7Game   作:ナナシの新人

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Final game6 ~仮説~

 控え捕手を相手に投球練習を行っている沖田(おきた)に目を向けながら理香(りか)は、はるかと一緒にまとめた彼のデータを読み上げる。

 

沖田(おきた)くんは、典型的な速球主体のピッチャー。投球割合の実に八割以上がストレート。だけど、特別パワーピッチャーという訳ではないわ。球速の平均値は140Km/h前後......にも関わらず、ストレートの奪空振り率は七割に迫る脅威的な数値を残しているわ」

 

 プロ野球における、ストレートの奪空振り率は平均5パーセント前後。球速に比例して、空振り率も上昇し。コース別では高めの方が空振り率は高く、低めの方が低い傾向がある。

 

「この七割は、予選を含めての数値よ。甲子園での登板にだけ絞っても、五割強を記録しているわ」

「いくら実力差が顕著に現れる学生野球とはいえ、明らかに異常な数字だ。滅多にお目にかかれない、活きた160キロ近い球速のストレートを投げるなら話しは別だが」

「確かに。先に決勝進出を決めたアンドロメダ学園の大西(おおにし)くんは、常時150キロ以上のストレートで、三割強の奪空振り率を記録しているわ。ただ、左利きのアドバンテージやイニング数の違いもあるし、一概に比較は出来ないわね。それから、関係あるか不明だけど、中学時代よくアップでキャッチボールの相手をしていた藤堂(とうどう)くんの話しによると、送球は“真っ直ぐ”来たそうよ」

「真っ直ぐねぇ。まあ、実際に対峙する以外に方法はない。そう言うことだ、行けると判断したら積極的に狙っていけ」

 

 準備を済ませ、ベンチ前で投球練習を観察していた先頭バッターの真田(さなだ)と、ネクストバッターの葛城(かつらぎ)の二人は、声を揃えて返事をして、それぞれバッターボックスとネクストバッターズサークルへ。投球練習の最後のボールを受けた土方(ひじかた)は、ボールをセカンドへ送球し、マウンドへ向かう。

 

沖田(おきた)、今日の相手は、今までの相手とは勝手が違う」

「分かっていますよ。向こうには、藤堂(とうどう)くんも居ますし。きっと、対策も立てられてますよね。それにしても、さっきの一歩目とんでもなく速かったなー。判断力と思い切りの良さは、前より磨きがかかったかな?」

「感心している余裕はない。迅速かつ確実に仕留めに行くぞ」

「了解です。長丁場になるといろいろと面倒ですし、特に、今日の相手は」

 

「分かっているのならいい」と、ポンと沖田(おきた)の肩を軽く叩いた土方(ひじかた)は、急ぎ足でポジションへ戻り、キャッチャースボックスに腰を降ろした。

 

「(とにもかくにも、立ち上がりだ。エンジンがかかるのが遅い......というより、感覚を掴むのに多少時間がかかる。二点止まりだったことが悔やまれる。覇堂戦を含めた試合を見た限り、全体的にレベルアップした上で長所を伸ばしつつも、いい意味で落ち着いていたが。昔の荒削りな闘争心を取り戻したとなると、藤堂(とうどう)も、相当厄介な相手になる。良い師に巡り会えたようだな)」

「バッターラップ」

「お願いします!」

 

 球審に呼ばれた真田(さなだ)は礼儀正しく礼をして、左打席に立つ。モーションに入る最中、さり気なく守備位置を確認。内外野共に定位置で、特別な警戒はしていない。

 

「(サードのあの守備位置、仕掛けられないことはないけど。ここで足を警戒していないのは、シングルならいいと割り切ってるからだ。前に、コーチが言っていた。奇襲や奇策は、相手の隙や油断を突く戦術だって――)」

 

 壬生は今は、特別な警戒はしていない。奇襲の条件に該当するものの、しかしそれは、油断ではなく、余裕。二点のリードがあり、瑠菜(るな)を捉えている事実があるため、特別な警戒する必要がない状況下である今、奇策や奇策の類いで揺さぶることは出来ない。

 

「(たぶん、もう何点か取れること前提の布陣。今は、仕掛ける場面じゃない。ストレート......というより、ピッチングを体感して、一球でも多くデータを収集することが、俺の役目だ......!)」

 

「プレイ!」

 

『アンパイアのコール! 恋恋高校一回裏の攻撃は、不動の先頭バッター真田(さなだ)! くせ者葛城(かつらぎ)、ポイントゲッター奥居(おくい)へと続く打線を相手に、壬生の先発沖田(おきた)は、どのようなピッチングを披露するのか、注目して参りましょーッ!』

