7Game   作:ナナシの新人

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今話からラスト章に入ります。
シナリオに組み込むため覇堂戦は、ダイジェスト形式になります。


Final game
Final game1 ~未来~


「忙しいところを緊急に集まってもらってすまない」

 

 児島(こじま)は、東京都内のホテルの一室に集結した、両リーグ各チーム代表二名に頭を下げた。

 

「顔を上げてください、児島(こじま)さん。あなたの頼みとあれば、誰も断りませんよ」

 

 マリナーズの高見(たかみ)の言葉に、他面々も同意。

 そして、話しを切り出したのは、フィンガーズの主砲天海(あまみ)太陽(たいよう)

 

「それで、例の件についての重要な話しとは? まあ、彼らの表情(かお)を見れば、大方の察しはつきますがね」

「ああ。正に、その話しだ。集まってもらったのは、他でもない。今、話題となっている、神戸ブルーマーズの不正行為についてだ」

 

 高まる緊張感。皆の視線は、自然と当事者へと向かう。部屋の一番隅の席で居心地が悪そうに目を伏せている、ブルーマーズの選手二名へと向けられる。

 

「俺から、話すか?」

「いえ、自分たちで話します......」

「そうか、判った」

 

 議長を務める児島(こじま)は座り、ブルーマーズの選手会長で捕手沢村(さわむら)と、もう一名の選手が重い足取りで前へ出る。

 

「一部報道に上がっている記事の内容は......事実です。自分たちは、昨シーズン序盤まで“サイン”の伝達行為を行っていました! 申し訳ありません!」

 

 二人は両手両膝を地面に付き、深々と頭を下げた。

 しかし、意外にも罵声は飛ばされず。嵐の前の静けさの如く、沈黙が訪れる。

 

「不正行為の詳細は? 予め言っておくが、俺に嘘は通じない。全て、正直に話せ」

 

 天海(あまみ)が放つ、殺気にも似た威圧感に気圧されながらも沢村(さわむら)は、絞り出すように真実を語り出した。

 

「......外部に漏れる危険性があると、詳しい詳細は知らされていません。ただ、昨シーズン途中で辞任した城丘(しろおか)元ヘッドコーチから、相手チームの狙い球などの情報を貰っていました。情報伝達の方法は、ヘルメットに細工を施した装着した超小型の受信機、スタンドの応援団から太鼓の音を利用したシグナル伝達です......」

「通信機器を使った組織ぐるみのサイン盗みか、完全にアウトだな。他には?」

「......ウイリアムスの登板時、通常のボールと、重心をズラした“偏心ボール”を故意に入れ替えて使用していました」

 

 東亜(トーア)阿畑(あばた)の高速ナックルを攻略するためにボールの一点方向へ釘を打ち込み作った、重心をズラしたボールを更に精巧にしたボールと、通常のボールを故意に使い分け、偽ナックルを投げていたことも告白。

 

「なるほど。去年序盤のリカオンズ戦後、二軍落ちしたウイリアムスが一軍(うえ)へ来なかった理由は、それか」

「異常なまでに、本拠地での成績が良いことも納得できますね。僕に対して一度も、ナックルを投げなかったことも合点がいきました」

「もし、高見(おまえ)に投げていれば一発でバレていただろうからな。記事には、親会社が関わっていると記事にあったが。どうやら、それも事実のようだな」

「不正に関わっているスタッフの調達、通信機器や盗聴器の設置なんて、スタジアム建設前から関与していなければ出来ませんよ」

天堂(てんどう)監督も、関わっていたのか?」

「いえ! 天堂(てんどう)監督は、いっさい存じていません!」

 

 天海(あまみ)はおもむろに前へ出て腰を降ろし、膝を付いたままの沢村(さわむら)に視線を合わせた。

 

「俺の目を見ろ。......ふむ、どうやら本当の様だな」

 

 圧倒的な威圧感に表情(かお)をひきつらせながらも眼を逸らさない沢村(さわむら)に、天海(あまみ)は腕を組んで座り直した。

 

「して、児島(こじま)さん。俺たちの前で、告白させた理由は?」

 

 ブルーマーズの二人を席へ戻らた児島(こじま)は立ち上がり、始まりと同じ位置に立つ。

 

