7Game   作:ナナシの新人

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お待たせしました


New game21 ~メッセージ~

 五番から始まる四回表の攻撃を、多少多くの球数を使いながらも三人で退け裏の攻撃。東亜(トーア)は、この回先頭バッターの鳴海(なるみ)に自ら直接指示を出して、グラウンドへ送り出した。

 

「何を、指示したの?」

 

 ベンチに座り直した東亜(トーア)に、理香(りか)が聞く。

 

「なーに。行けると思ったら、迷わず狙っていけ、と言っただけさ」

「そう」

 

 話しを聞いた理香(りか)は、前へ向き直し。タチバナ学園ベンチは、東亜(トーア)が直接指示を送ったことに警戒心を強めた。

 

「(何か、指示が出たわ。どんな作戦を打ってくるか、常に警戒を怠らないように)」

 

 降板後、采配を振るう優花(ゆうか)は、バッテリーへ向けて注意を促す。

 

「(うむ。みずき)」

「(分かってるって。チャンスで四番に、送りバントさせてくる相手(チーム)なんて、今まで対戦したことないし)」

 

 鳴海(なるみ)に対するタチバナバッテリーの初球、外角低めのスライダー。慎重に、一番遠い逃げる変化球を選択した。

 

「(――来た、自分の形で!)」

 

 ストライクからボールになるスライダーを鳴海(なるみ)は迷わずに、自分の形で振り向いた。ややバットの先で捉えた打球は詰まりながらも、サード和花(のどか)の頭上を越えてポトリと落ちた。

 

『サードの後方、レフトの前へ落ちました! 鳴海(なるみ)、右へ左へ今日は二打数二安打、当たっています。そして、ノーアウトから勝ち越しのランナーが塁に出ました!』

 

 この結果に驚いていたのは、タチバナナインよりも、理香(りか)を始めとした恋恋ナインの方だった。

 

「今の、スライダーだったよね?」

「ええ、ストライクからボールになるスライダーよ。まるで、最初から狙っていたみたいだったわ」

 

 まさかの初球打ちを疑問に思う、あおいと瑠菜(るな)理香(りか)は、東亜(トーア)にことの真意を確かめる。

 

矢部(やべ)くんが打たされた、例の変化球を探るんじゃなかったの?」

「誰が、そんなことを言った? 俺はただ、『行けると思ったら、迷わず狙っていけ』と言っただけだ。当然、例の変化球も含めてな」

「......だけど今のは、ボール球だったわよ? フォームの歪みは?」

「それも言った。打たされずに、打てばいいと。自分の形で振れさえすれば、ボール球だろうと問題ない。ファウルなら打ち直し、上手く行けば今の様にヒットになる。特別問題はない。そしてこれで、お膳立ては調った」

 

 七番藤堂(とうどう)はツーボールの後、手堅く送りバントを決めて、一死二塁、勝ち越しのランナーをスコアリングポジショニングへ進めた。

 

「警戒していたけど、素直に送らせてくれたわね、例の変化球も使わなかったし」

「二球様子を見て、強行策はないと断定した。シフトからみてもアレは、ゴロを打たせるための変化球(ボール)。相手にとっては、鳴海(なるみ)がセカンドに居ることよりも、ランナーが入れ替わって、藤堂(とうどう)が残ることを嫌った」

 

 ランナーが居ても、タメがやや長いフォームのため、優花(ゆうか)の時以上に盗塁は容易い。二盗、三盗からの内野ゴロで一点という状況になってしまう可能性を嫌った。

 

「あれ? じゃあ、送りバントは、相手の思惑通りってことですよね?」

 

 芽衣香(めいか)が、首をかしげた。

 

「同時に、こちらの思惑通りでもある。片倉(かたくら)は左打者、送球の邪魔になる障害物(カベ)がない訳だから三盗のリスクも軽減される。バッテリーは、バッター勝負に専念出来るということだ。つまり?」

「あっ、バッターを打ち取りに来るんだ、例の変化球で!」

「そういうことだ」

 

 芽衣香(めいか)の疑問に答えた東亜(トーア)は、タチバナバッテリーへ視線を移した。

 

