7Game   作:ナナシの新人

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お待たせしました。


New game14 ~収穫~

 一回裏恋恋高校の攻撃、先頭バッターの真田(さなだ)は足下を慣らしながら、さり気なく内野の守備位置を確認する。

 

「(サードの女子は、定位置よりも少し深めのポジショニング。セーフティを狙うにはもってこいだけど、作戦は正攻法。小細工はなし、じっくり行くか......!)」

 

『今、アンパイアの手が上がりました。一回裏恋恋高校の攻撃! 守るタチバナ学園の先発は、夢城(ゆめしろ)姉妹の姉、夢城(ゆめしろ)優花(ゆうか)。冷静沈着な彼女も甲子園では初先発のマウンド、どのような立ち上がりとなるか注目してまいりましょー!』

 

「(和花(のどか)は、定位置より下がらせた。あなたたちは、こういった隙を見逃さない。三塁側へセーフティを狙いやすい外角のボールで――)」

 

 優花(ゆうか)がモーションに入ると同時に、深めにポジションを取ってた和花(のどか)は、セーフティバントを見越して定位置まで戻る。しかし真田(さなだ)は、おあつらえ向きのボールに反応することなく見送った。

 

『初球は、アウトコースのストレート、やや外れました。ボールワン』

 

「(......簡単に見送られた。ボールだったからかしら? なら次は、きっちり入れるわよ)」

 

 二球目、初球よりもボールひとつ分内側へ入れたストレートは、(ひじり)が構えるミットへ向かって寸分も狂いもなく向かっていく。このストレートを振り抜き、一塁側へファウルを打った真田(さなだ)は打席を外してバットを握り直し、バッティングのイメージを固める。

 

「(結構引きつけたつもりだったけど、想像以上に来ない。出所が少し違うけど、ウチの藤村(ふじむら)と近い感じだ。球速が無い分、しっかり捉えないとまともに前へ飛ばせない。夢城(ゆめしろ)姉の持ち球は、ストレート、スライダー、チェンジアップ。それと、スクリューボール。神楽坂の連中は、スクリューを打ちあぐねていた。カウント・ワンエンドワン。さすがに三球続けてストレートは無い。外ならスライダー、内ならスクリューかチェンジアップを狙ってセンターを中心に、と)」

 

 優花(ゆうか)和花(のどか)を定位置へ戻して、(ひじり)とサイン交換し、三球目を投げた。

 

「(――外。二球目と同じコースから......逃げるスライダー!)」

 

 読み通り、スライダーをきっちり見極めた。しかし――。

 

「......ストライク!」

 

 ワンテンポ遅れて、球審の右手が上がった。

 

「よし。ナイスピッチだぞ!」

 

 見極めたと想った真田(さなだ)は息を吐き、(ひじり)からボールを貰った優花(ゆうか)は表情を変えずにロジンバッグを手に取り、後ろを向いて間を取った。

 

「フッ、どうやら予定が狂っちまったならしいな」

「狂った?」

「今のスライダーは、あのピッチャーとしてはボールにしておきたかったのさ。まあ、そこまで意図を汲み取れってのは高校生には酷な要求だけどな」

「じゃあ、今のは......」

「際どかったがボールだった。しかし、あのキャッチャーが際どいところをキャッチングでストライクと判定させてしまったのさ」

 

 片倉(かたくら)と話しつつ、東亜(トーア)理香(りか)の会話を聞いていた鳴海(なるみ)が、二人の会話に加わる。

 

「もしかして、“フレーミング”ですか?」

 

 ――フレーミング。

 近年、捕手能力の指標のひとつとして重要視されているキャッチング技術こと。一般的に、ボールをストライクにさせる捕球技術と認知されていることが多い。

 

「ああ~、“ミットズラし”ことね」

「違うぞ!」

 

 元捕手の近衛(このえ)が、芽衣香(めいか)に抗議。

 

「ミットズラしってのは文字通り、捕球した後にミットをボールからストライクへ動かすことだ。けど、フレーミングは違う。フレーミングは、ミットを動かしながら捕球したところで止めるんだよ」

 

 うんうん、と、同じく捕手の新海(しんかい)も大きく頷いている。

 

「んー? 結局、ミットを動かしてるのは一緒でしょ?」

「違うっての、どういえば上手く伝わるかなー......」

 

