グラブを持ってベンチを出た
「
「ふむ......」
「まだ投げねぇよ」
ベンチ内の緊張感が高まる中、
「わざわざ温存させたんだ、緊急登板なんてさせやしねぇよ。バッテリーのケツを叩いただけに過ぎない」
アウトカウントはツーアウト、緊急登板などという無茶はさせない。目的は、バッテリーの奮起を促すためのもの。仮に投げるのであれば、肩を万全に仕上がってからが大前提。どんなの早くても、三回の頭からと読んだ。
しかし、効果はあり。
「最後は、アウトローにベストボールが来たわね」
「一年で背番号取るだけの能力はあるんだ、あれこれ考えず放ってりゃいいだけなのになー」
「そうさせない様に縛ったあなたが、それを言うの?」
「フッ、敵の一番脆い急所を突く。勝負の鉄則だろ」
「しっかりコントロールしてやれ」
「あ、はい!」
「今のは?」
「聞いての通り、ただの忠告だ。おそらくだが......」
「暴走する」
「暴走......?」
「まあ、そのうち嫌でも判る」
「(神主打法に近い
初球は、内角低目へクロスして食い込むストレート。
「(ストレートも、変化球も、一寸の迷いも無く振り切ってきた。しかも追い込まれたのに、まったく縮こまる様子がない。これは、ちょっと厄介なタイプかも)」
「だぁー、クソッ!」
「(......ボール球でもお構いなしか。それにしても、一球ごとにタイミングが合ってきてる。多く見せるのは得策じゃない。次、決めに行こう)」
「(ええ)」
バッテリーの意見は一致。サイン交換の後、相手が広めに取られると思い込んでる外角低目へミットを構えた。
『
「オラァーッ!」
「――っ!?」
「くっ!?」
投げられたボールが描く予定外の軌道に、
『空振り三振! 恋恋バッテリー、先頭バッター
「ふぅ、ナイスピッチ!」
「ありがと」
そう返した後、申し訳なさげに「ごめんね」と手を合わせる。
「こらー、試合中にイチャついてんじゃないわよーっ」
「そうだそうだー、羨ましいぞー」
二遊間から冷やかしのヤジが飛び、案の定塁審にやんわり注意を受ける二人。
「(......
「最後の、何だった?」
「えっ? 何って、ストレートじゃないんッスか?」
「じゃないんッスかってなぁ。おいおい、実際に対戦したのはお前だろ?」
「あははっ、それもそうッスね! でもたぶん、ストレートッスよ。特に曲がんなかったッスし」
「......そっか、判った」
「失礼しやーッス!」
脳天気な笑顔でベンチへ戻る
「(......ストレートねぇ。その割りには、妙な捕り方だったような気がしたんだけど。それにピッチャーの仕草――)」
足場を整えながら、
「(......可愛かった、って違う! 一番考えられるのは、サインミス。球速が無いから辛うじて対処できたってところか)」
音が鳴りそうなほど首を振って雑念を振りほどき、頭を冷静にしてから、改めて構える。
『アウトカウントが一個増え、ランナー無しで六番がバッターボックスに立ちます! 地区予選大会では
「(
三者三様の気の抜けないクリーンナップ。切り抜けた、と若干気が抜けたところを痛打されるパターンが大半を占めている。
「(だからこそ。このバッターには、より丁寧に攻める)」
初球は、変化球から入った。低目に外れて、ボールワン。二球目は、外角のストレートでファウルを誘い、ワンエンドワンの平行カウント。
「(やっぱり、外は広く意識してる。なら、これで――)」
「(――また外角。だけど、さっきよりも遠い。これは、さすがにボール......)」
バッターはボールと思って見逃したが、球審の手は上がった。ボールゾーンからストライクゾーンをかすめる、バックドアのシュート。
「(クソ、外から曲げて来やがった......!)」
理想的な形で追い込むと、意識が外角へ向いたところへ、インコースのストレートを投げ込む。
『見逃し三振! インコース膝下へズバッと決まった! 二者連続三振! ツーアウトッ!』
続く七番に対しても両サイドを上手く使い分け、きっちりと抑え込み、この回を三者凡退に退けた。
「あのバッテリー、やりおるな。
「問題ありません。いつでも行けます」
「......そうか。
「はい!」
『内野ゴロ! サードからファーストへ渡って、これでスリーアウト!
