終末のイゼッタ 黒き魔人の日記   作:破戒僧

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Stage.41 魔女との秘密

 

1940年11月6日

 

当然っちゃ当然ではあるが、ここ最近の世界情勢、というより戦争情勢は、混迷を極めている。

 

ゲールに新たな魔女が出るわ、イゼッタが負けるわ、エイルシュタットが滅びそうだわ、なんかゼロがよくわからん兵器持ち出すわ……そのカオスさたるや、本格参戦を決めつつあったアトランタが足踏みするレベル。触るな危険、って感じなのだ、今の欧州は。

 

イゼッタという『魔女』……その戦力としての大きさを危険視して、ゲールもろとも滅ぼすために出兵準備を進めていたはいいものの、それを上回る不確定要素が出てきたとなれば、慎重になって当たり前である、

 

明確にエイルシュタットに味方し、姿勢としては丁寧かつ誠実なイゼッタと違い……ゾフィーの方は思うがままに破壊を振りまいている状況であるからして。

 

こないだは、ノルド経由で橋頭保を確保して攻め入ろうとしたブリタニア海軍が、突然襲ってきたゾフィーに爆弾の雨あられにさらされて全滅したし。

 

折角鹵獲した『ドラッヘンフェルス』も、轟沈とはいかないまでも大規模破損して中破、再起不能にさせられたってさ。あーもったいない。

 

それまでの軍事行動上の常識や、今まで把握していたパワーバランスが一気にひっくり返っていくその様子は、連合国からすれば恐怖以外の何物でもなかっただろう。

 

このまま放っとくと、及び腰になってゲールに降伏したり、内通して寝返ったりする国が出てくる可能性もあるので……さっさとコレどうにかしないといけないな。

 

早急に動く……その前に、ちょっと寄り道が必要だけど。

 

というのも……いよいよ軍事的に大きく動くからか、ゲール本国に呼ばれたのだ。何でも、皇帝直々に出席しての大方針の発表と、それに関連する会議が行われるらしい。

それに、僕も参加しろとさ。

 

僕の予想では、この一連の会議が終われば、ゲールは……戦争は、世界は、大きく動き出す。

だから、それに合わせて僕らも動かなきゃいけないだろう。いやむしろ、その先を取るくらいでだ……じゃなきゃ、泥沼になる。

 

その一方で……ゲールは、行方不明になったきり、エイルシュタットにも戻っていない様子であるイゼッタを、血眼になって探しているらしい。

 

抵抗が弱まったのをいいことに、国境も何もお構いなしに軍を展開させて……ただし、その規模はそこまで大きくない。

 

どこかに隠れているのなら見つけなければいけないけど……その反面、おそらくはすでに保護されているという見方が有力だからだ。あの場に助けに来た『ゼロ』に。

 

まあ、当たってるんだけどね、実際。

イゼッタ、ここにいるし。僕が保護してるし。

 

そのイゼッタは、昨日一日かけて、この戦争の現状についての知識や情報、さらに僕らが研究した『魔女の力』についての情報や、その派生でできた物質なんかについても教えた。

頭から煙を出し、幾度となく目を回しながらも、イゼッタはそれに耐えきった。

 

その結果発症した知恵熱で、今日は朝から……いやむしろ昨日の夜からずっとぐったりしてるので、とりあえずそっとしとこうと思う。ゆっくり休んでね。

 

……明日から大変だから。

 

さて……イゼッタは手元に置いておけるし指示とかすぐ出せる分、どうにでもなる。

 

問題は、フィーネ達だな……マリーに頼むか。

 

 

 

1940年11月7日

 

調子に乗ってる奴がいるな……。

 

いや、思いっきり皇帝なんですけどもね?

