終末のイゼッタ 黒き魔人の日記   作:破戒僧

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Stage.15 プロローグ

 

 

 

(日記は続いている)

 

 

最近まで、僕の『一番最初』の記憶だったのは……孤児院にいた頃だ。

何でか知らんけどそこにいて、貧しい暮らしをしてて……しかし、異世界転生のテンプレに従って自己研鑽をしてたら目をつけられて、売られて……って感じ。

 

しかし、その際にポッと湧いて出たわけではない以上、それ以前も僕という存在は生きていた。

けれども、その時の記憶は、僕にはなかった。

 

ただ、転生という異常な状況に……そこを思い出せないのを『まあ仕方ないか』って、僕が納得してしまっていただけで。

 

まあ、以前の僕は何というか……頭があんまりよろしくなかったようで、記憶力はもちろん、学習能力とかも全然で、同年代の子たちにも大きく劣ってたそうだし……そういうこともあるんだろうな、とか思ってた。思い出せないのは、そのせいじゃないかと。

今は改善されてるし別にいいや、と思ってたわけだけど……でも、今回、問題はそこじゃない。

 

どうして記憶がなかったか、思い出せなかったかは正直もういい。

問題は……その忘れてた記憶の方。そして、その中で見つけた、僕の交友関係だ。

 

 

 

結論から言おう。僕は、僕が『最初の記憶』を自覚するよりも前……おそらく、3歳か4歳くらいだと思うけど……イゼッタとフィーネに会ってる。

 

会ってるどころか、一緒に遊んでる。

なんか、弟みたいにかわいがってもらった記憶がある。

 

えっと、記憶だと……なんか後付けで思い出したせいか、間違いなく自分のことなのに、他人事みたいな感じに思えるな……。

 

そうだ、確か……山で迷子になって、ケガして動けなくなったところを、拾われたんだ。

そして、孤児院に連れていかれて……それ以降、何度か遊んだ、って感じ。

 

それ以前の記憶はさすがに無理だ……断片的にはあるけど、子供の未成熟な脳の記憶力の限界だろう。

 

その断片的な記憶の中に、知らない女の人のそれがあるんだけど……母親だろうか。

それにしちゃ、髪の色も目の色も違うけど……まあいいや。

 

ともかく、そんな感じで僕は……おそらくは、エイルシュタットにあったのであろう山で拾われ、孤児院に預けられ、売られ、ゲルマニアに来た……ということになるな。

 

そして、山で拾われてから……『僕』が意識を確立するまでのわずかな間に、僕の記憶として浮かんでこなかった間に、あの2人との面識があったわけか。

 

……不思議なもんで、あの頃の感情――姉2人に構ってもらって、遊んでもらってうれしかったころの感情も思い出しつつある。こう、なんというか……好意的な。

 

……今、イゼッタと、あの時みたいにガチで戦おうとしたら……難しい、かも。心情的に。

 

しかし……あの頃から、僕は転生者としてこの体で意識を持ってたんだろうか? ただ、脳が未発達で忘れてただけなんだろうか?

それとも……僕が『僕』として意識を持ったあの時に転生が成立して、この記憶や感情は、記憶がよみがえったことで後付け的に感じてるだけなんだろうか?

 

……わかんないな。わかんないし、確かめようもない。

けど、とりあえず僕は……いまだに、僕だ。

 

だから、昨日も思ったけど……僕にできること、やりたいことをやろう。

 

まず、手始めに…………頭と体のリハビリだな。

 

 

☆☆☆

 

 

最悪の事態をも覚悟した状況から一転、イゼッタの生還により、エイルシュタットの宮殿は、ほっと一安心した空気に包まれていた……が、

そこからさらに一転し、不安や焦燥を孕んだ重苦しい空気が、ある部屋にのみ漂っていた。

 

幾度となく、この国の中枢たちが言葉を交わし、未来を模索した……会議室。

今日もまた、イゼッタやフィーネを含む国の重鎮たちが顔をそろえている。

 