 悩む近衛(このえ)に代わって、東亜(トーア)が野手の芽衣香(めいか)にも分かりやすい例を上げる。

 

「キャッチボール」

「キャッチボールですか?」

「キャッチボールの時、速いボールを捕球するとグラブを付けている腕はどうなる?」

「どうって、こう、グイッと押される感じ?」

「だろ。ピッチャーの投げるボールってのは、キャッチボールとは比べモノにならないほどの球威がある、ストレートでも、変化球でもな。捕球の時、ボールの球威でミットが押されるんだ」

 

 仮にストライクゾーンギリギリで捕球しても、ミットがボールゾーンへ流れてしまった場合、球審にボールと判定されてしまうことがある。そこで、重要視される技術がフレーミング。

 

「力負けして流れたミットを戻そうとするから、大きく動かしたように見える。それが、ミットズラしの正体。フレーミングってのは逆の発想。予めボールの軌道に先回りして、外から内へと力負けしないように捕球する。すると、自然とストライクゾーンに近く見えるって訳だ。待って捕るのではなく、迎えに行って捕るイメージだと思えばいい」

「うーん、何となく分かりました。とりあえず、球審を騙すためにやるんですね」

「人聞き悪いな、キャッチャーのテクニックって言ってくれよ......」

 

 悪意無く本質を言ってのける芽衣香(めいか)近衛(このえ)は項垂れて、東亜(トーア)は笑った。

 

「はははっ、あながち間違っちゃいねーだろ。そもそも、ストライク・ボールってのは捕球したコースで判定するものじゃない」

 

 ストライクゾーンは、バッターの体格に合わせたホームプレート上に浮かぶ五角柱。五角柱のどこか一部をかすめてさえいればストライク、外れればボール。

 

「しかし実際は、球審によって判定はマチマチ。外を広く取る球審もいれば、逆に狭い球審もいるし、試合中に突然ゾーンが変わる球審もいる。過去には、『気持ちが入っていないからボールだ』なんてことを言って、ど真ん中を“ボール”と判定した球審も居たそうだ。気分でゾーンを変えられたら、どっちの立場でもたまったもんじゃない」

「確かに。実際ウチは、やられたことあったしね」

 

 過去の体験を思い出してしみじみ言った理香(りか)に、ナインたちは頷いた。

 

「そうですね。ジャスミンとの練習試合で思い切りやられました。あの時は、アウトコースを取ってくれなくてホント苦労したよ......」

「おかげでボクは、マリンボールを実戦でたくさん使えたけどねっ」

「それが正解だ。事実俺は、コーナーを突く時ほど空振りでの三振を狙っていた」

「なるほど、誤審が起こらないようにしちゃえばいい。難易度は高いけど確実な方法ね」

「まあ、そんなところだ。さて」

 

 試合に目を戻す。試合は、ワンボール・ツーストライクのまま進んでいた。四球目は、一球前とほぼ同じコースのスライダーをカットしてファウル。そして次が、真田(さなだ)への五球目。

 

「(同じ球種を同じコースに二度続けて来た。次は、なんだ? まあ、追い込まれてるから何が来ても当てに行くしかないんだけど)」

「(三球目のスライダーがストライクになったのが痛かった。際どいコースは、カットされてしまう。もっとしっかり外しておくべきだったわね......)」

 

 優花(ゆうか)のストレートの最速は、110km/hジャスト。お世辞にも速いとは言えない。持ち球の中でもストレートの次に速いスライダーで追い込んでしまったことで、外角の出し入れの揺さぶりも難しい。四球目のスライダーも一球前より外からの変化だったため、しっかり見切られてのボール。

 

「((ひじり)のサインは......インコースのスクリュー。内側へ沈む変化球で内野ゴロを打たせたい訳ね、狙いは解るわ。でも、それじゃあダメなのよ。一番バッターは、チームの力量を計る基準になるバッター。もっと、引き出さないと――)」

 

 二度首を振り、三度目のサインに頷いて、ゆったりと足を上げる。

 

「(インコース――の、ストレート!)」

 

『良い当たりでしたが、これも切れて、ファウル! カウントは、ツーエンドツーのまま』

 