 

 真田(さなだ)へ目を向けた土方(ひじかた)は、初球のサインを送る。一瞬キョトンとした表情を見せた沖田(おきた)だったが、ゆったりと投球モーションに入った。

 

沖田(おきた)、ランナー無しでもセットポジションからの投球、第一球を――投げました!』

 

「(カーブ!?)」

 

 ストレートを待っていたところへ、緩い110キロ台のスローカーブ。完璧にタイミングを外されて、外から巻いて入ってくるボールを見逃し、ストライク。

 

「(投球の八割以上がストレートの投手が、二割の変化球を使ってきた。それも、初球に――)」

「(やはり、ストレートを狙っていたか。おそらく、積極的に狙っていけと指示が出ている。オレも、同じ指示を出す。ならば――)」

 

 二球目のサインを送り、今度は普段の表情(かお)で頷いた。

 

『またしても、カーブボール。しかし、これは低めに外れました。ワンエンドワン、平行カウント』

 

「カーブを連投......ストレート狙いを見透かされている?」

「おそらくな。あの捕手は、典型的な戦略家。完全な読み打ちといい、打者の狙いを読み取る洞察力いい、捕手として重要な資質を持ち合わせている。だが、カーブはここまで。次は、別の球種だ」

「データでは、カットボールとチェンジアップを持っているわ。ただ、どちらも殆ど使わないわね。初球と二球目に投げたスローカーブも含めてだけど、やっぱり、失点に絡むからかしら?」

 

 沖田(おきた)の失点の内訳は、初回から三回までの割合が高く、中盤以降は極端に減少し、終盤疲れが見え始める頃に失点する割合が増える。そして、失点には大抵変化球が絡むという特徴がある。

 

「特に、序盤の失点に絡みやすい。だが、今も使った。自覚が有りながらも使っている。もしくは、使わなければならない事情があるか。まあ、いずれ分かる」

 

 サインに頷いた沖田(おきた)の三球目――。

 

「(――ストレート!)」

 

『空振り! やや甘いコースでしたが捉えられません!』

 

 狙っていたストレートを空振りした真田(さなだ)は、バックスクリーンの球速表示を確認。

 

「(140ジャストか。球速表示の割には、手元で来たような気が......緩いカーブを見せられた後だったからか? どっちにしても、追い込まれた以上ゾーンを広げて待つしかない)」

「(雰囲気が変わった。ストレート狙いを止めて、当てられるゾーンに来たら振るといったところか。ならば、振って貰うまでだ、ストレートを。ただし、足がある。そこは、配慮しておかなければ)」

 

 サインを受け取り、モーションに入る。バッテリー有利のカウントからの第四球、遊び球無しで勝負。内角高めに構えたミットよりも、やや真ん中に入った。

 

『あっと、甘く入ったが打ち上げてしまいました、これはミスショット。ショート井上(いのうえ)へのフライ、ガッチリ掴んでワンナウト!』

 

 内野フライに終わった真田(さなだ)は、ネクストバッターの葛城(かつらぎ)に打席で感じた印象を伝える。

 

「相当手元で来るぞ、センター狙ったつもりが、差し込まれて打ち上げちまった。イメージ的には、山口(やまぐち)と同等くらいな。ただ、スローカーブが邪魔だな、あれがあるからより速く感じる」

「オッケー」

 

 貰った情報を頭に入れ、バッターボックスへ向かい。ベンチへ帰ってきた真田(さなだ)は、東亜(トーア)にも同じ報告を行う。

 

「練習試合では、どうだった?」

 

 答えたのは、実際に試合を観戦していた瑠菜(るな)

 

「ストレート中心でした。ですが今、投げている程のスピードは出ていなかったと想います。正確には分かりませんけど、130キロくらいだったんじゃないかと」

藤堂(とうどう)。アイツは中学時代も、投手だったと言っていたな」

「はい。一年の秋口までは。土方(ひじかた)さんが引退したあとの捕手の人があまり、捕球が上手く無かったのもあって。球速が上がるにつれて、強肩と瞬足をより活かすために外野へコンバートされました。ただ、投球練習は自主練でやっていました」

「ふーん」

 

 はっきりとした返事を返さず東亜(トーア)は、グラウンドへ目を戻す。試合は、葛城(かつらぎ)がいつも通り、打席でピッチャーに球数を多く投げさせていた。

 

「(粘る......というよりも、狙っているストレートに振り遅れている。ボールのキレは問題ない。いや、今までの試合で一番の立ち上がりかも知れない。口だけではなかったか)」

 

