スティール クロニクル ~シミラー・アポクリファ~   作:永庵呂季
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004 コマンド・ポストの動揺

■S.I.V.A極東支部<ヨコハマ>
発令所(コマンド・ポスト)
■同日16:30

「望みは薄いわね」
司令官であるマルティナ=リリエフォッシュは、発令所(CP)の前面にある巨大なスクリーンに映し出された渋谷区のグリッドマップから目を離さずに呟いた。

哨戒任務中だった第二小隊<サンド・クローバー>からは、音声通信を含むすべての信号と連絡が途絶えていた。
シグナル・ロストから、10分が経過しようとしている。

「この規模では……もう……」
司令席から一段低い位置で回線復旧のオペレートをしていた通信管理担当のルゥ=シャオイーも沈鬱な表情を浮かべる。彼女のデスクに設置されているディスプレイには、かつてない規模の赤い光点――つまり鋼鉄蟲が街を覆い尽くさんと、さらなる増殖を続けている状況がリアルタイムで観測されている。

S.I.V.Aが独自に打ち上げている最新鋭の統合戦略人口衛星<Z.EUS(ゼウス)>から送られてくる地表データからの観測は、鋼鉄蟲1匹から光点で表示することが可能である。
その精密なデータをもってしても、渋谷の地形データを広域表示させると赤い<点>ではなくもはや<面>で塗り潰されていくような状況であった。

<Z.EUS>の通信波は2035年現在、確認されているすべての妨害電波に対して有効な独自の電子的特殊被覆加工(コーティング)がされている。その強固な電送システムには、それに見合った受信側の解析装置が必要になってくる。

発令所の最新機器であればモニタリングすることは容易だが、その情報をそのまま受け取るだけの複雑な解析機能が、現行のSS(スティール・スーツ)には実装されていない。

残った3小隊には帰投命令を出すべきか……。

マルティナはルゥの背越しに鋼鉄蟲の発生状況を確認して、全機に撤退の指示を出すべきか迷った。

あの赤い絨毯のような状態にあっては、武装すらしていない民間人の生存者がいるとは思えなかったからだ。

救うべき命がないのであれば、体制を立て直してから殲滅戦へとミッションを変更すべきではないか……。救助を考える必要が無いのであれば、武装もより破壊力の高いものへと換装させることもできる。

だが――、とマルティナは宙を睨む。
通常の通信周波数でどこまで繋がるか……。先程から電波の気まぐれで時折、通信が回復することがあるが、そのチャンスを待つしかないのが現状である。

迷っている時間はない。遅くなればそれだけ搭乗士(ハウンド)たちを不要な危険に晒してしまう。

「ルゥ、現存する全小隊へ通信。繋がるまでコールし続けて。この区域から――」
「待ってください」とマルティナを遮るようにヘッドセットへ手を添える。「米軍からの国際共通回線(オープン・チャンネル)です」

キーボードを操作して、送られてきたメッセージを前面のモニターへ表示させる。


 >フレズベルクを目視で確認。
 >座標   :145-B482。
 >部隊名  :不明
 >部隊国籍 :USA
 >部隊コード:不明
 >詳細項目 :不明


おそらく、現在作戦に従事している全ての軍へ向けて発信されたものだろう。
外部の部隊に必要のない情報はすべて電子的なマスキングが施されている。

「<サンド・クローバー>から受けた連絡の裏がとれたわね」
通信が途絶する直前に、フレズベルク発見の報告は受けていたが、無線のみの不確定な報告だけでは「フレズベルクがいるらしい」という程度の警戒喚起しか流すことができないでいたのだ。

「でも……<サンド・クローバー>が発見したと推測される地点からかなり距離が開いていますね。通常のクラス・アドミラルの行動パターンと一致しません」
「ジャミングによる誤差……ではないとしたら、確かに妙ね」

どういうことなのかしら……。確認したくとも、目撃した両部隊とは連絡の手段がまったくない。
おそら<サンド・クローバー>はそのまま応戦し――想像したくはないが――撃破されてしまったのだろう。
通常のパターンで出現しているのであれば将官級(アドミラル)とはいえ、決して倒せない相手ではない。

「送られてきた座標データからフレズベルクの位置を追跡できないかしら」
マルティナが問うと、ルゥは即座に無言で首を振る。
「蟲の出現数が多すぎます。いくら最新鋭とはいえ、<Z.EUS>はまだ建造途中のシステムですから。処理能力を最大にしても識別するまでに数時間はかかると思います」
「そう……よね」
無理だとわかっていてつい、口に出してしまう。司令官としてはまだ未熟な証拠だ。

S.I.V.Aの全通信と攻撃・防衛システムのほぼ全てを一括管制するために組み上げられている人工衛星<Z.EUS>。たとえ完成していたとしても、その機能を索敵だけに使うわけにもいかない。
よしんば索敵だけに機能を集中させたとしても、解析できる頃にはそのデータを送る相手など作戦区域に誰もいなくなっているだろう。

どの小隊でも構わない。どれか1機だけでも音声通信だけではなく、相互データリンクができれば……。

<リンクス1>とその上位機種である<リンクス2>に搭載されている近距離レーダーであれば、接敵した相手の情報をメーティのライブラリから検索できる。その位置情報さえ送られてくればアドミラル級を<Z.EUS>で補足(ロックオン)できるはずだ。