そこでは、イゼッタやビアンカによって、今回の一件の顛末の報告会が行われていた。

 

当初、どうにか何事もなく収まったことの確認と、今後のための情報共有、程度に軽く思われていた会議であったが……イゼッタからもたらされた、予想外どころではない報告の数々に、そんな空気は完全に吹き飛んでしまったのだ。

 

一難去ってまた一難、どころではない。面倒ごとは……二つも三つも一度にやってきた。

 

ビアンカが、現場の兵士たちの証言なども聞いて、あらかじめまとめてきた内容。

敵がどんな手を使ってイゼッタを撃墜したかについて……敵指揮官が、超人的な身体能力と、自らを囮にして自分もろとも攻撃させるという奇策を使ったこと、

 

そしてその後、一気に奇襲することでイゼッタを取り返そうとしたこと。しかしその際、イゼッタは川に落ちてしまい、見失ったこと。

 

その後の懸命の捜索の末、窮地のイゼッタを、ビアンカが救ったこと。

下着姿のイゼッタに、ナイフを手に襲い掛かろうとしていた、ゲールの軍人と思しき何者かは……死体の確認はできていないし、とっさのことで顔も覚えていないが、銃弾は頭に当たったようだからおそらく死んだと思う、という報告が述べられた時は、部屋にいたほぼ全員が、よくやってくれたとビアンカをほめたたえた。間一髪、イゼッタを救ってくれたのだと。

 

しかし、その報告の最中……イゼッタの顔色が青いままだったことにもまた、皆気づいていた。

当時の恐怖を思い出しているのだと、ビアンカも含めてほとんどの者が思っていたが……フィーネだけは、何か別な感情をイゼッタが抱えているように見えた。

 

そして、その数分後……イゼッタ本人からの報告、というよりも告白に……騒然となる。

 

相手の奇策によって、敗北の憂き目を見たところまではいい。せいぜい、現場にいた彼女ゆえに、相手の動きなどがより臨場感ある形で聞き取れて……すさまじい人物がいるものだと、その場の全員が驚愕した程度だ。

 

問題は、それ以降……ビアンカ達が把握していなかった間のことだった。

 

川でおぼれそうになったのを、一緒に流されていたゲールの軍人……しかも、件の指揮官であり、今回の作戦における確保または抹殺の標的、ペンドラゴンによって救われていたこと。

その際、不当な暴行などは特に受けず……それどころか、適切な応急処置や心肺蘇生までも施され、それによってイゼッタは一命をとりとめていたこと。

 

捕虜として扱うためとはいえ、動けない彼女を背負って移動し、食料なども分け与えて、極めて人道的な扱いをしてもらっていたこと。その後、自分が逃げ出した際に、再び命を救われたこと。

 

……そして、なぜか彼が……自分たちしか知らないはずの、魔女の力の秘密を知っていたこと。

レイラインが流れていなければ、魔女は力を使えない。それを、特にカマをかけた感じではなく、普通に知識として、当然のように知っていた。

 

しかも、こちらの陣営……というか、魔女本人であるイゼッタすら見たことも聞いたこともない、レイラインの魔力を計測する装置を持っていて、それを使いこなしていたこと。

 

他に、自分自身にもそのレイラインの有無が……主に、回復能力か何かに関わりがあるようなことを言っていたこと。

 

この報告に、帝国に絶対に知られてはいけない、それゆえに徹底的に秘匿していたはずの情報が、すでに敵に把握されているのだと知り、会議の場は騒然となる。それどころか、こちらにない知識や技術まで、向こうが持っているかもしれないことまでも明らかになった。

 

魔女は無敵ではない―――今回の敗北でそれが実証されてしまった上、別な面でも弱点を抱えていることが敵に知られた。どう考えても、凶報でしかない。

 