 土方(ひじかた)は「これなら、思いのほか早く掴めるかも知れないな」と、小さく笑みを浮かべた。対照的に葛城(かつらぎ)は、若干苦い表情(かお)をしている。

 

「(くそ、狙っても前に飛ばない、狙い通りに芯に当てれてないんだ。もっと速い球を投げる木場(きば)猪狩(いかり)が相手でも、ここまで差し込まれなかったのに。左腕と右腕とじゃこうも勝手が違うのか。それに、フォームに力感がないから、ストレートと変化球の見極めも難しい......)」

 

 想像以上に手元で来るストレートに対応するため、バットを指一本分短く握り直した。その仕草を確認してから、サインを出す。

 

『サインが決まりました。次が、葛城(かつらぎ)への五球目――』

 

「(――曲がった、カットボール......!?)」

「(ストレートで押しても構わないが、それ以上に、粘られるのは御免被る。短く持てば、外へ逃げるボールは届かないだろう)」

「くっ......!」

 

 咄嗟に右手を離し、左手一本で拾った。打球が、一二塁間へ転がる。

 

「(チッ、当てて来たか)」

 

 マスクを外し、指示を出す。

 

松原(まつばら)斎藤(さいとう)!」

 

『一塁寄りの一・二塁間! ファースト斎藤(さいとう)の、グラブの横を抜けたー! が、セカンド松原(まつばら)が回り込んでバックアップ! 黒土と芝生の切れ目付近、難しいバウンドに上手く合わせ、グラブの先で引っかけた! そして、そのまま一回転――』

 

「体勢が悪い、無理するな!」

 

 土方(ひじかた)の声に、松原(まつばら)は送球を思い止まる。

 

『ここは、投げませんでした。セカンドへの内野安打、恋恋高校も初回にランナーを出しました! そして迎えるは一発のある、奥居(おくい)! ホームランが出れば、たちまち同点です!』

 

「(スピンで、バウンドが変わっていた。今のは、追いついてくれただけで十分。抜けていれば、ファウルゾーンへ切れていく回転の打球、下手をすれば長打もあり得た。まだ初回、無理をする場面ではない――)」

 

 球審にボールの交換を要求、新しいボールをこねる時間を利用して間を取り、沖田(おきた)へ投げる。

 

「今の、カットボールよね? ベンチから見ても、かなり鋭く変化していたのが分かったわ」

「キレも変化も申し分ない。しかし、諦めずに食らいついたからヒットになった。何はともあれ、ランナーが出た」

 

 ホームランで同点の場面になったことで、揺さぶれる余地が出来た。はるかを通じて、ランナー葛城(かつらぎ)とバッター奥居(おくい)へサインを送る。二人は、「了解」とサインを受け取ったことを伝える。

 

「(この三番は、バッティングセンスはもちろん、小技も器用にこなしてくる。だがさすがに、素直な送りバントはない。仕掛けてくるとすれば、エンドランか盗塁。どちらにしても、ランナーは気にしなくていい)」

「(了解です)」

 

 やや広めにリードを取る葛城(かつらぎ)に対して沖田(おきた)は、目で牽制をしつつ足を上げる。そして奥居(おくい)は、バットを寝かせた。動きに連動して、ファースト斎藤(さいとう)、サード原田(はらだ)がチャージをかける。

 

奥居(おくい)、バットを引いて見送った。投球は、ストライク、内角へストレートが決まりました!』

 

「今、クイックモーションじゃありませんでした!」

 

 投球を見て、鳴海(なるみ)が声を上げる。

 

「あえてしなかったのか、単純に苦手なのか。入学式の前から練習に参加していたとしても、本格的に投手に戻って五ヶ月あまり、実戦不足は否めない。しかし、抑えて来た実績はある」

「後者の場合は、補えるだけの理由があるということですかね?」

「牽制......なら、今投げていると思う。葛城(かつらぎ)くんのリードは大きかったし。ランナーが居ても、打ち取れる自信があるのかしら?」

「この場面で打たせるとなると、やっぱり、カットボールかな?」

「手元で変化するカットボールは、ゴロを打たせるのに有効な球種。実際、打たされたからな。だが、使うなら初球だろう。何せ、クイックをせずに投げたのだからな」

「確かに。長丁場になればなるほど、フォームのクセを盗まれるリスクも高まる。あおいちゃんは、どう思う?」

 

 東亜(トーア)瑠菜(るな)と話し合っていた鳴海(なるみ)は、あおいに話題を振った。あおいは、口元に人差し指を当てながら小首をかしげる。

 

