7Game   作:ナナシの新人

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お待たせしました。
少し時間に余裕が出来たので、予定より早めの再開になりました。また、よろしくお願いします。


対聖タチバナ学園戦
New game11 ~改革~


『内角を抉る速球で詰まらせた、サードゴロ! サード葛城(かつらぎ)からファースト甲斐(かい)へ渡って、ゲームセット! 恋恋高校二回戦突破、先発早川(はやかわ)藤村(ふじむら)、そして最後は、クローザー近衛(このえ)が三人で締めて勝利を収めました!』

 

 甲子園に二度目の校歌が流れ、アルプススタンドの応援団へ挨拶をして、ベンチ裏へ引き上げた。試合後恒例のインタビューを受け、大勢のファンが出待ちをする中バスに乗り込み、宿舎へ帰る。

 

「初戦と比べると、やっぱり落ち着いて試合に臨めていたわね」

「そんな大ごとでもないだろ、やる前から勝負は決まっていた。完全に相手の自滅だ」

「それこそ、初戦の帝王実業を相手にインパクトを与えて勝ったからでしょ。当初の狙い通り」

 

 試合中継を観ながら昼食を食べるナインたちに、東亜(トーア)は目を向けた。

 

「次の試合は、四日後か」

「ええ。相手は今、試合をしているどちらか。前評判通りに行けば、神楽坂大附属になるんだろうけど――」

 

 テレビから大きな歓声が上がった。ナインたちは箸を止めて、食い入るように中継を観ている。

 

「おおっ! 神楽坂(かぐらざか)相手に先制点奪った!」

「スゴいね! 今大会五本の指に入るって評判の左腕相手だよっ」

「膠着状態が続いていた試合中盤、相手のミスからの先制点。これは大きいわ」

「このまま逃げ切れるかな?」

「雑誌によると、エース神楽坂(かぐらざか)を中心に堅守で接戦をモノにしてきたチームみたいだから。もしかしたらもしかするかもね」

「そっか、頑張って欲しいなー」

 

 神楽坂大附属ではなく、相手側の聖タチバナ学園を応援するナインたち。その理由は、恋恋高校と同じく、女子部員がチームの中心として活躍しているため。おのずと肩入れしている。

 

『最後は、アウトコースへズバッと決まり見逃し三振でゲームセット! 初出場の聖タチバナ学園ベスト16進出、次戦は同じく初出場の恋恋高校との一戦です! どちらも、今大会から出場が認められた女子選手が活躍しているチーム同士の対戦。私、今から、胸の高鳴りが抑えきれませンッ!』

 

「女子中心の無名校が、神楽坂大学附属を破った。結局あの一点で勝敗が決まったわね」

 

 無言でテレビを消した東亜(トーア)に、少し不思議そうな顔で理香(りか)は訊ねる。

 

「どうしたの?」

「少々面倒な方が勝ち残った」

「と言うことは、神楽坂大附属の方がやりやすかったってことなのね」

神楽坂(かぐらざか)には、脆い弱点があった。勝敗を分けた失点はミスじゃない。その弱点をついた攻撃だった」

「弱点?」

 

 理香(りか)は、タブレット端末を立ち上げて失点したシーンの動画を再生。どちらも決定機を欠き膠着状態で進んだ六回聖タチバナの攻撃、粘ってフォアボールで出塁した先頭ランナーを、手堅く送りバントでスコアリングポジションへ進め、続くバッターの何の変哲もない打球を神楽坂(かぐらざか)が弾いてしまい、逆をつかれたセカンドがカバーする間にホームを落とし入れ、先制点を奪った。

 

「左利きの神楽坂(かぐらざか)には投球の後、サード方向へ身体が流れるクセがあった。バッターは、流れた身体の逆の軸足を狙い打ったのさ。アウトカウントはワンナウト、二回勝負出来る中できっちり決めた」

「この一打を打ったのも、躊躇せずホームへ帰ってきたのも、女の子......。監督(ベンチ)が指示したような様子は見受けられないわ。と言うより、監督は顧問の先生みたいね」

「つまり、状況を冷静に分析して判断することが出来る能力を持つヤツが居て、それを遂行出来るだけの能力を持つチームって訳だ。投手の方も、クセの強い変則揃いと来てる」

 

 動画を、守備のシーンへと切り替える。

 

「先発は、エースナンバーを付ける二年生、(たちばな)みずきさん。一度背中を見せるような独特な左のサイドスロー。二番手は、佐奈(さな)あゆみさん。深く沈み込む左のアンダースロー。そして試合を締めくくったのは、クロスステップして投げる左サイドスローの夢城(ゆめしろ)優花(ゆうか)さん。順番は違うけど、初戦もこの三人が、きっちり三イニングづつ務めて守り勝った。コントロール抜群の変則サウスポーの三本柱......確かに、厄介な相手ね」

「それだけじゃねーんだな」

「攻撃面は、それ程でもなさそうだけど?」

「そうじゃねーよ。問題があるのは――」

 

