『あーっと、これは完全に振り遅れたー!
勝負を急がず、いったんプレートを外してロジンバッグを弾ませ、手に付いた余分な滑り止めに息を吹きかけて払う。通常であれば、勢いのまま勝負にいってもいい場面。しかし
そして、改めてセットポジションに着き、サイン交換を行う。
『
アウトコースのストレートを、バットの先端で辛うじてカットした
「(......このコースを当ててくるか。確か、一年生。なるほど、
新しいボールを受け取ると、今度はすぐにセットに着いた。まるで急かされるような感じで、
『低目のボールで詰まらせ、注文通りの内野ゴロ! 前に出た
「......完全に呑まれちゃったわね。これが、エースの存在、エースの役割......」
「お前も、勝負というものが解ってきたみたいだな。勝負とは、いかに相手の力を封じ込めるかだ。相手にペースを握られ後手に回ると、為す術がない。しかし、早仕掛けはリスクを伴う」
「重要なのは押すのか、それとも引くのか、駆け引きのバランス感覚。相手の力量を計れる確かな洞察力と判断力。そして、勝利へ導くための戦略、戦術、創造力」
「
「えっ?」
「
「ハァ、遠慮しておくわ。この試合は、あの子たちが自分たちの意志を示す大事な闘いだから......!」
「フッ、そうか」
「
「ダメ。フォークを投げてくれなかったのが痛いわ」
「つーと、
「話しの内容からして、フォークを投げさせることが目的みたいだけど。いったい、何をするつもりなのかしら?」
「潰すんだろ」
そう言っていたじゃないか、と平然と言ってのける
「まあ、何を為すのか。結果を楽しみにしておけばいい」
「わたしは、あなたみたいに楽観出来ない立場なのよ。医療に携わる者としてね」
「硬いヤツだな」
そう言うと
『ツーアウトながらもランナー三塁一塁。恋恋高校、毎回のように得点のチャンスを作ります。この回途中から登板した
「(
「(......この女子は、あの
セットに入った
『
「ふぅ......」
「(なかなか、しぶとい。明らかにフォークを待っている。次で六球目、前の打者と合わせて十球......ならば――)」
自らサインを送った
「(――真ん中、失投? いえ、違う、これは......!)」
『空振り三振ーッ! 失投と思われたボールは、
「(......今のが、
ズレた帽子を被り直し、涼しげな顔でベンチへ戻ってきた
「
「ありがとうございます」
「して、肩はどうだ......?」
「若干粘られましたが、問題ありません」
「そうか。
「はいッス」
先頭バッターの
「皆も聞け。あの投手の攻略法を授ける」
* * *
五回裏帝王実業の攻撃は、五番
『いよいよ、試合は中盤戦。三点を追う状況の帝王実業は、きっかけを掴みたいところ。対する恋恋高校はチャンスを逃した後の守備、きっちりと抑えたい場面です。さあ、アンパイアの手が上がりました!』
サインを済ませ、
『
「オッシャーッ!」
「オッケー、ナイスバッティング! よし!」
一塁キャンバスで大きくガッツポーズ。この勢いに、後続も続く。六番は、内角のストレートを引っ張り、一二塁間を破るライト前ヒット。
『連打! 連打です! 五番六番の連打でチャンスを作りました! 正に“ピンチの後にチャンスあり”、帝王打線が
「すみません、タイムをお願いします!」
「うむ、タイム!」
タイムを要求した
グラブで口元を隠しながら、二人は対応を話し合う。
「相手は、かなり強引に来てるけど。ペースに合わせたらダメだからね。もっとストライクゾーンを広く使って、丁寧に攻めていこう」
「ええ、判ったわ」
「(悔しいけど私の球威じゃあ、真っ向から完全に抑えるのは難しい。多少の失点を覚悟して挑むしかない......)」
目を開けた
腰を下ろした
「(まさか、ここまで露骨に変えてくるだなんて。コーチの言っていたのは、このことだったんだ。だけど、抑える方法を見つけないと......)」
七番への初球――外角低目ボール球のストレート。
「ファールッ!」
『これは切れてファウル、打ち直しです! しかし、強い当たりでした。今まで
二球目も、丁寧にコースをつく。が、しかし――。
「レフト! 追いつけるぞー!」
マスクを投げ捨て、レフトの
ライト方向から吹く浜風に流された打球を、フェンスの手前ウォーニングトラック内でギリギリ掴み取る。やっとの思いでアウトをひとつ取るも、ランナーは二人揃って進塁、ピンチは広がった。八番は打席に入る前に、サインを確認。監督の
『またしても、初球打ち!
じっくりと足場を整え、右打席で構える。
「(あのショートにしてやられたが、
「あっという間に一点差......
「あの、コーチ。どうして
手を止めたはるかは、
「簡単な理由だ。今までは、キレイに打とうとしていた。まあ、名門のプライドってヤツだ。しかしこの回の頭から、そのくだらないプライドを捨てた。スマートからワイルドへシフトチェンジしたのさ」
今まではバッターボックスの後ろに立って、手元で変化するボールに対応していたところを、逆にバッターボックスの前に立ち。多少のボール球であろうが、変化しきる前に強引に打ち砕くスタイルにモデルチェンジを行った。
「
「なるほど。ですが、ボール球を打つ悪球打ちは、フォームを崩す原因になるのではないのですか?」
関願戦後に行われたフォーム修正のことを、はるかは疑問に思う。
「当然ある、が幸いにもまだ初戦。次戦まで時間はある。フォーム修正は充分に可能と踏んだんだろう」
「そこまで計算尽く。さすがは甲子園の常連の名将。手立ては?」
「ある、と言うか体験しているだろ。あとは度胸の問題だ」
「体験している......そうか、そう言うこと。指示は......
「お前がしてやればいいだろ? さっきも言ったが、お前に制限はない」
「止めておく、意味がなくなるもの。あの子たちは、自分たちで解決策を見出せる。わたしは、信じているわ」
打順は先頭に戻り、
「(この二失点と引き換えに得たもの、ストレートも変化球も、ボール球だろうと構わず強引に打ってくる。なら、狙い通り打たせてやればいい。ただし、これを見せたあとに......!)」
「(――インハイ! ボール気味だけど、ぜんぜん打てる......って!?)」
振りにいった
『おーっと、これは危ない! 制球力の高い
二球目も同じように内角を抉るシュートで、きっちり腰を引かせる。そして、カウントツーボールからの三球目は、外角のストレート。
『ツーボールから打ちに行きましたが、これは当てただけのバッティング。サード
五回の攻防が終わり、グラウンド整備が行われる。
プロテクターを外し終えた
「二点は取られたが、リードは保った。及第点だ。原因は解ったな」
「あ、はい。
「その前に攻撃だ。そっちの方も、何かしらあるんだろ?」
「――はい。前の攻撃で少しだけ見えてきました。早い回でけりをつけます......!」
そのはっきりした言葉に、