7Game   作:ナナシの新人

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お待たせしました。
対聖タチバナ学園戦、完結編です。


New game22 ~決断~

 五回表聖タチバナ学園の攻撃は、一死からみずきがフォアボールで出塁、打順は先頭へ戻り、手堅く送りバントを決めて、スコアリングポジションへランナーを進めた。そして、新島(にいじま)が、外角のストレートを逆らわずにレフト前へ弾き返し、タイムリーヒット。下位打線で作ったチャンスをモノにして、二対一と勝ち越した。

 

『ツーアウトランナー一塁から、夢城(ゆめしろ)和花(のどか)の当たりは、ライトフライ。良い角度で上がりましたが、もうひと伸びありません! しかし、試合中盤、貴重な勝ち越し点を奪い取りました!』

 

 ラストバッターみずきへ与えた四球をきっかけに一点を献上してしまったものの、追加点は与えず三つ目のアウトを取って戻ってきた鳴海(なるみ)は、プロテクターを外しながら東亜(トーア)と会話。

 

「ショートへ打たせたつもりが、上手く拾われました。防げた失点です」

「フッ、求めすぎだな。五回二失点、上出来じゃねーか。結果的に、いい役目も果たしてくれた」

 

 五回まで試合を作った片倉(かたくら)のピッチングを称えた東亜(トーア)は、先頭バッターの真田(さなだ)と、ネクストの葛城(かつらぎ)に声をかける。

 

「さて。先頭から始まるこのイニングは、この試合を左右する重要なイニングになる。そこでだ――揺さぶれ、徹底的に。その結果、三者凡退でも構わない。ただし、自身の形は崩すな。それだけは、頭に入れて臨め」

 

 ――はい! と力強く返事をした二人は、ネクストバッターズサークル付近で会話をしながら、打席に備える。聖タチバナ学園の方も準備が出来た選手たちが、ベンチからグラウンドへ駆けていく。

 

(ひじり)。解ってると思うけど、この回が重要よ。多少無理してでも、この回を乗り切れば、僅かに余裕が生まれるわ」

「うむ......!」

 

 (ひじり)を送り出した優花(ゆうか)は、ベンチに腰を下ろす。しかし、勝ち越したにも関わらず、彼女は浮かない表情(かお)をしていた。

 

「(確かに、勝ち越せたのは、大きい。だけど、取り方としては最悪に近い......)」

 

 四球、送りバント、タイムリーヒット。相手のミスからの得点、流れとしては最高の形だが。しかし、ホームへ還ってきたランナーが、投手のみずきであったことが、彼女にとって想定していた中で最悪のシナリオだった。

 ツーアウトのため、バットに当たった瞬間にスタートを切る。例え、ファウルであろうとも。事実、タイムリーヒットが生まれるまでの間に、セカンドランナーのみずきは、二度スタートを切った。そして、ホームまで全力疾走。

 

「(送りバントでも走らされたし。そもそも、セカンドで封殺を狙えたかもしれないピッチャーの正面へ転がったのに、みずきには目もくれなかった。早紀(さき)のタイムリーのあとも、スコアリングポジションにランナーを残して迎えたクリーンナップを相手に慎重になるどころか、和花(のどか)の考えを見透かしたように簡単にストライクを二つ取って、最後は力のあるストレートを、見逃せないインコースのストライクゾーンでの三球勝負で、逆風が吹くライトへ打たされた)」

 

 嫌な点の取られ方をし、流れを変えたかったとはいえ、イニングの途中でマウンドを降りてしまったことを悔やんだ。外野、もしくはファーストへ付く選択肢もあったのではないかと。しかし、そんな考えはすぐに改める。投手へ専念し、みずきと佐奈(さな)と分業制を敷いてきたからこそ、ここまで来ることが出来た、と。

 

