終末のイゼッタ 黒き魔人の日記   作:破戒僧

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Stage.29 血の味

 

 

『いや、ごめん。それはさすがに無理』

 

――だった。

昨日の夜の……私の問いかけに対しての、テオ君の返答は。

 

……ちょっとだけ、期待してただけに、残念だったけど……理由を聞いてみれば、それも納得できた。

 

『僕一人裏切ったところで、帝国が劇的に弱ったり、すぐに戦争終わるわけじゃないでしょ』

 

『むしろ……自分で言うのも何だけど、中途半端に『英雄』として知名度あるだけに、国や軍が分裂しちゃいそうで怖いわ。それはそれで多少なり帝国弱体化するけど、確実に死人増える』

 

『そもそも、帝国全部が悪人の塊ってわけじゃな……あー、前にイゼッタには話したよね? 認知度こそ世界の敵的な感じだけど、ホントに穏やかに、平和を願って暮らしてる人も多いし、僕自身色々と世話になってる人も多いんだよ』

 

『だから僕としては……愛国心、はないけど、もっとこう軽い感じの……思い入れ?もなくはないし、そうあっさり背を向けて後ろ足で砂かけるようなことまではしたくない。できない』

 

『戦争終わらせるにも、終わらせ方ってもんがあると思うから、さ』

 

……確かに、言っていることはわかる。

彼だって、その前に言っていたから。『戦いたくて戦ってるわけじゃない』って。

 

それでもなぜ戦い続けるというのかと聞かれれば、それは……『戦わなければいけないから』戦っているんだ。

彼は軍人で、ゲールのために戦う義務があるし……それ以前に、戦うことをやめても、望む形で平和が訪れるわけじゃない、ってわかってるから。

むしろ、多くの国から恨みを買っているゲールだからこそ、戦いをやめるわけにはいかない。

 

けど、それじゃいつまでたっても解決しない。

 

平和のために戦う。

戦いを続けるから平和が遠のく。

 

戦いをやめれば、苦しみだけが残る。

だからと戦い続ければ、苦しみの分を取り戻すために戦火は広がっていく。

戦火が広がれば、それだけ苦しみが増える。

 

……あらためて考えて、言葉に直してみると……ひどい、な。

戦争って……誰も、幸せにならないんだ。

 

それこそ、テオ君が言ってたように……軍や政府の上層部で、勝ち続けることで甘い汁? 蜜? をすすってる立場の人や、戦争で手に入れた賠償とかで国内の損をどうにかしようと躍起になってる人だけがやる気になってる。

 

あるいは、これはある意味当たり前なのかもしれないけど……戦争で負けて祖国を穢され、色々なものを奪われた立場の人たちが……損得も何もかも抜きにして、徹底抗戦で最後まで戦おうとしてる。……テルミドールの将軍さんが、まさにそんな感じで戦ってるんだっけ。

 

……テオ君が色々やったせいで、その抵抗勢力も削られまくってるって聞いたけど。

 

帝国は、常に戦い続けないと、国力を保てないようなところまで来てる。

戦い続ければ、生きていける。余裕もなくはない。けれど……戦いをやめれば、その瞬間色々と苦しくなるから、止まることができない。

 

他の国々は、戦わないと、あるいはほかの方法で戦争から逃れられないと、帝国に攻め落とされてしまう。だから、戦うしかない。

 

今戦ってない、カルネアデス王国みたいな国も、帝国にいつ牙を向けられるかわからない。

 

……帝国を倒せば、単純に平和が戻ってくるんだと。帝国は悪い国だから、それさえ何とかすれば……ジークさんたちの言うように、多くの国で協力して勝てば、それで終わりなんだと。

私は、簡単に……そう、思っていた。

 

それ自体は間違ってないんだと思う。

けど、それだけがこの戦争の本質じゃない……っていうことを、私は知らなかった。

 

『戦火』っていう言い方は、よく言ったものだと思う。まるで山火事みたいに、一か所で上がった炎が次々に、またたく間に燃え広がって、あっという間に手が付けられなくなる。

たき火の跡だったうちなら、バケツ一杯か二杯の水でどうにでもなっただろうに、見渡す限りを燃やす大火になってしまえば、消防車両でもどうにもならない。

 

……この、欧州全体に広がりつつある戦争は、一国や二国の力じゃどうにもならないレベルにまでなってしまってるんだ、って……その時、初めて私は、本当の意味で理解した。

 

勝っても負けても、後には苦しい時代が待ってる。

終わらせ方によっては、さらに苦しいことになる。恐ろしいことに……勝っても負けてもだ。

それは、帝国も、他の国も同じ。だから……どこも負けたくなくて、必死になってる。

 

戦争は、終わった後にもいろいろと大変なことが待ってる。

それを少しでも楽にするために、みんな頑張って……けど、思うようにいかなくて。

 

ただ安直に、勝って終わらせよう……なんて考えられないんだ。

 

けど、ならどうしたらいいんだろう……?

