GGOのガンスミスがあまりにも不遇な件について 作:ひなあられ
「……やり過ぎたか……」
何百本と重ねられた日本刀から目を逸らしつつ、熟練度がMAXになった近接武器制作スキルに5種類程のスキルを統合してスキル欄にセットした。
やはり目論見は間違っていなかった。スキルは付け直しても熟練度が下がる事はなく、統合すると熟練度は下がるがスキルが複合スキルになる。
その状態で領土戦フィールドから出てもスキルの進捗は変わらず、統合されたスキルをセットする事が出来た。
やはりこれが正しい使い方なのだろうな。本来であれば生産職が武器を作ってリストに登録。他のプレイヤーがポイントを支払ってその武器を買えば、生産者にもポイントが入る仕組みと言う訳だ。
今俺が拠点のポイントを使えているのは、ここに俺一人しかいないからだ。拠点ポイントを使えるのは一試合毎にランダムで選出された一人だけ。いわゆるサーバー主的な立場になり、防衛拠点の強化などを拠点ポイントを使って行える訳だ。
今は自動的に俺がサーバー主な訳だが。
ともかく、準備は整った。次の検証をしようか。
「さて、どうなるか」
至高の一振り。素材から選定し、一から鍛え上げた日本刀を抜き放つ。目の前にあるのは崩れかけた鉄筋コンクリートの柱。現実では到底日本刀などで斬るものではない。
だが。
確信があるのだ。ここはゲームであり、現実とは違う物理法則が働いているのだと。
一歩。静かに踏み出す。
二歩。重心の全てを鋒に乗せる。
三歩。円運動の勢いのまま、刀を振り抜いた。
ぞん。
「……よし」
コンクリート製の柱は、真横に一文字の軌跡を残して見事に真っ二つになった。現実ではあり得ない挙動だが、ここで俺の仮説が正しい事が証明された。
常々思っていたのだが、オブジェクトに対する破壊の優先順位がどうなっているのか疑問だったのだ。
要は実弾でコンクリートを撃った時、コンクリートはどのように壊れるのか、である。
答えは実弾はコンクリートを破壊する。それも攻撃力が高ければ高いほど、より大きな破壊をもたらす。
つまりこのゲームにおいて攻撃力とは、オブジェクトに対する破壊権なのでは無いかと俺は仮説を立てた。これは一見するとどうでも良いような情報かもしれないが、俺的には無視できない法則だと思っている。
これまでのゲーム……と言うか大抵のテレビゲームにおいて、物体を破壊するにはそれなりの制約がある。
例えばFPSでは遮蔽物の運用が特に重要だ。しかし現実において、木箱やらベンチやらが遮蔽物として機能する事はない。しかしゲーム上の銃はそう言ったオブジェクトを貫通する事は出来ず、現実ではあり得ない物も遮蔽物にする事が出来る。
逆に爆発物などはある程度地形を貫通するようになっている。あるいは物体を破壊する事により、遮蔽物を無くせる訳だ。
だがこのゲームにおいては違う。攻撃力さえ足りていれば、物体の破壊権……つまり遮蔽物を壊せるという事。大型の銃であれば、薄い障害などは貫通できてしまう。
ではここから更に踏み込んで、ゲーム上の武器の攻撃力の数値を更に上げた時、本来であれば壊せる筈のない物も壊せるのかと言う疑問。
それを今、証明した訳だ。
最大熟練度かつ現状で使える全ての技術をつぎ込んだこの日本刀の攻撃力は、数値上で見ると戦車の装甲板すら貫通する。ここに右腕の義手によるパワーアシストも含めれば、おそらく宇宙船の装甲板すらぶった斬れるのではないだろうか。
ただし、相手の装備にプレイヤーの手が入っていない事が条件だが。
当たり前だけども、プレイヤーメイドによって上がるのは攻撃力だけでなく耐久値も上がるわけで。この法則が適用されるのは防御側も同じだろう。
でなきゃ火縄銃で弾丸なんか弾けない。……そう言えば耐久値の減少が想定よりもかなり低かったな。どっちにしろリロードも兼ねた修理によって壊れる事はほぼない訳だが。
「……問題は山積みだな……」
これで攻撃力は手に入れた。相手がどれ程の防御力を有するか分からないが、流石に戦車並みに硬いという事はないだろう。奇襲で一人は確実に持っていける筈だ。
とは言えそう簡単に行くとは思えない。まだまだ情報も準備も足りないな……。いっそ他のレベル上げの方法を試しても良いが、善意で案内された手前、簡単に投げ出すのも気が引ける訳で。
そんな時、マッチ権限者用のリスト表に5人ほどのプレイヤーが追加される。……考えてみれば誰も使わないとは限らないな。これだけのプレイヤーがいるのだし、俺のような物好きも居るのか。
「……あれ? 誰かいるんですか?」
「む、あぁ。ここにいるぞ。……マッチするなら権限を渡すが……」
「あ、いえ大丈夫ですよ。他のサーバーも立ち上げられますし。なんならクローズマッチにしてくれるならそのままでも」
「……クローズマッチ……? そんな項目どこにも無いが……」
「ええと、テストマッチって書いてある奴です。それを押すと25対25の小規模な陣地戦が出来るんですよ。あ、良ければ一緒にやります?」
