昼休み。3-Aの教室では
「球速は、平均120キロ前後。球種もストレートだけなのにバンバン空振りを奪って、奪三振の山を築いていくんだ」
「すごいね!」
「俺、気がついたら一時過ぎまで観てたよ」
「
「はい、気をつけます」
練習の疲労があるにも関わらず夜遅くまで動画に見入っていたことをはるかに咎められた
「でも、コーチはなんで、
「確かに。
「プロ野球で活躍された方ですから、何か意味があるのではないでしょうか?」
「何か、か。う~ん......」
何だろう、と
「あおいも見せてもらったら? 参考になるかもよ」
「そうだね。今度、ボクに見せてくれる?」
「じゃあ今度、見終わったのを持ってくるよ」
あおいと約束をして、午後の授業。そして、放課後がやって来た。
「今日もまた、二時間走らされんのかな?」
「そうだったらオイラ、病院送りになる自信があるでやんす......」
「もぅ、二人とも大げさ過ぎだよ」
「ホント情けないわね」
二人の先を歩き振り向いて苦言を言うあおいと
「普通に痛いけど、練習に支障がでる程じゃないよ」
「根性よ、根性!」
「あははっ」
「あんたは辛そうじゃないわね?」
「俺も痛みはあるよ。ビデオを見ながらずっとストレッチしてたから、ちょっとマシなのかも」
そんなことを話しながら、グラウンドに到着。
他の部員は既に来ていたが、
そして、仮入部の新入部員たちはというと――。
「ほう。全員残っているじゃないか」
少なくとも二、三人。最悪全滅もありえると考えていた
「あ、
「じゃあ、先ずは走ってもらうか」
「はい! 行くぞ!」
「
あおいの投球フォーム、アンダースローはオーバースローに比べてはるかに足腰にかかる負担が大きいため、下半身をより鍛える為の処置。下半身の安定は、スタミナ強化はもちろん、球速や制球力の向上に繋がる。
「うっ、けっこう重いかも」
「片方2キロ、計4キロ。まあ、最初はそんなもんだ」
「さ、最初は......?」
――わかってるだろ? と意地悪な笑みを見せる
「コイツを等間隔に固定しろ」
「プラスチックの棒ですか?」
長さ10㎝厚さ1㎝ほどの白いプラスチック棒を、空き教室の机の両端に固定して、棒の先端に目印に赤いシールを貼り付けて完成。
「これは、どう使うのですか?」
「椅子に座って、アゴを机につけてみろ」
「こうですか?」
はるかは、言われた通りに椅子に座る。
「それでいい。そのまま顔を動かさずに眼だけを動かし、棒のシールに交互にピントを合わせる」
アゴを机に固定し眼だけを左右に動かし、左右の棒の赤いシールに連続してピントを合わせることで、眼球運動を鍛えるトレーニング。
今行っている基礎体力トレーニングで体が動くようになったとしても、予選を勝ち上がるには150キロ以上のボールについていける高い眼球運動能力が必要。これは、そのためのトレーニングの一部。
「思った以上に大変です。目が疲れます......」
「体と同時に眼も鍛える必要があるのさ」
目をこするはるかに、
「
「ええ。出るの?」
「調達するものがある。あとは任せる」
空き教室を出た
恋恋高校の正門を抜けてから数分で目当ての場所に到着。
そこでは一定のテンポで金属音が外まで響く、バッティングセンター。
「いらっしゃいませー」
店内に入り、カウンターで1ゲーム分の支払いを済ませる。バッティングゲージに入ることなく、ベンチでタバコを吹かしながら客のバッティングを眺めていた。
一番左の80キロゲージには男子小学生。彼から三つ飛んで120キロには中学生くらいのこれまた男子学生。ソフトボールゲージで構える女性など数人の客がバットを振っている。
「ふっ!」
「ふーん」
最速のボールはカットするか、見逃して、打てる遅いボールを当たりはともかく的確に前へ打ち返している。その後も同じゲージでバッティングを続けて、2ゲームを終えたところでメダルが尽きたらしく、財布を持ってゲージの外に出てきた。
「やるよ」
「えっ?」
「あ、あの――」
「いいもん見せてもらった礼だ」
背中を向けたまま店の外に出ていく
「ランニングのあとの筋トレは地獄でやんす......」
「さすがのおいらも限界だぜ」
「あとワンセットだ、みんな頑張ろう!」
キャプテンの号令で誰一人脱落することなくサーキットトレーニングをやり終えて、運命のドリンクタイムがやってきた。マネージャーのはるかは、昨日と同じようにベンチ前に机をセットして、人数分のドリンクを並べて置く。
「みなさん、おつかれさまです。特製ドリンクですよー」
「あのー、はるかちゃん」
「はい、なんでしょうか?」
「今日もアタリという名のハズレはあるのでしょうか?」
「もちろん用意してありますよ」
ニコッと微笑みを見せるはるか。
「フッフッフ......でやんす」
「なによ、
「オイラはもう、ハズレドリンクの色を見切っているでやんす! お先にでやんす!」
「あっ! ちょっと待ちなさい!」
止める
「こ、これは......でやんす」
しかしその手は、ピタッと止まった。不思議に思った
「どうしたんだ?
