7Game   作:ナナシの新人

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対帝王実業戦完結の予定でしたが、もう一話ほど伸びます。


New game9 ~スタイル~

『あーっと、これは完全に振り遅れたー! 山口(やまぐち)、ストレート二球で藤堂(とうどう)を追い込みます!』

 

 勝負を急がず、いったんプレートを外してロジンバッグを弾ませ、手に付いた余分な滑り止めに息を吹きかけて払う。通常であれば、勢いのまま勝負にいってもいい場面。しかし山口(やまぐち)は、あえて一度間を取ることで球場内の空気と、帝王ナインに冷静さを取り戻させる時間を作った。

 そして、改めてセットポジションに着き、サイン交換を行う。鳴海(なるみ)芽衣香(めいか)をしっかり目で牽制し、すっと足をあげた。三球目は、緩いカーブを内側に外してカウントを整える。

 

山口(やまぐち)、モーション入った。ツーストライク・ワンボール、投手有利のカウントからの勝負球は――ストレート!』

 

 アウトコースのストレートを、バットの先端で辛うじてカットした藤堂(とうどう)は、大きく息を吐いた。

 

「(......このコースを当ててくるか。確か、一年生。なるほど、久遠(くおん)が手こずったワケも頷ける)」

 

 新しいボールを受け取ると、今度はすぐにセットに着いた。まるで急かされるような感じで、藤堂(とうどう)は打席で構える。サイン交換も素早く、テンポを速めて息つく暇を与えない。五球目もストレート、一球前より低いボール球に手を出させた。

 

『低目のボールで詰まらせ、注文通りの内野ゴロ! 前に出た友沢(ともざわ)から蛇島(へびしま)へ渡り、セカンドフォースアウト! ファーストは......間一髪セーフ! 詰まったことが逆に幸い、俊足藤堂(とうどう)の足が勝り、どうにか併殺は免れましたー!』

 

「......完全に呑まれちゃったわね。これが、エースの存在、エースの役割......」

「お前も、勝負というものが解ってきたみたいだな。勝負とは、いかに相手の力を封じ込めるかだ。相手にペースを握られ後手に回ると、為す術がない。しかし、早仕掛けはリスクを伴う」

「重要なのは押すのか、それとも引くのか、駆け引きのバランス感覚。相手の力量を計れる確かな洞察力と判断力。そして、勝利へ導くための戦略、戦術、創造力」

理香(りか)。お前、采配するか?」

「えっ?」

山口(やまぐち)が登板している限り俺は、一切の采配をしない。お前は、別だ。そこまで理解出来ているのなら、ある程度やれるだろ」

「ハァ、遠慮しておくわ。この試合は、あの子たちが自分たちの意志を示す大事な闘いだから......!」

「フッ、そうか」

 

 東亜(トーア)理香(りか)は、同じタイミングでグラウンドに目を戻す。セカンドで封殺された芽衣香(めいか)と言葉を交わしていた瑠菜(るな)がちょうど、打席に入ったところ。入れ替わりでベンチへ戻ってきた芽衣香(めいか)に、打席と守備のしている葛城(かつらぎ)が訊ねる。

 

浪風(なみかぜ)、どうだった?」

「ダメ。フォークを投げてくれなかったのが痛いわ」

「つーと、十六夜(いざよい)が引き出してくれるのを期待するしかないか......」

 

 芽衣香(めいか)の話しを聞いてアゴに手を持っていった葛城(かつらぎ)は難しい顔をして、グラウンドを見つめる。他のナインたちも集中して、グラウンドを注視している。

 

「話しの内容からして、フォークを投げさせることが目的みたいだけど。いったい、何をするつもりなのかしら?」

「潰すんだろ」

 

 そう言っていたじゃないか、と平然と言ってのける東亜(トーア)

 

「まあ、何を為すのか。結果を楽しみにしておけばいい」

「わたしは、あなたみたいに楽観出来ない立場なのよ。医療に携わる者としてね」

「硬いヤツだな」

 

 そう言うと東亜(トーア)は、澄まし顔で小さく笑みを浮かべた。

 

『ツーアウトながらもランナー三塁一塁。恋恋高校、毎回のように得点のチャンスを作ります。この回途中から登板した山口(やまぐち)、踏ん張ることが出来るか?』

 

「(藤堂(とうどう)くんには、フォークを一球も見せずにストレート中心で抑えた。雰囲気に呑まれたのもあるけど、どうにせよ私は、絶対に投げさせてみせるわ......!)」

 

 瑠菜(るな)は強い決意を持って、打席に入る。

 

「(......この女子は、あの猪狩(いかり)からタイムリーヒットを打っている。油断できない相手だ)」

 

