7Game   作:ナナシの新人

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New game20 ~姿勢~

 三回裏、同点のタイムリーを打たれた優花(ゆうか)は、二番手の(たちばな)みずきがマウンドへ来るギリギリまで(ひじり)と言葉を交わし、客席から大きな拍手が送られる中をベンチへ下がった。

 

「ここで、ピッチャー交代か。判断が速いな」

 

 早めにスタジアムへ来て、試合中継をロッカールームのテレビで高見(たかみ)と共に観戦しているトマスは、投球練習を始めたみずきの姿を見ながら言う。

 

「いや、ベストな判断なのかも知れない」

 

 初回の守備で若干欲張ったとはいえ、その後は、しっかりと各打者の情報を収集し、最後はキャッチャーの(ひじり)に主導権を渡した上で、致命傷を負う前に自ら引いた。

 

「理想を言えば四回の頭、最悪二死でスイッチしたかったんだろうけど。打者の力量を探るピッチングで球数はかさんでいたし、何より嫌な流れを切る狙いもあったんだろう」

「想定外のタイムリーで傾きかけた勢いを選手交代を利用してリセットした訳か、見事な引き際だな。それにしても、ずいぶんと伸びたな、今の打球――」

 

 ちょうど今、内角低めの難しいコースのスクリューをファウルゾーンへ切れずにレフトオーバーの同点タイムリーシーンのリプレイ映像が放送されている。

 

「しっかり芯で捉えていた、狙っていたスクリューボールを。ただ、バッテリーにとって誤算だったのは、タイミングを外したことで逆に合ってしまった。今の一打は、前へと踏み出す前進運動ではなく、回転運動で運んだ一打だ」

「回転運動? まさか、それは......」

「そう、今のは、軸固定回転(ローテイショナル)打法だ。擬似的なね」

 

 先に足を着き、軸が固定した後から振り抜いた一打。

 鳴海(なるみ)の様に前で捉えた訳でも、オープンステップで捉えた訳でもないため、打球は大きく切れることなく、外野の頭を越えた。

 

「もう一度打て、と言われても狙って出来るようなバッティングじゃない」

「マグレだったとしても、決め球のスクリューを狙った結果か。けど、結構マズくないか? 追えば、泥沼に沈みかねないぞ。渡久地(とくち)にしてやられた、オレたちにように――」

「どうかな? 彼は、チームプレーを最優先に置いている。相手投手の情報を引き出すためのカット打ち、バント、右打ち、選球眼、情報を得るためならば見逃し三振も仕方がないと割り切れるタイプだからね」

「数字には残らないが、自身の役割を理解して、期待に応えられるタイプのバッターか。粘っている間に、甘く入ったボールをヒットに出来る技術も持っている。もし、長打が加わるとなれば、守る側としては厄介この上ない打者になるな」

「しかし、二兎を追う者は一兎をも得ず――」

 

「それこそ今持っている、長所を削りかねないよ」と、言いかけたところで。高見(たかみ)のスマホに、メッセージが届いた。メッセージの差し出し人は、児島(こじま)弘道(ひろみち)。内容を確認した高見(たかみ)は、絶句した。

 

「どうした? (いつき)

 

 高見(たかみ)は、届いたメッセージをトマスに見せる。

 

「お、おい、こいつは......」

「ああ、これは――」

 

 ――大変なことになりそうだ。

 児島(こじま)から送られてきたメッセージには、臨時の選手会会議と議題の内容が明記されていた。

 

 

           * * *

 

 

「みずき! ラストだぞ!」

「オッケー、いっくわよーっ!」

 

 みずきの投げたボールは、(ひじり)が構えたミットが動くことなくピシャリと収まった。

 

「コントロールはいつも通り、気負いもなさそうね」

「お疲れさまでぇす。控え室へ行ってきまーす」

 

 キャッチボールから戻って来てそうそう、試合を観ようともせずにベンチ裏へ行こうとした佐奈(さな)を、優花(ゆうか)は呼び止める。

 

「何をしに行くの?」

「汗をかいたので、着替えてきまぁす。夢城(ゆめしろ)さんも、スゴい汗ですよぉ?」

 

