終末のイゼッタ 黒き魔人の日記   作:破戒僧

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Stage.25 カルネアデスの花嫁

 

 

1940年8月15日

 

終戦記念日……にはなりそうにない、って昨日言ったけども、今日この日に、少なくとも自国はどうにかして平和をつかむために動き出した国が1つあった。

ちょっとまあ……あんまり褒められた形ではなかったけども。

 

東部に位置する小国にして、流通におけるそこそこの要所の1つとして知られる、『カルネアデス王国』。国力、面積等、全てにおいてエイルシュタットよりも小さい国だ。

 

一応現時点では、完全な中立国という立ち位置になっている。ヴェストリアと同じく非武装地域であり、国際法による庇護のもと、帝国からは一応攻め込まれずにいるわけだけども……この国が、国境を接する『ヴォルガ連邦』の事実上の属国となる旨の声明を出した。

 

簡単に説明すると……いくら国際法に守られているとはいえ、いつ『そんなもん知るか』とばかりに帝国が攻め込んでくるかわからない。

そんな恐怖から逃れるために、帝国との間に不可侵条約を結んでおり、仮にそれがなくとも簡単には手出しできない大国の傘の下について守ってもらおう……という思惑のようだ。

 

ご丁寧にも、政略結婚までして絆を確かなものにするようで……その結婚式および祝賀パーティの招待と、カルネアデスの今後の立ち位置や各国との交流等についての話し合いのため、各国大使の安全を保障した上での、非武装地域としての自国における首脳会談の開催を宣言した。

 

中立国としての立場は崩さずに行くようなので、引き続き帝国ともその他の国とも敵対はしない、っていう立場を保つために必死だ。土下座外交になるんじゃないかと、ちょっと心配である。

 

あの国の位置、何気に物流には有用だから……ぶっちゃけ、帝国狙ってた。

今回の件で、攻め落として帝国が独占、ってのは難しくなったけど……外交努力次第では、いくらか有効利用することも可能になるかもしれない。

 

……で、だ。

 

その式典諸々と会議への出席、当然外交担当の人が行くんだけど……軍部からも何人か出すことになったとかで、僕に白羽の矢が立ったのだ。

 

本来参加するはずだったのは、ベルクマン少佐らしいんだけど……例の『魔女』関連の研究やら何やらが忙しくて動けないらしい。

 

同行させる護衛や副官なんかの人選も含めて一任されたので……まあ、無難にアレスたち3人を一緒に連れて行こうかと思っている。

 

……にしても、式典への出席とかなら前からあったけど……なんか最近、ちょっとずつだけど、毛色の違う仕事を割り振られるようになってきた気がするな……?

 

重要な会議への出席や、参謀本部での事務関係の手伝いとか……

そして今度は、外交関係に絡んだ仕事への同行……場合によっては、諸外国への外交における軍部の立場からの対応を、一部とはいえ任されるかもしれない機会だ。

 

……僕の自意識過剰じゃなければ……これから、上に引っ張り上げる予定の若者に、色々と経験を積ませてる……っていう感じに見て取れる、な。

 

ま、そういうことなら勉強させてもらいますか。

実務的なところは、ほぼ全部外交部門の人がするようだし……こっちは見学のつもりで、なんならパーティーとかを息抜き感覚で楽し……む、なんてこと無理だよなあ。

 

ここでいうパーティーって、いわゆる『社交界』の類で、肩凝る系のそれだし……自慢じゃないけど、僕は今や帝国でも屈指の注目株だ。

話し合いのテーブルに出てきているまたとない機会に、色々と考えて接触してくる奴は多いだろう……ひょっとしてそれを目当てに僕を駆り出したのか、あのおっさん?

 

……まあ、いいや。どの道行かなきゃいけないんだから、観念して準備進めよう。

留守にする間の業務引き継ぎ、大尉に指示しとかなきゃだな。

 

……そうだ、どうせならちょっとダイヤと予定をいじって、外交部門の人と途中で合流する形にして別行動の時間を作って、ちょっくら道中で暗躍進めるかな。

 

リヴォニアにもレジスタンスはいたはずだ。ノルドよりもずっと小規模だけど……火種にはなるだろう。様子見だけなら、そう時間もかかるまい。

 

えーっと、場所は……カルネアデス首都・シップヴォードの迎賓館。

宿は近くにある場所から選べるっぽいけど……無難にゲールの大使館でいいか。国交まだある国は、そういう選択肢が選べて便利だな。

 

初日に前祝の祝賀パーティーやって、その翌日に式やるのか。

で、その後夫婦そろってヴォルガ連邦に引っ越して、そこでも式とお披露目のパーティー……ああでも、こっちは別日程だから僕関係ないな、多分。他の人が行くんだろう。

 

