7Game   作:ナナシの新人

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Final game3 ~ナニカ~

 準々決勝翌日、朝食後しばしの休憩を設けたあと、明日の準決勝へ向けたミーティング。理香(りか)とはるかは手分けをして、壬生高校の各選手のデータをまとめた資料を配り、解説を始める。

 

「チーム打率は、四割を越え。一試合の平均得点は、12.2点。チーム本塁打は、昨日までの四試合で計14本。既に、大会記録を更新しています」

「投手陣も盤石よ。エース近藤(こんどう)くんと、沖田(おきた)くんの二枚看板を軸に、春は二番手だった山南(やまなみ)くんをロングもこなせるリリーフへ配置転換したことで、後ろに厚みが生まれているわ。地方予選から通じての一試合当たりの平均失点は、2.4点」

「平均12点取って、3点取られないってこと? なによ、それ、規格外にも程があるわよ......」

 

 圧倒的な数字に芽衣香(めいか)は、分かりやすく肩を落とした。他のナインたちも、データに目を通して、難しい表情(かお)をしている。

 

「たかが数字に惑わされるな。特に、打の平均値は昨日の試合で荒稼ぎしたに過ぎない」

 

 沈みかけていた空気を一掃させる言葉を放った東亜(トーア)へ、ナインたちの注目が集まる。

 

「失点の方も、山南(やまなみ)ってヤツ以外のリリーフは、それなりに取られている。先発を早い回で降ろせば、チャンスは十分にあるってことだ。投手成績には、地方予選も含まれている。予選には、コールドがある。要するに、後ろに多少の不安を抱えているから、さっさと相手投手を打ち崩し、敵の戦意を削ぎ落とす、超攻撃的なチームに仕上げた。その結果、付加価値も生まれた。公式記録として残る客観的な数字に勝手に怯えるのさ。お前たちが圧倒した二回戦の相手も同じ心境だった」

 

 大抵の相手は、勝負の前に臆してしまう。更に今回の場合は、昨日の試合が、あまりにも一方的で衝撃的な結果であったため、より一層きわだってしまった。

 

「断言しよう。明日の試合、大差での決着はない。だがそれは、お前たちが浮き足立たずに戦えることが大前提。それとも、帝王戦前に逆戻りか? その程度の覚悟(モノ)だったのか?」

 

 挑発するように言った問いかけに、顔付きが変わる。

 

「フッ、違うって顔だな。なら、証明してみせろ」

 

 ミーティング終了後ナインたちは、疲れが残らない程度の軽い全体練習と個人練習で明日決戦へ向けて調整。東亜(トーア)理香(りか)は、宿舎の一室で試合を見返しながら会話を交わす。

 

「ああは言ったが、実力の差は歴然だ。真正面からの力勝負では、先ず勝ち目はない。仮に10回対戦すれば9回は負ける相手。ならば、その“1回”を明日の試合へ持ってくる。初顔合わせってのは、一番番狂わせが起きやすい。なぜなら、相手も手探りで来るからだ」

「それで、ハッパを掛けた。臆せずに立ち向かえるように」

「で。瑠菜(るな)は、行けるのか?」

「肩周りの張りはまだ残っているけど、昨日のお風呂上がりにマッサージした時よりも状態は良くなっているわ。ただ、長いイニングは厳しいわね」

「連投を経験させなかったツケが、ここで来たか」

 

 ライターを取り出し、澄まし顔で咥えたタバコに火を付ける。

 

「医学に携わる者として言うわ。酷使をさせないあなたの起用方は、決して間違っていないわ」

「んな気休め要らねーよ。行けて、本来の7割程度ってところか」

「......どうにせよ先発は、あおいさんでしょ」

 

 答えを保留した東亜(トーア)は逆に、理香(りか)に尋ねた。

 

理香(りか)。お前は、昨日の試合をどう観た?」

「どうって。一方的な試合展開だったとしか。強いて言えば、よく試合を投げ出さなかったと思うわ。得点には繋がらなかったけど、最後まで粘り強い攻撃もしていたし」

「なら、何て声をかける?」

「声を? そうね、普通に労いとか励ましの言葉かしら。それが?」

「御陵の監督、伊藤(いとう)とか言ったか。アイツ、あれほどの大差のついた負け試合にも関わらず、平然と言ってのけやがった。彼らは、“私の期待通りの働きをしてくれました”とな」

「えっ? それ、どう言うこと......?」

「さあな。ただの負け惜しみなのか、元々ベスト8が目標だったのか。それ以前に、たかだかがひとり欠けたくらいで、これほど総崩れになるような戦力差ではない」

 

 広い人脈を使い、全国から有望な選手をスカウトし、古巣の壬生からも自身の理想を体現するために必要な選手を口説き落とし、精鋭を集めて築き上げたチーム。更に、優勝経験のある名門校でヘッドコーチを務めていた人物が率いているのだから、総合力で大きく劣っている訳がない。

