7Game   作:ナナシの新人

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Final game5 ~思考~

 準決勝、夏連覇を狙う壬生高校との一戦。

 初回に先制点を失い、なおもピンチで四番を迎える。

 

『打席に立つのは、壬生の主砲――近藤(こんどう)! 前の試合、超特大のホームランを放っています!』

 

「(あんな打たれ方したからどうかと思ったけど、大丈夫、瑠菜(るな)ちゃんに動揺はなかった。ピンチで、四番か――)」

 

 前三人のバッティングを振り返る。一・二番は、近藤(こんどう)と同じく右打者。どちらもレフト方向へ引っ張って飛ばされるも、瑠菜(るな)からタイミングを取ることを若干苦にしていた。

 

「(今までの相手と一緒だ。右打者はことごとく、瑠菜(るな)ちゃんに苦戦してる。ただ、今までの相手と違うところは、一・二番の対応を見る限り、多少ズレても無理に合わせずに振り抜いてくる怖さがある。しっかり、情報を拾わないと)」

 

 マウンドから戻ってきた鳴海(なるみ)は、球審に礼を言って、腰を降ろし。鳴海(なるみ)が戻ってくるのを待ってから、右打席に入った近藤(こんどう)は、瑠菜(るな)を見据えて、どっしりと構える。

 

「(見るからに、長距離ヒッター。一昨日の試合でも、一本打ってるし。右二人からは、インコースのストレートと変化球の対応を見れた。ここからはまた、右が続く。今度は、外角の対応を探る)」

 

 サインを出し、外角へミットを構えた。ひとつ息を吐いた瑠菜(るな)が足を上げるのと、ほぼ同時に、セカンドランナーがスタートを切る。

 

「走ったわよっ!」

「――っ!?」

「さ、三盗!?」

 

 まさかの三盗、咄嗟にミットを外した。球種は、外角のシュート。外角へ逃げる変化球を見逃して、ボール。ボールゾーンで捕球した鳴海(なるみ)は、素早くサードへ放るも......。

 

「セーフ!」

 

 やや余裕のあるタイミングで、セーフの判定。

 

『セーフ、セーフです! 俊足沖田(おきた)、三盗成功! チャンスを広げましたッ! いやはや、初球から仕掛けて来ました!』

 

 四番の打席、初回、リスクが高い三盗。バッテリーはもちろん、ベンチにも動揺が広がる。

 

「まさか、この場面で足を使って来るだなんて......!」

「フッ、完全に意表を突かれたな」

 

 東亜(トーア)は、壬生の監督松平(まつだいら)を見てから、バッター近藤(こんどう)へと目を移す。どちらとも、特にこれといった反応は見受けられない。

 

「フム......」

「何か、引っかかることでも?」

「少しな。はるか、予定通りだ。定位置でいい」

「はい」

 

 はるかに伝え、適当な空サインを送る。サインを受け取った鳴海(なるみ)は改めて、バッターオンリーの勝負へと頭を切り替える。

 

「(三盗は、頭になかった。思わずウエストを要求しちゃったけど、やり直そう)」

「(ええ)」

 

 外角のストレート、外角から入ってくるカーブを使い、共に見送られ、ツーエンドワンのバッティングカウント。全ての球種を見せるも、一度もバットを振らない近藤(こんどう)鳴海(なるみ)は反応を探るため、タイムリーを覚悟した上で、二球目のストレートとよりも甘いコースのストレートを要求。瑠菜(るな)も、ミットを目がけて投げ込む。そして近藤(こんどう)は、ここで初めてバットを振った。

 

『ファウル! 良い当たりでしたが、一塁側のスタンドに飛び込みました! やや差し込まれたか?』

 

 先頭バッターと違い、コースに逆らわずに打ってきた。しかし、ストレートへの対応を見れたことに加え、ファウルだったことで、バッテリーに僅かながら余裕が生まれた。一球インサイドを見せてから外角の変化球で勝負に行けると考え、平行カウントからの五球目は、インハイのストレートを選択。

 

近藤(こんどう)、ボール球に強引に手を出した! 打球は、レフトへ高く上がったフライ......』

 

 追い風に流され、定位置のやや後方で落下地点に入った真田(さなだ)は、グラブを掲げた。沖田(おきた)はサードベースへ戻って、タッチアップに備える。捕球と同時に沖田(おきた)は、スタートを切った。真田(さなだ)から、中継の奥居(おくい)を介して、バックホーム。

 

奥居(おくい)から良いボールが返って来ましたが、あと一歩及びません! タッチアップ成功、四番近藤(こんどう)の犠牲フライで一点を追加、点差を二点と広げます!』

 

 タッチアップを決めた沖田(おきた)と、犠牲フライを打った近藤(こんどう)を、ベンチメンバーが出迎える。アルプススタンドの壬生の応援団から地鳴りのような声援が送られている中、バックネット裏銀傘の日陰になっている内野スタンドに、恋恋高校が三回戦で戦った、聖タチバナ学園の女子五人――みずき、(ひじり)優花(ゆうか)和花(のどか)新島(にいじま)が観戦している。因みにもう一人の同級生佐奈(さな)あゆみは、後輩の女子マネージャーを連れて、ショッピングの真っ最中。

