7Game   作:ナナシの新人

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お待たせしました


Final game8 ~雰囲気~

『二回裏恋恋高校の攻撃、この回先頭の矢部(やべ)明雄(あきお)、ストレートで押してくるピッチングに何とか食らいついています! 次が、四球目――ファウル!』

 

 粘れと指示された矢部(やべ)は、その指示通りに粘りを見せる。五球目、外角へ引っかかったストレートを見極めて、平行カウントまで戻した。

 

「(なかなかどうして、しぶといですね。かわしますか? 前に飛ばすつもりもなさそうですし)」

「(いや、下手にかわして、初回のように食らいつかれると面倒だ。このまま、真っ直ぐで押し切る。当てに来るバッティングなら間違っても、内野の頭を越すことはない)」

 

 サインに頷き、六球目。

 

「――あっ!」

「(――ストレート、甘いでやんす!)」

 

 真ん中やや内寄りに来たストレートを振りに行ったが、想像以上に手元で食い込んできたボールを捉え損ねた。芯を外し、バットの根元に当たったボテボテのゴロが、定位置より半歩後ろで守っていたサードの前へ転がる。

 

「やんす、やんす! やんすー!」

 

『サード素手で捕って、ファーストへスロー! 矢部(やべ)、飛んだ! 微妙なタイミング、判定は、セーフ! 矢部(やべ)の内野安打! 先頭バッターが出塁しました!』

 

 ベース上で拳を掲げる、矢部(やべ)。初回に続き、ランナーが出たことに盛り上がるベンチの中で、東亜(トーア)は冷静に言い放つ。

 

「相変わらずだな、アイツは。今、離脱されると終わるぞ」

「危険性は伝えたんだけど。今みたいな咄嗟な場面では、無意識のうちにやっちゃうみたいね。もう、半分癖になっているわ」

 

 今日八番に入っている芽衣香(めいか)は打席の準備をしながら、東亜(トーア)理香(りか)の会話に加わる。

 

「ん? でも、ヘッドスライディングの方が速いんじゃないんですか?」

「あん? ああ。まあ、加速しきった状態で、地面との摩擦が発生しないように真正面からベース側面へ向かって、ダイレクトに飛び込めばな。だが――」

「そんなことをしたら故障に繋がるわ。伸ばした腕から勢いよく、壁に突撃するような行為、衝突の反動で衝撃を全部を受ける訳だから。下手すれば、選手生命どころか、日常生活に支障が出るほどの大怪我になりかねないわ」

「こわっ! あたし、ヘッスラするの止めよっと」

「ボクたちは、絶対にしちゃダメって一番最初に言われたよね」

「ええ。指先は、ピッチャーの生命線だもの」

「そりゃ、ピッチャーがケガしたら終わりだもんね」

 

 ヘッドスライディングの方が到達は速いとされているデータもありますが、埋め込まれているホームベース以外の、杭で固定されている各ベースへのヘッドスライディングは実際、突き指や靭帯損傷、脱臼、骨折などで長期離脱を余儀なくされた例も少なくなく。守備のダイビングキャッチにおいては、条件によって異なりますが、目標に向かって飛び込めるため有効。しかし人工芝の球場は、下がコンクリートのため故障のリスクは上昇する。

 ※ダイビングキャッチを試みて胸部や首を強打し、引退を余儀なくされた選手も実際にいます。

 

「気迫溢れるプレーだの、学生らしいだの言うのは、無責任な傍観者の意見。現場からすれば、完全アウトのタイミングでするのは論外。際どいタイミングであろうとも、メリットとリスクを天秤にかけると、リスクの割にメリットは乏しい。ついでに、下手なヤツがやると逆に遅くなる。速くなるといっても所詮は誤差の範疇、普通に駆け抜けておいた方が無難なのさ」

 

 矢部(やべ)のヘッドスライディングは上手い部類に入るが、重要なセンターラインの一画と中軸を担っているため、万が一を考えると、なるべく自重させておきたいというのが本音。

 

「とりあえず、ケガの心配はなさそうね。詰まった打球の影響もなさそうね」

 