 ――恋恋(ウチ)の連中の方だ。

 

 

           * * *

 

 

 翌日、ナインたちは買い出しを兼ねて、観光へ出かけた。

 ナビゲーションアプリを頼りに辿り着いた、大勢の人々で賑わう大阪の繁華街を案内で見てまわる。

 

「ほむらおすすめのたこ焼き、うまっ! さすが食い倒れの街よねー。値段も良心的だし」

「立ち食いは、はしたないですよ? みなさんが居るベンチへ行きましょう」

「はいはい。だけど、変わった話しよね?」

 

 はるかに促された芽衣香(めいか)は、先に座っていた瑠菜(るな)の隣に座って、出掛ける前に東亜(トーア)に言われて疑問に思ったことを話しだした。

 

「大阪には美味しいものが沢山あるからお腹いっぱい食べてこい、だなんて。初戦の時は、遊んで気分転換してこいだったのに。それに、お小遣いもくれたし」

「それも、コーチのポケットマネーからね。豚まん、食べる?」

「食べる食べるーっ。はい、たこ焼き」

「ありがとう」

 

 他のナインたちも、二人のように観光を楽しんでいた頃、宿舎では理香(りか)が、東亜(トーア)に頼まれていたことの報告をしていた。

 

「予想通り、みんな、体重が落ちていたわ。特に顕著なのが――」

 

 理香(りか)は、テーブルに置かれた名簿の芽衣香(めいか)の名前を指差した。

 

「だろうな。今朝は少し戻ったが、昨日の昼食、夕食も、あまり箸が進んでいなかった。当然といえば当然だが、この酷暑の中出ずっぱりで疲労が溜まっている。食欲の減退と比例して、体力は落ちる。そもそも、女子の大会参加が認められていなかった理由付けのひとつに体調という側面がある」

「女性特有の事情もあるしね。身体を酷使すると将来影響を及ぼすことだってあり得るわ」

「まあ、それは建前で、本当のところはもっと単純な理由だ。何か問題が起きた時、責任を負いたくないからさ。難しい選択を迫られ、どちらを選んでも批難されるとしたら、比較的デメリットが少なくすむ方を選ぶだろ」

「......天秤勘定、ね」

「実際、瑠菜(るな)蛇島(へびしま)の打球を受けた時、大会運営側は冷や汗ものだったろうさ。観光ついでに食わせるように仕向けたが、チェックはお前に任せる。知られるのを嫌がるヤツもいるだろう」

 

「ああ......これも、理由のひとつか」と、やや面倒そうに言ってタバコに火をつけた。

 

 三回戦を前日に控えた恋恋高校は、指定された市営球場のグラウンドで、聖タチバナ学園戦へ向けて調整を行っていた。恋恋高校のファンや、取材記者たちが練習を見学する中、ベンチに座ってグラウンドを眺めつつ東亜(トーア)は、隣ではるかと一緒にナインのデータをまとめている理香(りか)に訊ねる。

 

「どうだ?」

「今朝の計測時点で、マイナス500グラム。結局、芽衣香(めいか)さんだけ戻りきらなかったわ」

「練習後には、1キロ前後といったところか」

「見た感じ、動きは悪くなさそうだけど。準々決勝は、三回戦から中ゼロ日で連戦......どうするの?」

 

 部員が少ないひとりひとりに気を配れる利点がある反面、酷暑が続く中行われる大会は日程が消化されていくにつれ詰まっていく、ベンチ入り可能な登録メンバーは最大18人、恋恋高校の登録メンバーは16人と、選手層の薄さは非常に重いアドバンテージ。

 

「どうするも何も休ませるしかない。どうせ、どこかで休ませなけばいけなかったんだ。ちょうどいい機会と割り切るまでさ。明日のスタメンは、香月(こうづき)で行く」

「そう。先発投手は?」

「フッ、あそこらにたむろってるマスコミ連中の期待を裏切る起用になるだろうな」

「ああ~、そう、当初の予定通り行くのね。見に来ているファンも一緒に落胆しそうだけど」

「知らねぇーよ。高校野球は、興行(プロ)じゃねーんだからな」

 

 我関せずと笑う東亜(トーア)のスマホに、ある人物からメッセージが届いた。

 その後、前日練習は滞りなく終わり、夕食後にミーティングを行い。時計の針が22時過ぎた頃、東亜(トーア)は宿舎付近のバーを訪れていた。

 

「来たか。ここだ」

「よう、久しぶりだな!」

 

 そこには二人の人物が、東亜(トーア)の到着を待っていた。リカオンズで共に戦った元チームメイトの、児島(こじま)出口(いでぐち)の二人。彼ら対面する形でソファーに座り、用件を訊く。

 

「それで?」

「特に、これといった理由はないんだ。バガブーズ戦で大阪に来から、久しぶりに飲めればと思っただけだ」

「あっそ。まあ、構わねぇけど」

 

