GGOのガンスミスがあまりにも不遇な件について   作:ひなあられ

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深淵の浅瀬にて

 空は暗く、青なんて何処にも見えやしない。世紀末らしく煤と灰に塗れ、高く昇っている筈の太陽を赤く染め上げていた。

 

 その下の地上は空模様の陰鬱さを塗り替えるように酷い物である。得体の知れない粘液と汚染された汚泥、噴き上がるガスは濃い緑色を吐き出し、強烈な生理的嫌悪を催す。

 

 得体も由来も分からない毒性に侵された、かつて動物だった物の墓場。腐死喰みの墓所(Decadent of cemetery)と名付けられたこの土地は、その名に違わず退廃的な雰囲気を色濃く漂わせている。

 

 かつては正しく墓所だったのだろう。火山の麓には硫黄の噴き上がるガス口があり、そこには数多の動物達の死骸が骨となって散乱している事がある。死の谷とも呼ばれるらしいが、俺は実物を見た事が無い。

 

 それとは逆に深海にも墓場は存在する。死んだ鯨の死骸が海底に横たわり、そこを起点として数多の生物が群がる。ホエールフォールと呼ばれるそれもまた、天然の墓場なのだろう。

 

 ここはその二つが合わさった極地。地磁気の乱れと急激な地殻変動により、火山性のガスが噴き上がる沼と化した海に大量の海洋生物が閉じ込められて死滅した果ての姿。

 

 防護マスクや防護服無しでは数分とて立つことは出来ないだろう。装備を揃えたとしても、強酸の沼に浸かればおしまいだ。そんな場所でPVPやエネミー戦が起こる筈もなく、プレイヤーもまばらに存在するだけである。

 

 こんな場所まで来て何を探すのか。まばらとは言えプレイヤーが居るという事は、つまりそれなりの需要があると言う事である。この場所では他のフィールドには無い、特殊な武器が見つかる場合があるのだ。

 

 激しい腐食を起こすこの地に沈んだ遺物は、思いにもよらない特殊な性能を発揮する事がある。常に毒に濡れたナイフ、刀身が歪み続ける光剣、耐久値が少ない代わりに強力な攻撃力を持つ銃、追尾するRPG7など、その種類は多岐に渡る。

 

 俗にユニークやワンオフと呼ばれるそれらの一品は、時として最高レアの値段を上回る事すらある。ここに居るのは、そんな一攫千金を狙う者らが殆どだ。

 

 まぁ当然ながら沼を浚うだけで何十万も稼げれば世話は無い。それらのユニークは出現率が恐ろしく低い上に効果もランダムな為、中にはとても使えそうに無い武装も出てきてしまう。むしろそちらの方が多いくらいだ。

 

 これまでにオークションに出品されたのは僅か四つ。それらも最高レアの品々をほんの少し上回る程度の値段で落札されていた。ハッキリ言って全く労働に見合う物ではない。

 

 それでも浚い続ける者が居るのは、そこにロマンを求めるからなのだろうか。彼等にはぜひ頑張って欲しいものである。

 

 

 では俺もその武器を探すのかと思われるだろうが、残念ながら俺は彼等と目的が別だ。そもそも俺はまがりなりにもガンスミスである。やるなら掘り出すよりも作り出したいところだ。

 

 ここには鉱石の類がリポップする事は無いが、代わりに危険な結晶が数々存在する。硫黄、硝酸、辰砂、マグネシウム、石油が該当する。エネルギー結晶体と呼ばれる光学銃の弾丸の元となる物も大量に取れてしまう為、その比率は決して多くはないが。

 

 それらの鉱石は基本的に弾薬となる。少し前に思い立った特殊弾の製造に使う予定だ。今の段階では銃本体よりもこちらの方が売れそうなのだ。

 

 その材料を掘る為、この汚染されきった大地でツルハシを振るうのである。

 

 

 

 ────────

 

 

 

 サービス開始から1ヶ月と少し。フィールドにて初心者狩りを行なっていた連中は、一部を除いてほぼ全てが素早さ特化の軽量スタイルであった。

 

 銃の中でも取り回しの自由が効くアサルトライフルを主体に、STRとDEXをそれが持てる最低ライン。防弾チョッキの性能を削り、軽く持てる防護フィールドで防御力を嵩増しする。

 

