1940年7月17日
完 ・ 全 ・ 勝 ・ 利 !!!
1940年7月18日
昨日は疲れてたので、いきなり四字熟語書いただけという日記にあるまじき形態でお届けしてしまったわけだけども……今ちょうど暇だし、詳しいとこ書こうと思う。
僕らが、かのソグネフィヨルドを……いかにして攻略したかを。
まず当初、反帝国陣営の立てた作戦は、イゼッタが魚雷4発と一緒に飛んで、湾内に停泊しているであろうドラッヘンフェルスを奇襲し――言いにくいなこの名前マジで。噛みそう――その船底のど真ん中、全く同じ個所でほぼ同時にそれらを爆発させることで、浮き上がるくらいの衝撃で船体を弓なりに歪ませ、その反動と船の自重で真っ二つにへし折る、というものだった。
何で魚雷? ミサイルとかでいいじゃん……と思ったけど、この時代まだミサイルないのね。
他にも……なんで魚雷4発必要な作戦に、ちょうど4発しかもっていかないんだとか、色々言いたいことはあるんだけども……まあいい。
どの道、作戦は大幅に変更せざるを得ないんだし。
だってばれてるんだから。中身はともかく、来るってことは。完全に誘われてて。
そのため、その会議の場でさっくりと、それを補う形で、もっと正確かつ効果的で、もっとリターンが大きい作戦を考えて提案させていただいたわけで……そして数日後にはそれを実際にやることになったわけで……。
具体的に、どんなふうに戦ったのかというと……だ。
あー……コレは久々に、超・長文になる予感……。
はい、じゃあ回想入りまーす。なんちゃって。
本来ならゲールの連中、戦闘機を何機も飛ばして、その援護にドラッヘンフェルスと、その随伴の3隻の軍艦からの砲撃で弾幕を作り出し、イゼッタを迎撃する……って感じの戦い方をするはずだったんだろう。
まあ、ちょこまか動く小さな的をとらえるには、攻撃の密度を上げるくらいしか手段ないからな……シンプルなれど、効果的な手だと言える。
実際に、作戦開始直後……いると思われていた湾内にドラッヘンフェルスはなく、すでにやや沖合に向けて出港してしまっていた。随伴艦として付き従う軍艦3隻を連れて。
しかもイゼッタを確認した直後に、待ってましたとばかりに、戦闘機の部隊が発艦。周囲に大型の魚雷をいくつも浮遊させているイゼッタめがけ、臆することなく突っ込んできた。
おまけに、帝国軍のエースパイロットの、あの髭のおっさん……バスラー大尉だっけか、あの人まで出てきてた。本気度がうかがえる。
……と、言いつつこれが威力偵察、しかも主犯格があのベルクマン中佐だって知ってると……マジになって戦ってる大尉がちょっとかわいそうというか、道化というか……
いやまあ、ここで落とせればそれが一番いいとは思ってるんだろうけど……でもこの作戦で落としたら、イゼッタ確実に死ぬよね? 戦闘機の機銃と軍艦の艦砲射撃じゃさ……。
……まあ、僕がそんなことはさせないんだけども。
まず初めに、時間。
イゼッタが襲撃をかける時間は……こっちで入念に調査した上で、ちょうど引き潮になる時間帯を選んである。そのため、フィヨルドが複雑に入り組んだ地形で身動きが取れなくなりかねない事態を避けるため、ドラッヘンフェルスを含む4隻は、比較的沖合に出てきている。
普通の軍艦とか随伴艦とかならともかく……あの大きさになるとね、座礁する危険も大幅に上がっちゃうんだよね。
いくら囮でも、その辺は最低限の配慮として気を付けるだろうし……まずは読み通り。
そして沖合に出ると……軍港に設置されている砲台のうち、何割かが有効射程を超えてしまい、役立たずになる。ただでさえ当てづらいのに加えて、弾幕がこれでいくらか薄くなる。
しかも連中、こっちでちょいと裏から手を回して、弾薬不足になるようにしてあるので、さらに弾幕が緩和される。