終わらせようとしても苦しくて、けど戦い続けても苦しくて、終わらせたくても終わらせてもらえなくて、自分の国がどうにかしても他国はどうにもならなくて。

 

……私には、この戦争の火が……今ある国々の力も、人々の暮らしも、平和への希望も……全てを焼き尽くすまで終わらない大火事に思えてきてしまった。

 

姫様の、エイルシュタットのために戦うことに、私はもう迷いはない。最後まで戦う……覚悟はできている。

 

けど、その先に、姫様の目指す平和は、本当にあるのだろうか?

 

姫様は、約束してくれた。戦争を終わらせて、『皆が選べる明日を作る』って。

 

それでも……それを実現するために、どれだけ高い壁を、どれだけ超えていかなければいけないのか。そしてそれは、私の、魔女の力や、姫様の政治の力だけで超えられるものなのか。

 

そんな、弱気な考え方まで出てきてしまって……私は、本当に考えなしだったんだなあ。

 

そして、そんな風に考えたのは……どうやら、姫様も同じだったんだと思う。

直接聞いたわけじゃないけど……昨日、あの時……テオ君との別れ際に、我慢できずに……って感じで姫様が言ったことを思い出せば、そうわかる。

 

……そうじゃなきゃ、姫様は……弱音なんて、人前で言わないもの。

 

『……答えは聞かない。言うだけ言わせてくれ』

 

『……私は、もう嫌だ。親しい者が、私を思ってくれるものが傷つき、そればかりか互いを知る間柄の者同士で戦わなければならない……』

 

『朝、笑顔で送り出した者が、夜、無言の帰宅をする……平和を望む者同士が争い、殺しあう……狂気の沙汰だ』

 

姫様と私は、この前のクーデターの一件の時、逃げ遅れた人たちを守ろうとして戦って、撃たれて死んだ人の今わの際に立ち会った。

 

同じようなことを、姫様は何回も経験してるらしい。

それも……エイルシュタットの軍人で。姫様を守って、ゲールの敵兵の銃弾に倒れて……。私と再会したあの日も、護衛として、目的地まで送り届けてくれた兵隊さんたちが、何人も……。

 

そのことを思い出してか、姫様のその時の顔色は青くて……必死で、表情を崩さないように耐えてる、って感じだった。

……そして、失敗していた。

 

 

 

『帰りたい……あの、平和だった、楽しかったあの頃に』

 

 

 

改めて、この戦争が終わらない世の中の苦しさ、辛さを突き付けられた姫様は……ほんのわずかな時間だったけど、その、いつも凛々しい顔を崩して……

ほんの少しだけ、嗚咽を漏らして、

ほんの一筋……涙を流していた。

 

全く意味がない会談だった、ってわけじゃないけど……する前よりも、気が重くなったかもしれない。

これから、誰も望んでいない、誰も幸せになれない戦いが続くんだ、って、思ってしまうと。

 

……いつまで、続くんだろう? こんな、悲しい戦い……

 

 

☆☆☆

 

 

1940年8月27日

 

……何か、終わってみれば……あんまり後味のよろしくない密会だったな、と思う。

 

向こう話したがってたし、僕も……記憶戻って改めて、イゼッタやフィーネと話してみたかったのは確かだし……ついでに、今後のことについて色々双方に有益な話でもできたら、と思ってセッティングした密会だったんだけど……わかってたことの確認がほとんどで、後はただの世間話で終わっちゃった。

 

話したことと言えば……魔女の力、僕が持ってるそれの一端くらい、かな。

 

総括してみれば、お互いに『戦争やだね』『ね』っていうだけの愚痴だった。

……心からの本音だったけどね。どっちにとっても。

 

……実際、この戦争ってどこまで続くのやら。

 

一応、僕は色々と手を打って、終わらせるつもりで動いてるけど……そうじゃなかったら、あの皇帝のおっさんの方針もあるし、どこまで続くんだろうなマジで。

 

……どこまでも続きそうで怖い。

それこそ、国家が崩壊するまで。

 

