1941年1月1日
はっぴーにゅーいやー。あけおめ。今年もよろしく。
……さて、昨日一晩ぐっすり寝て……しかし、あんまり気分は晴れないな。
昨日明らかになった事実が……うん、ちょっと衝撃的だったわ。
……まさか、僕とゾフィーが親子だとは。
僕が……彼女と同じ、クローン人間だとは。
僕別に、虚弱体質とかでもないんだけど……ああでも、どこだったかの研究成果で、クローンを母体にして生まれた次世代には、短い寿命とか、虚弱体質は受け継がれないことがある……って、聞いたことあるな。前世でだけど。
いや、正確には一部……頭に不調がある、ってのが受け継がれてたんだろうな……僕の幼少期の、記憶の欠損やら何やらは……そのせいか。
……正直、ゾフィーとの親子関係については……別に思うところはない。
というか、突然すぎてどう受け止めたらいいのかわからない、って感じだ。
まあ、驚きはしたけど……それ自体は『ふーん、そう』くらいのもんだしな。
元々孤児っていう身の上だったこともあって、親ってもんをそもそも知らないから、『あの人が僕の親じゃなかったなんて!』っていう驚きは……ない。
それによって本来は揺らぐことになる、下地がないから。
里子に出された先での親子関係や、その後のおじさんとの関係は……まあ、それはそれだ。
一晩考えてみて、確かに衝撃的ではあるものの、だからってショックだとか、悲しいとか、悔しいとか……そんな感じの感情は出てこないことに気づいた。あくまで、意外なところから明らかになった血縁関係に驚いただけだ。
……まあ、よくわからないもやもやっとしたものは、一応頭の中にあるんだけど。
……問題はむしろ、ゾフィーの方かな。
今朝、面会謝絶が解けて……会いに行ったんだよね。
そしたら、出合頭にもう……泣かれた。
曰く、理由なんてない、それでも……涙が止まらなくなったと。
ベッドの横に座った僕の手を取って、また泣いて……ひとしきり泣いたら、ぽつりぽつりと話し始めた。
目覚めた時は……エイルシュタットが憎くて仕方がなかったこと。
王家の子孫も、国民も、全部全部殺しつくさなければ気が済まないくらいに、憎悪が煮えたぎっていたこと。
それが……今もなお、『白き魔女』の名でエイルシュタットのために戦っているイゼッタの存在や、彼女との交戦、そしてそれを邪魔したゼロとの戦いで、一層燃え上がっていったと。
しかし、そんなある日……ベルクマン中佐と並んで、自分の担当になるであろう者について聞かされ、その写真を見せられて……愕然としたらしい。
どうも、僕の顔は……多少ではあるが、当時のエイルシュタット国王――つまりは、僕の実の……って言っていいのかはわからないけど、父親――の面影があるらしい。若い頃の。
直感したそうだ。この写真の人物が……一体、誰なのか。否、何なのか。
その当時、ゾフィーは、お腹の子供も一緒に再生するケースがあったとか、そのうちの1体が行方不明になってるとか、そう言う情報はまだもらってなかったはずだけど……それでもピンときたらしい。かつて、産んであげられなかった……我が子だと。
自分と同じように、今の世に生まれ、元気に生きているのだと。
研究員に言って、『この新しい体を使いこなせるように勉強させろ』って名目で、過去の『魔女』関連の研究資料を取り寄せ……その中から、例の『子供』のことを知った。
その数日後、顔合わせのために現れた僕と対面して……
……救われるような思いだったそうだ。
数日前まで、憎悪しかなかった心の中が……僕の顔を一目見ただけで、晴れ晴れとした気分になって……このまま、何もかもどうでもよくなりそうなほどに。
気が付いたら、抱き着いてキスしてたそうな。
そして、僕に直接接触したその時……僕が、先だって戦ったゼロ本人だということや、自分のように体に何も不調なく健やかに育っていることを、魔力を介して感じ取って……安心したって。
……そんなこともできるのか、魔力って……まだまだ僕らも研究不足だな。
そして、その後は……結局、それ以外の話……戦後処理のこととか、彼女が今後どうなるのかとか、そういう話についぞ行けないまま……面会時間終了。
……その後、こっそりもう1度病室前まで、少し時間をおいて戻ってみたんだけど……その時に、病室の中から聞こえてきた声が、ちょっと……心をぐらつかせるというか。
『……いやだ。死にたくない』
『……せっかく、せっかく……あの子に会えたのに。あの子が、生きかえっていてくれたのに!』
『私、あの子にまだ……何も、母親らしいことを……』
『あの子と、一緒にいたい……! もう……もう、離れ離れになるのは嫌……!』
