GGOのガンスミスがあまりにも不遇な件について   作:ひなあられ

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販売【改】

 売るものを適当に見繕い、やって来たのは露天商。ここはどんな奴でも簡易な店を構える事が出来る場所で、ゴミから掘り出し物まで様々な物が売られている。

 

 その大通りから外れた一本道。人目につかない行き止まりの裏路地に俺の店がある。店といっても地べたにカーペット敷いて座ってるだけだが。

 

 勿論売れない。知ってた。

 

 露店は本当に暇だ。コレをやるくらいなら穴掘ってた方が断然いい。しかし売らなければ在庫は溢れるし、資金も入って来ない。

 

 アンティークは一丁売ったら元が取れる。大体一丁500Kクレジット程で売ってるので、現実換算で5000円。買う奴は課金してでも買うコアオタクなので、コレでも売れるには売れるのだ。

 

「………暇、だな」

 

 暇過ぎるのでスキル上げをしつつ、ガンゲイル板を眺める。攻略から馬鹿話まで存在するコレは、引きこもりプレイに磨きのかかった俺にはピッタリだ。

 

 今見ているのは『ガンスミス生活(二日目)』という馬鹿スレだ。今回は何日持つかとても見物である。このプレイスタイルは人を選び過ぎると思う。

 

 他のプレイスタイルには幾つも検証スレが上がるのに、ガンスミスだけ皆無。理由はやれる事の少なさと、FPSの筈なのに一発たりとも銃弾を使わない所にある。

 

 ぶっちゃけ、そんな職人プレイしたい奴は他に行けってことだ。

 

「………んん…?」

 

 特に思うまでも無く、昨日に比べて愚痴が多くなったなと眺めていたら、気になる書き込みを発見。東の地下要塞にクエストが発生したらしい。

 

 その内容は全て不明。なんとクエスト受注条件に知能値が必要だと言う。今の所、素早さガン上げが最もスタンダードらしいので、この条件に当てはまる奴が少ない。それこそ、俺のようなど阿呆くらいなものだろう。

 

 東の地下要塞と言えば、少々特殊なエリアだ。ギミックやエネミーの全てがスチームパンク風になっており、ギアやカムが複雑に動き合う光景に圧倒されるらしい。

 

 そして何と言っても目を引くのは、日本街であると言う事。あちこちにある看板や建物の文字が日本語となっていて、日本風スチームパンクの様相を呈していると言う。

 

 更に進めば其処はまさに要塞。特殊な攻撃こそして来ないものの、中々に厄介なエネミーが多数徘徊していると聞く。

 

 行けるなら行くだけ行ってみるか……。行くだけならタダだからな…。今日は一日露店するつもりなので、明日にするか。

 

 

 アンティーク系の銃の分解清掃が終了し、スレ板も一通り眺めて煙草のような物を燻らせていると、曲がり角より人が現れた。

 

 高めの身長に整った顔。長めの黒髪にしなやかな体躯。腰には二丁の自動拳銃を差していて、何かを探すようにキョロキョロしている。

 

 ……最早見るだけで嫌気が刺す。逃げようにも逃げようが無い状況な上に、例え逃げても容易に捕まるだろう。ただでやられるつもりは毛頭無いが。

 

 そんな事を考えていたが、どうやら発見されたらしい。最悪だ、今日は他の客をみこせそうに無いな…。

 

 

「おぉ?いたいた!ヤッホー!元気してるー?」

 

「…」

 

「相変わらず仏頂面だねぇ。会話してくれても良いんだよ?」

 

「…」

 

「んん?んんん?ねぇねぇ、このガバメントってもしかして実用?ねぇ実用なの?」

 

 

 知らん。勝手に見ていろ。そして金払ってとっとと消えろ。お前は財布以上人間以下だ。帰ってMと末長く戯れていてくれ。

 

 わきゃわきゃ五月蝿い女を無視して、ガバメントのステータスを表示する。決めるのはそっちだ。この銃をどう使うかもそっちの自由だ。後は知らん。

 

 

「ご、5Mクレ……?ちょーっとボリすぎじゃないの?ねぇ?」

 

 

