終末のイゼッタ 黒き魔人の日記   作:破戒僧

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Stage.35 女神の島

1940年10月17日

 

任務は無事終了……もはや、消化試合と言ってもいいくらいにあっさり終わった。

 

共産党政権への反発から、ごく超規模に起こってる、反乱行動の予兆……をつぶした。

という体にして、実際は対話で何とかした。

 

軍を動かして強制排除したのは、ごく一部の過激派のみ。その他は、『手なずけてこっちに寝返らせた』あるいは『最初からこっちの味方だった』って形にして助けて、恩を売っておいた。

 

もともと、僕らと同じように『祖国の未来』を真剣に憂いている連中なので、その所を突けば対話は可能だったし。こっちとの『取引』は、彼らにとっても願ってもない提案だったようだ。

 

もちろん、その非合法な『取引』……あきらかに軍務に違反するそれを持ち掛けたのが僕だと知れたらまずいので、手駒を動かして裏から、って形にしたけど。

僕の名前も何も出さずにおいた。これで、面倒ごとの種は最小限で済んだ。

 

結果として、バカ共の粛清を行って今再び地盤が盤石になった……と、思われている要地が数か所、こちらの手の内に落ちたことになる。

 

そして、あれからまー早くも、ゼロ経由でゼートゥーア閣下達との、極秘裏での協力関係が構築された。閣下自らが、レルゲン大佐を伴って交渉に現れた。

 

周到なことで、自分たちの弱みを含めた手土産なんかも用意していた閣下は、僕の指示越しとはいえ、見事な交渉手腕で、主導権を握られないままに、あくまでもそれぞれに判断の主権を残した形で同盟を結んだ。たった数分の間の交渉で、あっさりと。

 

交渉の基本骨子としてシンプルイズベストを掲げていたとはいえ、見事なもんだ。影武者を担当してもらった人は、さぞ緊張したことだろう。

 

……その後、僕が協力者だって知らされたときは、さすがに閣下たちも驚いてたけど。

帰ったら色々調整しないとな……さっさとこっちでの用事も片づけよう。

 

……調整と言えば、あっちも色々と後始末を完璧にしておかないとだな。

 

アレーヌ市での作戦は、結局実行され、成功したらしい。

……手放しには喜べない結果になったけど。

 

成功は、した。しかし、その結果が褒められたものじゃないのだ。

……もともと、その予定だったとは言っても。それしかなかったとは言っても。

 

……せめて、僕に決定権があって、僕が現場で指揮することができれば、まだもうちょっと違ったかもしれないんだけど……。いや、短期決戦になる以上、どうしてもアレな手段になるか。

 

だとしたら……火の粉がかかることなく終結したことを喜ぶべきだな。

どうやら参謀本部、僕が何かするまでもなく自分で作戦立案してやったようだし。

 

その際に立案についた人……責任者の名前は、ゼートゥーア閣下でもルーデルドルフ閣下でもなかった。参謀本部で手柄に飢えてる人たちが率先してやってくれたようだ。

まあ、内容が内容だってのに……大した勇者だ。感謝するけど。

 

……作戦はいたってシンプルだ。

ちょっとした小細工の後に……町ごと全部焼き払うだけだから。

 

国際法では、市街地での戦闘に際して、非戦闘員……つまりは、民間人に被害を出すことを禁じている。それらがいると思われる区画への無差別攻撃も、また禁じられている。

 

これらを理由に、敵が市街地に浸透している場合はかなりやりづらいのだ。違反すれば悪者になるから。たとえ戦争中であっても、後々の禍根になる。

 

要するに……『非戦闘員』を撃つからだめなのだ。

そいつが『戦闘員』ないし『非正規兵』『民兵』『ゲリラ兵』の類であればいいのだ。後者に至っては、国際法でもほとんど保護されない。捕虜としての権利すら否定されている。

 

さっくりと言ってしまうと、まず最初に、こちらから……次のように、戦闘のフィールド全域に流れるように布告を出す。ビラをまくでも、音声を大音量で流すでもいいから。

 

『直ちに無関係の一般市民を開放せよ』

『諸君らの虐殺行為は許容できない。戦時国際法に基づき、帝国臣民の解放を要求する』

 

まあ他にもいろいろと言い回しはあるけど、おおむねこんな感じ。

 

雑に言いなおせば、『兵士でない、無関係な帝国の国民を開放しろ』というわけ。

 

さて、これに対して……『帝国臣民』という言い方をされたのは、アレーヌ市の市民なわけだけども、彼らはアレーヌ市民……テルミドール共和国の国民だという意識を持っている。

だからこそ、共和国(と、合衆国)の軍に、自ら協力している。

 

ゆえに、帝国からの勧告に対して『帝国臣民なんざいねぇ!』『我らはアレーヌ市民だ! 最後まで戦う!』という返答をした。してしまった。

 

さらには……そこの守りにあたっていたと思しき、帝国軍人の捕虜を射殺するところまで確認されている。そしてそれをやった者の服装は、軍服ではなく、普通の普段着だった。

 

……さて、問題です。頭を柔らかくして考えましょう。

 

 

 

Q:敵は、『兵士ではない無関係の市民を開放しろ』という命令をシカトしました。これはつまり、どういう意味になるでしょうか?