しかし――と、マルティナはさらに赤みが増したように感じる戦略マップを眺める。
この数ではどうしようもない。空と陸から挟撃されて、それに応戦しつつ不安定な通信回線で繋がるまで鋼鉄蟲の情報を流し続けることなど、小隊規模で対応できるレベルではない。

最良の手順で言えば、まずフレズベルクに対して――倒せないまでも――ジャミングを中断させるレベルのダメージを与え、その隙をついて通信システムを復旧させる時間を稼ぐことだ。

――理想で作戦を考えているなんて。

マルティナは自分を戒めるようにきつく目を閉じて首を振った。

短いコール音が室内に響く。すかさず応答するルゥの声が小さく震えている。

「司令っ! 第三小隊<シー・ダイア>より増援要請です」
「<エア・ハート>の進行状況は?」
思考を即座に切り替えて、マルティナも自分の手元にあるタッチパネル式のディスプレイで各部隊の状況を確認する。
算出された予想到達時刻は、5分後。

「5分持ちこたえて! すぐに助けがくるわ」
ルゥに代わって、司令であるマルティナがヘッドセットから呼びかける。

『ダメです! まる――地獄の――が開いたような状――です!』
ノイズ交じりの応答。
フレズベルクのジャミングが影響しているのだろう。

しばらくすると、回線が強制的に切断された。耳触りなサンドストーム・ノイズが数秒続き、自動でノイズが消音された。
「通信回線ロスト!」
ルゥが声を震わせて叫ぶ。

しばらくして、発令所の前面モニターには<シー・ダイア>各機の記号の上に<LOST>の文字が黄色く浮かび上がる。

いきなりの静寂。所内全員の息をのむ気配だけが満ちていく。

やられてしまったのか……。それとも<Z.EUS>がトレースしていた機体識別装置(IFFS)に損傷があったのか……。

重苦しい沈黙の中、電子機器の無機質で規則正しいピッチ・ノイズがいつも以上に大きく聞こえる。

……お願い……間に合って。

第四小隊<エア・ハート>の4機が山手通りを進んでいく。それぞれが記号化された三角形の中に<エア1>から<エア4>までの識別番号が振られている。
彼らの周囲も、敵の赤い光点で埋め尽くされていて、進軍速度は芳しくなかった。

拠点防衛としてS.I.V.Aの各支部に割り振られるSS部隊は最大で中隊規模。
つまり、現在出撃している全部隊である。

ことに軍隊の密集地域である日本では<スティールエナジー>の最大貯蔵施設という題目がなければおそらく半分の人員で運営されていただろう。
マルティナ自身、着任前に目を通した資料の中で()()()()()()()()()()()()()()()と疑問に思ったほど、情勢は安定していた。

SS部隊で中隊規模を保持しているということは、軍隊の旧編成における連隊クラスの攻撃力と制圧力を持っているということである。

誰かがこの事態を予見していたとは考えにくい。貯蔵施設の警護がそれだけ重要だということなのだろう。

しかし、今の状況ではその中隊規模を持ってしても、まったく足りていない。
援軍を待つ<シー・ダイア>は、もうすぐ弾薬が尽きてしまうだろう。攻撃手段を失えば、彼らは10秒とかからずに鋼鉄の棺桶の中で残酷な死を迎えることになる。

「……どういうことでしょう……なにか、変です」とルゥがモニターから目を離さずに声を漏らす。
「どうかした?」
なんでもいいから希望的なニュースが欲しい。
マルティナは小さくつぶやいたルゥの言葉に、自分でも驚くほど敏感に反応していた。

「蟲の動きが、二分化しているようです」
ルゥがキーボードを操作し、時間経過による鋼鉄蟲の移動分布状況をトレースさせてみせる。
「――シブヤに留まる群れと、ヨコハマへ侵攻してくる蟲……。確かに大きく分かれてきそうな動き方ね」
前面モニターに映し出された状況図をリピート再生させたまま、マルティナはそれを怪訝な面持ちで眺め続ける。

北欧で発生した<ギャルホルン>のときとは違う。中心点はノルウェーのトロンハイム付近だと推定されている、その大規模発生時のパターンは――西側に面する海上を除いて――ほぼ円心状に無作為に拡散していった。

軍による攻撃、地形的制約なども関係するが、それでもその侵攻ルートに明確な意図は感じられなかった。
しいて挙げれば、より人工物が多く熱量が多い場所へ向かう傾向があったということくらいである。

当時はスティールエナジー理論が確立されはじめた頃でもあり、世界各国でその運用についての試験評価が行われていた。とうぜん、熱量が多く発生するこれらの研究機関は軒並み襲われ、その後のエナジー絶縁処理システムが確立されていった経緯がある。

「蟲どもが一番好きなエサ……スティールエナジー」
マルティナは無意識に親指の爪を甘噛みする。

しかし、渋谷地区に貯蔵されているスティールエナジーなど存在しない。少なくとも公式上、どのような機関もそのような発表はしていない。

鋼鉄蟲の推移をつぶさに観察してみる。渋谷に残留している赤い面と化した蟲の群れは、その外縁の部分で行きつ戻りつしている。

……何かを探している?

その間にも侵攻部隊となるもうひとつの大群は国道246号線、あるいは山手通りを中心に南下をはじめている。

……渋谷になにがあるというの?

答えも決断も下せない状況。極東支部の発令所(CP)は重く粘りつくような焦燥感に包まれていった。