僕がソグネフィヨルドを制圧した時に起こっていた、兵站不備による運送ルートの途絶を覚えているだろうか。それを、ちょいと細工して人為的に引き起こさせてもらったのだ……その運送で届くはずだった武器弾薬の不足、っていうおまけ付きで。
何、難しいことはしてない……ただ、ちょっと中央から圧力をかけて、ずさんな仕事をしていた――しかしそのおかげで、激務の中でも結果的に早く兵站対応ができていた部署に、『丁寧に、確認作業をきっちりやれ』って言っただけだ。
おかげで、正確で信頼性のある仕事が行われるようになった……と思ったら、よくよく見てみた結果として汚職が発覚したりした。……まあ、さらに時間稼ぎができたのでいいけど。
そういうわけで弾薬不足。空母や軍艦は自前でそういうの持ってきてるからともかく、砲台の方はそのせいで弾切れが最初から見えてる状態。しかし、撃たないわけにもいかないので、少ない残弾をどうにかやりくりしてる状態。
戦艦の巨砲は威力はある代わりに、取り回しは軽くない。大艦巨砲主義が、戦闘機によって時代遅れにさせられ、格好の的になってしまったことからもわかるように、小回りの利く上に速い戦闘機を相手にするには、あまりに不利なのだ。
それよりも速く、小さく、すばしっこいイゼッタの相手なんかする日にゃ、なおさらである。
それをカバーするため、艦砲よりは取り回しもしやすい大砲が弾幕の重要な要素だったわけなんだけどね。残念だったね。
そんなわけで、敵の手数をなるたけ封印した状態で……当然、イゼッタを狙う主力は、バスラー大尉率いる戦闘機の皆さまである。こいつらばっかりは、空母から出される戦力であるため、兵站の影響を受けることもなく元気で……しかも、機動性の高い新型ときたもんだ。
メッサーシュミット、っつったっけか、あの新型……これを、エース級のバスラー大尉が使うと……決して楽観視なんて許されない、とんでもない機動力を持った怪物となる。
それを、彼ほどじゃないにせよ、普通の部隊なら十分エースを張れる部下たちの期待が援護しつつ、イゼッタを撃ち落とそうとするんだから……まあ、怖いわな。
しかし、である。そんな感じで始まろうとしていた、彼らバスラー隊(仮)の戦いは、始まる前に飛び込んできた報告によって、路線変更を余儀なくされたのであった。
それは、もう間もなく発艦という時になって……すでに各員が戦闘機に乗り込んでいた時に……無線から聞こえてきた。
そして、それを境に……帝国軍の思惑は、誰の目にも明らかな形で、音を立てて崩れていく。
☆☆☆
『メーデー! メーデー! こちら第24観測砲撃小隊! 敵航空機より攻撃を受けている! 増援を! 繰り返す、増援を! このままでは砲台が……うわあぁぁあ(ブツッ)』
「……っ!? おい何だ、一体何が起きた!?」
『た、大尉殿……アレを!』
そう、息をのんだ部下の声を聴いて、滑走直前の戦闘機の中で振り返ったバスラー大尉。
その視界に飛び込んできたのは……突如として現れた見慣れない戦闘機が、すさまじく鋭角な急降下爆撃を繰り返して、湾の固定砲台を片っ端から蹂躙している光景だった。
実際には、見境なしではなく……さっき言った射程の話で使い物に『なる』ものから順になのだが、その場でそれに気づくほど、余裕のある者はそこにいなかった。
しかも、その戦闘機ときたら、一品もののスペシャルであることがありありとわかる性能で……バスラー大尉が乗る帝国の最新鋭のそれを軽く上回るポテンシャルを持っていた。
当然ながら、パイロットもそれに乗るにふさわしい技量を持っているように見えた。
ドラッヘンフェルスの甲板上にて、皆が絶句し、唖然としている中……いち早く正気に戻ったバスラー大佐は、無線の周波数をいじると、集音器に向けてほとんど怒鳴りつけるように、