 

「息を付く暇も与えない、無駄のない速攻でしたね」

「ええ。でも、ランナーは居なくなったわ。一息付けるわ」

「それに、ツーアウトにもなった」

「うむ、バッテリーは、バッターとの勝負に専念出来るぞ」

「てゆーか、ちょっと変じゃないですか? 攻めが単調って言うか。帝王実業と覇堂とやった時は、もっと近いところをガンガン攻めてたし」

「探っているのよ、各選手の能力や特徴を。ある程度の失点ありきで」

「えっ? じゃあ、優花(ゆうか)先輩と同じことをしてるってことですか?」

「そうよ」

 

 ――だけど私は、ここまで割り切れなかった。

 悔しそうにキュッと、握る手に力が入る。前を向いた優花(ゆうか)は、同級生の新島(にいじま)を除く、後輩三人に向けて言う。

 

「しっかり見ておきなさい。三番、四番に目を奪われがちだけれど、次のバッターが、ある意味で一番恐ろしい相手よ」

 

 五人の視線の先には、壬生の五番――土方(ひじかた)

 凛々しい佇まいに、女性ファンの黄色い声援が球場に木霊する。

 

「(沖田(おきた)の時もスゴかったけど、スゴい人気だ......何てこと考えてる余裕は、俺たちにはない。土方(ひじかた)は、あの猪狩(いかり)のストレートを、逆風が吹く右中間スタンドへ叩き込んだ強打者だ)」

 

 近藤(こんどう)と同じく右打席に入った土方(ひじかた)は、足場を軽く為らし、ベンチへ目を向けた。

 

「(計算通り先制を、追加点も奪った。しかし、これでは心許ない。相手はまだ、九回の攻撃を残している)」

「(承知しています)」

 

 頷いた土方(ひじかた)は一度、鳴海(なるみ)を見てから瑠菜(るな)へ目を移す。

 

「(多くの女子選手が主力として名を連ねるチームとして、本来の実力とは別のところで、メディアに取り上げられている部分も多い。しかし、ここまで勝ち上がってくるチームに、自力がないハズなどない。試合内容に関しても、奇襲や奇策に目が行きがちになるが、オレの見立てでは、彼らの本当の武器は、卓越した高い集中力。特に、試合を左右するようなターニングポイントでの集中力は飛び抜けて高い。それを裏付ける様に、チームの得点圏打率は五割に迫る脅威的な率を残している。更には、試合が後半へ進むにつれ、出塁率も大幅に向上する。点差は、まだ二点。セーフティリードとはほど遠い。オレの役目は、途切れかけている流れを、もう一度作り直すこと――)」

 

 凜として静に構える、土方(ひじかた)

 

「(......自然体の三番とも、威圧感のある四番とも、また違う雰囲気がある。ツーアウトか。重要なことは、何を拾えるか。四人と対戦して、感じたことを踏まえて――)」

 

 鳴海(なるみ)は「いいですか?」と、真剣な眼差しを東亜(トーア)へ送った。

 

「どうやら、試したいらしいな。自分の配球が、相手の捕手に通用するか否かを」

「調査をいったん中止して、真っ向勝負を挑むの?」

「ランナーは居ない、アウトカウントは二死。一発を打たれても、まだ若干余裕がある。ここでなら、勝負に行ける。そして、それだけのメリットがある。打たれたら仕切り直し、抑えれば二回へ持ち越せばいいだけのこと。打順は下位へと下っていく、下位には下位に収まる何かしらの理由が存在するハズだ。結果如何によっては、ある程度目処が立つ」

「どっちに転んでも、ただじゃ死なない。いいえ、それどころか、こちらの攻めにおいても、彼のバッティングから何かを拾えるかもしれない......」

「そう言うこった」

 

 打たれても、抑えても、壬生の頭脳である捕手、土方(ひじかた)の思考・傾向を知れる絶好の機会。走者が居ないことで、打者勝負に専念出来る。

 

「(よし、許可を貰えた。本気で抑えに行くよ)」

「(ええっ)」

 

 東亜(トーア)から許可を得た鳴海(なるみ)は、土方(ひじかた)を観察し、瑠菜(るな)へサインを送る。力強く頷いた瑠菜(るな)の、土方(ひじかた)への初球――。

 

『おっと、インコース胸元の厳しいところへズバッと来ました! 土方(ひじかた)、軽く身体を引いて、ボール・ワン!』

 

「(配球を変えてきたか。バッテリーも、重要性を理解している。だが、オレの役目は変わらない。最低でも後ろへ繋ぎ、合えば決めるまで――)」

 

 身体に近いところを攻められても表情は変わらず、冷静さを保ったまま、改めて構え直す。

 

