『ピッチャー返し! 打球は、
「(――足下......!)」
咄嗟に左足を出して、つま先に打球を当てる。一塁側へ弾かれた打球をファーストが素早くバックアップ、そのまま一塁キャンバスを踏んで、
『アウトです! なんと!
「
「大丈夫、問題ないわ。ピーカバー(足の先端を守るためカバー)に当てたから」
球審にもケガはしていないことを伝えたが、それでも念のため何球か投球練習を行い、ピッチングに支障がないことを確認した上で、試合は再開される。
「はぁ~、やられた。抜けてりゃ先制だったってのに。普通、足出すか? まだ、初回だぞ?」
戻ってきた
「私は、出すわよ」
「
「投げ終わった直後にはもう、正面を向いてるからね、
「当然でしょ? ピッチャーは、投げ終えた瞬間から、九人目の野手。何より、自分の身を守ることに繋がるわ」
「内野で一番浅いからね。折れたバット、ピッチャーライナーが頭に当たって救急搬送された事例もあるし」
「......ボク、もっと意識しよ」
守備意識について言葉を交わしている間に、試合は進む。
バッターボックスに立った四番
『ファウル! 外角のチェンジアップを引っ張りましたが、ボールの下を叩き三塁側へのファウルボール! ワン・エンド・ワンの平行カウント』
三球目、内角低めのストレートで見逃しのストライクを奪った。投手有利のカウントを作り、一旦プレートを外して、ロジンバッグを手に取る。
「三球とも、際どいコースへの投球。打球が当たった影響は、本当になさそうね」
「それはな」
「それは? どういう意味?」
「次の一球で、はっきりする」
セットポジションに入り、サイン交換。
「(狙い通り追い込んだわ。相手は、四番。
「(うむ、来い!)」
『
「(――甘い、失投......いや、ここから逃げる!?)」
甘いコースから外角低めへ逃げながら曲がる変化球に対し、咄嗟に右手を離して対応するも、当てただけのバッティング。
『セカンドへのゴロ! セカンド捌いて、ファーストへ送球――アウト! スクリューボールに泳がされ、セカンドゴロに倒れました。スリーアウトチェンジ。両校共にランナーを出すも共に無得点、二回の攻防へ移ります!』
ピンチを切り抜けたタチバナ学園ナインは、早足でベンチへ戻った。攻守交代。恋恋高校が守備につく。
「くくく、やはり捨てきれなかったな。色気を」
「色気?」
「何やら力量を探るような投球をしちゃいたが、スクリューへの対応を見たいのなら少なくとも一球前、追い込む前に投げなければ意味がない。追い込まれたバッターは、明らかなボール球以外は合わせにいく。表向きは冷静沈着で戦術家、しかし内面は、勝ち気で負けず嫌いといったところか。無失点で切り抜けられる可能性の誘惑を断ち切れなかった」
「一発勝負、負ければ終わりの
「まーな。だが、中途半端は身を滅ぼすだけだ。腹をくくらなければ、生き残れねーよ。死んで初めて、得られるモノもある」
「死んだ後じゃ意味ないでしょ?」
「比喩だ」
「判ってるわよ。ちょっとした皮肉よ」
「フッ、さて、強行策失敗後改めて四番からの攻撃。ここでどう打って出るか、ターニングポイントだ」
「指示を出していた様だが。私は、どうすればいい?」
「彼の打席結果次第。内容いかんによっては、戦術を変更することもあり得るわ。準備は怠らないように」
「うむ。了解だ」
頷いた
「(初回はバントだったけど、今回はバントじゃない。若干オープン気味のスタンス、インコースを苦手にしているのか。それとも、外へ投げさせるための撒き餌か。とりあえず、ここは様子見も兼ねて――)」
サインに頷いた
『胸元へズバッと力のあるストレート! バッター思わず仰け反った! 外れて、ワンボール』
二球目は一転、外角へ逃げる横のカーブ。
『流し打ち! 上手く合わせましたがライト線、際どいところ僅かに切れましたー』
新しいボールを
「(素直にヒッティング、揺さぶりは止めた? それにしても上手く拾われたけど、外を狙われてたかな? まあ、まだ序盤だし、必要以上に警戒する必要はない。内、外、緩急を使った。次は、コレで。大きく外れてもいいから、ストライクには入れないでね)」
「(――はい!)」
頷いた
「一球前に捉えられたカーブを続けましたね」
「ええ、普通なら避けたい心理になるものだけど。思考の裏を的確についてくる。けれどもう、外は無いわ」
「(よし、狙い通りのインコース!)」
引っ張った打球は、緩い当たりながらも三遊間を抜けていった。
『レフト前ヒット! 聖タチバナ学園、ノーアウトから先制のランナーを出します。そして、続くバッターは前の試合、勝敗を決める決勝打を放った
