終末のイゼッタ 黒き魔人の日記   作:破戒僧

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Stage.21 一難去ってまた一難(確信犯)

 

 

1940年7月20日

 

まーなんというか、手のひら返しもああまで見事にやってのけられると、逆にすがすがしい。

 

レッドフィールド邸で再び開催された会議で、各国首脳の皆さまときたら……その実力と有用性に懐疑的だった数日前とは打って変わって、称賛の嵐。

 

まあ、僕(ゼロね)とイゼッタでそれだけの戦果を実際にたたき出せたわけだから、それも仕方ないかもしれんけども。

 

あの後、ソグネフィヨルドを完全に制圧した連合国軍は、すぐさまそこに追加で艦隊と軍を送り込んでこれを完全に掌握。戦略拠点を構築し、そこから伸びる鉄道を抑えて物流を確保。

 

それにより、帝国の北部投入部隊は補給線をズタズタにされ、各地でパルチザンが蜂起しての猛反撃もあって、これ以上その場にとどまっていることができなくなった。

 

その結果……南北からの挟み撃ちに耐えられなくなった帝国軍は、影響の少ないノルド東部へ向けて後退し……つまりは、ノルドの、ブリタニア側の海に面した西半分が解放されたのである。

そこには、首都こそないものの、いくつもの重要地が含まれており……それを聞いたノルドの民たちは、歓喜に打ち震え、涙を流していたそうだ。

 

さらには撤退中に、これまた補給要地を抑えられていたことにより身動きが取れなくなり、北西部地域に投入していた帝国戦力は半分近くが消滅。当分は戦線の維持で手一杯の大打撃となった。

 

なお、帝国側から入手した情報によれば、帝国軍のノルド方面軍の指揮官が更迭され、方面軍は指揮系統まで含めて再編されるようだ。

 

まあ……帝国の栄光の象徴ともいうべき場所で、大敗北を喫した上に、めっちゃ領地失う羽目になったわけだから、無理ないけども。

 

……あと、そこで活躍した『ソグンの英雄』として知られている僕には、出張から戻り次第、北部方面の方から謝罪したいって面談の申し入れがあるようで……いや、別にいいんだけど。

何、二つ名に傷をつけたって? いや、別にそんな事実は確認してませんけども……。

 

つか、方面軍の指揮官って、イェーコフ中将だっけ? ダメでしょ、少佐に頭なんか下げちゃ。

……更迭決まった? あ、そう、お気の毒に。

 

まあともかくとして……そんな感じで大活躍してしまったもんだから、ゼロ、イゼッタ、そしてフィーネの3人はもう超☆英雄扱いで……各国掌を返したように『ぜひ協力させてほしい!』って申し出てきて……まあ、外交ってそんなもんだってのはわかってるけども。

 

特に、自国を半分以上開放してもらったノルドの反応が……王子様(と言いつつ中年で白髪も目立つおっさんなんだけど)ってば、号泣しながら『ありがとう、ありがとう!』って……僕らの手を取ってぎゅーっと握手しながら。

……イゼッタ、ちょっと引いてたぞ。鼻水も出てたもんな。

 

……僕的には、瀬戸際外交の末に越境侵犯で喧嘩売ってきたあんたたちにはむしろ言いたいことがあったんですけどもね? ……まあ、いいか。それはまた今度にしよう。

 

そんなわけで、僕ら今、大人気。

フィーネの希望は見事にかなって、各国で兵を出して、協力してゲールに対抗しよう……ってことになったそうだ。

 

それが決まった時の、イゼッタとフィーネの嬉しそうな顔は、見ててこっちが嬉しくなるくらいに微笑ましいものだった。外交の場だってことを忘れてるんじゃないか、って思うくらいに、正直かつ無防備に嬉しさがにじみ出てたもんな。

 

……その対面に座っている、アトランタ代表の胡散臭い笑みがなければ、これで完璧だったんだろうけど。

 

……多分だけど、フィーネんとこの近衛さんに撃たれてからだろうか。

僕は、他人の感情ってもんがよくわかるというか、感じ取れるようになった……気がする。

 

ニ○ータイプか? イ○ベイターか? ……よくわからんけど、今度じっくり時間かけて調べてみる必要があるな……他にもいろいろ、よくわからん能力がこの身に覚醒しとるし。生命の危機に瀕して、封印されていた能力が覚醒したとか、そんな感じだろうか?

