緑溢れ、時折、鳥の囀ずりが聴こえる森の中で突如、静かな雰囲気に似つかわしく無い低く唸る様な音が響き渡り出した。
同時にうっすらとだが、徐々に不思議な青いboxが姿を現す。
次第に確りと姿を現した、青いbox。
すると、boxに取り付けられた扉がガチャリと音を発する。
「ようこそ!千年後のトリスティン魔法学院へ!」
そう言って中から一人の蝶ネクタイを占めたヒョロッとした男が出て来た。
それに続いてピンク色の綺麗な髪を長く伸ばし、気が強そうな中にも幼さを残した美少女と言っても差し支えない容姿をした少女もまた、boxから出てくる。
「ここが、千年後の魔法学院?ちょっと、ドクター!本当なの?」
「当然だろ?ルイズ、自分の学院もわからないのかい?見てみなよ!千年という時を刻み込んだ名門校の、この鬱蒼とした森!・・・森?」
ビックリしたと言う様に改めて、周囲を見渡すと男、ドクターに少女、ルイズが問い詰める。
「場所、間違ったんじゃないの!?」
「いやいや、この座標であってるよ!ここは魔法学院の千年後の君の部屋の筈だ」
じゃ、どうなってるのよと言い掛けてルイズは一つの嫌な予想が頭に浮かぶ。
「まさか、魔法学院は廃校になっちゃたのかな?」
かろうじて、そんな訳ないと頭を振って、その可能性を排除しようとしていたルイズの気も知らずにドクターは事なげもなく言う。
「こっ、このバカ使い魔!そんか事ある訳無いじゃない!」
「えっ?だって、千年後のトリスティンだよ?ほら、良く見たら蔦の間に城壁みたいなのが、有るし」
確かによく観察すると、見覚えありそうな城壁がちらほらと森に埋まっているのが見てとれる。
「嘘よ!トリスティン魔法学院は歴史ある学院よ!たかが、千年で廃校になる筈ないわ!」
いくら魔法が出来なくて、あまり良い思い出が無い学校でも自分の母校だ。
それだけにルイズは絶対に信じられないとドクターに詰め寄る。
「うーん。そんな事を言っても、これも歴史だからね」
「うっさいわね、良い!魔法学院は単なる学校じゃないのよ!貴族の由緒ある学校なのよ!そこが無くなったなんて!だったら、トリスティンにも何かあったって事じゃない!きっと、別の場所よ!!」
「そこに居るのは誰だ!?」
突然、第三者の声が響き、ルイズはビクッと肩を震わせて声の聞こえた方向に杖を抜き、振り向いた。
「ここは、立ち入り禁止エリアだぞ!何をしていた!?」
怒鳴りながら、近付いて来る初老の男性だった。
ルイズはその男を見るとホッとしたように胸を撫で下ろした。
男はトリスティン魔法学院を守る衛兵の姿をしていた。
「良かったわ。貴方、ここが何処だか解るかしら?」
「はぁ?何を言ってんだ?ここは、トリスティン魔法学院遺跡だろう。頭は大丈夫か、嬢さん?」
「いっ、遺跡って何よ!それに貴族に対して何て口の聞き方を!」
「何だ?本当に頭は大丈夫かよ?まぁ、良い。お前らちょっと、事務所まで来い!」
そう言って、衛兵は顔を真っ赤にして憤慨するルイズの手を取ろうした。
そこにサッとドクターが間に入ると懐から、一枚の紙を取り出して衛兵にかざして見せた。
「僕らは怪しい者じゃないぞ。こう言う者だ」
「これは!政府の文化財保護局のお方でしたか!」
「そうさ!これで良いだろ?」
「はっ、はい!それはもう!」
いきなり、恐縮する衛兵にルイズは不思議そうにドクターに小声で質問する。
「ドクター、彼に何を見せたの?」
「これかい?これは、サイキックペーパーって言って僕達に都合の良い身分を相手に見せる身分証さ」
衛兵に気付かれない様にウィンクをしてドクターが答えるとルイズは便利なマジックアイテムねと頷く。