とどめに投下されたのは、そのペンドラゴン少佐の正体……なんと、イゼッタ同様、幼いころにフィーネと面識があり、イゼッタも入れて3人一緒に遊んだこともある少年『テオ』かもしれない……と、イゼッタが別れ際に気づいたこと。

 

全くの偶然だが、つい最近その少年の存在を思い出していたフィーネは、その事実に愕然となり……言葉を失っていた。

 

あまりにも突然すぎる、しかも重要度が大きすぎる情報が一度にもたらされ……会議室にいる者達全員、しばし黙って、言葉の1つも口から発することができなかった。

 

イゼッタに対し、丁重に扱ってくれたことはまずいい。

それ以外……魔法関連の情報と、その身の上の問題が大きすぎる。

 

沈黙を破ったのは、ジーク補佐官だった。

 

「……色々と裏付けを取って確認すべきことが多そうですが……まず一番の問題は、こちらが機密事項としていた、レイライン関連の情報・知識が敵側にある、とわかったことですね。これについては……現状どのような形で向こうに把握されているのかを、正確な部分を早急に調べなければ」

 

「そうだ……それが一番まずい、まずすぎる。こちらの明確な弱点が、敵に知られている……その対策として、ベアル峠であのような策を弄したというのに……」

 

「ですが、あの一戦によって見破られたとは限らないのでは? 聞けば、すでにわれわれの元にすらない情報や技術を持っていたというではありませんか。そこにある……レイライン計測器、とでも言いましょうか。そんなものまで持っていたのでしょう?」

 

シュナイダー将軍の懸念に対し、テーブルの上に置かれている、イゼッタが持ち帰った『計測器』を指さしつつ、エルヴィラは眉間にしわを寄せて言った。

 

「どうやって知られたのか、いやそもそも、我々のところにもない情報や技術がある以上、ベアルの戦いは全く関係なしに、連中はどこか別ルートで情報を得たのかもしれません」

 

「それはそれで大問題だ! どちらにしろ、こちらの弱みを敵に握られていることに変わりはない……もしもこの装置が敵方にまだあったら? それで国境付近のレイラインの有無を調べつくされて、そこを狙って攻め込まれたら!? もう手の打ちようがなくなるぞ!?」

 

「落ち着いてください、将軍! 焦っても何も解決しません!」

 

すぐに頭に血が上って、声が大きくなりがちな将軍を、横からヴァルマ―首相が懸命に抑える。そしてその向かいから……変わらず冷静な声で、補佐官が一石を投じた。

 

「……おかしいのはそこですね。この弱点や、それを調べる技術……敵に知られているはずなのに、いまだに『敵に知られていない』ようですから」

 

「ええ、私もそこが気になっていました」

 

エルヴィラがそう続くと、首相と将軍は、何のことだ、ときょとんとする。

そして一拍開けて、フィーネもそれに気づいた。

 

「……そう言えば、いまだにゲールの連中……レイラインの通っている場所を通って攻めてきているな。そこに、野営用の陣地まで敷いている……場所的に、イゼッタにとって好都合な戦場になるにもかかわらず……もしこの情報を知っていれば、そんなことはしないはずではないか?」

 

「確かに……いくら進軍しやすいとか、既存の戦略に当てはめてセオリー通りと言えど、それを補って余りあるアドバンテージを、わざわざ我々に与えているはずですからね……」

 

ビアンカもそう返す。

 

そう……帝国が、レイラインの有無という、イゼッタの致命的な弱点を知っているのなら、

なおかつ、それを計測し有無を判別できる機材を持っているというのなら……今のように、わざわざイゼッタが戦える土地を選んで攻めてくる必要はない。

 

多少地形が悪くても、レイラインがない土地……それこそ、ベアル峠のような土地を選んで集中的に兵を送れば、そう何度も奇策を用いて対処することもできない以上、本来の戦争継続能力で競うことになる。そうなれば、瞬く間に公国の負けが確定するのだ。

 

そんなことは、戦略の『せ』の字も知らない素人である、イゼッタやロッテにもわかる。

 

