7Game   作:ナナシの新人

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New game8 ~登板~

 グラブを持ってベンチを出た山口(やまぐち)は、控えキャッチャーを連れてファウルゾーンに特設されたブルペンで、軽くキャッチボールを開始。その姿にざわめいたのは、恋恋ナインだけではなく、山口(やまぐち)の肩の状態が芳しくないことを知る帝王ナインたちも同様の反応を見せる。

 

山口(やまぐち)先輩......!」

「ふむ......」

 

 友沢(ともざわ)は目の色を変え、蛇島(へびしま)は腕を組む。

 

「まだ投げねぇよ」

 

 ベンチ内の緊張感が高まる中、東亜(トーア)は冷静に言い放った。

 

「わざわざ温存させたんだ、緊急登板なんてさせやしねぇよ。バッテリーのケツを叩いただけに過ぎない」

 

 アウトカウントはツーアウト、緊急登板などという無茶はさせない。目的は、バッテリーの奮起を促すためのもの。仮に投げるのであれば、肩を万全に仕上がってからが大前提。どんなの早くても、三回の頭からと読んだ。

 しかし、効果はあり。山口(やまぐち)の姿を目にした久遠(くおん)は奮起、奥居(おくい)をセンターフライに打ち取って、このピンチを脱した。見届けた山口(やまぐち)は、一旦ベンチへ引き上げる。

 

「最後は、アウトローにベストボールが来たわね」

「一年で背番号取るだけの能力はあるんだ、あれこれ考えず放ってりゃいいだけなのになー」

「そうさせない様に縛ったあなたが、それを言うの?」

「フッ、敵の一番脆い急所を突く。勝負の鉄則だろ」

 

 東亜(トーア)は鼻で笑い、グラウンドへ向かおうとしていた鳴海(なるみ)を呼び止める。

 

「しっかりコントロールしてやれ」

「あ、はい!」

「今のは?」

「聞いての通り、ただの忠告だ。おそらくだが......」

 

 東亜(トーア)は、イニング間の投球練習を始めた瑠菜(るな)に目を向けつつ言った。

 

「暴走する」

「暴走......?」

「まあ、そのうち嫌でも判る」

 

 瑠菜(るな)の投球練習が終わり、この回先頭の猛田(たけだ)が「オッシャーッ!」と、大声で気合いを入れ、バットを肩から担ぎ下ろすようなフォームで、右のバッターボックスで構える。

 

「(神主打法に近い東條(とうじょう)とは、まったく真逆のフォーム。守備は、直情的――がむしゃらな感じだったけど、バッティングはどうだろう? とりあえず打ち気は満々と。先ずは、対応を見よう)」

 

 初球は、内角低目へクロスして食い込むストレート。猛田(たけだ)はフルスイングで対応、打球は一塁側のボテボテのファウル。続く二球目は、一転緩急の利いた、縦のカーブ。タイミングを外されながらも振り抜き、今度は三塁側へ大きく切れていった。

 鳴海(なるみ)は球審に貰った新しいボールを両手で軽くこねながら、打ち損じて悔しそうにしている猛田(たけだ)を、チラッと横目で見る。

 

「(ストレートも、変化球も、一寸の迷いも無く振り切ってきた。しかも追い込まれたのに、まったく縮こまる様子がない。これは、ちょっと厄介なタイプかも)」

 

 瑠菜(るな)にボールを投げ渡し、腰を下ろしてサインを出す。頷いた瑠菜(るな)の三球目は、高めのつり球。バットの上っ面を叩いて、バックネット直撃のファウル。

 

「だぁー、クソッ!」

「(......ボール球でもお構いなしか。それにしても、一球ごとにタイミングが合ってきてる。多く見せるのは得策じゃない。次、決めに行こう)」

「(ええ)」

 

 バッテリーの意見は一致。サイン交換の後、相手が広めに取られると思い込んでる外角低目へミットを構えた。

 

十六夜(いざよい)の足が上がった、追い込んでからの四球目!』

 

「オラァーッ!」

「――っ!?」

 

 猛田(たけだ)からただならぬ気配を感じ取った瑠菜(るな)は、リリースの直前にスナップを殺した。

 

「くっ!?」

 

 投げられたボールが描く予定外の軌道に、鳴海(なるみ)は咄嗟に肘を上げて、ミットを立てるようにして合わせる。猛田(たけだ)の振り抜いたバットを避けるように手元で沈んで、ミットの中へ収まった。

 

『空振り三振! 恋恋バッテリー、先頭バッター猛田(たけだ)を抑え込みましたー! ワンナウト!』

 

「ふぅ、ナイスピッチ!」

「ありがと」

 