嗚咽交じりに聞こえてきた、そんな言葉に、どうしようもなく胸がざわついてたのは……アレか。僕も感じ取ってるのか。心のどこかで、あるいは本能的に……
あの、ベッドの上で、華奢で弱弱しい体を横たえている、同い年くらいの少女が……母親なんだと、理解しているからなのか。
かつて、その身の内に僕を宿し、生まれる前に母子そろって焼かれ、結果として離れ離れになり……しかし数百年の時を経て試験管の中から蘇り……再会できた肉親だと。
僕は、天涯孤独の身の上じゃなかったんだと。そう感じ取ってるからなのか。
……わかんない。寝よ。
1941年1月2日
……昨日はそこまで考えが及ばなかったけど、なんかエイルシュタットの方では、思った以上に大ごとになってるっぽい。僕の出自が。
まあ、あの話が本当なら、僕……エイルシュタットの王家の血、引いてるもんね。
不倫?の結果としてできた子ではあるけど、そんなん昔の、中世とかじゃ珍しくもないだろうし……王位継承権、ってーの? どうするかとか。今からでも王家に迎え入れるのか、とか。
まあこれは別に、ほどなく結論が出るだろうけど。
大昔の話、しかもクローン人間にそんなこと認められるはずもない。『なかったことにしよう』で終わりだろう。
あとはまあ……僕とゾフィーに口止めをして終わり、かな。
うん……大ごとに『なりそうだった(過去形)』の方がいいか。
……そういや、戦後の政策の一環として、僕をフィーネの婿として取ればどうにか何もかも収まるんじゃないか、なんて話もちらっと聞こえたけど……冗談、だよね?
それともう1つ……ゾフィーの扱いについて。
ゾフィーが魔女として戦って、こちらにもたらした損害は……実は、そこまでじゃなかったりする。少なくとも、表向きには。
当初の予定通り、皇帝の命令で、ランツブルックやらロンデニウムやら、あっちこっち焼き払ってれば、そりゃ厄介なことになったんだろうし、被害もすごいことになってたんだろうけど。
最初にやった(と思われる)アレーヌ爆撃は、表向き軍がやったことになってるし、
その後、イゼッタやエイルシュタットの軍と戦ったわけだけど、イゼッタの奮闘で、ほとんど被害は出なかったし(ゾフィー由来の)、
その後はゾフィー、療養で外に攻め出てないし、
その次は、イゼッタを倒したものの、ゼロに阻まれて侵攻は失敗してるし、
それ以降は……せいぜい小競り合いに出てきたくらいだ。
『デスドレン』での最終決戦も、終始イゼッタと一対一だったので、周りに被害は……流れ弾くらいでしか出ていない。
そして、ゾフィーは……兵士として登録もなく、非正規兵扱いだ。国際法規では保護されないものの、同時に明確に罰則を与える規定もない。あら捜しすれば別だけど。
するとどうなるかというと……明確に、直接被害をこうむった国の法律に当てはめて、非正規兵は処分する場合がほとんどだったりする。
その場合、当てはまるのは……エイルシュタットだ。
そして、エイルシュタットの国家元首……フィーネが、なんか……ゾフィーの処罰に否定的だ。
うん……ご先祖様のやったことを悔やんでるというか、負い目に感じてるみたいだ。
免罪、は無理としても……司法取引とかでどうにかできないか、模索している様子。
難しい、と思うけどね……建前がそうでも、彼女の立ち位置の特異性は、そこらの非正規兵とは比較することすら間違っているレベルだ。
『魔女』なんて……アトランタじゃないけど、十分に危険因子として見られるだろうから。
……まあでも、方法が、ないわけじゃないけどね。
法律を根拠にするんじゃなく……もっと万民にわかりやすく、処罰そのものを『不当』にしてしまうような方法、ないし主張なら……どうにかなるだろう。
そのための手段は、ある。
ただでさえ突拍子もない『クローン』なんて技術がこうして表舞台に出てきてるんだから……そのごたごた?に紛れる感じで色々と仕込めば、助命自体は難しくないはずだ。
……それに、だ。
まーなんというか、現金な話だけど……僕も、まだ色々と話したいことはある。
話しておかないと、ちょっと後で後悔しそうなことは……ある。
……もし、何も知らないままだったら……同情して悩みつつも、最後には非情な判断を下すこともできた……のかもしれない。
けど……まあ、今となっては。
……ついさっき、研究部門から届いた……細胞サンプルの鑑定結果。
僕との一致率99.86%……という結果が書かれた紙を読んで……そんな風に思ってしまったので……なんというか、うん。
……だめだ、うまく頭が回らん。
1941年1月4日