動けて2~3日、か。やることは多いな。うん、準備進めよう。

 

 

☆☆☆

 

 

『カルネアデス王国』が、『ヴォルガ連邦』の属国として庇護下に入る。

それは、帝国と、反帝国連合の双方から離れ……言い方を雑にすれば、戦争に巻き込まれないために『逃げる』という選択である。

 

到底、外聞のいいものとは言えない行為であるが、エイルシュタットをも下回る規模の小国からすれば、こうでもしなければ自国の安全を確保することなどできない。

ならば、背に腹は代えられない。被害が出る前に手を打たなければ……。

 

そんな風に考えてこの手段に打って出たのであろうことは、周辺各国にも明らかだった。

 

それでも、心情的には『逃げた』国に対して、好意的なものは向けられないのだったが。

 

必死で帝国に抗い続けている国々からすれば、それも当然である。

が……ここに1人、その立場にありながら、他とは異なる考えを抱いている少女がいた。

 

『本日は皆さま、この晴の日にお集まりいただきましたことを、心より……』

 

「お疲れ様です、姫様。何か料理とか、飲み物とか持ってきますか?」

 

「いや、大丈夫だ。というかイゼッタ……侍従の真似事などしなくていい。今のお前は、一応私の付き人を兼ねるとはいえ、れっきとした招待客なのだからな。堂々としていろ」

 

「は、はい……頑張ります」

 

エイルシュタット公国の代表として、この式典に参列していた、フィーネとイゼッタ。

 

先程まで、他国からの挨拶にひっきりなしに対応していた2人であったが……式典が始まった今になって、ようやく一息つくことができていた。

 

そして、その視線の先では……ヴォルガ連邦の花婿と、ここカルネアデスの王族の花嫁が並び立ち、政略結婚という名の外交儀式を進めている真っ最中である。

 

先程述べた通り、各国の代表から向けられる視線は、決して好意的とは言えないものだが……同じものを見ながらも、フィーネの抱く思いは違っていた。

 

(……私も、一歩間違えば……こういう形でこの身を使っていたのかもしれんな……)

 

まだイゼッタと再会するよりも前……フィーネは、己の身を使った政略結婚によってブリタニアとの間に絆を作り、ゲールに対抗する一助とすることを考えていた時のことを思い出していた。

 

ゲールと戦うためと、ゲールから逃れるため。

方向性は違うが、かつて自分も考えた方策を実現して国を守ろうとしている、カルネアデス王族の女性を見て……フィーネは、何とも複雑な感情をその胸に抱えていた。

 

今でこそ、イゼッタという強大な戦力を擁し、周辺各国や『黒の騎士団』などの大規模なレジスタンス集団との間に協力関係を結び、小国とは思えないほどの万全の守りをもって帝国との間ににらみ合いを続けているが……どこかで何かの条件が違えば、自分もああなっていたかもしれない……そう考えて、フィーネはため息をついた。

 

「……本当に、嫌な時代だ。生き死にはもちろん……人の生き方すらも、民や国そのもののために歪まされる時代……戦争のせい、国同士の外交の常、と言ってしまえばそれまでだが……」

 

「たしか、姫様も前に……」

 

「ああ。もっとも、ゲールとの開戦で立ち消えになってしまった話だがな。その後そなたに出会って……人生、何がどう転んで幸いを呼び込むかわからんな」

 

「あはは…………でも、やっぱり、あの女の人、辛そうですね」

 

花嫁衣裳を身にまとい、式典の主役として笑顔を……気のせいか、どこか寂しげで悲し気な笑顔を浮かべる花嫁を見て、イゼッタはぽつりとつぶやいた。

 

(普通に、好きな人と恋をして、結婚したかったんじゃないかな……それなのに……)

 

「……やっぱり、変えなきゃですね、姫様」

 

「イゼッタ……?」

 

ふと隣から聞こえた、小さいながらも力強い、何かを心に決めたかのような声に、フィーネが隣にいる親友の顔を覗き込むと……ちょうど自分の方を見ていたイゼッタと目が合った。

 

「あの人も……戦争のせいで、明日を、自分の未来を『選べなかった』……だから、やっぱり変えなきゃ。誰もが……『明日を選べる世界』、作らなきゃです!」

 

「……ああ、そうだな」

 

数か月前……自分に力を貸してくれる、と宣言した時に交わした、イゼッタと、フィーネの約束。

 

『誰もが明日を選べる世界を作る』という……フィーネの決意。イゼッタの願い。

 

こんな、人1人1人の生き方、死に場所すら選べないような、過酷な戦争の世を、一刻も早く終わらせて……理不尽や不条理に泣く人がいない、優しい世界を作る。

それが、イゼッタとフィーネの目標だ。

 