「(アウトローのスライダーを続けた後のインハイのストレートを迷い無く振り抜いた。左右上下の揺さぶりには、きっちり対応してくる。それなら、前後はどう?)」

「(また同じコース......ストレートか、イヤ、来ない! チェンジアップか!)」

 

 ストレートに近い軌道からタイミングを外す手元でブレーキの効いたチェンジアップに、身体が前に誘い出された。

 

「(――泳いだ。前後の緩急は苦手......えっ!?)」

 

『セカンドの頭上、ライト新島(にいじま)の前へ運びましたー! ノーアウトランナー一塁!』

 

 想定外のヒットを打たれた優花(ゆうか)は、視線を和花(のどか)に向け、二人は「今の、ちゃんと見たわね?」「はい。確かに見ました」とアイコンタクトで意志の疎通を行う。

 一塁ベースでは、コーチャーとして入っている六条(ろくじょう)が、真田(さなだ)から防具を預かっていた。

 

「ナイスバッティングです!」

「別にナイスじゃないって、少しタイミング外されたし。今までだったら、たぶん、良くて内野フライだったろうけど」

「じゃあ、あの特訓の賜物ですね」

「思い出したくねーなぁ。マジで心を折られたし......」

「あはは......ですね」

 

 二人して苦笑いを浮かべながら話す特訓とは、甲子園へ出発前。学校紹介のために恋恋高校を訪れた、パワフルテレビの取材クルーが撤収した後こと。

 一通りの練習を終え、帰り支度を始めようとした時だった。動きやすいトレーニングウェア姿の東亜(トーア)が、ナインたちをグラウンドに集めた。

 

「出発まで、あと五日か。準備は進んでいるか?」

 

 ナインたちは「はい!」と、声を合わせて返事。

 

「そうか。では出発前に、お前たちへ最後の課題を課す。最終課題は――俺との勝負」

 

 まさかの内容に、どよめきが起こった。

 しかし、東亜(トーア)は構わずに話しを続ける。

 

「内容は、今日を含め出発までの五日間、一日おきに一人につき三打席計九打席の勝負。個々で勝負するもよし、相談し対策を練るのもよし。分かりやすく、外野へ飛ばせば勝ちでいい。が、点を奪い取るつもりでかかってこい」

「あの、もし負けた場合は......?」

「なんだ? 勝負の前から“負け”を認めるのか?」

 

 恐る恐る手を上げて訊いた鳴海(なるみ)は、それ以上何も言えずに言い淀んでしまった。

 

理香(りか)

「大丈夫よ。記者さんたちは全員帰ったわ。反対側は、はるかさんが見張ってくれてる。何か動きがあれば、すぐに連絡をくれるわ」

「じゃあ始めるとするか。俺と、お前たちとの真剣勝負を――」

 

 甲子園を目指し繰り広げてきた激戦よりも、遥かに厳しい勝負。特に、最初の一打席目は、全員が三振に打ち取られるという散々な結果だった。

 

「あれは、本当にキツかったよね......。ボク、一打席目は一球も当てられなかった」

「くくく、緊張していることは目に見えていたからな。ぶっちゃけ打ち取るだけならど真ん中だけで充分可能だったが、それじゃああまりにも面白くない。だから、全員を三振に仕留めてやったのさ」

「うわぁ......」

 

 真実を告げられたあおいたちは、大袈裟に肩を落とした。

 

「だけど、みんなはまだ、マシな方だよ? 俺なんて、みんなが打席に立ってる時キャッチャーやってたけど、これでもかってくらいに捕り損ねたし。マシーンと、実際に投げるコーチのピッチングは全然比べものにならなかった」

「それはそうよ。いくら忠実にピッチングを再現したと言っても、マシーンには感情が存在しないんだもの。私たちの思考の裏を突いてくるわけじゃないわ」

「まあね。それでも、徐々にだけど捕れるようになった」

 

 噛みしめるようにグッと左手を握る。

 

「最後の最後、ノーバウンドで外野へ打ち返したのも鳴海(なるみ)くんだったもんね」

「どん詰まりのポップフライだったけどー。あたしは、もっと良い当たりだったし!」

芽衣香(めいか)のは、ゴロだったでしょ? それもセカンドへの」

「うっ......」

 

 あおいに痛いところ突かれ、わざとらしくよろけて見せる芽衣香(めいか)

 