「プロ野球機構が正式に声明を出す前に、選手会が独自に不正行為が実際に行われていたことを公表する!」

「なっ、本気ですか? シーズン中ですよ!?」

 

 事前に話しを知っていた出口(いでぐち)以外の全員が、児島(こじま)の発言に戸惑いを隠せない。根底から覆す行為があったことを認めてしまえば、バッシングは必至。それどころか、今シーズンの継続すらも危ぶまれる非常事態に陥る。

 

「だからこそだ。今、行動を起こさなければ、プロ野球の未来は閉ざされてしまう!」

「未来が閉ざされる? それは、どういう意味ですか......?」

「なぜ、このタイミングでリークされたのかを考えてみてくれ」

 

 この一件がリークされたのは、オールスター明け。シーズンの半分以上を消化し、順位争いが激化して来る今、当然、機構側は結論を先延ばしにする。そうせざるを得ない。しかし、疑念はファンの間で確実に残り。少なくとも、不正行為を名指しされたブルーマーズを見る目は変わる。

 そして、結論を先延ばしにした上で不正発覚となれば、甘い処分ではファンが納得しない。マスコミの報道と共に激化し、不正行為を主導していた親会社は、球団運営権を剥奪されることは免れない。

 

「なるほど。事実関係の公表がシーズン終了後へ先延ばしされてしまったら、新規球団の参入は見込めないということですか」

「そうだ。日本シリーズは、11月。来シーズンの開幕には、どうあがいても間に合わない。シーズン前に問題になった、1リーグ化が現実のものとなってしまうだろう」

 

 天海(あまみ)と共に会合に参加しているフィンガーズの北大路(きたおおじ)が、素朴な疑問を口にした。

 

「つーか、その話しが出た時から疑問に想っていたんだけどさぁ。どうして、ガラリアンズの元オーナーは1リーグ化を強行したがってたんだ?」

 

 他の面々も、強引に1リーグ化するメリットは特にないということは共通の認識であり。それはここに居る誰もが、不思議に想っていた。

 

「一昔前までは、な。今は、試合中継を地上波で放映する必要性が薄れてきている現状がある。ネット配信や衛生放送等で試合中継は、場所も、時間も選ばず、いつでも観られる時代だからな」

 

 視聴者側にも選択肢が与えられ、加えて有望な選手たちの海外志向が強くなったことあって想うような補強も出来ず、ガラリアンズ一強の時代が変わりつつある。

 そして、その成功モデルとなっているチームこそが、児島(こじま)出口(いでぐち)が所属する「彩珠リカオンズ」。

 市民球団としての再出発を期に、地域密着型を全面に押し出した運営方針へ転換。地元イベント会社と連携して、既存の問題点を洗い出し。フードコートの充実、トイレや客席など古くなっていた設備の改修、試合前・試合後のイベント等、ファンサービスの向上に力を入れた。シーズンオフにはスタジアム周辺の環境整備、客席数の増加、より良い環境で観戦できる特別席等の設置を検討している。

 東亜(トーア)がオーナーを辞してからも黒字経営を続けるリカオンズの成功をモデルに、他球団も地元ファン獲得の努力へと舵を切った。長年、ガラリアンズの人気に依存してきたことから、まだまだ不十分で、手探りではあるが徐々に実を結びつつある。

 圧倒的人気球団、東京ガラリアンズ依存からの脱却。

 正に今、プロ野球界は転換期を迎えようとしていた。

 しかしそれは、表向きではあるが、ガラリアンズの元オーナー田辺(たなべ)の失脚に伴い起こった変化。そこへ突如として沸いて出てきた、今回の騒動。問題が大きく取り沙汰されてしまえば、事態の収拾に買って出ることは火を見るより明らか。鎮静化させたあかつきには、再び強大な権力を握ってしまう。

 

「......各球団のオーナーの理解は?」

「リカオンズの及川(おいかわ)オーナーが、近日開かれるオーナー会議で提言してくれると約束してくれた。しかし、今なお、田辺(たなべ)元オーナーの影響力は強大だ。他球団のオーナーへ圧力をかけている可能性は否定できない。あくまで、選手会の独断として行うことを前提に進める」

「オーナーと敵対する気ですか? そんなことになれば、ただじゃ済みませんよ!?」

 