「試合中はもちろん、練習、ベンチでの仕草や挙動を注意深く、神経を研ぎ澄ませ、観察していると。相手の思考や思惑、内情までもが透けて見えてくるような感覚を覚える。しかしそれはまだ、ほんの僅かな上澄み過ぎない。更に一歩、奥深くへと踏み込む。時に、己の首を差し出し、刺し違えてでも掬い取る。心理の奥底にあるモノを、根こそぎ、全て――」

 

 不気味さと緊張感が入り混ざった妙な静けさが、ベンチ内を漂う。その空気を消し飛ばすかのように、不気味な雰囲気を醸し出していた張本人である東亜(トーア)は、軽く笑って見せた。

 

「そこまで踏み込めなんて言わねーよ。見えなくていいものまで、見えてしまうこともあるからな」

「そう言われると、逆に見てみたいような気が......」

「本当に、知りたいのか?」

「やっぱり、いいです!」

 

 念を押され、慌てて首を横に振る芽衣香(めいか)

 

「フッ、まあ、観察力は何かと役に立つ。例えば、キャッチャーのリードから、相手投手陣の力量や台所事情を探ることも可能だ」

「キャッチャーのリードから、ですか?」

 

「分かりやすく行くか」と、瑠菜(るな)の質問に答えるため試合を見ながら解説を行う。カウントは今、ワンエンドワン。みずきは、いったんプレートを外し、ロジンバッグを手に間を取っている。

 

片倉(かたくら)へ対して初球は、内角のストレートから入った。見逃しのストライク。二球目は、外角のスライダー。鳴海(なるみ)にレフト前へ運ばれたコースよりも外へ逃げる、ボール球。次の一球が、重要な意味を持つ。打たせに来るのか、それとも、カウントを整えに来るか......」

 

 サインに頷いたみずきの三球目、初球よりもやや甘めのインコース。

 

「(――初球のストレートよりも緩い、スライダー? いや、違う。これは、スクリューだ......!)」

 

 沈む変化球に、咄嗟に左手を離し、右手一本で辛うじて当てた。打ち損なった打球は高く上がり、一塁側の防護ネットに当たって、ファウルグラウンドへ跳ね返った。

 

「何とか食らいついたって感じね。でも、いいの?」

「アイツは、例外。好きに打てと伝えている。中ゼロ日の連戦での出場を回避させ、以降は調整に専念させる。多少崩れても、修正時間に余裕がある」

「なるほど、ね」

 

 理由を聞いた理香(りか)は、納得した様子で小さく頷いた。

 

「でだ。今の一球で判明したことは、バッテリーは、早めの勝負を望んでいるということ。次は、例の変化球で来る。追い込んでいる訳だから、必ず手を出してくると計算した上で」

「なら、また調べさせる? 夢城(ゆめしろ)さんの、スクリューボールを調べた時のように」

「いや、今回は、あえて打ちにいかせる。打ちにいくことで、二通目のメッセージを送る」

「二通目?」

「一通目は、既に送信済み。相手も受託している。それも、確認済み。正確には、“今も、送り続けている”か。一時的に寄り戻したが、意識の中には刻まれている。そいつを、より一層意識させるためのメッセージ」

 

 はるかを通し、フリーとサインを受け取った片倉(かたくら)は頷いて、バットを構える。

 

「(スクリューは、前の投手の方が大きく変化した。ストレートとスライダーは、少し速い。でも、基本的に両サイドの低めの出し入れで組み立てるところは共通してる。ストレート、スライダー、スクリュー、三つも見せて貰った。どれも決め球になる様なボールじゃなかった。となると――)」

 

 矢部(やべ)を打ち取った、決め球で勝負に来る。

 読み通り、ピッチャー有利のカウントから、その変化球が放られた。

 

「(速い、ストレート......沈んで、曲がった!?)」

 

 膝下へ沈みながら食い込むような独特の変化する、ストレートと球速差が小さい変化球を打たされてしまった。ファーストへの、平凡なフライ。セカンドランナー鳴海(なるみ)は動けず、ツーアウトランナー二塁。

 

