二点をリードされた状況で迎える、二回の攻防。
二回表壬生の攻撃は、六番
「(
初球は、
「(目つきが変わった。もしかして、意外と短気なのかな? ちょっと誘ってみよう)」
頷いた
「(今のが、
「(しっかり見られた。あの眼は、ポーズだったのかな? とにかくこれで、打者有利のカウントだ。ここで、ストライクを欲しがるとやられる。目先を変えられないカーブを使えないとなると――)」
甘いストライクを狙っていた
「(よし。これで、ツーワン。少しより戻せた。インコース中心に攻める、ならここは、カウントを整えたい。コレで、ファウルを打たせよう。平行カウントに出来れば、勝機も見えてくる)」
「(ええっ)」
『カウント、ツーボール・ワンストライク。次が、四球目。キャッチャー
「(――シュートか、見逃せばボールになる。だが、十分に捉えられるエリア。追い込まれると面倒、打てる場面で打っておくべきだ)」
上げた右足を思い切り踏み込み、ストライクゾーンからボールになる、内角低めの難しい変化球を迷うことなく振り抜いた。
「(なっ!? シュートが曲がりきる前に――)」
「(掬い上げられたっ!?)」
引っ張った打球は、大きな弧を描いてライトへ飛んでいく。
『引っ張った打球は、いい角度でライトの上空へ!
ダイヤモンドをゆっくり一周し、しっかりホームベースを踏んで、ネクストバッター
膝元へ食い込むシュートでファウルを、あわよくば引っかけさせてゴロアウトも狙えたボールだったが、最悪の結果を招いてしまった。まさかの結果に二人とも、ショックを隠せない。二人が呆然としている間に
「......あ、そうだった。すみません、タイムお願いします!」
「うむ、タイム!」
回の始めに
「一応、忘れてはいなかったらしいな。まあ、少し時間がかかったが」
「無理もないわよ。普通なら凡打になるようなコースのボールを、あんな打たれ方したんだもの」
「
「はい! 行きます! 伝令、出ます!」
『おっと、恋恋高校。伝令が告げられました。追加点を奪われたところで、初めてのタイムを取ります』
内野陣がマウンドに集まり、
「今の一点は、気にしなくていいそうです」
「じゃあ最初から、今のホームランも想定内だったってこと?」
「はい、
「ならば、気にしなくていいだろう。二人とも、切り替えて行け。引きずれば、何点取られるか分からないぞ」
「あっ、では、そう言うことですので!」
「うん、分かった。ありがとう」
「はい。戻ります、失礼します!」
「うむ」
球審に頭を下げて、急いでベンチへ戻っていく。
場内に七番
「どうやら、引きずってはいないみたいね。いいコースでストライクを取ったわ」
「五点まではいいと言ってあるんだ、まだ追い詰められるような状況ではない。それこそ守りに関していえば、
「じゃあ、何か掴めたの?」
「まだ、仮説の段階だ。確証は、持てていない。だから今、ここで崩れてしまえば、すべてが無駄になる。初球の入り方が、重要だった」
前のバッターがホームランを打ったことで、良い流れで打席に入った。当然甘く入れば、積極的に狙いに来る。しかし予想に反し、厳しいコースのストライク。そして――。
『二球目は、縦のカーブ。
今の一球で、意識を改める。
ホームランを打たれた直後の初球は、開き直った結果のストライクではないと感じ。より丁寧にコースと球種を投げ分けてくる
「(よし。ここまでは、完璧。次は、ここ――)」
「しっかり外してね」と、外角のボールゾーンへミットを構えた。頷いた
「ふぅ、ナイスボール! おしいおしい!」
「そうそう、それでいい。これで、測ることが出来る」
「そのために、バッティングカウントを作ったのね」
「投手有利のカウントでは、正確に測れないからな。しかし、打者有利のバッティングカウントでなら、まだ余裕があるから狙い球を絞って振りに来る。本来のバッティングでだ」
「次が、本当の意味での勝負球――」
『サインは、一回で決まりました。
アウトコースのストレート。
『捉えた打球は、一・二塁間へのゴロ! 予め深いポジショニングを取っていた、セカンド
今の一打に対し、
「くくく、合わせに来た、これで確定だな。上位と下位には、明確な差が存在することが判明した」
「差?」
「思い出してみろよ、これまでの打席結果を。それで、すべて説明がつく」
「打席結果? はるかさん、スコアブック見せて貰えるかしら?」
「はい。どうぞ」
スコアブックを受け取った
