7Game   作:ナナシの新人

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game9 ~挑発~

 東亜(トーア)がコーチに着任して、初めての週末を迎えた。

 空き教室では恒例のグラウンド整備をかけたトランプ勝負(今日はポーカー)で、三位と四位を競う矢部(やべ)奥居(おくい)は、最後の大勝負をしていた。

 

奥居(おくい)くん、行くでやんすよ?」

「来いよ、矢部(やべ)!」

「覚悟でやんす!」

 

 矢部(やべ)の出したカードの役は、キングのスリーカード。

 対する奥居(おくい)は――。

 

「ストレートだぜ!」

「ギャーッ! でやんすー」

 

 大袈裟にバタッ! と机に崩れ落ちる矢部(やべ)。勝者の奥居(おくい)は勝ち誇った表情(かお)で堂々と勝利宣言をした。

 

「おいらに勝とうなんて、10年早いぜ!」

「通算成績はオイラの方が上でやんす!」

 

 むくっと起き上がった矢部(やべ)が抗議して言い合いが始まり、それを別のグループから見ていた芽衣香(めいか)は頬杖をつきながら、呆れ表情(がお)でタメ息をついた。

 

「まったく、アホね」

「あははっ。まあまあ、元気があっていいじゃない」

 

 あおいは笑いながら、芽衣香(めいか)を宥める。

 そこへ、理香(りか)が手を叩いて空き教室内を静めて注目を集めた。

 

「はい、注目。練習はここまで。今日のグラウンド整備は、みんなでするわよ」

 

 練習後のバツゲームが恒例になっているため「どうしてですかー?」と質問が飛ぶ。

 

「明日の午後に試合を組んだからよ」

「試合......?」

 

 理香(りか)が微笑んで頷くと一瞬の間が開いて「試合だぁーっ!」と、空き教室は大騒ぎになった。グラウンド整備を終えた帰り道。

 

「けど試合かぁー、楽しみね!」

「オイラ、ボール触るの久しぶりでやんす」

「おいらもだぜ」

 

 毎日基礎体力強化ためボールもバットも触らないトレーニングを続けている彼らにとって明日の試合は、楽しみ半分、不安半分といったところ。

 

「ねぇ、バッティングセンターに寄っていかない?」

「さんせー!」

 

 不安を少しでも払拭するため、芽衣香(めいか)の提案で六人は、バッティングセンターへ寄り道。下校中の生徒も多く通る大通りにあるバッティングセンターの自動ドアを潜ろうとした時、ちょうど店の中から東亜(トーア)が出てきた。

 

「あっ、コーチ!」

「あん? なんだ、お前らか」

「あの、今から打っていこうと思ってるんですけど見てもらえますか?」

 

 カウンターで支払いを済ませて、ゲージでバットを構える。

 

「この感触......燃えるぜ!」

「1ゲームずつ交代でやんすよ」

「わかってるって。よーし、こーいっ!」

 

 感覚を取り戻すため男子三人は130km/hのゲージで交代で、女子は二ヶ所ある120km/hゲージでバッティングを始める。

 

「ああ~ん、また折れたぁ......」

「これで、通算32本目ですね」

「うっさわねー。何で折れるんだろ?」

 

 初球でバットを折った芽衣香(めいか)ははるかの指摘に可愛らしく口を尖らせつつ、新しいバットを取り出すと、改めて打席立って構える。

 

「よーし、今度こそ~」

「素直に金属で打てばいいじゃねーか」

 

 ベンチに座ってタバコを吹かす、東亜(トーア)が言う。

 

「ヤダ! あたしは、このバットで甲子園に行くの!」

「フッ、強情だな」

「ふんっ、強情で結構よ!」

「貸せ」

「えっ?」

 

 タバコを灰皿に押し付けた東亜(トーア)は、芽衣香(めいか)の居るゲージに入って木製バットを受けとると打席で構えた。

 芽衣香(めいか)は外に出て、鳴海(なるみ)たちと一緒に東亜(トーア)のバッティングに注目。

 

「お前は、手首の使い方が悪い」

「手首?」

 

 首をかしげる芽衣香(めいか)に、手本を見せる。

 東亜(トーア)がオーナーを勤めたリカオンズはDH制(指名打者)のリーグに所属しているため、投手が打席に立つ機会は基本的にないが。前オーナーの嫌がらせや、自身の作戦上バッターボックスに立つことが多々あり、長打こそないものの得意の読みでタイムリーヒットを放ったことも。

 

「木製バットは金属に比べて脆く反発力が小さい。軟球なら折れることは稀だが、固く重い硬球は芯を外すと極端に折れやすくなる。そこで――」

 