「(――まさか、わざと......? だとしても今、点を取りに行ったことは決して間違いじゃない。ウチが勝つには、リードを保ってロースコアの展開へ持っていくしかないんだもの。この五回裏を乗り切ることが出来れば、グラウンド整備が入る。身体を休める時間を幾分取れるわ。この裏さえ乗り切れば――)」

 

 優花(ゆうか)は、東亜(トーア)へ目を向ける。

 

「(でも、あの人が、都合の良いことを許してくれるハズはないわ。だから(ひじり)、みずき、出し惜しみは無しよ。全部使って、乗り切りなさい。まだ、打てる手はある――)」

 

 イニング間の投球練習が終わり、先頭バッターの真田(さなだ)がバッターボックスへ入る。タチバナバッテリーは、じっくり時間を掛けて、サイン交換。

 

(たちばな)六道(ろくどう)のサインに頷き、足を上げた――セーフティバント! 真田(さなだ)、バットを引いて判定は、ストライク! そして、今度は最初からバントの構えを見せます!』

 

「(やはり、走塁の疲労が抜け切れていないところ狙って揺さぶって来たぞ)」

「(言われなくても、分かってるわよ。てゆーか、これって、本気ってことでしょ? 潰しに来てる、私を、本気で!)」

「(まったく、そんな嬉しそうな顔をするな。とにかく、守備は野手陣(バック)に任せろ。みずきは、投げることだけに集中するんだ、いいな?)」

「(はいはい、りょーかい)」

 

 サインに頷き、二球目。外角のスライダー。

 

「(――際どい、ボールか? けど、そこは届くぜ!)」

 

 バット引いて、ヒッティング。三塁線を切れて、ファウル。

 

「(むっ、バスターでも、しっかり振り抜いてくる。中途半端な誘い球は、逆に危険か......?)」

 

 受け取った新しいボールのキズを確かめつつ、休ませる時間を作る。その姿に、理香(りか)は若干感心していた。

 

「意外と“したたか”ね。予選大会、甲子園も三回戦まで勝ち上がってきてるんだから当然なのかも知れないけど」

「フッ、全然あめぇーよ。俺なら、送りバントが決まった直後、滑り込んだ時に足首捻ったとか、テキトーな理由をでっち上げて、臨時代走を出させている」

「......そもそも、休ませざるを得ない機会を作らないのね」

「まーな。でだ、鳴海(なるみ)

「はい」

「何か、変化はあったか?」

 

 ベンチの奥で、水分補給と汗を拭っている片倉(かたくら)へ視線を送りながら聞く。

 

「いえ、正直コレと言っては。むしろ、ボールは走っています。帝王戦より腕も振れてますし」

 

 聞かれた鳴海(なるみ)も、東亜(トーア)と同様に違和感を覚えていた。みずきへ与えたフォアボール、あれはサインではなく、突然制球を乱した結果のフォアボール。

 

「......まあ、何かあれば、実際に受けているお前にしか気づけない予兆があるハズ。何でも構わない、すぐに知らせろ。不測の事態に備えて準備は進めておく」

「――はい!」

 

 真剣な表情(かお)で頷いた鳴海(なるみ)は、再びグラウンドへ視線を戻した。

 

『さあ、フルカウント。次が、六球目。膝下へ切れ込むユニークな高速の変化球! 真田(さなだ)、上手く捉えましたが、打球は上がりません! ファーストの横!』

 

「(ファーストゴロ!? 最悪だ!)」

「(任せろって言われても、行くしかないじゃんっ)」

 

 ファーストは打球の処理へ向かい、投げ終えたみずきはマウンドを降りて、一塁のベースカバーへ走る。

 

(たちばな)、任せろ!」

「あ、お願いしまーす!」

 

 みずきを制し、一塁ベースカバーにはセカンドが入った。

 逆シングルで捕球したファーストからの送球は、やや際どいタイミングになるも、先ずはしっかりワンナウトを奪った。

 