「……あー、先に謝った方がいいか? そうとは知らず拠点ポイントをかなり使い込んでしまったのだが……」
「拠点ポイントを……ですか? いえまぁ構いませんけど……。って、凄いですね。日本刀なんて初めて見ました……」
「全て試作品だがな。……ところで、君らは何者だ? ここには滅多に人が来ないと聞いたのだが」
彼等は顔を見合わせると、口々に説明してくれた。曰く、ここに居るのは趣味人の集まりなのだと。
GGOのプレイヤーは大体3つくらいに分かられる。探索をメインに世界観の解明やレアドロを狙う攻略組、対人をメインに大会やPKを行う対人組、そして各々好きな時間にカジュアルに遊ぶエンジョイ勢。
彼等はこのエンジョイ勢の中でも、コスプレに特化した集団なのだそうだ。それも第二次世界大戦のコスプレを。
まぁ、サバゲーでもそこそこ見かける人種ではある。彼等に嬉々として見せられたリプレイ映像は、まさしく旧日本陸軍とアメリカ軍のぶつかり合いだった。それも硫黄島辺りで行われたような途方もない激戦である。
領土戦の初めはどこもこんな感じだったらしい。それが崩れ始めたのはアジアサーバーの追加とアメリカで有名な迷惑系配信者の存在があったからだとか。
アジアサーバー……言いたくはないが非常に治安がよろしくない場所だ。日本サーバーとは明確に区別されており、アジアと名が付いてこそいるが、実質的には中国サーバーそのものである。
なぜアジアサーバーと呼ばれているかは……向こうの国がごねたとか何とか。そんなことをしても日本は日本サーバーとして確立している訳で、あまり意味はないと思うが。
問題はそれが迷惑系配信者の火種になってしまった事だ。元々治安の悪いアジアサーバーに対するヘイトが溜まっていた所に、アメリカ側の迷惑系配信者がそれを過剰に煽り、それはもう大激戦が繰り広げられたと言う。
問題はアジアサーバーと日本サーバーの区別のつかない人間がかなりの数いて、過剰な煽り行為と共に執拗なキルを繰り返す。なんならアジアサーバーにいた人間もこれ幸いにと日本サーバーに乗り込み迷惑行為を働く始末。
しかしこの事態に運営は静観を決め込んだ。と言うのも元々荒々しい世界観がモチーフのこのゲームで、罵詈雑言の類はある程度許容されている。彼等のした行為は決して褒められたものじゃ無いが、ルール上は何も問題ない訳だ。
だがこれのせいで日本サーバーでの領土戦は全くと言っていいほど行われなくなった。言葉はわからないが、明らかに煽られるのは決して気分が良いものではない。
そもそも日本とアメリカでは文化が違う。向こうは面と向かって煽り合う行為はさして珍しいものではないが、こちらは面と向かって罵声を浴びせるような奴は即刻村八分だ。
ネットなどの匿名性の強い場なら幾らでもイキれるが、相手の顔がある場所でそれをやる人間はほぼ居ない。良くも悪くも、日本サーバーは治安が良すぎるのだ。
そんな事情を経て誰もいなくなってしまった日本サーバーだが、それでも一定の人間が出入りするのには理由がある。
そう、それこそがコスプレ。第二次世界大戦程で発展が止まってしまった日本サーバーで入手できるアイテムは、その全てが旧陸軍の代物なのだ。
領土戦で買った武器ならばデスペナで奪われる心配もない為、好きなだけ趣味の装備にポイントを注ぎ込める。なんなら課金によって購入も可能なのだとか。
そして敵になる側もわざわざ自前の装備で戦おうなんて考えないし、結果として公正なルールのもと擬似的な陣地戦が行える、と言う訳だ。クローズドマッチという存在が無ければ、1人もこのサーバーに残らなかっただろうと彼等は言う。
GGOというゲームの中で、全く別の新しいゲームを行う。まさしくこのゲームを楽しんでいると言っても過言ではない。
「ふむ……なるほど、そう言う事情があるのか……」
「まぁそうは言っても非公式ですしね。cypressさんがやりたいようにやって貰えれば……。僕らに公式の領土戦をやる意思は無いですし」
「……しかし、なぁ、勿体ない話だ」
「……勿体ない、とは?」
「君らは高レベルかつ、かなりの練度があると見た。古めかしい装備だが、洗練され非常に実戦的だ。今の装備のままでも、領土戦で無ければプロとして稼げるのではないか?」
「ははは、そんな大袈裟な。僕らなんてサクッと狩られて鴨にされるのがオチですって。それに、せっかく揃えた装備を落としてギスギスするのも嫌ですし、僕らはこのくらいが丁度良いんですよ」
「……ではなぜ他のゲームに移らないのだ? わざわざこんな所でしなくても良いのでは……」
「他のゲームはクオリティがちょっと……。銃って近接武器なんかより余程難しい機構をしているせいか、ゲームデータに起こすのが難しいみたいなんですよね。その点、このゲームは惚れ惚れするクオリティですし」
……勿体ないなぁ、実に勿体ない。彼等をどうにか引き込んで装備を持たせれば、相手がいかに規格外とは言え、多少の損害は出せそうなのだが……。
いや、そうだな……これだけの熟練者が50人近くいるのなら、今の領土戦の何か致命的な弱点を突けば、案外アッサリ勝てるのでは?