 指摘された通り額も、首筋も、アンダーシャツにも大量の汗が滲んでいた。

 

「......この回の守りが終わったら、着替えるわ」

「そうですかぁ。では、お先に失礼しま~す」

「肩を冷やさないように、長居しないようになさい」

「は~い」

 

 鼻歌交じりに上機嫌で、ベンチ裏へ入って行った佐奈(さな)を見送った優花(ゆうか)は、試合を観やすい席に座り、アイシングを左腕に取り付け、逆手に持ったタオルで汗を拭う。

 

「飲み物、置いておきますね」

「ええ、ありがとう」

 

 タオルを膝の上に置き、マネージャーが用意してくれたスポーツドリンクを口に運び、大きく息を吐いた。

 

「(......結局、三回保たなかったわね。けど、ここで切れば、まだ勝負は五分。マウンドを降りても出来ることはあるわ。ここからは、采配に集中――!)」

 

 大きく吐いた息と一緒に後悔の念を出し切った優花(ゆうか)は、まっすぐ顔を上げた。

 

「切り替え速いな、アイツ。瞬時に、試合へと意識を戻した」

「強いわね。普通なら、失点を取り返そうと躍起になりそうなものなのに。躊躇なく、後輩へ託せるだなんて......」

「無名校で甲子園三回戦まで来た実績、勝負感もそこそこある、頭も切れる。おそらく、東京(こっち)へ進学するだろう。口説いて、横に付けたらどうだ?」

「そうね、考えておくわ、試合が終わったあとにね。今は、勝負に集中。余計なことを考えて、勝負所を見落とす何てことになれば、今まで積み上げてきたモノの全てが無駄になるもの......!」

「フッ、それでいい」

 

 東亜(トーア)は悠然と、理香(りか)は真剣な表情、対照的な表情(かお)で二人は、グラウンドへと目を戻した。

 

『二番手でマウンドに上がった、(たちばな)みずきの投球練習が終わりました。ワンナウト二塁、バッターは奥居(おくい)! 第一打席は、痛烈なピッチャー返しを夢城(ゆめしろ)優花(ゆうか)に阻まれ、結果的に内野ゴロに打ち取られました。奇しくも同じアウトカウント、ランナー二塁の場面。ピッチャーは代わりましたが、どう迎え撃つか? どう抑えるのか? 注目して参りましょーッ!』

 

「(オイラのところで交代か。データによると持ち球は、ストレート、スライダー、スクリュー。夢城(ゆめしろ)姉とほぼ同じスタイルで、同じサイドスロー。ただ、球速は若干上。サインは、フリーか。なら、様子を見つつ追い込まれたら進塁打、と)」

 

 優花(ゆうか)との対戦経験を元に、みずきに対するイメージを持ち、右打席に立った奥居(おくい)

 

「(このバッターは、タイミングさえ合えば初球から振ってくる。甘いコースは厳禁だぞ)」

「(はいはい、分かってるわよ)」

 

 セットポジションについたみずきは、セカンドランナーの葛城(かつらぎ)を目で制し、投球モーションに入った。バッターへ背中を見せるような独特なサイドスロー。

 

(たちばな)の一球目は慎重に、外角のボール球から入ってきました』

 

「(球速は、115キロか。数字より来てるな。タイミングは結構取りづらいタイプ。だけど、テイクバックで握りが丸見えだぞ?)」

 

 二球目は、インコース低め。振りに行った奥居(おくい)は、途中でバットを止めた。見逃しのストライク。

 

「(手元で小さく曲がった、スライダー......ストレートと同じ握りから、リリースで投げ分けられるのか。結構、厄介かも)」

「(むぅ、手を出してくれないな。大抵のバッターは、引っかけてくれるんだが。ここは、丁寧に攻めるぞ)」

 

 出されたサインにみずきは、やや不満げな表情(かお)を見せる。

 

「(なによ、ちょっと弱気なんじゃないの?)」

「(ここは、無理をする場面ではないだけだぞ。このバッターは初球を打った、データ不足でもあるんだ。三巡目以降のことを考えれば、歩かせても仕方がない。いざとなれば、あのボールで内野ゴロを打たせればいいんだ)」

「(ふーん、そう言うことなら従ってあげるけど~)」

 