 ベース上での立ち振る舞いから、ケガをした様子は見受けられなかったため、理香(りか)はほっと胸をなで下ろし。東亜(トーア)は普段通りの平然とした表情(かお)まま、グラウンドを見つめている。

 

「......まあ、済んでしまったことをとやかく言っても仕方がない。結果的に出塁した、この期を活かさない手はない」

 

 ファーストランナー矢部(やべ)、ファーストベースコーチャー真田(さなだ)、ネクストバッター鳴海(なるみ)の三人へ、サインを送る。送られたサインは、「見ろ」。全員サインを受信したことを伝え返し、鳴海(なるみ)は打席に入り、矢部(やべ)はリードを取る。

 

「(バントの構えは、無し。ランナーには足があり、ベースコーチャーには、盗塁のスペシャリスト。初回の無警戒なモーションを見れば、十中八九仕掛けてくる。問題は、いつ仕掛けてくるかだが――)」

 

 中腰でミットを見つめながら、眉間にシワを寄せていた土方(ひじかた)は一転、軽く笑みを浮かべた。

 

「(フッ、愚問だな、考えるまでもない。二塁などくれてやる。確立さえしてしまえば、あとは時間の問題。心を折るほどの点差をつけて、勝負を決めてしまえばいいだけのこと)」

「(バッターオンリーですね。今のは、ちょっと中指に掛かりすぎたけど、リリースは定まってきたし、あとは力加減を掴むだけ。このバッターの打席中に掴めるかな?)」

 

 セットポジションに付いた沖田(おきた)は初回と同様、取り立ててクイックモーションはせず、鳴海(なるみ)へ向かって初球を投じる。

 

「(速い......って、動いた!?)」

 

『ボール! インコース、僅かに外れました。ボール・ワン!』

 

「(......カットボール? いや、違う。インコースへ食い込んできたけど、変化は小さかった。初回に見たカットボールは、ベンチからでも分かるくらい変化してた。それに今の、変化したけど手元でノビて来た。と、言うことは――)」

 

 先の四人の感性を踏まえた上で、実際打席に立った鳴海(なるみ)の見立ては、手元で鋭く小さく動くファストボール。しかし、マウンド上の沖田(おきた)はと言うと、納得いかないと言った様子で軽く首を傾けている。

 

「(なんだ? まるで納得いってないって感じだ......っと、サインを――)」

 

 はるかから発信された本物のサインを受け取り、改めて打席で構え直す。代わって、壬生バッテリーのサイン交換。ワンボールからの二球目、外角のボールがやや内側へ入って来た。

 

「(よし、外角のストライク。コーチの読み通りだ、これを逆方向へ!)」

 

 投球モーションに入ると同時に矢部(やべ)は、スタートを切り。鳴海(なるみ)は、猪狩(いかり)のライジングシリーズを意識して、コースに逆らわずに逆方向へ押っ付けた。やや差し込まれながらも、三遊間のど真ん中へ打球が転がる。三遊間の深いところ、ショート井上(いのうえ)が逆シングルで処理し、セカンド封殺は無理とみるといなや素早く足場を整え、ファーストへ送球。ほぼ同時に、土方(ひじかた)から指示が飛んだ。

 

斎藤(さいとう)、サードだ!」

「アウト!」

 

『一塁はアウト、ショートファインプレー! しかし、ファーストランナー矢部(やべ)は、送球の間にセカンドを蹴って、サードを狙っているーッ!』

 

 外角のストライクゾーンへ来たら、サードを奪うと決めて仕掛けた、ランエンドヒット。矢部(やべ)は無駄なくセカンドベースを蹴り、サードは際どいタイミングになるも、サードの死角から回り込み、タッチを掻い潜った。

 

「セ、セーフ!」

 

『セーフ、セーフです! 矢部(やべ)、ナイスな走塁でサードを落とし入れました! ワンナウト三塁とチャンスを作りました!』

 

「ナイス、矢部(やべ)くん!」

「フッフッフ......どやっ! でやんす」

 

