終末のイゼッタ 黒き魔人の日記   作:破戒僧

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Stage.53 介入者

 

降り注ぐ砲弾や爆弾。

地をかける歩兵たち。

飛び交う戦闘機。

大地を鳴らして進む戦車。

 

常時どこかで爆発音が響き、時に一続きに聞こえるほどになっている状態の戦場は……その壮大さも、悲惨さも、この戦争の最終決戦と呼ぶにふさわしいものだった。

 

それでも、戦いそのものを終わらせて、未来へと続く歴史を作るため……連合軍の兵士たちは、必死で戦っている。

 

隣で誰かが撃たれても、視界の端で爆発が起こって味方が吹き飛んでも、

歯を食いしばり、涙を呑んで嗚咽をこらえ、未来のためのその命を投げ捨てて走る。

 

そしてその中心部では……微妙に場所を前後させつつも、両軍の天王山とも呼ぶべき戦いが繰り広げられていた。

 

「こ、のおおぉぉっ!!」

 

「くっ……なら、これでぇっ!!」

 

ゾフィーと、イゼッタ。

この戦場における、最大戦力に数えられる2人。

 

貨物運搬用の列車を浮遊させ、さながら鞭か何かのように振り回して質量武器として攻撃してくるゾフィーと、超電磁砲でそれを半ばから粉砕するイゼッタ。

 

お返しとばかりに、イゼッタは手近にあった鉄塔を浮遊させて飛ばし……ゾフィーはそれを、結晶化させたエクセニウムをぶつけて爆砕する。

 

まさしく頂上決戦。戦車や戦闘機では、介入することすらできないであろう規模の戦いは……実質的に、手出し不可能なものとして最初から放置されている。

 

そして、素人目にはわかりにくいが……この戦いの大勢は、すでに決しつつあった。

 

先の戦いとは、逆。

イゼッタが……押している。

 

魔女の力の熟練度や、魔石の出力で見れば、やはりゾフィーが上だが……それ以上に、テオがイゼッタに与えた、武器による差が大きい。

 

反動ゼロの人造魔石と、数々の兵装を搭載した新兵器『ランスロット』。そしてそれに組み込まれているのは、既存の兵器を大幅に上回る威力のそれらだ。

 

それを、実際の戦場で十二分に使いこなせるよう、テオ監修のもと徹底的に訓練し、以前使っていたライフル以上に、手足の延長のごとく使いこなすイゼッタは、何を使うかの違いこそあれど、基本的に『浮かせてぶつける』というワンパターンな攻撃しかしてこないゾフィーに対し、手数と、攻撃の種類という両面で優位に立っていた。

 

爆発物としてエクセニウムをぶつけてくる場合もあるが……それへの対処もまた、すでにテオが考案し、2つほど戦術に取り入れている。

 

1つは……新たにランスロットに組み込まれた『輻射波動』による迎撃。

これにあてられると、エクセニウムは誘爆してしまい、イゼッタのところまで届かない。

 

そしてもう1つは……これもランスロットに組み込まれている兵装の1つだ。

その名も『GNドライヴ』。つい最近、テオが実用化にこぎつけた、傑作の1つだった。

 

本家本元のものとはもちろん違い……『似た能力』があるに過ぎない。トロポジカルエフェクトを起こす結晶体の代用として、そうなるように調整した『賢者の石』の亜種を使い、魔力を流すことでそれを起動させられるようにしているだけだ。

 

ただし、その性能は本物である。発生する粒子は、人の思いを乗せ、人と人とをつなぐ力を持つ……のみならず、『魔力』そのものの亜種として、魔女の力の媒介なり、魔力の嵩増しとしての性質を発揮しており、イゼッタの『力』の出力を大幅に上げている。

それこそ……ゾフィーと比べてもそん色ないほどに。

 

それに加えて……イゼッタの『意思』の乗った粒子をばらまくことで、他の『魔女の力』に対する阻害剤になるため……ゾフィーの妨害をしつつ、疲弊を誘発することができる。

 