 三球目、初球よりも外角のストレート。四球目は、同じコースからのスライダー。二球とも見送って、スリーボール・ワンストライク。

 

「(まったく反応しない。少しでも動いてくれれば、狙いも見えてくるのだが......)」

「タイムっ!」

 

 タイムをかけたみずきは手招きして、(ひじり)をマウンドへ呼ぶ。

 

「どうした? みずき」

「どうした? じゃないわよ。これじゃあ、ただ逃げてるだけじゃんっ」

「逃げているわけではないぞ。しっかり目的を持って――」

「あからさまなボール球を続けることがっ? 手を出させなきゃ意味ないじゃんっ」

 

「まったく、こんな時に......!」マウンド上の二人から、険悪な雰囲気を感じ取った優花(ゆうか)が立ち上がる。

 

「私だって、分かってるって。今日の相手は今までの相手と違って、私たちを見下してないことくらいね。優花(ゆうか)先輩に、何て言われたのよ?」

「まだ、同点だから。慎重になりすぎて、守りには入るな」

「でしょ? 私の良いところ、全部を引き出しなさい。それは、あんたにしか出来ないんだからっ」

「......分かった」

 

 グラブを軽く合わせた二人は、お互いのポジションへ戻る。

 その様子を見た優花(ゆうか)も「どうやら、大丈夫そうね」と思い止まり、ベンチに座り直した。

 

「お待たせしました」

「うむ。プレイ!」

 

 マスクを被って腰を下ろした(ひじり)は、目を閉じる。

 

「(みずきの言う通りだ。まだ序盤、勝ち越している訳でもなしに守りに入る状況じゃない。あくまでも、攻めの姿勢で行った上で探るぞ!)」

 

 目を開いた(ひじり)から出されたサインに、みずきは大きく頷いて、五球目を投げる。

 

「(いっくわよー! 優花(ゆうか)先輩直伝スクリュー!)」

「なっ!?」

「あっ!」

 

 リリースした瞬間、(ひじり)とみずきが揃って声を上げた。

 

「いてぇっ!?」

「デッドボール!」

 

『おーっと! ベースの前でワンバウンドしたボールが、奥居(おくい)に直撃! デッドボール! これは、双方にとって痛い一球となりましたー』

 

「大丈夫かしらっ?」

「まあ、バウンドしていたから問題ないだろが。おーい、誰か、冷却スプレー持ってってやれ」

「はーい、行ってきまーす」

 

 スプレーを持って芽衣香(めいか)は、バッターボックスへ向かった。患部を冷やして貰ってる間に、レガースと肘当てを外した奥居(おくい)は、念のためジャンプして足の感触を確かめながら一塁へ向かって歩く。

 

「ごっめ~ん!」

「いいわよ、大したことないから」

「おうよ、気にすんなーって。なんで、お前が応えてんだよ」

「いいでしょ、本当のことだし。じゃあね」

「ったく、少しは心配しろっての」

 

 芽衣香(めいか)はベンチへ戻り、奥居(おくい)はファーストベースへ。

 

「どう? 奥居(おくい)くんの、足の様子は?」

「すね当てに当たっただけでした。条件反射で叫んだみたいです」

「そう」

 

 芽衣香(めいか)から特に問題がないと聞いた理香(りか)は、ホッと胸をなで下ろした。

 

「みずき!」

「分かってるわよー。ボール、ちょうだいっ」

「まったく......」

 

『どうやら奥居(おくい)は、大事に至らなかったようで一安心。しかし、一死二塁一塁となり、四番を迎えます! タチバナバッテリー、このピンチを凌げるか? それとも、四番の仕事をやってのけるか? 注目して参りましょう!』

 

「(みずきの表情(かお)から見て、少し力が入りすぎただけみたいね。(ひじり)の方も、今のデッドボールで落ち着いたわ。次は、四番。本来の力を発揮出来れば、このピンチも乗り切れるハズよ)」

 

 優花(ゆうか)から(ひじり)へ、守備のサインが送られた。指示を受けた(ひじり)は、内野陣へ伝達。サードの和花(のどか)はそのまま、セカンドとショートは前へ出て、やや右寄りへポジションを変更。

