西暦1940年10月13日
昇進したばかりだってのに、忙しい。
また前線指揮官の仕事が舞い込んだ。来週頭には出発だ。
もうちょっとゆっくりできると思ったのに……まあ、時間自体は取れないわけじゃないから、休暇として扱えなくもないだろうけどさ。
……案外、それを最初から考えて僕に話を回したわけじゃあるまいな?
ありうるから困る。この話を僕に回してきたのは、ルーデルドルフ中将だ。
ゼートゥーア閣下の戦友であり、参謀本部の作戦参謀次長。同、戦務参謀次長であるゼートゥーア閣下とは、今でも互いに意見を出し合う間柄だ。
そしてその任務とは……ヴォルガ連邦との国境付近における、レジスタンス集団の摘発・掃討である。それも……帝国側と連邦側、双方にまたがっての。
帝国内部――つっても、あのへん旧リヴォニアの占領地なんだけど――は、不穏分子の掃除って意味からもちろんのこと……連邦は連邦で、労力、というか国力をあまり使わずに国内の不穏分子の掃除ができるからってことで、許可されたとか。
……他国の軍隊に自国内での武力行動を許すって……。
まあ、あの国、国自体の規模に反してへろへろだからなぁ……粛清しまくったせいで。
その状況自体は、僕の計画からすれば好都合なんだけど……予想よりかなり早く戦火が広がってきてることもあるし、あんまり悠長にもしてられないな。
……それに、変な噂も聞いた。
どうも今回の任務……ルーデルドルフ閣下に、無理言ってねじ込まれたらしいのだ。
僕のネームバリューをもっとガンガン使っていこうと考えている帝国上層部は、少しの間休息を与えて、すぐに次の戦地へ送り込むつもりだったらしい。
候補としては、国家の仇敵である魔女イゼッタを擁する、エイルシュタット公国。
または、表立って交戦中の国のうちでは最大勢力である、テルミドール方面。
この2つあたりか、候補としては。
……いっそこの2つのどっちかへの派遣だったら、準備もしてあった分いくらでも対応できたんだけど……何だってまた、閣下は僕らをこんな僻地に。
両閣下なら、上層部の連中を言いくるめるのはさして難しくはないだろうけど……これはホントに、戦術的・戦略的に考えて……いい手とは言えないだろうに。
自慢じゃないが、僕の指揮能力は相応に高いと思ってる。
けど、今回命じられたこの任務は、そこまでの能力がなくてもどうにでもなるレベルの難易度……はっきり言って、そこまででもない。
僕でなくても……軍大学を出た程度の水準の指揮能力があれば、なんとかなるだろう。
それに対して、先に述べた両方面の難易度は、コレとは比べるまでもなく上だ。
いや、エイルシュタットはともかく、テルミドール……ゼロの方は黒幕が僕だから、僕がその気になれば苦戦以前の問題だけどさ。
エイルシュタットの方は、イゼッタ相手にしなきゃいけないからガチで激戦区だけど。
そんなひどい攻略難易度差のある地方。よっぽど早く片付けて戻ってこい、とか言われてるならともかくとして……今回の遠征日程を見る限り、1か月以上の日程がとられているようだ。
それだけあれば、僕なら急げば同じ任務を4回は片づけられるぞ?
そして、それがわからない閣下たちじゃないはずだ。
それだけ完璧に、間違いなく仕事をこなせって言われてるのかもしれないけど……で、ないとすれば、何を考えてあの人たちはこんな、部下と時間の使い方を……?
……これじゃまるで、『しばらく帰ってくるな』って言われてるかのような……?
……まてよ?
そういや最近、僕があの辺の地域を離れてる間に……『黒の騎士団』関連以外にも、レジスタンス系活動が活性化していたな……?
……ひょっとするとこれは……?