首相も将軍も、『知られたらまずい情報を敵が知っている』という点を危惧するあまり、『なのにまずい事態になっていない』点を失念していた。

まあ、2人も地位に見合って無能ではないので、少しして冷静になれば気づいただろうが。

 

「これではまるで、今までと同じ……帝国が、イゼッタの弱点に気づいていない、レイラインに関する情報を持っていないかのようではないか……?」

 

「その通りと考えるのが吉かもしれませんわ、姫様。帝国……少なくとも、戦略に関する提案を出し、立案する部門レベルには、その情報は届いていないのでしょう。だからこそ、ああも無駄な戦いを誘発するやり方で、こちらに攻め込もうとして……上手くいかずにいる」

 

こちらとしてはありがたいですけど、と付け加えるエルヴィラに、将軍がしかし、と遮る。

 

「し、しかしだなフリードマン殿? その、戦略関連の部門の、少なくとも前線においては頂点に立っているのが、件のペンドラゴンだぞ? 前線部隊の総指揮官だ……この計測器も、レイライン関連の情報も、そのペンドラゴンが持っていたのだぞ……?」

 

「しかし、その彼が……前線における戦略の全てを取り仕切っているはずの彼が、この情報を生かした戦い方をしていない……だと……?」

 

首相もまた、その強烈どころではない違和感に首をかしげつつ、

 

「イゼッタ君、そのペンドラゴン少佐は……昨日今日、その事実を知ったとか、そういう感じだったのかな? それならばまだ……『まだ』戦略に生かせていない、という見方もできるが」

 

「いや、そんな感じしなかったです……むしろ、すごく使い慣れた感じでコレを使ってましたし、レイラインについて話すときも、覚えたてでたどたどしい感じとかはなかったと思います。さらっと……それこそ、雑談の中でうっかり言っちゃった感じでした」

 

「そもそも、こんな道具……どこかから手に入れたにせよ、自分で作ったにせよ、一朝一夕でどうにかできるものでもないでしょう。つまりペンドラゴンは……前々からそれについて知っていた」

 

「しかし、それを戦略に生かしていない……どころか、自分一人、あるいはその周辺のみで情報を秘匿独占し、公に、いや、軍の上層部に報告することすらしていない……ということか?」

 

補佐官の補足により、フィーネがその核心にたどり着いた。

しかしそうなると、無視できない別の問題が……当然、生まれる。

 

『なぜ?』だ。

 

「なぜ……なぜペンドラゴンはそうしない? 聞く限り、奴ほどの戦略家がその情報を最大限に有効活用すれば、あまり考えたくはないが……この国を制圧するのは、そう難しくは……それどころか、自らの軍上層部への報告すら怠っているだと? それはもはや、怠慢を通り越して、軍法会議レベルの背信行為にすらなりかねんぞ? 無用な損害を出し続けている以上、致命的だろう」

 

「明らかにするだけで、こちらの最大の切り札を封じ、戦勝を決定づけられる。それを明らかにしないということはつまり……逆に、結論からさかのぼって考えれば……『勝たない』ため?」

 

「か、勝たない!? それこそなぜ……自軍に無用な損害を強いるまま、勝ちを目指さないなどと……なら、一体奴は何をしようとしているというんだ、我が国に対して!?」

 

エルヴィラの仮説に、フィーネが困惑した様子で問いかけるも、答えは返ってこない。

 

答えではないが、代わりに、補佐官が……

 

「……いくつか予想できないではありませんが……根拠に乏しいどころか、情報が少なすぎて絞ることすらできない。この件は……ひとまず置いておきましょう。これから継続して情報を集め、その上で確たる対処を考えるべきです。今はそれよりも……これからどうするかを考えねば」

 

「これから……とは?」

 

「ペンドラゴン少佐の思惑はわかりませんが、今現在も、この国がゲールの脅威にさらされているのは事実。それに対しての対処です……特に、ペンドラゴンが生きていた場合の対処」