 

「やや右寄りのゲッツーシフト。だけど、サードは定位置ね」

「ゴロを右へ打たせる自信があるんだろう。相当にな」

「右方向へゴロ打たせるボール......勝負球は、外角の変化球?」

「そう思い込ませ、内角を引っ張らせることが狙いかも知れないな。サードのポジショニングからすれば」

「......右へ打たせることが狙いって言ったのは、あなたでしょ?」

「くくく、考え方はいくらでもあるということさ。現に迷っただろ? こういった場合は、迷いを断ちきらせてやればいい。はるか」

「はいっ」

 

 はるかから、甲斐(かい)へサインが送られる。了解、と頷いてバッターボックスに入る。

 

「(結果的に一塁が埋まったけど、初球から行く?)」

「(いや、一球内側を見せるぞ。確実に打たせるためにな)」

「(りょーかい)」

 

『サインが決まりました! (たちばな)、ランナーに睨みを利かせ、第一球を――なんと、バントだ!』

 

「えっ? うっそ!」

「なーっ!?」

 

 モーションに入った瞬間、甲斐(かい)は、バットを寝かせた。セーフティではなく、しっかりと腰を落として構えた送りバント。三塁側へ転がった打球を、サード和花(のどか)が処理し、ファーストでアウトを取った。

 

「ここで、バントって......」

「例えツーアウトになろうとも、ランナーがサードにいれば投手は気を使う。ついでに矢部(やべ)も、打つしかなくなった。両者の迷いを断ちきった。そして――」

 

 内野シフトを見て、笑みを浮かべた。

 

「フッ、決まったな」

「ショートは戻って、セカンドは右寄りのままで、外野はやや前進。流し打ちを警戒している?」

「勝負球は、外角。それも、外へ逃げる変化球だ」

「なら、やることは同じ。追いかけないで振り切る」

「そういうことだ」

 

 甲斐(かい)とタッチを交わした矢部(やべ)が、入れ替わりでバッターボックスで構える。

 

「さあ、来ーいでやんすー!」

「(四番でもバントをするチームとは知っていたが、まさかここでしてくるとは......。次の六番には、優花(ゆうか)先輩のスクリューを打たれている。もう、待ったなしだぞ!)」

「(オッケー、初球から仕留めに行くのね)」

 

 気合い十分の矢部(やべ)よりも、ネクストの鳴海(なるみ)のことを警戒して、初球から勝負へ行く。東亜(トーア)の読み通り、外角のボール。

 

「(速い、これはストレートで......落ちたでやんす!?)」

 

 矢部(やべ)がストレートと思ったボールは若干沈み、その上――。

 

『外角の変化球を引っかけてしまった! 予め右寄りにポジションを取っていたセカンド正面へのゴロ! 慎重に捌いて、一塁へ送球――アウト! 矢部(やべ)、ヘッドスライディングも一歩及びませんでしたー!』

 

「よっしっ!」

「みずき、ナイスピッチだぞ!」

 

 ピンチを凌ぎ、意気揚々とベンチへ戻るタチバナナインとは対照的に、ユニフォームを土で汚した矢部(やべ)は重い足取りで戻って来た。

 

「申し訳ないでやんす......」

「落ち込んでたって始まんねーよ。それで?」

「はいでやんす。ストレートが沈んだと思ったら、曲がりながら逃げていったでやんす!」

「ストレートが沈んで......曲がりながら逃げた? どう言うこと?」

 

 理香(りか)は、更に突っこんで聞く。

 

「前のピッチャーのスクリューとも違う、初めて見る軌道の変化球でしたでやんす」

「とにかく、打席のことは引きずるな。取り返すチャンスは、いずれ来る」

「はいでやんす! 守備で貢献してくるでやんす!」

 

 ビシッと敬礼して、グラブを持つとグラウンドへ走っていった。

 

「いったい、何を打たされたのかしら?」

「さあな、情報が少なすぎる。どうにせよ、何かしらのカラクリはある。仕掛けを暴けばいいまでのこと。やることは変わらないさ。まったく、厄介な相手だな」

 

 そう言いつつも、どこか楽しんでいるような笑って見せる東亜(トーア)だった。


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