 

A:解放される市民がいないということは、そこに市民はいないということです。

 

Q:市民がいないということは、そこにいるのは何でしょうか?

 

A:兵士、または非正規兵――民兵とかゲリラです。後者は国際法でも保護されません。

 

Q:と、いうことは、無差別に攻撃しても?

 

A:問題ありません。町ごと焼き払って皆殺しにしましょう。

 

 

 

……とまあ、こんな感じの作戦である。あらためてみてもひどいなコレ……。

 

で、そのまんま実行された。

砲撃、焼夷弾、爆撃……その他色々使って、アレーヌ市は火の海にされた。

 

しかもここで、さらにもう1つ、小細工をしている。

 

火災旋風、というものをご存じだろうか?

大規模火災の際に起こりうる最悪の災害の1つだ。個々に発生した火災が、燃えていない場所から酸素を取り込むことで局地的な上昇気流が起こり……燃えている場所で発生した熱が、それに乗って吐き出される。

 

するとどうなるか……炎を伴った旋風になるのだ。

 

リアル『ほのおのうず』である。あれ、ゲームだと威力低いんだけど、現実でやるとやばいなんてもんじゃない。何せ、摂氏1000度、最大風速秒速100mを超える超高熱の竜巻だ。

 

しかもその『ほのおのうず』、燃え続けるために、空気がある方へある方へ移動していくので……被害が拡大していく。

 

……それを人為的に引き起こすため、空気が通りやすいように建物を爆撃・砲撃で破壊し、露呈した可燃物を燃焼させるために焼夷弾を叩き込み、それらがより燃えやすいように爆撃と砲撃で破壊を……という繰り返しで燃やしまくるのである。

 

うん、まあ……こんなもんを利用するあたり、これ以上のはそうないくらいの悪辣な作戦だ。

控えめに言って掃討戦、あるいは殲滅戦。語弊を恐れずに言えば……虐殺だ。

 

吹き飛ばされ、焼き払われ、さらにそこに自然現象による追い打ちまでかかったアレーヌ市は……原型を全くとどめないレベルで消し炭になったそうな。

 

報告をくれた伝令兵に、生存者はいたか聞いたら……『帝国軍人としてはあまりふさわしくない言い方を承知ですが……いてほしい、と思いました』という返答が帰ってきた。

……よっぽどの地獄がアレーヌでは形作られたらしい。直接見なくてよかったのは、幸いか。

 

……わかってはいたけど、後味悪いな。

 

まあ、これについてはもう考えても仕方がない。今後、この結果をうまく生かしていくことだけを考えよう。いずれ排除する予定の皆さんへの擦り付けのための証拠収集とか。

 

……そういえば、その証拠収集の段階でなんだけど……ちと気になることがあった。

 

この作戦を発案した人……参謀本部の准将以上の参謀将校数名の連名、ってことになってるんだけども、それについての証拠とか、調査結果は、簡単に手に入った。後で使える。

 

しかし、おかしなことに……実行犯の方の情報が手に入らない。

いくらかは手に入ったんだけど……書類上整えただけって感じがするのだ。実際に作戦実行の日、どこの部隊が本当に動いたのか、わからない。

 

……まるで、どこの部隊も動かしていないような……?

 

それに、もう1つ。

当日の作戦に関わった人の中に……気になる名前を見つけた。

 

……なんで、ベルクマン『中佐』の名前があるんだ……?

 

いつの間に『中佐』になってたのか、って点はともかくとして……この人、所属先『特務』だよね?

 

裏方で謀略とか暗躍するの専門じゃなかったっけ? それこそ、魔女関連含めた、人には言えないような部類の任務で動く感じの……なんでこんな作戦に出てくる?