「ふ、フタがしてあるでやんす......!」
「ふふっ、色で判断できたらつまらないと思いまして」
これにより
「――セ、セーフでやんす!」
ゴクゴクッと飲む
「ぐはっ......お、おいらが引いたぜ......」
「ふふ~ん、これで残りは全部セーフな訳ね! うっ、ゴホッゴホッ......な、なによこれーっ!?」
「ふふっ。アタリは一つとは言ってませんよ?」
これもはるかの独断。
天使のような笑顔のはるかだがこの時、彼らにとって彼女は悪魔にしか見えなかったという。
「はぁはぁ......」
「大丈夫ですか? あおい」
「うん。大丈夫だよ......」
足に重り付けてのトレーニングにより膝に手をついて呼吸を整えるあおいを心配するはるかは、ドリンクを渡して耳元で言った。
「あおいのは、特別おいしいの作ったから安心してくださいね」
「ありがと、はるか」
休憩を済ましたナインは、
「
「ふーん」
興味無さそうに返事を返して時計を見た。
「予定通りだな」
「あっ、コーチ。次は何をすればいいですか?」
「終わりだ」
今日の練習は終わり。
「そうですか......。じゃあみんな――」
「体の運動はな。今から頭の運動をしてもらう」
「頭、ですか?」
予想外の台詞に
「オイラ、勉強は苦手でやんす......」
「おいらもだぜ......」
「安心しろゲームだ」
「今からトランプをしてもらう。ゲームは『ババ抜き』と『大富豪』の二種類、ローカルルールはなし。ただし、ポイント制でグループ内の下位二名には、グラウンド整備を行ってもらう」
筋トレで疲れている身体に更に少人数でのグラウンド整備がかかっていることで真剣にゲームを始めた。
「あの~、これはどういう練習なのでしょうか」
「見てみろ、アイツらのマジな
腕を組んだまま、アゴでナイン指す。
「相手の顔色を伺いつつカードを切る。読み合い、騙し合いだ」
「さしずめ、勝負勘のトレーニングね」
はるかの横で、
「まーな。こういったもんは危機感がないと意味がない」
「なるほど、それでバツゲーム付きなんですね」
時間にして一時間弱だが本気の勝負をして神経を擦りきらせた今日の部活は解散となった。
「うぅっ......。足、パンパン......」
「
「くっそー、明日は負けないからっ!」
いつもの交差点で六人は別れる。
帰り道があおいと同じの
「はあ......」
「どうしたの?
「今日もボールを触れなかったな~、って」
「そういえばそうだね」
「俺たち、こんなことで大丈夫なのかな?」
日は暮れて星が見える空を見て言った
「ねぇ、キャッチボールしよ!」
「えっ?」
「ほら、ちょうど公園があるし。行こう!」
「えっ? ちょ、ちょっと......!」
あおいは
「練習試合の相手が決まったわ」
「ふーん」
いつものバーでアルコールをたしなむ
「もう。ちょっとは興味を持ちなさいよ」
「どうせ本番じゃねえからな、で相手は?」
「聞いておどろきなさい。相手は――」
それは――春の覇者、アンドロメダ学園。