 高見(たかみ)の指摘はもっとも。クーデターと取られても何ら不思議はない、最悪、永久追放すらもあり得る案件。だが、児島(こじま)の決意は鋼の様に固い。

 

「俺は、この問題解決に全力で取り組むため、今シーズンの残り試合を全て欠場することを決めた」

「――なっ!? 本気ですか......?」

「オーナーや監督、コーチ、チームメイトたちと話し合い決めたことだ」

 

 会議が始まる前日、昨日の試合前のミーティングで、この件のことを切り出した。チームメイトの反応はもちろん、高見(たかみ)たちと同様......いや、それ以上のモノだった。

 

 

           * * *

 

 

「本気っすか!? これから、本格的に優勝争いに入る大事な時期に!」

「そうっすよ! それに今、児島(こじま)さんは、打撃タイトルを争える位置にいるじゃないっすか、それをみすみす――」

 

 テーブルを叩いて声を張り上げたのは、ショートの今井(いまい)とリーゼントがトレードマークのサード藤井(ふじい)。彼に同調するように、他のメンバーたちからも驚きや、戸惑いの声が次々と上がった。それらを鎮めるため、児島(こじま)は、思いの丈を全て打ち明けた。

 そして訪れる、長い沈黙――。

 

「いいんじゃねーすか?」

 

 重苦しい空気を、沈黙を破ったのは、ベテランの菅平(すがだいら)。指名打者には、外国人選手のムルワカが固定。打撃に専念するため外野手よりも一塁の出場が多くなった児島(こじま)との併用ということもあって、今シーズンは、ここぞという場面での代打の切り札としての起用が多い。

 

「難しいことは、よく分かんねーけど。これからのための“ナニカ”......何ですよね? 渡久地(とくち)が、俺たちに残してくれたみたいな。だったら俺は、賛成ですよ」

「そうだぜ、みんな! 渡久地(とくち)が抜けた今シーズンも、俺たちは、首位争いをしてる! なら、出来るハズだ。いや、やるんだ! 児島(こじま)さんの分も、俺たちで――!」

 

 出口(いでぐち)の力強い言葉は、他の選手たちに伝染していった。そしてそれは、彼らの決意が本物だと感じた首脳陣にも――。

 

「まあ、お前たちがそう言うのなら......いいですよね? 監督」

「ええっ!?」

 

 鬼のピッチングコーチの冴島(さえじま)から話しを振られた三原(みはら)は、盛大に取り乱した。しかし、選手たちから送られる熱視線に腹をくくる。

 

「......お、俺だって、去年一年渡久地(とくち)とやって来たんだ。ただ、座ってたワケじゃねーってところを見せてやる! いいかオマエら、こっから負け込む何てことになってみろ『渡久地(とくち)児島(こじま)が居なかったから』って一生言われるぞ! それでいいのか!?」

 

 三原(みはら)の問いかけに「よくないです!」「絶対、連覇してやろうぜ!」と、リカオンズナインの想いはひとつになり、決意を新たにより一層団結を深めた。

 

 

           * * *

 

 

 話しを聞いた他球団の選手たちは、揺らいでいた。

 去年まで万年弱小球団だったリカオンズナインの決意、奮起、そして......覚悟。みなの心へ訴えかけるには、十分だった。

 

「......本気みたいですね。分かりました、僕は、協力しますよ。もし、児島(こじま)さんに理不尽な裁定が下されるような事があれば“ストライキ”も視野に入れる覚悟です」

「フッ、リカオンズの連中だけに良いカッコさせるワケにはいかないしな」

「......まあ、渡久地(とくち)だけではなく、あなたまで居なくなったリカオンズを倒したところで味気ないですからね」

「じゃあ、俺たちも賛成ってことで」

 

 マリナーズの代表高見(たかみ)とトマスに続いて、昨シーズン最終戦まで熾烈な優勝争いを繰り広げた天海(あまみ)北大路(きたおおじ)も賛同。リーグ屈指のクローザー水橋(みずはし)と、一昨年最優秀防御率のタイトルを獲得したサブマリン投手、吉田(よしだ)が所属するイーグルスも続き、同リーグ全チームの賛同を得られた。

 この空気に同調するかの様に、他リーグの代表たちへ波及していく。

 

榎本(えのもと)川上(かわかみ)、お前たちはどうだ?」

 

