終末のイゼッタ 黒き魔人の日記   作:破戒僧

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Stage.3 ソグンの悪魔

 

――ノルド王国 ソグネフィヨルド軍港――

 

 

「どういうことだ、一体……一体、何が起こっている!?」

 

責任者たるその男……王国軍の中将は、焦っていた。

 

ついさきほどまで、彼らは盛大な前祝のパーティーを行っていたところだった。思いがけず始まった帝国との戦争であったが、これまた思いがけず、敵国の失策によって、一気に戦況を改善できるかもしれない見通しがついたからだ。

 

愚かにも突出しすぎた友軍を救うため、前線そのものを押し上げた帝国軍を、各所の鉄道網を使った迎撃網で迎え撃ち、各個撃破。その後、艦隊で大部隊を送り込んで一気に戦況を押し戻す。

 

そのための、軍艦・空母数隻からなる艦隊を昨日、盛大な壮行式と共に送り出したところだ。

 

そして自分たちは、所詮は後方、我々の職務はここまでだと、大いに酒を飲んで騒いでいたところに……冷や水を浴びせるかのような凶報が飛び込んできたのである。

 

曰く、前線にて帝国軍が大規模攻勢を開始。

曰く、各所にて待機していた迎撃用の友軍部隊各隊が奇襲を受け、壊滅。

曰く、昨日送りだした艦隊が洋上で帝国軍艦隊により壊滅。残存戦力を港に戻す。

 

軍港基地はまさに混乱の只中。

先程までの浮かれた気分など、指揮官の頭からはとうの昔に吹き飛んでいた。

 

(何なのだ、一体、これは……! 我々は、勝利への道中にあったのではなかったのか!? それが間違いだったと……だが、だとしても、あまりにも!)

 

この心労のせいか、はたまたパーティーで食べすぎたのか、はたまたその両方か……胃のあたりに鈍痛や、若干の息苦しさを覚えながらも、指揮官は懸命に頭を回転させ…………しかし、すぐにそれすらもできなくなっていった。

 

先程からある体の不調……それが、心労や食べすぎによるものなどではないと気づいた時には、すでに遅く……周りを見れば、部下たちも皆、同様に倒れ伏すところだった。

 

何人か、無事で残って立っていた部下もいたが、突如として指令室の扉が開き、駆け込んできた数人の王国兵……の服を着ている何者かによって射殺されていく。

 

さらに、部下の何人かは反撃しようとしたものの、そこにすさまじい速さで斬り込んできた1人に、瞬く間に叩き伏せられ、蹴り倒され、投げ飛ばされ……動きを止められたところで、同じように銃で撃ち抜かれてその生を終えた。

 

その場に動くものは、侵入者たち以外に1人もいなくなってしまった。

それを認識できていたのも……彼が息を引き取るまでの、残り数分の間のことであったが。

 

「な、ぜ……こんな……ことに……?」

 

 

「なぜってまあ、危機感の低さが原因としか……ねえ? まあ、僕らだって最初ここまで、というかこんなところまで来るつもりはなかったんだけどさ。ケガの功名って奴かね」

 

「あら、それ東方の諺よね? 相変わらず博識だこと……何にしても、今は戦争中で、私たちは敵同士……油断してればこうなるのは当然でしょ。同情の必要はないわよ」

 

「わかってるさ。じゃ、僕らは僕らでやるべきことをやろうか……アレス、機材の操作を任せる。チャンネルを帝国軍のコードに合わせて、暗号通信準備。他はまず……」

 

「隊長! 重要各部所の制圧、完了しました。各分隊連絡兵揃っています」

 

「ご苦労、ニコラ。ダメージレポート」

 

「こちらの損害はありません。敵戦力は毒物によって既に9割以上が沈黙、残り1割も、奇襲による無力化に成功しました」

 

「結構。各部屋の書庫等を調査、持って帰れそうなものを根こそぎかっぱらえ、本国もとい、これから来る友軍へのみやげにする。重要性が高そうなものを選別し集約、60分後にここに持ってくるよう伝えろ、敵の残存兵力については、マリーが間もなく屯所を爆破―――」

 

―――ドォン、ドォン、ドォン!!