とりあえず……ゾフィーのことは、その背景その他も含めていったん全部保留、ということになったので、その間に戦後処理を着々と進めていくことになった。
一応、すっぱり頭だけを刈り取ったので、統治機構とかは全部そのまま利用できる状態だったのが幸いした。
さらに……言っちゃなんだけど、占領した国を統治するってのは、帝国のお家芸みたいなもんで……閣下たちはじめ、経験者・有識者が何人もいたので、苦労もしなかった。
色々と、賠償とか、改革とか、やることは多いけど……ノウハウはそろってるから、おおむね順調だと言っていい。
帝国民からの反発も少ないし、ゼロで手を回したから、帝国民への迫害とかも抑えられている。
小規模な小競り合いとかはどうしても目につくけど……そのへんは、今後の課題だろうな。
事前に色々と根回ししていた甲斐があって、ゲールを――正確には、前政権を倒した直後に、各国の支援を受けて発足させた暫定政権。いうなれば『新たなゲルマニア』ってところか――含め、うまく国際社会を構築して行けていると思う。
それは、さんざっぱら国際評価を落としたノルドや、粛清の嵐でがったがたになってたヴォルガ連邦も例外じゃない。若干低い立場でだけど。
……あの国は、きちんと頭を挿げ替えて民主制に近い形に改革を進めたので、元の王族の方々は完全にお飾りになっているので、今後も安心……ってのが、国際社会の認識だ。
『あいつらが権力握ってないなら安心だよね』って感じ。雑に言えば。
ヴォルガ連邦は、ただ単に『まともな統治』が始まって……それが安定してきただけ、ってこと。今までがひどすぎたから、普通にやるだけで十分だったのだ。
……それと……ゲールの同盟国だった、ロムルス連邦と秋津島皇国もだ。
ロムルスは、まーなんというか、日和った感じでこっちについたわけだけど、特にゲールの侵略戦争に手を貸してたわけでもないし、そもそも国力差と『同盟国』っていう立場からして従わざるを得なかった雰囲気もあるので、他の国より若干立場は低くなるけど、受け入れた(それでもノルドよりはまし)。
……あんまり冷遇して、アトランタにでも助けを求められたら、そっちの方が困るし。
秋津島も同様だ。ここはもう、海の向こうの島国なので、連合軍云々の話にはならないけど……とりあえず、友好な関係を、ってことで話を付けた。
……ただし、あなたたちの国を仲介して国交の紹介をするのはやめてね、と言い含めて。
これも、アトランタの介入を避けるためである。あの国、地球でもそうだったけど……太平洋を挟んで、アトランタと結構交流あるからね。
アトランタが秋津島を足掛かりにして、こっちに干渉して来ないとも限らないのだ。
……とりあえず、復興は僕らだけでできる。アトランタは来るな。
実際はもちろん、もうちょっと言葉選ぶけど……そんな感じにとどめようと思います。まる。
……それでもなお、おそらくアトランタが主張してくるであろう、『魔女の危険性』については……実は、すでに連合内部で話がついている。まだ各国首脳の間でだけだけど。
僕らは、戦争の間……魔女の力について、戦闘行為に絞って研究を続けてきたわけじゃあない。きちんと、今後役立ちそうな分野への応用も考えてある。
資源とか……ね。
今の時代でも、すでに各種資源のソースが枯渇しつつあることは、問題になっているのだ。どこの国も、油田やら炭田、鉱脈の確保、あるいはそれらを保有する国との通商ルートの確立に躍起になっている状態だ。
それを解決できる可能性を示唆し、それに十分な信ぴょう性があると証明し、
その成果を、各方面での支援を条件に、各国で共有しましょう、って言ったら……皆、喜んで協力を表明してくれたよ。
これで、アトランタの最後の武器も封殺だ。
残るは、実力行使とか暗殺くらいのもんだろうけど……そんなことしたら、今よりさらに状況が悪くなることは間違いない。
それにもともと、それらを警戒して、こっちも警備は最大限のものをそろえているのだ。イゼッタと僕はもちろん……ゾフィーについても。今後、利用価値があるかもしれないってことで。
何せ、各国のスペシャリストが知恵を絞って考え抜いた警備プランである。ベルクマン中佐とか、ジーク補佐官はもちろん……他の同盟国の連中も含めて、全力で。鉄壁と言っていい。
他にもいろいろと懸念はなくもないけど……それについては、各国から派遣された専門家に人たちが対応してくれる。僕らは、僕らにしかできないことに力を注げるように。
いいなぁ……こういうの。やっぱし、人間ってのはできることを協力してやってこそだよね。
このまま……平和になってくれればいいんだけどな。
……書いといて今更だけど、今のちょっとフラグっぽくて不安になった。