1940年10月15日
いいニュースと悪いニュースが同時に舞い込んできた。
まず、僕の予想が当たった。
参謀本部……の、一部将校の妙な動きが気になって調べてみたら、案の定だ。
一部の将校が、帝国からの離反を企てていた。
ただ、敵国に買収されてとか、自分の保身のためにじゃなく……あくまで、この先の帝国の未来を案じてのことだ。
この戦い……リヴォニアとの間で開戦して以降のそれはまだ2年足らずだけど、国そのものにかなりの負担になっている。
すでに、民間にもその影響が、従来の戦争を超えるレベルで出始めている。
このまま戦争を続ければ……続けられないことはないだろうけど、どんどん苦しくなる。
上の連中は、損切りをして妥協点を見つけ、戦争を終わらせる、っていう発想がない。
失った分、戦って、勝って取り戻そうとする。他国から奪い取ることで。
それすらも、帝国にとっては負担となることだというのがわからないのか……わからないんだろうな。うん、わかってた。
どうにかなる負担だと思ってるんだろうな。文書の上の数字だけ見て。畜生め。
……このままいけば、帝国は屋台骨からボロボロになっていってしまう。
大真面目に世界征服を企んでるあのおっさんは、圧倒的な武力によって全てを抑え込むつもりのようだけど、そんなことは不可能だし、武力が大きくなっても、このままじゃその根っこ……国力が疲弊する。それを戦勝の賠償で補てんしても、すぐにガタが来る。
てっぺんに飾られているおっさん1人が無事ならそれで大丈夫な国なんてないのだ。国民と、それが織りなす社会があって、初めて『国力』ができ、そしてそこから『武力』やら『軍事力』が形作られるのだから。
……このまま行けば、帝国は仮に戦争に勝っても、その後滅ぶ。
抱え込んだものを抱えきれずに、自壊する。罪のない市民を巻き込んで。
……そこまで行くまでに、その市民の生活も散々なものになっているだろうけど。
それを良しとしない一部政府関係者、および軍関係者が、帝国からの離反……というよりは、祖国の救済ないし自浄を企てている、ということのようだ。
軍のルートからじゃなく、反逆者側のルートから探ったら、何とかわかった。
今はまだ、手回しの段階。主要なレジスタンス組織に、これから渡りをつけるところだった様子……ま、その筆頭候補が、黒の騎士団のゼロだったから、ほっといてもわかったことかもね。
それでも、事前に知れた分は、こっちも色々と動くことができる。いいことだ。
……しかしまさか、ゼートゥーア閣下やルーデルドルフ閣下、レルゲン大佐までそこに名を連ねているとは。
嬉しい誤算だ。あの人たちと連携して動けるなら、この先だいぶ楽になる。
そして、終戦後の復興・立て直しもスムーズにいくだろう。
そうとわかれば、さっそく今後の動きと、彼らとのネタばらしから協力関係構築までの脚本でも……あー、しかしその前に、もう1つだ。
ここで終われればよかったんだけど、次、悪いニュースがあった。こっちも重要だ。
テルミドール方面の市民がいらん気合いを出した。
ゼロおよび『黒の騎士団』と戦ってる地域の後方……アレーヌ市で、パルチザンの蜂起だ。
占領地域を統治し続ける以上はついて回る懸念。占領される前の祖国……この場合は、テルミドール共和国に望郷の念を抱いた市民たちが、帝国死ねコラァ!って感じで反乱を起こした形。
おまけに、戦線を迂回して、あるいは空挺降下で浸透してきた敵国の師団が入り込んだ。
急ごしらえとはいえ、市街戦形式の防御陣地を形成されたか。
厄介なことに、あそこは物流の要所だ。かなり大きな鉄道が走ってて、テルミドール北部から北東部の戦線に物資を送っている、戦線にとってのライフラインである。
念のため他の鉄道も整備を進めておいたから、あそこが不通でもすぐにやばい、ってことはないけど……きつくなることに変わりはない。
一瞬、コレを利用して『黒の騎士団』の勢力を伸ばすとか、攻勢をかけていくつか町を奪還……なんてことも考えたけど……少し遅れて入ってきた情報をみて、やめた。
……この反乱、合衆国のテコ入れが入ってやがる。
共和国亡命政府の伝手だけでここまで迅速にやれるもんだろうか、とは元々思ってたけど……よりにもよってあの連中かよ。