 

ざっとは検証したんだけど、休みが終わる前にでもじっくりと、腰を据えて……うん。

 

で、だ。その感情感知能力を使……うまでもなく、その視線からアトランタ合衆国の思惑は見て取れた。

 

こないだ感じたのと同じ。警戒している……いや、むしろ恐怖している、って感じだ。

僕と、イゼッタを。

 

イゼッタは、個人で戦車や戦闘機を相手取り、空母相手の戦闘においてすらその力で猛威を振るう、脅威のワンマンアーミーとして。

 

僕は……テロリストとも呼べそうな位置づけの、武装集団の長であり……帝国軍を徹頭徹尾手玉に取り、既存の戦力を十二分に活用し、どう考えても不可能な作戦を成功させる戦略家として。

 

帝国を相手取るのに頼もしい限りです、の言葉に嘘はないんだろうけど……その後にまだ何か、言いたいことを我慢してますよね、おたく。

 

思いっきり僕らを危険視して……帝国相手に出兵したどさくさ紛れに、どうにかしてこっちも『処理』しようとしてますよね? 自国に牙をむきかねない……いや、そうでなくても、仮に、もし、万が一そうなったらやばいからって前もって滅ぼそうとしてますよね?

 

……あの国は民主主義で、世論が戦争反対・出兵に消極的だから、今はこうして出兵して来ないけど……多分このメガネのおっさん、国に『出兵すべし』という打診を持ち帰るだろう。大統領を説得して、その大統領が議会を説得して……帝国も、公国も、黒の騎士団も滅ぼすべきだって。

 

『アトランタが動いてくれれば、戦局は一気に変わる!』って嬉しそうにしてる姫様は気づいてないようだけど……このまま放置はできないな。

 

あーもう、帝国をどうにかするだけでも大変なのに、合衆国もか……やになるな。

 

……それに、もう1つ……不安要素、あるし。

主に、ずっと東で北の方に……一応、帝国とは不可侵条約結んでる、某アカの国が。

 

あっちはあっちでどうにかしなきゃだし……あーもう、やることが多い!

 

……時間が欲しい。切実に。

 

ちなみに、今日の夜は、レッドフィールド邸で『ささやかに』祝賀パーティが催され、僕らももちろんそれに御呼ばれされた。

……仮面つけてるので、僕食べられんけども。ちくせう。

 

そしてその席にて、残念ながら、ノルド王国のライトニングバロン、ゼクス・マーキス氏は都合がつかず欠席である旨が発表され、イゼッタやフィーネを含む出席者たちを落胆させていた。

 

……出席はしてたんだけどね。別口で。言えんけど。

 

なお、本当はもうちょっと後に、仮面舞踏会形式のパーティーを計画してたらしいんだけど、予想外に大きな戦果に、後処理が大変で忙しくなりそうだからって、縮小してこのパーティーを開催、仮面舞踏会の方はお流れになったそうだ。

 

その話を聞いた時、イゼッタから『仮面舞踏会……ゼロさんはわざわざ変装しなくていいから楽ですね』っていう天然コメントが飛んできて、ちょっとほっこりした。

 

とりあえず……明日僕は帰ろう。フィーネとイゼッタに、軽く挨拶して。

 

 

☆☆☆

 

 

「……行ってしまったな」

 

「はい……すごい人でしたね。その……うまく言えないんですけど」

 

軍用機に乗り、ロンデニウムを後にするゼロを見送りながら……イゼッタとフィーネは、はぁ、と息をついていた。

 

「……そうだな、私も……何というか、まだまだ語彙というものが足りんようだ」

 

自嘲するような笑みと共に、フィーネはイゼッタに肯定を返す。

 

「ジーク補佐官やシュナイダー将軍も、地位に見合った戦略眼を持っている。この戦いの中で、幾度もそれが発揮されるのを見てきたが……それを踏まえてなお、奴はものが違ったな」