 

その言葉に、ビアンカの『頭を撃ったから死んだと思う』という報告を思い出した一部の者達の顔色が変わる。

 

イゼッタからの報告……とりわけ、レイライン関連の知識の話と、彼がイゼッタとフィーネと旧知の仲であるという話が出ていたがために、なおさらに。

 

特に、それを銃撃した本人である、ビアンカは複雑な心境だった。

敵であるのは間違いはないし……あの場ではあれが最善だったと思って銃を抜いたわけだが、その人物が予想外だった上に、背景にまで予想外な秘密が隠れていたのだから。

 

フィーネもイゼッタもそれについて何も言わないが、その顔に浮かんだ、複雑……を通り越して悲痛そうな表情を見るだけで、ビアンカは胸を締め付けられる思いだった。

 

「……先の話を聞いた上であえて言いますが、死んでくれたのならば特に問題はありません。しかし、仮に生きていた場合……もはや、彼の存在を無視することはできないでしょう。どんな手を使ってでも、捕獲、あるいは抹殺すべき対象です。できれば、先に浮かんだ疑問に対する解答が欲しいですから……難しいのは理解しつつ、生かして捕獲したいところですね」

 

「加えて、指揮官としての実力や、彼のネームバリューも、最早バカにできないものとなりましたわね。『魔女』に勝った戦績……今後も彼に侵攻軍を率いられるようであれば、今までに倍する士気の敵兵が攻めてくるかも……まあ、その彼が本気で攻めてきてないのですけど」

 

「そうだ、背信行為だ……ならば、それを暴露して糾弾すれば、奴を追い落とせるのでは……い、いやだめか、そうなれば連鎖的に、今現在まだ知られていない、イゼッタ君の弱点も露呈してしまう。それでは、ペンドラゴンを排斥できたとしても、どの道この国は終わりだ……」

 

「……先程補佐官が言っていましたが、情報が少なすぎますな……これでは、こちらもうかつに動けない。取れる手がない……どうしたものか」

 

ジーク補佐官、エルヴィラ、将軍、首相……冷静になれば、皆、謀にも比較的明るい面々がこぞって考えてもなお、好ましい回答が出てこない現状。

 

いつの間にかまた訪れた沈黙の中……ふと、フィーネが訪ねた。

 

「なあ、イゼッタ……ひとつ、いいか?」

 

「はっ、はい? 何ですか、姫様」

 

「……奴は、ペンドラゴンは……本当に、『テオ』だったのか?」

 

その問いに、びくっと反応するイゼッタ。

その斜め後ろに、直立不動で立っているビアンカもまた、わずかに身を震わせる。

 

少し黙って考えた後、イゼッタは、

 

「……多分、そうだと思います。ペンドラゴンさんは……記憶の中の『テオ君』と同じ黒髪黒目でしたし、面影もありました。14歳っていう年齢も、私たちより1個か2個年下だったあの子と同じですし……何より……私のことを『イゼッタお姉ちゃん』って呼ぶのは、覚えている限り『テオ君』だけです。ずっと旅しながらの生活で、友達なんて、姫様とあの子ぐらいだったから」

 

「……そう、か……。私のことは、『フィーネお姉ちゃん』だったな」

 

昔を懐かしむように、虚空に目を泳がせながら……フィーネは、そうつぶやく。

 

あの頃は……平和だった。

戦争のことなど考えなくてよく、故郷の雄大な自然の中で思いっきり遊んで……初めてできた2人の友達と、泥だらけになっていた。

 

自分のことを、大公家の公女としてではなく、1人の『フィーネ』として見てくれる……不思議な『魔女』の力を持った少女……イゼッタ。

 

そのイゼッタと一緒に、山で倒れていたところを助け……孤児院に預けてやって以降も、弟のようにかわいがって、よくなついてくれていた少年……テオ。

 

