終末のイゼッタ 黒き魔人の日記   作:破戒僧

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Stage.31 第二次ソグン海戦(前編)

 

 

 

とうとう参戦してきた北方の大国『ヴォルガ連邦』は、その最大の強みである圧倒的な物量と、ノルド王国のさらに北方を握る制海権を生かし、大きく迂回させる形で、帝国と連邦の混成艦隊をノルド・ブリタニア間の海域に進軍させる。

 

その攻撃目標が、軍事上の要地であり、帝国の戦争史における大舞台の1つである『ソグネフィヨルド』であることは、誰の目にも明らかだった。

 

以前、魔女イゼッタと戦略家ゼロが参戦して行われた、ドラッヘンフェルスを鹵獲した戦いにおいて、ほとんどが破損した砲台も、すでに修繕が完了し、連合国軍が使う軍港としての機能を取り戻している。連合軍の北部戦線における、要としての役割を担う、重要な港湾だった。

 

それゆえに、ここを取られてなるものかと、連合軍は直ちに迎撃のための軍事行動を……それこそ、まだ敵軍が動いていない、情報をつかんだだけの段階から開始。

各国から兵が、艦が派遣され、この地の守りと、敵艦隊の撃滅のために展開した。

 

さらに、エイルシュタットからは、先の戦いにおいても活躍した魔女・イゼッタが、

黒の騎士団からは、総司令官ゼロとその手勢の者達が、

そしてノルドのレジスタンスからは、エースとして知られるゼクス・マーキスが参戦。

 

この戦争における本気の度合いを、そのままに示しているかのごとき布陣であった。

 

しかし、敵艦隊の規模や装備……大国と大国が手を組んだ結果であるそれを耳にしては、さすがに戦力を投じている状況下であっても、緊張感は相当なものとなる。

 

加えて……帝国から派遣される指揮官が、かの『ソグンの悪魔』『黒翼の魔人』――テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴンであると知らされた時には……鼻を明かしてやると息巻く者もいれば、この地において最も畏れられるその名を聞いてたじろぐ者もいた。

 

そして、ただ1人……他とは違う理由で、生唾を飲み込み、表情をこわばらせる者も。

 

(……テオ君が、来る……この戦場に……!)

 

改造された、専用の対戦車ライフルを手に……今やブリタニアの、そして連合国の戦力となった『ドラッヘンフェルス』の甲板で、イゼッタは、水平線の向こうに見え始めた敵艦隊をにらみながら、その事実を噛みしめていた。

 

ゼロ達の予想では、おそらくは旗艦にのって指揮を執る位置に立つだろう、とのことだったが……戦いが始まれば、そんなことを気にしている余裕もなくなる。

 

それでもイゼッタは、考えずにはいられなかった。

かつて一緒に遊んだ……間違いなく友達だった、あの少年のことを。

 

(……私たちと同じように、テオ君も戦ってる。悪いことのためにじゃなく……ため『だけ』にじゃなく……平和を願って暮らしている、ゲールの国民のために……。だから、止まれない。負ければ、苦しむ人が変わるだけだから……。けど、それは私たちも同じ。勝たなければ、すべて失うから……。人も、お金も、土地も、命も……。戦わなければ、生き残れない。それでも……)

 

下唇を噛みしめて、

 

(それでも、私……私は、戦う。私が信じる、姫様のために……未来のために。できるなら、テオ君とも……その未来、つかみたいけれど……)

 

『総員、間もなく戦闘開始となる。事前の通達通りに作戦行動を開始せよ』

 

甲板に、いや艦全体に……いや、艦隊全てに響いた、この作戦の総指揮官・ゼロの声。

イゼッタも、思考にふけるのを中断し、それに傾注する。

 

『この戦い……敵の布陣や物量も脅威だが、本質はそれにとどまらない。地理的条件や、何よりも敵の指揮官からして、緻密に計算された戦略行動がものをいう。各自、戦略を軽んじた独断行動などは絶対にするな……何がきっかけで戦況がどう動くかわからない、肝に銘じておけ!』

 

『各員、戦闘配置! 戦闘開始、目算で600秒後!』

 

ゼロに続いた、副司令官である、ブリタニアの軍人の号令と共に……いよいよ始まるのだと、艦隊の緊張感はピークに達するのだった。

 

(私は最初、待機だっけ……そして、命令が出たら……)

 

 

 

そして……同じ緊張感は、もう片方の陣営にも……。

 