 好走塁を見せた矢部(やべ)を讃えながらベンチへ戻った鳴海(なるみ)は、さっそく報告を行う。

 

「ストレートが動く? ヒロぴーみたいに?」

「うーん、もっとはっきりしてるかな。ただ、かなり手元で動くから芯で捉えるのは難しいと想う」

「手元で変化......ムービングファストボールかしら?」

「メジャー発祥のフライボール革命を取り入れているし、ファストボールを操っても不思議ではないけど。あなたの見解は?」

 

 瑠菜(るな)たちの意見を聞き、自分なりに考えをまとめた理香(りか)は、東亜(トーア)にも意見を仰ぐ。

 

「動いていることは、客観的に見ても事実。そして動くということは、相当なスピンが掛かっている。しかし、意図したボールでないことも間違いない。もし仮に、己のイメージ通りのボールを投げられているのだとすれば、あの表情(かお)の説明がつかない」

 

 沖田(おきた)がマウンド上で時折見せる、首を傾げるなどの仕草。

 

「それと、アイツが話していたこと」

 

 東亜(トーア)の視線の先は、バッターボックスへ向かう藤堂(とうどう)の後ろ姿。

 

「キャッチボールの時、真っ直ぐ来るという送球のことね」

「ああ。もし、俺の考察が正しければ――」

 

 視線を沖田(おきた)へと移し、眉をひそめる。

 

「動くボール、クイック、想像以上に差し込まれる理由も、すべて説明がつく。鳴海(なるみ)、お前へのピッチング、二球目の方が変化が小さくなかったか?」

「あ、はい。ただ、二球目の方が、より手元で動きました」

「徐々にだが、本人のイメージとのギャップが埋まりつつあるのかも知れない。そのうち、本当に当たらなくなるかもな」

「例の、脅威的な空振り率を誇るストレート。なら、今のうちに一点でも多く返しておかないと......!」

「まあそう、入れ込むなよ。焦りは、本質を見誤る。まだ慌てるような場面ではない。正念場は、もっと先だ。さて――」

 

 東亜(トーア)は、ベンチからの指示を待つ藤堂(とうどう)へサインを送った。サインは、フリー。特別な指示は出さず、このチャンスを藤堂(とうどう)に任せた。

 

「今日の藤堂(アイツ)からは、妙に雰囲気を感じる。まるで、秘めていた闘争心が剥き出しになったような感じだ」

「ええ。守備でも、果敢に攻めていたし。顔付きにも、どこか力強さを感じるわ」

「本物か、空回りか。賭ける価値は、充分ある」

 

 一礼して左打席に入り、入念に足場を整える藤堂(とうどう)に、土方(ひじかた)は視線を向ける。

 

「(ここで、瞬足で小技もある藤堂(とうどう)。強行、スクイズ、ゴロゴーもある。しかし、五番の走塁は想定外だった。ベースの内側を蹴って、最短距離を駆け抜けた――)」

 

 通常先の塁を狙う場合、ベースの手前でやや膨らみ減速しないように走る。しかし矢部(やべ)は、その膨らみを極力減らし、かつ、減速を最小限に留める無駄のないベースランを披露。セオリーを逸脱した想定外の走塁に、守備の判断が鈍った。予選前から力を入れて取り組んできた走塁強化が今、正に、真価を発揮した形。

 

「よし。お待たせしました」

「うむ、プレイ!」

「(打ち気満々といった構えだ。念のため警戒しておく)」

 

 藤堂(とうどう)への初球は、スクイズを警戒して大きくウエスト。バッター、ランナー共に動きは無し。ボールを投げ返した土方(ひじかた)は、考えを巡らせる。

 

「(スクイズの気配はない。サードランナーの足を考慮すれば、よほど正面の当たりでない限り、ホームを奪われる。ならば、打ち上げさせてしまえばいい)」

 

 サイン交換し、高めにミットを構えた。

 沖田(おきた)の二球目、やや甘い外角寄り高めのストレート。

 