ゲールは世界征服する気なんじゃないか、っていう噂すら、しかも内外で大真面目にささやかれてる昨今、マジでそういう強硬路線、いやむしろ『狂慌路線』を行きそうなあの皇帝はホントに先が読めなくて怖い。怖すぎる。現場で戦う者として。

 

何回か謁見で、あるいは玉座の間での会合とかに呼ばれて見たこと、会ったことがあるからわかるんだけど……マジでおっかない目してるんだよな。

 

目つきが悪いとかじゃなくて、何というかこう……何を考えてるのかわからない目。

 

暗くて、深くて……まるで、底知れないものを孕んでるかのような、深淵を覗き込んでるような気になってくる目。なんか厨二病みたいなことを言ってる気がするけど、実際にそういう感想を抱いてしまうんだから、その……困る。

 

偉人と狂人は紙一重、って誰かが言ってた気がするけど、ああいうのを示してるセリフなのかもしれない。

 

多分だけど、あのおっさんと僕らとでは、見えてる世界が違うんだろう。

地位以上に、その感性の違いゆえに。

 

……こないだ見せられた、『魔女』関連の研究のこともあるし……帝国がこの先、どんな方向に進んでいくつもりなのか……ちと、怖い。

 

 

1940年8月30日

 

とうとう、というべきか。

 

まだ、本格的なものではないけれど……合衆国が、重い腰を上げつつある。

そんな報告が飛び込んできて……帝国軍の参謀本部は、頭を抱えている。

 

合衆国の国力は、他の列強諸国とは比較にならないくらいに強大であり……連合国の側について参戦されることは、帝国にとって終わりを意味する、なんて言われたりもする。

 

ただ、民主主義の上に、国全体に戦争を忌避するムードのある国だから、義勇兵の派兵と、大統領からの『個人的な援助』が、反帝国の国々に対してされているにとどまっているけども……本格参戦も時間の問題だろう、と見られている。

 

あの代表さんが持ち帰った報告が、議会で話し合われている最中なんだろうし。

 

そんな、予断を許さない状況の中……僕は今日、ベルクマン少佐に呼ばれている。

今、そこまで行く列車に揺られながら、暇つぶしに日記を書いている最中だ。

 

どうやら、例の『魔女』研究の関係で何か話があるらしいんだけど……何だろうね?

 

 

☆☆☆

 

 

「……『魔石』、ですか」

 

「ああ。資料……といっても、おとぎ話と同レベルの信頼度しかないそれから読み取った情報なのだがね。かつて『白き魔女』は、赤い楕円形の石……『魔石』と呼ばれるそれを武器にして戦っていたらしい。これはおそらく、その破片か何かだろう」

 

「エイルシュタットの古城の隠し部屋から持ち帰られたって話ですよね? なら信憑性も……」

 

秘密保持の観点から、帝都から離れた某所に設けられた、『魔女』の研究施設にて……ベルクマンとテオは、様々な資料を並べて話し合いを行っていた。

 

主に、研究の進捗状況などをベルクマンが伝え、それにテオが意見を出す、という形で進んでいる。テオの方は、先だって行った会談でイゼッタに会えたわけなので、その際に何があったかなどの報告も、今回は組み込まれたが。

 

しかし、ベルクマンにとってはただの情報共有の打ち合わせだが……テオにしてみれば、そのポーカーフェイスの裏で、予想以上に帝国の『計画』がペースを上げて進んでいることを知り、若干ではあるが焦りを覚えることになる結果となった。

 

クローン技術によって復活させた『白き魔女』の軍事利用。

それが、いよいよ現実味を帯びてきている。

 

すでに、培養槽から出して、肺呼吸も始まって普通に活動できるようになっており……声をかければ反応するようなレベルになっている。

 

ただ、自我があるとは言えず……何か命じなければ何もしない、生ける屍のような状態で、とても軍事利用だの作戦行動だのをさせられる状態ではない。

『魔女の力』も、命じてみても使う様子はない。

 

ここ数週間は、そこで足踏みしている状態だとのことだ。

 

「一応、この状況を打破するきっかけになりそうなものに、心当たりはついたんだが……いかんせん、簡単に手に入るようなものでもなくてね。いい機会が中々巡ってこないから、現状に甘んじている、というわけさ。参考までに、君からは何か考えのようなものはあるかな?」

 

「勘弁してくださいよ……生物学は専門外ですって。ましてや、人間って……」

 

