7Game   作:ナナシの新人

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New game18 ~封じ手~

『三回裏恋恋高校の攻撃は、ラストバッター香月(こうづき)から、上位打線へと続いていく好打順。一点を先制された直後の攻撃、何とかチャンスを作って追いつきたいところ。一方、守る聖タチバナ学園は、(たちばな)みずきと佐奈(さな)あゆみの二人がブルペンへ入り、肩を作り始めました。今までの試合と同様に、この試合も継投策で乗り切ることが出来るでしょーか?』

 

 イニング間の投球練習を行っている優花(ゆうか)を、バッタボックスから少し離れた場所から見ている香月(こうづき)は、「狙うのは、スクリューボール。ただし、決して追いかけるな」という、東亜(トーア)の言葉を思い返していた。

 

「(右バッターのあたしには、外角低めへ逃げる変化球。それを、しっかり......あれ? 外角に逃げるスクリューは、追いかけちゃだめ。でも、しっかりと振り切る。だけど......)」

 

 ある疑問が頭に浮かんだ香月(こうづき)は、ベンチの東亜(トーア)を見た。

 

「どうしたのかしら? 何だか、戸惑ってるみたいな表情(かお)をしてるけど」

「気づいたんだろ。スクリューを打とうとすると、バットが届かないってことにな」

「バットが、届かない......? あ。そっか、あの子――」

 

 香月(こうづき)は、グリップを指二本分ほど余して短くバットを持つ。更に年齢差もあって、あおいたちと比べると一回りほど小柄な体格。そのため、外角へ逃げるスクリューを追いかけずに捉えることは至極困難。

 

「指示は?」

「届かないのなら届くようにすればいいだけのことだろ。猿でも頭を使うぞ」

 

 東亜(トーア)は意地悪な笑みを浮かべながら、トントンっと人差し指で軽く頭に触れた。

 

「(......自分で考えて工夫しろ、か。だけど、そうだよね。先輩たちは、自分たちで考えて打開策を見出して来た。甲子園に来てからは、特に......。よーし、とにかく、やってみよう。やってみないことには、何も始まらないっ)」

 

 イニング間の投球練習が終わり、球審に呼ばれた香月(こうづき)は、一礼してバッタボックスに入った。

 

「(この子は、二回戦で外野の守備固めで出場しているけど、甲子園では初打席。地区予選は、ノーヒット。打席結果の内訳は――)」

「(見逃しと空振りの三振が合わせて、三つ。内野ゴロと送りバントがひとつずつの計二つだ)」

 

 (ひじり)から出されたサインに、優花(ゆうか)は一度で頷く。

 

「(そう。つまり、内野を越すような打球はない。予選の時と変わらず、バットも短く構えているから、低めのボール球を引っかけさせてゴロを打って貰う)」

 

 ゆったりと足を上げる優花(ゆうか)の、香月(こうづき)への初球――。

 

「(ストレート? 違う、ここから曲がるっ!)」

 

 狙えと指示された、スクリューボール。

 

「(......追いかけちゃだめ!)」

 

『空振り! 香月(こうづき)、大きく外角へ変化していくスクリューボールについていけません! ワンストライク!』

 

「(何とか追いかけずに振れたけど、やっぱり届かないか......ちょっと工夫して――)」

 

 今の一球を受けて、若干内寄りに立ち位置を変えた。

 

「(ん? 気持ち内寄りに立ったぞ。スクリューに意識がいっているようだ。それなら、これで――)」

 

 二球目は一転して、右打者の対角線上へクロスして食い込んでくるクロスファイアーのストレート。

 

「ファールッ!」

 

『インコース厳しいストレートに上手く対応しましたが、三塁側のスタンドへと切れていきました。タチバナバッテリー、ツーナッシングと二球で追い込みました!』

 

 理想的な形で追い込んだにも関わらず、タチバナバッテリーは楽観出来ないでいた。何故なら。

 

「(インコース低めいっぱいのストレートを――)」

「(内野スタンドの中段まで運ばれたぞ......)」

 

 結果はファウルだったとは言え、「長打は無い」と思っていたところへ計算外の打球。そしてそれは、打った香月(こうづき)本人が一番驚いていた。

 

「フッ、別に驚くようなことでもないだろうに」

「パンチ力が付いた要因は、やっぱりあの練習の成果よね」

「嫌というほど、体に覚え込ませたからな」

 