3人一緒に、時間を気にせず遊び歩いて……イゼッタにほうきに乗せてもらって3人で空を飛んだり、フィーネの王宮での話に2人が聞き入っていたり、転んでけがを……してないのに大泣きするテオの世話を焼いたり、

 

まるで本当の3人姉弟の家族のように……暖かい時間を過ごした。

一人っ子であるフィーネにとって、かけがえのない思い出。黄金のような時間だった。

 

もう、よく考えて思い出さなければ、脳裏に浮かばせることもできない、過去のこと。

 

今では、自分は祖国の国家元首の地位について国を治め、戦乱の世の中を、祖国という船を沈めないために、信頼できる腹心たちとかじ取りに四苦八苦し、

 

その友は、その時代を生き抜くために、自分と祖国を守る刃となって先陣を切り、帝国を相手に、絶望的でしかなかったはずの戦いに身を投じて国を守ってくれていて、

 

そして、『弟』は……その戦いにおける敵の一番槍となって、かつてともに時を過ごした国に攻め入り、刃を交え……ついこの間、『姉』の1人と、互いに知らぬままにすれ違っていた。

 

「……私が……大公である私が、こういうことを思うのは、好ましからざるものだとはわかっているが……私は、できることなら……テ―――」

 

―――どんどんっ!

 

「「「!?」」」

 

突如として響く、ノックの音。

フィーネの言葉に耳を傾けていた、部屋にいた全員がとっさに入り口の扉を見る中……フィーネが許可を出すと同時に、近衛の1人が入ってきた。

 

「何かあったのか?」

 

「はっ……報告です! つい先ほど、帝国にて発表があった模様! 半月後……」

 

 

☆☆☆

 

 

ゲルマニア帝国軍、とある駐屯地。

その、訓練場。

 

そこに……異様な雰囲気が漂っていた。

 

フィールドには……20人ばかりの、兵士あるいは下士官が、手に手に訓練用の木剣を持って立っている。いずれも、その切っ先を……ある人物に向けて。

 

その人物は、ただ1人……自分も木刀をもってではあるが、だらんと脱力し、腕を下げた状態で持っている。訓練場の中心に立ち、四方八方を、先の兵・下士官たちに囲まれていた。

目は閉じられ、呼吸はゆっくり……リラックスしている状態だった。

 

その、囲まれている男……テオは、軍服に身を包んでいるものの……それまでとは、一部、いでたちが変わっていた。左目につけられている……黒一色で、飾り気のない眼帯。そして、左腕を体に固定しているギプスのせいで。

右腕だけしか動かせず、その手に木剣を持っている形。

 

そんなテオが、何度目かの深呼吸を終えた瞬間……後ろから、無言で、彼を取り囲む1人が殴りかかってきて……

 

…………20秒後には、全てが終わっていた。

 

死屍累々。手加減されてとはいえ、訓練場の床に……下士官と兵士たちが、したたかに打ち据えられて転がっている。

 

ある者はすれ違いざまにみぞおちに木剣がめり込み、ある者は剣撃を切り払われてカウンターの一撃を浴び、ある者は真正面から反応できない速さで叩き伏せられた。

 

対するテオは、無傷。

片目を失い、片腕を封じられているというハンデを背負い、四方八方から大人数に襲い掛かられるという状況でなお……一撃も浴びることなく、完勝して見せた。

 

「……この程度なら、『種』もいらなくなったか(ぼそっ)」

 

誰にも聞こえない程度の声でつぶやいたところで、そのテオに……端で見ていたアレスが声をかけた。ぱちぱちぱち、と、軽い感じの拍手をしながら。

 

「お見事……片目・片腕でそれとはね……何、覚醒でもなさったのかしら?」

 

「案外そうかもね。人は、窮地に追い込まれると大きく成長するらしいし」

 

「しすぎよ……しすぎ。人間やめる領域まで行きなさんな」

 

「……失礼な」

 

