終末のイゼッタ 黒き魔人の日記   作:破戒僧

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Stage.18 テオドールを討て

 

 

「そなたには本当に苦労をかけるな……」

 

レッドフィールド邸に用意された、客用の寝室の1室にて。

2人で1つの大きなベッドを使って、手をつないで横になっているイゼッタとフィーネ。

向かい合い、視線を交差させながら……フィーネは、イゼッタに詫びるように、小さな声で言う。

 

「情けないことに、指摘されて私もほとんど初めて認識した部分も多かった……この作戦の不安定さと、危険さを……またそなたを、危険な矢面に立たせてしまう」

 

イゼッタはそれを聞いて……先程まで、照れからか赤くなっていた顔を、元に戻し……いつも通りの、フィーネを全力で助ける『白き魔女』を演じる時と同じ顔になると、

 

「任せてください。私、皆を守るためなら何でもするって、誓ったんです。だから、空母でもなんでもやっつけてみせます」

 

自信たっぷりに、一点の曇りもない笑顔でそう言い切るイゼッタに対し……フィーネは、そんな親友をどうしようもなく頼もしく感じていた。

 

「それに……少しでも確実に成功させるために、って……ほら、ゼロさんでしたっけ? あの人が、作戦とか手回しとか、色々やってくれるって言ってくれましたし……ブリタニアの軍も協力してくれるって言ってました。だから……きっと、きっと上手くいきますよ!」

 

「そう、だな……というか、ゼロが提示してきた作戦は……もう、なんというか……最初に我々で考えていたものから、原型がなくなっていたからな」

 

「でも、最後にはみんな聞き入っちゃったんですよね……最初のうちは、仮面で顔を隠してるなんて怪しすぎるー、って皆言ってたのに」

 

フィーネが思い出すのは……数時間前、会議室で交わされていた会話。

というよりも、疑念と困惑を隠しきれない各国の首脳陣の前で、ゼロがやってのけた、演説に近いプレゼンテーション。彼が立てた、勝利のための作戦概要の説明。

 

ご丁寧にも、あまり戦術や戦略に明るくない自分たちにもわかりやすくまとめられていたそれは……実によく考えられていた。

確実性や有用性があるだけでなく、聞いている者を引き込む魅力のようなものがあったのだ。

 

子供が、おとぎ話の英雄譚に魅かれるように、純情な乙女が甘く切ないラブロマンスに酔いしれるように……その戦略は、ゲールに対して劇的な勝利を望む自分たちにとって、劇薬のごとき衝撃を叩きつけてきた。抗いがたい魅力……それをなした場合の、実際に起こるリターン……。

 

最終的には……ブリタニア以外の国も、食い入るようにしてその作戦に聞き入っていたのを、横から見ていたフィーネはよく覚えていた。

 

もしこれが成功すれば……気分は爽快、民衆への受けもいい、そしてそれ自体が、反帝国の風潮を大いにあおる強烈なプロパガンダとなるだろう、と感じ取れた。

 

(我々が知恵を絞った結果を簡単に上回って見せる知略……それを可能とするための、事前の準備を進められるだけの手の広さ……そして何より、仮面で顔を隠していてなお感じられる、あの圧倒的な覇気……カリスマ、とでも言うべきか。ああいうのを、王の器、というのだろうか)

 

その一方で、イゼッタが思い出していたのは……その前後で、緊張しつつも、戦略などとは関係なしに……それこそ、何の気なしに交わした、雑談のようなやり取りだった。

 

 

『今更ではありますが、遅ればせながらご挨拶でも……黒の騎士団総帥を務めております、ゼロと申します……どうぞ以後、お見知りおきを、大公殿下』

 

『うむ……オルトフィーネ・フリーレリカ・フォン・エイルシュタットだ。そして……』

 

『い、イゼッタです……。あ、あの……わ、私っ! 勝つために……ぜ、全力で! なんでもしますから! よ……よろしくお願いしますっ!』

 

『これは頼もしい……こちらこそよろしくお願いします。先に提示させていただいた作戦は……私としては成功を確信しておりますが、それも、それに関わる皆が全力をもっての望んでこそ成しうるもの……。このように怪しい仮面の男の言で申し訳ないが、手をお貸し願えればと』

 

『もちろんだ……こちらこそ、何せこの通り、戦場を知らない小娘2人。至らぬところも多々あろうが、よろしく頼む。……その仮面とて、何か事情があってつけているのだろう。詮索などといいう無粋な真似はすまい』

 

『寛大なお心遣い、感謝いたします。それでは、また後程、ブリタニア軍の協力者を交えての打ち合わせの時に……』

 