 

「――したみたいだから、彼女が戻ってきたら同じことを伝えて協力して作業に当たれ」

 

「了解しました!」

 

「テオ、帝国軍の無線波をキャッチしたわ。すぐに話せるわよ」

 

「ご苦労さん、アレス……って、つながったんなら報告すりゃいいのに」

 

「私たちのボスは今、あなたなのよ? あなたが健在なのなら、あなたがやるべきでしょう? ほら、暗号化はすんでるから」

 

「それもそうか……こりゃ失礼。……すー、はー、あー緊張する……帝国軍北方捜索第8特務小隊、テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴンより、北部方面軍司令部へ。現在本隊は、ノルド王国北西部ソグネフィヨルド軍港の無力化に成功…………」

 

 

 

西暦1936年11月3日

 

あ゛ぁー、よかったー!

生き残ったー! 帰ってきたー!

 

なんか色々褒められて、絶賛されて、叙勲間違いなしどころか、色んな所から『卒業後はぜひ我が方面軍に!』とかなんとかめっちゃ誘われたりしたけど、とにかく生きて帰れてよかったー!

 

マジでよかったー! 帰還と同時に同期生たちとバカ騒ぎのレッツパーティーに発展して夜通し騒いで、けどなんと教官たちもそれを黙認するどころか、何人かは参加してくるくらいによかったー! うんうん、めでたい! よいではないかよいではないか今日くらい!

 

あ、でもちなみにその流れで肉食系女子にお持ち帰りされそうになったのだけは、今になって思うと怖かった。アレスたちに助けてもらったけど。

 

 

 

さて、その乱痴気騒ぎも昨日のこと。

現在、特別休暇をもらって部屋でゆっくりしている僕なわけだが……そういや、前に日記書いた時に、続きを書くとしたら無事終わった後、って言ったんだっけね。

 

じゃ、その予告通り……総集編みたいな感じでさっくりと書き綴りましょうかね。

 

 

 

捜索に出て、友軍の潜伏が予想される各ポイントを回ったまではよかったけど……その後の撤退プランに穴があった。鉄道が急きょ動かせなくなり、帰れなくなり……救出した友軍もろとも、敵地奥深くに取り残されてしまった。

 

しかも、その救出した友軍は、僕ら候補生と大差ない、戦場未経験に等しい訓練兵からなる部隊で……初めての戦場にビビりきっていてまともに話すことすら困難な始末。

……そのおかげでこっちは冷静になれたから、逆にありがたかったけど。周りにテンパった人がいると、他は冷静になれるって本当なんだな。

 

おまけに、付近には大規模なノルド王国軍部隊がうようよいて、動けないと来たもんだ。

 

あの時はさすがに『これ死んだかも』と思ったね。

 

けど、使えなくなったのは、帝国軍が使っていた鉄道だけ。民間や、敵軍……ノルド王国軍が使っていた鉄道は生きていた。

 

なのでそれを使い、服を変えて、戦線から逃れるように避難する人民に混じって北上し、ひとまず敵軍の包囲網をすり抜け……しかしその途中、同じ隊所属で、情報収集が得意なマリーが持ってきた情報が、僕の目に留まった。

 

その情報から僕は、ソグネフィヨルドの軍港で大規模な艦隊の出撃が行われること、その直後に同軍港が一時的に兵員が極端に少なくなり、『穴』が開く状態になることに気づいた僕は……皆に相談した上で了承をもらい、一か八か、賭けに出ることにした。

 

その軍港においては、あまりにも大規模かつ急な作戦ゆえに、民間の作業員も出入りしていた。それを利用し、僕ら小隊と救出した小隊、合計50名あまりがそれに紛れ込んで潜入した。

 

戦況が自分たち有利になったことがよほどうれしかったのか、ザルにもほどがあるチェックだったな……ありがたかったけど。

 

