準決勝、夏連覇を狙う壬生高校との一戦。
初回に先制点を失い、なおもピンチで四番を迎える。
『打席に立つのは、壬生の主砲――
「(あんな打たれ方したからどうかと思ったけど、大丈夫、
前三人のバッティングを振り返る。一・二番は、
「(今までの相手と一緒だ。右打者はことごとく、
マウンドから戻ってきた
「(見るからに、長距離ヒッター。一昨日の試合でも、一本打ってるし。右二人からは、インコースのストレートと変化球の対応を見れた。ここからはまた、右が続く。今度は、外角の対応を探る)」
サインを出し、外角へミットを構えた。ひとつ息を吐いた
「走ったわよっ!」
「――っ!?」
「さ、三盗!?」
まさかの三盗、咄嗟にミットを外した。球種は、外角のシュート。外角へ逃げる変化球を見逃して、ボール。ボールゾーンで捕球した
「セーフ!」
やや余裕のあるタイミングで、セーフの判定。
『セーフ、セーフです! 俊足
四番の打席、初回、リスクが高い三盗。バッテリーはもちろん、ベンチにも動揺が広がる。
「まさか、この場面で足を使って来るだなんて......!」
「フッ、完全に意表を突かれたな」
「フム......」
「何か、引っかかることでも?」
「少しな。はるか、予定通りだ。定位置でいい」
「はい」
はるかに伝え、適当な空サインを送る。サインを受け取った
「(三盗は、頭になかった。思わずウエストを要求しちゃったけど、やり直そう)」
「(ええ)」
外角のストレート、外角から入ってくるカーブを使い、共に見送られ、ツーエンドワンのバッティングカウント。全ての球種を見せるも、一度もバットを振らない
『ファウル! 良い当たりでしたが、一塁側のスタンドに飛び込みました! やや差し込まれたか?』
先頭バッターと違い、コースに逆らわずに打ってきた。しかし、ストレートへの対応を見れたことに加え、ファウルだったことで、バッテリーに僅かながら余裕が生まれた。一球インサイドを見せてから外角の変化球で勝負に行けると考え、平行カウントからの五球目は、インハイのストレートを選択。
『
追い風に流され、定位置のやや後方で落下地点に入った
『
タッチアップを決めた
「息を付く暇も与えない、無駄のない速攻でしたね」
「ええ。でも、ランナーは居なくなったわ。一息付けるわ」
「それに、ツーアウトにもなった」
「うむ、バッテリーは、バッターとの勝負に専念出来るぞ」
「てゆーか、ちょっと変じゃないですか? 攻めが単調って言うか。帝王実業と覇堂とやった時は、もっと近いところをガンガン攻めてたし」
「探っているのよ、各選手の能力や特徴を。ある程度の失点ありきで」
「えっ? じゃあ、
「そうよ」
――だけど私は、ここまで割り切れなかった。
悔しそうにキュッと、握る手に力が入る。前を向いた
「しっかり見ておきなさい。三番、四番に目を奪われがちだけれど、次のバッターが、ある意味で一番恐ろしい相手よ」
五人の視線の先には、壬生の五番――
凛々しい佇まいに、女性ファンの黄色い声援が球場に木霊する。
「(
「(計算通り先制を、追加点も奪った。しかし、これでは心許ない。相手はまだ、九回の攻撃を残している)」
「(承知しています)」
頷いた
「(多くの女子選手が主力として名を連ねるチームとして、本来の実力とは別のところで、メディアに取り上げられている部分も多い。しかし、ここまで勝ち上がってくるチームに、自力がないハズなどない。試合内容に関しても、奇襲や奇策に目が行きがちになるが、オレの見立てでは、彼らの本当の武器は、卓越した高い集中力。特に、試合を左右するようなターニングポイントでの集中力は飛び抜けて高い。それを裏付ける様に、チームの得点圏打率は五割に迫る脅威的な率を残している。更には、試合が後半へ進むにつれ、出塁率も大幅に向上する。点差は、まだ二点。セーフティリードとはほど遠い。オレの役目は、途切れかけている流れを、もう一度作り直すこと――)」
凜として静に構える、