「あっ、これ......」
「そう。結果はどうあれ、上位打者は全員、外野までノーバウンドでボールを飛ばしている。偶然にしては出来すぎだ、明らかに狙って打っているみて間違いない」
「狙って外野フライを? それって、まさか......!」
「そのまさかだ。近年注目を浴びるようになった“バレルゾーン”と表される新たな指標――」
バレルゾーン。
打球速度158Km/h以上、打球角度30度前後へ飛んだ打球は、実に八割を越える確率で安打になるというデータ。
そして、バレルゾーンを積極的に狙うバッティング理論を――フライボール・レボリューション。
「フライボール革命!?」
「さすがに、下位打線や控えまでは浸透させられていないようだがな」
「ちょっと待って! あれは、“サイン盗み”の恩恵があっての成果でしょっ? それ以前に、身体が出来ていない高校生が実践しようだなんて――」
「球種が分かっていても打ち返せるか否かは、また別の話し。少なくとも、160キロ近い速球を弾き返せるだけの能力があったことは事実。まあ確かに、お前の言う通り、発展途上の高校生が実践するには無理がある。おそらく、プロでも実践出来る人間は数えられるほどしか居ないだろう。体格面でも、技術面でもな。しかし、高校野球は打球を弾く金属バットを使う。確実性という観点においても壬生の連中は、打撃練習や紅白戦では常に、木製バットより更に芯の狭い“竹製バット”で行っていたそうだ。実際に練習を見学した
竹バットは、希少なアオダモやメイプルなどの木製バットよりも安価で手に入りやすく、丈夫、芯で捉える鍛錬には持って来いの代物。
「決して届き得ない
「相手にプレッシャーを、恐怖心を植え付けることが、本当の目的......」
御陵戦で起きた衝撃的な出来事が、
「御陵の監督は、アクシデントで主力が一枚抜けたことで敗北を悟った。そして、拾った」
「でも、抑えられなかったわよ?」
「それは、単純に相性の問題。エースは、多彩な変化球を操ると評価されていたが、基本ストレート、スライダー、チェンジアップを軸に組み立てていた。西強の
――だが、と
「三番手とクローザーは、共に三失点で凌いだ。そこに打線攻略のヒントが、糸口がある。まあ、本格的な話しは、八番九番を仕留めてからだ」
バッテリーは、八番に入っている
「(......やっとひとつ、自分たちのカタチでアウトを取れた。だけど、油断は禁物。下位打線でも、他校でなら上位を打てるような相手だからね)」
「(ええ、分かっているわ)」
九番
『
追加点を奪われながらも、気落ちしている様子のない恋恋ナインたちを横目に見ながら壬生バッテリーは、イニング間の投球練習を行う。
「(打者一巡で三点止まり、やはり手こずるか。しかし――)」
真ん中に構えたミットを僅かに動かし、ボールを捕球。
「ナイスボールだ」
「どうもでーす」
「(まだ若干引っかかりがあるが、思いのほか早く仕上がりそうだ。あとは時間との勝負)」
ラストボールを受けた
「さて、点を奪い返さなければならない訳だか。実際に対峙し感じたことをまとめると。想像よりも手元で来るストレート、鋭いカットボール、緩急の利いたカーブを投げる、と。どう対処する?」
「ストレート狙いっす! 結構甘く入って来ることがあるんで。
ストレートを外野まで運んだ
「
「うーん、差し込まれはしたけど、
「でもオイラの時は、かなりノビて来たぞ?
「そうだな......
四人が四人とも、まったく違う感性で捉えていた。
しかし、四人ともが共通して感じたことがある。
「イメージに関しては十人十色あって当然のこと。しかし、数字以上に手元で来ることだけは間違いない。投球練習を見ていたが、変化球は一球も放っていない。データ通り、真っ直ぐを中心に組み立ててくるだろう。幸いなことに、
――はい! と返事をして、各々準備に取りかかる。
「あなたにしては、曖昧な指示ね」
「お互いの力量を熟知している上位を打つ四人が、四人とも違う感じ方をしている。明らかに異常だ」
「確かに。
「なら、いくらでも対処出来るんだがな。しかし、ひとつだけはっきりしていることがある。まだ、本調子ではないということ。四人が感じたストレートの更に上があることは間違いない。それこそ、脅威的な空振り率を誇るストレート――」
それを合図に、球審は、右腕を真っ直ぐ伸ばした。
「プレイ!」
今、二回裏の恋恋高校の攻撃が始まった。