そのことを……この場で2人は、改めて、静かに確認し、決意を新たにしていた。

 

……その、直後。

 

「……ぁ」

 

ふと、何かに気づいた様子のイゼッタが、小さく声を上げ……その表情に、わずかではあるが、驚きと戸惑いが浮かぶ。

ほとんど反射的に、その視線の先を追ったフィーネは……

 

「……やはり、来ていたか」

 

2人の目がとらえたのは……寄りかかる形で壁際にいる、1人の男だった。

白色ベースの、儀礼用の軍服を身にまとい、脇に帽子を挟んで腕組みをして……まるで見張りでもしているかのように、微動だにせずにステージに視線をやっている。

 

中でも特徴的なのは……その左目を覆っている、飾り気のない、黒一色の眼帯。

同色の髪と目の色ゆえに上手く似合っているが、つけている本人が中性的な整った顔立ちであるからか、いかつさや威圧感のようなものとは無縁に感じられる。

 

傍らに長身の男性を1人、同じくらいかすこし上の背丈の女性を2人、おそらくは副官か付き人として従えている彼は……イゼッタにとっては、少し前に見た、よく知っている顔。

そしてフィーネにとっても……よく知っている男だった。

 

そして同時に……彼女たちがここに来た目的の1つ、とも言えた。

 

この会議、フィーネは交渉役としてジーク補佐官を同行させているのだが、そもそもフィーネとイゼッタの2人は来る必要はなかった。

 

いくら国際法に基づいて安全が保障されているとはいえ、国家元首とその国の最大戦力が、この間のブリタニアはレッドフィールド邸のような秘密会談や、力を示す必要がある機会でもなしに、そう簡単に国外へ出るものでもないからだ。

 

しかし、ジーク補佐官の部下が仕入れた情報……『この式に帝国からペンドラゴンが出てくる』というそれを聞いて、フィーネとイゼッタは結託して無理を通した。

どうしても、彼と話がしたい、と。

 

当初反対していたジーク補佐官だったが、イゼッタのみならず、フィーネも相応にある持ち前の頑固さと、ちょっとした思惑から、それを認めるに至っていた。

 

ペンドラゴンとの接触は、実務的な観点から、この上なく重要な意味を持つ。

一度失敗している以上、以前のように中立国でちょっかいを出すわけにもいかず、かといって自分がその場で話してみたところで、何か有益な情報を得られるとも思えない。

 

ならば……少しでも対話のハードルを下げられる相手を交渉のテーブルにつけた方が効果的なのではないか。何を話し、何かを聞き出すにせよ……自分のような見ず知らずの他人よりも、対話・交渉の能力的には不安こそあれど、最適の人材がいるのではないか。

 

そう、例えば……幼いころに遊んだ、旧知の友人たちであれば。

 

それが、彼女達がここに来た理由だった。

絶対に無視できない相手との、知らなければならない情報を聞き出す、対話のため。

 

(ど、どうしますか姫様? 今その……話しかけます?)

 

(……ただ話すだけなら、今この場でか、これ以後に設けられる会談の時でも大丈夫だろう。だが、私たちの望む形での話をするとなると、他者の耳があるのは……ん?)

 

言っている最中に、フィーネは彼……テオの目が、一瞬こちらに向いて……しかしその一瞬で、おそらくは自分たちを見つけたのであろうことを悟った。

 

そしてその直後、テオはその場からすたすたと歩いて移動をはじめ……薄暗い会場を目立たないよう壁伝いに動いて、外に出て行った。

 

(……イゼッタ)

 

(あ、は、はい!)

 

それを見て……フィーネとイゼッタもまた、移動を始めた。

 

 

 

その数分後、会場外のホールにて……偶然出会った、といった感じで話している、エイルシュタット公国大公と、ゲルマニア帝国代表使節の軍人の姿が目撃されている。

 

戦争中の二国ゆえに、それを目撃した他国の使節たちは、やや不安と緊張を覚えたそうだが……その中身は少しの間世間話をして、すぐに別れる、といった程度のものだった。

 

さすがにどこかよそよそしかったり、ちくりとした雰囲気が全くないではなかったが、何か特筆するような内容の話があったわけでもない。

 

最終的に、表面上だけでも上品に収めるため、握手などして、普通に何事もなく分かれたのを見て……こういった中立性の保証されている式典で偶然に出会った、という状況には、ある意味相応な話であった、と、その目撃者たちは語っている。

 

 

 

そして、その翌日。

 

カルネアデス首都・シップヴォードにて……政略結婚の反対を掲げる過激派による、クーデターが発生した。

 

 

 

 


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