7Game   作:ナナシの新人

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New game16 ~一手~

 ピンチを背負ったものの後続を退け二回裏、恋恋高校攻撃。

 今日、五番に入っている矢部(やべ)は急いで準備をして、バッターボックスへ向かい。ネクストバッターの鳴海(なるみ)はプロテクターを外しながら甲斐(かい)に、優花(ゆうか)のピッチングに対する打席での印象を尋ねた。

 

「最後のが、スクリューボールだよね。どんな感じだった?」

「......妙な軌道だった。太刀川(たちかわ)のシンカーとも、十六夜(いざよい)のシュートとも、藤村(ふじむら)のチェンジアップとも若干違う感じだ」

「妙?」

「ああ。ストレートの失投かと想ったら、沈みながら逃げるように流れていった」

「逃げるよう流れる、か......あっ!」

 

 バッター有利のカウントから矢部(やべ)が、そのスクリューボールを打たされた。ファーストへの平凡なゴロに打ち取られた。鳴海(なるみ)は大急ぎで準備を済ませ、代わりにネクストバッターズサークルで素振りをしていた六条(ろくじょう)と入れ替わり、球審に一礼し、打席に立つ。

 

「(矢部(やべ)くんも、スクリューにタイミングを外されて打ち取られた。そんなに、クセのあるボールなのかな? とりあえず、粘って......って、投手は三イニングで代わるんだった。情報収集も大事だけど、打ちにいった上で行わないと!)」

「(むっ、雰囲気が変わったぞ。優花(ゆうか)先輩――)」

 

 (ひじり)の視線に「ええ、分かっているわ」と、優花(ゆうか)は頷き、サイン交換。

 

「(右バッターの、スクリューへの対応は十分に見れた。四番も、五番も戸惑っていた。次は、左打者の対応のチェックよ。ここから三人タイプの違う左バッターが続く。山口(やまぐち)のフォークボールをスタンドまで運んだ、一番長打力のある彼の対応を観る)」

 

 鳴海(なるみ)への初球は、膝下へ変化するスクリューボール。

 

『ストライク! アンパイアの手が上がります! 変化の大きなスクリューボールを見逃し、ワンストライク!』

 

 振りにいきながらも最終的に見逃した鳴海(なるみ)は、タイムを取り、打席を外して目を閉じ、ひとつ息を吐いた。

 

「(よし、このバッターもスクリューにタイミングが合っていない。優花(ゆうか)先輩のスクリューを捉えられないチームには、みずきのピッチングも通用する。あとは、佐奈(さな)先輩が抑えて、目標のベスト8だぞ)」

「(彼の表情(かお)が本心であるのなら......十分に通用する。あと、アウト五つ)」

 

 打席を外している鳴海(なるみ)は、眉間にシワを寄せて首をかしげていた。優花(ゆうか)は、恋恋高校のベンチに目を移した。

 

「(不安材料は、あの表情(かお)演技(フェイク)の可能性があること。それと、渡久地(とくち)監督が何を仕掛けてくるか。前者は、この打席で判断できる。けれど後者の方は、まったくの未知数。いつ、何を仕掛けてくるか見当も付かない、油断は出来ないわ。最後のアウトを取るまで――)」

 

 優花(ゆうか)の憂いとは裏腹に、鳴海(なるみ)はまったく違うことを考えていた。それは、彼女の投げる決め球、スクリューボールについてのこと。

 

「(今のが、スクリューボール......似たような軌道の変化球を見たことがある気がする。どこだ......?)」

 

 思い出せないまま、打席に戻る。球審のコール。サイン交換を終えた優花(ゆうか)の第二球目、ストレート。アウトコースへ僅かに外れて、ボール。カウント1-1。

 

「(なるほど、ストレートの軌道は、藤村(ふじむら)さんによく似てる。球速も同じくらいだし。スクリューは、一見ストレートに見えて、同じ軌道から緩やかに膝下へ曲がってくる。やっぱりどこかで見たことがある。どこだ......? 猪狩(いかり)じゃないし、木場(きば)も違う)」

 

 公式戦、練習試合を含めて対戦してきた投手たちを思い返す。

 

「(ん? なんだ、このバッター、上の空もいいところだぞ)」

「(そのようね。集中出来ていないのなら、さっさと追い込むわよ)」

 

 打席に集中していない判断したバッテリーは、すぐさま三球目に入る。インコースのボールからストライクになるスライダーで見逃しのストライクを奪い、1-2とバッテリー優位のカウントを作った。

 

「(スライダー......今のも、藤村(ふじむら)さんのスライダーと似てるな。ただ、変化は小さい。決め球と言うよりも、カウントを整えるための球種かな? それにしても、スクリュー。太刀川(たちかわ)さんのシンカー......でもないし。阿畑(あばた)の高速ナックル......は、もっとストンって落ちる感じだ。ストレートに見えて緩やかに曲がりながら――)」

 