 ピッチングマシーンから放たれた120km/hのストレートを捉え、バットを折ることなくキレイにセンター方向へ弾き返した。

 

「インパクト時に手首をしぼり、ボールに逆回転をかけるイメージで打ち返す」

 

 接地面が大きくなるほど圧力は分散され、バットも折れにくくなる。身近な例だと、同じ大きさ同じ硬さの石でも先端が尖っている物の方が圧力が集約されているため踏んだ時により痛みを感じる。極論では、走行中の車のタイヤに足を踏まれるよりも、一点に体重がかかるハイヒールに踏まれる方が圧力が集約されているため比べ物にならないほど痛い。

※実際満員電車のブレーキで揺れた車内でふいに踏まれ、酷い場合は皮膚を貫通し出血、骨折した事例も実際にあるそうです。気を付けましょう。

 

「手首を使う......」

「俺もバッターとしては非力だ。だが、一度もバットを折ったことが無い」

 

 芽衣香(めいか)にバットを返して、東亜(トーア)はゲージを出た。

 

「まあ、できるかはお前次第だけどな」

「......よーし、やってやるわ!」

 

 気合いを入れて東亜(トーア)の打撃術を実践する芽衣香(めいか)の隣で、ホームランを知らせるメロディーが連続で響いた。

 

「2本連続だぜ!」

奥居(おくい)さん、すごいですっ」

「へへっ」

 

 はるかに褒められて調子に乗った奥居(おくい)はその後も快音を連発し、矢部(やべ)と交代。

 一通りの打撃を見た東亜(トーア)は先に帰り、鳴海(なるみ)たちも切りいいところで終えていつもの交差点でそれぞれ帰路へついた。

 

「さ、今日もやろっ」

「え? 明日試合だよ?」

「だからやるのっ。ほらほらっ!」

 

 鳴海(なるみ)の背中を押して近所の公園へ入り、互いにグラブをつけてキャッチボール。これが、練習後の二人の日課になっていた。

 

「明日の試合、相手はどこなんだろ? 監督は楽しみにしてろって言ってたけど」

「さあ? ボクは、どこが相手でも全力だよ」

 

 そう言ったあおいだったが、先日都大会ベスト8のパワフル高校との試合で打ち込まれた記憶が彼女の頭を過った。頭を数回振って悪いイメージを振り払って顔を上げる。

 

「ねえ、座ってもらえる?」

「オッケー。ちょっと待ってね」

 

 バックから出したキャッチャーミット(ブルペン捕手用の野球部の備品)に着け替えた鳴海(なるみ)は、軽くミットを叩いて中腰になって構える。

 

「いいよ」

「いくよっ!」

 

 しなやかなアンダースローから放たれた低めのボールが乾いた音を鳴らし、ミットに突き刺さる。

 

「オッケー! ナイスボールッ!」

「よーし、どんどんいっくよー!」

 

 30球ほどピッチング練習後、二人が家路についた夜、東亜(トーア)理香(りか)は、いつものバーで明日の試合について話をしていた。明日のスターティングオーダーが書かれたメモをテーブルに置いた東亜(トーア)はグラスを口に運び、理香(りか)は眉をひそめる。

 

「これ、本気なの?」

「当然だろ」

「いくら負けてもいい練習試合でも、これは......」

 

 パワフル高校戦とガラリと変わったオーダーに不安を隠せないでいる。

 

「勝ち上がるためには必要になるのさ。特に、コイツがな」

 

 置いたグラスの氷がカランッと音を奏でる。

 東亜(トーア)は、オーダー表の捕手を指差した。

 

「どういうこと?」

「フッ......」

 

 意味深な笑みを見せる。

 

「しかし、よく春の覇者と組めたな」

「ちょっとコネがあってね」

 

 お返しと言わんばかりに意味深に微笑む理香(りか)

 

「けど、無理を言って組んでもらったから相手は一年生。と言っても将来のレギュラー候補だからレベルは高いわ」

「つけ込めるな」

 

 咥えたタバコにライターで火をつける。

 

「気が変わった。明日は勝ちにいく」

「えっ? なら、なおさら無謀じゃない」

「まあ、楽しみにしてろよ」

 

 そして、試合当日。

 アンドロメダ学園が到着する前に恋恋ナインは、ボールやバットを使った久しぶりの練習に汗を流している。

 

「みんな、集合して!」

 

 アンドロメダ学園のバスが到着する前に理香(りか)はナインを集めて対戦相手を告げた。

 

