『三回裏恋恋高校の攻撃は、ラストバッター
イニング間の投球練習を行っている
「(右バッターのあたしには、外角低めへ逃げる変化球。それを、しっかり......あれ? 外角に逃げるスクリューは、追いかけちゃだめ。でも、しっかりと振り切る。だけど......)」
ある疑問が頭に浮かんだ
「どうしたのかしら? 何だか、戸惑ってるみたいな
「気づいたんだろ。スクリューを打とうとすると、バットが届かないってことにな」
「バットが、届かない......? あ。そっか、あの子――」
「指示は?」
「届かないのなら届くようにすればいいだけのことだろ。猿でも頭を使うぞ」
「(......自分で考えて工夫しろ、か。だけど、そうだよね。先輩たちは、自分たちで考えて打開策を見出して来た。甲子園に来てからは、特に......。よーし、とにかく、やってみよう。やってみないことには、何も始まらないっ)」
イニング間の投球練習が終わり、球審に呼ばれた
「(この子は、二回戦で外野の守備固めで出場しているけど、甲子園では初打席。地区予選は、ノーヒット。打席結果の内訳は――)」
「(見逃しと空振りの三振が合わせて、三つ。内野ゴロと送りバントがひとつずつの計二つだ)」
「(そう。つまり、内野を越すような打球はない。予選の時と変わらず、バットも短く構えているから、低めのボール球を引っかけさせてゴロを打って貰う)」
ゆったりと足を上げる
「(ストレート? 違う、ここから曲がるっ!)」
狙えと指示された、スクリューボール。
「(......追いかけちゃだめ!)」
『空振り!
「(何とか追いかけずに振れたけど、やっぱり届かないか......ちょっと工夫して――)」
今の一球を受けて、若干内寄りに立ち位置を変えた。
「(ん? 気持ち内寄りに立ったぞ。スクリューに意識がいっているようだ。それなら、これで――)」
二球目は一転して、右打者の対角線上へクロスして食い込んでくるクロスファイアーのストレート。
「ファールッ!」
『インコース厳しいストレートに上手く対応しましたが、三塁側のスタンドへと切れていきました。タチバナバッテリー、ツーナッシングと二球で追い込みました!』
理想的な形で追い込んだにも関わらず、タチバナバッテリーは楽観出来ないでいた。何故なら。
「(インコース低めいっぱいのストレートを――)」
「(内野スタンドの中段まで運ばれたぞ......)」
結果はファウルだったとは言え、「長打は無い」と思っていたところへ計算外の打球。そしてそれは、打った
「フッ、別に驚くようなことでもないだろうに」
「パンチ力が付いた要因は、やっぱりあの練習の成果よね」
「嫌というほど、体に覚え込ませたからな」
* * *
「
予選前、ミゾットスポーツクラブでの個人練習。
室内練習場のベンチに座っていた
「
「オッケーよ。あなたも、準備いいわね?」
「うっす!」
「とりあえず、キャッチボールしてみろ」
「あ、はい」
「本当に、真逆ね」
「......なるほど、原因は解った。
「
キャッチボールを止めさせ、二人をブルペンへ連れていく。
程なくして、指定した二人を連れた
「さてと。お前たちには今から、ピッチング練習をしてもらう」
「あたしたちが、ピッチング練習......ですか?」
戸惑いながらも、言われるがままマウンドに立つ、
「よっしゃ、来ーい!」
「先輩、燃えてますね」
「マスク被るの久々だからな!」
「あはは、それでですか。じゃあ俺も。オッケー、いつでもいいよ!」
気合い十分にミットを構える、二人。
「アイツらは気にせず投げろ。それから、コイツを――」
「えっと、これは......?」
「う、動かせない......」
「当然だ。肩が開かないようにすることが目的だからな。さて、始めるぞ。投げやすいフォームでいいし、歩幅も気にしなくていい」
逆腕が固定されているため二人は、最初からセットポジション。先に投げたのは、
「どうだ?」
「気持ち速くなった、のかな?」
「マウンドには、傾斜がある。だから、自然と身体が前に向かうのさ」
