数分前まで、彼らは……戦支度の最中だった。
彼らは、祖国カルネアデスが『ヴォルガ連邦』に媚びを売る形で安寧を得ようとしていることに我慢がならず、『我らの道は我らが切り開くのだ!』という精神で、クーデターを起こした。
まず、外交会談に来ている各国首脳を確保し、それを人質にして、クーデター発生から後始末の完了まで、各国からの介入を抑える。
その後は、クーデターによる混乱を収束させる内政努力を進めつつ、集結させた戦力により、帝国や両連邦の軍事上の要地を奇襲し攻め落とすのだ。
なお、人質にした首脳陣には、特に危害を加えるつもりはない……帝国とその同盟国以外は。
帝国と、その同盟国である『ロムルス連邦』、そして協力関係を築きつつあり、今回の件で明確に敵対することとなるであろう『ヴォルガ連邦』の代表者については、そのまま戦時捕虜とする。
そして、今後の外交や戦争を有利に運ぶ……という、計画だった。
人質確保ための作戦が失敗したと知らされた彼らは、しかし今更後には引けないと、人質はなしで軍事上の要地の確保を進めるために動き出すつもりだった…………数分前までは。
そして今、彼らは……1人の『魔人』に蹂躙されていた。
「う、撃て撃て撃て撃てぇ! たった1人だぞ、早く撃ち殺せぇ!」
「し、しかし隊長、動きが速すぎて狙いが……しかも、撃っても弾かれると……」
「バカなことを言うな! どこの世界に銃弾を弾いて防ぐ奴が居r―――るるるる……」
「……いるんだな、コレが」
「は? ひ、ひぃぃいい!? た、隊長っ!?」
「く、首がァっ!?」
狭くはないが広くもない。彼らがアジトの1つとして使っていた建物の一室。
その内部を、先程から縦横無尽に走り回って大立ち回りを演じているテオの手で……今、極めて物理的に敵指揮官の首が飛んだ。
その光景に……あるいは、先程からの無双さながらの乱舞に、室内にいる数十名からなる敵兵たちは、震えあがっていた。
扉を爆破してテオが乱入してきてから、まだ1分かそこらしか経っていない。
なのに、室内はすでに死屍累々。それまでいた同志たちのうち、半分以上がすでに死んだ。
今この瞬間も、順調にテオは屍を量産中だ。
愛用の軍刀を右手で振るい、特注品の拳銃を左手に持って乱れ撃ちながら。
その右目にはハイライトがなく……つまりは『SEED』も発動済み。感覚が極限まで研ぎ澄まされ、さらに身体能力も強化されている状態で……室内で銃火器を相手に1人で無双中だ。
右手の軍刀は、振るわれれば容赦なく敵を斬り倒し、左手の拳銃は異常な貫通力で、当然のように2、3人まとめて撃ち抜いて仕留めている。
「ひ、ひぃっ、こ、こっちに来た……撃て、撃てぇ!」
やけになったとしか思えない様子で銃をやみくもに撃ってくる敵兵だが……テオはそれを、銃口の向きと手の指の動きを見て、撃たれる前に射線から外れることで銃弾を回避。
1発も被弾することなく接敵し、軍刀を一閃させてまとめて2人切り捨てる。そのまま、返す刀でもう2人……そして残る1人は、その勢いを利用した回し蹴りで首を蹴り折った。
そこを隙と狙って別な兵士が放った銃弾を……その射線に軍刀を割り込ませ、なんと銃弾を切り払って防御。
続けて放たれる第2射、第3射も、同じようにして防いで見せた。
信じられないものを見た、といった驚愕を顔に張り付けた兵士は、0.5秒後に脳天にテオが撃った銃弾が直撃。背後にいたもう1人と合わせて一発でまとめて仕留められた。
そこに今度は、10人近い敵兵がまとめて切り込んでくる。それも、通路の両側から、通路全体に広がって逃げ道をふさぐかのように。
だがそれも、跳躍して壁を走りだしたテオによってあっさりと破られ……その真ん中に放り投げられた手りゅう弾で、キレイに全員吹き飛んだ。
その爆音と閃光に怯んだ別な敵兵を、その隙に4、5人仕留めるおまけ付きだ。
そんなことの繰り返しで……結局、1人対数十人という戦力差でありながら、わずか10分にも満たない時間で、クーデター側の兵士は全滅。
動くもののなくなった、鉄臭いにおいが酷い室内で……テオは悠々と金庫をこじ開け、中に入っていた証拠資料の数々を無事に回収し、
「テオ君、終わった?」
「終わったよ。じゃ、次行ってみよーか」
窓から、対戦車ライフルに乗って飛びながら顔を出したイゼッタと共に、その場を後にした。
時に、今のように白兵戦でテオが無双し、
時に、質量武器を生かしてイゼッタが無双し、
時に、テオの指示で動く兵士たちが無双……とまでは言わずとも、圧倒的な戦略的優位の元に、敵兵たちを蹂躙し、
テオ指揮下で行われる、カルネアデスの犯行勢力の掃討作戦は、極めて順調と言ってよかった。