 嫌なら他所で買え。ガバメントなんて其処らのショップで高くても1000クレジットで売ってるぞ。バリバリの初期金額だろうが十分に手が出る金額だ。

 

 

「まけてくれない?ほら私常連でしょ?おーい聞いてる?…聞いてないね、なら撃っていい?撃っていいよね、よし撃つ。」

 

 

 なにか物騒な発言を無視してスレ板を読みふける。コレだから嫌なのだ。常識ぶってる割に頭がパーという、典型的なサイコパスである。こんなのに構う事すら馬鹿らしい。

 

 遂に銃を抜き放ち、人の目も憚らずに撃ち出した。素直に五月蝿い。撃ちたきゃフィールドでやって来い。どんな手を使われようが、1クレたりともまけんぞ。

 

 二丁拳銃の弾丸が無くなり、散々地団駄踏んでようやく腹の内が治ったらしい彼女は、悪態をつきながらガバメントを買い上げた。そんなに嫌なら自分で作れ。

 

 さながらつむじ風のように去って行った毒鳥を見送り、煙草のような物をもう一本取り出して燻らせる。口に広がるハッカの香りを空に吐き出し、イライラを落ち着けた。

 

 ちなみにこの煙草のような物の正式名称はミントシガー。火薬製造スキルで作れる、れっきとした火薬の一種である。元の葉を刻んでエネルギー結晶体に混ぜると催涙ガスを出すらしい。

 

 要するに飴だ。こっちの方がなんとなく格好つくから吸ってるだけだ。男の性ってヤツである。あと、周囲に愛煙家が多いのでちょっと憧れもはいっている。どうせここゲームなので何にも害にはならないし。

 

 ウィンドウを出して時間を見れば、そろそろいい感じの時間だった。予想外に毒鳥が粘っていたらしい。

 

 

 さて店を畳もうかと商品に手を伸ばした時、外の通りをもの凄い美少女が歩いていた。思わず咥えていた煙草を落とす。

 

  華奢な手足にスラリとした体躯、どこか猫科の猛獣を思わせる雰囲気と相まって、氷のような印象を受けた。瞳と髪の色は薄い青、このゲームで早々お目にかかれない、問答無用の美少女である。

 

 数瞬見惚れるが、そんな場合では無いと畳み掛けていた店を広げ直す。流石に今この場で店仕舞いは勿体ないだろう。

 

  少々の打算と見栄で銃の値段を上げ、銃種ごとに並べる。基本的にアンティークなのでどうにも見栄えは悪いが、これはもう諦めるしかないだろう。

 

 

「…こんにちは。ここ、まだやってるのかしら?」

 

「………あぁ。…好きに見ていくといい」

 

 

 背には小柄な少女に対して長過ぎる銃。素人でも分かるほどに洗練されたそのフォルムは、ただ精密さを追い求めた形をしている。これもまた珍しい、スナイパーなんて久し振りに見るな…。

 

 狙い撃つ、というのは存外に難しい。鼓動で揺れ、眼の瞳孔で揺れ、自身の手によって揺れる視界で、一発で仕留め切らなければならないというプレッシャーをかけられる。

 

 当然そんな面倒な事をするよりも、走って弾をばら撒いた方が勝率は高い。スナイパーに対する認識は、主に趣味とか浪漫とかそういう類でしかないのだが、それでもプロはいる。需要はあるのだ。

 

  しかし今回は縁が無かったようである。少女の求める物は、どう考えても狙撃銃だろう。当然ここにそんな物は置いてない。趣味人と暇人が金にモノを言わせて集める、ただのお飾りだ。

 

 

「…店主さん、これ以外に銃は取り揃えているの?」

 

「……無い。……が、その他なら受け付ける……」

 

「その他?」

 

「……武器の分解清掃だ…一回1000クレジット……」

 

 少女にそう答え、隣に浮遊するウィンドウを指差す。其処にはきっちり『武器分解清掃(種類を問わず)一丁1000クレジット』と書かれている。

 

 続いてその隣のウィンドウ…『武器改造(種類を問わず)一丁10000クレジット』と書かれた方を指差した。

 

 

