7Game   作:ナナシの新人

8 / 111
game8 ~危機感~

 昼休み。3-Aの教室では鳴海(なるみ)、あおい、芽衣香(めいか)、はるかの四人が机を囲んで、昼食をとっている。同じクラスの矢部(やべ)と、別のクラスの奥居(おくい)は来る余裕もないほど昨日のトレーニングでヘタレ込んでいた。

 

「球速は、平均120キロ前後。球種もストレートだけなのにバンバン空振りを奪って、奪三振の山を築いていくんだ」

「すごいね!」

「俺、気がついたら一時過ぎまで観てたよ」

鳴海(なるみ)さん、ちゃんと休まないとダメですよ」

「はい、気をつけます」

 

 練習の疲労があるにも関わらず夜遅くまで動画に見入っていたことをはるかに咎められた鳴海(なるみ)は、素直に頭を下げた。

 

「でも、コーチはなんで、鳴海(なるみ)にだけ渡したんだろ?」

 

 芽衣香(めいか)の疑問に、三人は首をかしげる。

 

「確かに。(オーバー)(アンダー)、ピッチングフォームの違いはあるけど。内野手の俺よりも、投手のあおいちゃんの方が絶対参考になるよね」

「プロ野球で活躍された方ですから、何か意味があるのではないでしょうか?」

「何か、か。う~ん......」

 

 何だろう、と鳴海(なるみ)は腕を組んで、東亜(トーア)の思惑を考えてみるも答えは浮かんでは来ない。

 

「あおいも見せてもらったら? 参考になるかもよ」

「そうだね。今度、ボクに見せてくれる?」

「じゃあ今度、見終わったのを持ってくるよ」

 

 あおいと約束をして、午後の授業。そして、放課後がやって来た。

 

「今日もまた、二時間走らされんのかな?」

「そうだったらオイラ、病院送りになる自信があるでやんす......」

 

 奥居(おくい)矢部(やべ)共に酷い筋肉痛に見舞われている両足を引きずりながら、グラウンドへ重い足を動かしている。

 

「もぅ、二人とも大げさ過ぎだよ」

「ホント情けないわね」

 

 二人の先を歩き振り向いて苦言を言うあおいと芽衣香(めいか)に、鳴海(なるみ)は二人は平気なのかと訊ねた。

 

「普通に痛いけど、練習に支障がでる程じゃないよ」

「根性よ、根性!」

「あははっ」

「あんたは辛そうじゃないわね?」

「俺も痛みはあるよ。ビデオを見ながらずっとストレッチしてたから、ちょっとマシなのかも」

 

 そんなことを話しながら、グラウンドに到着。

 他の部員は既に来ていたが、矢部(やべ)たちと同様全員辛そうな表情(かお)をしている。

 そして、仮入部の新入部員たちはというと――。

 

「ほう。全員残っているじゃないか」

 

 少なくとも二、三人。最悪全滅もありえると考えていた東亜(トーア)にとって、全員生き残るという意外な結果。

 

「あ、渡久地(とくち)コーチ。みんな整列!」

 

 鳴海(なるみ)は、東亜(トーア)が来たのを確認するとすぐに部員を集めて挨拶。少し遅れてやって来た理香(りか)にも同じように挨拶をして、速やかに着替えを済ませると再び整列。

 

「じゃあ、先ずは走ってもらうか」

「はい! 行くぞ!」

 

 鳴海(なるみ)を先頭に走り出した。

 

早川(はやかわ)。お前は、コレを付けて走れ」

 

 東亜(トーア)があおいに渡した物は、パワーアンクル。

 あおいの投球フォーム、アンダースローはオーバースローに比べてはるかに足腰にかかる負担が大きいため、下半身をより鍛える為の処置。下半身の安定は、スタミナ強化はもちろん、球速や制球力の向上に繋がる。

 

「うっ、けっこう重いかも」

「片方2キロ、計4キロ。まあ、最初はそんなもんだ」

「さ、最初は......?」

 

 ――わかってるだろ? と意地悪な笑みを見せる東亜(トーア)に、あおいは諦めて走り出した。ナインが走っている間に東亜(トーア)は、理香(りか)とはるかを連れて次の準備を始める。

 

「コイツを等間隔に固定しろ」

「プラスチックの棒ですか?」

 

 長さ10㎝厚さ1㎝ほどの白いプラスチック棒を、空き教室の机の両端に固定して、棒の先端に目印に赤いシールを貼り付けて完成。

 

「これは、どう使うのですか?」

「椅子に座って、アゴを机につけてみろ」

「こうですか?」

 

 はるかは、言われた通りに椅子に座る。

 