質量武器のコントロールや持続時間を削ることができるし……エクセニウムの結合を崩壊させ、誘爆させたり、消滅させたりすることができるのだ。『輻射波動』よりも効果は薄いものの、広範囲にばらまくことができる点は戦略的に見て優秀だった。

 

おかげで、ゾフィーが操る武器やエクセニウムは、大幅に『寿命』が削られる上……ゾフィー自身の体力も削られる。

 

これはイゼッタも経験として知っていたことだが……『魔石』による強化は、魔力の扱いのみならず、肉体にも及ぶ。イゼッタが、ボロボロの体でも出撃できたのは……単に気力や根性論だけではなく、魔石による支えもまた、その理由の1つだった。

 

恐らく、歩けないほどの重症ないし後遺症を持っていたとしても、魔石を装備すれば、イゼッタは歩けるようになっただろう。それだけでなく、まともに、十分に戦えるだけの力を手に入れることができただろう。

 

クローンゆえの虚弱体質を持っているゾフィーもまた、魔石による肉体の強化という恩恵にあずかっているのだが……それを、放出される『GN粒子』が阻害するため、息切れが早いのが自分でもわかっていた。

 

対するイゼッタは、『人造魔石』には肉体を強化する作用はほとんどないため、それによる損害は軽微であり……もともと素の状態で十分に戦えるスペックを持っていた。

 

ゆえに……時間がたてばたつほど、彼女が有利になる、という状況だ。

 

そして、それをゾフィーも直感的に悟っているのだろう。さらに苛烈に攻め、短時間で決着をつけようとするも……逆に攻撃がわかりやすくなり、対応されてしまっている。

 

肩で息をするゾフィーと、まだまだ余裕があるイゼッタ。

持久力の差という壁が立ちはだかる、彼女たちの戦い……もはや、勝敗は決したかに思われた。

 

 

……が、

事態はここから……予想外の方向に転がっていくことになる。

 

 

 

「閣下すいません! ちょっと洒落にならないことになったんで、出てきます!」

 

「む!? お、おい、ペンドラゴン!? どうした!?」

 

 

指令本部で……そんな会話が交わされていた。

 

 

☆☆☆

 

 

「はぁ……はぁ……っ、あ……はぁ、くっ……!」

 

痛みに耐えながら、ゾフィーは、どうにか起き上がろうとしていた。

 

戦いの末に、イゼッタのランスに押し込まれ……大剣でガードはしたものの、地に落とされ、誰のかもわからない家に、屋根を突き破って叩き込まれた彼女は……偶然にも、中にあったベッドに激突したがゆえに、大事には至らずにすんでいた。

 

それでも、衝撃で肺の中の空気のほとんどを持っていかれたらしく……苦しさと激痛で、体が上手く動かない。

 

そんな彼女の前に、天井をはぎ取ってスペースを確保し、イゼッタが舞い降りた。

 

「……っ……!」

 

「……ごめんなさい」

 

イゼッタは、にらみつけてくるゾフィーに対して、呟くようにそう言うと……『ランスロット』から4本のスラッシュハーケン――ワイヤー付きのカギヅメのようなもの――を出し、それを操ってゾフィーを、ベッドごと縛り上げる。

動けないゾフィーを、ベッドに固定する形で。身動きが取れないように。

 

さらに、そのうちの1本を操って、ゾフィーから、魔石のついた杖を手元に没収した。

 

「……もう、勝負はつきました、抵抗しないでください」

 

ゾフィーは、イゼッタからの降伏勧告も聞かず、魔力を流してその拘束を解除、あるいはベッドを破壊して脱出を試みるが……できなかった。

魔力が、感じられなくなっている。

 

すぐに悟った。以前自分がやったのと同じように、イゼッタが……周囲の魔力を、首元の『魔石もどき』で吸い上げて、ここら一帯の魔力をゼロにしたのだと。

 

魔石がなければ、ゾフィーもまた、力の有無をレイラインに左右される1人の『魔女』でしかない。抵抗は、最早不可能だった。

 

しばらく頭を巡らせるも……ついぞ、挽回の策は思いつかず。

ゾフィーは、抵抗をやめ……ふっと、微笑んだ。

 

