終末のイゼッタ 黒き魔人の日記   作:破戒僧

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Stage.56 テオ・後編

 

あんまりな展開に、その場にいる全員が脱力してしまってから……数分。

 

どうにか雰囲気が立ち直った室内で、エリオットは語りだした。

 

なお、フィーネの顔がいまだに赤いのは気にしてはいけない。

 

 

「さて、ペンドラゴン中佐……あなたの出自というものを語るに際して……順序立てて説明していかないといけません。面倒に思えるかもしれませんが……ご了承いただきますよう。最後には……全てが1つにつながりますからね。……まず、ゲルマニア帝国は……」

 

 

ゲルマニア帝国は、かなり前から『魔女の力』というものの研究を始めていた。

 

その一環として、『白き魔女』の遺体の一部を使ったクローンの作成があったわけだが、これが当然のようにいばらの道であり……現在のように、きちんと『使い物になる』性能のクローン人間を作れるようになるまで、幾度となく失敗を繰り返してきた。

 

そのたびに、失敗作が『処分』されてきたわけだが……それは、今は置いておく。

 

そんな中……徐々に成功が見えてきたあたりの段階で……1つ、明らかになったことがあった。

 

……ここで、一旦話が変わる。

 

かつて、エイルシュタットの『白き魔女』は……当時の王の苦渋の決断……遺言で、王の死後、王妃によってとらえられ、国を守るために処刑された。

 

ゾフィーは、それを恨んで、今日までエイルシュタットと、その王家への憎しみを募らせてきた……そう、ゲールでは伝わっている。

 

それが真実であり……エイルシュタットに伝わっている、『いつまでも幸せに暮らしました』というハッピーエンドの物語が、都合のいいように改ざんされた偽物の話だったという事実。

それを改めて突き付けられ、ビアンカやフィーネは、居心地が悪そうにしていた。

 

かつて、自分の先祖たちが行った、国のためとはいえ、恩をあだで返すような行いに……恥ずかしく思ったのかもしれない。

 

が、エリオットの話には……正確には、当時の『白き魔女』の物語には……そのさらに先、ないし『裏』があった。

 

 

「……イゼッタさん、あなたなら、どう思いますか?」

 

「えっ? な……何が、ですか?」

 

「……変というか、残酷なことをお聞きしますが……もしもあなたの存在が、敬愛する主君……エイルシュタットの大公殿下や、国そのものに害をなす、としたら……? そしてもし、大公殿下に……『国のために死んでくれ』と、命じられたとしたら?」

 

「…………っ!」

 

「おい、貴様何を……!?」

 

「まて、ビアンカ!」

 

突然突き付けられた、誇張でもなんでもなく、残酷な質問。

息をのむイゼッタ。あんまりな質問の内容に憤慨するビアンカに、それをとどめるフィーネ。

 

イゼッタが、じっと見つめてくるエリオットの視線にさらされながら……じっと考えて、

そして、答えを出した。

 

「……私は、王様じゃないし……そういう決断が必要になったこともないから、わかりません。でも……そういう時、王様は……国のために決断をしなくちゃいけないんだと思います。……きっと、個人の考えや都合だけで物事を決めちゃ、ダメなんです」

 

「………………」

 

「それに……その時の王様はわからないけど、もし姫様なら……私がいなくなっても、きっと……世界が平和になるまで、頑張って戦って、やり遂げてくれると思います。私がいなくったって、きっと……。だから、それで姫様が助かって、未来に進むことができるなら……私は安心して、喜んでこの命をあげられる。笑って……火あぶりにだってなれる……そう、思います」

 

笑顔のまま、どこまでも真剣に語られる……仮定の話とは言え、あまりに悲壮な覚悟。

その決意に……フィーネやビアンカはもちろん、テオやアレス、さらにはベルクマンやジークも……大小違えど、その表情をゆがめていた。

 

