終末のイゼッタ 黒き魔人の日記   作:破戒僧

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Stage.22 奪われた大義

 

ソグネフィヨルドでの歴史上稀に見る大勝利、諸国および亡命政府、さらには『黒の騎士団』との共闘の約束の締結、さらにはアトランタからの『出兵を前向きに検討し、大統領に進言する』という言葉……。

 

数々の成果を手に、それらを報告するのを楽しみにしながら、意気揚々と祖国に帰還した私とイゼッタを待っていたのは……それら全てを吹き飛ばすような、前代未聞の凶報だった。

 

高揚していた気分が……冷水を頭からかけられたかのように、一瞬にして冷めた。

 

「……申し訳ありません、殿下。全て……私の不始末です」

 

常日頃の鉄面皮はそのままに……しかし、その声音の端々に、噛みしめるような苦々しさを感じさせながら……ジーク補佐官が、私の目の前で、頭を下げている。

 

その一歩後ろには、今回の旅にはついてこず、留守を守っていたはずの、ビアンカを筆頭とする数名の近衛たちが……この件の『実行犯』たちが、同じようにしている。

 

ただしこちらは……補佐官のような鉄面皮ではなく、隠し切れない絶望をその顔に張り付けて。

 

私たちが留守にしている間のことだ。

ジーク補佐官の率いる諜報関連の部隊から、帝国の暗号通信を傍受した、という報告が上がってきたのだという。

 

人員及び物資を、同盟国であるロムルス連邦との間でやり取りする、という内容のそれで……うまく利用すれば、そこで派遣されることになっている者を……テオを、捕獲できる。

 

そう判断した補佐官は、自分に与えられた権限を越権ギリギリまで活用し、近衛を動かしてテオの確保――または抹殺――にあたらせたのだが……その現場で、とんでもない間違いが発覚する。

 

「暗号通信の誤読……? 威嚇射撃までして停船させ、臨検した船は……『ヴォルガ連邦』の外交特使が乗っていた船で、帝国軍人が乗っているという情報そのものが間違いだった……!?」

 

「……面目次第もございません。全て私の責任です」

 

「なんと……いう、ことだ……!」

 

現地に赴いたビアンカ達からの、『違った』という報告を受け、入念に再解読した結果……誤読という、情報を扱う部隊にあるまじき失態が明らかになったのだという。極めて難解かつ、稚拙な言い方になってしまうが……『紛らわしい』形式の暗号だったために、間違えた、と。

 

私の隣にいるイゼッタは、今回のことの意味をまだ理解していないようだ。

 

しかし、ここまで聞いて……私や将軍、首相、それにエルヴィラは、理解してしまっている。この一件が……この国を滅ぼしかねない結果を生むであろうことを。

 

もしこの件が表立って問題になれば、エイルシュタットは……本当に、終わりだ。

 

今回ビアンカ達は、盗聴によって得た不確定な情報を根拠に、このような行動を起こした。その結果……無関係な国の特使に銃を向けてしまった。

 

しかも、場所が最悪だ。非武装・非戦闘地域として定められている地域……国際法に照らして、思い切りこちらに非がある。

 

このままでは最悪、先の戦いでせっかく信頼関係を取り付けた同盟国の全てから見放されてしまう。明確かつ悪質な国際法違反を働いた国に、協力することはできないと。

 

それどころか……この件を口実に、ヴォルガ連邦がこの戦いに参戦するかもしれない。

無論……このエイルシュタットの敵として、帝国と協力する形で、だ。

 

しかも、周辺諸国からの協力は、その頃にはなくなっている。どこの国も、巻き込まれるのを恐れて無関係を、放置を決め込むだろう。

 

そうなれば……公国は一瞬で終わってしまう。

 

いかにイゼッタの力をもってしても、他国の協力がなく、さらに帝国と連邦の力を合わせた、考えるのも億劫な物量を相手にするのは不可能だ。

休みなく攻め込まれ、押しつぶされてしまうのが目に見えている。

 

「何ということだ、どうして、どうして今のような重要な時期に……ッ!」

 

頭を抱えているシュナイダー将軍の言葉は、この場にいる全員の心の代弁だった。

イゼッタもまた、説明を受けてこの状況のまずさを認識したところだ。

 

「……先程……殿下とイゼッタ君が戻られる直前、ロムルス連邦のヴォルガ大使館より、今回の件に関して詳細を話し合いたい旨の連絡がありました。一両日中にこちらに赴くとのことで……その場において、今回の問題の帰結を模索することとなりそうです」

 

頭を上げ、ジーク補佐官はそのような報告を付け加えてきた。

 