「ソグンコマンド! こちら航空機部隊隊長バスラー大尉! コールサイン、ホーク01! 応答されたし! 其方の砲撃小隊各隊への敵航空機による攻撃を目視で確認、一体何が起こっている!? その機体はいつ、どこから現れた!? 損害状況は!?」
『こ、こちらソグンコマンド! げ、現在、砲撃小隊6部隊との通信が途絶、通信波も観測できず! 撃滅されたものと……し、至急の増援を現在……え……な……っ!?』
『お、おい、何であの戦闘機、こっちに……』
『しまった、まさか通信波を逆探知……い、いや、出力は絞っているはずなのに!? なぜ!?』
『う、うわああぁああっ!?』
『た、退避、退h―――(ブツッ)』
「おい、おい!? くそっ、バカな……なんてこった!」
返事の聞こえなくなった、ソグネフィヨルドの司令部との間のラインを切ると、バスラー大尉は素早く考えをまとめ……あることに思い至って、顔を青くした。
ばっと振り向いて、空を飛んでいるイゼッタを見る。また振り返って、襲われている砲台と、襲っている戦闘機を見て……最後に、周囲の海というか、水平線を見渡した。
ぎりり、と……噛みしめているらしい奥歯が音を立てる。
「そういうことか……くそっ、連中、なんて手を考えやがる!」
『大尉? いかがなさい……』
無線の向こうからの声には答えず、バスラー大尉はチャンネルをオープンに切り替えて、
「各位に通達! これより部隊を2つに分ける! 01から08が湾岸の砲台の救援、09から16が魔女の迎撃だ! 各標的の迅速な撃墜を目的に飛べ!」
自分を含む8機を敵戦闘機の迎撃に充てる指示。当初の予定だった魔女よりも、突如降ってわいた敵を討伐することに比重の重きを置いた判断を下したバスラー大尉の胸中は……冷静かつ迅速に判断を下していたのとは裏腹に、焦りに満ちていた。
(まさか、連中……最大戦力であるはずの『魔女』を、囮に使いやがった……!? しかも……)
攻撃に使えば、その比類ない戦闘能力で持って、こちらに大損害を与えてくる……それこそ、やり方次第で本当にドラッヘンフェルスをも沈めかねないほどの戦力。それが魔女だ。
だからこそ、帝国はそのイゼッタへの備えを万全にしてきたし、大尉率いる戦闘部隊各位は、決死の覚悟でその魔女の相手をするつもりでいた。
……しかし、だからこそ、というべきか。
敵は、こちらが予想もしなかった……その『魔女』への警戒の高さを逆手にとって、囮として彼女へ注目を集め、その隙に本命の攻撃を叩き込むという手を打ってきた。
しかし、バスラー大尉の胸中にはもう1つ……今のこの状況から導き出された、さらなる最悪の予感が渦を巻いており……それゆえに、彼はあの正体不明の戦闘機を、一刻も早く撃ち落とすことを決めた。自分が、一時的にとはいえ魔女から離れ、相手をしてまで。
帝国軍人なら、よほど狼狽してでもいない限り――もっとも、今この場ではその状態にある兵が多分を占めるのだが――思いつくであろうことだった。
この状況……どこかで見覚えがないか、と。
答えは簡単……この場所が何よりの答えだ。
『ソグネフィヨルド』……『ソグンの悪魔』『黒翼の魔人』の名で知られる、かのペンドラゴン少佐が、絶対的不利な状況の中で奪い取り、ノルド王国制圧の決定打となった場所。
その際に使用された戦術……砲台と司令部の無力化による、帝国艦隊の誘引。
砲台が次々と落とされている今のこの状況は……あまりにもぴったりと、それに重なった。
となれば、次に何が起こるか……あの時は、帝国の軍人をこれでもかと乗せた軍艦が大挙して押し寄せ、上陸、物資と鉄道を抑えて、兵站と海運における絶対的優位を確立した。
その結果何が起こったか。ノルド王国首都を始めとする、同国全域の陥落である。
(砲台だけを狙ってああまで徹底的に……もし、連中の狙いが『ソグン』の意趣返しだとしたら……それだけは絶対にやらせるわけにはいかねえ!)