 セットに入った山口(やまぐち)は、一度ファーストランナーの藤堂(とうどう)を見るも、先ほどのように神経は注がない。アウトカウントがツーアウトのため、ランナーの存在を無視して瑠菜(るな)との勝負に専念。初球は慎重に、ボールから入る。その後は、藤堂(とうどう)への投球と同様にストレートを中心とした配球で、瑠菜(るな)を追い込む。

 

十六夜(いざよい)、粘ります! 緩いカーブも、そして、速いストレートにも食らいつきます!』

 

「ふぅ......」

「(なかなか、しぶとい。明らかにフォークを待っている。次で六球目、前の打者と合わせて十球......ならば――)」

 

 自らサインを送った山口(やまぐち)は、モーションを起こした。

 

「(――真ん中、失投? いえ、違う、これは......!)」

 

『空振り三振ーッ! 失投と思われたボールは、十六夜(いざよい)のバットを避けるように急降下! フィンガーズの河中(かわなか)に勝るとも劣らないと評される、高校球界最高のフォークボール! 見事な火消し、ピンチの芽を摘み取りましたーッ!』

 

「(......今のが、山口(やまぐち)のフォーク。予想通り......予測以上の変化だった......)」

 

 ズレた帽子を被り直し、涼しげな顔でベンチへ戻ってきた山口(やまぐち)を、守木(まもりぎ)が一番に出迎える。

 

山口(やまぐち)、見事なピッチングだ!」

「ありがとうございます」

「して、肩はどうだ......?」

「若干粘られましたが、問題ありません」

「そうか。猛田(たけだ)

「はいッス」

 

 先頭バッターの猛田(たけだ)を呼び付けた守木(まもりぎ)は、マウンドで投球練習をしている瑠菜(るな)を見て言った。

 

「皆も聞け。あの投手の攻略法を授ける」

 

 

           * * *

 

 

 五回裏帝王実業の攻撃は、五番猛田(たけだ)から下位へと向かっていく打順。バッターボックスに入った猛田(たけだ)は、打ち気満々の表情で構える。

 

『いよいよ、試合は中盤戦。三点を追う状況の帝王実業は、きっかけを掴みたいところ。対する恋恋高校はチャンスを逃した後の守備、きっちりと抑えたい場面です。さあ、アンパイアの手が上がりました!』

 

 サインを済ませ、瑠菜(るな)はモーションに入る。初球は、打ち気な猛田(たけだ)を見てファウルを誘う、外へ逃げるシュート。

 

猛田(たけだ)、初球打ち! ライト前ヒット!』

 

「オッシャーッ!」

「オッケー、ナイスバッティング! よし!」

 

 一塁キャンバスで大きくガッツポーズ。この勢いに、後続も続く。六番は、内角のストレートを引っ張り、一二塁間を破るライト前ヒット。

 

『連打! 連打です! 五番六番の連打でチャンスを作りました! 正に“ピンチの後にチャンスあり”、帝王打線が十六夜(いざよい)に襲いかかりますッ!』

 

「すみません、タイムをお願いします!」

「うむ、タイム!」

 

 タイムを要求した鳴海(なるみ)は、マウンドへ走る。

 グラブで口元を隠しながら、二人は対応を話し合う。

 

「相手は、かなり強引に来てるけど。ペースに合わせたらダメだからね。もっとストライクゾーンを広く使って、丁寧に攻めていこう」

「ええ、判ったわ」

 

 鳴海(なるみ)がポジションへ戻る間に、瑠菜(るな)は胸に手を当てて、深くゆっくり深呼吸をして心を落ち着かせる。

 

「(悔しいけど私の球威じゃあ、真っ向から完全に抑えるのは難しい。多少の失点を覚悟して挑むしかない......)」

 

 目を開けた瑠菜(るな)は、まっすぐ相手と向き合う。

 腰を下ろした鳴海(なるみ)の目に映るのは、猛田(たけだ)と六番と同じく、前の打席とはまったく違うスタンスの七番バッター。

 

「(まさか、ここまで露骨に変えてくるだなんて。コーチの言っていたのは、このことだったんだ。だけど、抑える方法を見つけないと......)」

 

 七番への初球――外角低目ボール球のストレート。

 

「ファールッ!」

 

『これは切れてファウル、打ち直しです! しかし、強い当たりでした。今まで十六夜(いざよい)に抑えられていた帝王実業、ここへ来て本来の実力を発揮しています!』

 

 二球目も、丁寧にコースをつく。が、しかし――。

 

「レフト! 追いつけるぞー!」

 

 マスクを投げ捨て、レフトの真田(さなだ)へ指示を出す。

 ライト方向から吹く浜風に流された打球を、フェンスの手前ウォーニングトラック内でギリギリ掴み取る。やっとの思いでアウトをひとつ取るも、ランナーは二人揃って進塁、ピンチは広がった。八番は打席に入る前に、サインを確認。監督の守木(まもりぎ)からは、スクイズなどのサインはいっさい無し、今の流れのまま強攻策に出た。