「………規格はマイクロマシンガンまでだが、一応改造もしている……。好きに選ぶといい……」

 

「そう…」

 

 

 そう言ったきり、沈黙を返す少女。…ダメか、やはりコア向けのラインナップは、若い世代を取り込む力が無いらしい。当たり前と言えば当たり前ではあるが。

 

 …弾丸も取り揃えるべきだろうか?銃は無理でも、弾だけならば買う客も増えるだろう。出来るなら特殊弾を並べておくのもアリだな。モノ好きは確実に目を付ける。

 

 しかし俺の予想に反して、少女は背に下げた銃を取り、ウィンドウを何やら操作した。しばらくして俺の視界に『1000クレジットを受け取りますか?YES/NO』と表示される。

 

 なんと分解清掃初のお客様だ。正直、誰も頼みそうにないので、まさかそれを選択されるとは思いもしなかった。…愛着でもあるのだろうか?

 

 …さて、何はともあれ仕事だ。ただの清掃とはいえ、手を抜く事は許されない。

 

 

「……了承した。…清掃でいいな……?」

 

「任せるわ」

 

「……では銃をこちらへ……」

 

 

 銃を受け取った瞬間、思わず手先に力が入ってしまった。何故かと言えば、その銃がひっそりとした意識と冷気を伴っていたからだ。…偶に会う出来事ではあるが、この手の物は何かしらの『凄み』を持つのだ。例えるならやたらと斬れ味の良い刀剣であったり、やたらと命中率の高い銃であったりする。

 

 まぁ単に気の所為なのかもしれないが、俺の感覚は良く当たるのだ。それに頼りきるのも問題なので、しっかりと検査する必要はあるだろうが。

 

 受け取った銃の名はドラグノフ。有名ではあるものの、このゲームにおけるレア度は低い。…そもそも狙撃銃自体がそこまで強い訳では無いので、それはこの銃に限った話でも無い。

 

 性能は優秀の一言に尽きる。最低ランクとは言え、そのステータスは凡そ狙撃銃としての基準を満たし、使い勝手も良く取り回しも効く。

 

 難点としては威力の低さと命中精度。そして洗練されきっていないフォルムだろうか?何せ狙撃兵の有用性が認知されたばかりの頃の銃だ。当然それなりの欠陥も抱えている。

 

 

「……時間を取るがいいか?」

 

「構わないわよ。…何かあったのかしら?」

 

「………いや、特に問題はない。続けるぞ」

 

 

 ドラグノフ狙撃銃……。ある有名なスニーキングゲームを知っている人なら身近な存在ではないだろうか?ロシア語の頭文字を取ってSVDとも呼ばれ、近年に至るまで現役の有名過ぎる銃。

 

 今でも改良が続けられつつ製造されている銃というのは、総じて機構が優秀だ。それ以上弄る事が出来ない為、拡張性の低下というリスクも孕んでいるが…それも些細な事だろう。

 

 確か……AK47をベースとして、モシン・ナガンを上回る性能を叩き出す事を目標とした銃だった筈。立ち位置としてはマークスマン・ライフルが最も近い。

 

 とにかく頑丈。すこぶる頑丈。最前線にて戦う歩兵が使われる事を想定して作られた為、重量が軽いのも特徴の一つ。あと銃剣が取り付けられる。狙撃銃に必要なのかと問われると、正直微妙な所だが。

 

 …冷気の正体が掴めた気がする。成る程この少女、かなりのやり手らしい。天性の才能というヤツだろうか?

 

  ゲージを当て、深い亀裂や致命的な部分が無いかを一応確認した。耐久値に問題が無ければそんな事は無いのだが、偶に耐久値がフルの状態でも欠陥があったりするからだ。

 

  あちこちの傷を調べ、この銃の使われ方を把握する。…癖のない、本当に良い使われ方をされている銃だった。おそらく相当使い込まれているが、そこにマイナスのイメージは付かない。受け取った時と同様、静かな冷気を滾滾と湛えている。

 

 

「……」

 

「…?」

 

「……いやすまん、少し見惚れていた。良い使い方をしている」

 

「分かるものなの?」

 

「………なんとなく、だがな」

 