 

沖田(おきた)くんの、あの一打が強烈過ぎて精神的に追い詰められたんじゃないかしら......?」

「確かに序盤は、動揺から浮き足立ち、ミスもあった。しかし、エースが降板した頃には立て直していた。にも関わらず、結果は一方的。伊藤(ヤツ)の言動からして、試合を捨てた換わりに、有益な“ナニカ”を掴んだ。それはおそらく、春へ繋がる情報(モノ)――」

 

 東亜(トーア)は、試合へ目を戻す。試合中盤、エースが五失点、次期エース候補の二年生が七失点を喫し、三番手がマウンドへ上がったところ。

 

「死んだから得られたのか、得るために死んだのかは不明だが。どちらにせよ、画面越しでは解らない実戦でしか得られない情報(モノ)なのだろう。今のところは、な」

 

 東亜(トーア)自身が投げるのであれば、躊躇無く首を差し出せる。事実、昨シーズンの最終登板でやってのけた。しかしそれは、敗北が許されるペナントレースであるが故のこと。しかも、一発勝負のトーナメント戦では試合中に得た上で、スコアで上回らなければならない条件が追加される。

 

「私、死ねます」

 

 背後から声。東亜(トーア)理香(りか)は、ほぼ同時に振り向くと、ドア付近に瑠菜(るな)鳴海(なるみ)が立っていた。

 

「あなたたち――」

「肩を診てもらう時間になったので来たんです。でも返事がなかったので、席を外してるのかなと思ったんですけど、話し声が聞こえて」

「すみません、盗み聞きするつもりは無かったんですけど......」

 

 バツが悪そうな鳴海(なるみ)を後目に前へ出た瑠菜(るな)は、東亜(トーア)の前で正座をした。

 

「コーチ。私は、死ねます。あおいが居ます」

「死んだところで、得られるかは解らない。その時は無駄死の上、御陵の投手以上の晒し者になる」

「構いません」

 

 瑠菜(るな)は、決意に満ちた眼を、そして、必ず無駄にしないと信じている眼をしていた。

 

鳴海(なるみ)。コンディションからして、勝負は一順目のみ。俺とお前で拾うぞ、根こそぎ」

「――はい!」

理香(りか)瑠菜(るな)のことはお前に任せる」

「ええ。打者一巡を全力で戦える状態にしてみせるわ。少し早いけど、浴場へ行ってきなさい。しっかり湯船に浸かって、十分身体を温めること。そのあと、入念にマッサージするわ」

「はい、分かりました。ありがとうございます」

 

 立ち上がった瑠菜(るな)は、深く頭を下げて部屋を出ていった。理香(りか)も別室へ移動して、すぐにマッサージを行える様に準備を始める。東亜(トーア)は試合動画を観ながら、部屋に残った鳴海(なるみ)と明日の対策について話す。

 

「明日の試合、多少の失点ありきで組み立てろ。色気は出すな。死ぬと決めた以上、必ず死にきれ」

「ボーダーラインは?」

「まあ、五点と言ったところか」

 

 両チームの戦力を比較した時、五点以上の点差を付けられると巻き返しは難しいと判断。

 

「三番に関しては、下手にかわそうなどと考えるな。瑠菜(るな)との相性は最悪」

 

 動画を巻き戻し、初回の打席へ戻す。

 

「コイツには、タイミングという概念は存在しない」

 

 通常タイミングが合わなければ、体勢が泳がされ、振りは鈍り、当てるだけのバッティングになってしまう。結果、強い打球を打つことは難しい。

 しかし、沖田(おきた)は、始動でタイミングが合っていれば、ローテイショナルの回転運動を最大限に活用し、強烈な打球を飛ばす。合わなければ、ツイストで即座にズレを修正し、体勢を崩されることなく、こちらも強い打球を放つことが可能という二段構え。

 

「つまり、前後の揺さぶりは通用しないということですか......?」

「生半可な緩急はな。しかし、コイツには、ある特徴が存在する。第一打席は基本的に、追い込まれてからしか手を出さない」

「えっ?」

 

 机に置かれた資料に手を伸ばし、予選も含めた各試合の第一打席目を改めて見直す。

 

「――本当だ。それに、ピッチャーが代わったあとの打席も、追い込まれてからが多いですね」

「計算か、本能か、投手の力量を見定めているんだろう。そこに、活路を見出せ。隙があるとすれば、そこだけだ」

「はい!」

 

 鳴海(なるみ)の返事を合図にしたかの様に、練習を終えたナインたちが、宿舎に戻ってきた。壁一枚を隔てた向こう側の廊下から、あおいたちの話し声が漏れ聞こえている。

 