『アウト! 真田(さなだ)、自慢の俊足で内野安打かと思われましたが、ここは、タチバナ学園の守備が勝りました! ワンナウトランナー無しで、バッターボックスには前の打席、同点のタイムリーツーベースを打った葛城(かつらぎ)が立ちます!』

 

「(このバッターは、こういう場面では一番厄介な相手なのかも知れないぞ。先ずは、これで――)」

「(二打席目は、自分でもビックリするくらいインコースを上手く打てた。キャッチャーにも残っているハズ、なら――)」

 

 アウトコースボール球のストレートに対し、踏み込んで狙い打ち、逆方向へ上手く押っ付けた。元々悪球打ちを苦にしない葛城(かつらぎ)には、持って来いのボール。打球は一・二塁間を破り、ライト前ヒット。

 

「(――初球打ち、しまった、待球策だと決めつけすぎた......)」

「タイム、お願いします」

「あ、優花(ゆうか)先輩......」

 

『聖タチバナ学園、守備のタイムを取りました。ここで、伝令が出ます』

 

 優花(ゆうか)はタイムを取り、自ら伝令としてマウンドへ向かう。みずきを中心に内野陣が集まる。

 

「切り替えなさい。三番は、敬遠気味のフォアボールで歩かせる手もあるけど、一点を惜しんで大量失点なんてことになれば最悪よ。それこそ、もう取り返しがつかなくなるわ。三番、四番でひとつアウトを取れれば、今日当たっていない五番で切れる確率も高い。逆に、当たっている六番へチャンスで回さないことが重要よ」

「では、ここはバッター勝負に集中ということだな」

「ええ、その通り」

「まっ、最初から、そのつもりだし」

「では私たちは、無理にダブルプレーは狙わず定位置で守りましょう。(たちばな)さん、ボールが少し高めに浮いています。走塁の直後で疲労も残っていると思いますが、もう一度下半身を意識してください」

「おっけー」

 

 審判が注意を促しに来る前に、再度確認を行い各々戻っていく。ポジションに付いて、一死一塁から試合再開。三番奥居(おくい)が、バッターボックスで構える。

 

「(多少のボール球であろうと、タイミングさえ合えばお構いなしに狙って来る。ならば、ここからは全球勝負球のつもりで挑むぞ......!)」

 

 頷いたみずきの、奥居(おくい)への初球――。

 

「(握りは、真っ直ぐ――)」

 

 奥居(おくい)は、打ちに行きながら球種を見定める。

 

「(――緩い)」

 

 内角低めいっぱいに、スライダーが決まった。

 

「(いいコースだな~。前の二人には、そこそこ甘いボールもあったし、ちょっと粘ってみるか)」

 

 二球目、アウトコースのクレッセントムーンをカット、同じボールを続けた三球目を見極め、カウント1-2。

 

「(......簡単に見られた。やはり、このバッターは別格だ。この打者を打ち取れる配球――)」

「すんません、タイムお願いします」

 

 なかなかサインが決まらないことに奥居(おくい)は、間を嫌ってタイムを要求し、いったん、バッターボックスを外した。

 

「(結構、時間掛けるな。たぶん、スゲー悩んでる。けど、投手有利のカウントだし、まともなストライクはまず来ない。落ちる変化球は、スクリューだけだ。さっき当てられたけど、使ってくるか? とりあえず、頭に入れておくとして。さて、どうすっかな?)」

 

 奥居(おくい)は、素振りをしながら改めて守備位置を確認。

 

「(シフトは、定位置に近いぞ。となると......コレとか、面白いんじゃね?)」

「(えっ? マジか。けど確かに、頭にないかもな。オッケー)」

 

 奥居(おくい)が出したサインに一瞬驚いた葛城(かつらぎ)だったが「了解」と、ヘルメットに触れて答えた。奥居(おくい)がバッターボックスに戻り、試合再開直後のボールは――。

 

「(スクリューだ!)」

「なー!」

 

 テイクバックの握りで球種を読んだ奥居(おくい)は、バットを寝かせると打ち上げないようにボールを転がした。

 