 

  溢れた言葉を濁して、作業を進める。…あまり詮索するのも野暮だろう。悪い癖が出てしまった。

 

 先ずドラグノフ狙撃銃の特徴とも言える、銃口から来る先重り。ライフリングの癖と煤の付き方から、補正にだいぶ苦労している節がある。この銃、バイポットがないのだ。

 

 続いてセミオート故の連射機構…。マークスマン・ライフルのコンセプトは、部隊が最も火力を発揮出来る800m前後の射撃だ。まぁこれは旧式なので600mが精々だろうが…。それ故に精密さのみならず速射力も求められる。…銃を見る限り、この少女は選抜手より狙撃手の方が向いてそうだな。

 

 その理由として、シリンダー内の煤が薄く層になっている事が挙げられる。それは一発撃った後のインターバルが長いと言う事。つまりほぼ一撃で敵を屠ってきたのだ、二発も必要ないと言わんばかりではないか。

 

 …さて、どう弄ったものか…。

 

 最も使われている姿勢は伏せ撃ち。伏せ撃ち>立ち膝撃ち>立ち撃ちと回数が少ない。一撃必殺、コールドボアショットの完成形、まさに理想のスナイパー像。ならば銃もそれに準じるべきだろう。

 

 バラされた部品の中から引き金付近のパーツを取り出す。トーションバネ…コイツが曲者か。それと弾倉抑えのフックと安全装置。どちらも長くて硬すぎる。これではスムーズな射撃は望めない。バネに使用されている金属ごと交換し、新規のパーツを組み込む。

 

 銃身はヘビーバレルに変更する。重く厚く太く長い。野暮ったく思えるぐらいの方が丁度いいな。目的としては命中精度の向上と熱伝導率の低下。これにより更なる精密射撃が可能となるだろう。

 

 銃床はやや切り詰め、チークパッドの初期位置を高めに変更、スコープは…お世辞にも良いものとは言えない。流石にスコープの方は値段が張るからな…せめて調整とレティクルのズレだけでも治しておこう。

 

 その後は銃製作の過程と同じだ。ひたすらに仮組みしては分解して歪みの矯正。清掃と言うよりは全面的な改造だが、一応許容範囲内だ。

 

 時間は20分と少々かかってしまっていた。まぁ、一応断りを入れたので大丈夫だろう。

 

 

「………出来たぞ……持っていくといい……」

 

「あ、ありがとう…」

 

 

 燃え尽きた煙草をすり潰し、新たな煙草に火を付ける。深く薫せた煙を昇らせて、曇った空に視点をずらした。完璧とは言えないが、やれるだけの仕事はした。これ以上は少女の判断に委ねるしか無い。

 

 

「…ねぇ、一つ聞いてもいいかしら?」

 

「………なんだ……?」

 

「貴方の仕事はいつもこういう物なの?」

 

「………そうだな、いつもと変わらん」

 

「へぇ、そうなの…」

 

「………不満か……?」

 

「あぁ違うの。そう言う訳では無くて…。その、私は一瞬で終わるものだと思っていたから…」

 

「………あぁ…」

 

 

 …成る程確かに。その質問は真っ当なものだ。こんな奇特な事をするのは俺くらいなものだ、そもそも生産職自体が少ないのだが。

 

 そもそも銃の清掃というのは、銃を持った状態でスキルのボタンをタップする事で終了する。その際の光景としては、実に簡素で質素なものだ。銃を渡したら光って終わり。特筆する程変わる訳では無く、新品同様の輝きを取り戻すだけだ。

 

 基本的に耐久値の回復を目的としている為、それでも十分なのだ。故に俺の方法は随分と奇妙に思えたのだろう。それはよくわかる。

 

 

「………このゲームは……とてもリアルに近い…」

 

「…」

 

「……しかし、あくまでゲームだ……。万人が遊べるよう、多少の調整はされている……」

 

 

 常人が出来る動きをゲーム内でする……。それは多分ゲームじゃ無くてもいい。ゲームは遊ぶ為にある。遊ぶと言うことはつまり、リアルとは違うと言うことだ。

 