 飲み物と軽いつまみを注文し、三人でテーブルを囲む。

 

「次勝てば、ベスト8か。こうなると、いよいよ現実味を帯びて来るな。優勝の二文字が」

児島(こじま)さんは、甲子園で優勝したんでしたね」

「ああ、最後の夏にな......。もう、二十年以上も前のことだが、あの時の何とも形容し難い感動は、今でも鮮明に覚えているよ」

「アンタが出場した頃と今とでは比にならないだろ」

児島(こじま)さんの時代は、連戦に連戦の超過密スケジュール、準決勝と決勝前の間に休養日もなかったですしね。早く負けて欲しいと願ってたスカウトまで居た、なんて噂も流れていましたし」

「ははっ、そうだな。だが、いつまでも色あせない想い出であることに変わりはないさ......」

 

 グイッと一気に飲み干して、空になったグラスをテーブルに置いた。

 

「終われば解るさ。何ごとにも代え難い特別な時間だったとな」

「フッ、他人のことを考えている余裕があるのか? お前たちはお前たちで、面倒ごとを抱えてるだろう」

「なんだ、知っていたのか......」

「あれだけ報道されてりゃ嫌でも耳に入る。と言うより、記者連中がこぞって話しを聞いてくるからな。いい迷惑だ」

 

 大会期間中にも関わらず、球界を去った東亜(トーア)にまで取材に来るほどの出来事が今、プロ野球界で勃発していた。

 それは――神戸ブルーマーズが去年まで数年間に渡り行われていた盗聴・サイン盗み及び伝達行為が告発された。

 

「シーズン中ということもあって、プロ野球機構は事実関係を調査中と回答を控えているが。おそらく、ブルーマーズの親会社は運営件を剥奪されることになる。球団は消滅、或いは他球団との合併は免れないだろう」

「せっかく、球団消滅の危機にあったリカオンズは市民球団として再スタート、1リーグ制問題も解決して、健全な方へ向かってたのによぉ......」

「どうせ、田辺(たなべ)がリークしたんだろ」

 

 球界を仕切る首領・田辺(たなべ)常行(つねゆき)

 リカオンズが優勝したことで当初の計画は頓挫、面子も潰れたがに思えたが、逆に開き直り、東亜(トーア)が球界を去ったことをいいことに再度1リーグ化を目論んだ。しかし、1リーグ化する大義が無いことを理由に猛反発した選手会に対し『たかが選手が』と暴言を吐いたことが問題となり、表向きには失脚したが、新たに就任したガラリアンズ現オーナーを裏で操っている形。

 

「ああ......やはり、諦めていなかったようだ」

「くくく、どこまでも往生際の悪いジイさんだな。おとなしく隠居して、余生を過ごしてりゃいいってのに」

「笑いごとじゃねーぞ! このままじゃ今度こそ、本当に思い通りになっちまう!」

「だから、俺には関係ねぇーって言ってるだろ。自分たちで何とかしろよ。お前らの勝負場だろうが」

「うぐっ、そう言われてもよ......」

「新規参入にしても、簡単に認めないだろう。渡久地(とくち)の時と同じように、な」

「ハァ、つくづく頭が硬いな。もっと柔軟に考えろよ」

 

 頭を抱えて項垂れていた出口(いでぐち)、眉間に皺を寄せて腕を組んでいた児島(こじま)は、二人揃って同じタイミングで顔を上げた。

 

「要するにだ。田辺(たなべ)が口を出せないほどの大企業が手を挙げれば、必然的に他のオーナー連中も文句を言えないってことだろ。黒字経営球団であるリカオンズのオーナー及川(おいかわ)以外の全員が今も、田辺(たなべ)の“イヌ”に成り下がっているんだからな」

「......そうか、その手があったか!」

「だけど、どうやって......」

「プロ野球の、いや、日本のスポーツ界最大のスポンサーであるパワフルテレビに協力を求めるんだ。パワフルテレビを通じ、選手会の総意として、腐敗している球界の抜本的改革を、日本中のファンに、企業へ向けて訴えかける! ファンが賛同してくれることを、名乗りを上げてくれる企業があることを信じて......!」

「フッ、忠告しておくが生半可な道じゃないぞ。少なくとも、実際に不正に関わっていたブルーマーズの主力連中が、シーズン中に自ら不正内容を告白し、全面的に非を認め、それ相応の責任を取らなければ決して解決しない問題だ。それこそ、不正行為を知らぬまま、ブルーマーズの監督を務めている球界の至宝天童(てんどう)の首を差し出すくらいの覚悟を見せる必要がある」

 

 東亜(トーア)の忠告に、児島(こじま)は臆することはなかった。

 

「必ず成し遂げてみせるさ。日本のプロ野球の未来のために、これから殴り込んでくる、お前の教え子たちのためにもな......!」

 

 これが、現役選手として最後の使命であることを確信した児島(こじま)は、問題解決へ向けて断固たる決意を固めた。


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