『なんと! 奥居(おくい)、スリーバント! ボール球のスクリューボールを、上手くファースト方向へ転がした!』

 

 守備位置が定位置だったため、セカンドは間に合わないと判断した(ひじり)は、ベースカバーをみずきに任せざるを得ない。

 

「くっ、みずき!」

「まっかせなさいっ!」

 

『打球を処理したファースト、一塁へ送球! しかし、奥居(おくい)は足も速い! 際どいタイミング――』

 

 ベースカバーに入ったみずきのグラブに送球が収まる寸前、和花(のどか)が声を張った。

 

「サードです!」

「え......うっそでしょ!?」

 

 バットに当たる前のタイミングでスタートを切っていた葛城(かつらぎ)は、迷うことなくセカンドベースを蹴って、サードを狙っていた。優花(ゆうか)が二回に執った策と同じ、バント・エンドラン。一塁はアウトになったが、サードのタッチプレーは間に合わず、思惑通りサードを落とし入れた。二死三塁。

 

「(まさか、こんな手を使って来るだなんて――だけど、一番厄介な三番をアウトに取れたのは大きい。優花(ゆうか)先輩の狙い通りの展開だ。あとひとつ、四番、五番のどちらか取りやすい方で取ればいい)」

 

 気持ちを切り替え、マスクを被り直した(ひじり)は、マウンドへ戻ってきたみずきに声をかける。

 

「みずき、ツーアウトだぞ!」

「――分かってるって、ちゃっちゃと終わらせるわよっ」

 

 みずきも、(ひじり)の言葉に力強く答えた。

 しかし東亜(トーア)は、彼女の強気な声に混ざる不純物を汲み取った。

 

「おや、勝ち気な表情(かお)とは裏腹に案外と、脆い一面があるようだな」

「強がりってこと? けど、ちょっとくらい動揺しても仕方ないと思うけど」

「くくく、予め想定してしかるべきだろ。何せ、自分たちが同じ策を講じていたのだからな」

「確かに、ね」

 

 しかも、タチバナ学園の奇襲は不発に終わり、恋恋高校の奇襲は成功。この事実は、現時点でリードしているとはいえ、重く残る。更に、三イニング続けてのピンチを背負った場面での投球、身体の疲労に加え、精神的疲労も相当なモノ。

 

『ボール! 二球続けて、はっきりと分かるボール球! (たちばな)、ストライクが入りません!』

 

「(マズい。みずきは、打たれ強い方じゃない。いっそのこと歩かせて、プレッシャーに強い佐奈(さな)を――)」

 

 冷えないようにタオルを肩にかけて、ベンチの奥で涼んでいる佐奈(さな)に目を向ける。

 

「(......無理ね。今ここで代えたら、九回を戦い抜けない。佐奈(さな)の投入はどんなに早くても、次の回の頭から。それだけは、揺るがせない)」

 

 選手交代を思い止まった優花(ゆうか)は、グラウンドへ目を戻す。みずきは結局、四番の甲斐(かい)を歩かせ、五番の矢部(やべ)との勝負を選択。はるかを通し、指示を貰った矢部(やべ)は、気合い充分で打席に入る。

 

「さあ、来ーいでやんす!」

 

『ツーアウト三塁一塁、一打同点、長打が出れば逆転の場面で迎えるは、魅惑のメガネボーイ矢部(やべ)明雄(あきお)! 先の二打席は、夢城(ゆめしろ)優花(ゆうか)(たちばな)みずき、二人の魅力的な投球に手玉に取られましたが、この打席はどうか?』

 

「(フォアボールで歩かせた直後の初球は、危険だ。だが、またボール先行になれば後手に回る。ここで切らなければ――)」

 

『さあ、サインが決まりました。(たちばな)、ランナーを牽制し、矢部(やべ)への初球――甲斐(かい)、スタートを切った!』

 

「(盗塁、ディレイドか!? いや、違うっ)」

「(――初球でやんす!)」

 

