7Game   作:ナナシの新人

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New game13 ~風穴~

「さーて、どんな戦い方をしてくるのかね?」

「データでは、初戦も、二回戦も、ランナーを出したらワンナウトでも送ってくる手堅い戦術だけど」

「ふーん」

 

 ――同じ戦術で来てくれるなら楽なんだけどな。と、ベンチに座った東亜(トーア)は足を組み直す。

 

「(一番バッターは、右打者だけど足のあるバッター......矢部(やべ)くんに近いタイプかな? 長打も警戒して、と)」

 

 じっくり、バッターを観察してからサインを出す。

 出されたサインに頷いた片倉(かたくら)の初球は、ストレート。

 

『おっと、バットを寝かせた! 初球、セーフティバント! しかし、これは三塁線へ切れました、ファウルです。ワンストライク』

 

「はい」

「どもっす」

 

 戻って来たバッターは、バットを拾ってくれた鳴海(なるみ)に礼を言って打席に入ると、今度は最初からバントの構えを取った。

 

「(初球セーフティバントの次は、バントか。初っぱなから揺さぶって来るな。バスターからのヒッティング、八嶋(やしま)の時みたいなセーフティも頭に入れておかないと。だけど、気にし過ぎなくていいからね)」

 

 鳴海(なるみ)は、サードからファーストへ右手の人差し指で扇を描くように動かし、両手を地面へ向けるジェスチャーで「落ちついて、普段通り対処しよう」と合図を送り、改めて二球目のサインを出す。

 

片倉(かたくら)の二球目――外角のストレート! バッター、バットを引いてヒッティング!』

 

 ボール球の力のあるストレートで、振り遅れのファウルを打たせ、三球目、緩急の効いたカーブを引っかけさせた。ショート奥居(おくい)への平凡なゴロに打ち取る。

 

「ぜんぜんダメじゃん。動揺させるどころか、いいようにやられちゃってるし」

「想定内です。むしろ、空振りしなかったことは想定以上の成果を出してくれました。では私は、ネクストバッターですので」

 

 肘当てなどを防具を付けて、ネクストバッターズサークルへ向かう和花(のどか)。みずきは、後ろの席を振り返る。

 

佐奈(さな)先輩は......って、居ないし!」

佐奈(さな)なら、メイク直してくるって言ってベンチ裏行ったぞー」

「ったくもう、あの人は~っ!」

「どうした? みずき」

「また、ずいぶんと荒れているわね」

 

 試合開始直後からブルペンに入って、軽くキャッチボールをして肩慣らしをしていた(ひじり)優花(ゆうか)は、不機嫌そうに眉をつり上げている理由を訊く。

 

「ああ、なるほど。いつものね」

「うむ」

 

 納得した様子でベンチに座って、タオルで軽く額の汗を拭う二人。

 

「言っても時間のムダよ。あの子は、入部した頃から変わらないもの。せっかくいい才能(モノ)を持っているのにもったいないわ」

「私も、優花(ゆうか)先輩の意見に同意だ。もっと真面目に練習に取り組めば、スゴいピッチャーになると思うぞ」

「ホント、マイペースな人よね。振り回される身にもなって欲しいわっ」

「それは、同感ね」

「うむ」

 

「お前たちが、それを言うか......?」と、普段この三人を含めた、個性的で自己主張の強い女子たちに振り回されているチームメイトたちは、心の中でツッコミを入れた。

 

『またしても、セーフティバント! 二球続けてセーフティバント。先頭バッターに続き、二番バッター新島(にいじま)早紀(さき)も、執ようにバッテリーに揺さぶりをかけます!』

 

 一球、外角へ外したボール球で反応を見る。寝かせたバットを引き、ボール球に手が出かかったが、これは見逃してボール。

 

「(バットの引きが早かった割りには、結構なボール球に反応してきた。選球眼は、あまり良くないのか。それとも、小細工が苦手なのかな? だけど、当てる技術はある。粘られるのも面倒だし、次で仕留めるよ)」

「(はい......!)」

 

 サインに力強く頷いた片倉(かたくら)は、ワインドアップから四球目を投げる。高めの力のあるストレートに、中途半端に手を出した。鳴海(なるみ)はすかさず、球審にアピール。

 

「スイング!」

 

 球審は、三塁塁審へジャッジを委ねた。三塁塁審は、グーを作った右手を挙げる。

 

新島(にいじま)は、ハーフスイングをとられました! 空振り三振ツーアウト! そして今の一球、バックスクリーンのスピードガンは140km/hを計測。片倉(かたくら)、甲子園初先発のマウンドで自己最速タイをマークしましたー!』

 

 片倉(かたくら)の元チームメイトで、地区予選準々決勝の相手、関願高校の伊達(だて)は、同じシニア出身の同学年の選手と自主練の休憩の合間に、ネット中継で試合を観戦していた。

 

片倉(かたくら)のヤツ、また140キロだってさ。ずいぶんと差をつけられたなー」

「フン、関係ない。勝負は、来年の夏だ。休憩終了、練習に戻るぞ」

「へいへい。全試合チェックするくらい気にしてるくせに......」

「......なんだ?」

「なんでもねーよ。で、何をするんだ?」

「ストレートのレベルアップ。球速と球威を教化しつつ自在にコントロールすることが出来れば、ピッチングの幅は広がる」

「やっぱり意識してるじゃん」

「うるさい、さっさと走るぞ」

「えっ、俺も?」

「当たり前だ。ピッチングは速筋と遅筋のバランスが重要だからな。無酸素運動の筋トレだけでは補いきれない」

「俺、キャッチャーなんだけど?」

「恋恋の捕手を見習って、少し絞れ。将来膝を壊しても知らんぞ」

 

