『二回裏恋恋高校の攻撃、この回先頭の
粘れと指示された
「(なかなかどうして、しぶといですね。かわしますか? 前に飛ばすつもりもなさそうですし)」
「(いや、下手にかわして、初回のように食らいつかれると面倒だ。このまま、真っ直ぐで押し切る。当てに来るバッティングなら間違っても、内野の頭を越すことはない)」
サインに頷き、六球目。
「――あっ!」
「(――ストレート、甘いでやんす!)」
真ん中やや内寄りに来たストレートを振りに行ったが、想像以上に手元で食い込んできたボールを捉え損ねた。芯を外し、バットの根元に当たったボテボテのゴロが、定位置より半歩後ろで守っていたサードの前へ転がる。
「やんす、やんす! やんすー!」
『サード素手で捕って、ファーストへスロー!
ベース上で拳を掲げる、
「相変わらずだな、アイツは。今、離脱されると終わるぞ」
「危険性は伝えたんだけど。今みたいな咄嗟な場面では、無意識のうちにやっちゃうみたいね。もう、半分癖になっているわ」
今日八番に入っている
「ん? でも、ヘッドスライディングの方が速いんじゃないんですか?」
「あん? ああ。まあ、加速しきった状態で、地面との摩擦が発生しないように真正面からベース側面へ向かって、ダイレクトに飛び込めばな。だが――」
「そんなことをしたら故障に繋がるわ。伸ばした腕から勢いよく、壁に突撃するような行為、衝突の反動で衝撃を全部を受ける訳だから。下手すれば、選手生命どころか、日常生活に支障が出るほどの大怪我になりかねないわ」
「こわっ! あたし、ヘッスラするの止めよっと」
「ボクたちは、絶対にしちゃダメって一番最初に言われたよね」
「ええ。指先は、ピッチャーの生命線だもの」
「そりゃ、ピッチャーがケガしたら終わりだもんね」
ヘッドスライディングの方が到達は速いとされているデータもありますが、埋め込まれているホームベース以外の、杭で固定されている各ベースへのヘッドスライディングは実際、突き指や靭帯損傷、脱臼、骨折などで長期離脱を余儀なくされた例も少なくなく。守備のダイビングキャッチにおいては、条件によって異なりますが、目標に向かって飛び込めるため有効。しかし人工芝の球場は、下がコンクリートのため故障のリスクは上昇する。
※ダイビングキャッチを試みて胸部や首を強打し、引退を余儀なくされた選手も実際にいます。
「気迫溢れるプレーだの、学生らしいだの言うのは、無責任な傍観者の意見。現場からすれば、完全アウトのタイミングでするのは論外。際どいタイミングであろうとも、メリットとリスクを天秤にかけると、リスクの割にメリットは乏しい。ついでに、下手なヤツがやると逆に遅くなる。速くなるといっても所詮は誤差の範疇、普通に駆け抜けておいた方が無難なのさ」
「とりあえず、ケガの心配はなさそうね。詰まった打球の影響もなさそうね」
ベース上での立ち振る舞いから、ケガをした様子は見受けられなかったため、
「......まあ、済んでしまったことをとやかく言っても仕方がない。結果的に出塁した、この期を活かさない手はない」
ファーストランナー
「(バントの構えは、無し。ランナーには足があり、ベースコーチャーには、盗塁のスペシャリスト。初回の無警戒なモーションを見れば、十中八九仕掛けてくる。問題は、いつ仕掛けてくるかだが――)」
中腰でミットを見つめながら、眉間にシワを寄せていた
「(フッ、愚問だな、考えるまでもない。二塁などくれてやる。確立さえしてしまえば、あとは時間の問題。心を折るほどの点差をつけて、勝負を決めてしまえばいいだけのこと)」
「(バッターオンリーですね。今のは、ちょっと中指に掛かりすぎたけど、リリースは定まってきたし、あとは力加減を掴むだけ。このバッターの打席中に掴めるかな?)」
セットポジションに付いた
「(速い......って、動いた!?)」
『ボール! インコース、僅かに外れました。ボール・ワン!』
「(......カットボール? いや、違う。インコースへ食い込んできたけど、変化は小さかった。初回に見たカットボールは、ベンチからでも分かるくらい変化してた。それに今の、変化したけど手元でノビて来た。と、言うことは――)」
先の四人の感性を踏まえた上で、実際打席に立った
「(なんだ? まるで納得いってないって感じだ......っと、サインを――)」
はるかから発信された本物のサインを受け取り、改めて打席で構え直す。代わって、壬生バッテリーのサイン交換。ワンボールからの二球目、外角のボールがやや内側へ入って来た。
「(よし、外角のストライク。コーチの読み通りだ、これを逆方向へ!)」
投球モーションに入ると同時に
「
「アウト!」
『一塁はアウト、ショートファインプレー! しかし、ファーストランナー
外角のストライクゾーンへ来たら、サードを奪うと決めて仕掛けた、ランエンドヒット。
「セ、セーフ!」
『セーフ、セーフです!