 東亜(トーア)の指示は――初球は必ず、ストライクからボールになる、例の変化球で空振りを取りに来る。逆らわずに狙い打て。

 

矢部(やべ)、打った! ライナー性の打球が、ライトへ飛んだーッ!』

 

「ライト! 新島(にいじま)先輩!」

「くっ......!」

 

 懸命にグラブを伸ばすも、新島(にいじま)の前で打球は弾んだ。

 

『落ちたー! 矢部(やべ)の打球は、新島(にいじま)の前でワンバウンド! 三塁ランナーホームイン! スタートを切っていたファーストランナーもサードを蹴った! 新島(にいじま)、バックホームーッ! が、間に合いません! 恋恋高校、逆転ッ!』

 

「アウトー!」

 

『おっと、これは、セカンドのナイス判断! 送球をカットし、先の塁を狙った矢部(やべ)をタッチアウト。逆転は許しましたが、スリーアウトチェンジです!』

 

 しかし、矢部(やべ)のタイムリーヒットで逆転に成功。

 逆転の一打を浴びたみずきは、肩を落としてベンチへ戻る。

 

「すみません、絶対に打たれちゃいけない場面で......」

「いや、みずきのせいではない。私の責任だ。クレッセントムーンなら空振りを、あわよくば打ち取れると安易にいきすぎた。しっかり外さなければ、狙い打ってくる相手だと分かっていながら......」

「悔やんでも仕方ないわ。みずき、次の回に備えて、しっかり休息を取りなさい」

「えっ? 交代じゃないんですか?」

「なぜ? しっかり打ち取っていたわ。相手が、エンドランを仕掛けていなければ、ね」

 

 今の一打は、ファーストランナーの甲斐(かい)が走ったことで出来た内野の間を抜けた打球。仮に定位置であれば、セカンドへのハーフライナーで打ち取られていた。

 

「相手はまだ、捉えきれていないわ。結果的に、得点に繋がっただけ。それに――」

 

 優花(ゆうか)は、恋恋高校のベンチ前へ目を移した。みずきたちも、同じように見る。三人の目線の先には、あおいが、軽くキャッチボールをしている姿が映った。

 

「どうする? 降りるのなら望み通り、佐奈(さな)に継投するけど?」

「投げます!」

 

 あおいの姿を見て、みずきの眼に力が戻った。

 

「なら、アンダーシャツを着替えて、水分補給も済ませておきなさい。野手は、集合」

 

 野手陣を集めた優花(ゆうか)は、次の攻撃について話す。

 ネクストバッターズサークルから戻ってきた鳴海(なるみ)は守備の支度をしながら、東亜(トーア)と会話。

 

「見ての通り、保険は掛けた」

「はい、受けてきます。片倉(かたくら)くん」

 

 片倉(かたくら)とブルペンへ行き、軽く投球練習。

 

「問題、なさそうよ。ここから見ている限りは」

「だといいがな」

 

 グラウンド整備が終わり、試合は六回の攻防へ。

 四番から始まる聖タチバナ学園の攻撃は、セーフティバント、バスター、カット打ちと、五回裏の恋恋高校の攻撃を彷彿とさせる大胆な揺さぶりを仕掛けてきた。

 その意図は――。

 

「(エースがキャッチボールを始めた。つまり、何か特別な事情があるはず。いえ、もし何もなく、明日の準々決勝へ向けた肩慣らしだとしたら、私たちの勝ち目は完全に消滅。あると信じて向かっていくしかない......!)」

 

 フルカウントから粘って、次が八球目。

 

「(明らかに当てに来てる。なら、ここは球威で勝負!)」

「(――はい!)」

 

 頷いた片倉(かたくら)、ワインドアップから鳴海(なるみ)のミットへ目がけて腕を振った。

 

『空振り三振! 真ん中高めのストレート! そして、なんと今の一球――144キロを計測! 自己最速を大幅に更新しましたー!』

 