ベンチへ帰ってきた
「
「監督......」
「立たなくて良い、よくぞ踏ん張ってくれたぞ!」
四回三失点。
「後は――」
「......待ってください。次の回は、五番から下位打線へ入ります。行かせてください......!」
限界を迎えていることは、誰の目から見ても明らか。しかし、
「......判った。好きにするが良い」
「ありがとうございます!」
アンダーシャツを替えて、次の回のピッチングに備える
「すまぬ。
「はい......!」
* * *
『四回裏帝王実業の攻撃、先頭の二番は平凡な内野ゴロに倒れ、三番
打席に立った
「(前打席の礼は、きっちりさせてもらう......)」
「(何だろう? 嫌な雰囲気だ......
「――んっ!」
佇まいから危険を察知したバッテリーは、外角のボール球から入った。ボールが放たれた瞬間、カッと目を見開いた
『ピッチャー強襲!
「――
マウンドの前方でワンバウンドした打球が
『
思わぬアクシデントに、騒然とした空気が球場全体を包み込む。球審は要求を待たずタイムをかけ、
「クックック......」
立ち上がれない
「
「......そのまま聞いて」
『
「大丈夫なんですか?」
「ん? ああ、大丈夫だよ」
「......そうですか。向かってくる以上オレは、手加減出来ない人間です......!」
鋭い視線を
「(クックック......平静を装っているが、ダメージはある。その証拠にブルペンは、慌てて肩を作っている。今こそが、好機......!)」
サイン交換の後セットポジションに着いた
『一塁牽制!
手から戻るも、あえなくタッチアウト。
正に放心状態。状況が整理できず、
「ば、バカな......なぜ!?」
帰り際ふと、目に入った恋恋高校のブルペンには、今さっきまで肩を作っていたハズの
「打球が当たった時は気が気じゃなかったけど、上手く嵌まったわね」
「くくく。それらしいモノを、それらしく見せてやれば信じ込むのさ。人間ってヤツは」
「申し訳ありません......」
「よい。済んでしまったことだ、すぐに切り替えよ」
「......はい」
狙い通り借りを返したつもりが、逆に嵌められたことを知った
「(まさか、このような姿を見る時がくるとは。完全に裏目に出てしまった。試合中に立ち直りのきっかけを掴めれば良いが......)」
まさかの事態に
『ワンナウトランナー一塁が、瞬く間にツーアウトランナー無しに変わり、改めて
『ストライク! アウトローの厳しいところへ決まりました! どうやら打球が当たった影響は無さそうです!』
「(......さっきの牽制球も、今のストレートも、故障を抱えて投げられるような球じゃない。本当に演技だったのか......)」
一旦打席を外した
「くっ!」
「ナイスボール! バッター、タイミング合ってないよ!」
腰を下ろし、
『サードへの強い当たり! しかしこれは真正面、サードからファーストへ渡ってスリーアウトチェンジ! 結果としてこの回も、三人で終わらせましたー!』
ベンチへ戻った
「大丈夫だったの?」
「ええ、一時的にビーンと来たけど。当たったのは、グラブの土手の部分だから直撃はしていないわ。バウンドで落ちた勢いに合わせ損ねたのよ......」
少し悔しそうに言う
「
「
「あ、はい、何ですか?」
手招きした、
「セカンドを狙い打ちしろ。気落ちしている今が、沈めるチャンスだ」
「――はい!」
力強く頷いた
「セカンド!」
「――しまった......!」
若干一歩目が遅れ、グラブの先で弾いてしまった。記録は、ヒット。続く
『ボール、フォアボール!
ここで、
回の頭からブルペンで肩を作っていた、
『帝王実業
「すみません、こんな形で......」
「いや、よく投げた。あとは任せろ」
肩に手を乗せ、労いの言葉をかける。
「......お願いします!」
頭を下げた
「
「
「――ッ!?」
気圧された
『
深く被った帽子のつばに軽く触れ、鋭い眼光を
――もう、これ以上の点はやらない。