「ところで私は今日、何の用で?あと、保護局の方が来るとは連絡を受けて無かったのですが?」
「何、実はトリスティン魔法学院史で新たに判ったことがあってね。君に連絡が行って無かったのはこちらのミスだろ」
すまないねと衛兵に笑い掛けた。
「そうですか、わかりました。では、ごゆっくりと調査をして下さい。私は事務所におりますんで」
「ああ、ちょっと、待ってくれるかな?君は警備員でガイドだろ?」
踵を返しかけた衛兵にドクターは声を掛ける。
「え?まぁ、そうですが?何か?」
「是非、ここの解説を頼めるかな?ほら、僕の付き添いの娘は僕の仕事に着いてくる様な歴史マニアでね。この遺跡で働く君の解説を聞きたいんじゃないかなって!」
ドクターに頼まれて衛兵、改めて警備員兼、ガイドの男は良いですよと快諾するとゴホンと咳払いすると芝居がかった調子で二人の前に立った。
「ようこそ、紳士淑女の諸君!我が、歴史あるトリスティン魔法学院へ!我輩は名門の貴族の子弟が集まるこの学園で警備を任されている衛兵である!おや、よく見ると、そちらの新入生の生徒では無いかな?」
ドクターは面白そうに聞いているが、ルイズは不機嫌そうに、そんな風に喋る衛兵なんて居ないわよと呟いている。
「まずは、この学院の始まりから、汝らに教えて差し上げよう!」
「そんなの知ってるわよ!聞きたいのは何で学院がこんなになっちゃたのかよ!」
段々と役にノッて来ていたガイドにルイズはピシャリと言う。
ガイドもちょっとビックリした様子だったが、気を取り直してまた芝居がかった調子で始める。
「いやはや、ご貴族様のご機嫌とりは大変だが、ご要望ならば答えるのもまた、衛兵の務め!では、お答えしよう!さる、三百年前に大地は突如としてゆれ動き、学園の建物に相当なダメージを受け申した!」
「フム、地震のせいか、耐震構造なんて無かったから、かなりヤバかっただろうね」
倒壊した塔は多く、巻き込まれた生徒達の生存は絶望的だった。
しかし、王宮から駆けつけて来た救援隊は驚くべきものをみたのだ!
確かに学院は崩壊していただが、不思議な事にメイドや衛兵を含め、生徒、教師に誰一人として死者が出ていなかったのだ!
もちろん、負傷した者すら居なかった。
訳が解らず、どうして無事だったのか訪ねるが、全員が同じ様にわからない、気付いた時には皆で外に居て地揺れで倒壊する学院を見詰めて居たと言うのだ!
後にブリミルが奇跡を起こして下さったなど、色々な噂があったが、真相は未だに分かってはいない。
「成る程。で?その後、学院はどうなったのよ?」
「学院は首都のトリスタニアに移って、今も由緒ある学院として続いている」
場所が移っただけと聞いてルイズはホッと胸を撫で下ろした。
「以上ですが、まだ何かありますか?」
「いや、良いよ。ありがとう」
ガイドにお礼を言って、ドクターはルイズに向き直る。
「よーし!それじゃ、行こうか!」
「今度は何処によ? 」
「トリスタニアにさ!もしかして、せっかく此処まで来たのに未来の世界を見ないで帰るのかい?」
ドクターに言われてルイズは最初にターディスに入れられて訳のわからない内に未来に来たというのに、ここが本当に未来の世界なんだと実感して来て、自分の好奇心が強く刺激されていっているのに自覚する。
「もちろんよ!エスコートしてくれるかしら、ジェントルマン?」
「では、お手をどうぞ、お嬢様」
ニッコリと腕を差し出すドクターにルイズは、この時代に来る前のどうしようもない思いなど忘れて腕を抱く。
そして、二人は意気揚々と『順路』と書かれた標識を見付けて、標識に沿って出口を目指して行く。
そんな二人を影から見詰める人影には気付くことはなく。