「自然と身体が前に......」
「軸足に体重を溜めて、前方に踏み込んで投げてみろ。イメージとしては、バッティングと同じだと思えばいい」
「ピッチングなのに、バッティングですか?」
「右打ちのお前は、左を上げて、上げた足を前に踏み出して打つ。大まかな違いは踏み出す足の向き、バットを振るか、ボールを投げるかくらいだろ」
「あ、そっか。言われてみれば、そうですね」
新しいボールを手に取った
「(バットを構える時、グリップの位置は胸の前。グラブも、同じ位置で構えて。重心のバランスが崩れないように軸足に重心を溜めて、ピッチャーのモーションにタイミングを合わせて足を上げる。その上げた足を前に踏み出して、同時に軸足を強く蹴って――投げる!)」
「おっ!」
構えたコースよりも高めに抜けたが、一球前よりも力強いボールがいった。
「オッケー、さっきより全然来てるぞ! どんどん来い!」
「は、はいっ」
「よし、こっちも始めよう」
「オー!」
「急に変わったわね」
「
「右投げなのに、左投げ?」
「キャッチボールの時から、妙にギクシャクしていた。何球か見て原因は、重心にあると分かった。元々左利き、右に矯正するまでは、左で投げてた訳だ。その頃の名残で、重心が左投げのままになっていた。身体は前に出ているのに、連動して腕が振れて来ない。そのズレを修正しようとする結果、体幹がブレ、強いボールが行かないって訳だ」
「この投球練習は、右投げ本来の重心移動の基礎を改めて身につけさせるためなのね」
「まあな。重心移動は、送球のみならず、全プレーにおける基本中の基本。いや、スポーツ全般と言ってもいい。それにしても......」
「結構、良い球を放る。地肩はあるし、上背もある。まだ、伸びてるんだろ?」
「ええ、入学当初から三センチ伸びて今は、176ね」
「80乗って、身体が出来てくりゃ二年後は面白くなるかもな。指導を受けていない分変なクセは付いてないし、サウスポーという点だけでもアドバンテージはある」
「......何、今の?」
「低回転ボール!」
「いやいや、腕の振りでバレバレだし。これじゃただの打ちごろの棒球だよ。せっかく、制球が安定して来たんだからさ」
珍しく褒めた矢先の出来事に呆れ顔を見せる、
* * *
「脇を固定させて行った投球練習が、インコース打ちにも活かされているわね。肘を上手く畳んで対応していたわ」
「まあな。これで次は、スクリュー。どうなるか、言い当ててやろうか?」
その言葉に、ナインたち全員の注目がいっぺんに集まった。
「次の一球は、確実に、アウトコースへスクリューが来る」
サイン交換を終えた
「
――必ず、ファウルになる。
『ファウル! 良い当たりでしたが、一塁線を切れていきました! カウント変わらずツーナッシング、打ち直しです!』
「クックック、な? ファウルだったろ」
「どうしてですか......?」
読み通りの結果に小さく笑う
「内角低め、外角低めのボール球ってのは、良い当たりであればあるほど切れやすいのさ」
どちらもバットが縦に近い状態で捉えるため、外角低めは、スライス回転。内角低めは、フック回転が掛かりやすい打球になる。
「多少芯を外れた当たりの方が、フェアグラウンドに飛ぶ確率が高い。
「......打球が上がらなかったから、長打コースに飛んだ。いや、偶然飛んだコースが良かったから長打になったんだ」
「お前と
「ヒット狙いで合わせに行くのは、ダメなんですか?」
「怖くないんだよ。初回にカーブを、三番にレフト前へ上手く運ばれたけど。合わせるだけの手打ちだから、長打にならないし。むしろ手首をこねて、打ち損じてくれる可能性の方が高い」
「そう、非力なバッターなら内野フライが関の山。大物打ちでも、外野の間を破ることは稀にあっても、頭を越すような打球は先ず見込めない」
「だから、その前提を覆す。打たされずに、打ってやればいい。ファウルは何球打とうとも、罰則は無いんだからな」
相手の狙いにあえて乗ることで、相手の選択に制限を設ける。
スクリュー狙いは、拠り所である生命線を断つための一手――封じ手となる。