「ナイスピッチだぞ、みずき!」

「ふふーん、当然の結果よね~! ツーアウトー!」

 

 バックを盛り上げ、ラストバッターの香月(こうづき)を迎え打つ。打席で対峙した印象を彼女に伝えた片倉(かたくら)が、ベンチへ戻ってきた。瑠菜(るな)がさっそく、打席での印象を尋ねる。

 

「どうだった?」

矢部(やべ)先輩が言っていた通りでした。手元で沈んで、大きく変化して食い込んできました。少なくとも、スクリューではないです」

「利き腕の方向へ変化する速球系のボールなら......シュートか、ツーシームかしら?」

「いえ、シュートよりも速くて、ツーシームより変化は大きいです」

「ふたつの特徴をミックスしたボール? その上、手元で沈む変化球なんて聞いたことないけど......」

「そう、深く考え込むな。術中に嵌まるぞ」

 

 目を落として、考え込んでいた瑠菜(るな)は、東亜(トーア)の声を聞いて顔を上げた。

 

「まだツーアウト、チャンスは続いている。はるか、片倉(かたくら)の時と同様、終始フリーサインで行く」

「はいっ!」

 

『ベンチからのサインを受け取った香月(こうづき)が、右のバッターボックスで構えます! (たちばな)、このピンチを無失点で切り抜けることが出来るか?』

 

 初球、内角低めいっぱいのストレート。

 

『クロスファイアー! 対角線上、膝下へズバッと来ました! 香月(こうづき)、空振り!』

 

 みずきは、先の優花(ゆうか)よりも一塁寄りから投げ放る。対角線上へ来るクロスファイアーのストレートには、より角度が加わる、右バッターに対して強力な武器。今までの経験上、強打者に対しても十分に有効に働くと把握している(ひじり)も、惜しみなく使っていく。二球目は、初球よりボールひとつ分内側へ外したストレート。芯を外し、バットの根本付近に当たった打球は、三塁線へのボテボテのゴロ。ラインを切れて行き、ファウル。香月(こうづき)を、二球で追い込んだ。

 

「(今のは、ボールだったかな? 追い込まれちゃったし、ゾーンを少し広めに意識していかないと......!)」

 

 意識を新たに構え直す、香月(こうづき)

 反対に(ひじり)は、頭を悩ませていた。

 

「(......追い込んだのは、追い込んだんだが)」

「(どうする? 三球勝負に行く? タイミングは、合ってなさそうだけど?)」

「(確かに、タイミングは合ってない。ただ、当ててきた。それに......)」

 

 (ひじり)は、前回の打席を思い返す。優花(ゆうか)のストレートを、肘を畳んで上手く捌いたバッティング。外角のスクリューに対しても、しっかり振ってきたことを。

 

「(ここは先に、緩い変化球を見せておくべきだったか。ツーアウト、ランナーはスタートを切る。打球によってはワンヒットで、勝ち越されるぞ)」

 

 今のは、腰を引かせるために要求したボール。そして、ボールにしておきたかった一球。初回の優花(ゆうか)と、同じ立場に立ってしまった。平行カウントにして、緩い変化球を見せ球にしたかったが、先に追い込んでしまったことで、逆に変化球を要求し辛くなってしまった。

 

「(いったん、間を取りたいところだが......今取ると、変化球を見せたい狙いが読まれるかも知れない。それなら――)」

 

 みずきへ視線を戻した(ひじり)は、サインを送った。頷いたみずきはセットポジションに入り、ボールをやや長く持って、(ひじり)の合図でクルッときびすを返す。

 

『セカンド牽制! 判定は、セーフ。鳴海(なるみ)は、足から戻りました。タチバナバッテリーは、ランナーの警戒も怠りません!』

 

 ベースカバーに入ったショートから、みずきへボールが返される。集中していたところでの牽制球に香月(こうづき)は、一息ついた。

 

「(よし、ひとまず間を取れた。これで、外角の変化球も使えるし。もう一度、インコースを行けるぞ)」

「(そう、それでいいのよ。間を取る方法は、ひとつじゃないわ。他にも、こう言う方法もあるのよ。それに今ので、牽制があることをランナーに意識させられた)」

 