「(藤堂(とうどう)。今のお前に、成長した沖田(おきた)の真っ直ぐを打ち返せるチカラがあるか、見せてみろ......!)」

「(――ストレートだ! 何年も何度も見た、目測よりもボールひとつ分高めを狙う......!)」

 

 捉えた打球は甲高い音を響かせ、ピッチャー右側への痛烈な当たり。

 

『捉えたー! 打球は、投げ終わった沖田(おきた)の横を襲う――』

 

 左足を軸にして反転、咄嗟にグラブを差し出した。

 

『なんと! 反転して、背面キャッチ! あ、いや、弾いた、弾いているぅ! 打球の勢いに押され、グラブからこぼれたーッ! 再スタートを切った矢部(やべ)、突っこんでホームイン! そして、瞬足藤堂(とうどう)もファーストを駆け抜けています! バックアップは間に合いません、タイムリー内野安打! 沖田(おきた)も、スバラシイ反応を見せましたが。恋恋高校、この回二つ目の内野安打で一点を返しましたーッ!』

 

 すぐさまタイムをかけた土方(ひじかた)は、マウンドへ向かい、グラブを外した左手を動かして感覚を確かめている沖田(おきた)に、声をかける。

 

「大丈夫か?」

「あ、はい、大丈夫ですよ。驚きましたね、一年前とは比べものにならないくらい力強い打球でした。それに――」

 

 グラブを付け直し、ロジンバッグを弾ませる。

 

「おかげで、目が覚めました」

 

 顔を上げた沖田(おきた)の瞳に、土方(ひじかた)は息を呑む。

 

「そうか、打順は八番と九番だ。二人で片付けて、攻撃に弾みをつけよう」

 

 無言で頷く、沖田(おきた)。マウンドを離れた土方(ひじかた)は、ポジションへ戻り腰を降ろす。

 

「お願いしますっ」

「うむ」

 

 そして、八番の芽衣香(めいか)が打席に立つ。

 

「(藤堂(とうどう)の急成長も予想外だったが、幸か不幸か、沖田(おきた)のスイッチが入った。もう少し時間がかかると想ったが、これでもう、変化球は必要ない)」

 

 ランナーの存在を完全に無視し、芽衣香(めいか)への初球は、外角のやや甘いコースにストレートが来た。打てると判断した芽衣香(めいか)は、迷いなく振りに行ったが――。

 

「あ、あれ......?」

「ストライークッ!」

 

 捉えることは出来ず、空振り。

 

『ストライク! ボールの下、バットは空を切りました! 142キロの真っ直ぐ!』

 

「す、すみません、タイムお願いしますっ」

「うむ、タイム!」

 

 打席を外した芽衣香(めいか)は、ネクストバッターズサークルへ戻り、滑り止めスプレーをバットの持ち手へ吹きかけながら、瑠菜(るな)と言葉を交わす。

 

「やっばい、当てに行ったのに当たんなかったんだけどっ!」

「ここから見た感じ、タイミング自体は、さほど外れていなかったわよ。少し高めに意識を置いてみたらどうかしら? 猪狩(いかり)攻略の時のように」

「もし、変化球が来たら?」

「ストレートを待っての変化球なら、私たちは対応出来るだけのことはしてきた。今は、二割以下の確率の変化球よりも、八割以上のストレート狙いよ」

「......そうね、分かったわ。絶対に繋ぐからっ」

 

 打席へ戻った芽衣香(めいか)は、指一本分バットを短く握り直して臨む。二球目も、ストレート。今度は、しっかりとコースを突いた。

 

「(これは、低い......!)」

「ストライク!」

「えっ......?」

 

『これもストライク! 低めへズバッと決まった! ツーナッシング、バッターを追い込みます!』

 

 戸惑う芽衣香(めいか)の反応に、東亜(トーア)たちも異変に気づいた。

 

「来たな。ヤツの纏う雰囲気が変わった」

「じゃあ今投げているのが、奪空振り率最大七割のストレート......!」

「手元でのノビが格段に増した。そう簡単には、打てないだろう。まあ、そもそも、今までのヒットも全部内野安打だしな。しかし――」

 

 ――対処法は、存在する。それも、至極単純な方法だ。


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