控え捕手を相手に投球練習を行っている
「
プロ野球における、ストレートの奪空振り率は平均5パーセント前後。球速に比例して、空振り率も上昇し。コース別では高めの方が空振り率は高く、低めの方が低い傾向がある。
「この七割は、予選を含めての数値よ。甲子園での登板にだけ絞っても、五割強を記録しているわ」
「いくら実力差が顕著に現れる学生野球とはいえ、明らかに異常な数字だ。滅多にお目にかかれない、活きた160キロ近い球速のストレートを投げるなら話しは別だが」
「確かに。先に決勝進出を決めたアンドロメダ学園の
「真っ直ぐねぇ。まあ、実際に対峙する以外に方法はない。そう言うことだ、行けると判断したら積極的に狙っていけ」
準備を済ませ、ベンチ前で投球練習を観察していた先頭バッターの
「
「分かっていますよ。向こうには、
「感心している余裕はない。迅速かつ確実に仕留めに行くぞ」
「了解です。長丁場になるといろいろと面倒ですし、特に、今日の相手は」
「分かっているのならいい」と、ポンと
「(とにもかくにも、立ち上がりだ。エンジンがかかるのが遅い......というより、感覚を掴むのに多少時間がかかる。二点止まりだったことが悔やまれる。覇堂戦を含めた試合を見た限り、全体的にレベルアップした上で長所を伸ばしつつも、いい意味で落ち着いていたが。昔の荒削りな闘争心を取り戻したとなると、
「バッターラップ」
「お願いします!」
球審に呼ばれた
「(サードのあの守備位置、仕掛けられないことはないけど。ここで足を警戒していないのは、シングルならいいと割り切ってるからだ。前に、コーチが言っていた。奇襲や奇策は、相手の隙や油断を突く戦術だって――)」
壬生は今は、特別な警戒はしていない。奇襲の条件に該当するものの、しかしそれは、油断ではなく、余裕。二点のリードがあり、
「(たぶん、もう何点か取れること前提の布陣。今は、仕掛ける場面じゃない。ストレート......というより、ピッチングを体感して、一球でも多くデータを収集することが、俺の役目だ......!)」
「プレイ!」
『アンパイアのコール! 恋恋高校一回裏の攻撃は、不動の先頭バッター
『
「(カーブ!?)」
ストレートを待っていたところへ、緩い110キロ台のスローカーブ。完璧にタイミングを外されて、外から巻いて入ってくるボールを見逃し、ストライク。
「(投球の八割以上がストレートの投手が、二割の変化球を使ってきた。それも、初球に――)」
「(やはり、ストレートを狙っていたか。おそらく、積極的に狙っていけと指示が出ている。オレも、同じ指示を出す。ならば――)」
二球目のサインを送り、今度は普段の
『またしても、カーブボール。しかし、これは低めに外れました。ワンエンドワン、平行カウント』
「カーブを連投......ストレート狙いを見透かされている?」
「おそらくな。あの捕手は、典型的な戦略家。完全な読み打ちといい、打者の狙いを読み取る洞察力いい、捕手として重要な資質を持ち合わせている。だが、カーブはここまで。次は、別の球種だ」
「データでは、カットボールとチェンジアップを持っているわ。ただ、どちらも殆ど使わないわね。初球と二球目に投げたスローカーブも含めてだけど、やっぱり、失点に絡むからかしら?」
「特に、序盤の失点に絡みやすい。だが、今も使った。自覚が有りながらも使っている。もしくは、使わなければならない事情があるか。まあ、いずれ分かる」
サインに頷いた
「(――ストレート!)」
『空振り! やや甘いコースでしたが捉えられません!』
狙っていたストレートを空振りした
「(140ジャストか。球速表示の割には、手元で来たような気が......緩いカーブを見せられた後だったからか? どっちにしても、追い込まれた以上ゾーンを広げて待つしかない)」
「(雰囲気が変わった。ストレート狙いを止めて、当てられるゾーンに来たら振るといったところか。ならば、振って貰うまでだ、ストレートを。ただし、足がある。そこは、配慮しておかなければ)」
サインを受け取り、モーションに入る。バッテリー有利のカウントからの第四球、遊び球無しで勝負。内角高めに構えたミットよりも、やや真ん中に入った。
『あっと、甘く入ったが打ち上げてしまいました、これはミスショット。ショート
内野フライに終わった
「相当手元で来るぞ、センター狙ったつもりが、差し込まれて打ち上げちまった。イメージ的には、
「オッケー」
貰った情報を頭に入れ、バッターボックスへ向かい。ベンチへ帰ってきた
「練習試合では、どうだった?」
答えたのは、実際に試合を観戦していた
「ストレート中心でした。ですが今、投げている程のスピードは出ていなかったと想います。正確には分かりませんけど、130キロくらいだったんじゃないかと」
「
「はい。一年の秋口までは。
「ふーん」
はっきりとした返事を返さず
「(粘る......というよりも、狙っているストレートに振り遅れている。ボールのキレは問題ない。いや、今までの試合で一番の立ち上がりかも知れない。口だけではなかったか)」