まだ検証も何もしてないが、一応目処は立っている。……それに、ここで彼等を手放すのは実に惜しい。ここは一つ、交渉してみるか。
「……ところで物は相談なんだが、俺と共に公式戦に参加しては貰えないだろうか?」
「あー……えっと……」
「言いたい事はよく分かるとも。先程の話を聞いて何も思わない程、俺も鈍感ではない。
しかし、なぁ。だからこそ腹も立つ訳だ。幾らルールが許すからと言って、奴等のした事は野蛮で下劣な猿以下の愚行だ。それを許す運営にも腹が立つし、結果として一つのサーバーが機能不全を起こしているのならば、それは健全な運営とはとても言えんだろう。
そう言う訳で、俺は奴等を完膚なきまでにぶちのめしてやろうと思うのだよ」
「……えぇ……。貴方、腹が立つって理由で喧嘩売るんですか? それも勝ち目のない無謀な喧嘩を……」
「無謀ではない。勝算もある。だが俺一人では難しいのだ。故に君らに交渉を提案する」
「交渉、とは?」
「一つ、第二次世界大戦時代の武器レパートリーを増やそう。この日本刀を始めとして、揃えたい武装は幾らかあるのだろう? 君らが言うだけ全て作ってやろう」
「は、はいぃ!? 作れるんですか!?」
「あぁ。流石に戦車やらは無理だがな。……今の時点では(ボソッ」
「た、大変だ、すぐに皆んなに知らせないと……!」
「まぁ待て。まだ提案はある」
「いや、今ので十分なんですけど……」
その言葉を意図的に無視して、右腕の裾を捲り上げ手袋を外す。
現れたのは鈍色に光る鋼鉄製の義手。本来人に付いているべきでないソレに、先ほどとは明らか別種のどよめきが生まれる。
その視線を浴びながら、ゆっくりと義手を動かし続ける。それが夢幻の類でもなく、そこにしっかりと存在している事を見せつけるように。
立ち上がり、右拳を強く握り込んで思考コマンドを入力。前腕部分の排莢機構が作動し、薬莢にも似たエネルギーパックを排出した。
ガキンッ! と排莢機構が閉じ、各所に存在する僅かな隙間から赤い光がうっすらと木洩れ出る。ビュウウンという僅かな作動音に合わせて静かに水蒸気が立ち昇った。
5人分の目線を釘付けにしたまま、腰の日本刀に手を置き、居合の構えを取る。対象は目算にして2メートルは離れた石柱。当然斬れる訳もないが、まぁ斬るつもりもない。義手の動きだけ見て貰えばそれで十分だ。
抜刀。
斬
その瞬間、刀から何かが『飛んだ』
それは刀を振った軌道をなぞるように斜めに飛んでいき、石柱に命中。そのまま通り過ぎていく。
驚きつつも納刀だけは無意識に行なっていた。パチンと鞘に収まると同時に、石柱がゆっくりとズレていく。ズズンと砂埃をあげて斜めに断ち切れた石柱が倒れる。
……本来ならこの義手を使わないかと提案するつもりだったのだが、この時の俺は非常に動揺していた。しかし交渉の場でその動揺を見せる訳にもいかず、何とか飲み込んでこんな事を言ってしまったのである。
「……さて、諸君。
力が欲しいか?
交渉は無事に成立した。……が、この先延々とこのネタで弄られるとは思いもしなかったのである。