 今回俺の取った戦法はそういうプレイヤーに見事に刺さったのだ。旧式銃の射程は100m程であり、その距離から撃っても9割は外れる。まともに当たる距離と言えば50m辺りが精々と言った所だ。

 

 対してアサルトライフルの射程は200〜300m。まともに撃ち合えば一瞬で落とされるだろう。なので草むらなどに潜伏した上で、不意打ちの奇襲をかける以外に勝ち筋は無かったのだが……。

 

 AGI特化のプレイヤーは著しく命中率が低かったのだ。それでも100m圏内であればそこそこ当る。しかし走り回りながら200mの距離で撃ったとしても、ただの牽制にしかならない。しかも命中率を上げるために自ら近寄ってきてくれるのだ。これほどありがたい事は無い。

 

 100体近い人型ロボットに集団リンチを食らった身としては、その程度の弾幕で落ちる事は無い。何よりも耐久値だけはやけに高い鉄パイプが手元にあるのだ。最低限の弾丸を防ぐ事に注意すれば、命中率の低いアサルトライフルを攻略するのは容易いものだった。

 

 何より相手が軽装の為、こちらの弾丸が一発でも当ると強烈なノックバックを強いる事が出来る。勿論攻撃力なぞハンドガン以下なので、ノックバックで拘束しながら近づき、ツルハシでトドメを入れる必要はあるが。

 

 ただしノックバックだけでは複数相手に逃げられる為、フレシェット弾や焼夷弾を用いて足止めを行う。ラッパ銃も予想外の拘束力があり、特に近距離戦で重宝した。

 

 しかしこの戦法はもう通用しないだろう。タネが分かれば対処など幾らでも可能だからだ。バレットラインが見えない銃撃とは言えその威力は悲しい程に低く、何より射程が短い。こちらの届かない距離から膝撃ちなり伏せ撃ちなりされればなす術も無い。

 

 なので当分の間は狩りに出ないつもりだ。流石に旧式銃相手に敗れたとなれば、そのヘイトはかなり高まっている事だろう。一方的にリンチされる姿が容易に想像出来る。

 

 

 ……さて、そんな理由も含めてこんな人気の無い場所で採掘作業に勤しんでいる訳だが……。

 

 掘り始めて既に三時間。そろそろ引き上げようかという段階になって、これまでに見たことのない物が出土した。粘土質の土壌を掬う為に使用していたシャベルが妙に硬い物にぶち当たったのだ。

 

 ここはあらゆる物が腐食する死の大地。骨や岩までもがボロボロになる為、基本的に硬い物が存在しない。だからこそ、この物質の異色さが際立つ訳だ。

 

 勘違いで無ければ宇宙船の装甲板に酷似しているように思える。採掘でごくたまに出現する素材にそっくりだ。

 

 

「……掘り出してみるか」

 

 

 今の採掘スキルでは宇宙船の装甲板を入手する事は出来ない。だがその全容だけでも見てみたくなった。工具製造で泥水をかき上げるポンプを設置し、足元に水が溜まらないよう作業を進める。

 

 作業は思ったよりも素早く進んだ。この辺りの土壌はほぼ泥で構成されている為、ポンプの吸い上げ口に泥を掬い投げればそのまま吸ってくれるのだ。文明の利器様々である。

 

 そして全容が見えるにつれ、それが宇宙船などでは無いことが判明する。四角いコンテナのような構造物で、表面はアッシュグレーの装甲板で覆われている。コンテナの下側は盛大にひしゃげており、何処か高い所から落下したようだった。

 

 幸運な事に掘り始めた所が入り口側だったようで、壊れたドアに泥が侵入していた。その泥を掻き出すこと数十分。やっと目当ての物が出現した。

 

 おそらくは二重扉だったのだろう。正面側は大破していたが、内側は無事なようだ。泥をくまなく綺麗に掻き出し、いざ進まんとドアの認証パネルをタッチする。

 

 ドアの中心に青い光が一瞬走り、年代を感じさせぬ滑らかな動きでスライドする。お宝か未知の技術かレアな武器か。何が出てくるのだろうか。掘り出すのにかなり苦労したので、その苦労に見合うくらいの何かが欲しい所だ。かれこれ二時間は掘っていた訳だし。

 