「(くそ、狙っても前に飛ばない、狙い通りに芯に当てれてないんだ。もっと速い球を投げる
想像以上に手元で来るストレートに対応するため、バットを指一本分短く握り直した。その仕草を確認してから、サインを出す。
『サインが決まりました。次が、
「(――曲がった、カットボール......!?)」
「(ストレートで押しても構わないが、それ以上に、粘られるのは御免被る。短く持てば、外へ逃げるボールは届かないだろう)」
「くっ......!」
咄嗟に右手を離し、左手一本で拾った。打球が、一二塁間へ転がる。
「(チッ、当てて来たか)」
マスクを外し、指示を出す。
「
『一塁寄りの一・二塁間! ファースト
「体勢が悪い、無理するな!」
『ここは、投げませんでした。セカンドへの内野安打、恋恋高校も初回にランナーを出しました! そして迎えるは一発のある、
「(スピンで、バウンドが変わっていた。今のは、追いついてくれただけで十分。抜けていれば、ファウルゾーンへ切れていく回転の打球、下手をすれば長打もあり得た。まだ初回、無理をする場面ではない――)」
球審にボールの交換を要求、新しいボールをこねる時間を利用して間を取り、
「今の、カットボールよね? ベンチから見ても、かなり鋭く変化していたのが分かったわ」
「キレも変化も申し分ない。しかし、諦めずに食らいついたからヒットになった。何はともあれ、ランナーが出た」
ホームランで同点の場面になったことで、揺さぶれる余地が出来た。はるかを通じて、ランナー
「(この三番は、バッティングセンスはもちろん、小技も器用にこなしてくる。だがさすがに、素直な送りバントはない。仕掛けてくるとすれば、エンドランか盗塁。どちらにしても、ランナーは気にしなくていい)」
「(了解です)」
やや広めにリードを取る
『
「今、クイックモーションじゃありませんでした!」
投球を見て、
「あえてしなかったのか、単純に苦手なのか。入学式の前から練習に参加していたとしても、本格的に投手に戻って五ヶ月あまり、実戦不足は否めない。しかし、抑えて来た実績はある」
「後者の場合は、補えるだけの理由があるということですかね?」
「牽制......なら、今投げていると思う。
「この場面で打たせるとなると、やっぱり、カットボールかな?」
「手元で変化するカットボールは、ゴロを打たせるのに有効な球種。実際、打たされたからな。だが、使うなら初球だろう。何せ、クイックをせずに投げたのだからな」
「確かに。長丁場になればなるほど、フォームのクセを盗まれるリスクも高まる。あおいちゃんは、どう思う?」
「う~ん、キャッチャーの肩が、スゴくいいとか?」
「あり得るな。クイックが必要ないほどの強肩であれば、投球に専念出来る。
「ええ。
「なら、探るには打って付けの状況ってことだ」
一度リセットし、新しいサインを送る。サインに頷いた
「(また何か、サインが出たみたいですよ?)」
「(気にするな、ただの揺さぶりだ。お前は、ピッチングに集中すればいい)」
「(はいはい、と)」
フェイクでプレートを外し、改めて、セットポジションチェンジから投球モーションを起こす。やはり、取り立てて速いクイックモーションではなかった。
『
最初から帰塁を前提の偽盗にも関わらず間一髪のタッチプレーになったことに、ベンチがざわつく。
「うっわ、肩、強っ! ギリギリだったじゃん!」
「外されたら、盗塁は厳しそうだな......カットボールならギリ行けるか?」
「え、なに? あんた、走る気でいんの?」
「俺は、常に狙ってるぞ。まっ、あえて走らないでプレッシャーをかけるだけの時もあるけど。意識させるだけでも配球は単調になるし、カウントを有利に出来る。今の、相手バッテリーみたいにな」
「へぇ、そういうことも考えてるんだ」
「地肩は、
再びサインをリセット、当初の予定通りフリーに戻す。
「(これで、少しは大人しくなるだろう。さあ、バッターに専念だ)」
頷いた
「もらったぞ!」
『打球は、右中間へ上がった! しかし、これは上がりすぎたか? 今日、
大きなセンターフライに終わった
「浜風に押し戻されたな、打ち損じか?」
「あ、はい。捉えたと思ったんっすけど、ちょっと下に入りました。次は、修正するっす!」
「そうか」
二死になったことで、
『痛烈なピッチャー返し! しかし、
捕球したボールをプレートの横に置いた
「脅威的な反射神経だな」
「ええ、普通ならセンター前へ抜けているわよ。顔色ひとつ変えないなんて......」
「そう落胆するなよ、まだ初回が終わっただけだ。
「はい」
グラウンドへ向かおうとしていたところを呼び止める。
「少し確かめたいことがある。次の打者には、カーブを使わずにインコース中心に攻めろ。それと、もうひとつ――おそらく打たれる。直後、必ず間を取れ、こっちから伝令を送る」
「......分かりました!」
力強く頷いた
「今のは?」
「話した通りだ。もし、仮説が的中していたのなら――」
――見えてくる、攻略の糸口が。