 

……わからん。だめだ、情報が足りん。

今後、ちょっと注意して情報を集めることにしよう。

 

 

 

1940年10月18日

 

気分転換に、お忍びで連邦の観光としゃれこんだ。いつもの4人で。

マリーの案内で、連邦北部に隠されていた……『魔女の遺跡』を。

 

来たいとは思ってたんだけど、ちょうどいい機会がなくて今までこれなかったここに、ようやく来れた。これについては、今回のこの任務に感謝だ。

 

雪深い……とはまだ言わないまでも、そこそこ積もっている山道を進んで、たどり着いた先に、それはあった。

 

『女神の島』と呼ばれているらしい。

何でこんな山の中にある遺跡が、そんな風に呼ばれるんだ……と思ってたけど、来て見てみれば納得だ。山の奥深くの湖の中に、ぽつりと、岩みたいなのがある。てっぺんだけが水面に出ているようで……まあ、島、に見えなくもない。

 

水面より上に出ている部分だけでも……高さ、幅、ともに数mはある。かなり大きいな。

 

しかし……湖畔からそれを見ても、まあ、ただの大きい岩にしか見えない。

 

けど、マリーと僕で『魔女の力』を使い、適当なものを浮かせてそこまで飛んでいってみると……近くでよく見ないとわからない、岩の継ぎ目を発見。

取っ手も何もついていないそれを、これまた『力』で動かすと……中へ入れる通路が現れた。

 

そして、その中には……立派な1つの部屋があった。

入り口といい……明らかに人工物だ。それも、魔女の力を持っていなければ、入れない。

 

教会の礼拝堂みたいな、縦に長い部屋だ。入り口からまっすぐの壁……教会だったら、ステンドグラスがあるであろう位置に、光る何かの図面が見える。

 

マリー曰く、ベルクマン中佐の腰巾着だったリッケルトが行った(そして死んだ)らしい、エイルシュタット公国の『魔女の城』とやらに、雰囲気が似ているらしい。

 

ニコラとマリーに後日行ってもらったんだけど……魔女にしか開けない扉の向こうに、隠し部屋があって……その天井に、あの日研究室で見たのと同じ図面が刻まれていた。

間違いなく、レイラインの地図だそうだ。

 

そして、同じ地図がこの壁にもあった。

 

帝都にすでにあるのと(たぶん)全く同じもののようだし、僕はマリー達が撮ってきたそれをいつでも閲覧できるから、意味があるかどうかはわからないけど……一応写真撮っといた。

 

そして……エイルシュタットの古城の隠し部屋と違う点が1つ。

 

エイルシュタットの方には、『白き魔女』と思しき人の像があったらしい。

それも写真で見せてもらったんだけど……ゾフィーにはあんまり似てなかったな。あ、でも、もう少しあの娘が成長したら似てくるのかも?

 

まあいいや。話を戻そう。

エイルシュタットの方にはあったその像が、こっちにはなかった。

 

代わりに……何かの暗号図面と思しきものが、壁一面にびっしり彫られている。

……そんなに難解なものじゃないな? 昔のものだけあって、さほど苦労せずに解読できそうだ。

 

ただ、量が多い。壁の範囲が広い。

ここですぐに、は無理だな……写真撮って持って帰って解読しよう。

 

……そして、もう1つ。

 

部屋の奥……祭壇、とでもいうような造形のそこに、それは安置されていた。

 

置かれていたのは……ガラスのような透明な素材でできた3つの瓶。蓋は金属だ。

 

大きさ・形は……全部違う。中身も違う。

 

牛乳瓶っぽいのが1つ。中身は、赤い半透明の液体。ビンの9割くらい、結構な量入ってる。

 

平たい、缶詰みたいな形のが1つ。中身は、赤い半透明の、小石みたいな不揃いの固形物。

 

そして、試験管みたいな長細いのが1つ。中身は、赤い半透明の液体。

しかしこっちは牛乳ビンの方とは違い……4分の1くらい。ちょっとだけだ。

 

……ここに、こんな丁寧な感じでおいてあるってことは、まず間違いなく魔女関係の何かなんだろうと思って、持ち帰ってきて……今、調べてもらっている。ニコラに頼んで。

 

まだ、結果は出てないけど……何かコレ、僕、見覚えあるんだけども……。

 

それも、転生してからじゃなくて……前世で。テレビアニメで。

 

……ニコラが調べている、この赤い『何か』に関することが、僕が今解読を進めている、この壁の紋様に記されているのだとすれば……その2つの解析・解読が終わった時、僕らの研究している『錬金術』が……大きく前に進むかもしれない。

 

僕の予想では……この遺跡を作った、過去の『魔女』たちは……それに、多少なり造詣が深かったようだから。

 

 

 

……あれ、でも結局あの遺跡が、何で『女神の島』って呼ばれてるのかはわかんなかったな。

『島』はともかく……『女神』要素、なかったし。

 

まあ、どうでもいいけど。

 

 

 

 


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