 

……勢いで持ち出したものとはいえ、ゼロの『蜃気楼』っていう、『魔女』にも劣らぬ兵器があるってことでけん制して少しは大人しくさせられそうかとも思ったんだけど……こっちはこっちで、エクセニウム兵器の実用化が間近なせいか、かなり自信満々な様子。

 

火力で言えば、戦略級兵器のそれである『エクセニウム爆弾』……それを使えば、ゼロだろうが何だろうがおそるるに足らず、ということのようだ。

 

まあ実際、カタログスペック通りの破壊力を出されたら、蜃気楼のブレイズルミナス(のようなもの)じゃ防げないだろうけど……それにしたって、対抗策は考えてあるし。

 

ともあれ、そんな感じで自信満々の皇帝は、大方針として……やっぱりというか何というか、『世界征服』と堂々と宣言しやがった。会議室に集まった、佐官級以上の中から厳選された、ごく一部の将校たちの前で。

もちろん、その中には僕も入っている。そして、直接この耳で聞いたわけだ。

 

そして、その時配られたのが……エクセニウム兵器をちらつかせて、各国に呑むよう迫るつもりでいるという……『講和条約』という名の全面降伏要求。

 

先進国が傾く……どころか、真っ逆さまに破たんしかねない規模の額の賠償金、

 

各種資源の取れる土地を根こそぎ指定した領土割譲要求、

 

これでもかってくらいに不平等な内容での通商条約その他の締結、

 

その他もろもろ……よくもまあこんだけ考え付くな、ってくらいのラインナップ。完全にこれ、どれか1つでも呑んだら、実質上の属国化……いや植民地化だ。

 

これらによって周辺各国の力をそぎ落とすとともに、国の基盤を立て直し……さらに準備が整った段階で、ヴォルガ連邦との間に結ばれた不可侵条約を破って開戦。その後は海の向こうの合衆国をも下して……世界全てを征服する、というのが皇帝のビジョン。

 

突拍子もない……と言いたいところだけど、魔女の力の使い方次第では、現実味が出てきてしまうからタチがわるい。

 

ゲールは、イゼッタにさんざん煮え湯を飲まされている分、魔女の力の強力さを知ってるから、なおさらだ。アレを、物資の質・量ともに潤沢どころじゃないゲールが手にすれば、大国の1つや2つ滅ぼすのは簡単だろう。

 

そこに、超破壊力のエクセニウム兵器まで手札に加われば……そりゃ、野望も一層現実味を帯びる。戦争で国内の経済その他の状況が苦しくなってきていて、国民感情もだんだん悪くなっている。それに首脳陣は焦っていただけに、この、一気に果実を刈り取れるビジョンに飛びついた。

 

……実際のところは、捕らぬ狸の皮算用なんだけどね。

 

そりゃ、そろえてる軍備が並々ならぬものだから、期待もするだろうけど……その後にどれだけの財を得ようとも、その過程で取り返しのつかないものを失うことを考えてない。

 

今すでに帝国軍は限界に来ていて、色んな所に無理をさせてることに気づいてない。

 

勝って戦利品を獲て、それで現状を快方へ向かわせることだけを考えてるおっさんたちは……本当にこの国に今、必要なものが何なのか、わからないのだろう。

 

……だからこそ、僕らがやらなきゃいけない。

 

どっかの漫画で言ってたような、内側から腐り落ちて『めそめそと滅びていく』ようなことにならないように。

 

パッと立ち直れるように、パッと滅ぼしてやらなきゃ。

『介錯』してやろう……この国を。

 

そんな風に、元々決まっていた方針が、より硬い決心を帯びた会議だったんだけど……1つ、気がかりなことがあった。

会議に……いると思ってたある人物が、居なかったのだ。

 

……どこ行ったんだろ? ベルクマン中佐。

 

 

 

1940年11月8日

 

あ、ありのまま、今起こっていたことを話すぜ?