 開いた扉の先。青いラインが発光して内部の様子を薄ぼんやりと照らし出す。壁や床にはロボットの残骸が散乱し、作りかけと思しき兵器が天井から吊り下げられている。兵器研究室のようであったが、中には義手や義足、培養液に浮かべられた機械で出来た内臓なども置いてあり、それが一般的な研究室でない事を示すようだった。

 

 

「ぬ、う、ええい! その扉を閉めんかい! 中がボロボロに腐っちまうだろ!?」

 

 

 慌てて扉を閉める。まさかこんな場所に人……? そう思いかけて、声の調子が機械じみたサウンドエフェクトを帯びている事に気づく。少なくとも純粋な人では無さそうだった。

 

 乱雑な研究室の奥。光でも照らし出せない暗がりの中から、人の腕らしき物が飛び出して周囲の瓦礫を払い除けている。

 

 やがて出てきたのは、いかにも偏屈そうな顔をした背の低い老人。杖をつくどころか、散乱したロボットの上を器用に跳ねながら自分の目の前に立った。

 

 

「…………すまなかった。まさか人が居るとは思わなかったのだ」

「ふん、何も怒っとる訳じゃ無いわい。……むしろ恩人かの。まったく、これでようやく外に出られるわい」

「御老人、ここは一体何なのだ?」

「ほ、見て分からんのか? 暫く見んうちに衰退し切ったようじゃの……」

「衰退……。御老人はいつから生きておられるので?」

「ざっと200年程じゃ」

 

 

 200年。軽く投げかけられたその言葉に驚く。つまりこのNPCは200年前の地球を知る人物であり、今の地球がこうして滅んだ原因を知っている可能性が高いという事だ。

 

 この老人から聞こえる僅かな稼働音。甲高いモーターのようで、僅かにエアーの漏れる音も聞こえる。

 

 

「……一見した所、義体のようにも見えるが」

「正解じゃよ。義体……まぁ、戦闘用義骸だの強化外骨格だの言う方がしっくり来るがな」

「戦闘用の義体……。四肢が欠損した兵士向けの品という事か?」

「いんや、脳味噌だけ引っこ抜いて機械の身体に押し込めるんじゃ。ヤブ医者共の作るおままごとみてぇなモンとは比べ物にならんわい」

 

 

 つまり攻殻機○隊か。まさにSF、分かりやすい所で攻めに来たな……。

 

 一見した限りでは、中に揃っている武装の殆どは人型用に限定されている。しかしそのどれもが大柄な男の骨格が前提になっており、どこか深い威圧感を発していた。

 

 壊れた残骸の断面は複雑怪奇な機械類で埋め尽くされており、それも物によって仕組みが違うようだ。見て真似するのは不可能に近いだろう。そもそも真似したとして正しく動くとは思えないが。

 

 

「……ふむ。何やらコレに興味があるようじゃのう?」

「できれば同じ物を作りたいと願う程には」

「ほう、そりゃ感心な事じゃ。……なる程、素質は十分と見える」

 

 

 老人は壁の一部を乱雑に叩き、その周囲にあった物を粗雑に退けた。すると壁の一部に青いラインが走り、SFじみた稼働音を立てて作業台へと変形する。

 

 幾つかのホロパネルが浮かび上がり、空いた壁にはいくつもの工具が立ち並んでいた。おそらくは製作に必要な道具なのだろう。

 

 

「ごちゃごちゃと説明すんのは性に合わん。先ずはいっぺん作ってみい」

 

 

 ピコンとクエストフラグが立ち上がる。迷わず作業台の前へと立つと、システムメッセージで『製作:義手の完成』の文字が流れ、視界の端に固定された。

 

 続いてガイドカーソルが展開し、次に何をすべきかが分かりやすく表示された。示された手順通りに製作を進めれば良いようだ。

 

 まずは製作する義手の種類か……。初期に製作出来るのは三つ。パワー型、バランス型、アシスト型。迷う事なくバランス型を選択した。奇をてらうよりも堅実に物事を進める方がいい。

 

 

「……さて、ワシは完成するまでここで見ておる。分からん事が有れば聞け」

 

 

 ドカリと何かの部品の上に腰掛ける老人。何処からか取り出した煙草に火をつけて煙をくゆらせている。

 