 明らかに精彩を欠いている鳴海(なるみ)へ、味方のベンチからヤジが飛んだ。

 

「コラー! あんたねぇ、しゃんと集中なさいよー!」

「そうだそうだー! 考えてたって、振らねぇと当たんねぇぞー!」

「二人とも、抑えて抑えて。叱られるよ?」

 

 芽衣香(めいか)奥居(おくい)をなだめる、あおい。

 苦笑いでベンチを見た鳴海(なるみ)は、そこで気がついた。優花(ゆうか)の投げるスクリューボールと酷似している、ボールの正体に――。

 

「(そうか......そうだ、そうだったんだ!)」

 

 もう一度タイムを取り、バットを握り直して、改めてバッターボックスで構えた。

 

「(......明らかに雰囲気が変わった。一球、様子を見るわよ)」

 

 (ひじり)も、優花(ゆうか)と同様にただならぬモノを感じ取っていた。用心して、アウトコースへスライダーを外した。

 

『ファウル! ボール球に手を出して、三塁側のスタンドへ大きく切れていきました。さあ次が、五球目。わたくしなら、得意の変化球で仕留めたいところですが。タチバナバッテリーは、何を選択するのでしょーか?』

 

 五球目、チェンジアップを一塁線へファウル。六球目のストレートを見極めて、2-2の平行カウント。

 

「(むぅ、なかなか粘っこいぞ......先輩、どうする?)」

「(どう見ても、スクリューを待ってるわね。良いわ。望み通りに投げてあげる。どうせ、対応を測るつもりなんだから乗ってあげる。見せて貰いましょう)」

「(――了解だ!)」

 

 優花(ゆうか)が自ら出したサインに頷いた(ひじり)は、インコース低めへミットを構えた。

 

「キャッチャーが、内角低めに構えたわね」

「カウント的にも間違いなく、スクリューだな。狙い通り、引き出した。しかし、問題はここから。引き出した獲物を捌けるか否か――」

 

 ピッチングモーションを起こした優花(ゆうか)の七球目は、スクリューボール。真ん中へスッと入ってきたと思われたボールは途中で、ブレーキが掛かりながら膝下へ大きく曲がりながら変化する。

 

「(――ここだ、イメージ通り!)」

 

 狙い通りのスクリューに対し、左膝を若干落とし、前で捉えた。

 

『痛烈な打球が、ファーストのミットをかすめて一塁線を抜いていったー! 長打コース! ライトが今追いついて、中継(カットマン)へ返球。鳴海(なるみ)は、二塁を回ったところでストップ! ツーベースヒット! 恋恋高校、初回に続き、ワンナウトから得点圏のランナーを出しましたーッ!』

 

 (ひじり)は、すかさずマウンドへ向かい。プロテクターを回収に来た芽衣香(めいか)鳴海(なるみ)は、伝言を頼んだ。

 

「えっ、マジなの?」

「大マジ。実際、打ったし」

「それもそうね。おっけー、伝えとくわ」

「頼んだよ」

 

 芽衣香(めいか)は、ネクストバッターの藤堂(とうどう)に情報を伝えてからベンチへ戻った。さっそく、瑠菜(るな)が尋ねる。

 

鳴海(なるみ)くんと、何を話していたの?」

「あのピッチャーの、スクリューのことを伝えて欲しいって」

「攻略法と言うこと?」

 

 攻略法と聞いて、ベンチ内がざわついた。芽衣香(めいか)は、口元に指先を添えて小さく首をかしげた。

 

「う~ん、攻略法って言うか、印象の話し?」

「印象?」

「そう。あのスクリューなんだけど、あおいが投げるカーブによく似てるんだってさ」

「えっ? ボクの?」

「あおいの、カーブに似ている? 彼女の、スクリューボールが?」

「そっ。最初はストレートみたいに見えて、途中から変化する軌道がよく似てるんだってさ。あたしも最初聞いた時は、半信半疑だったんだけど。実際、そのイメージで二塁打を打ったワケだし」

「なるほど、あおいさんのボールを受けてきたキャッチャーの鳴海(なるみ)くんならではの感性なのかも知れないわね」

「狙い通り引き出して、狙い通りに打ち返した。少なくとも、攻略の糸口を見出したことは事実さ。充分な役割を果たした」

 

「まあ。とは言っても、バントなんだけどな」と笑った東亜(トーア)は、送りバントのサインをはるかに出させる。ランナーの鳴海(なるみ)、バッターの藤堂(とうどう)共に「了解」とヘルメットに触れる。

 (ひじり)が戻って、試合再開。

 

『おっと、七番バッターの藤堂(とうどう)、早々に送りバントの構えです』

 

「(バント? 初回も送ってきたが、ここも素直に送るのか?)」

「(微妙なところね。今までの積極的な攻撃じゃない。でも、そう思わせることが目的なのかも知らないわ)」

 