ともあれ、そうして軍港基地内部に潜入した僕らは、一部を除いて、一定期間を本当に真面目な民間の雑用として過ごし……艦隊の出撃の直前に行動開始。

 

軍艦と空母に忍び込んで、飲料水のタンクに遅効性の毒を入れ……さらに、出撃後の前祝のパーティーでふるまわれた料理にも、同じように毒を。

 

これによって、あっけなく壊滅した基地を制圧し……その基地の設備を掌握。

暗号無線で帝国軍に状況を伝え、対応した軍事行動をとってもらった。

 

戦線を再度押し上げるとともに、こっちで入手した情報をもとに各地の伏兵を奇襲し撃滅。すぐに出せる部隊を、敵が利用していた鉄道で送り込んでもらい、ここに兵員を補充。

 

さらに、毒でボロボロになっているであろう敵艦隊を壊滅させ、その足でこの軍港に来てもらう。どうにか逃げ帰ってきた敵艦隊については、この基地の砲台設備を使ってとどめをさし、海の藻屑と消えてもらった。

 

複雑に入り組んだフィヨルドに多数設置された砲台。その防御力たるや、海に対する守りは完璧といっていいレベルだと聞いていたけど、まさにその通りだったな。帝国の艦隊でも、ここを突破しての揚陸は不可能だっただろう……今回は、逆に利用してノルドの艦隊を沈めたわけだが。

 

これにより、北部と南部を、さらにそこに伸びる鉄道をも抑えた帝国軍は、一気に攻勢に出た……というところで、僕らは任務終了。帝都に凱旋と相成ったわけだ。

 

――この作戦、というより、思い付きかつ行き当たりばったりの戦術だけど……生前好きだったアニメでやってたことをそのままやっただけだったりする。上層部からはえらく評価されてしまったが、僕としてはあのアニメ、というか原作小説の原作者に心からの感謝を送りたい。

 

あれの部隊も、冬目前のノルウェーっぽい国のフィヨルドだったしな……陸路での潜入じゃなくて空挺降下だったし、毒殺じゃなく砲撃での制圧だったけども。

 

そして、この作戦を指揮した僕、アレス、マリー、二コラの4人は、その存在と能力を軍全体に広く知られることとなり……平たく言って、エリートコースへの招待を確約された。

 

このまま飛び級して、来年春には卒業、少尉任官。そして一定期間の軍務経験を積んだ後、軍大学に入学……ってところまでお膳立てされてしまったようだ。

やれやれ……こりゃ、当分……それこそ、年単位で忙しい日々が続くかもしれないな。

 

ただ、僕らは参謀将校として将来を期待されているようなので、前線に送られる危険は減ったかもしれないから……まあ、よしとしよう。

 

そもそも、ノルド王国相手の戦いも、冬を待たずして終わりそうだし。

今後、平和な時代が続いてくれればいいのにな………………あ、やべ、今のフラグか?

 

 

……ちなみに、ごくごく短期間にして重要な軍拠点であるソグネフィヨルド軍港を陥落させ、さらにそれが対ノルド王国の決定打となったことから、僕に二つ名がついたらしい。いや、アレ明らかに敵がバカだったのが理由の半分以上なんだけど……

 

帝国では、『神童』あらため……『黒翼の魔人』。

敵国からは……『ソグンの悪魔』だとさ。

 

『黒翼』は、入港してきた空母の指揮官が、出迎えの際、風ではためいている僕のボロボロのトレンチコートが、蝙蝠か悪魔の翼みたいに見えたと言ったことから。

敵国のは……わけもわからないうちに軍港を1つ落として見せた怪物として、だそうだ。

 

全く……物騒な。

 

 

 

1939年9月1日

 

……また、戦争が始まった。

こんどは、数年まえのノルドの一件と違って……帝国から吹っかけた戦が。

 

この数年で、僕は身長も急激に伸び……アレスにもうちょっとで追いつくまでになった。ショタと呼ばれていた頃の僕はもういない……いや、年齢的にはまだ14歳、中学生だけど。