「僕だって専門外さ。それに、この『クローン』という研究自体、元々は生物学じゃなく……『魔女』関連の資料から情報を集めて形作られたものだと聞いているよ? かつて、魔法と並んで研究されていた『錬金術』の資料から再現された……人造人間(ホムンクルス)だったかな? それを参考にしたと」

 

「……それはまた、夢のあるような恐ろしいような」

 

引きつった笑みを浮かべるテオに対し、いつもと変わらない不敵な笑みのベルクマンだったが……ふと、何かを思い出したように、

 

「……っと、時間をかけすぎたか。すまないねペンドラゴン少佐、これから空軍の会議にも出なくてはいけないんだ。悪いが、あとはこの資料を読んでおいて……ああ、そうだ、帰りにでも、彼女の様子を見ていってはどうだい? 話は通しておくよ」

 

「ええ、そうします」

 

そう言って退出したベルクマン少佐。

後に残されたテオは、言われた通り、資料を読んで帝国の研究の進捗状況を把握していた。

 

それが終わると、片づけをベルクマンの部下たちに任せて、部屋を出て、廊下を歩きながら……頭の中で、自分たちのわかっている範囲での知識と照らし合わせつつ、状況を整理していた。

 

(魔石、ね……見た感じ、僕らが作った『魔力結晶』や『魔石』の亜種って感じか……いや、元祖がこっちだと考えればこっちが亜種か? ……というか、名前かぶったな。偶然だけど。)

 

自分たちが作った方は『人造魔石』とでも呼んで差別化すればいいか、などと、のんきに考えながら歩くテオ。

 

「どっちにせよ、あれだけじゃ性質の推測のしようもないし……せめてサンプルが欲しいところだけど、そんなことできるはずも……っと、ついてたか」

 

考えている間に、ソフィーが『安置』されている部屋に到着していた。

 

中に入ると……そこは、設備の豪華な病室、といった見た目になっていて、様々な機材に囲まれて、その中央に……ベッドに横たわる、1人の少女。

 

色白の肌に、白い髪が特徴的な……以前、ポッドの中でその姿をみた、『白き魔女』のクローン。

ゾフィー、という名前らしいその少女が……眠っていた。

 

ベルクマンから話は通っていたようで、テオがその部屋に入ってきて、ゾフィーのベッドの隣に来ても、部屋の中にいて番をしている兵士や研究員は、特に何も言ってくることはなかった。

 

そのまま、顔を覗き込んだところで……

 

「……ぅえ!?」

 

突然、ゾフィーが目を開けて……じっとテオを見つめ返してきた。

 

驚いたテオに、それを見ていた研究員の1人が、

 

「ああ、大丈夫ですよ少佐殿、よくあることなので」

 

「え? そうなの?」

 

「はい。言ってみれば……今のその少女は、赤ん坊みたいなものなんです。何かを考えるほどの思考能力はないので、聞こえた音や、動くものに反応して目で追っているだけだと思われます。しばらくしたら収まりますから、お気になさらずとも大丈夫ですよ」

 

「はぁ……そうなんでs――!?」

 

その言葉は、最後まで続かなかった。

 

研究員に言われて、再びゾフィーに向き直ったテオに……突然、上体をむくりと起こしたゾフィーの顔が迫ってきて、よける間もなく、その唇同士がふれあい……

 

――ガツッ!!

 

「あだっ!?」

 

「しょ、少佐殿!?」

 

それを通り越して、ゾフィーの歯が激突。その衝撃と痛みに、テオは大きくのけぞった。

 

ゾフィーはというと……すぐに、またベッドに寝る姿勢に戻ってしまった。

一体今のは何だったのか、と、見ていた者達が唖然とする中……はっとした1人の研究員が、

 

「少佐殿、だ、大丈夫ですか!?」

 

「あ、うん……大丈夫……痛てて。今のみたいなのも、よくあるの?」

 

だとしたら前もって注意が欲しかった、とこぼすテオに、研究員は冷汗を流しつつも、

 

「い、いえ、こんなことは初めてで……わ、私どもとしても、その……」

 

「あ、そう……赤ん坊だけに予想できない動きをするんかね? 油断も隙も無い……」

 

(痛てて……うわ、ちょっと口切った、血出てるよ……)

 

口元の血を舐め取りつつ、かなりげんなりした気分になっているテオは……その後すぐに、研究員から簡単に話を聞くだけにして、その部屋を後にした。

 

 

 

……ゆえに、彼は気づかなかった。

 

ゾフィーの目に……ほんの僅か、今までになかった、光がともり始めていたことに。

 

 

 

 


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