「くそったれが! 面倒な真似してくれやがって……訓練してきた14パターンの編隊飛行戦術が全部無駄になっちまった……ああ、くそったれ!」
『それはご愁傷様、という他ないな。だが、オープンチャンネルで聞くに堪えない下品な物言いで独り言を垂れ流すのは正直、耳障りだな。できればやめてもらいたいものだ』
「……誰だ?」
突如、無線から聞こえてきたその声に、離陸直後のバスラー大尉はとっさにそう問うが……
『おや、返答が必要かな?』
「いや、いらねえな……ちっ、お前さんかよ」
聞き覚えのない声な上、くぐもっていて若干聞き取りづらいものだったが……バスラー大尉には、その声が、誰のものかはともかく、どこから聞こえてきたのかは……はっきり分かった。
今、向かっている先で悠々と飛び……いま、新たに1基の砲台を粉砕した、あの機体だと。
それに乗っている、パイロットだと。
「どこのどいつだ、てめえ……ノルドのレジスタンスか?」
『いかにも。私の名は『ゼクス・マーキス』……通りすがりの野良飛行機乗りだ』
「……聞いたことあるぜ。最近話題の『ライトニングバロン』か」
ちっ、と舌打ちをして、バスラー大尉は前方に見えるその機体をにらみつけた。
ゼクス・マーキス。通称『ライトニングバロン』。
最近、ノルド王国方面でその名を徐々に有名にしてきている、レジスタンス所属、正体不明の仮面の飛行機乗りだ。まだ数回しか戦場で姿を確認されてはいないものの……誰が相手でも素顔を明かすことはなく、しかしその腕は確かなものとして、寄せられる期待と信頼は厚い。
当然ながら、同時に帝国には要注意人物として目をつけられている1人だ。ただまあ、繰り返すが正体不明の人物のため、せいぜい噂話程度の情報しか出回っていないが。
話半分に聞いていたそのうわさの、どうやらその通りの実力はありそうだと、バスラー大尉はあたりをつけて……覚悟を決めて操縦桿を握りしめた。
……ところで、その『ゼクス・マーキス』であるが、誰も知らないとされているその正体は……
(わーぉ、何か予想以上にキレてんな、バスラー大尉……ちょっと怖い)
先程バスラー大尉の脳裏にもよぎった、ここ『ソグン』を二つ名の1つに持つ傑物であった。
テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴン少佐、その人である。
どういうことかと問えば……まあ、見たままだ。
ノルド王国レジスタンスの希望の星、神出鬼没のライトニングバロン『ゼクス・マーキス』は、テオが変装してノルド方面で色々やる時のための、囮というか、隠れ蓑である。
ただし、全くの0からテオ達が作り上げたキャラクターではないのだが。
元ネタというか、元々は……都市伝説ならぬ戦場伝説になっている、実在した正体不明のパイロットを引用している。ノルド王国で戦ってたレジスタンスの、凄腕のパイロットだ。
その、オリジナルの『ゼクス』はもうすでに戦死している……それをいいことにテオ達は、悪いとは思いつつも、そのあたりの設定等を利用しているのである。
戦死している事実すらろくに知られていない、その戦場伝説を骨子にして色々肉付けし……『謎の英雄ゼクス・マーキス』という人物像を作り上げた。
なので、比較的短い期間と少ない実績で、こういう作戦におあつらえ向きのネームバリューを持った、非実在のヒーローが完成したのだ。
後はそれを装って戦場にはせ参じれば、『空母ドラッヘンフェルスが相手の大一番に、ノルド王国のレジスタンスの英雄が駆けつけた』というシチュエーションの完成だ。
ちなみに、名前とか衣装、機体の名前は、前世のアニメから引っ張ってきてテオが適当につけた。たまにしか使わない隠れ蓑なので、『適当でいいや』と。
極秘裏に開発していた、現在進行形で猛威を振るっている専用機の名前も、同じアニメからの引用である。その名も『トールギス』。
さて、その『ライトニングバロン』を相手に、8対1で一気に押し切ろうとするバスラー大尉の隊であるが、ここにきてさらに事態が悪化する。
片方を一気に排除して、もう片方も……という形を考えていたバスラー大尉だが、『ライトニングバロン』と『魔女』、そのどちらも排除できない……どころか、先程までの予想をさらに覆す戦いを見せ始めているのだ。戦闘力的にも、戦術的にも。