 児島(こじま)は、話し合いに参加せず事態を静観していたガラリアンズ代表二人の意向を確認する。彼らが一番の急所、大元であるガラリアンズに所属する選手。

 

「結論の前に、確認したいことがあります。実際に不正に関わっていたブルーマーズの処遇は? 生半可な処分では、世間は納得しませんよ」

「もちろん、承知している。偶然にも今シーズンオフ、アメリカで長年行われてきた組織的な“サイン盗み”が発覚した。制裁は、不正行為を主導していた首脳陣やGMへの制裁のみで、選手個々への制裁は課されなかった。しかし、ブルーマーズの場合は勝手が違う、親会社が主導していた。同じ処分では、誰も納得しない。何より――」

「......不正行為は、城丘(しろおか)コーチに押し付けられた行為(こと)ではなく、俺たち自身が自ら選んだんです」

 

 二軍でくすぶっていた自分たちがプロで生き残る方法を示してくれた、と。東亜(トーア)に不正を見抜かれたあげく、完膚なきまでに返り討ちにされた城丘(しろおか)は、自らの過ちを認め、不正行為に手を染めさせてしまった選手たちへ謝罪し、コーチの職を辞した。一部例外はあったが、ブルーマーズの選手たち心を入れ替えた。

 

「しかし、どんな理由があろうとも許される行為ではない。そこで――」

 

 選手会が独自で下す処分は、公表後、不正に関わっていた選手全員の一軍登録を抹消、シーズン内の一軍登録を禁止。二軍の対外試合出場にも一定制限を設ける。来年度以降の契約については、新規参入企業の裁量に委ねる。

 

「あれ? 追放とかじゃねーのか?」

「悪質性が高いとはいえ、部外者との金銭の授受を目的とした八百長に繋がる賭博のような行為ではないからだろう。扱いとしては、ドーピング違反と同列といったところか」

「ああ~、同じズルい行為ってワケか」

「話しを聞いたところ。現在所属する支配下選手の半数近くが不正行為に関わっていたことが判明した」

 

 あまりにも関与していた人数が多すぎたため、二軍戦や来シーズン以降の編成が立ちゆかなくなってしまうための特例処置。一軍は、関与していない控え選手と経験の少ない若手やルーキーを中心に残り試合を戦わなければならない、ある種のペナルティー。

 もちろんこれは、選手会が独自で下す自主的な処分のため、コミッショナーからは別途で、然るべき処分が言い渡されることになる。

 

「......分かりました。ひとつ、言わせて貰いたい」

 

 処分内容を理解した上で榎本(えのもと)は、自分の意見を述べる。

 

「不本意ながら当事者に近い関係である俺が言うことは、おこがましいことなのかも知れんが。確かに元オーナーは、自己中心的な独裁気質の人だ。ドラフトやFA制度を都合の良いようになるよう裏工作を行ったり、金にものを言わせ、他チームの主力を引き抜くことも少なくなかった。実際、バッシングも浴びた。強化の方向性が違うだけで、ブルーマーズと同類なのかも知れん。だが、グラウンドで戦っている俺たちは違う。新しい選手が加わる度に、競争に勝たなければならないからだ! 球界を私物化しようとしている元オーナーのことを決してかばい立てをするつもりではないが。正直、レベルの高い環境でポジション争いを出来たことに感謝している」

 

 ドラフト制度の穴をついた契約、逆指名制度があった時代の裏金問題。悪く言えば、姑息。良く言えば、貪欲。チーム強化のためならば、どんな手段でも使う。

 しかし同時に、現場の選手たちにとっては過酷な競争環境でもあった。レギュラーを取った翌年に新戦力が移籍してきて、ポジション争いに破れて控えへ降格、シーズンオフに戦力外通告を言い渡せることも少なくない。良くも悪くも文字通り、完全実力主義の球団。一試合、一打席、一球に懸ける想いは他球団の選手とは比にならないほど重い。

 

「だが。沢村(おまえ)たちは、己を磨くことを放棄し、安易な方法へ逃げた。プロの誇りを汚した! 俺たちだけではなく、ファンも裏切った。そのことを胸に刻んでおけ!」

 

 激しい叱責を受けたブルーマーズの代表二名は、とても神妙な面持ちで、もう一度深々と頭を下げた。

 

「フゥ......それで?」

 