 そう返した後、申し訳なさげに「ごめんね」と手を合わせる。鳴海(なるみ)は、全然と微笑み返した。

 

「こらー、試合中にイチャついてんじゃないわよーっ」

「そうだそうだー、羨ましいぞー」

 

 二遊間から冷やかしのヤジが飛び、案の定塁審にやんわり注意を受ける二人。

 

「(......瑠菜(るな)ちゃんの機転のおかげで助かった。回転を殺していなかったら捉えられていたかも......球際に粘り強い厄介なバッターだ)」

 

 鳴海(なるみ)は苦笑いを浮かべつつ、ネクストバッターと話している猛田(たけだ)に目をやった。

 

「最後の、何だった?」

「えっ? 何って、ストレートじゃないんッスか?」

「じゃないんッスかってなぁ。おいおい、実際に対戦したのはお前だろ?」

「あははっ、それもそうッスね! でもたぶん、ストレートッスよ。特に曲がんなかったッスし」

「......そっか、判った」

「失礼しやーッス!」

 

 脳天気な笑顔でベンチへ戻る猛田(たけだ)とは対照的に、六番バッターは真面目な表情(かお)で、左のバッターボックスに入った。

 

「(......ストレートねぇ。その割りには、妙な捕り方だったような気がしたんだけど。それにピッチャーの仕草――)」

 

 足場を整えながら、瑠菜(るな)を見る。

 

「(......可愛かった、って違う! 一番考えられるのは、サインミス。球速が無いから辛うじて対処できたってところか)」

 

 音が鳴りそうなほど首を振って雑念を振りほどき、頭を冷静にしてから、改めて構える。

 

『アウトカウントが一個増え、ランナー無しで六番がバッターボックスに立ちます! 地区予選大会では猛田(たけだ)に次ぐ、高い得点圏打率を誇る好打者です!』

 

「(蛇島(へびしま)友沢(ともざわ)猛田(たけだ)のクリーンナップのあとを打つからこその打率)」

 

 三者三様の気の抜けないクリーンナップ。切り抜けた、と若干気が抜けたところを痛打されるパターンが大半を占めている。

 

「(だからこそ。このバッターには、より丁寧に攻める)」

 

 初球は、変化球から入った。低目に外れて、ボールワン。二球目は、外角のストレートでファウルを誘い、ワンエンドワンの平行カウント。

 

「(やっぱり、外は広く意識してる。なら、これで――)」

「(――また外角。だけど、さっきよりも遠い。これは、さすがにボール......)」

 

 バッターはボールと思って見逃したが、球審の手は上がった。ボールゾーンからストライクゾーンをかすめる、バックドアのシュート。

 

「(クソ、外から曲げて来やがった......!)」

 

 理想的な形で追い込むと、意識が外角へ向いたところへ、インコースのストレートを投げ込む。

 

『見逃し三振! インコース膝下へズバッと決まった! 二者連続三振! ツーアウトッ!』

 

 続く七番に対しても両サイドを上手く使い分け、きっちりと抑え込み、この回を三者凡退に退けた。

 

「あのバッテリー、やりおるな。山口(やまぐち)

「問題ありません。いつでも行けます」

「......そうか。久遠(くおん)、後ろのことは気にせず全開でゆけ。実力を出し切ることが出来れば、決して抑えられぬ相手ではないぞ!」

「はい!」

 

 久遠(くおん)は、ランナーを出しながらも要所を絞めるピッチングで無失点で切り抜ける。一方瑠菜(るな)は、外角の上手く使って、相手に思うようなバッティングをさせない。両チーム共に三回は無得点。試合は、四回の攻防へ移る。

 

『内野ゴロ! サードからファーストへ渡って、これでスリーアウト! 久遠(くおん)ヒカル、この回も得点圏にランナーを背負いましたが、無失点で切り抜けましたーッ!』

 

 ベンチへ帰ってきた久遠(くおん)は、滝のように流れる汗をタオルで拭い、紙コップに注がれたスポーツドリンクを一気に飲み干し、大きく息を吐き出した。

 

久遠(くおん)

「監督......」

「立たなくて良い、よくぞ踏ん張ってくれたぞ!」

 

 四回三失点。守木(まもりぎ)は、想定していた以上の結果を残してくれたことを褒め称える。

 

「後は――」

「......待ってください。次の回は、五番から下位打線へ入ります。行かせてください......!」

 

 限界を迎えていることは、誰の目から見ても明らか。しかし、久遠(くおん)の目は死んではいない。

 

「......判った。好きにするが良い」

「ありがとうございます!」

 