それでも、身長170㎝近くもあれば、十分大人の男性として見てもらえる……と思う。

 

しかし、帝国はそれ以上に変わったな……悪い方向に。

 

……どうやら帝国は、ここ数年で急激に調子に乗ってきたようだってのは、前々からちょっとずつ感じてはいたけど……本格的に『覇道』でも歩むつもりなんだろうかね、皇帝は。

 

イマドキ流行らんだろうに、そんなもん……平和が一番だよ。

ふっかけられたリヴォニアは迷惑だろうな……何か申し訳ない。帝国軍人として。

 

……ま、それは別にいい。

よくはないけど……なるようにしかならない以上、僕らが何か言っても仕方ない。

 

それよりも、だ。

僕らは僕らで、やるべきことをやらなきゃ。

 

……もし仮に、日記形式の小説みたいに、この日記が誰かに読まれていたとして……途中なかをすっ飛ばしてここを読みでもしたら……何言ってるかわかんないだろうな。

 

まあ、単純に言えば……軍大学で再会した、かつての戦友4人が、あることがきっかけでそれぞれに抱えていた秘密をさらけ出して、その結果ますます強い絆で結ばれ……そして現在、ある共通の目的に向かって突き進んでいる……って感じか。

 

……途方もない上に突拍子もない目的だけど、絶対に逃げたくない、達成したい目的でもある。

場合によっては……帝国を出ることにすらなりかねない。

 

けど、別に構わない。

 

軍人としての楽な生活はできなくなるけど……軍人って時点で、いつ何があるかわからない身の上だ、どこでも生きていくくらいできる。それだけのノウハウは手に入れた。

 

……むしろ、どっちかって言えば、この国、出たい。

出たいけど……目的のためにはこの国にいた方がいい、っていう矛盾。まあいい、割り切る。

 

僕ら4人の中に……この国が祖国の奴も、この国に思い入れがある奴も……もう1人もいない。

 

というか、しいて言うなら……僕ら4人、まともなのが1人もいない。

 

まさか、あそこまで異常人がそろってるとは思わなかった。最早運命的だ。

 

 

 

まさか……僕を含めた全員が、『魔女』の関係者だとは(日記はここで途切れている)

 

 

☆☆☆

 

 

「あら、まーた日記書いてるのかしら? ホントに好きよね、テオってば」

 

「まあね……書いてると状況整理にもなるし、落ち着くから。それよりアレス……って何だ、3人とも一緒に来たの?」

 

「いえ、偶然そこで一緒になりましてな? どうやら、そろってギリギリまで他の事をしていたようで……しかしテオは相変わらず、日常生活まで15分前行動徹底のようで」

 

「お待たせして申し訳ありません、テオ様」

 

「いいよ別に、マリーもニコラも忙しいもんね。じゃ……食事にしようか。臨時収入が手に入ったもんでね、おごらせてもらうよ」

 

「おや、景気のよいことで。では、お言葉に甘えましょうか」

 

「そ、そんな、テオ様……おごりなどと、私は自分の分は自分で……」

 

「こぉらニコラちゃん、こういう時は男を立てるのもいい女の条件よ?」

 

そんな4人は、これから大きく広がりゆく戦果の種火がともったその日も……つかの間の平和を噛みしめるかのように、楽しげな晩餐のひと時を過ごしたのだった。

 

 

中心は、帝国軍大尉、テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴン。

 

それを囲むは……彼の親友、あるいは取り巻き、または腹心として知られる3人。

 

帝国軍大尉、アレス・クローズ、

同じく中尉、二コラ・ファイエット、

同じく中尉、マリー・ロレンス、

 

いずれも……その名に偽り、あり。

 

彼らが、その仲間たち以外に、本当の名を名乗る日が来るのかどうか……まだ、誰も知らない。

そして彼らが……いかにして、これから欧州全体に広がる……のちに『魔女戦役』とまで言われるようになる、世界史上例を見ない大戦に、放り込まれることになるということも……。

 

 

 

 

 

 


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