「今日の相手だけど、アンドロメダ学園よ」

「ア、アア、アンドロメダ......?」

「安藤梅田学園? 変わった名前でやんすね」

「なに惚けたこと言ってんのよ、矢部(やべ)! アンドロメダよ!」

 

 春の覇者の名前を聞いて動揺を隠せないでいる中、のんきな矢部(やべ)芽衣香(めいか)が詰め寄る。

 

「アンドロメダ学園って言ったら、春の甲子園優勝校じゃない!」

「あ、あのアンドロメダ学園でやんすかっ!?」

 

 事の重大さに気づいた矢部(やべ)は、絵に描いたように取り乱す。

 

「無理無理、無理でやんす!」

「はいはい、少し落ち着きなさい。アンドロメダ学園と言っても相手はレギュラーじゃないわ」

「レギュラーじゃない? どういうことですか?」

 

 鳴海(なるみ)が、代表して理香(りか)に訊く。

 

「別の学校に遠征が決まってるところを頼んだから。さてご到着ね。みんな立って」

 

 アンドロメダ学園のナインが40代くらいの男性と共にベンチ前までやって来た。

 理香(りか)は、男性に頭を下げる。

 

「アンドロメダ学園野球部部長の佐藤(さとう)です」

「恋恋高校監督の加藤(かとう)です。本日はお忙しいところ、ご足労くださりありがとうございます」

「いいえ、こちらこそお招きいただいて。みなさんには申し訳無いですが、レギュラーは先約の遠征がありまして。我々は一年生になりますが......」

「いえ、無理に頼んだのはわたしたちですから。お気になさらずに」

「そうですか。それでは本日はよろしくお願いします」

「お願いします!」

 

 帽子を取り挨拶をするとキビキビと練習を始めた。

 

「一年......?」

「一年生相手なら、どうにかなりそうでやんすねっ」

 

 一年生と聞いて眉尻を上げる鳴海(なるみ)と気が緩む矢部(やべ)

 東亜(トーア)はこの時を待っていた。ナインに向けて言う。

 

「お前ら、舐められてるのさ」

「ちょっと、渡久地(とくち)くんっ?」

「舐められてる?」

「フッ......考えてみろよ。レギュラーと言っても全員連れて行く訳じゃない、ベンチを含めれば20人前後。どういう意味わかるか?」

 

 東亜(トーア)の問いかけに顔を見合わせる。

 

「アンドロメダは名門だ。二年三年を合わせてそんなに部員が少ない訳がない」

「まさか......!?」

 

 東亜(トーア)の言葉をいち早く理解した鳴海(なるみ)は、練習中のアンドロメダナインを睨み付ける。

 

「お前らにはレギュラーはもちろん。二年の二軍すら出す価値もねぇって事だな」

「むっ......、言ってくれるじゃない」

「オイラもムカついてきたぜ......」

 

 狙い通り東亜(トーア)の挑発的な解釈にナインの気合が入った。

 

「そこでだ。今日はコールドで終わらせる」

「コールド......」

「所詮は一年生坊主。力で言えばお前らが追い詰めたパワフル高校以下だ、余裕だろ?」

 

 力強く頷く。

 

「はい! やるぞみんな!」

「オオーッ!」

 

 キャプテンの号令で一つになった。

 そして、スターティングオーダーを発表。

 

「あたしがセカンド?」

「オイラ、三番でやんす!?」

「オ、オイラが四番。しかもショート!?」

 

 ガラリと変わったオーダーの中で最大のサプライズ。

 

「俺が......」

鳴海(なるみ)くん、大丈夫」

 

 動揺する鳴海(なるみ)をあおいが心配する。

 八番キャッチャー――鳴海(なるみ)。 

 

「コーチ。俺、キャッチャーなんて......」

「問題ねえよ。近衛(このえ)、お前が簡単に教えてやれ」

「は、はい。いいか、鳴海(なるみ)

「あ、ああ。頼むよ」

 

 正捕手だった近衛(このえ)から説明を受けてグラウンドへ向かう。

 

「それでは試合を恋恋高校対アンドロメダ学園の試合を始めます。先攻――アンドロメダ」

「お願いします!」

 

 恋恋高校ナインが新しいポジションに付く。

 マウンドでは鳴海(なるみ)とあおいがグラブで口を隠しながら話をしていた。

 

「じゃあ、サインはこれで」

「うんっ。鳴海(なるみ)くん、頑張ろうね!」

「ああ!」

 

 鳴海(なるみ)がホームへ戻り、一番バッターが構える。

 球審が手を上げて宣言。

 

「プレーボール!」

 

 試合が始まった。


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