「お前に、話しておくことがある」

 

 東亜(トーア)は、珍しく真面目なトーンで話し出した。

 鳴海(なるみ)も、真剣に聞く。

 

「これから先も、キャッチャーを続けるかは知らないが。あおいと瑠菜(るな)、あの二人以上に、お前の要求に応えてくれる投手とは、二度と巡り会えないだろう」

 

 それは、鳴海(なるみ)自身が一番実感していた。

 二人は、ミットを構えたコースへ、思い通りのボールを投げ込んできてくれる。それはまるで、ゲームをプレイしているかの様な感覚を覚える程正確に――。

 

「もし仮に、あの二人がプロに指名され同じチームに入ったとしても、決して長くは通用しない。確証はある。俺は、一年保たなかった」

 

 昨シーズン最終登板戦、策略で36点を献上したとはいえ。最終登板の前の直接対決では、高見(たかみ)天海(あまみ)などの精鋭が集められた千葉マリナーズに、完璧に攻略された。

 回転数を自在に操れるとはいえ、基本ストレート一本の東亜(トーア)とは違い、変化球も操れるが。どれも、プロを相手に通用する決め球とまでは言い難い。

 

「俺を模倣している瑠菜(るな)はもとより、あおいのマリンボールも慣れれば打たれる」

 

 うつむき加減で硬く口を結んでいる鳴海(なるみ)に、東亜(トーア)は、普段の口調で諭すように語りかける。

 

「まあ、あと残り二試合。悔いが残るような半端な勝負はするなってことさ」

 

 席を立った東亜(トーア)は――潮時だな、と。

 自虐的な笑みを浮かべ、静かに部屋を出ていった。

 

 

           * * *

 

 

 決戦前夜、帝王実業戦の前夜と同じように鳴海(なるみ)は、宿舎の中庭で夜空を見上げていた。

 

「あと二試合、か」

 

 呟いた声は、夜空に吸い込まれて消えていく。

 

「(コーチは、明日の試合も勝つ気でいる。難しいと解っていてもなお。大差での決着はないって言っていた。一点を争う試合になることは間違いない。明日試合は、俺のゲームメイク次第だ――)」

 

 難しい表情(かお)をしながら若干前屈みで両手を握って、ベンチに座って居た鳴海(なるみ)の元へ、あの夜と同じように、お風呂上がりのあおいがやって来た。

 

「やっほー」

「あ、あおいちゃん」

「となり良い?」

 

 答える代わりに、一人分のスペース作る。あおいは、そこに座った。

 

「考えごと?」

「まあね。どうやって、抑えればいいか考えてた」

「うん、そういう表情(かお)してる。あ、そうだ! 覇堂の木場(きば)くんたちも応援に来てくれるって」

「ああ、そうなんだ」

「うん。ほら、行きの電車の中で妹の静火(しずか)ちゃんとメアド交換したでしょ? 木場(きば)くんからは、激励のメッセージも届いてたよ。『オレたちに勝ったんだ、下手な試合しやがったらぶっ飛ばすぞ!』だってさ」

「はは、木場(きば)らしいね」

「もちろん、ヒロぴーたちも来てくれるって」

「毎回大変だね。ありがたいけど」

「バッティングセンターのアルバイトにも慣れてきたって言ってたよ」

 

 他愛のない世間話をしていると、あおいの声が変わった。

 

「長くても、あと二試合なんだよね。ボク、ここまで来られるなんて入学当初は想いもしなかった。練習時間を削って、みんなで署名活動して。渡久地(とくち)コーチが来て、どんどん上達していくの実感出来て楽しかったなー」

「うん、俺も。ああ......でも俺は、キャッチャーになれって言われて苦労しもたけど」

「あははっ! でも、楽しそうだよ?」

「楽しかは正直解らないけど、やりがいはあるのは間違いないかな」

「そっか。でも、それもあともう少しだね......」

 

 あおいは、何かを悟ったようなどこか儚げな表情(かお)を見せた。

 

「ボクは、本当に一日でも長く、みんなと一緒に野球がしたいよ。だから――」

 

 ベンチを立ったあおいは笑顔で、鳴海(なるみ)に手を差し伸べる。

 

「明日の試合も勝とうね、絶対に!」

 

 ――悔いは残すなよ。東亜(トーア)の言葉が頭の中に蘇る。

 鳴海(なるみ)は差し出された手を握り返して、ゆっくり立ち上がった。

 

「明日だけじゃないよ。その次も勝って、必ず頂点に立とう。みんな、一緒に!」

「あ......うんっ!」

 

 決意を新たに微笑み合った二人は、お互い部屋に戻って眠りについた。

 そして、いよいよ、決勝進出を賭けた準々決勝の朝を迎えた。


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