 

「最初から最後まで、ほとんどあの人の言った通りになっちゃいましたもんね……」

 

敵はこう来る、こちらはこう対応する、すると敵はこう来る。

『ソグネフィヨルド』における戦いを、1から10までコーディネートしたに等しい、規格外の戦略眼を見せたゼロに対して……2人は、いまだに興奮冷めやらぬ様子だった。

 

実際にその指示に従って動き……見事に連合が勝利を勝ち取った瞬間を目の当たりにしたイゼッタも、逐一の報告で、未来を見通したのかと思いたくなるほどに、『予定通り』に進んでいく戦場に息をのんでいたフィーネも。

 

『戦略』というものが、ここまで完全に戦場を支配しうるのか、という……ある種の芸術を目の当たりにしたような、筆舌に尽くしがたい、感動といっていいものを覚えていた。

 

「稀代の戦略家、か……看板に偽りなしだな。あ奴のあの戦略眼は、連合国が帝国を相手に戦う上で、この上なく大きな力となるだろう……奴自身の戦力『黒の騎士団』も含めてな」

 

「私たちのことも、助けてくれる……でしょうか?」

 

「そうだな……こういう言い方はどうかと思うが、わが国には、そなたという『利用価値』がある……良くも悪くも結果主義のようだから、それにつながる力としてであれば、今後もうまく付き合えると思うぞ? まあ、甘やかしてはくれんだろうがな」

 

「そうですね……私も精一杯頑張ります!」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

仮面で顔を隠し、その正体は不明ながら……強烈なカリスマと豪胆な物腰、そして確かな戦略眼を示して、他国にその力を、存在を喧伝した、黒衣の反逆者。

 

未だ謎多き男ではあるが、2人はその男に、やがて世界を変えうる可能性を感じていた。

 

それは……『魔女』という強大な個の力を有するからこそ、そしてそれをもってなお、先に敗北を喫しているからこそ、より大きな力として感じられるものだった。

 

(イゼッタの『魔女』の力は、強力ではあるが無敵ではない……そのことは、先だってテオが……ペンドラゴンが証明した通りだ。罠、奇襲、薬品……綿密に練られた戦略によって、破られうる。だからこそ、その脆さを補う力がいる……あれほどの知略があれば、我が国ではせいぜいが強力な兵器としてしか見れないイゼッタの力を、100%以上発揮させられるのだろうか)

 

(あの人は、私のこと……あくまで作戦の一部として見てた。他の特殊部隊や、普通の兵隊さん、軍艦や、あの『ゼクス』って人と、あくまで同じように……。でもだからこそ、それぞれが自分の力を思いっきり使って、生かせる形で作戦を考えられる……そんな人がいるなんて……いや、でも)

 

「……テオ君」

 

「ん?」

 

ぽつり、とイゼッタがつぶやいた言葉に、フィーネはきょとんとして、その顔を覗き込む。

 

「あ、いえ、その……まるで、テオ君みたいだな、って」

 

「テオ……? ゼロが、か?」

 

「はい。今思い出したんですけど……テオ君も、ゼロさんと同じように、今ある手札で、自分たちができることを最大限生かして作戦を立てて……それで私、負けちゃったんだっけな、って。テオ君も、帝国軍では……参謀?とかっていう役職なんですよね? 戦略家って、皆あんな風に頭がいいのかな……」

 

「さすがにそれはないと思うが……あの2人は別格だろう。しかし、そうなると……」

 

「……ちょっと気になりますね。テオ君とゼロさん、どっちが頭いいんだろう」

 

「興味深くはあるが……その2人の頭脳戦ともなると、付き合わされる現地の兵力が地獄を見ることになりそうだな……」

 

「あー……確かに」

 

苦笑しあう2人。乾いた笑い声が、澄んだ空気の中に溶けていく。

 

 

☆☆☆

 

 

……一方その頃、

場所は……中立国・ヴェストリアの、某所・港湾の沖合。

 

そこに浮かぶ小型のボートの上に、エイルシュタットの誇る精鋭……近衛兵と、彼女たちが引き連れている数人の兵士たちが……呆然と立ち尽くしている光景があった。

 

その顔には……一様に、絶望が浮かんでいる。

 

(私は……私たちは、なんということを……!)