そう言って別れてしばらく。

フィーネについてあいさつ回りをしていたイゼッタが、ふとわずかに時間が空いた時……たまたま近くにいたゼロの方を、ちらちらと気にするように見てしまっていた時だった。

 

『この仮面が気になりますか、魔女殿』

 

『ふぇっ!? あ、あの、いや別に、その……』

 

『お気になさらず。自分でも承知しておりますからね……素顔をさらさずに、このような仮面をつけている者が、いかに怪しく見えようかくらいは』

 

『そ、そうですか、すいません……でも、それなら……何で、わざわざ仮面を?』

 

『色々理由はありますし、全てをお話しするのは難しいですが……一言で言えば、私が何者であるか、という点に意味を見出していないからですよ』

 

『……意味が……ない、ってことですか?』

 

『ええ。ゼロとはいわば、単なる記号です。間違った力を振りかざす者と戦い、それを打倒し、争いを終わらせて世界を平和に導くための……それだけのための存在であり、私はそうあろうと、あるべきだと思っております。ゆえに、中身が誰であるかは重要ではないのですよ』

 

『う、うーん……?』

 

『わかりにくいですか……一言で言えば、結果さえ伴っていればいい、ということです』

 

『結果……』

 

『ええ。たとえこの仮面の中身がどこの誰であったとしても……そうですね、今回で言えば、予定通りドラッヘンフェルスを制圧・鹵獲するという、その目的さえ達成できれば……そのために指揮をきちんと行えていれば、それで問題ないのですよ。重要なのは、私が何者かではなく、私に何ができるか、だということです』

 

『な、なるほど……』

 

『それに……少々語弊を招きかねない言い方にはなりますが、この中身があらわになることで発生する偏見や先入観を好まない、というのもあります。例えば、もし私の正体がエイルシュタット人であれば、どれだけ各国に平等に接していても、エイルシュタットをひいきするのではないか……という考えを持つ人が出てくるものですからね』

 

『た、確かに……そう思っちゃいますね』

 

『ですから私は、ゼロ……それ以外の何物でもあろうとは思いませんし、ありたくはありません。いつの日か、戦争が終わって世界に平和が訪れるその日まで、私はゼロとして、仮面をかぶり続けるつもりです……いつの日か、ゼロが不要となるその日まで』

 

『え? ぜ、ゼロが不要って……? あの、どういう意味……』

 

『今申し上げた通り、ゼロは戦争を終わらせるための存在……記号です。ゆえに、平和な世の中になれば、不要なのですよ。仮面をかぶった怪しい男が、組織の上や、国家の権力の傍らに立っているなど、不安でしかないでしょう……ですから、もし戦争が終わって世の中が立ち直った暁には、この仮面の男が人々の前に現れることはなくなるでしょうね。それが、世の中の正しい姿だ』

 

(平和を作るために戦う……でも、その平和な世の中が出来上がったら、その世界に自分は不要、か……そんな風な考え方をするなんて……。まだ、全部を理解したわけじゃないけど……なんてすごい覚悟なんだろう……。私には……とても真似できないかも)

 

自分の敬愛するフィーネとは、また違った角度からこの戦争をとらえ、見据え……そして、覚悟を固めているゼロの言葉は、イゼッタにしても色々と考えさせられるものがあったらしかった。

 

(……でも、ちょっとだけ気になるかな。あんなことを言えるゼロさんが……どんな人なのか)

 

そんなことを頭の片隅で考えながら……イゼッタは、フィーネと一緒に、2人並んでほとんど同時に……その意識を、眠りの中に沈ませていった。

 

数日後には始まる、ソグネフィヨルド湾における、巨大空母奇襲作戦。それに向けて、疲れをとって英気を養うために。

 

 

 

「……ひっきし!」

 

「あらやだ、豪快なくしゃみね……風邪?」

 

「いや、違うと思う……どこかで噂でもしてんのかね?」

 

「誰のうわさか、気になるわね。あなたここ最近、一人何役やってるんだって感じで、偽名なりきりわんさかあるし」

 

「あー、確かに。そりゃ噂の1つや2つされるってもんか。あー、あったかくて甘いもん飲みたい。アレス、ココアあったっけ?」

 

 

☆☆☆

 

 

一方その頃、

遠く離れた土地……エイルシュタットにて。

 

王宮のある部屋にて……緊急に集められた、隊長のビアンカを含む、数名の近衛がいた。

彼女達を見渡すのは……招集をかけた張本人。ジークハルト・ミュラー首席補佐官。

 