 大きく息を吐いた榎本(えのもと)は、児島(こじま)に尋ねる。全球団の代表の賛同を得られた児島(こじま)は、今後ついて話し出した。

 

「パワフルTV全面協力の元、スタジオから全国中継で会見を開く予定だ。城丘(しろおか)元ヘッドコーチにも同席してもらうことで合意している。真実を語ると約束してくれた」

「パワフルTVを通して......考えましたね。プロ野球最大のスポンサー企業が相手となれば、オーナーも、野球機構側も、迂闊に口は挟めない」

「フム......しかし、不正行為を告白して。その後は?」

「同時に、新たな新規参入企業を募る。田辺(たなべ)元オーナーの権力に屈しないほどの大企業が手を上げてくれることを信じて――!」

 

 正に、博打。しかし、行動を起こさなければ一リーグ化は既定路線。もはや、覆る事はない。

 

「......なるほど、賭ける価値はありますね。それで、会見はいつ行うんですか?」

「既に、先方との話し合いは済んでいる。会場も抑えた。しかし、公表は来週の頭に行おうと考えている」

「ん? 何故ですか? 早ければ早いほどいい、新規参入の公募期間も延びますよ」

 

 準備は整っているにも関わらず、公表を遅らせる事に疑問を持った天海(あまみ)が、児島(こじま)に真意を尋ねる。

 

「......水を差したくないからだ」

 

 勘づいた高見(たかみ)はおもむろに、テレビの電源を付けた。

 

『さあ、準々決勝第三試合もいよいよ大詰め! 恋恋高校対覇堂高校の一戦は、九回表覇堂高校の攻撃が終了し、スコア二対二の同点のまま最終回の攻撃へ入ります。恋恋高校は、一番からの好打順! サヨナラで勝負を決めるか? それとも、ここまで既に120球を越える力投を続けるエース木場(きば)がふんばり、延長戦へ突入するのか!』

 

「理由は、甲子園ですか?」

「ああ、その通りだ」

「それは......恋恋高校が、渡久地(とくち)が監督を務める学校が勝ち上がっているから、ですか?」

 

 高見(たかみ)の質問に、空気が一変。昨シーズン、ペナントレースやオールスター戦などで煮え湯を呑まされた相手。事情を知っている出口(いでぐち)とトマスの表情(かお)も険しいものに変わった。

 

「(うっ、高見(たかみ)のヤツ、ここ一番でイタイところを突いて来やがった......)」

「(おい、(いつき)......! それは――)」

「(分かっているさ。スランプ脱却の恩を仇で返す行為だ。本音は僕も、水を差したくない。けど、これだけは決して避けては通れない道。だからこそ僕が、聞かなければいけない事なんだ。返答次第によっては、状況は変わりますよ? 児島(こじま)さん......!)」

 

 試合中継が放送されているテレビから視線を離した児島(こじま)は、まっすぐ前を向いた。

 

「特別な心添えは無い、と言えば嘘になる」

 

「おいおい、あっさり認めちゃったよ」と、場の空気が変わった。

 

「確かに、個人的に応援はしている。しかしそれ以前に、甲子園は全球児の夢だ。ここに居るみんなにも、覚えはあるだろう。汗を流し、苦しみに耐え、ただがむしゃらに白球を追いかけた日々を――」

 

 皆の心に、蘇る記憶。

 海外から移籍して来たトマス以外は、全員が経験してきた道。目指していた聖地――甲子園。

 

「確かに、甲子園を目指していなかった人間は居ませんね。少なくとも俺は、甲子園を目指していた」

「俺もだ。それにコイツらの真剣な顔を見てると、邪魔したくないってのも分かるな」

「フッ、数字や競争ばかりに気を取られて忘れていたのかも知れんな。ただ純粋に、野球に打ち込むことを......」

 

 天海(あまみ)北大路(きたおおじ)榎本(えのもと)といった球界を代表する選手たちも、他の選手たちも自分たちの過去の姿と重ね合わせ、その思いを馳せる。

 

「どうやら、異論は無いようですね。僕も、賛成です。児島(こじま)さん、お願いします。彼らの、彼女たちの未来のためにも......!」

 

 全員の視線が、児島(こじま)に集まる。

 

「ああ、みんなの想い、確かに受け取った......!」

 

 今、選手会の想いはひとつになった。未来を繋ぐために。


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