 東亜(トーア)が、それぞれ個別に課したトレーニング。

 鳴海(なるみ)は、捕球能力。内角投球恐怖症に陥っていたあおいは、内外角の制球力。そして、彼女への課題は、最大の弱点である、肩の弱さの克服。

 

 

           * * *

 

 

渡久地(とくち)コーチ、グラブ、持ってきましたっ」

 

 予選前、ミゾットスポーツクラブでの個人練習。

 室内練習場のベンチに座っていた東亜(トーア)の下へ、香月(こうづき)がやって来た。

 

理香(りか)

「オッケーよ。あなたも、準備いいわね?」

「うっす!」

 

 理香(りか)の問いかけに、グラブを付けた六条(ろくじょう)が少し離れた場所から返事をする。距離にして、マウンドからホームベースまでと同じ18.44メートル。

 

「とりあえず、キャッチボールしてみろ」

「あ、はい」

 

 東亜(トーア)から渡されたボールを、六条(ろくじょう)へ向かって放る。若干山なりの送球は、胸の前に構えたグラブに収まった。逆に、六条(ろくじょう)の送球は勢いはあるものの、左右上下に散らばってまともなボールは殆ど来ない。

 

「本当に、真逆ね」

 

 東亜(トーア)の居るベンチへ来た理香(りか)は、素直な感想を述べる。

 

「......なるほど、原因は解った。近衛(このえ)新海(しんかい)を呼んで来てくれ」

近衛(このえ)くんと、新海(しんかい)くんを? 分かったわ」

 

 キャッチボールを止めさせ、二人をブルペンへ連れていく。

 程なくして、指定した二人を連れた理香(りか)が戻ってきた。

 

「さてと。お前たちには今から、ピッチング練習をしてもらう」

「あたしたちが、ピッチング練習......ですか?」

 

 戸惑いながらも、言われるがままマウンドに立つ、香月(こうづき)六条(ろくじょう)近衛(このえ)新海(しんかい)は、フル装備でしゃがんだ。

 

「よっしゃ、来ーい!」

「先輩、燃えてますね」

「マスク被るの久々だからな!」

「あはは、それでですか。じゃあ俺も。オッケー、いつでもいいよ!」

 

 気合い十分にミットを構える、二人。

 

「アイツらは気にせず投げろ。それから、コイツを――」

 

 理香(りか)香月(こうづき)の、東亜(トーア)六条(ろくじょう)の体に、胴体と逆手が離れないよう、ゴムバンドを巻き付けて固定させた。

 

「えっと、これは......?」

「う、動かせない......」

「当然だ。肩が開かないようにすることが目的だからな。さて、始めるぞ。投げやすいフォームでいいし、歩幅も気にしなくていい」

 

 逆腕が固定されているため二人は、最初からセットポジション。先に投げたのは、香月(こうづき)。先ほどのキャッチボールと同じく、若干山なりのボールが近衛(このえ)が構えるミットに収まった。捕球したボールを、近くに置かれた空のケースに入れ、再びミットを構える。

 

「どうだ?」

「気持ち速くなった、のかな?」

 

 東亜(トーア)の質問に、疑問形で答えた。

 

「マウンドには、傾斜がある。だから、自然と身体が前に向かうのさ」

「自然と身体が前に......」

「軸足に体重を溜めて、前方に踏み込んで投げてみろ。イメージとしては、バッティングと同じだと思えばいい」

「ピッチングなのに、バッティングですか?」

「右打ちのお前は、左を上げて、上げた足を前に踏み出して打つ。大まかな違いは踏み出す足の向き、バットを振るか、ボールを投げるかくらいだろ」

「あ、そっか。言われてみれば、そうですね」

 

 新しいボールを手に取った香月(こうづき)は、再びセットポジションに付く。

 

「(バットを構える時、グリップの位置は胸の前。グラブも、同じ位置で構えて。重心のバランスが崩れないように軸足に重心を溜めて、ピッチャーのモーションにタイミングを合わせて足を上げる。その上げた足を前に踏み出して、同時に軸足を強く蹴って――投げる!)」

「おっ!」

 

 構えたコースよりも高めに抜けたが、一球前よりも力強いボールがいった。

 

「オッケー、さっきより全然来てるぞ! どんどん来い!」

「は、はいっ」

「よし、こっちも始めよう」

「オー!」

 