 ここでは簡単に銃が撃てる。だけど専門知識がなければ、銃は危険な爆発物だ。だからどんなに汚れが付いていようと銃は暴発しないし、耐久値が無くなる以外で銃が壊れる事は無い。

 

 そうであるからこそ、そういった面倒なものが省略されているからこそ、この世界はゲームとして成り立っているのだ。

 

 ……だが例えそうだとしてもだ、このゲームはゲームのようでゲームではない。各所にゲームと思えない要素も確かにある。俺の場合はプレイに直接関係のあるものでは無いが、造る者としてこだわらずにはいられなかったのだ。

 

 

「……言い訳のようだが、俺は偏屈でね……。…リアルに近いのならシステムに頼らずとも、出来る事はあるのでは無いかと、そう考えたのだ……」

 

 

 チュートリアルのクリア報酬、武器清掃キットはアイテムだった。スキルを使えば一瞬で終わる筈なのに、何故道具が存在するのか。

 

 答えは簡単で、スキルを使用しながらアイテムを使用すると、実際の銃の分解と同じ事が出来る。何故そんな機能を付けたのかなんて、わかる筈もない。しかしこのゲームを作った人間は、きっと銃が大好きなんだろう。そう感じるだけの愛があった。

 

 

「………道具を手にして中古店を駆けずり回り、大量の武器を分解した……。…そこで見たのは、銃それぞれの汚れ具合が全く違うと言う事。…つまりゲームではあれど、リアルを基準にしている所もある……」

 

 

 何故汚れ方が違うのか。それは引き金を引くときの癖だったり、反動を逃すときの要領だったり、伏せ撃ちを多用したり、アクロバットに射撃したり…。それら様々な要因が、銃に多種多様な傷と汚れを残す。

 

 そんな所まで再現し尽くしたこのゲーム、作り手はこの世界が大好きなのだ。そうでなければこんな事をするものか。

 

 だがそんなこだわりも、スキルを使えばものの3秒で消えてしまう。しかし確かに現実に即した汚れ方をするのだ。ここまで作り込んでいるならば、当然内部も現実に近い動きをしている事だろう。

 

 

「………それならば、現実に近い整備をすれば銃はもっと輝くのでは無いかと。そう思ったのだ…」

 

 

 実際、現実に近い整備をしてやれば、どんな銃であろうとも力を宿す。通常の鑑定では先ず出ないパラメーターには、確かにバフが乗っている。そうは言っても、俺は銃を扱えないのでその違いを明確に感じ取る事は出来ないが。

 

 

「………長々と話してしまったな……。要は、コレは俺の意地だ…。…味気ない、光って終わりの整備よりも、こうして人の手をかけて直してやりたいと言う俺の意地に過ぎん」

 

「そう…」

 

 

 彼女はそう呟いて、手の内にある銃を眺めた。それは仮想の物体で、実際には文字数の羅列でしか無い。しかし、確実にその色味の深さを増し、実銃に近い迫力を持っているように見える。

 

 暫くそれを眺めていた彼女だったが、不意に射撃の姿勢を取った。銃床を肩にあて、左手で銃身をホールド。流れるようにセーフティーを解除し、ハンドルを掴んでコッキング。

 

 鋭く光る彼女の目が何かを定めた。一瞬の溜めの後、腹の底に響く轟音が響き、弾丸が獲物を食い散らかす…。

 

 多分それは幻だ。実際には鉄の擦れ合う小さな音がしただけで、何のことは無いドライファイヤだ。

 

 ……凄いな。彼女が全く読めない。初心者のようでもあるが、何処までも獰猛な肉食獣のようでもある。絶対に銃口の前に立ちたく無い。

 

 

「…私には整備の事はよくわからないけど…確かにさっきまでより格段に使いやすくなったわ…。ありがとう」

 

「………そうか…」

 

 

 …ありがとう、なんて久しぶりに聞いたな…。

 

 彼女はそう言って、銃を背中につって裏路地に消えて行った。あんな上客も珍しい。彼女ならばきっと、この世界でトップも取れるだろう。

 

 そんな人に扱われるなら、銃もきっと本望だ。…また会う時が、今から楽しみだな。


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