 その姿を脇目に捉えつつ製作を推し進める。どうやら銃とはかなり勝手が違うようなのだ。システム的に踏む手順がかなり多い。少し長丁場になりそうだ。

 

 次にフレームの選択。基本となる骨子が表示され、最後の欄には『オリジナル』の項目まである。

 

 ……あぁ、成る程。オリジナルの項目以外はシステム的に一瞬で作り出される仕様か。うぅむ、堅実に行くならそれを選ぶのが正解なのだろう。だが何だろうか。生産者としてのプライドと言うヤツだろうか。無性にこの項目を選びたく無い。

 

 数秒考え込んで、俺はオリジナルの項目を選択した。ゲームなら楽しまなくては。

 

 

「うむ? 自分で作り出すつもりか? お主、『作図』のスキルは持っとるのか」

 

「……いや、持っていないが」

 

「ふむ……? どうやら失伝してしまったようじゃな。基礎中の基礎であろうに……」

 

 

 システムメッセージに『作図スキルを取得しますか?』という文が表示される。取り敢えず貰える物は貰っておこうか。義手を製作するにあたって必須のスキルなのだろう。

 

 YESのボタンを押した瞬間、新たなシステムメッセージが次々と現れる。

 

 

『作図スキルを獲得しました』『製作系統スキルの存在を確認』『熟練度が規定値に達しています』『スキルの統合を開始……』

 

『称号:【始まりの者】を会得しました』

『称号:【解き明かす者】を会得しました』

 

『総合レベルよりスキルの制限を解放』『ログを解析中……』『オーバーフローした熟練値を確認』『全スキルに自動統合します』

 

『作図スキルの熟練度が規定値に到達』『作図スキルを製図スキルにランクアップ』『銃製作を武器製作にランクアップ』『武器分解、工具分解スキルの熟練度が規定値に到達』『分解スキルに統合』『武器組み立ての熟練度が規定値に到達』『製出スキルを会得』『武器清掃、工具清掃の熟練度が規定値に到達』『清掃スキルにランクアップ』

 

 

『あなたは世界の過ちを知るだろう……』

 

『称号:【解明】を会得しました』

 

 

 …………これは一体なんだ? あまりの情報過多に色々と突っ込みたい所が何個もある。取り敢えず今言えることは、スキルが統合されたおかげで取れるスキルが増えた事か。

 

 

「ほう? ワシのスキルが最後のピースだったか。まぁええわい。今のお主なら新たに作り出す事も可能であろうよ」

 

 

『製図スキルを確認。チュートリアルを開始します』

 

 

 視界にまた新たなシステムメッセージが表示され、動画付きでどのように使うかが案内される。

 

 成る程……。確かにこれは生産者として無くてはならないスキルだ。しかしこんな大事な物をこんな辺境に隠すとは……。いや、そうでも無いのか? 

 

 ここは辺境も辺境だが、逆に言えば生産職特化のプレイヤーでも問題なく来れるという事である。他にも同じような場所はあるようだし、未だに見つかっていない生産職のスキルが存在するのだろう。

 

 製図スキルの内容としては、文字通り設計図を生み出すスキルである。これだけ聞けばなんだその程度かとなるのだが、ここで思い出して欲しいのは製作スキルの使用法である。

 

 製作スキルは一覧に表示される『設計図』を選択する事で製作が可能となる。自分の手で一から作るにしても、ボタン一つで完成させるにしても、同じ手順が必要だ。

 

 つまりオリジナルの設計図を作ってその通りに武器を作れば、それはオリジナルの武器として使用可能になるという訳だ。更に自分で作らずとも、ボタン一つで製作出来るほどに簡略化されるようである。勿論、それには一回完成まで自分の手で作らなければならないが。

 

 また既存の設計図をコピーしたり、既存の銃を改造したものを設計図に起こす事も出来るようである。これだけで製作の可能性は大幅に広がったと言えるだろう。

 

 更にはこの設計図『保存』の機能もあるようで、作りかけの武器を設計図に起こした後、もう一度製作スキルを使用すると全く同じ物が出来上がる事が分かった。更には複数生産する事も可能となっている。

 

 有能どころか製作において必須とも言えるスキルだった。UIの機能が大幅にアップデートされたに等しい変化である。

 

 

 ではさっそく始めるとしよう。どのような物が出来上がるのか、今からとても楽しみだ。


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