施設内での戦闘でその手腕を見せつけたテオは、少なくともその能力に関しては『信頼された』状態だったため、より動きやすくなり、託される戦力も大きくなった。その結果として、クーデター鎮圧はもはやワンサイドゲームの様相を呈している。
そしてそのテオであるが……シップヴォード及びその周辺の図面を頭に叩き込んだ後、自分も戦線に出つつ、常に最前線で、リアルタイムで動く戦場を見下ろしながら指揮を執っている。
具体的には……ライフルに乗って飛ぶイゼッタの後ろに乗って。2人乗りで。
「Q1、戦域座標32-23に向かえ。T2は退路となりうる路地をふさげ。R5は数十秒後に敵車両が左30度を通過するからトラップを仕掛けておいて爆破。S1はそこから50m―――」
(言ってることが難しすぎて全然分かんない……専門用語? 早口だし……)
後ろで小型無線機を手に指示を出し続けるテオだが、その内容は残念ながら、戦略に関しては素人同然のイゼッタには理解できるものではなかった。特に暗号は使っていないのだが。
もっとも、特にそれでも不都合はないのでテオは気にしていない。
一通り無線で指示を出したテオは、ふと、前に乗っているイゼッタが、時折こちらを振り向いて、にこにこと笑っているのに気づいた。
「前、ちゃんと見ないと危ないよ? ただでさえ猛スピードで飛んでるんだし」
「あ、ご、ごめん。でも大丈夫だよ、飛ぶのは慣れてるから」
「ならいいんだけど……でもほら、いつも乗ってるライフルとは乗り心地が違うだろうから、その辺気を付けといたほうがいいかもだし。ぶっちゃけ、2~3倍じゃ聞かないくらい重いでしょ?」
イゼッタとテオが乗っているのは、イゼッタ愛用のいつもの改造ライフルではない。
あくまで、中立国における平和的な会談ということで、武器は置いてきている。拳銃などの最低限の武装と呼べる範囲にない対戦車ライフルは、さすがに持ち込めなかったのだ。
だがイゼッタの武力は、もとより銃火器の火力に頼ったものではないし……極論、重くて大きなものを振り回して戦うなり、手ごろなものに乗って飛ぶなりすればいいのだから、問題はない。
ただテオは、ニコラに命じて……ライフルの代用品となる乗り物兼武器を即興で作らせていた。それも……かなり豪華な仕様で。
カルネアデスの武器庫から徴発した大型の対戦車ライフル。それを改造して、イゼッタの愛機と同様に、発射装置を兼ねたハンドルと、リロード用のペダルを付けた。
それだけにとどまらず……銃身の両サイドにガトリング砲を計2門装着。
下側に2丁並べて大型ライフルを装着し、対地攻撃用に。
後部には鋼鉄製の小型コンテナを取り付けて、座席兼格納庫に。
その後ろにさらに火炎放射器まで設置。
これらの武装は、後部座席(と言っていいのだろうか)に乗っているテオが、どれもその手元で、スイッチやワイヤーで操作できるようになっている。
おまけに、そこに乗っているテオ自身が、愛用の魔改造モンドラゴンを構えている始末。
その重さたるや、到底武器として人の手で取り回しがきくレベルにないだろう。
しかしイゼッタは、何も問題ない、という風に、
「まあ、そうだけど……でも私、もっと重いものでも魔力で投げ飛ばせるから。戦車とか」
「ああ、そういやポンポン投げ飛ばして投擲武器扱いしてたっけ……ホントその力便利だよね」
「あはは……ごめんね。それより、テオ君こそ大丈夫? さっきまでもそうだけど……私、戦いになったら、結構無茶苦茶な動きで飛ぶよ?」
「問題ない。捕まる取っ手は付けたし……一応僕は飛行機乗りの経験もあるから、多少はそれに対応して重心動かすとかで軽減できる。……つか、あんな動きを平然とできるイゼッタの方がすごいけどさ……特に訓練とかしてないんでしょ? 魔法として以外は」
「そこはまあ、慣れ、かな……っ! テオ君、そろそろ……」
「おっと……了解。じゃ、こっちも仕事しますか」
前方に攻撃目標を視認したイゼッタとテオは、雑談を切り上げて臨戦態勢に入る。
クーデターの指導者、すなわち今回の黒幕が、作戦失敗を悟り、戦力を引き連れて再起を図るために逃亡したという情報を入手し、しかしもはや普通に追いかけては追いつけない位置にまで逃げていることが明らかになった。
それを逃がしては今後の禍根となることは明らかなため、今動かせる戦力の中では最速かつ最適と言えるイゼッタとテオがそこに向かったのだ。『魔女の力』で、飛んで。
「き、来たぞ、敵だ! え、エイルシュタットの魔女だ!」
「お、おい、後ろに乗ってるのはアレ、帝国のペンドラゴンじゃ……」
「それに、乗ってるの……ただの対戦車ライフルじゃないぞ!? 何なんだよあれは!?」
混乱が収まるのを待つはずもなく……イゼッタとテオの先制攻撃が始まる。
「あらよっ……と!」
―――ズガガガガガガガガガガガガ!!