それに、明らかに冷静ではない様子で――無理もないが――将軍と首相が食って掛かった。

 

「模索とは!? この状況下で……どこをどう、何を探るというのだ!? こんな大問題をどうしろと……今この瞬間、ヴォルガ連邦から宣戦布告されてもおかしくない大問題だぞ!」

 

「落ち着いてください将軍! しかし、問題の大きさはまさにそういったレベルなのは事実……ジーク補佐官、あまりこういうことを言いたくはないのだが、この件はどうにかしてうまく収束しなければ、冗談抜きにこの国の存亡にかかる。……どのように収めるつもりかね?」

 

「事実を、誠心誠意説明する他にないでしょう。此度の戦で、魔女の力を持つとはいえ、我が国が苦境に立たされているのは周知の事実。戦局を打開しようと逸った愚か者の仕業、と説明します。最悪、私や、実行犯たちの首を差し出せば……その他いろいろと譲歩を引き出されるでしょうが、費用対効果や、帝国とのにらみ合いの問題もあります。開戦には至りますまい」

 

「く、首って……そ、そんなのダメです! ジークさんや、ビアンカさんたちが……」

 

ジークの言葉を聞いて、顔を真っ青にしたイゼッタがそう声を張るが……それに賛同してくれる者は、この場には1人もいなかった。

……そう、私ですらも、それはできない。

 

そうでもしなければ、国が滅ぶ……そう、わかっているからだ。

 

私とて、そんなことをしてほしくはない。ジーク補佐官も、ビアンカら近衛たちも、今まで私にその全てを捧げて仕えてくれた忠義の士だ。

どちらも、個人的にも、大局的にも……これからのエイルシュタットになくてはならない存在。

 

しかし、どうにかことが収まりそうな方策がそれしかなく……さらに言えば、過失が明確に存在する点は本当なのだ。信賞必罰は、国の運営においてあまりにも基本的なことだ。

身内びいきはできないし……で、あるならば、責任の取り方としては……。

 

……考えるだけで、この身が張り裂けそうな辛さを感じる。

 

彼らを切り捨てなければ、国が滅ぶ。加えて、まぎれもなくこの一件の責任は彼らにある。

であるならば……国家元首としての対応は、その者達に責任を取らせる……というもので、何も間違ってはいないだろう。そう、何も。

 

……だが、私の……1人の娘としての感情が、それに待ったをかける。

 

この、私自身の心の中から聞こえてくる声に、耳を貸していいものではないということくらいはわかる。

だが、それでも……

 

首席補佐官の後任人事を進める必要があるとか、近衛各員の家に話を通さねばとか、そんなことを話す補佐官や将軍たちの声を、どこか遠くに聞くような感覚を覚えながら……私は、イゼッタと顔を見合わせた。

 

イゼッタも、その瞳に映る私も……泣きそうな顔になっていた。

 

 

☆☆☆

 

 

1940年7月24日

 

今日、マリーから改めて連絡が入ってきた。

 

先一昨日になるか。無事に帝国に帰ってきて……その翌日早朝に、帝国軍参謀本部からの呼び出しを受けた僕は、色々な報告やら謝罪やら――ソグンの大敗北関連――を受けたわけだけど、それはしばらくは参謀本部の方で処理を進めるそうだ。

 

なので問題は、僕が裏で動いているこっちの問題……マリーが見事に策略を完成させた、エイルシュタット公国とヴォルガ連邦間の国際問題『未遂』についてである。

 

マリーが、言いなりになる直属の連中を動かして、エイルシュタット相手に仕掛けた謀略。

わざと誤読しやすい無線連絡を傍受させて、僕を目当てに非武装地帯で襲ってきたエイルシュタットの連中を、逆に国際法違反その他もろもろで糾弾できる立場にする。

 

……まさか、近衛が回されるとは思わなかったそうだけど。

 

何でも、先日エイルシュタット国内に『魔女』関連でスパイが入ったらしく、それ関連で何かあるかもしれないと勘繰られた……ああ、だからわざわざ近衛動かしたのか?