「それでいい。そのまま顔を動かさずに眼だけを動かし、棒のシールに交互にピントを合わせる」

 

 アゴを机に固定し眼だけを左右に動かし、左右の棒の赤いシールに連続してピントを合わせることで、眼球運動を鍛えるトレーニング。

 今行っている基礎体力トレーニングで体が動くようになったとしても、予選を勝ち上がるには150キロ以上のボールについていける高い眼球運動能力が必要。これは、そのためのトレーニングの一部。

 

「思った以上に大変です。目が疲れます......」

「体と同時に眼も鍛える必要があるのさ」

 

 目をこするはるかに、東亜(トーア)は用意して置いた目薬をひとつ机においてから、理香(りか)に指示を出した。

 

理香(りか)。ランニングが終わったら、サーキットトレーニングを3セット、ドリンク。このトレーニングを一時間したあとは全員に目薬をさすように指示を出せ」

「ええ。出るの?」

「調達するものがある。あとは任せる」

 

 空き教室を出た東亜(トーア)は、恋恋高校を出て昨日興味を持った場所へ向かい歩きだした。

 恋恋高校の正門を抜けてから数分で目当ての場所に到着。

 そこでは一定のテンポで金属音が外まで響く、バッティングセンター。

 

「いらっしゃいませー」

 

 店内に入り、カウンターで1ゲーム分の支払いを済ませる。バッティングゲージに入ることなく、ベンチでタバコを吹かしながら客のバッティングを眺めていた。

 一番左の80キロゲージには男子小学生。彼から三つ飛んで120キロには中学生くらいのこれまた男子学生。ソフトボールゲージで構える女性など数人の客がバットを振っている。

 

「ふっ!」

 

 東亜(トーア)が眺めているのは彼らではなく、その二つ隣このバッティングセンターの中でも難易度の高い、最速140キロから最遅100キロまでランダムで放たれる硬球のゲージで快音を響かせている客。

 

「ふーん」

 

 最速のボールはカットするか、見逃して、打てる遅いボールを当たりはともかく的確に前へ打ち返している。その後も同じゲージでバッティングを続けて、2ゲームを終えたところでメダルが尽きたらしく、財布を持ってゲージの外に出てきた。

 

「やるよ」

「えっ?」

 

 東亜(トーア)は、出てきた客にピンッ! と親指でコインを弾いて渡す。それを慌てながら両手で受け取る。

 

「あ、あの――」

「いいもん見せてもらった礼だ」

 

 背中を向けたまま店の外に出ていく東亜(トーア)の背中を見ていた客は、恋恋高校の制服を身にまとった女子生徒。その頃ナインたちは、サーキットトレーニングを行っていた。

 

「ランニングのあとの筋トレは地獄でやんす......」

「さすがのおいらも限界だぜ」

「あとワンセットだ、みんな頑張ろう!」

 

 キャプテンの号令で誰一人脱落することなくサーキットトレーニングをやり終えて、運命のドリンクタイムがやってきた。マネージャーのはるかは、昨日と同じようにベンチ前に机をセットして、人数分のドリンクを並べて置く。

 

「みなさん、おつかれさまです。特製ドリンクですよー」

「あのー、はるかちゃん」

「はい、なんでしょうか?」

 

 鳴海(なるみ)は、恐る恐る手を上げてはるかに訊く。

 

「今日もアタリという名のハズレはあるのでしょうか?」

「もちろん用意してありますよ」

 

 ニコッと微笑みを見せるはるか。

 

「フッフッフ......でやんす」

「なによ、矢部(やべ)。その気持ち悪い笑い方」

「オイラはもう、ハズレドリンクの色を見切っているでやんす! お先にでやんす!」

「あっ! ちょっと待ちなさい!」

 

 止める芽衣香(めいか)を無視して矢部(やべ)は、一番乗りでドリンクに手を伸ばした。

 

「こ、これは......でやんす」

 

 しかしその手は、ピタッと止まった。不思議に思った奥居(おくい)が、矢部(やべ)の隣へ行く。

 

「どうしたんだ? 矢部(やべ)

「ふ、フタがしてあるでやんす......!」

「ふふっ、色で判断できたらつまらないと思いまして」

 

 東亜(トーア)の指示ではなく、はるか個人の案でコップにはホットコーヒーに付ける物より飲みやすいように少し口がひろめの白いふたが装着され、外からではドリンクの色が分からなくなっていた。

 これにより矢部(やべ)の必勝法は崩れ、全員が横ばいの選択。各々が恐る恐るコップを取っていき口に含む。

 

「――セ、セーフでやんす!」

 

