終末のイゼッタ 黒き魔人の日記   作:破戒僧

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Stage.24 水面下で事態は動く

 

「どうぞ、おくつろぎください。もっとも……大したものは出せませんが」

 

「いや、何も構わんさ。何も言わずに押しかけて来たのは私たちだからな」

 

「お、お邪魔します……」

 

ある日の昼下がり。

場所は……エイルシュタット首都・ランツブルックの……ビアンカ宅。

 

そこを訪れたフィーネとイゼッタは、家主であるビアンカの案内で、リビングに通されていた。

 

今現在、ビアンカは……形だけではあるが、休暇という名の謹慎処分を受けている。言わずもがな、先の『ヴォルガ連邦』の特使の一件に関わって、だ。

 

名目上は『なかったこと』になり、処分など行う必要もなくなった――というよりも、処分するわけにはいかなくなった――のだが、実際問題、この一件で本人の心労は無視できないレベルにたまっていることが誰の目にも明らかだった。そこで、形だけでも罰とすることと、本当に休養させる意味で、このような措置を取っているのだ。

 

なお、公式の扱いとしては、潜り込んだ帝国のスパイを排除し、国家機密を守ったことに対する恩賜の休暇、ということになっている。

 

体を休めつつも、邸宅内で己の過ちを猛省する日々を送っていたビアンカの元に、今日、何の予告もなくフィーネとイゼッタ、それにロッテが現れたのである。

 

「どうだ、何も変わりはないか?」

 

「はっ……降ってわいた休暇、不謹慎ながら、堪能させていただいております」

 

事件当初、幾度も頭を下げてフィーネに謝罪していたビアンカだが、何度目かの謝罪で『もうよい、終わったことだ、そこまで気に病むな』と、ビアンカの心身を案じたフィーネから言われて以降は、ビアンカは謝罪と反省は己の心の内にとどめている。

 

フィーネ達もそのことは承知しているため、口に出すことはない。

 

「ところで……本日は、どういったご用向きで? 自宅待機の身ではありますが、もし御用であれば、およびいただければ私の方から王宮に伺いましたのに……」

 

「何、ただのついでだよ。元々今日は私もイゼッタも暇でな……そこに、ロッテから朗報がその、うむ、飛び込んできたのだ」

 

「朗報……ですか?」

 

「えっと……町にある、とってもおいしいお菓子のお店が、今日、しばらく休んでいたパイを出す……って聞いたんです」

 

イゼッタのその言葉を聞いて、ビアンカは『ああ……』と思い至って苦笑した。

目の前にいる、自分の主の……数少ない、お転婆で年相応な一面と、その好みのことを。

 

フィーネは実は甘いものに目がなく、中でもその店のパイが大好物で……まだ先代の大公であるフィーネの父が存命だった頃は、よく護衛たちの目を盗み、城を抜け出して食べに行っていた。

 

……もっとも、完全に店の者や近衛たちにはバレバレで、きちんと変装して陰から護衛されつつ、美味しそうにパイを食べる様子を、微笑ましく見守られていたりするのだが。

そのことを……まだ、彼女は知らない。ロッテすら知っているのに。

 

その店だが、戦争で物資不足が民間にまで影響を及ぼし……砂糖も配給制となってしまっている現状のため、贅沢はできないとして、パイを作ることをやめていたはずだが……ロッテの入手した情報によれば、特別に期間限定でパイを復活させる、とのことらしい。

 

最近、帝国相手に戦況が目に見えて改善し、その分物流も活性化……さらに、西方テルミドールで黒の騎士団を筆頭にレジスタンスたちが大暴れし、帝国の包囲網を食い破って、一部ではあるが各所との交易を再開したことにより、物資不足が徐々に改善しつつあるのだ。

 

その一例として、配給に頼るほかなかった砂糖などの食料品が、一部市場に戻ってきた。

そうして店が砂糖を入荷できたため……というのが、パイ復活の理由である。

 

「それで……な。せっかくだし、そなたも誘おう、という話になったのだ」

 

「わ、私をですか? そ、それはその……光栄ですが……」

 

「家に閉じこもってばかりでは気が滅入るだろうし、私たちとしても、そなたが同行者なら護衛としても申し分ない。気分転換だと思って、どうだ?」

 

ビアンカはフィーネの言葉と、口ほどかそれ以上にものを言う眼差しから、いまだに落ち込んでいるであろう自分への気遣いを感じ取り……謹んでその誘いを受けることに決めた。