 六条(ろくじょう)たちも、投球練習を開始。

 東亜(トーア)理香(りか)は、ベンチに座った。

 

「急に変わったわね」

香月(あいつ)、右なのに左で投げてたんだよ」

「右投げなのに、左投げ?」

「キャッチボールの時から、妙にギクシャクしていた。何球か見て原因は、重心にあると分かった。元々左利き、右に矯正するまでは、左で投げてた訳だ。その頃の名残で、重心が左投げのままになっていた。身体は前に出ているのに、連動して腕が振れて来ない。そのズレを修正しようとする結果、体幹がブレ、強いボールが行かないって訳だ」

「この投球練習は、右投げ本来の重心移動の基礎を改めて身につけさせるためなのね」

「まあな。重心移動は、送球のみならず、全プレーにおける基本中の基本。いや、スポーツ全般と言ってもいい。それにしても......」

 

 東亜(トーア)はもう一人の、六条(ろくじょう)へ目を向けた。

 

「結構、良い球を放る。地肩はあるし、上背もある。まだ、伸びてるんだろ?」

「ええ、入学当初から三センチ伸びて今は、176ね」

「80乗って、身体が出来てくりゃ二年後は面白くなるかもな。指導を受けていない分変なクセは付いてないし、サウスポーという点だけでもアドバンテージはある」

「......何、今の?」

「低回転ボール!」

「いやいや、腕の振りでバレバレだし。これじゃただの打ちごろの棒球だよ。せっかく、制球が安定して来たんだからさ」

 

 珍しく褒めた矢先の出来事に呆れ顔を見せる、東亜(トーア)理香(りか)だった。

 

 

           * * *

 

 

「脇を固定させて行った投球練習が、インコース打ちにも活かされているわね。肘を上手く畳んで対応していたわ」

「まあな。これで次は、スクリュー。どうなるか、言い当ててやろうか?」

 

 その言葉に、ナインたち全員の注目がいっぺんに集まった。

 

「次の一球は、確実に、アウトコースへスクリューが来る」

 

 サイン交換を終えた優花(ゆうか)は、投球モーションに入った。

 

香月(こうづき)も、初球と同じコースだから振りにいく。内寄りに立っているから今度は、バットも届く。そして、その打球は――」

 

 ――必ず、ファウルになる。

 

『ファウル! 良い当たりでしたが、一塁線を切れていきました! カウント変わらずツーナッシング、打ち直しです!』

 

「クックック、な? ファウルだったろ」

「どうしてですか......?」

 

 読み通りの結果に小さく笑う東亜(トーア)に、鳴海(なるみ)が聞いた。

 

「内角低め、外角低めのボール球ってのは、良い当たりであればあるほど切れやすいのさ」

 

 どちらもバットが縦に近い状態で捉えるため、外角低めは、スライス回転。内角低めは、フック回転が掛かりやすい打球になる。

 

「多少芯を外れた当たりの方が、フェアグラウンドに飛ぶ確率が高い。鳴海(なるみ)、お前、自分で言っていただろ? 捉え損ねた、とな」

「......打球が上がらなかったから、長打コースに飛んだ。いや、偶然飛んだコースが良かったから長打になったんだ」

「お前と瑠菜(るな)が話していた、別の球種を狙うというのは間違ってはいない。だがそれは、スクリューを封じ込めて初めて可能となる戦術。そのために、振り切る必要がある」

「ヒット狙いで合わせに行くのは、ダメなんですか?」

 

 瑠菜(るな)の疑問に答えたのは東亜(トーア)ではなく、鳴海(なるみ)

 

「怖くないんだよ。初回にカーブを、三番にレフト前へ上手く運ばれたけど。合わせるだけの手打ちだから、長打にならないし。むしろ手首をこねて、打ち損じてくれる可能性の方が高い」

「そう、非力なバッターなら内野フライが関の山。大物打ちでも、外野の間を破ることは稀にあっても、頭を越すような打球は先ず見込めない」

 

 優花(ゆうか)にとって、スクリューボールは、カウントを稼ぐにも、打ち取るにも好都合な球種であり、ピッチングの生命線。

 

「だから、その前提を覆す。打たされずに、打ってやればいい。ファウルは何球打とうとも、罰則は無いんだからな」

 

 相手の狙いにあえて乗ることで、相手の選択に制限を設ける。

 スクリュー狙いは、拠り所である生命線を断つための一手――封じ手となる。 


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