ライフル両脇のガトリング砲が、テオによって操作されて火を噴く。
密集していた敵兵たちが、散開する暇もなく、車両ごと撃ち抜かれて蹴散らされていく。
「う、撃てぇ! 撃ち落とせぇ!」
準指揮官らしき男の号令と共に、兵士たちは手にしていた自動小銃を空に向けて構え、それぞれで撃ち始める。
「来るよ!」
「うん!」
が、最早手慣れたもので……イゼッタは即座に反応。急上昇、急降下、急旋回を繰り返し、空中を三次元で縦横無尽に飛び回る。全く弾に当たる様子を見せない。
その後ろでテオにいるテオも、足でうまく銃身につかまって振り落とされないようにしている上……合間を見て各種武器を作動させて逆襲している。
正面から突っ込みながら、ガトリング砲で密集している敵をつぶし、さらに下部についているライフルで正面の車両を撃ち抜く。
イゼッタも対戦車ライフルを撃って、その向こうの装甲車に風穴を開けて爆散させた。さらに、何本も周囲に浮かせて従えている剣を操作し、襲い掛かろうとする敵を逆に撃退している。
その後、迎撃を避けて急旋回し、大きく回って一旦遠ざかる最中……手にしているモンドラゴンで狙撃。軍用車両の装甲を難なく貫通したその弾丸は、ガソリンタンクに直撃、炎上。
2台をそれでスクラップにし……その後ろを走っていた車両に玉突き事故を起こさせる。
さらにその後、再び突撃してガトリング砲で掃射する。繰り返される蹂躙。
「くそが……そう何度も!」
「横っ腹ががら空きだ!」
「くたばりやが……ぎゃあああぁぁあああ!?」
「あ、熱ぁぁぁあ゛あ゛!! 火が、火があああぁぁああ!!」
その隙をつかんと、側面から近づいてきた別な車両がいたが……前方を攻撃するギミックを右手で操りつつ、左手で火炎放射器に文字通り火を噴かせたテオに迎撃され、火だるまに。
反対側の敵は、イゼッタが降り注がせる剣で串刺しになっていた。
そのまま、前方不注意で道を外れて転げ落ち、横転した。
数秒後には、燃料タンク内のガソリンに引火して爆発するだろう。
異常に速く、小回りが利く上に、火力はもはや戦車以上。
まるで軍用ヘリか、それ以上の攻撃力を誇る、イゼッタとテオのコンビの前に……数で圧倒し、弾薬や装備も悪くないものをそろえていたはずの彼らは、なすすべもない。
「あらよ……っと」
――バァン! バァン! ――ドガァアン!!
「ちょっ……あ、危ないよテオ君!」
「平気平気、このくらいなら落ちやしないから」
今など……テオがライフルの銃身に足を引っかけて、さかさまにぶら下がった状態で銃撃した。銃弾は2発。また1台の車両を爆砕させる。
まるで曲芸。見ているイゼッタの心臓に優しくない光景だったが、当の本人はしれっとしている。
そればかりか、
「よっこいしょ、と……」
――バァン、バァン!
