終末のイゼッタ 黒き魔人の日記   作:破戒僧

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Stage.51 過去からの疑惑

 

 

1940年12月19日

 

こないだの視察は、思いのほか有意義なものになった。

 

確かに……フィーネがわがまま言ってまで行きたがったのもわかる感じだ。

あそこでは……これからの世界で理想とされるであろう、過去を乗り越えて助け合って生きる、っていうあり方が、一足早く形作られていた。

 

戦争してるんだから、そりゃ敵対する感情もあるだろう。

けど、皆が平和に暮らすために、それを抑え、乗り越えて、協力して生きていく……そういう道を、彼らは選んで、歩んでいる。

 

その結果……敵対するばかりの世界にはなかった『余裕』が生まれ、彼らは少しずつ、平和な日常……戦前のそれとは形が少し違えど、同じように大切な平穏な世界を、自らの手で形作り、取り戻しつつあるのだ。

 

……それを、イゼッタ達もわかっていたんだろう。

最初、驚くばかりだった2人は……しかし、次第にその顔に笑みを浮かべるようになってきていたから。

 

戦争の世さえ乗り越えれば……ここと同じように、欧州が、世界全体が分かり合える、平和な世界になる……そう、感じたんだと思う。

 

現にその後、2人の目にはやる気が満ち満ちていた。

 

……こりゃ、ますます早くなったかもしれないな。戦争が終わるの。

もっとも……春になったら、速やかに攻略始めますけどね。

 

準備さえできれば、それより早く動くけど。

冬だろうがお構いなし。連邦やアルプス山麓と違って、ゲルマニアは降っても雪は少ない。冬だろうが戦う分には、ましてや攻め込む分には何も問題はないのだ。

 

ただ、準備期間が必要なのと、それに……ゲルマニア『が』攻めてくることができない『冬』が重なったことで、これ幸いとこっちが動いてるだけなので。

それが済んだなら……止まっている理由はない、ってわけ。

 

あの国には……こちらのためにも、向こうのためにも、最高のシチュエーションで負けてもら(日記はここで途切れている)

 

 

☆☆☆

 

 

「おや……このような時間までお仕事とは、精が出るね、首席補佐官」

 

場所は……エイルシュタット公国王宮、資料室。

不意に聞こえた声に、顔を上げたジーク首席補佐官。

 

見ると……入り口に立っているのは、個人的にあまり好きではない男だった。

 

丸メガネに、くすんだ茶髪。スーツを着こなし、容姿の整った渋みのある中年の男性。

しかし、その心中は……計算と謀略で、いかに自分のために周囲の状況を動かし、利用するか、いかに自分の身の安全を守るかを考えている男。

 

政治的な要件により、この城を訪れている彼の名は……アルノルト・ベルクマン。

元・ゲルマニア帝国軍の中佐であり……特務所属の切れ者だ。

 

どちらも、頭脳(ブレーン)兼実働部隊という立ち位置であり――もっとも、最近は人材もそろいだしており、2人は頭脳労働担当の参謀としての役割を全うすることができているが――しかし、祖国に対して強い愛国心と忠誠心を抱くジークと、そう言ったものとは無縁で、あくまで自分のことを第一に考えて動くベルクマンとでは、水と油と言えるほどの隔たりがあった。

 

知り合って間もなくして、互いに『こいつとは仲良くできない』と確信じみて思える程には。

 

「……ここに立ち入る許可は取得しているんだろうな?」

 

「もちろん。そんなくだらないことで国際問題を起こす気はない」

 

フィーネ大公の名で発行された、資料の閲覧許可証をひらひらと見せながら、ベルクマンは手近な本棚から数冊のファイルを抜き出し……ジークと同じ机、真向かいに座って読み始めた。

 

ちらりとジークが見た限りでは、特に問題のある資料というわけではない。国際条約等関係の、ベルクマンが任されている、外交関係の職務に必要な書類だった。

 

一方、ベルクマンもまた、ジークが開いている資料を見て……しかしこちらは、『ほぅ?』と、興味深そうに、少しだけ眼を見開いていた。

 

「それはひょっとして……ペンドラゴン君のかい?」

 

「……ああ、まあな。……貴様も知っていたのか?」

 

「少し前に聞かされてね。ゼートゥーア閣下らと一緒の時だったから……一応、私のことは信頼してくれたということなんだろう。少なくとも、ある程度は」

 

ジークが開いていたのは、警察組織の過去の犯罪データファイルである。

 

 

『○×教会孤児院 人身売買組織癒着摘発記録』

 

 

そこは……テオが入っていた、あの孤児院だった。

 

戦災孤児を引き取って育てている、教会つきの孤児院という表の顔。

その下で……その孤児を『商品』として扱い、優秀な子供を欲しがる客に、条件に合致する孤児を見繕って売り渡す『ブローカー』としての面を持っていた。

 

時期にして……テオが売り渡されてから、数か月後。その孤児院は、内部告発によってエイルシュタット公国の警察に摘発され、人身売買にかかわった職員は全員処分・投獄。孤児院は経営を続けることができなくなり、閉鎖となった。

 

テオがそこの出身……すなわち『エイルシュタット』の出身者であると知ったジークは、少しでも関係する情報を集めるべく、こうして当時の資料を片っ端から集めていた。

 