編隊飛行で相手を追い詰めるべく飛ぶ部隊をあざ笑うかのように、どちらも最早、変態軌道と言っていいレベルで飛び回る。そして一瞬の隙を見逃さず、攻撃して撃ち落とす。
1機、また1機と、友軍の機体が減っていく。
ゼクスは縦横無尽に飛び回りながら、大口径の機銃と爆弾で。さらに隙を見つけては、先程までと同様に砲台への急降下爆撃を行ったり、しれっと爆弾を落としたりまでする。油断ならない。
しかしそれ以上にある意味問題だったのが……イゼッタだった。
数分前、戦闘機部隊が二手に分かれたのを見て、
「すごい……ゼロさんの言ったとおりだ。本当に半分、砲台の方に行っちゃった」
『戦術的に見て、彼らには看過できない事態だからな。では、ここからも事前の打ち合わせ通りにお願いする、イゼッタ嬢。向こう側の心配はご無用……彼もまた、諸国に武勇を轟かせる戦士だ。そうだな、ゼクス・マーキス?』
『簡単に言ってくれるな、ゼロとやら……だが、引けぬ戦いなれば、私もその期待に答えざるをえまい。イゼッタ嬢、あなたの武運もお祈りしている』
「あ、は、はい! よろしくお願いします、ゼロさん、ゼクスさん!」
などと言ったやりとりをかわしていた彼女であるが――ちなみに、この通信の際の声の出演は、ゼロはアレスであり、ゼクスはテオである。どちらもボイスチェンジャーで声を変えているが――そのイゼッタは、ゼクスと同じように、こちらはランスを操って無双している。
……そう、ランスである。魚雷や、爆弾ではなく。
最初に、帝国軍が彼女を補足した際……傍らに彼女が浮かべていた何発かの『魚雷のようなもの』は……金属製の、頑丈なだけの張りぼて、というか、箱。ケースだった。
先程、それがパカッと割れて、中からランスが飛び出し……今までの戦場と同様に、戦闘機を貫き、引き裂いて飛び回り始めたのだ。
帝国の兵士たちはそれに驚かされた。
魚雷だと思っていたものの中からランスが出てきたのもそうだが……それ以上に、
「何で、何で……この場面で、魚雷や爆弾じゃなくてランスなんだよ!? あの魔女は、空母を沈めに来たんじゃなかったのか!?」
そんな、名も知られぬパイロットの独り言が、全てを物語っている。
イゼッタは今回、空母ドラッヘンフェルスを沈めるために襲い掛かってきたはずだった。彼らはそう聞かされていたし、そうさせまいと飛び上がったはずだった。
この戦いを裏で色々と操っているベルクマン少佐でさえ、そう思っていた。
しかし、いくら魔女の力が強大であれど……ランスで空母を破壊するのは無理だ。
戦車や戦闘機くらいならどうにでもなろうが、あの巨体を物理・アナログ兵器でどうにかするというのは、いささか非現実的である。
逆にランスは、一撃の破壊力こそ魚雷や爆弾に劣るものの……魔力で強化されているそれは、何度でも使える。1機の戦闘機を何本ものランスで串刺しにした後、同じランスでまた別な戦闘機を貫ける。一回当てれば失われてしまう爆弾とは、そこが違う。
と、いうことは……今、イゼッタがランスを飛ばしているこの状況は、何を意味するのか。
魚雷に擬態させてまでそれを持ち込んでいた……それすなわち、『空母を沈める気がない』こと、そして『標的は最初から戦闘機だった』ということだ。
さらにはそれを、何らかの思惑で、帝国軍に悟られないようにしていた。
ちなみにこの戦闘において、イゼッタには注意点というか、不安要素として……この戦闘に限った話ではないが、レイラインの問題があった。
ソグネフィヨルドの湾内にこそかなり太いレイラインが通ってはいるが、沖合に行くとそれが細まり、魔力が使えなくなる『切れ目』があちこちにある環境だったのだ。
普段通りに飛んでいれば、あちこちで魔力が途切れ、武器を失ったり、最悪は墜落の危険もあっただろう。
しかしこれをイゼッタは、先だっての邂逅の折にテオが残した『レイライン計測器』を用いて回避していた。
対戦車ライフルの銃身にそれを取り付けて固定し、こまめにチェックしながら飛ぶことで、レイラインが細く、魔力が薄いとみられるエリアをリアルタイムで把握、そちらに行かないように進路を調整しながら飛んでいたのである。
途中でそれを知ったテオは、複雑そうな顔をしていたが、『まあいいか』と黙認していた。
役に立ってるみたいだし、あのままあげよう、と。