「タイム。瑠菜(るな)

「はい!」

 

 瑠菜(るな)が、マウンドへ走る。鳴海(なるみ)を交え、片倉(かたくら)と話していた瑠菜(るな)は、球審を呼んで事情を話し、片倉(かたくら)と一緒にベンチへ下がって行く。そして場内には、治療を知らせるアナウンスが流れた。突然の事に、騒然とする場内。

 

『何か、アクシデントでしょうか? 大ごとでなければいいのですが......』

 

 しばらくして、ベンチから選手が出てきた。

 それは、自己最速をマークした片倉(かたくら)ではなく、背番号1を背負った――早川(はやかわ)あおい。

 

『あーと、早川(はやかわ)あおいが出てきました。片倉(かたくら)は、ここで降板です。早川(はやかわ)は、そのまま八番に入ります』

 

 投球練習の最中、ダグアウトから戻ってきた理香(りか)は、東亜(トーア)に事態の報告。

 

「関節や靭帯に、異常は無かったわ。症状は、少し張っているくらいよ」

「負担が掛かりすぎた、と言ったところか」

「ええ、肘の付近に小さな青アザが出来てた。140キロ中盤のストレートの反動に耐えられる筋力が伴っていなかったのよ」

「それで?」

「本人は、痛みもないし、行けると言っていたけど......」

「しっかり治せ、と伝えておけ。つーか、戻ってきても無駄だ」

「あら、もう、交代を告げていたのね。さすがの判断力ね」

「間に合うんだろ?」

「ええ、決勝戦には間に合うわ。十分ね」

「そうか」

 

 理香(りか)は医務室へ戻り、東亜(トーア)はグラウンドへ目を戻した。投球練習が終わり、鳴海(なるみ)とあおいはマウンド上で口を隠して、言葉を交わす。

 

「緊急登板だけど、肩はどう? 足りなかったら、肩慣らしも兼ねて歩かせてもいいけど」

「ううん、大丈夫だよ。それに、安心させてあげなきゃっ!」

「だね。じゃあ頼んだよ」

「うん!」

 

 その言葉通り、あおいは後続を退けた。

 そして、彼女のピッチングに感化されたみずきも、ランナーを許したもののゼロで抑えた。七回、あおいは続投。タチバナ学園は、みずきから佐奈(さな)へスイッチ。恋恋高校は、四球などから追加点を奪ってリードを二点に広げた。

 試合は、終盤八回へ。ツーアウトから和花(のどか)にヒットを許すも、四番をマリンボールで打ち取る。

 そして、八回裏二点リードで迎える恋恋高校の攻撃。三番手の佐奈(さな)から、二つのフォアボールで再び追加点のチャンスを作った。優花(ゆうか)は七回裏に続いてタイムを使い、最後の伝令に出る。

 

「投げられる?」

「も、もうダメでぇ~す......メイクが落ちちゃいました~」

「おおっ!? 汗がドス黒いぞ?」

「夜道ですれ違ったら、逃げ出す自信があるな」

「ヒドいでぇすっ!」

 

 眉をつり上げて怒りながらも、肩で息をしている佐奈(さな)を見た優花(ゆうか)は、小さく息を吐いた。

 

「ハァ、無理みたいね。この炎天下の中、二回途中で七十球近くか、ずいぶんと投げさせられたわね」

「姉さん」

「ええ、頼むわ。佐奈(さな)、お疲れさま」

 

 優花(ゆうか)佐奈(さな)の肩に触れ、球審に選手の交代を告げる。マウンドに上がったのは、サードを守っていた和花(のどか)

 

『なんとなんと、聖タチバナ学園は夢城(ゆめしろ)姉妹の妹、夢城(ゆめしろ)和花(のどか)がマウンドへ上がりました!』

 

 東亜(トーア)は、理香(りか)に問いかけた。

 

「分かっただろ?」

「ええ、これが、ウチとの共通の弱点――」

 