 優花(ゆうか)は、外野手を気持ち前進させるよう指示を送り、(ひじり)を通じて、ナインたちへ伝達。外野手が、定位置から一歩前へポジションを変える。

 

『三球目、外の変化球。これは外れて、ボール!』

 

 スクリューを外角へ外し、四球目。 外から入ってくるスライダーをカットして、ファウル。カウント変わらず1-2。

 

「(やはり、あからさまなボール球以外は手を出しくる。だったら、振って貰うぞ)」

「(もう、待たせ過ぎよ!)」

 

「三球勝負で、よかったのに!」と、やや不満げな表情(かお)でサインに頷いた、みずきの勝負球――外角へ逃げていく変化球で空振り三振に切って取り、負け越しのピンチを脱した。

 

「最後のボール、テイクバック時の握りは見えたか?」

 

 ベンチへ戻ってきた香月(こうづき)に、東亜(トーア)は尋ねる。

 

「はい。えっと、ストレートとスライダーと同じ握りでした」

「そうか、分かった」

「はい、グラブと帽子。防具は、片付けとくから」

「ありがと。行ってきまーすっ」

 

 藤村(ふじむら)に礼を言って、グラウンドへ駆け出していった。

 機嫌良く、ベンチでドリンクを飲んでいるみずきを見て、東亜(トーア)は笑みを浮かべた。

 

「クックック......見えたな。あの変化球は、速球だ」

「速球......と言うと、ファストボールですか?」

「それって、ヒロぴーと同じ?」

「正確には、速球の亜種。原理で言えば、お前の“マリンボール”に近いと言った方が解りやすい」

「ボクの、“マリンボール”に近い、ファストボール?」

 

 変化球と速球、相反するふたつの球種を複合させたボール。

 

「サイドスローの特性と背中を向けるフォームの遠心力をフルに活用した、ボール。あのボールの最大の特徴と言って差し支えない独特な軌道の正体は――回転軸にある」

 

 一般的なストレートは、地面と平行に近い回転軸になるように投げる。

 しかし、みずきが投げる、まるで三日月の様な変化をする変化球――“クレッセントムーン”は、回転軸がほぼ垂直に近い。そのため揚力が生まれず、重力と横回転の影響を受け、若干沈みながら利き手方向へと流れて行く。

 

「ストレートとスライダーをリリースで投げ分けられるほど器用。背中を見せるほどの長いタメ、おそらく、通常のストレートと同等以上の回転を掛けて放っている。元々シュート回転しがちなサイドスローのウイークポイントを逆手に取って、強力な武器へと変貌させた」

「それで、ストレートに近い球速で変化球の様に大きく曲がるのね......とんでもないボールね」

「あの、それで、あおいの“マリンボール”に近いと言うのは?」

 

 感心している理香(りか)の隣から、瑠菜(るな)が改めて聞いた。

 

「“マリンボール”も、球速と変化を両立させているだろ。方向性が違うというだけの話しさ」

「方向性、回転軸......そっか、あおいの“マリンボール”は、横ではなく、縦に作用させているんですね!」

「その通り。それが、“マリンボール”の正体」

 

 東條(とうじょう)へ投げた高速シンカーを会得しようと躍起になっていたあおいは、海で自然に落下したボールを見て閃いた。それまでは、シンカーをベースに試行錯誤をしていたため抜くように放っていたのを、通常のシンカーよりも回転を掛け、更に自由落下を利用し、より縦に近い変化へと変えることで、球速と変化を両立させた。

 

「あーあ、バレちゃった~」

「くくく、しかも“マリンボール”は、ストレートと同じく、いったん浮くような軌道から急降下するため見極めは困難。まったく、タチの悪い変化球だ」

「それ、よろこんでいいんですか......?」

 

 微妙な表情(かお)をしているあおいに対し「好きにしろよ」と、笑って見せた東亜(トーア)は、グラウンドへと目を戻す。片倉(かたくら)が、幸先よく八番をアウトに取ったところだった。

 

「とにかく、決め球の秘密は判明した。次は、攻略だ」

 

 視線の先には、バッターボックスへ向かうみずきの姿があった。

 


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