「……まあ、もし現実にそんなことになったら……僕がそれ、全身全霊で邪魔するけどね」

 

我慢できず、横から茶々を入れる『弟』が一人。

 

「今の状況がまさに似たようなもんだ。魔女の力を危険視したアトランタが、色々ちょっかい出してきて……こないだなんか、ついに直接的な手に出てきた。……だからって、危険要素をなくすために、僕やイゼッタを犠牲にするつもりなんて微塵もない。僕はそのために戦ってんだ」

 

「そのようですね……よかったですね、イゼッタさん。随分と愛されているご様子で」

 

「ふぇっ!? あ、ああああ、あいあいあい……」

 

突然の指摘に、そう来るとは予想していなかったイゼッタがかぁっと赤くなるが、それが元に戻るのを待たず……『でも』と、エリオットは真面目な顔に戻って続けた。

 

「……おそらくだけど、当時の『白き魔女』……ゾフィーも、同じだったと思いますよ」

 

「……え?」

 

「全てを捧げて仕えた……当時のエイルシュタットの王に、もしも彼のためになるのなら、その命を差し出すのも……本来の彼女なら、受け入れたかもしれなかった、ということです。だまし打ちなどという手に出ずに、真正面から伝えていたなら……いや、本来なら、だまし討ちでとらえられたとしても……最後には、彼の遺志をくみ取って、それを許していたかもしれません」

 

「……しかし、ゾフィー君は現に、これでもかというほどに彼を……エイルシュタットそのものを憎んでいたわけだが?」

 

「……まさか、他に何か理由があったのか?」

 

ベルクマンとジークの指摘に、エリオットはうなずいた。

 

「ええ、彼女には……敬愛する主君の望みであるという点を差し引いてもなお、自分を火あぶりにして殺したことを、どうしても許せない理由があったのです……。彼女もおそらく、自分の命が失われるだけであれば、まだ耐えられたかもしれません……しかし…………彼女が火あぶりにされたことで失われたのは…………彼女1人の命ではなかったのですよ」

 

「「「!!?」」」

 

その言葉に……鉄壁のポーカーフェイスを持つ2人を含めた、部屋にいた全員が……驚愕を隠せなかった。しかし、そこから立ち直るのを待たずに、エリオットは続ける。

爆弾にも等しい真実を……その口から、投下する。

 

 

 

「彼女……ゾフィーは、身ごもっていたのです。エイルシュタット王との子供を……ね」

 

 

 

帝国の研究者たちや、彼らに研究を命じた皇帝らがそれを知ったのは……クローンという名のホムンクルスが、ある程度まで安定してできるようになってからだった。

 

試験管の中で成体にまで成長させたクローンゾフィーのうち、数十体に1体ほどの確率で……その胎内に、新たな命が息づいていたのだ……母体と臍帯で結ばれた、胎児が。

 

これによって帝国は、処刑当時……ゾフィーは自分の命だけでなく、まだ命を授かったばかりの、腹の中にいるわが子をも殺されたのだということを……エイルシュタットにも、ゲルマニアにも、どんな形でも書き記されていなかった……おそらくは本人以外誰も知らなかった真実を知った。

 

それがおそらく、あの強烈な憎悪の根源になっているのだということも……後年、推測された。

 

それに気づいた帝国は、その赤ん坊をも成長させて取り上げようとしたが……その小さな命はひどくか弱く、ほとんどが母親の胎内ですぐに死んでしまう。

試験管に移して培養しようとしたこともあったが、結果は同じだった。

 

……極論を言ってしまえば、母親のゾフィーさえ戦力になるようなら、必ずしもその赤ん坊は必要ではなく……そもそもそのゾフィーがまだ戦力として確立には程遠かった状況。使えるかどうかもわからない子供にいつまでも労力を割くのはどうなのだ……と思われていた。

 

そして結局、謎の『子供』に関する研究は凍結され、サンプルは全て処分された……はずだった。

 