 

そして、着替えてくるのでお待ちください、と、席を立とうとしたところで……

 

「ああ、まてビアンカ。すまんが……まだ話は終わっていない」

 

「え? あ、し、失礼いたしました」

 

座りなおしたビアンカに、フィーネは……先程までの柔和な笑みを引っ込めて、『大公オルトフィーネ』としての顔になる。

自然、ビアンカも背筋が伸びて……表情を引き締め、近衛の隊長として聞く姿勢になった。

 

「今日、これからのこととは関係なく、仕事の話になる。ビアンカ、そなたの『休暇』は今日いっぱいで終了とする。明日以降は、元通り近衛としての仕事に復帰するように」

 

「はっ……拝命いたしました」

 

「……此度の一件、確かに軽く見ていいものではなかった。だが、それにとらわれていては、前には進めない……。無論、これから先、先方の出方に注意を払う必要はあろうし、楽な道筋にはならないかもしれんが……だからこそ私は、そなたの力を借りたい、と思っている」

 

「…………」

 

「悔やむなとも、反省するなとも言わん。だが、これだけは私の口から言わせてもらう……ビアンカ、私がそなたと初めて出会った時から、今日この日まで……そなたの忠義に、一片の疑いも持ったことはない。そしてそれは、これからも同じだ……何があろうと、私はお前達を信じる。そして、お前たちが私と共にあってくれる限り……私も、お前達と、この国の、いや、この世界の未来のために、全てに全力を尽くす所存だ……これからも、よろしく頼む」

 

「……はい、姫様……この身命に代えましても……!」

 

目の端にきらめくものを浮かべながら、ビアンカは、改めて己の主君への忠義を胸に据え、その決意を確かなものとした。

 

 

 

その数分後、

変装(服を変えるだけ)してイゼッタ達に同行し、店に向かっている最中のこと。

 

「……ところで、姫様。先程、護衛として私を……とおっしゃいましたが、私以外の近衛などには……その、内緒で?」

 

「うん? あー、う、うむ……その、な、プライベートということで、な」

 

「左様ですか……」

 

小声でのやり取りの後……さらに小声で、ビアンカはロッテに『どうなのだ?』と聞いた。

 

ロッテは無言で、前と後ろと横、3か所をこっそり指さして示す。

その方向にビアンカが視線をやると……いずれも、サングラスなどで変装した近衛がきっちり張り付いていて、ビアンカの視線に気づくと、ぺこりと会釈してきた。

 

今日もまた、知らぬは当人ばかりなり。

ビアンカは、『やれやれ』という感じの苦笑と共に、意気揚々とお忍び(仮)で甘味処へ向かう主君に同行するのだった。

 

 

☆☆☆

 

 

1940年8月12日

 

旧テルミドール領から輸入された砂糖で作られたパイ菓子ウマー。

 

何%かちょろまかされて、反帝国の国々にも密輸されてるらしいけど関係ないね。

作戦立案やら研究やら、頭脳労働が多いこの身には糖分が必要である。異論は認めない。

 

ってなわけで、脳に糖分の補給も終わって、今日もきっちり研究したわけだけど……どうやら、昨日立てた仮説が本格的に現実味を帯びてきた。

 

某漫画では、生命体は『肉体』『精神』『魂』の3要素からなり、肉体と精神のリンクが途切れることを『死』として定義していた……気がする。

いや、アニメ何話か飛び飛びで見ただけだから、そこまで細かくは覚えてないんだよね。

 

けど、この説をもとに考えると……『精神』≠『魂』であり、そう考えると納得いく、解決する疑問がいくつか存在するのも事実……あー、あと1つくらい実証例でもあれば何とかまとめられる気がするんだけどな。

 

……ひとまず、今仮説の立ってる部分だけでもまとめとこうかな。

 

魔力とは、『魂』である。そう考えうる経緯は、次の通り。

魔力は魔女の『意思』と、動かす『物体』……これら2つを言い換えた『精神』と『肉体』の仲介を担いうる、どちらにも干渉し、干渉されうる物質と考えられる。

 

加えて……アレス、ニコラ、マリー、そして僕の症例を見るに、この世界でも『肉体』『精神』『魂』の法則は、一部か全部かはわからないが成立しうるものであると言える。

このことについての詳しい記述とか説明は……長くなるのでまた今度。

 