その反応に、イゼッタはわずかに、逆に警戒を覚える。てっきり、恨み言をぶつけてくるか、耳を貸さずに抵抗を続けるかすると思っていたからだ。

 

「……警戒しなくていいわ……何もしないから。完敗よ、完敗……恐れ入ったわ」

 

だが、予想に反して……戦いの最中こそ敵意を向けてきていたとはいえ、今のゾフィーは、まるで憑き物が落ちたかのように安らかで、穏やかな笑みを浮かべていた。その表情のまま、こちらに微笑みかけてすらいるように見える。

 

「今取り出した、その……右手に持っているスプレーが、私を眠らせるための麻酔薬か何かなのでしょう? 心配なら、さっさとそれを使って眠らせるなりなんなりするといいわ」

 

「……失礼かもしれないですけど、意外に素直なんですね」

 

「そうね……自分でもびっくりするくらい、素直に敗北を受け入れているわ。……まあ、もともと迷っていたから、いい機会だし……っていうのもあるかもしれないけどね。全く……我ながら現金なものだわ」

 

「……いい、機会……って」

 

「……そうね、折角だし、大人しく捕まって、それ以降も抵抗も何もしない代わりに、1つ条件を出させてもらっていいかしら?」

 

「条件、って……何ですか?」

 

聞き返すイゼッタに、ゾフィーは……少し考えて、

 

「……彼に、会いたいの」

 

「彼……テオ君、ですか?」

 

「ええ。死ぬ前に……もう1度でいいから。だめかしら?」

 

すでに、捕らえられた後……戦争犯罪人としての責任を追及され、命を奪われるところまで覚悟していることを思わせる態度に、イゼッタは驚き……逆に気圧される感覚すら覚えた。

そして同時に……疑問も抱いた。『なぜ?』と。

 

この少女が――中身はもっと年上だと聞いているが――なぜ、自分の幼馴染で弟分でもある、あの少年に会いたがるのか……と。

 

それを考えたイゼッタのまとう空気が……徐々に、戦場で戦う女戦士から、年ごろの1人の少女のそれへと変わっていったのを……そばにいて拘束されているゾフィーにも感じ取れた。

 

「……あの、何で……テオ君に? ひ、ひょっとして、その……」

 

「……? ひょっとして、何?」

 

逆に聞き返されて、なぜか頬を赤く染めるイゼッタ。

 

「……す、すすす……好き、なんですか? テオ君の、こと」

 

「………………」

 

その途端……なぜか細められる、ゾフィーの目。

同時に、さっきまでまとっていた朗らか?ともいえそうな雰囲気は霧散し……戦闘中とはまた違ったとげとげしい空気をまとい、イゼッタは突然の豹変に驚かされる。

 

「……そう、だと言ったら?」

 

「ええっ!? ええ、ええと、別に、その、いや別にっていうか、でも……」

 

「……私からも聞きたいわね……あなたも、彼のことが?」

 

「えっ、えぇえ……え!? わ、私がっ、て、テオく……を……い、いや、そんな、好きってわけじゃ……そ、そもそも私、恋愛とか今までしたことないし、テオ君のことも、その……ど、どっちかっていうと、弟みたいな感じっていうか、でもその、最近弟っていうよりも、普通に男のこととしてたくましくなって、頼りがいがあってかっこいいなとはちょっと最近……」

 

しどろもどろになり……先程までとは完全に形勢が逆転している雰囲気の2人。

満身創痍でベッドに縛り付けられているゾフィーににらまれ、タジタジになっているほぼ無傷のイゼッタ。控えめに言っても訳が分からない光景である。

 

しかも、イゼッタは何というか……ゾフィーから向けられる視線に、何だか、異質なものを感じていた。恋敵に向ける視線というよりも……これは……

 

(何だろう、これ……ええと、こんな感じの、前にもどこかで……)

 

 

……その時だった。

 

 

『こちらは連合軍総司令部、総司令官ゼロである! 戦闘中の全員に通達! 攻撃をやめ即時撤退! 第二防衛ライン以前まで後退せよ! 繰り返す! 全ての戦闘行為および作戦行動を中断し、第二防衛ライン以前まで後退せよ! 急げ!』

 

 

―――キィィイイン……ギュオンッ!!