 

僕は、今日ベルクマン中佐に昇進祝いもかねて会いに来たら、いつの間にか左遷されていた。

 

何を言ってるのかわからないと思うが、僕も最初何が起きたのかわからなかった。頭がどうにかなりそうだった。

 

集権とか疑心暗鬼とかそんなちゃちなもんじゃ断じてねえ、もっと恐ろしい保守運用の片鱗を味わった……

 

……ネタはこのくらいにして。

ベルクマン中佐が左遷されてました。

 

理由は……『優秀すぎた』から。あるいは……『やりすぎた』から、とでも言うべきか。

 

ぶっちゃけて結論を言ってしまえば……ベルクマン中佐は、その卓越した手腕と頭脳で、ゾフィー関連のプロジェクトをここまで進めてきたものの……逆に『優秀すぎる』ことを皇帝に危険視されてしまったようだという。

 

その結果、ゾフィー関連、というか魔女関連の研究その他の指揮を、これからは皇帝が直接取る、という通知が出て……ベルクマンは、もともと彼が在籍していた特務の管理職ポジションに移された。そこで、今までの仕事とは全く関係ない仕事に就くことになったのだとか。

 

訳すれば至極単純なもんで、こいつが万が一敵に回ったらやばいから、一応表向きは栄転させておいて、実質は牙を抜いて奥の方に封じ込め、飼い殺しにする気のようだ。

 

……いや、それならまだいい。

 

万が一、飼い殺しにする気もなかった場合……これが一番まずい。

 

……今日、とりあえずベルクマン中佐に会いに行ったら、そこには、ここ何回かの特務がらみの任務で交流があってそこそこ仲良くなったらしい、バスラー大尉もいた。

3人で、店売りのコーヒーを飲みながら話した。

 

その雑談の中で出てきたのが……『皇帝の不興を買って、半年生きていたものはいない』という……この国の軍の中では恐れられている、負のジンクス。

それに自分が当てはまるようだ、と、ベルクマン中佐は笑っていた。

 

それを証明するように……自分が進めていたゾフィー関連の仕事を、僕に引き継ぐように皇帝から指示が出ているらしい。

副担当みたいな感じでかかわってたからか……はたまた、自分で言うのもなんだけど、今最も勢いのある若手将校ってことで、箔付けと研究の進展と、同時に狙ってるのか。

 

……どっちでもいいけどね。

どの道、この後すぐに投げ出す予定の立場だ。興味もない。

 

投げ出す前に、なるたけたくさん情報持ち出さないとだけど。

 

 

で、午後からは……さっそくというか、ベルクマン中佐からの引継ぎがあった。

それを終えた帰り道……久々にゾフィーに会った。

 

会ったんだけど……何だろう、こいつホントにゾフィーか?

っていうのが、僕の率直な感想だった。

 

だって……こないだ戦場であった時と、まるで印象が違うんだもの。

 

静謐というか、落ち着いた感じの雰囲気は変わらず会ったけど……『今度から僕が担当になることになったから』って言ったら、年相応の女の子っぽい、普通にやさしそうな笑みで『よろしくね?』って……いきなりきょとんとさせられた。

 

あの、なんていうか……本当に同一人物ですか、って感じで。

 

あの時感じた――それこそ、ニュータイプ的な能力でも感じ取れた――怒りや憎しみみたいなのが、全くと言っていいほどになかった。

見た目からも……現在のニュータイプ感覚からも。

 

その後色々と、今後の予定とか(守る気ないけど。すぐ裏切るし)、その他雑談なんかする間……やはり普通の女の子みたいに接してくるし。

 

……それだけならまだ、『案外戦場以外では普通の女の子なのかな』で収まったんだけど……

 

 

 

……不意打ち気味に、いきなりキスされたのには……びっくりした。

 

 

 

雑談の中で、一瞬会話が途切れたところで……ゾフィーがなぜか、少し潤んだような目になったかと思うと……次の瞬間、逃げられないように首の後ろに手を回されて、そのまま『ズギュゥゥゥン!』って感じで、唇と唇が……。

 

で、その後、僕が唖然としている間に、ゾフィーは席を立って、

 

『この前の……『あの時』は、ちょっと乱暴になっちゃったから、改めて……ね』

 

『このことは秘密ね? お互い……恥ずかしいものね』

 

……だってさ。そのまま歩いて行った。

 

……ゾフィーって……あんな性格だったのか?

 

なんか、その……変な感じなんだけど……。

まるで……だめだ、ちょうどいい比喩表現が思い浮かばん。

 

 

1940年11月9日

 

フィーネが、つかまった。

 

 

 

 


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