「完全に、自分のポジションに打たされてたわね。私も、最後はピッチャーゴロだったから芽衣香(めいか)のことは言えないけど」

「うーん、インハイの低速高回転ストレートに上手く対応出来たと思ったんだけどなぁ~」

「なら、単純に打ち損じたんじゃないの?」

「そうかも、ちょっと詰まった感じだったから腕を畳みきれなかったのかな?」

 

 勝負を振り返る中理香(りか)は小声で、東亜(トーア)に真相を訊ねる。

 

「結局、最後は打たせてあげたの?」

「フッ、さーな。まあ、収穫はあったさ」

「収穫?」

 

 東亜(トーア)は軽く笑みを浮かべ、理香(りか)の質問の答えをはぐらかし。そして、はるかに次にサインを伝える。はるかから葛城(かつらぎ)へ送られた本物のサインは、送りバント。

 

「(――送りバント。了解です)」

「(了解ッス)」

 

 葛城(かつらぎ)真田(さなだ)は、ヘルメットを触って確認した旨を伝える。サインは、送りバント。それでも真田(さなだ)は、盗塁を仕掛ける時のように大きなのリードを取った。牽制をされても充分に戻れると判断してのリード幅。セットポジションからの投球に変わった優花(ゆうか)は、当然、真田(さなだ)の盗塁は警戒している。

 

「(このランナーの盗塁数は飛び抜けて多いわけではないけど、その盗塁成功率十割。甲子園でも一・二回戦合わせて、二つ決めてる。内ひとつは三盗。二番は、何でも器用にこなすタイプのくせ者。バントの構えをしているけど、単独スチール、バスターエンドラン、いろいろ想定しておかないといけない場面――)」

 

 セットポジションに着いた優花(ゆうか)は、あえてボールを長く持って、真田(さなだ)を焦らす。そして――。

 

「おっと!」

「セーフ!」

「(あぶねぇあぶねぇ。左投手には、この牽制もあるんだよなー)」

 

 左投手の一塁ランナーへの牽制方法は二種類。ひとつは、投球と同じモーションから上げた足を一塁側へ踏み出して投げる牽制。もうひとつは、軸足の左足を素早くプレートから外し、やや腕を下げたモーションで投げる牽制球。サイドスローの優花(ゆうか)は、どちらの牽制も状況に応じて使い分けることが出来る。

 

「(サインは、送りバントだし。少し自重しとくか)」

「(リードが気持ち小さくなった? 牽制が効いたのかしら。それならバッターに集中出来るわ)」

 

 確りと視線で牽制しつつ、葛城(かつらぎ)への初球を投げる。投球は、外角のストレート。きっちりとバントで捌いた。

 

「ふたつは無理、ひとつだぞ!」

 

 一塁方向へ転がった打球をファーストは、(ひじり)の指示を受けてベースカバーに入った優花(ゆうか)へ送球、ファーストでひとつ、確実にアウトを取った。

 しかし、送りバントは、成功。こちらも狙い通り一死二塁のチャンスを作り、バッターボックスに立つのは、三番奥居(おくい)

 

「(バスターも、エンドランの動きもなく、初球から素直に送ってきた。今までのような積極的な攻撃じゃない......戦い方を変えている? もし、神楽坂と同じ正攻法(セオリー)で来るのなら――何を都合よく考えているのよ、私は......)」

 

 一瞬流れそうになった己を律し、前を向く。

 

「(この相手は、そういう心の隙を狙ってくる。私は、私の役割を果たす......!)」

「(オイラへのサインは、センターから逆方向へのヒッティング。つまり、最悪でも進塁打を打って四番へ回すこと、セオリー通りの戦術。けどそれは、あくまでも最悪のケース。甘く来れば当然、狙っていっていい場面だ!)」

 

 サインに頷いて、初球を投げる。

 外角のボールゾーンからストライクゾーンへ向かって入ってくる、バックドアのスライダー。ストライクとも、ボールともどちらとも取れる際どいコース。

 しかし、元々センターから逆方向を狙っていた奥居(おくい)にとって、おあつらえ向きの外角のボール。

 

奥居(おくい)、初球打ち! ピッチャー返し!』

 

 迷わずに振り抜いた打球は、マウンドの前でバウンドし投げ終わった優花(ゆうか)の足下を襲う。


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