が、数年後……当時の『特務』に、ある情報が入ってきた。

 

あの研究において、最後の最後で摘出された『謎の子供』のサンプルの1体が……処分されることなく、秘密裏に持ち出され……死なずに成長して、今も生きている、と。

 

もちろん、研究自体が極秘だったため、特務に持ち込まれた段階で緘口令が敷かれ、共有された内容は改ざんされたものだった……それが、ベルクマンが耳にした『隠し子の噂』だ。

 

情報自体、不確かなものではあったが……もしも、だ。

もしも、それが本当なら……『謎の子供』が、無事に生まれて、今も生きているとしたら。

 

その子は……エイルシュタット王家の血を受け継いでいて、

 

同時に……魔女の血を受け継いでいる、『魔女の力』の保有者で、

 

クローン特有の虚弱体質……あるいは、その他さまざまな障害を持っていることが予想され……そう、例えば、物覚えが悪いとか、頭が弱くて忘れっぽい、とか。

 

そして、計算上……今、15歳のはずである。

ついでに言うなら……性別は、男だという。

 

 

「……まさか……その、子供というのは……!」

 

フィーネが……わかりやすく愕然とした表情で、恐る恐る、エリオットに問いかける。

他の面々も……似たようなものだ。

 

「ええ……ここまで言えば、皆さん、さすがにもうお分かりのようですね」

 

そんな馬鹿な、と、頭の中では否定したがる。

しかし一方で、様々な条件が合致する。

 

特務の動きを悟って慌てて逃げた、あるいは逃がしたのなら……移動経路と時間を考えれば、イゼッタとフィーネが、彼を拾った地点あたりにちょうど来るのではないか。

 

彼が『魔女の力』を使える理由は、まさにそれではないのか。

 

彼が以前から仕えていた、正体不明の力『SEED』は、よく考えれば、『魔石』による肉体へのブーストに近い……以前から『魔石』を使って戦っていたゾフィーの影響を受けたからではないか。それが、魔女の力の一端として、体に染みついていたのではないか。

 

そして……ゾフィーが彼にいやにやさしいのは……心のどこかで、感じ取ったからではないか。

彼が……自分の、大切な……かつて、産んでやることができなかった……我が子だと。

 

自分と同じくクローンの産物だとは言え、こうして今も、元気に育ってくれているのだと。

 

時折みせた悲しい顔は、彼に愛情を感じつつも、エイルシュタットへの憎しみを抑えきれず、彼と戦う道を歩まねばならないことを悲しく思ったからではないか。

 

戦いの時にイゼッタに向けた、殺意とは別の『敵意』は……彼に近づく『泥棒猫』を、本能的に警戒し、威嚇するようなことになったからではないか。

 

最後まで自分の陣営に引き込もうと交渉に来ていたのは……異性として、あるいは世話役として気に入ったからではなく……母として、子と離れたくなかったのではないか。

 

最後の最後……とらえられて死ぬであろうことを覚悟したゾフィーが、イゼッタに対して、『彼に会いたい』と、たった一つの望みを告げた理由は……

 

全てが、不気味なほどに……うまくかみ合っていく。

決定的な証拠こそ無けれど……全てが、それが真実だと告げている。

 

そして今……その『決定的な証拠』という最後の一部分すらも、埋められようとしていた。

 

「……あなた方が押収した物品の中に、冷凍保存用のケースがあったはずです。そこに入っている試験管のうち……『1925-00-00912』の、1番から6番までが、その子供から採取した皮膚片等の細胞サンプルです。それを調べれば……同一人物かどうかの鑑定くらいはできるでしょう」

 

そして、エリオットは……彼を、正面から見据え……はっきりと、告げた。

 

 

 

「テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴン。あなたは……あなたの正体は……エイルシュタット国王との間にできた……『白き魔女』ゾフィーの子。その……クローンによる再生体です」

 

 

 

 


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