 アンダーシャツを替えて、次の回のピッチングに備える久遠(くおん)の元を離れた守木(まもりぎ)は監督席へ戻り、申し訳なさそうに告げる。

 

「すまぬ。山口(やまぐち)、頼むぞ」

「はい......!」

 

 山口(やまぐち)は、力強い返事を返した。

 

 

           * * *

 

 

『四回裏帝王実業の攻撃、先頭の二番は平凡な内野ゴロに倒れ、三番蛇島(へびしま)を迎えます!』

 

 打席に立った蛇島(へびしま)は普段の作り笑顔を崩さぬまま、その心の内に殺気を帯びた執念と、憎悪という名の炎を静かに燃やしていた。

 

「(前打席の礼は、きっちりさせてもらう......)」

「(何だろう? 嫌な雰囲気だ......瑠菜(るな)ちゃん、警戒しておこう)」

「――んっ!」

 

 佇まいから危険を察知したバッテリーは、外角のボール球から入った。ボールが放たれた瞬間、カッと目を見開いた蛇島(へびしま)は、最初から狙っていたというかの様に思い切り踏み込んで、強引に打ち返した。

 

『ピッチャー強襲! 蛇島(へびしま)の打球は、十六夜(いざよい)に向かって一直線ッ!』

 

「――瑠菜(るな)ちゃん!?」

 

 マウンドの前方でワンバウンドした打球が瑠菜(るな)に直撃、勢い余ってセカンド方向へ弾んだ。芽衣香(めいか)がバックアップするも、逆をつかれたことで送球は間に合わず。ピッチャー強襲の内野安打。

 

十六夜(いざよい)瑠菜(るな)、手を抱え、膝を付いたまま立ち上がれません! これは、大事に至らなければ良いのですが......』

 

 思わぬアクシデントに、騒然とした空気が球場全体を包み込む。球審は要求を待たずタイムをかけ、鳴海(なるみ)は慌ててマウンドへ走る。理香(りか)は血相を変え、香月(こうづき)にコールドスプレーを持って行くよう指示を出す。

 

「クックック......」

 

 立ち上がれない瑠菜(るな)を心配するナインたちを後目に、蛇島(へびしま)は顔を隠しながら「してやったり」と薄ら笑いを浮かべる。

 

瑠菜(るな)ちゃん、大丈夫っ? どこに当たった!? 右腕? まさか、利き腕に――」

「......そのまま聞いて」

 

 瑠菜(るな)の話しを聞いた鳴海(なるみ)は、東亜(トーア)を見る。いつも通り静観している東亜(トーア)は小さく笑って、片倉(かたくら)新海(しんかい)をブルペンへ向かわせた。二人は急いで準備してブルペンへ行き、マウンドの瑠菜(るな)は、鳴海(なるみ)の手を借りて立ち上がる。

 

十六夜(いざよい)、立ち上がりました。しかし、大丈夫でしょうか? 映像で見た限り、グラブと手首の付け根辺りに当たったように見えますが......。球審が、確認を取ります。どうやら大丈夫のようです! スタンドからは、温かい拍手が贈られています!』

 

 香月(こうづき)はベンチへ下がり、ナインたちはポジションに戻る。そして、友沢(ともざわ)がバッターボックスへ入った。

 

「大丈夫なんですか?」

「ん? ああ、大丈夫だよ」

「......そうですか。向かってくる以上オレは、手加減出来ない人間です......!」

 

 鋭い視線を瑠菜(るな)に向ける友沢(ともざわ)。しかし、バッテリーはまったく動じない。

 

「(クックック......平静を装っているが、ダメージはある。その証拠にブルペンは、慌てて肩を作っている。今こそが、好機......!)」

 

 サイン交換の後セットポジションに着いた瑠菜(るな)が右手に目を落としたところで、蛇島(へびしま)は半歩リードの歩幅を広げた、その時――。

 

『一塁牽制! 蛇島(へびしま)、逆をつかれたーッ!』

 

 手から戻るも、あえなくタッチアウト。

 正に放心状態。状況が整理できず、蛇島(へびしま)はその場を動けないでいた。ジャッジを下した一塁塁審に促され、ようやく立ち上がる。

 

「ば、バカな......なぜ!?」

 

 帰り際ふと、目に入った恋恋高校のブルペンには、今さっきまで肩を作っていたハズの片倉(かたくら)の姿はなく。ベンチで足を組む東亜(トーア)が、蔑むように嘲笑っていた。

 

「打球が当たった時は気が気じゃなかったけど、上手く嵌まったわね」

「くくく。それらしいモノを、それらしく見せてやれば信じ込むのさ。人間ってヤツは」

 