「う~ん、キャッチャーの肩が、スゴくいいとか?」

「あり得るな。クイックが必要ないほどの強肩であれば、投球に専念出来る。理香(りか)

「ええ。土方(ひじかた)くんの盗塁阻止率は、ちょうど五割。だけど、近藤(こんどう)くんを筆頭に球速の速い投手が揃っているのも相まって、そもそもの被盗塁数が少ないから、あまり参考にはならないわね」

「なら、探るには打って付けの状況ってことだ」

 

 一度リセットし、新しいサインを送る。サインに頷いた奥居(おくい)を見た沖田(おきた)は、土方(ひじかた)へ視線を移す。

 

「(また何か、サインが出たみたいですよ?)」

「(気にするな、ただの揺さぶりだ。お前は、ピッチングに集中すればいい)」

「(はいはい、と)」

 

 フェイクでプレートを外し、改めて、セットポジションチェンジから投球モーションを起こす。やはり、取り立てて速いクイックモーションではなかった。

 

葛城(かつらぎ)、スタート! いや、止まった! スタートの構えだけ。投球は、高めのストレート。土方(ひじかた)、一塁へ素早い牽制! タッチは――セーフ! 際どいタイミングでしたが、手の方が僅かに早く着きました!』

 

 最初から帰塁を前提の偽盗にも関わらず間一髪のタッチプレーになったことに、ベンチがざわつく。

 

「うっわ、肩、強っ! ギリギリだったじゃん!」

「外されたら、盗塁は厳しそうだな......カットボールならギリ行けるか?」

「え、なに? あんた、走る気でいんの?」

「俺は、常に狙ってるぞ。まっ、あえて走らないでプレッシャーをかけるだけの時もあるけど。意識させるだけでも配球は単調になるし、カウントを有利に出来る。今の、相手バッテリーみたいにな」

「へぇ、そういうことも考えてるんだ」

 

 芽衣香(めいか)真田(さなだ)のやり取りを聞きつつ東亜(トーア)は、土方(ひじかた)を冷静に分析。

 

「地肩は、二宮(にのみや)に劣るが、モーションの速さでは優るといったところか。だが、迷いのない動きを見る限り、ある程度想定されていたのかもな」

 

 再びサインをリセット、当初の予定通りフリーに戻す。

 

「(これで、少しは大人しくなるだろう。さあ、バッターに専念だ)」

 

 頷いた沖田(おきた)も、ランナーは無視して自身のピッチングに専念。カウント・ワンエンドワンからの三球目も、ストレート。このボールもミットを構えたコースよりも、高めに来た。

 

「もらったぞ!」

 

 奥居(おくい)は、甘く入ったこのボールを見逃さない。

 

『打球は、右中間へ上がった! しかし、これは上がりすぎたか? 今日、沖田(おきた)の代わりにセンターのポジションに入っている(たに)が、深いところ落下地点に入って手を上げます。葛城(かつらぎ)は、ハーフウェイから一塁ベースへ戻って、ツーアウト!』

 

 大きなセンターフライに終わった奥居(おくい)は、悔しそうな表情(かお)で戻って来る。

 

「浜風に押し戻されたな、打ち損じか?」

「あ、はい。捉えたと思ったんっすけど、ちょっと下に入りました。次は、修正するっす!」

「そうか」

 

 二死になったことで、瑠菜(るな)鳴海(なるみ)はキャッチボールを始める。打席は、四番甲斐(かい)奥居(おくい)の時と同様に、常にフリーサイン。そして、バッティングカウントからの四球目――。

 

『痛烈なピッチャー返し! しかし、沖田(おきた)、素早くグラブを差し出し、顔の横で捕りました! スリーアウトチェンジです!』

 

 捕球したボールをプレートの横に置いた沖田(おきた)は、涼しい表情(かお)でベンチへ戻って行く。

 

「脅威的な反射神経だな」

「ええ、普通ならセンター前へ抜けているわよ。顔色ひとつ変えないなんて......」

「そう落胆するなよ、まだ初回が終わっただけだ。鳴海(なるみ)

「はい」

 

 グラウンドへ向かおうとしていたところを呼び止める。

 

「少し確かめたいことがある。次の打者には、カーブを使わずにインコース中心に攻めろ。それと、もうひとつ――おそらく打たれる。直後、必ず間を取れ、こっちから伝令を送る」

「......分かりました!」

 

 力強く頷いた鳴海(なるみ)は、瑠菜(るな)が待つグラウンドへ駆け出して行った。さっそく理香(りか)が、真意を確かめる。

 

「今のは?」

「話した通りだ。もし、仮説が的中していたのなら――」

 

 ――見えてくる、攻略の糸口が。


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