「ナイス、
「フッフッフ......どやっ! でやんす」
好走塁を見せた
「ストレートが動く? ヒロぴーみたいに?」
「うーん、もっとはっきりしてるかな。ただ、かなり手元で動くから芯で捉えるのは難しいと想う」
「手元で変化......ムービングファストボールかしら?」
「メジャー発祥のフライボール革命を取り入れているし、ファストボールを操っても不思議ではないけど。あなたの見解は?」
「動いていることは、客観的に見ても事実。そして動くということは、相当なスピンが掛かっている。しかし、意図したボールでないことも間違いない。もし仮に、己のイメージ通りのボールを投げられているのだとすれば、あの
「それと、アイツが話していたこと」
「キャッチボールの時、真っ直ぐ来るという送球のことね」
「ああ。もし、俺の考察が正しければ――」
視線を
「動くボール、クイック、想像以上に差し込まれる理由も、すべて説明がつく。
「あ、はい。ただ、二球目の方が、より手元で動きました」
「徐々にだが、本人のイメージとのギャップが埋まりつつあるのかも知れない。そのうち、本当に当たらなくなるかもな」
「例の、脅威的な空振り率を誇るストレート。なら、今のうちに一点でも多く返しておかないと......!」
「まあそう、入れ込むなよ。焦りは、本質を見誤る。まだ慌てるような場面ではない。正念場は、もっと先だ。さて――」
「今日の
「ええ。守備でも、果敢に攻めていたし。顔付きにも、どこか力強さを感じるわ」
「本物か、空回りか。賭ける価値は、充分ある」
一礼して左打席に入り、入念に足場を整える
「(ここで、瞬足で小技もある
通常先の塁を狙う場合、ベースの手前でやや膨らみ減速しないように走る。しかし
「よし。お待たせしました」
「うむ、プレイ!」
「(打ち気満々といった構えだ。念のため警戒しておく)」
「(スクイズの気配はない。サードランナーの足を考慮すれば、よほど正面の当たりでない限り、ホームを奪われる。ならば、打ち上げさせてしまえばいい)」
サイン交換し、高めにミットを構えた。
「(
「(――ストレートだ! 何年も何度も見た、目測よりもボールひとつ分高めを狙う......!)」
捉えた打球は甲高い音を響かせ、ピッチャー右側への痛烈な当たり。
『捉えたー! 打球は、投げ終わった
左足を軸にして反転、咄嗟にグラブを差し出した。
『なんと! 反転して、背面キャッチ! あ、いや、弾いた、弾いているぅ! 打球の勢いに押され、グラブからこぼれたーッ! 再スタートを切った
すぐさまタイムをかけた
「大丈夫か?」
「あ、はい、大丈夫ですよ。驚きましたね、一年前とは比べものにならないくらい力強い打球でした。それに――」
グラブを付け直し、ロジンバッグを弾ませる。
「おかげで、目が覚めました」
顔を上げた
「そうか、打順は八番と九番だ。二人で片付けて、攻撃に弾みをつけよう」
無言で頷く、
「お願いしますっ」
「うむ」
そして、八番の
「(
ランナーの存在を完全に無視し、
「あ、あれ......?」
「ストライークッ!」
捉えることは出来ず、空振り。
『ストライク! ボールの下、バットは空を切りました! 142キロの真っ直ぐ!』
「す、すみません、タイムお願いしますっ」
「うむ、タイム!」
打席を外した
「やっばい、当てに行ったのに当たんなかったんだけどっ!」
「ここから見た感じ、タイミング自体は、さほど外れていなかったわよ。少し高めに意識を置いてみたらどうかしら?
「もし、変化球が来たら?」
「ストレートを待っての変化球なら、私たちは対応出来るだけのことはしてきた。今は、二割以下の確率の変化球よりも、八割以上のストレート狙いよ」
「......そうね、分かったわ。絶対に繋ぐからっ」
打席へ戻った
「(これは、低い......!)」
「ストライク!」
「えっ......?」
『これもストライク! 低めへズバッと決まった! ツーナッシング、バッターを追い込みます!』
戸惑う
「来たな。ヤツの纏う雰囲気が変わった」
「じゃあ今投げているのが、奪空振り率最大七割のストレート......!」
「手元でのノビが格段に増した。そう簡単には、打てないだろう。まあ、そもそも、今までのヒットも全部内野安打だしな。しかし――」
――対処法は、存在する。それも、至極単純な方法だ。