「……今日集まってもらったのはほかでもない。君たちに……少々、遠征を頼みたい」

 

机の上に資料を広げながら、補佐官は話し始めた。

 

「知っての通り……先に、大公殿下がブリタニアに行かれた直後、帝国のスパイかその類と思しき何者かが、件の『魔女の城』に潜入した。幸い、スパイは2名とも処理は完了しており、特に何も持ち出されたものはないという報告であったが……これに端を発するかのように、この所、ゲールの動きにきな臭いものが多く、不安感をぬぐえない状況が続いている」

 

その語りに、近衛隊長・ビアンカは……その騒動の只中にいた時のことを思い出していた。

 

町で偶然知り合った、気の優しそうな1人の男。

話していてなかなか気の合う、楽しい相手だった……途中、『白き魔女』の伝説の話になった際に、あまり耳に心地よくないことを聞いて、苛立って別れてしまった男。

 

まさか、ゲールのスパイであったとは思いもよらなかったが……その男も今や、ビアンカ自身の手で、物言わぬ屍となっている。死体の確認も、もう1人のスパイ共々済んでいた。

 

もう終わったことではあるが……妙に気が合ったことといい、撃つ直前に聞かされた……帝国に伝わる、もう1つの『白き魔女』のおとぎ話といい、あまりいい思い出になっていない。

 

それでも、近衛として、それを理由に任務に支障を出すようなことはなく、大公殿下不在の今も務めを果たしていたところで……今回の招集だった。

 

そして、補佐官から……本題が告げられる。

 

「先日傍受した敵の通信から、とあるゲールの要人が、非武装の中立地帯を通って、同盟国であるロムルス連邦方面へ向けて、外交交渉のための使節として極秘裏に赴くそうだ」

 

「要人……ですか?」

 

「ああ……テオドール・ペンドラゴンだ」

 

その名が出た途端、一様にその表情が引き締まる。

 

帝国にとってイゼッタが宿敵であるように……今や、公国にとっての宿敵と言えば、そのイゼッタの戦績に土をつけたペンドラゴンがそうなのだ。

 

「知っての通り、ロムルス連邦へはこのエイルシュタット国内を通るか、大きく迂回してリヴォニアを経由していくかしかないわけだが……公国とリヴォニアの国境ギリギリか、あるいはわずかにこちら側を通っていく可能性が高い。道の整備も、こちらの方が整っているからな」

 

「つまり……そこで待ち伏せし、ペンドラゴンを……」

 

「捕獲。無理なら抹殺してもらいたい。……もはや彼は、野放しにしておける存在ではない。先に明らかになった『魔女』関連の情報といい……早急に尋問して詳細を明らかにしたい」

 

その言葉に、近衛たちも現状を把握して、任務の重要性を認識するも……同時に、主であるフィーネや、『魔女』イゼッタと、その『ペンドラゴン』が顔見知りであると知っている近衛たちの顔には――中でもビアンカは、その左目を銃で撃ち抜いた張本人でもあるため――やや表情を怪訝なものにした。

 

ほんの一瞬ではあったが、もちろんジーク補佐官はそれに気づいていた。

 

「……大公殿下のお心を、わずかではあるが、害する可能性のあることである点は認める。しかし、それでもこれはやらなければならないことだ……この任務にかかる全ての責は、後で大公殿下にお話しして、全て私が取ろう。協力してもらいたい」

 

その言葉に、近衛たちも決意を新たにし……その作戦を必ず成功させんと発起した。

 

場所は、おそらく……エイルシュタットとリヴォニアの国境付近。候補地は、いくつか。

 

目標……帝国軍少佐、テオドール・エリファス・フォン・ペンドラゴンの確保または暗殺。

 

苦戦する祖国のために、敬愛する主のために、全力で今、自分にできることをしようと……覚悟を決め、近衛たちはその指令を受諾した。

 

数十分後には、それぞれ身支度を整え、出立するだろう。補佐官によって用意された……手足となって動く、十数人の口の堅い兵士たちを連れて。

 

 

 

「マリー、予想通り、連中……国境付近に展開するようですよ。期間が絞れなかったんでしょう、けっこう長い間張り込むつもりのようで」

 

「ほう。それはまた働き者……と言いたいが、単に絞り込めなかっただけか……まあいい。肝心なところは、きちんと『誤読』してくれているようだからな……ひとつ、顔を青くしてもらうとしよう……テオも今ちょうど忙しいし、これからもっと忙しくなるからな、その仕込みの一環だ」

 

 

 

……その情報が、すでに敵の術中だとも知らないで。

 

 

 

 

 


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