあなたを憧憬として、高みを目指そう。

 

 

 

 

 

 ウォーシャドウが生み出され、立ち上がったベルにへと群がる。

 べートがじっと見つめる中、ベルはふらりと、べートの方を振り返った。

 その瞳にはーーーー拭えない、決意の光が灯っている。

 ベルは、口を開いた。彼が応えなくても、嫌がってでも、これだけは彼にーーーべートに聞きたかった。

 

 

 「べート、さん」

 

 

 

 

 『貴方は、僕が強くなれると、思いますか?』

 

 

 

 

 それは一欠片の不安。誰もが抱く、迷いの言葉であった。

 

 べートはその言葉を聞き、静かに目を伏せ、そしてーーーー冷たく冷酷な瞳で、こう返した。

 

 

 

 

 「強くなれねぇなら、巣に篭ってろ。雑魚はそれがお似合いだ」

 

 

 

 

 ベルは満足そうに微笑み、そして構える。

 たとえこの身がボロボロになろうとも、たとえ彼に認められなくても、ベルは歩み続けると決めたのだ。

 ウォーシャドウがベルに攻撃を仕掛ける。四方八方から向かってくるウォーシャドウに、ベルの頭は冷静だった。

 憧憬が思い浮かばれる。思い浮かぶは、あの金髪の美少女とーーーそして、自分を見守る、勇ましい狼人の背中。

 

 (ーーーああ、そうか)

 

 ベルは、ウォーシャドウを切り裂きながら、気づいた。

 

 

 (貴方は、もう既にーーー僕の、憧れの人だったんだ)

 

 

 

 

 彼の冷徹で冷酷な琥珀の瞳にーーー憧憬の兆しを思い出しながら、ベルはモンスターを切り裂き続けた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 どうしてあんな言葉が出たのか、自分でもわからない。

 まるで昔の自分を重ねたかのような発言に、彼は舌打ちした。

 だが背に腹はかえられない。もう彼は、自分の言葉を理解しているのか定かではないがーーー立ったのだ。自分の足で、しっかりと。

 強者に蹴落とされることもなく、ただ無様に寝転がるわけでもなくーーー自分の二足で立ち、そして拙くても戦うーーーまるで猛獣のように戦う白兎に、彼の口角が無意識に上がる。

 影のモンスターが全て消え去り、ルームの中心に立ち続ける血だらけの彼は、もうあの時のような牛の血を被った「雑魚」ではない。

 

 「ーーー上出来だ」

 

 

 白兎は、「弱者」へと昇格した。

 

 彼はーーーべートはほくそ笑み、意識を失っている白兎の元へ、踏み出した。

 

 

 




 友達に前作のやつを見せたらこう言われました。

 友達「あとがきの愛が凄いなおい」

 私「(っ'ヮ'c)ファァァァァァァァァァァwwwwww」

 今回はベルの成長シーン。前作とは違いとてもシリアスとなっています。原作を読んでみたら、やっぱりべートきゅんは所々「自分は強くなった」と、言葉を悪くすると調子に乗ってるシーンがあるなぁという勝手な偏見で決め、そしてその度に自分を改めてまた強くなるというシーンが……あると……思うんですよ……?(震え声)
 ちなみに8巻の好きなシーンはいっぱいあるんですけど、レナちゃんとのデートとか、最後のレナちゃんの言葉とか、リーネ様とべートきゅんとか、全力疾走で逃げるべートきゅんとかいっぱいあるんですけど、一番震えたシーンはロキ様が出てきたところですね。全てを見透かしてべートきゅんをサポートしつつも、やっぱり遠くなっていくことに悲しくなるのがヤバイです。そしてべートきゅんの「俺はまだ雑魚だったってことだ」という言葉も私の涙腺に触れて「べートきゅうううううううん!!!」と顔を伏せました。ロキファミリア色々やばすぎなぁい?
 というわけで本編に戻ります。次回はちょっと文を足しての投稿で、1章が終わるわけですね!リメイクも閲覧していただきありがとうございました!また次の投稿でお会いしましょう!

 べート・ローガぁー!だぁーい好きぃー!!

 あと日刊ランキング5位ありがとうございますボソッ

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