テオはため息をつくと、訓練――に、なったかどうかは微妙だが――に付き合ってくれた下士官たちに礼を言い、従兵らに彼らの介抱を任せて、アレスと共に部屋を後にした。

 

「で、何か用? 一応僕、療養中ってことで仕事の振り分けは減ってるし、その仕事も午前中に全部終わらせたはずだけど」

 

「2週間分のつもりで渡された量を、ね。しかも、その日の午後から訓練場で一対多数の白兵戦訓練をやって、無傷で完全勝利……どの口で療養中とか言うって話よ」

 

「療養は要るよ、そりゃ。目はもう慣れたけど……左手はまともに動かないんだし……動かなくても戦えてるってだけで」

 

「あっそう……まあいいわ。叙勲の日取りが決まったわよ。半月後、帝都ノイエベルリン。軍関係の式典に合わせて。授与されるのは、かの『銀翼突撃章』ですって」

 

「……マジか……」

 

それは、数ある帝国軍の勲章の中でも、最も価値ある勲章の1つ。

敵に対して勇猛果敢に戦った者に送られる『突撃章』の中でも最上級に位置するそれ。

 

ただ単に勇敢に戦ったというだけではなく、その戦いで持って、多くの味方を窮地から救ったという実績に対して贈られる。そしてそれは、上官などによる推薦ではなく……その奮戦により『救われた部隊』の最先任たる者達の推薦などをもって授与されるものだ。

 

何よりも、この勲章を贈られる者は、ほとんどが死んでからの叙勲となり……生きているうちにコレを受け取った者はほとんどいない。その生きて受勲した者達の中でも、ほとんどが軍を退役するような傷を負っている。それほどまでに、敷居が高いのだ。

 

それはまだマシな方で、帰らぬ人となった本人の代わりに、ライフルと帽子が代理で受勲、記録写真にも、その帽子に勲章が付けられた様子が残される……などということもある。

 

ゆえに、生きてこれを受勲し、さらに引き続き軍に在籍し続けることとなるテオの、軍内部での権威たるや……当代に並ぶ者なしとまで言えるところとなるだろう。

 

『魔女』という脅威を、自分を囮にするという大胆不敵な作戦と、集積地という戦闘に向かないはずの場所にあった備品をうまく使って撃退した上、そこに備蓄されていた物資を守り抜き、多くの帝国の戦友たちを救い、戦線後退の危機を未然に防いだ。

これに感銘を受けた将兵は非常に多く、ゆえに今回の叙勲となった。

 

もっとも、テオが驚いたのには、また別な理由があったりするのだが……それは置いておく。

 

(あんのか、この世界にも……まあいいや)

 

そんなことを考えながら……テオは、自室に到着。

中に入ると、ベッドメイクから家具の整頓・掃除に至るまで完璧な状態になっていて……それをやったと思しきニコラが、ぺこりと一礼して出迎えた。

 

その横の椅子には、一足先に来ていたのか、来客用のソファに座ってくつろいでいるマリーも。

 

テオは、部屋の真ん中の自分用のソファに腰を下ろすと……そのタイミングで素早くニコラが、淹れたてのコーヒーを差し出してくる。それを受け取り、一口。

 

ふぅ、と一息ついたところで、テオは、アレスとニコラにも座るように言った。

それに従って座りながら、2人は、

 

「で……決まったのかしら? どうするか」

 

「耳と目は安全です。ここでなら、どのような内容をお話しくださっても」

 

「…………」

 

しばし黙っていたテオだが、ふいに口を開く。

 

「……ずっと、保留にしてたっけね、僕だけ」

 

「「「…………」」」

 

「アレスは……先祖代々研究されてきた、『魔力』に関する研究を完成させて、未来に生かすため。そのために、ブリタニア以外の……帝国やその周辺にあるであろう『魔女』の遺跡を探るため」

 

「……ええ、そうね」

 

テオから見て、真向かいのソファに座っているアレスが……神妙な面持ちでうなずく。

続いて、向かって左側に座っている、マリーを見て、

 