 

 

「「!?」」

 

 

イゼッタが持っていた無線機から、大音量でそんな通信が流れたのと同時……屋根のはがされた家の真上に、見覚えのある黒と金の人型の機体が姿を見せた。

 

広いとは言えない家の中に着陸するのはあきらめたのか、滞空したまま……その背中のハッチが開いて、操縦者……テオが降りてくる。

 

「イゼッタ! よかった、バトル終わっ……うわ、何かエロいことになってる」

 

「へ? あ、うわ……よ、よく見たら……」

 

「…………っ!?」

 

思わず、といった感じでテオがつぶやいたセリフのとおり……満身創痍のゾフィーの服装は、所々破けて、下の肌がむき出しになっている部分も多くあった。

幸い、大事なところは隠れているが……それが余計に煽情的な雰囲気を作っている気がする。

 

女同士ゆえに気にも留めていなかったし、そもそも極限の戦いの中で気にする余裕がなかったことも手伝って、今それに気づいたイゼッタとゾフィー。ほぼ同時に、現状を把握して顔を赤らめる。

 

しかし、テオはすぐに立ち直ると……つかつかとゾフィーに近づいて、腰に差していた『村正』を抜き放って一閃させ、ワイヤーをバラバラにした。

 

『え!?』と困惑するイゼッタに構わず、テオはゾフィーに自分の上着を羽織らせると、そのまま『失礼』とだけ言って、ゾフィーの体を抱え上げた。

そして、突然のことに戸惑いつつ赤面もするゾフィーだが、それにも構わず、テオはイゼッタに振り返り……

 

「イゼッタ、今の放送……っていうか通信、聞こえた?」

 

「ふぇっ!? あ、うん……そういえば、えっと……すぐに撤退、って言ってた? え、何で!? 戦い、もう終わったの?」

 

その割には、まだ外では爆音がとどろいている。

戦闘がまだ苛烈に行われている中で、戦略的な計算もなく不用意に背中を見せるのは危険だと、ほかならぬテオから教わっていたイゼッタ。それゆえに、なぜ、といぶかしむが……

 

「ごめん、説明してる時間ないから……さっさと『ガウェイン』乗って。ここから退却する。あ、君も連行するから、抵抗しないように」

 

「えっ? え、ええ……わかっ『ガチャッ』……え!?」

 

言いながら、テオは、開発した特殊なアイテムの1つである……使用者の魔法を封印する首輪を、ゾフィーに装着した。

 

これをつけていると、レイラインの有無にかかわらず、装着者は魔力を扱えなくなるのだ。

 

ちなみに、イゼッタも1つもたされている。本来イゼッタは、麻酔薬で眠らせた後、コレをゾフィーにはめて無力化して連行するつもりだった。

 

まだ困惑中の2人だが……テオは、空気を一切読むことなく、せかして言った。

 

「ほら急いでイゼッタ! 早く乗って! 死ぬよ!」

 

「あ、うん、ごめ……え!? し、死ぬって何!?」

 

「いいから早く! 中で逃げながら説明するから!?」

 

「逃げるって……何から!? ゲールの増援でも来たの!?」

 

コクピットの中に入り、手慣れた様子で後部座席に座ってシートベルトをしめ、『ランスロット』を壁の収納スペースに入れて固定する。

 

そして、どうやっていいのかわからずに困惑しているゾフィーを手伝いながら、イゼッタはそう聞き返した。

 

それに対してテオは、『賢者の石』を使った駆動機構を全開でふかしながら、

 

「援軍……じゃないけど、もっとやばいのが来たんだよ―――

 

 

 

―――海の向こうからね!」

 

 

 

 

……その、数分後。

 

戦場から見えないほどの高高度に現れた、1機の戦闘機。

連合軍のそれとも、ゲールのそれとも違う規格のもの。

 

 

 

それが、真下に向けて……連合軍にも、ゲール軍にも一切の断りなく……『何か』を投下した。

 

 

 

 


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