 

『またしても、初球打ち! 十六夜(いざよい)が差し出したグラブの横を抜け、打球はセンター前......いや、ショート奥居(おくい)が追いついた! アンダーハンドでファーストへスロー、見事なグラブ捌きで、二つ目のアウトを取りました! しかし、送球の間にサードランナーはホームイン。帝王実業一点を返し、ツーアウトながらもランナー三塁、ラストバッターの山口(やまぐち)がバッターボックスに立ちます!』

 

 じっくりと足場を整え、右打席で構える。

 

「(あのショートにしてやられたが、山口(やまぐち)は本来上位を打てるバッター。同じようにはいかぬぞ?)」

 

 守木(まもりぎ)の思惑は的中する。一球ストレートを見逃した後のカーブの落ち際を上手く拾って、センター前へ弾き返した。サードランナーが生還、点差を一点まで縮めた。

 

「あっという間に一点差......瑠菜(るな)っ!」

「あの、コーチ。どうして瑠菜(るな)は、急に打ち込まれ出してしまったのですか?」

 

 手を止めたはるかは、東亜(トーア)に事の真相を訊ねる。

 

「簡単な理由だ。今までは、キレイに打とうとしていた。まあ、名門のプライドってヤツだ。しかしこの回の頭から、そのくだらないプライドを捨てた。スマートからワイルドへシフトチェンジしたのさ」

 

 今まではバッターボックスの後ろに立って、手元で変化するボールに対応していたところを、逆にバッターボックスの前に立ち。多少のボール球であろうが、変化しきる前に強引に打ち砕くスタイルにモデルチェンジを行った。

 

瑠菜(るな)の投げるボールは、お世辞にも速いとは言えない。コーナーをつくコントロールと、緩急を使って勝負するタイプ。ストレートだろうが、変化球であろうが、曲がりっぱなを前で捌くスタイルに変えた。そもそも後ろに立っているのは、速いストレートに対応するための策。取り立てて速くはないのだから、変化が大きくなる後ろで対応する必要はない」

「なるほど。ですが、ボール球を打つ悪球打ちは、フォームを崩す原因になるのではないのですか?」

 

 関願戦後に行われたフォーム修正のことを、はるかは疑問に思う。

 

「当然ある、が幸いにもまだ初戦。次戦まで時間はある。フォーム修正は充分に可能と踏んだんだろう」

「そこまで計算尽く。さすがは甲子園の常連の名将。手立ては?」

「ある、と言うか体験しているだろ。あとは度胸の問題だ」

「体験している......そうか、そう言うこと。指示は......山口(やまぐち)くんが登板している限りしないんだったわね」

「お前がしてやればいいだろ? さっきも言ったが、お前に制限はない」

「止めておく、意味がなくなるもの。あの子たちは、自分たちで解決策を見出せる。わたしは、信じているわ」

 

 打順は先頭に戻り、猫神(ねこがみ)にこの試合三度目の打席が回る。

 

「(この二失点と引き換えに得たもの、ストレートも変化球も、ボール球だろうと構わず強引に打ってくる。なら、狙い通り打たせてやればいい。ただし、これを見せたあとに......!)」

 

 鳴海(なるみ)から出されたサインに、瑠菜(るな)は一瞬大きく目を見開いたが頷いてセット入った。山口(やまぐち)を目で牽制し、猫神(ねこがみ)へ初球を投げる。

 

「(――インハイ! ボール気味だけど、ぜんぜん打てる......って!?)」

 

 振りにいった猫神(ねこがみ)だったが、インハイからさらに内側へ食い込んできたシュートに対し、途中で振るのを止めて仰け反るように腰を引く。

 

『おーっと、これは危ない! 制球力の高い十六夜(いざよい)にしては珍しく、身体の近くを通過しました、すっぽ抜けでしょうかー?』

 

 二球目も同じように内角を抉るシュートで、きっちり腰を引かせる。そして、カウントツーボールからの三球目は、外角のストレート。

 

『ツーボールから打ちに行きましたが、これは当てただけのバッティング。サード葛城(かつらぎ)から一塁へ送球、アウト! 十六夜(いざよい)、この回二点を失いましたが踏ん張りましたー!』

 

 五回の攻防が終わり、グラウンド整備が行われる。

 プロテクターを外し終えた鳴海(なるみ)は、ベンチに座って一息つく。

 

「二点は取られたが、リードは保った。及第点だ。原因は解ったな」

「あ、はい。瑠菜(るな)ちゃんの制球力を逆手に取られました。次からは、織り交ぜて組み立てます」

「その前に攻撃だ。そっちの方も、何かしらあるんだろ?」

「――はい。前の攻撃で少しだけ見えてきました。早い回でけりをつけます......!」

 

 そのはっきりした言葉に、東亜(トーア)は、どこか満足そうに小さく笑った。


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