 

その中心に立って、わなわなと震えている、近衛隊長・ビアンカは……取り落とした拳銃を拾うこともせず、呆然と、何も見えない沖合を見つめていた。

 

とっくに去ってしまっているが、少し前まで、そこには一隻の船が止まっていた。

 

ビアンカらの乗っているそれと同じ、小型の船で……ビアンカ達は、暗号通信を傍受して、その日、その時刻にこの港を極秘裏に出向する船が、密輸物資と帝国の要人――ペンドラゴンを乗せているという情報をつかんでいた。

 

それゆえに彼女たちは、今から十数分前……港にいる警備員たちに悟られないため、洋上で呼び止めて臨検を行った。無線通信で停止を呼びかけ、相手が『こちらにはその指示に従う義務はない』と拒絶すると……威嚇射撃までして。

 

しかし、それによって明らかになったのは……

 

「た、隊長……どうしましょう……!?」

 

「あの船、帝国じゃなかった……ロムルス連邦ですら……」

 

そう。違っていた。

ビアンカ達が予想していたことと……何もかもが違っていた。

 

あの船は、密航による物資・人員の運搬船などではなく……航行は極秘ではあるが、正式な許可を受けて航行していた船だったのだ。

ただ単に、戦争による鉄道ダイヤの調整で時間がずれ込んだだけ。

 

しかも、乗っていたのは……帝国のやその同盟国の軍人・関係者ですらなく……

 

「『ヴォルガ連邦』の、外交特使……!」

 

大陸北東部の大国、『ヴォルガ連邦』。

共産党の一党独裁体制によって政治を運営しており……帝国とは、不可侵条約を結んでいる。

 

現在、欧州全土を巻き込みつつあるこの戦争には、参戦していない国だが……

 

もし、今回の一件が、

確たる証拠もなく、第三国の外交特使の乗っている船を呼び止め、威嚇射撃までして……挙句、間違いだったなどと、ふざけた行為に及んでしまった情報が公になれば……

 

(どう……すれば……っ!!)

 

ビアンカが、声に出せずに、心で上げている悲鳴に……答えを返してくれる者は、どこにもいない。ただ、波の音だけが、むなしく彼女の耳に届いていた。

 

 

 

『とまあ、予想通りこうなりました。連中、見事に勘違いしてくれましてな』

 

「なるほどね……この暗号、解読パターンにかぶりがある欠陥品だからって、使用中止になった奴だっけな。コレを利用して、わざと傍受・誤読させて罠にはめた、と」

 

「しかも、実際に軍部がロムルス連邦との通信に使っているチャンネルで……これなら、偽電だとは考えにくいわね。少し前に同じやり方で相手をだましたから、何度も同じ方法と取るとは思わないでしょうし……そこを突いた作戦でもあるのね」

 

『既存の暗号通信のやり方に当てはめて解読しようとすると、ほぼ間違いなく誤読が起こりますから。特に『ロムルス連邦』と『ヴォルガ連邦』の読み違いが』

 

「単なる偽電でなく、わざわざ向こうに『誤読』させたのは、その方が向こうに『自分が失敗した』っていう意識と罪悪感を植え付けるため、ってところね?」

 

「えげつねー……いや、作戦任せたのは僕だから、何も文句言う気とかないけどさ」

 

『ニコラが気合いを入れて作成していた、渾身の偽電ですからな。ボスの左目を奪った敵討ちを一分でも、と。まあ私としてもそのあたりは同意見ですし……ここからの出番では、せいぜいちくちくと突かせてもらうことにいたします』

 

「お手柔らかにね……間違っても、自殺者とか出すなよ? コレの目的は……」

 

『時間稼ぎでしょう? 心得ておりますとも。それに、心配はご無用……連中、それがしたくてもできなくなりますゆえ』

 

「さよかい……じゃ、よろしくマリー。僕もアレスも、明日の早朝にはそっちに着くよ」

 

 

 

 


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