 瑠菜(るな)のケガも、ブルペンの準備も、全ては蛇島(へびしま)を欺くための演出(フェイク)

 

「申し訳ありません......」

「よい。済んでしまったことだ、すぐに切り替えよ」

「......はい」

 

 狙い通り借りを返したつもりが、逆に嵌められたことを知った蛇島(へびしま)は憎悪を深めるどころか、明らかに気落ちしていた。

 

「(まさか、このような姿を見る時がくるとは。完全に裏目に出てしまった。試合中に立ち直りのきっかけを掴めれば良いが......)」

 

 まさかの事態に守木(まもりぎ)は、頭を悩ませる。しかし無情にも、試合は進む。

 

『ワンナウトランナー一塁が、瞬く間にツーアウトランナー無しに変わり、改めて友沢(ともざわ)の打席です!』

 

 友沢(ともざわ)への初球、外角低目いっぱいのストレート。

 

『ストライク! アウトローの厳しいところへ決まりました! どうやら打球が当たった影響は無さそうです!』

 

「(......さっきの牽制球も、今のストレートも、故障を抱えて投げられるような球じゃない。本当に演技だったのか......)」

 

 一旦打席を外した友沢(ともざわ)は、雑念を振り払って集中し直し、改めて打席に臨む。二球目は、対角線上へ食い込んでくるクロスファイアーで三塁線へファウルを打たせ、猛田(たけだ)の時と同様に理想的な形で追い込んだ。

 

「くっ!」

「ナイスボール! バッター、タイミング合ってないよ!」

 

 腰を下ろし、友沢(ともざわ)を見てから変化球のサインを出す。そのサインに瑠菜(るな)は、首を振った。更にもう一度首を振って、投球モーションに入る。選んだのは、三球勝負。一球前よりも若干甘いコースから沈む低回転ストレート。

 

『サードへの強い当たり! しかしこれは真正面、サードからファーストへ渡ってスリーアウトチェンジ! 結果としてこの回も、三人で終わらせましたー!』

 

 ベンチへ戻った瑠菜(るな)に、あおいが訊ねる。

 

「大丈夫だったの?」

「ええ、一時的にビーンと来たけど。当たったのは、グラブの土手の部分だから直撃はしていないわ。バウンドで落ちた勢いに合わせ損ねたのよ......」

 

 少し悔しそうに言う瑠菜(るな)鳴海(なるみ)は、打席の準備をしながら笑う。

 

瑠菜(るな)ちゃん、反射神経良いから。挽回するために一芝居打とうって発想は驚いたけどね」

鳴海(なるみ)

「あ、はい、何ですか?」

 

 手招きした、東亜(トーア)の下へ。

 

「セカンドを狙い打ちしろ。気落ちしている今が、沈めるチャンスだ」

「――はい!」

 

 力強く頷いた鳴海(なるみ)は、スポーツドリンクをひとくち飲んで、グラウンドへ出ていく。久遠(くおん)の投球練習が終わり、バッターボックスに立った鳴海(なるみ)は、初球のストレートを振り抜いた。

 

「セカンド!」

「――しまった......!」

 

 若干一歩目が遅れ、グラブの先で弾いてしまった。記録は、ヒット。続く矢部(やべ)は、きっちり送りバントを決める。

 

『ボール、フォアボール! 浪風(なみかぜ)、フルカウントからフォアボールを選びました。これでワンナウトランナー二塁一塁!』

 

 ここで、守木(まもりぎ)が動く。

 回の頭からブルペンで肩を作っていた、山口(やまぐち)の名がコールされた。

 

『帝王実業守木(まもりぎ)監督は、このタフな場面を彼に託します! エース山口(やまぐち)(けん)の登板です!』

 

「すみません、こんな形で......」

「いや、よく投げた。あとは任せろ」

 

 肩に手を乗せ、労いの言葉をかける。

 

「......お願いします!」

 

 頭を下げた久遠(くおん)は、急ぎ足でベンチへ戻る。

 

山口(やまぐち)くん――」

蛇島(へびしま)、言い訳は聞かない、プレーで示せ。出来ないと言うのであれば、これ以上、帝王の名を汚すマネはするな」

「――ッ!?」

 

 気圧された蛇島(へびしま)は、何も言い返せずポジションへ戻った。マウンドと、肩の感触を確かめながら投球練習を行う。ネクストバッターの藤堂(とうどう)が、左バッターボックスに立つ。

 

山口(やまぐち)、ランナーを警戒して足を上げた。注目の初球は、ストレート! 146キロを計測しました!』

 

 深く被った帽子のつばに軽く触れ、鋭い眼光を藤堂(とうどう)に向ける。

 

 ――もう、これ以上の点はやらない。


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