「マリーは、祖国を取り戻すため。そして……ヴォルガ連邦が、『ロマノヴァ帝国』だった頃からの……自分の居場所を、故郷を取り戻し、必ずそこに帰るため」

 

「……うむ、その通りだ」

 

頷くマリー。

最後に、向かって右側に座る、二コラを見据えて、

 

「ニコラは……」

 

「私は、いついかなる時も……テオ様と共に。あなたに救われた命です、あなたのために……」

 

「……君の故郷は? テルミドール共和国……その解放とか、帰るとかは、いいの?」

 

「はい。私が帰るべきところは……あなたがいらっしゃるところです」

 

「……そっか」

 

その言葉に、ふっと笑って……しばし目を閉じるテオ。

 

「……僕も、決めた」

 

「……あら、そう。で、どうするの?」

 

「……真実を、探す。それは、今まで通りだ。そのために、この国を……ゲールを利用するってこともね。でも、その後は……」

 

そこで一旦切って……テオは、カップの中に残ったコーヒーを一気に飲み干した。

 

そして、ふぅ、と一息ついて……その手から、ふわりとカップが浮き上がった。

燐光をまとい、くるくると回転しながら、テーブルの上に、不規則な軌道を描いて飛んでいき……かちゃり、と、硬質な音を立てて着地する。

 

それは、規模こそ小さいが……かの『魔女』が使うのと同じ、『魔女の力』そのものだった。

 

「その後は……どこか静かなところででも、ゆっくり暮らしたいかも。うん、普通に平和な生活がいいな……戦争とか、やだし。疲れるし……死にそうになる。ま、働かざる者なんとやら……ただ食っちゃ寝はできないだろうから、何かしら仕事はするだろうけど……その仕事くらいは、うん、自分で改めて選びたい。軍人はもういいな、微妙に性に合わない。あと、ゲルマニアは出たいな……ぶっちゃけ、未練もあんまりないし。叔父さんや……父さんや母さんには、ちょっと悪いと思うけど……この国には残っていたくない。あーでも、エイルシュタットに戻っても僕の居場所はないかもだしな……まあいいや、その辺は今後考えて決めるとして……まあ、要するにだ」

 

一拍、

 

「……僕の思い描く、これからの未来のために……この国は、いらない。だから……壊そう」

 

そう、言い切った。

 

「今までは、どっちでもよかった。アレスの研究が成って、マリーが故郷を取り戻して、二コラが……まあ、満足してくれる形なら……ゲールは別に、その後どうなってもよかった。放っとくつもりだった。仮にもまあ、僕の育ての親の祖国だしね……残っててもよかった。けど、やっぱだめだ。この国を野放しにしといたら……他の国が、不幸になるべきじゃない国が不幸になる。それは……今後、僕らが幸せに生きていくうえで不都合だ。だから……」

 

そして、閉じていた眼を見開いて……目の前に座る3人を見据える。

 

その目には……常日頃の穏やかな目にはない、強い光が宿っていた。

眼帯で隠され、片方しかそれを見ることはできないが……それでも十分に、アレスたち3人は、テオのその目に……世界を変える、覇王の気質を感じ取ることができた。

 

「アレス・クローズ、マリー・ロレンス、ニコラ・ファイエット」

 

「こういう時くらいは、本名を使いましょう、ボス……その方が、気合が入るというもの」

 

と、途中で遮ってのマリーの提案に、そうだね、とうなずくテオ。

 

「じゃ、そうしようか……アレイスター・クロウリー」

 

「ええ」

 

「マリアンヌ・ロマノヴァナ・ラスプーチン」

 

「はっ」

 

「ニコラ・フラメル」

 

「はい」

 

 

 

 

「皆、ついてこい。僕は…………ブリタニアを、ぶっ壊す!」

 

 

 

 

「……ゲルマニア、よね?」

 

「……うん、間違えた、ごめん」

 

 

 

 


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