『間もなく艦砲射程圏内! 開戦まで目算600秒!』

 

「総員、戦闘配置最終確認。10分後には特大クラッカーでパーティ開始だ。祭は段取り8割、大勢を決するはこの一分一秒である。各員、気を抜くな! ……アレス、各ポイントの状況は?」

 

「おおむね想定通りです。作戦実行に支障はなし……相手方に気取られている様子もなしです」

 

テオに対し、常はタメ口+オネエ口調のアレスも……部下の前であり、超大規模作戦行動の最中であるというTPOゆえに、部下としての口調で話している。

よどみなく報告を述べ続けるその様子は、副官としての彼の能力の高さを表していた。

 

「第一作戦『紅蓮の大弓作戦』の発動予定まであと25分ジャスト……そこまでは艦隊戦ですが、相手はブリタニアの精鋭艦隊。加えて、わが軍より鹵獲された空母・ドラッヘンフェルスを擁しています。そう簡単にはいかないでしょう」

 

「だが、簡単に、劇的に戦況を変えられるだけの力というわけでもない……皮肉にも、運用に注意が必要なのは、先の海戦で実証済みだ。警戒するのは敵の動き、それに足の速さだ。それに……こちらの作戦の、直接の障害にはなりえない」

 

敵を前に欠片も動揺する様子を見せず、堂々と指令室に構えるテオらの様子に、その周囲にある将兵たちは、尊敬と畏怖の視線を送る。

まだ15歳になったばかりという若さで、これほどの風格を備えるか、と。

 

そしてその気風は、この戦いの行く末を、その力で持って切り開きうるかのように、彼らの目に映っていた。

そのためなら、この命とてかけてみせよう、という覚悟を呼び覚ましてもいた。

 

 

(……さて、ゼクスはレジスタンスのエースに、ゼロはアレスの手の者に影武者を任せた。マリーは例の役者のために待機してもらってるし……ニコラは『紅蓮の大弓』と『鋼の流れ星』の作戦行動指揮……暗号無線通信で、両方に指示出さなきゃってのはつらいもんがあるな。けどまあ、ここをうまく切り抜ければ、少し余裕ができるし……がんばろ)

 

そんな、テオの心中など知らずに。

 

帝国の英雄が、かつてその名を轟かせた戦地にて、双方に自分の意思を反映させた、自作自演の猛威辣腕を振るうまで……幾ばくも無い。

 

 

☆☆☆

 

 

―一発の砲声と共に、戦いは始まった。

 

艦隊同士の砲撃戦から始まった戦いは……機動力や錬度で勝る、ブリタニア海軍主体の連合艦隊に、徐々に有利に進みつつあった。

 

ゼロとテオの読み合いの中で陣形を刻一刻と変えていく互いの艦隊。

しかし、次第にゼロが上回り……陣形は、帝国の艦隊を徐々に湾の近くへ追い詰め、さらに湾の砲台と洋上の艦隊とで挟み撃ちにする形が出来上がりつつあった。

 

機動力で勝るブリタニアの艦隊相手に、地の利まで握られてはさすがに苦しくなると、幾度かそれを振り切ろうとするも……先を読んで艦を走らせるゼロの指揮の前に、帝国は苦戦。

 

このまま当初のもくろみ通りに、じわじわと艦隊を減らし、着実に勝利へ近づいていけるかと見られたが……ほころびは、思わぬところから現れる。

 

「待て、陸上部隊何をしている!? 鉄道および通行手段となる各所は封鎖していたはずだぞ!?」

 

連合艦隊の指令室に響く、困惑したようなゼロの声。

 

その理由は、上がってきた報告……ソグネフィヨルド湾岸にて、旧ノルド王国の軍、ノルド王室の指揮下にある部隊が、作戦とは違う行動をとっているというものだった。

 

本来、封鎖しているはずの鉄道を勝手に動かし、物資と人員を運び込むために列車を向かわせている、という報告が上がり、ゼロはそれを制止すべく呼びかけるも、

 

『心配ご無用、こちらはこちらで上手くやる。作戦に支障はない』

 

ノルド王国の、壮年の将軍の返答は……期待に応えるものではなかった

 

「足並みを乱さないでいただきたい! 独断行動は控えていただきたいと事前に……」

 

『繰り返しになるが、それはあくまで作戦行動の枠内でだ。恥ずかしながら、急いで準備するにも限界があったために、砲台に備蓄の物資と人員が心もとない……その補充をするだけだ。作戦行動に支障は出さない、お気遣いは無用に願おう、ゼロ』