そして、霊的な、オカルトな部分を多分に含む説立てになってしまうが……『精神』≠『魂』の不等式から求められる通り、ホラー映画とかでよくあるような、魂そのものに意思がある形じゃなく、『魂』と『精神』が結びついて、それが『肉体』に癒合して意志ある生命となっている。

 

ここ微妙にわかりにくいけど……『魂』は『精神』を形作り、留める器、とでも言えばいいか。『魔力』ないし『魂』とは、観測可能なれっきとした物質であり、真に形を持っていない不安定な存在である『精神』を、消滅させることなく確かにこの世界にとどめておくための器。

 

もっと別なたとえをすれば……パソコンあたりで。

『肉体』は、パソコンの機械本体。キーボードとかマウスとかも含む。

『精神』は、データそのもの。メモリとかがなきゃ保存も編集もできない。

『魂』は電子部品。内蔵されてるメモリとか、半導体とか、そういうパーツ。

 

こうすると、目に見えて実際に触れるものと、目に見えないけど確かに存在するもの、その双方の橋渡しをするもの……っていう、それぞれの立ち位置がよくわかる……気がする。

 

まだまだ検証が必要な部分は多いけど……ひとまず、この路線で進めて行こうと思う。

 

思うんだけど……思う存分研究に打ち込める時間は、残念ながらそろそろ終わりのようで。

軍務がだんだんもとのペースに戻ってきつつあるので、合間合間で……って感じになるな、これからは。

 

けどまあ、ある程度研究は進んだし……今後に役立つ便利アイテム各種も作成間に合ったので、良しとする。今後は今までよりも、あらゆる面でやりやすくなるはずだ。

 

魔力を使って作った、軽くて強い特殊合金――あー、名前考えるの忘れてた――でできた軍刀。取り回しも手入れも楽な上、岩とか斬りつけても刃こぼれしないびっくり強度だ。

 

同じ素材で、拳銃や半自動小銃なんかの武器も作り、さらに軍服にも繊維状にしたそれを仕込んでいる。防御力は甲冑より上である。

士官軍人は軍服とかの購入が自費で、オーダーメードも当たり前だから普通にできた。

 

なお、小銃はモンドラゴン1904(だっけ?)にしてみた。ちょっとこだわりというか、気まぐれ。

拳銃にも言えることだけど……見た目は普通の量産品だが、性能はもはや別物である。貫通力とか、対戦車ライフル並みだと思うし……下手に使えないかもしれん。

 

それらを差し置いてなお、今回作れた最高傑作は……新しい『義眼』である。

僕の左目、眼帯の下に入っている……最高純度の『魔石』で作った義眼だ。

 

コレのおかげで、魔女の力を使う時に能力ブーストできるし、『SEED』使った後の回復も早くなった。やっぱあれ魔力絡んでるんだな。

魔力を蓄えておくこともできるし……何より、視力が回復したのが大きい。

 

この義眼、どういうわけか普通に見えるんだよね……魔力を通して映像を取り込んで、僕の感覚神経に干渉してるのかな? まあ、普段はどっちみち眼帯で隠してるからいいんだけど。

 

なお、これは完全に趣味なんだけど……魔力を通すと、義眼の瞳が赤く染まり、さらにその中に巴の紋様――でんでん太鼓とかに書いてある、オタマジャクシが3匹いるっぽいあれ――が浮かび上がるように作ってみた。

 

今言ったようにただの趣味ないし遊びなので、別に幻術使ったりできるわけじゃないけど……全く意味がないわけじゃない。このモードになると、魔力を視認することができるのだ。

チャ○ラを色で見分ける本家と同じように。レイライン測定器いらずで、何気に便利である。

 

片目の写○眼。気分はコピー忍者。

福山皇子の絶対順守の目とどっちにするか迷ったのはここだけの話。

 

さて、まあ研究に関してはこんな感じ。

今後はきちんと軍務の方もこなしていくわけだけど……その手始めに届いた指令で、僕は今、帝都ノイエベルリンに呼び出されている。

 

しかも、人事がらみの他に、ベルクマン少佐……あの諏○部ボイスのうさん臭さMAXのおじさんに呼び出されてるんだけども……何だろ。あんまりいい予感しないな……あの人、苦手。

 

 

 

1940年8月14日

 

明日は終戦記念日……にはなりそうにない。この世界では。残念ながら。

いやそもそも、『日本にとっての』終戦だから、考えてもアレか。

 

……そんなことより、ちょっと今日、帝都で色々あって疲れたんですけど。

 

……予想外にもほどがある事態が起こりすぎてんですけど。

やばいんですけど、いろいろ計画練り直さなくちゃならなそうなんですけど。

 

いや、その……人事関係の会議に出たり、辞令もらったりした後なんだけど……

 

……帝国って、『魔女』の研究進めてたのね。秘密裏に。

しかも多分、イゼッタが出てくるよりも前から。

 

文献とか色々あった……見た感じ、伝承とかその辺の域を出ないものばかりだったけど。

 

けど、アレはやばいんじゃないのか……?