 常に奇襲、奇策を仕掛けて戦ってきた恋恋高校。

 しかし、それこそがカモフラージュとなり、セオリー野球である正攻法が奇襲へと変貌を遂げている。いつ仕掛けてくるか分からないという緊張感に、バッテリーは神経を使っていた。

 

夢城(ゆめしろ)優花(ゆうか)の初球――大きくウェスト。ここは様子を見ます。ランナーに動きはなし、藤堂(とうどう)もバットを引いて、ボール・ワン』

 

「(盗塁の動きは、無さそうだ。さすがに三盗は仕掛けてきそうにないぞ)」

「(それなら、バントをさせて、セカンドランナーをサードで刺すまでよ)」

 

 一球牽制球を挟み、優花(ゆうか)はゆったりと足を上げた。同時に、サードとファーストが猛チャージをかける。

 

「クイックモーションじゃないわ」

「ほう、三盗は無いと踏んだな。モーションを若干遅らせることで、野手の動きに猶予を与えた」

鳴海(なるみ)くんを、サードで刺すため......?」

「ああ。送りバントは、打球が転がったことを確認してスタートを切る。あれだけのチャージをかけられたら、相当いいところへ転がさなければ難しい。加えて球種は、インコースの真っ直ぐ」

 

 サイドスロー独特の角度のあるストレートを殺しきれず、ピッチャーの左側へやや強めの打球が転がった。マウンドを下りた優花(ゆうか)は、迷わずにサードへ送球。タイミングギリギリのタッチプレー。

 

「――アウト!」

 

『アウト、アウトです! 送りバント失敗! 夢城(ゆめしろ)優花(ゆうか)、見事なフィールディングで進塁を阻止しました! ツーアウトランナー一塁と場面が変わります!』

 

 アウト判定を受けた鳴海(なるみ)が、ベンチへ戻って来た。

 

「ふぅ」

「どうぞー」

「ありがと、はるかちゃん」

 

 スポーツドリンクを飲んで一息つくと、さっそく、瑠菜(るな)が質問。

 

「それで、ホントなの? スクリューが、あおいのカーブと似てるって話し」

「ああーうん、似てるよ。左右の違いがあるから導入の角度は、ちょっと違うけどね。どっちも、ストレートみたいに見えてから曲がってくる感じ。ただ、変化の大きさはスクリューの方が上かな? 予想より、ボールの上を叩いたから打球が上がらなかった」

「ライナー性の打球になった理由は、それね。二巡目に入れば、長打を狙えるんだろうけど......」

「今までの相手通りなら、三イニングで代わっちゃうからね。と言っても、投球術にも長けてるから要所要所で使われたら厳しいかも」

「なら、追い込まれる前にカウントを整えに来る球種を狙って――」

 

 瑠菜(るな)鳴海(なるみ)の話し合いに、東亜(トーア)が割って入った。

 

「逆だ。狙うのは、スクリューだ」

「スクリューを、ですか......?」

 

 悪戦苦闘しているスクリューボールを狙えという指示に、ナインたちは若干の戸惑いを見せた。

 

「別に、ヒットや長打を狙えと言う話しじゃねーよ。スクリューを打つことに意味があるんだ。そのための、次の一手が重要。はるか、初球で行くぞ」

「はいっ」

 

 はるかから、バント失敗で塁上に残った藤堂(とうどう)と、ネクストバッターの片倉(かたくら)にサインが伝達される。

 

『ワンナウト二塁のピンチから状況は変わって、ツーアウトランナー一塁。先ほどスバラシイフィールディングを披露した夢城(ゆめしろ)優花(ゆうか)、八番片倉(かたくら)を抑え、無失点で切り抜けることが出来るでしょーか?』

 

「(ここで切れば、次の回は九番から。ひとつアウトを計算して立ち回れる。それに、このバッターは投手、きっちり抑えれば、良い流れで三回表の攻撃へ移れるわ)」

 

 セットポジションに着いた優花(ゆうか)は、藤堂(とうどう)に視線を向ける。リード幅は取り立てて広くない、むしろ狭い。盗塁の動きは無いと判断し、バッター片倉(かたくら)との勝負に集中。藤堂(とうどう)へ顔を向けたまま足を上げ、(ひじり)の構えるミットへ顔を向けた、その時――走ったぞッ! と、セカンドからの声かけに反応し、優花(ゆうか)は咄嗟に投球を外し、(ひじり)も無駄なくセカンドへ送球。しかし、藤堂(とうどう)の足が勝った。

 

『恋恋高校、ここで足を使ってきました! スタートは、あまりよろしくありませんでしたが、自慢の俊足でセカンドを奪いました! ツーアウト二塁!』

 

「セオリーで行くんじゃなかったの?」

「足のあるランナー、アウトカウントはツーアウト、バッテリーの肩は強くない、これだけの条件が重なっているんだ、走って当然の場面だろ」

 

 軽く笑みを見せる、東亜(トーア)

 そして、この盗塁が、優花(ゆうか)を攻略するための重要な意味を持つ一手となる。


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