証拠品として押収した『孤児院』の経営記録や、人身売買の裏帳簿、顧客名簿など……何でもいい、テオの、本人さえも知らない『出生』にかかる秘密を、何か見つけられればと。

 

しかし、いくら探しても……当たり障りのない情報しか出てこなかった。

 

しいて言うなら……幼いころのテオは、今とは正反対に、あまり頭がよくなかった。

というよりも、何か生まれつき脳に問題を抱えているのではないか、と思えるほどに……ものを覚えない、頭の弱い子だった、という情報があるくらいか。

 

しかしそれは、ある時期を境に解消し、それどころか『神童』と呼ばれるまでの優れた力を発揮するまでにいたる。……そのせいでゲルマニアに目を付けられ、売られたのだが。

 

添付されているメモ書きや写真なども合わせて見ながら……しかし、役に立つような情報は発見できない。

 

ため息をつきながら、補佐官がまた1つページをめくると……その後ろで、自分の席に戻ろうと動くところだったベルクマンが、何かに気づいて『ん?』と声を上げた。

 

「……? どうかしたか?」

 

「ああ……少し。……この日付……」

 

ベルクマンが注目していたのは……資料の片隅に記された、テオが孤児院に入所した年月日。

その数日前に、イゼッタとフィーネによって、山の中で行き倒れになっているところを拾われた、というわけだが……

 

(……偶然、か?)

 

「……何か気づいたか、思い当たることでもあるのか? であるなら、参考までに聞かせてほしい」

 

身を乗り出して、その一点を凝視しているベルクマンに、ジークが問いかける。

 

一瞬考えた後、ベルクマンは言葉を選びながら口を開いた。

 

「ああ……いや、僕の気にしすぎかもしれないんだがな……。この、ペンドラゴン君が施設に入所した日付だが……この少し前に、帝国・帝都で、ちょっとした騒ぎがあったのを思い出した」

 

「騒ぎ?」

 

「ああ。といっても、完全に内部の内輪もめというか、何というか……少なくとも、新聞なんかに載っているような情報じゃない。ただ、小さくて気にするほどのことでもない、とも言いきれない案件でね……当時、まだ特務で下の階級だった僕の耳にも、噂程度に届いていた」

 

「……回りくどいな? 言いたくないのなら、そう言ってくれてもいいが?」

 

「そんなつもりはないんだがね……順序立てて説明しようと思っているだけさ。だがお望みなら、結論から述べるとしよう……皇室がらみで、あるスキャンダルがあったんだ」

 

「スキャンダル? ……何だ、皇帝に隠し子でも見つかったのか?」

 

「……冗談のつもりで言ったようだが……正解だ。半分ね」

 

「何?」

 

眉間にしわを寄せ、眉をひそめて聞き返すジーク補佐官。

 

ベルクマンは、懐から手帳を取り出し……ぱらぱらとめくって、お目当てのページを探し当てると、そこに目を走らせながら……

 

「もうずいぶん昔のことだから、記憶もおぼろげだが……ああ、そうだった。当時、陛下の『お手つき』ではないかと疑われていた、とある女性がいてね? その女性には、父親のいない子供が1人いた……しかし、それを調べていた特務が、いざ女の身柄を確保しようとした段階になって……彼女は、忽然とその姿を消してしまった」

 

「……それで? 見つけられなかったのか?」

 

「ああ。秘密裏の案件だから公開捜査するわけにもいかず、迷宮入りになったわけだ……そして……その、女が行方不明になった日付というのが……この日付の、2週間前なのさ」

 

自らのメモ帳のページに記載されている日付と、

ジークが覗き込んでいた捜査資料のページに記されている日付。

 

その2つを見比べると……確かに、年は同じで、月日も非常に近かった。

 

「……その、『父親のいない子』の、当時の年齢は?」

 

「不明だ、何せ戸籍登録がなかったからね。ただ……見てくれは、5歳かそこらだったそうだ」

 

「…………そうか」

 

ジークとベルクマンは……しばらくの間、2人とも同じように神妙な面持ちで、並べられた2つの資料を見つめていた。

 

 

「……計算は、合うな」

 

「……困ったことにね」

 

 

☆☆☆

 

 

同じ頃……テオは、基地の屋上にいた。

 

特に目的があったわけではなく、ただ夜風にあたって涼んでいるだけ。

風呂上りの体の火照りを冷ましながら、日記を書いていたところだ。

 

……その最中に、思いもよらない珍客があった。

 

上空(・・)から近づいてくるそれを察知したテオは、日記を書く手を止めて……立ち上がり、警戒態勢に入る。念のため腰に下げてきた『村正』に手を添え、懐にひそめてあるガス銃に触れて向きとグリップの位置を確認した。

 

いざという時は即座に外すため、左目の義眼を覆っている眼帯に意識をやったところで……来訪者は、逃げも隠れもせず、テオの眼前に舞い降りた。

 

「……久しぶりね、王子様(・・・)

 

「……何それ?」

 

微笑みと共に、よくわからない挨拶の仕方をしてきた、白い髪の少女……ゾフィーに、テオは、警戒を絶やさず……しかし、その笑みに違和感を感じながら、返した。

 

ゾフィーの浮かべている……嘲笑でも、蔑視でもない……本当に、慈愛に満ちたような笑み。

それが、一体何を意味するのか、わからずに。

 

 

 

 


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