極秘の研究施設に保管されてた、拡大された何かの写真……何か、欧州ほぼ全体の地図に、何か枝分かれした毛細血管みたいなのが被って描かれてたような……

 

……地図で見た感じ、ケネンベルクやソグネフィヨルドのあたりに、やたら大きな血管(仮)が通ってて……逆に、ベアル峠や第11集積地の近くの川沿いには、通ってなかった。

 

……これってさ、もしかしなくても……レイラインの地図?

 

どっからこんなもん……はい? エイルシュタットの『白き魔女』の伝説が残る古城から、スパイが? スパイは死んだけど協力者が持ち去って無事に持ち帰った?

しかもそのスパイが、リッケルト……ああ、あのポーカーめっちゃド下手な優男。

 

……あの人死んだんだ? それは何というか……ご愁傷様である。

あんまり関わりなかったから、悲しんだり涙を流したりはできないけども。

 

幸いというか、こっちの人々は『レイライン』という単語自体を知らないので、まだコレの正体を確信してはいないようだけど……ベルクマン少佐が大体の、いくつかの目星をつけてた。

そしてそのうちの1つが見事に当たっていた。やばい。マジでやばい。

 

……何やってんだよエイルシュタットの警備部門! ちゃんと仕事しろや超重要軍事機密漏れちゃってんじゃんかよ! どうすんのコレ!? どうすんのコレぇ!?

 

……計画、早めようかな。

このままほっといたら、近々色々検証を重ねてコレの正体にこの人ならたどり着くだろうし……そうしたら、それを利用してイゼッタ負けかねない。

 

……百歩譲って、このレイラインバレだけならまだいい。

よくはないけど、あえて『まだ、いい』。

 

……最後に見せられた1つがやばすぎる。

 

クローンて。

この時代に、1940年代にクローンて。

 

しかも何、本物の『白き魔女』の遺体の一部から作ったって!? あんたらすごいな、この時代にそんな技術……前世の地球で哺乳類の体細胞クローンって、1990年代後半に羊でようやく成功したんじゃなかった!? クローン人間作ったんか、時間にしてその半世紀以上前に!?

 

大きな培養水槽の中で、いろんな管とかつながれて眠っているように見える、白い髪が特徴的な、当たり前だが裸の女の子。

 

それが……ゲールの科学技術で作り出された、『魔女』の複製。

これを……あんたがた、軍事利用する気だと。

 

……本気でまずいんだけど。ゲール舐めてたわ……どうしよう。

 

幸いにも、体は完成してるけど目覚めない、っていう段階らしい。今のところ。

まだ、猶予は少しはあるわけか……いや、油断はできないな。

 

そして最後に……ベルクマン少佐から、

 

『陛下に了解はとってある。君も、実際に『エイルシュタットの魔女』と交戦した者として、そしてその類希かつ柔軟な頭脳を生かして、このプロジェクトに協力してもらいたい』

 

……協力する形で監視できるようになったことは……幸いと見るべきか。

色々と身バレしないように、注意は必要だけど。

 

 

 

……にしても、

 

皇帝陛下から許可はもらってる、って言ってたけど……これって、ベルクマン少佐が僕に目を付けたんだろうか?

なんか、書類の整え方を見る限り……皇帝、あるいは軍・政府上層部から、僕を指名して手伝わせるように指示があったみたいな……

 

……何でだろう? 魔女との戦闘経験があるとはいえ……ここまでピンポイントに指定するか?

 

……何だか、あまりいい予感はしない、な。

 

ベルクマン少佐や、その他関係者の感情を読み取った限りじゃ――あのおっさんはいまいち感情とかわかりづらいんだけど常考――こっちを疑ってるとかそういうのはなかったと思うけど……一応、気を付けよう。

 

 

 

 


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