タイムを要求した
「今のは、飛んだコースが悪かっただけで、力負けじゃないからね。それで、次のバッターだけど――」
二人は口元を隠しながら、
「何か仕掛けてきそうな雰囲気ですよね」
「まあね。けど、バッターに集中。何か仕掛けてきても、
――はい、と頷いた
『さあ、キャッチャーがポジションへ戻り試合再開。バッターボックスでは、
「(盗塁を仕掛けてきた
内野陣にエンドラン警戒のサインを送ったあと、
「
ベンチ前へ戻ってきた
「バントよ」
「バント......って、ぜんぜん普通じゃんっ!」
「自分で確かめてみなさい。普通かどうかを、その目でね」
『セットについた
ピッチャーの
打球を処理したのは、ファーストの
「よし、かかったわ!」
「
「なっ!?」
「うっそ!? やべぇ......!」
オーバーランしたランナーが頭から戻る。送球を受けた
「セ、セーフッ!」
「ア、アウトーッ!」
二塁塁審は、手を横に広げ。一塁塁審は、握った拳を掲げた。
『セカンドは、間一髪セーフ! 一塁は、間一髪アウト! 結果的に、送りバントが成功した形! ワンナウト・ランナー二塁。聖タチバナ学園、スコアリングポジションへランナーを進めました! いやー、しかし、アウトこそ取れませんでしたが、痺れるプレーでした』
「な、なに? 今の......?」
ベンチ奥の日陰で試合を見ていたみずきは、立ち上がってグラウンドを見つめる。
「姉さん、今の一連のプレーは?」
「......封殺狙いじゃなくて、オーバーランを見越したセカンドタッチアウトと一塁でダブルプレーを狙いにいったのよ」
一つのバントで、一気にサードを狙う作戦。しかし、通常の送りバントと違い、最初からサードを狙うため若干走路を膨らんでセカンドベースを踏んだところを、
「ウソだ! あり得ないでしょっ? だってそんなの、一歩間違えたらフィルダースチョイスでノーアウトで一・二塁じゃんっ」
「ショートの強肩と、
「それは、
「刹那の判断力。姉さんが昨晩、話していたことですね。セカンドで刺せずとも、
「ええ。それが今、証明された。ここからは、戦い方を変える必要があるのかも知れないわ......」
この試合はセカンドに、肩の弱い
「くくく、策としては悪くはなかったが。奇襲とは、相手の油断や虚をつく戦略。警戒している相手には、敵の想定以上の策で無ければ無意味」
「初回の奇襲・奇策の連発で警戒は予め十分だったワケね。でも、今のプレーは、あのトレーニングの賜物でしょ?」
「ゲーム感覚で出来て、息抜きにも持って来い。一石二鳥だったろ?」
追試を早く終わらせたことで追加された特別メニューは、フラッシュ暗算を応用したビジョントレーニング。
スクリーン上に一瞬のみ映し出される問題を読み取る、瞬間視。読み取った問題を頭の中で読み解く、読解力と思考力。見る、読む、解く、複数のことを同時に行うことで、判断力と決断力を大幅に向上させた。
「いいえ、一石三鳥だったわ。みんな、勝負感覚で競い合うから、自主的に教科書とか問題集を広げたり。解らない問題を教え合ったりしてたもの」
足し算などの計算が一般的だが、
「そら、よかったな」
「意外と、教師とか指導者に向いてるんじゃない?」
「あのな......」
「言っておくが。アイツらの活躍と比例して、苦労するのはお前だ」
「私が?」
「夏が終われば、主力の三年は引退。残るのは、一年の六人だけ。コイツらが残っているうちはいい。だが、三年の夏までに結果を出さなければ、その先は誰もついてこない。なぜなら俺は、プロで結果を残した実績があるからだ。元プロの肩書きがあるからこそ、疑わずについて来ているに過ぎない」
甲子園出場のネームバリューは絶大。入学志願者数、入部希望者も数倍に膨れ上がることは明白。当然、ある程度名の知れた新入生も入ってくる。
「今大会の一度限りの出場でいい、と割り切っているのなら話しは別だが。そういう訳にもいかねーだろ?」
「......そうね。続ける以上は、
「なら、結果で黙らせる他ない。名の知れたヤツってのは、例外なくお山の大将。当然だ。名門・強豪校からスカウトされるようなヤツは、ガキの頃からエースで四番を張ってきたような連中だ。我が強く、その上打たれ弱く、面倒で扱い辛い。自分の思い通りにならなければ、不貞腐れ、自暴自棄になり、問題行動を起こすヤツも出てくるだろう。幸いにもスポーツ推薦のない進学校だ、入試である程度ふるいにかけられるとは言え、一定数は
「......ええ」