 

エイルシュタットの近衛の忠誠心は絶対的だ。信頼して、魔女の秘密を教えていてもおかしくない……言い換えれば、それが絡んだ事柄に対処させるには最適な人員たちだ。

……今回の一件で、その3分の1の首が飛びかねない事態に陥ったわけだけど。一時的に。

 

勘違いで臨検した挙句、威嚇射撃までかました相手が『ヴォルガ連邦』だったってことで、下手したらかの国が敵に回るかもしれない状況に。

 

そのための話し合いと銘打って、マリーがヴォルガ連邦の外交特使(偽)として向かったわけなのだ。そして、色々話し合いを終えた。

 

……といっても、特に何か要求したとか、密約を締結したわけじゃない。

互いに『なかったことにしよう』という約束を取り交わしただけである。

 

そもそも今回の一件、向こうは、いざとなったら、関係者全員の首を差し出してでも……とか考えてたようだけど、こっちとしてはそんなつもりは毛頭ない。

そんなことされても困る、ともいえる。最終的には……かの国も色々巻き込むつもりなので。

 

というか、そもそも今回の一件、マリーおよびヴォルガ連邦の内通者経由で、向こうにはぼかして『通行段階でちょっとトラブルがあった』程度に報告してるんで、連邦政府そのものがこの件に関して何か言ってくるどころか、気づくことすらない。

エイルシュタット含め、双方にとって極秘&非公式な出来事だったことが功を奏した。

 

なので、本当にコレで何かが起こるということはないのだ。

この件について知ってる者自体、エイルシュタット中枢部の数名と、実行犯の近衛数名、さらに僕やマリーの息がかかった連中だけなのだから。

 

ただ……マリー曰く、僕の左目の分の借りをちょっと返させてもらったらしい。

 

言い回しをちょっと工夫して、『私たちは貴国が何をしたかは知っているけど、あえて問題にしない』『でもこっちも今色々不安定だし、あまりいらんことしないでね?』『もし何かあったらその時は……(ごにょごにょ)』的なまとめ方にしたそうだ。

 

つまりエイルシュタット的には、一応今すぐ何か致命的な事態になったりすることこそないものの、弱みを握られ、首根っこを抑えられている状態……だと思っている。

 

そのため、連邦を刺激しかねないような軍事行動……特に東方にまたがるようなそれを行えない状況がしばらく続くことになる。

 

……それと同程度の期間じゃないだろうけど、生きた心地がしないだろうな、しばらく。

 

いつ連邦がこの件を武器にして参戦してくる、あるいは何か要求を突き付けてくる……なんてことになりかねない状況がしばらく続くともなれば、補佐官や近衛の皆さんはそれだけで圧倒的なストレスになるだろうし……もちろん、他の首脳各位もだ。

 

……ちょっとかわいそうになってきた。

 

ニコラが敵地に忍び込んだ際に、一応その後の足跡を追跡・確認してどういう感じに出るかを調査・記録してきたから、今後のエイルシュタットの方針とかもわかるっちゃわかるんだけど……その際に録音して持ち帰ってきた音声データが……

 

交渉の後の、実行犯の一人らしいビアンカさん――僕を撃ったあの女の人か――の様子らしいんだけどもね? 事件自体が『なかったこと』になったわけだから、責任・処罰云々はなくなった代わりに、今後しばらくエイルシュタットは苦境の時代になる……ということを鑑みて、

 

『私は……斯様な危機を祖国と主君にもたらしておいて、責任を取ることすら許されないのか……』って、マジにきつそうな……。こっちが罪悪感覚えるレベルの落ち込み方を……。

 

まあ、ここで下手に彼女達を処断したりしたら、『何で!?』ってことになるしね……加えて、エイルシュタットはその規模から、人材が潤沢とは言えない国だ。代えのきかない精鋭である、近衛や補佐官を……しなくてもいいのなら、更迭したくない、するわけにはいかない。

 

まずいことをしたのにその罰を与えられず、なおかつ問題が根本的には解決しない……うん、つらいだろうな、そりゃ。

 

まあ、不安の中で過ごすことになって悪いけど……何か起こることはホントにないので、勘弁してほしい。

こっちはただ、時間が欲しいだけなのだ、色々謀略やるための時間が。

 

その結果としてもたらされるものは、エイルシュタットにとっても悪いものじゃないはず。

なので、ちょっとの間我慢してほしい。左目の件はこれでチャラにするから。

 

……さて、そうと決まれば……しばらくはこっちも大きな動きはないだろうし、のんびり、しかし気を抜かずにやるか。

 

僕の休暇もそろそろ開けるし、元通り帝国軍人・最前線指揮官に戻りつつ……色々、表裏両方の作戦立案とかを進めるとしよう。

 

さしあたってまずは……二コラが研究中の『錬金術』と、僕自身の変質した体のスペックや特殊能力の検証からだな……。

 

どうやら『魔女の力』とやら、ただ単に、手を触れずにものを動かすだけのそれじゃなさそうだ。もっと奥の深いもの……という感じがする。また別な力があるのか……あるいは、違う側面があるとか、まだ先があるというか。

 

日常編というか……拠点フェイズだな。うん。

 

 

 

 


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