「だから危ないって! 何立ってんの!?」
今度はなんとその上で立ち上がり、サーフィンでもしているかのように器用にバランスを取りながら銃撃し、またしても見事に1台仕留めた。
「大丈夫大丈夫。落ちないし、外さないから」
「そういう問題じゃ……」
そしてふと、思い返せば、ここまでガトリングなどの『数撃ち前提』の兵器を除けば、テオが放った弾丸は一発も外れていないことに、イゼッタは気づく。そして、思う。
「
「酷くね? その言い方。……まあ自覚はあるけど」
「あるんじゃな……ん!?」
その時、イゼッタは変なものを見た。
テオが座っている座席兼武器庫のコンテナ。
その中から……ふわりと、替えの弾倉が浮かんで出てきた。
比喩表現でもなんでもなく、ふわりと浮かんで……浮遊して、だ。
そしてそのまま、テオが持っているモンドラゴンに、今備え付けられている弾倉が捨てられると同時に、ガシャン、とセットされた。浮遊して、自分から。
そのまま……何食わぬ顔で射撃に戻るテオ。今の怪奇現象を、全く気にしていない。
「……イゼッタ、ちゃんと前見て前」
「……はっ!? ご、ごめん……ってちょっとまってテオ君! 今の何!? 浮いてたよね!? 浮いて、ガシャンって……え、浮かせてた!? 今のテオ君が!? ちょ、今の『魔女』の……」
「気のせいだよ」
「絶対違う! あーもう、後でちゃんと聞かせてよね!?」
「気が向いたらね。おっと、ガトリング玉切れか……捨てよう」
「……もう!」
イゼッタの問いかけを流しながら、テオは手元のレバーを操作して……直後、玉切れになり、無用の長物になったガトリングが、ライフルの銃身から分離して落下……下を走っていた車のフロントガラスをぶち破って、質量武器として最後に役立った。
その車は、当然のようにそのまま事故車両一直線である。
そのまましばらく、戦闘……というよりは、一方的な蹂躙もしくは狩りは続いた。
面制圧するガトリング(途中で投棄したが)の乱射や、火炎放射器による広範囲攻撃、ライフルによる高威力・貫通力の一撃、縦横無尽に飛び回る剣による、どこから飛んでくるかわからない斬撃と刺突、テオが撃ってくる針の孔を射抜くような狙撃に、投げつけられる擲弾。
なすすべもなく撃滅され……最後には、クーデターの黒幕の乗った1台のみが残っていた。
護衛の車両も全滅してしまったが、黒幕たちはどうにか近くの山林に逃げ込んでいた。
木々が密集したここならば、飛んで追跡しては来れないだろう、と踏んで。
「くそっ……くそ、くそ、くそっ! 帝国の犬め……どこまでも忌々しいっ!」
彼らは悪態をつきながら、歩きにくい山道を必死で走る。
「エイルシュタットも、何を考えているのか! このまま我らの計画が遂行されれば、帝国への打撃となったであろうものを!」
「やむを得ん。一旦は息をひそめて潜伏し、再起の時を……ん? 何の音だ?」
――ヒュウウゥゥ……ドガァン!!
「なっ!? こ、これは……」
「我々が先程まで乗っていた……ま、まさか!?」
しかし、最早全ては手遅れ。すでに終わっていた。
森の中を走っていて、少し開けた場所に出た黒幕たちの目の前に……突然、空から自動車が……それも、先程まで自分たちが乗っていた軍用車両が落下してきた。
そのまま爆発・炎上する車。幸い、延焼の可能性はなさそうだが……かといって、彼らの驚きや困惑が収まるわけではない。
そして、その時間は結局与えられることはなく……
―――パァン! パァン! パァン!
「全員、その場から動くな」
「ここまでです! 投降してください!」
テオの狙撃で、手に持っていた武器を弾き飛ばされた。
その直後、上空から待っていたかのように、イゼッタ達が姿を現して降りてきた。
「ば、バカな……こんな、ことが……数十名いた兵士が、数々の兵器が、こうも……簡単に……!? たったの、たったの2人に……やられるなんて……!?」
目の前の光景に愕然とする黒幕たち。
その周囲に、イゼッタが浮遊させた無数の剣が舞い降りて、ちょうど頭の高さほどのところで止まり……切っ先を彼らに向けて、全方位から取り囲む。
さらに、イゼッタらが乗る対戦車ライフルの銃口を、そして、その後ろのテオが右手に構えるモンドラゴンの銃口と、左手に持つ火炎放射器の噴射口を突き付けられる。
動けば、指示を聞かねばどうなるか……説明の必要も、もはやない。
勝ち目も逃げ場もないことを悟った彼らは、がっくりとうなだれ……あえなく御用となった。