「(......自然体の三番とも、威圧感のある四番とも、また違う雰囲気がある。ツーアウトか。重要なことは、何を拾えるか。四人と対戦して、感じたことを踏まえて――)」
「どうやら、試したいらしいな。自分の配球が、相手の捕手に通用するか否かを」
「調査をいったん中止して、真っ向勝負を挑むの?」
「ランナーは居ない、アウトカウントは二死。一発を打たれても、まだ若干余裕がある。ここでなら、勝負に行ける。そして、それだけのメリットがある。打たれたら仕切り直し、抑えれば二回へ持ち越せばいいだけのこと。打順は下位へと下っていく、下位には下位に収まる何かしらの理由が存在するハズだ。結果如何によっては、ある程度目処が立つ」
「どっちに転んでも、ただじゃ死なない。いいえ、それどころか、こちらの攻めにおいても、彼のバッティングから何かを拾えるかもしれない......」
「そう言うこった」
打たれても、抑えても、壬生の頭脳である捕手、
「(よし、許可を貰えた。本気で抑えに行くよ)」
「(ええっ)」
『おっと、インコース胸元の厳しいところへズバッと来ました!
「(配球を変えてきたか。バッテリーも、重要性を理解している。だが、オレの役目は変わらない。最低でも後ろへ繋ぎ、合えば決めるまで――)」
身体に近いところを攻められても表情は変わらず、冷静さを保ったまま、改めて構え直す。
「(
二球目、内角低めのストレート。先の打者たちと同様、際どいコースを迷いなく振り抜き、三塁側のスタンドへの飛び込むファウル。三球目は、はっきりと外角へ外した。
「(これで、バッティングカウント。ここまで、ストレート三つ。緩い
打席に戻り、試合再開。仕切り直し、バッティングカウントからの四球目――。
「(やはり、来たか。キミたちは、相手の一番嫌がることをする)」
「(――読まれた!?)」
一球前の外したストレートよりもスピードを抑えた外角低めのストレートを、しっかりと見極め狙い澄まして振り抜いた。打球は、コースに逆らわずライト上空へと上がる。
「センター、ライト!」
マスクを脱ぎ捨て、大声で指示を出す。
『打球は、右中間ーッ! センター
打球は、浜風の影響をものともせず、ややスライスして右中間へ。
「(うっ、届かないでやんす......!)」
自分から逃げていく打球を追って、全速力で背走する
「任せてください!」
「任せたでやんす!」
方向転換した
『
片膝を付きながら身体を起こした
「アウトーッ!」
『アウト、アウトです! 抜けていれば長打確定の打球を、空中で掴み取りました! 超ファインプレー! スリーアウトチェンジです!』
「ナイスでやんすー!」
「どうもです!」
スタンドから大きな拍手を背中に受けながら、
「感想は?」
「想像以上です。先頭バッターから、クリーンナップを相手にしているように感じました。何より......」
「空振りを奪えませんでした、一球も......」
「五番には、配球を読まれたと想います。完全に、スピードを抑えたストレートを待っていたタイミングで打たれました」
「確かに、低速の真っ直ぐを狙っていたことに間違いはないだろう。だが、打ち損じた」
「あの打球で、ですか......?」
「
「あれで、打ち損じ......」
ファインプレーがなければ最悪、ランニングホームランもあり得たようなコースの打球が打ち損じと知り、表情が強張る。
「一方的な思考ばかりに囚われるな。見えるものも、見えなくなる。三番よりも力は劣ると解っただけでも、十分な収穫だろう」
同じように緩急を活かしたストレートを、
「つまり、まったく通用しないという訳ではない」
俯いていた
「次は、下位打線。一・二番の早打ちのおかげで、若干の貯金もある。結果によっては、リベンジの機会もあり得る」
「あのプレーを活かすも殺すも、お前たち次第だ」
「さて、こちらの攻撃だが――」
マウンドで投球練習している
「まずは振って、実際に体感して来い」
――