ノルドに義勇兵と物資送っただけでなく、こっちにも……しかもこのタイミング、さては前々から準備進めてたな? ノルドでこっちに大打撃を与えたあと、この一件でさらに追い打ち、っていう目論見だったか。失敗してるけど。
それでも、コレ単独でも帝国へのダメージにはなるから、中止せず実行したわけか……。
ここで、この反乱を生かす形で戦線を進めると、今後の合衆国からの介入を後押しする形になるな……それは喜ばしくない。
欲を言えば、合衆国にはほとんど一切かかわらせずにこの戦争を終わらせたい。
戦後、ヨーロッパにあの国の影響力が直接残るようなことがあれば、それだけ僕らや、エイルシュタットのイゼッタ達にも危険が及ぶ。自称『世界の警察』にでかい顔はさせられない。
北の方のヴォルガ連邦は、被害妄想で動いて、敵になりそうなものを残さず潰そうとしてるし……あの国、この戦いで帝国が勝ったら帝国も潰しに来るぞ絶対。
あっちもどうにかしなきゃだ……頭が痛い。
気が付いてみれば……すでにコレもう、立派な世界大戦だ。
ゲルマニア帝国。火元。
ヴォルガ連邦。迷走中。
テルミドール共和国。および自由テルミドール(亡命政権&反抗勢力)。悪あがき中。
ノルド王国。悪あがき……に、失敗。死に体。
ブリタニア王国。現在の反帝国連合の中心。
その他小国諸々……リヴォニア、カルネアデス、ルイジアナ、ヴェストリア……etc。
ロムルス連邦。現在は傍観に徹している。
秋津島皇国。同じく。
アトランタ合衆国。暗躍中。
そして……エイルシュタット公国。台風の目。
……中立国(建前)も混じってるけど……カオスだ。超カオスだ。
……さて、話がそれた。テルミドールはアレーヌのパルチザンの問題だな。
大きい顔をさせとくのもまずい。それに、一応は同盟扱いのはずの諸国や、黒の騎士団に何の断りもなくこういった重要な作戦を進めたのは、ちと褒められたものじゃない。
結果さえ出せばいいだろう、とか考えたんだろうな……あのちょび髭じじいめ。
兵力と物資をまとめての植民地逃亡に加えて、今度は市街地を盾にとっての後方遮断、補給路の締め上げ作戦。あと……議会で却下されたらしいけど、電撃戦理論を打ち出してもいたな。
……認めざるをえまい。
共和国の、ブノワ・ド・ルーゴ将軍。ゼートゥーア閣下が認めていた通りの傑物だ。
知略、指揮能力、そして、勝つために手段を択ばない、決断する力……どれも、一国の軍のトップに立つのにふさわしいレベルと言える。
最初から最後まで、全部の手綱をあのおっさんが握ってたら、帝国はもっと手こずっただろう……ノルド同様、平和ボケした官僚連中がバカやってくれたおかげで、今がある。
……ただ、それだけに、こっちも容赦・手加減はできないし……そんな傑物が、帝国憎しの損得抜きで徹底抗戦を謳い、国民感情を丸ごとけしかけて襲ってくる方針を固めた以上、なおさら手を抜いた対応はできない。油断して食い破られるようなことはごめんだ。
だから今回は……勉強してもらうことにしよう。
合衆国の後押しがあるからって、『これで勝つる!』なんて調子に乗った結果、何が起こりうるかを……敗北という授業料をもって。
どっちみち、僕がホントに、心から帝国に忠義をささげていたんであれば、同じように、いやもっと容赦なく、徹底的に、えげつなく叩き潰すところだ。加減してやるだけありがたく思え。
……さて、じゃあ、いいニュースと悪いニュース。両方に対処しないと。
いいニュースの方は、近々『ゼロ』として協力関係を締結しつつ、そのゼロの紹介って形で僕のことにもっていこう。
悪いニュースの方は……一刻を争う。なりふり構っていられない。
が……以外と心配は要らないかも知れない。
どうやら……もうすでに動いているらしいのだ。ゼートゥーア閣下が。
……軍大学在籍中に僕が書いた、『総力戦理論の危険性』と『火災旋風の能動的誘発』、そして……『国際法の再解釈による市街地戦闘の合法化』についての論文。
これらを、閣下が閲覧したらしいから。今日、僕が軍図書館を利用する直前に。
そして、その責任という名の手柄は……折角だし、後で排除する予定の連中にプレゼントすることになるだろう。
……作戦名『火の試練』。
あまり、実行どころか……考えるのもアレな手段である。