 投手陣の駒不足。

 変則投手を相手に、例えファウルになろうとも、形を崩さずにきっちり振るという行為の本命、東亜(トーア)の送ったメッセージは「外す時は、しっかり外さないと痛い目をみるぞ」と、捕手に対してプレッシャーを与えるメッセージ。特に、同じタイプの投手が続く聖タチバナ学園の場合、その影響力は多大なモノだった。多少のボール球であろうと少しでも甘く入れば、長打を打たれるというプレッシャーは、確実に意識の中に刷り込まれ、ストライクとボールの区別がつき難かった制球の幅は徐々に大きくなっていった。

 それは、後半戦へ進むにつれて顕著に現れた。六回以降のフォアボール、そして、この回二つのフォアボールも、明らかなボール球。元々速い部類の投手ではないため、判断がつきやすくなれば、必然的に球数もかさむ。

 

「パワーピッチャーの近衛(このえ)が居るから幾分マシだが、本職ではない。ロングリリーフは、まず無理だ」

「本来なら明日以降の試合、片倉(かたくら)くんをロングリリーフへ据えたかったのね」

「別の方法を模索するまでだ。さて、あとは任せる」

「任せるって、まだ九回が残っているわよ?」

「フッ、もう決まりさ。アイツも、座っているだろ?」

 

 降板して以降は、殆ど座らずに采配を振るっていた優花(ゆうか)だったが。今は、みずきと佐奈(さな)と一緒にベンチに腰を降ろして、試合を見守っている。

 

『バッターは、奥居(おくい)。今日はまだ、ヒットがありません。ここで一打が生まれるでしょうか? そして、夢城(ゆめしろ)和花(のどか)のピッチングは果たして――』

 

 ピンチの場面、セットポジションからの投球。

 和花(のどか)の初球は、アウトコースいっぱいのストレート。

 

「(ふーん、結構いい球放るな。おっ、120キロ出てるし。スゲーな)」

 

 二球目もストレート、三球目もストレート。全て120キロ前後のストレート。

 

「(カウント・ツーエンドワンのバッティングカウントか。狙うなら、ここだ。真っ直ぐなら狙い打つぞ?)」

「(......苦しいが、和花(のどか)には、ストレートしかない。だが、制球力ならみずきたちと同等の力を持っている。悔いの無いように、ここだぞ!)」

「(分かりました。私も、全力で臨みます)」

 

 (ひじり)は、インコース高めへミット構えた。

 和花(のどか)も、ミットを目がけて全力で投げ込む。

 

「(インハイ――ナイスボール!)」

 

 快音を残した打球は、レフトの上空へ舞い上がった。

 バットを放り投げた奥居(おくい)は、ゆっくりと走り出し、レフトは、一歩も動かない。ただただ、自分の頭上の遥か上を飛んでいく白球を見送る。

 

『入りましたーッ! 奥居(おくい)、甲子園大会待望の第一号ホームランは、特大のスリーランホームラン! この土壇場、一気に突き放しましたー!』

 

 打球を見届けた優花(ゆうか)は、静かに目を閉じ。

 (ひじり)は、マウンドへ向かう。

 

和花(のどか)......」

 

 いつも無表情の和花(のどか)は、小さく微笑んでいた。

 

「完璧でしたね。あれほど飛ばされてしまうとは思いませんでした。秋の大会までに、変化球を覚えなければいけません。お手伝いしていただけますか?」

「――ああ、もちろんだぞ。来年は、私と和花(のどか)とみずき、三人で戻って来よう。また、甲子園へ......!」

「もちろん、そのつもりです」

 

 奥居(おくい)の一撃で、勝敗は完全に決した。

 聖タチバナ学園を破り、ベストエイトへと駒を進めた恋恋高校の次の相手は、覇堂高校に決まった。

 

 そして、プロ球界においても歴史を揺るがすような、大きな決断が下されようとしていた――。




次回は、児島(こじま)たちを中心とした話しになります。

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