 

「しかし……」

 

(……ちっ、所詮は無位無官の根無し草の分際で……偉そうに指図するな)

 

そんな心の声という本音が、無線に乗ることはなかったが……常の態度から、それを悟った者は、指令室にも少なくなかった。

 

ゼロ達は、通信によりノルドの王子に連絡を取り、現場の独断専行を制肘するように打診するも、こちらも『ここは我が国の領土。現場を知っているのは彼等だ……私は彼らを信じる』と、取り付く島もない。

 

そして、止められることなくひずみが徐々に大きくなり続けた結果……それは、起こった。

 

「たっ、大変ですゼロ! ノルドの補給列車の前方に、情報にない、所属不明の列車が走っていると報告が!」

 

「何!? どういうことだ……気づかなかったのか、誰も!?」

 

「鉄道の封鎖を解いた結果、少ない人員で積み下ろし等の作業を行うために人員を偏らせたせいで、傍線からの無断での路線乱入に気づくのが遅れたと……」

 

突如として、ノルドの列車の前を走っている謎の列車の存在が明らかになり……しかも、その混乱がまだ収まらぬうちに、事態は動く。

 

「……っ!? ふ、不明列車の後部車両2両、切り離し……!? こ、このままでは……」

 

「……っっ!? ノルドの将軍と鉄道担当部門に伝えろ! 今すぐ列車を止め……」

 

「だめです! 間に合いません! 追突します!」

 

『おい、ブレーキだ、ブレーキをかけろっ! 早く……』

 

『だめだ、間に合わない……あぁ、畜生、どけよ! そこをどけ!』

 

『総員、衝撃に備えr――――』

 

――ドガァァ―――プツン。

 

 

 

ノルドが無断で発射させた列車のすぐ前を走っていた、別の列車。

それは、帝国軍が、テオの指示で手配したものであり……『紅蓮の大弓』作戦の一環だった。

 

9両の編成で走るその列車は、すぐ後ろを走るノルドの者達が反応する前に、後部2車両を切り離し……貨物を多く積んでいたために、急激に減速したそれは……後ろから走ってきて、減速・停止が間に合わなかったノルドの列車は、それに追突する形で接触し……

 

そこに満載されていた爆薬に引火し、吹き飛んだ。

 

全車両が木端微塵、とまではいかなかったものの……盛大に脱線した上で、運動エネルギーも相まって豪快に吹き飛んだせいで、人員、物資ともにほぼ全滅。ひどいものでは、沿岸部のがけ近くを走っていたために、海に転落してしまった車両すらあった。

 

その報告を受けて、唖然としていたのは……湾の集積地にて構えていた、ノルドの兵士たち。

ちょうど、その『不明列車』が、目視で確認でき……猛スピードでこちらに向かっているのを、そこにいた全員が視認した頃になって、

 

「……お、おい、あの列車……止まる気配、ないぞ?」

 

「ま、まさか……というか、アレ全部の車両に、ははは……嘘だろ? そんなわけないよな?」

 

「あ、ああぁ……つ、突っ込んでくる!」

 

「と、止めろ! そ、そうだ、砲撃で……砲台! 照準をあの列車に!」

 

「だめだ間に合わない! あんな猛スピードで動いてるものに……」

 

「い、嫌だ……うわああぁぁああ!!!」

 

 

 

数秒後……直前で切り離した最後尾車両以外、全車両に火薬を満載した暴走列車が、終点である湾岸の鉄道駅で停止せずにそのまま集積地に突っ込み……盛大に爆発。

集積地に備蓄されていた爆薬に引火・誘爆し……そこを壊滅させた。待機中の兵員と共に。

 

「無人機関車爆弾、予定通りに敵集積地に着弾、敵戦力に被害甚大なり」

 

「直前で切り離した車両、慣性により計算通り敵集積地前にて停止。乗っていた部隊の浸透開始」

 

「『紅蓮の大弓作戦』……成功です!」

 

「実に結構……では第2作戦、『大地の怒り作戦』、次いで第3作戦『鋼の流れ星作戦』に移れ」

 

帝国軍の司令部で、成功を喜びつつも……油断なく部下に指示を出し続けるテオは、まず予定通りに1つ戦況が進んだことに安堵していた。

 

(これでノルドの余剰戦力はほぼ壊滅、でかい面できなくなって少しは静かになってくれるといいんだけど。さて、次は……)

 

 

 

 


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