「(表情(かお)も、スタンスも変わらないか。ほんのちょっとでもいいから反応して欲しかったけど。仕方ない、じっくり行こう)」

 

 二球目、内角低めのストレート。先の打者たちと同様、際どいコースを迷いなく振り抜き、三塁側のスタンドへの飛び込むファウル。三球目は、はっきりと外角へ外した。土方(ひじかた)はタイムを要求し、いったん、打席を外す。

 

「(これで、バッティングカウント。ここまで、ストレート三つ。緩い変化球(ボール)を使うならここだ。変化球であるなら八割方、縦に落ちるカーブ。残りの二割は、覇堂の打者を翻弄した、得体の知れないチェンジアップの様なボール。ただ、アレは一定の変化球ではない。狙うのは悪手、ここでは捨てるべき球種――)」

 

 打席に戻り、試合再開。仕切り直し、バッティングカウントからの四球目――。

 

「(やはり、来たか。キミたちは、相手の一番嫌がることをする)」

「(――読まれた!?)」

 

 一球前の外したストレートよりもスピードを抑えた外角低めのストレートを、しっかりと見極め狙い澄まして振り抜いた。打球は、コースに逆らわずライト上空へと上がる。

 

「センター、ライト!」

 

 マスクを脱ぎ捨て、大声で指示を出す。

 

『打球は、右中間ーッ! センター矢部(やべ)、ライト藤堂(とうどう)が懸命に追います!』

 

 打球は、浜風の影響をものともせず、ややスライスして右中間へ。

 

「(うっ、届かないでやんす......!)」

 

 自分から逃げていく打球を追って、全速力で背走する矢部(やべ)へすぐ近くから、藤堂(とうどう)のかけ声が飛んだ。

 

「任せてください!」

「任せたでやんす!」

 

 方向転換した矢部(やべ)は、バックアップに回り。声をかけた藤堂(とうどう)は全力疾走の勢いのまま打球を目がけて、頭から飛びついた。

 

藤堂(とうどう)、ダイーブッ! 勢い余って一回転! 捕ったのか!? それとも、落ちたのかー!?』

 

 片膝を付きながら身体を起こした藤堂(とうどう)は、後ろ向きでグラブを掲げた。二塁塁審が確認へ走る。そして、右手を大きく突き上げた。

 

「アウトーッ!」

 

『アウト、アウトです! 抜けていれば長打確定の打球を、空中で掴み取りました! 超ファインプレー! スリーアウトチェンジです!』

 

「ナイスでやんすー!」

「どうもです!」

 

 スタンドから大きな拍手を背中に受けながら、矢部(やべ)とグラブタッチを交わし、走ってベンチへ戻る。先に戻って来た鳴海(なるみ)はさっそく、東亜(トーア)の隣に座った。彼の隣に、瑠菜(るな)も腰を降ろす。

 

「感想は?」

「想像以上です。先頭バッターから、クリーンナップを相手にしているように感じました。何より......」

 

 鳴海(なるみ)より先に、瑠菜(るな)がとても悔しそうに答えた。

 

「空振りを奪えませんでした、一球も......」

「五番には、配球を読まれたと想います。完全に、スピードを抑えたストレートを待っていたタイミングで打たれました」

「確かに、低速の真っ直ぐを狙っていたことに間違いはないだろう。だが、打ち損じた」

「あの打球で、ですか......?」

猪狩(いかり)のアウトローのストレートを、右中間の一番深いところへ運ぶ力のある打者だ。もし完璧に捉えていたのなら、間違いなく柵越えだ。少なくとも、会心の当たりではない」

「あれで、打ち損じ......」

 

 ファインプレーがなければ最悪、ランニングホームランもあり得たようなコースの打球が打ち損じと知り、表情が強張る。

 

「一方的な思考ばかりに囚われるな。見えるものも、見えなくなる。三番よりも力は劣ると解っただけでも、十分な収穫だろう」

 

 同じように緩急を活かしたストレートを、沖田(おきた)はタイムリーヒット。土方(ひじかた)は、ライトフライに終わったことは事実。

 

「つまり、まったく通用しないという訳ではない」

 

 俯いていた瑠菜(るな)は、その言葉に顔を上げた。

 

「次は、下位打線。一・二番の早打ちのおかげで、若干の貯金もある。結果によっては、リベンジの機会もあり得る」

 

 東亜(トーア)は、ベンチへ戻って来た藤堂(とうどう)たち外野手たちへ目を向けた。

 

「あのプレーを活かすも殺すも、お前たち次第だ」

 

 鳴海(なるみ)瑠菜(るな)は「はい!」と、声を揃えて力強く返事。東亜(トーア)は小さく笑みを浮かべ、ナインたちを集める。

 

「さて、こちらの攻撃だが――」

 

 マウンドで投球練習している沖田(おきた)へ、視線を移す。

 

「まずは振って、実際に体感して来い」

 

 ――沖田(アイツ)の、真っ直ぐを。

 


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