「俺は別に、プロ目指してる訳じゃないんだけどなぁ......」と漏らしながらも、伊達(だて)の練習に付き合うお人好しだった。

 舞台は甲子園に戻り、三振に終わった新島(にいじま)は、三番の和花(のどか)に、打席で対峙した印象を伝えた。

 

「あの投手のストレート、思った以上に手元で来るぞ。特に高めは力がある。カットするつもりが当たらなかった」

「変化球と制球力はいかがですか?」

「縦のカーブは甘いコースからでも結構大きく変化するな。セーフティを狙うなら、内に入ってくる横のカーブを狙う方がベストなのかもしれん。私たち、左打者にとっては」

「そうですか、解りました。ご苦労さまです」

 

 情報を貰い、入れ替わりで打席に入った和花(のどか)も先の二人と同様、早々にバントの構えで揺さぶりをかける。初球は、バットを引いて見逃しのストライク。続く二球目、通常の構えから外角へ甘く入ったカーブに上手く合わせた。

 

『ヒット! 夢城(ゆめしろ)和花(のどか)、変化球を逆らわずにレフト前へ運びました! 聖タチバナ学園、ツーアウトから先制のランナーが塁に出ました!』

 

 鳴海(なるみ)は、プレートを外させて、いったん間を取らせた。

 

「(くぅ、やられた。ボール球で良かったけど、ちょっと甘く入ったなー。さすが、あの神楽坂(かぐらざか)から粘ってフォアボールをもぎ取ったバッター、失投は見逃してくれないか。まあ、合わせるだけのバッティングをしてくれてる間は問題ないけど)」

 

 バッターボックスに入る前に素振りをする四番に目をやり、ネクストバッターズサークルで準備をしている(ひじり)に一瞬目を向けてから再び、四番へ視線を戻す。ベンチの優花(ゆうか)からサインを受け取り、右打席に立った四番も同様にバントの構えをとった。

 

「(四番もバスターか、徹底してるな。試合後のインタビューでは『四番じゃなくて、四番目を打つバッター』って自分で答えてたし。バントもするし、右打ちも出来る繋ぎタイプ四番って言っていたけど。地区大会の成績は、打率三割越えでホームランも二本打ってる。女子の活躍に目が行きがちだけど、実力は本物。当然だ、運だけ勝ち上がれるほど甲子園は甘くない......!)」

 

 みずきは、今出されたサインについて、優花(ゆうか)に訊く。

 

「もっと大事に行った方がいいんじゃないですかー? せっかく、和花(のどか)が出塁したのに」

「だからこそよ。相手の土俵で戦っているうちは、絶対に主導権は奪えない。向こうは、もっと先を見据えて戦っている。私たちに勝機があるとすれば、その隙を突き、風穴を作って突破口を開く他ないわ。ある程度の出費は覚悟の上よ」

「赤字決済にならなければいいですけどねー」

「そのために、私が投げるのよ。じゃあ、肩を作るわ」

 

 優花(ゆうか)は控え捕手を連れて、ブルペンへ向かう。マウンドの片倉(かたくら)は、ファーストランナー和花(のどか)を目で牽制をしつつ、足を上げた。

 

『ランナースタート! バッテリー外した、バッターは空振り、これは読んでいた! ベースカバーに入った奥居(おくい)、滑り込んで来る夢城(ゆめしろ)和花(のどか)の足に余裕を持ってタッチ、アウト! 初球から果敢に攻めましたが、ここはバッテリーの勝ち。見事にエンドランを阻止して、スリーアウトチェンジです!』

 

 ランナーを許すも結果的に初回を三人で片付け、攻守交代。

 両チーム共に急いで準備を始める。

 

「積極的な攻撃といえば聞こえはいいけど、ちょっと強引じゃないかしら?」

「まあ、今までの相手とは違うってことを印象付けたかったんだろうさ。アイツらの表情(かお)を見る限りな」

 

 実質的に采配を振るう優花(ゆうか)だけではなく、他のナインたちにも和花(のどか)の盗塁失敗にダメージを受けた様子はなく、急いで守備の準備を進めている。

 

「つまり、この盗塁失敗は想定内。セーフティバント、バスター、盗塁、エンドラン、初回からいろいろ仕掛け来るわね」

「解っているヤツが居るのさ、勝負ってヤツを。面白いじゃねーか。勢いや、まぐれで勝ち上がって来た訳じゃない」

「ここまで勝ち上がって来たのには、ちゃんとした理由があるのね」

「こういった相手と勝負するのは初めてだろ。お前は、どう対処する?」

「そうね......」

 

 理香(りか)は目をつむって、相手の思惑を思案し答えを導き出す。

 

「正攻法。あえて、相手が得意とする土俵で勝負するわ。それも徹底的に」

「なら、それで行くか」

 

 小さく笑みを見せた東亜(トーア)は、ナインたちを集めて理香(りか)が提案した戦術を伝える。

 

 ――さて、どう反応してくるか見物だな。


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