 ゴクゴクッと飲む矢部(やべ)の隣で、奥居(おくい)が膝をついた。

 

「ぐはっ......お、おいらが引いたぜ......」

「ふふ~ん、これで残りは全部セーフな訳ね! うっ、ゴホッゴホッ......な、なによこれーっ!?」

「ふふっ。アタリは一つとは言ってませんよ?」

 

 奥居(おくい)がハズレを引いたことで安心しきっていた芽衣香(めいか)に不意打ち。

 これもはるかの独断。

 天使のような笑顔のはるかだがこの時、彼らにとって彼女は悪魔にしか見えなかったという。

 

「はぁはぁ......」

「大丈夫ですか? あおい」

「うん。大丈夫だよ......」

 

 足に重り付けてのトレーニングにより膝に手をついて呼吸を整えるあおいを心配するはるかは、ドリンクを渡して耳元で言った。

 

「あおいのは、特別おいしいの作ったから安心してくださいね」

「ありがと、はるか」

 

 休憩を済ましたナインは、理香(りか)の指示で空き教室へ移動。眼球運動を鍛えるトレーニングを終えた時ちょうど東亜(トーア)が戻ってきた。

 

渡久地(とくち)くん、全部終わって目薬をさしているところよ」

「ふーん」

 

 興味無さそうに返事を返して時計を見た。

 

「予定通りだな」

「あっ、コーチ。次は何をすればいいですか?」

「終わりだ」

 

 今日の練習は終わり。東亜(トーア)の言葉を聞いた鳴海(なるみ)は、ナインに呼び掛ける。

 

「そうですか......。じゃあみんな――」

「体の運動はな。今から頭の運動をしてもらう」

「頭、ですか?」

 

 予想外の台詞に鳴海(なるみ)は聞き返した。

 

「オイラ、勉強は苦手でやんす......」

「おいらもだぜ......」

「安心しろゲームだ」

 

 東亜(トーア)は笑みを見せ、15人いる部員を5人ずつ3つのグループに分け机に座らせてトランプを配る。

 

「今からトランプをしてもらう。ゲームは『ババ抜き』と『大富豪』の二種類、ローカルルールはなし。ただし、ポイント制でグループ内の下位二名には、グラウンド整備を行ってもらう」

 

 筋トレで疲れている身体に更に少人数でのグラウンド整備がかかっていることで真剣にゲームを始めた。

 

「あの~、これはどういう練習なのでしょうか」

「見てみろ、アイツらのマジな表情(かお)を」

 

 腕を組んだまま、アゴでナイン指す。

 

「相手の顔色を伺いつつカードを切る。読み合い、騙し合いだ」

「さしずめ、勝負勘のトレーニングね」

 

 はるかの横で、理香(りか)が言う。

 

「まーな。こういったもんは危機感がないと意味がない」

「なるほど、それでバツゲーム付きなんですね」

 

 時間にして一時間弱だが本気の勝負をして神経を擦りきらせた今日の部活は解散となった。

 

「うぅっ......。足、パンパン......」

芽衣香(めいか)、おつかれさまっ」

「くっそー、明日は負けないからっ!」

 

 鳴海(なるみ)たちのグループは芽衣香(めいか)奥居(おくい)の負け。二人ともドリンクもハズレを引くという災難をすべて引き受ける形になった。

 いつもの交差点で六人は別れる。

 帰り道があおいと同じの鳴海(なるみ)は、タメ息をついた。

 

「はあ......」

「どうしたの? 鳴海(なるみ)くん」

「今日もボールを触れなかったな~、って」

「そういえばそうだね」

「俺たち、こんなことで大丈夫なのかな?」

 

 日は暮れて星が見える空を見て言った鳴海(なるみ)に、あおいは名案とばかりに提案を持ちかける。

 

「ねぇ、キャッチボールしよ!」

「えっ?」

「ほら、ちょうど公園があるし。行こう!」

「えっ? ちょ、ちょっと......!」

 

 あおいは鳴海(なるみ)の手を取って近くの公園の街灯の下へ行き。そこで二人は二日ぶりのキャッチボールを楽しんだ。

 

「練習試合の相手が決まったわ」

「ふーん」

 

 いつものバーでアルコールをたしなむ東亜(トーア)は、また興味が無さそうに返事を返す。

 

「もう。ちょっとは興味を持ちなさいよ」

「どうせ本番じゃねえからな、で相手は?」

 

 理香(りか)は、東亜(トーア)を見下すように笑みを見せる。

 

「聞いておどろきなさい。相手は――」

 

 理香(りか)の口から語られた練習試合の相手。

 それは――春の覇者、アンドロメダ学園。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。