7Game   作:ナナシの新人

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New game7 ~信頼~

『――流し打ち! 十六夜(いざよい)瑠菜(るな)、甘い外角のストレートを三遊間へはじき返し、レフト前ヒット! 初回に続きランナー三塁一塁と追加点のチャンスを作ります!』

 

 たまらずタイムをかけた猫神(ねこがみ)は、久遠(くおん)へ声をかけに走る。

 

「どうして、ストライクを取ってくれないんだ......?」

「そりゃあ取ってくれないって、ボール球過ぎるもん」

「でも、外は広いって、蛇島(へびしま)先輩が......」

「いくら広いって言ってもさ、やっぱり限度ってあるじゃん。もっとストライクゾーンで勝負していかないと――」

「......向こうは取ってくれるのに?」

 

 あからさまに不満気に言う久遠(くおん)に、的確なアドバイスをしたつもりの猫神(ねこがみ)も、理不尽にぶつけられた憤りにムッと眉尻をあげて不快感をあらわにする。

 

「(い、いかん......! このままでは、非常にマズイ。今、信頼関係を損なってしまえば、少なくとも試合中の再構築は不可能――)」

 

 信頼というものは、築き上げるのに莫大な時間を要する。しかし、崩れる時は一瞬。ほんの些細なことで、いとも簡単に崩れ去ってしまう。そもそも入学して四ヶ月の新入生同士、本物の信頼関係など存在しない。

 

「......監督」

 

 守木(まもりぎ)の真後ろの席から、エース山口(やまぐち)(けん)が、深く被った帽子の奥から鋭い眼光を覗かせて訴えかける。

 

「ならん! キサマの肩は、万全ではない。今ここで無理をすれば、取り返しのつかぬことになるやも知れん!」

 

 今年のドラフトは回避し、大学へ進学して、じっくり四年をかけてリハビリを行えば、プロへの道も充分に残っている。山口(やまぐち)の将来を誰よりも案じている守木(まもりぎ)は、投球制限を設け、一度も連投をさせなかった。それでも、やはり最後の甲子園。最後は、良い場面で投げさせてやりたいという親心。

 その情につけ込む男こそが、渡久地(とくち)東亜(トーア)

 

猫神(ねこがみ)が戻り、試合再開。バッターは真田(さなだ)、この試合早くも二打席目です。ピッチャー久遠(くおん)ヒカル、セットポジションから足を上げ――走った! 十六夜(いざよい)、初球スタート!』

 

 バッテリーへのケアが疎かになったところを狙った、投手の瑠菜(るな)の盗塁。完全無警戒だった上に、球種はカーブと言う間の悪さ。

 

「くっそー!」

 

 間に合うハズもないタイミングにも関わらず猫神(ねこがみ)は、瑠菜(るな)の盗塁を刺しにいってしまった。案の定送球は大きく逸れ、サードランナーの芽衣香(めいか)がスタートを切った。送球を確認してからのディレイドスチール。

 

「くっ......! 先輩、バックアップ!」

「――友沢(ともざわ)!?」

 

 腕をめいっぱい伸ばして飛びつく、大きく逸れた送球をグラブの先端で強引にカット、着地と同時に素早くバックホーム。矢のような返球が、猫神(ねこがみ)のミットへ向かって一直線に突き刺さった。

 

友沢(ともざわ)、バックホームッ! ホームクロスプレーになった! 際どいタイミング、球審のジャッジは――!?』

 

 ホーム上の砂ぼこりが鎮まり、一呼吸間を空けてから、球審のジャッジ。

 

「アウトーッ!」

 

『アウト、アウトです! ショート友沢(ともざわ)のビッグプレー! 浪風(なみかぜ)のホームスチールを阻止しましたーッ!』

 

 帝王実業応援団が陣取るアルプススタンドから、地鳴りのような大歓声が沸き起こる。

 

友沢(ともざわ)さん――」

久遠(くおん)

 

 久遠(くおん)の言葉を遮った友沢(ともざわ)は、送球の勢いで飛んだ帽子を拾い上げ、土埃を払い被り直しながら強めの口調で諭す。

 

「オレも元投手だ、思うようにストライクを取ってくれないことに苛立つのは解る。けど、お前が追い詰められているのは判定のせいじゃない。お前が、相手を甘く見ているからだ」

「そ、そんなこと......」

「そんなことは無いと、本当に言い切れるか? だったらなぜ今、牽制も、クイックもせず漠然と投げた? 初回の攻撃で、揺さぶりを仕掛けてくる相手だってことは判っていただろう」

 

 友沢(ともざわ)の指摘に、久遠(くおん)は顔を伏せて黙り込む。二塁塁審は、なかなかポジションに戻らない二人に対して注意を促す。

 

「キミたち、私語は慎み、速やかに戻りなさい」

「すいません、すぐに戻ります。忘れるな久遠(くおん)、お前が戦っているのは、審判でも、味方の猫神(ねこがみ)でもない。対戦相手と、お前自身なんだ......!」

 

 注意を促しに来た塁審に頭を下げて、駆け足でポジションへ戻る友沢(ともざわ)。対照的に久遠(くおん)は俯いたまま、重い足取りでマウンドへ戻っていく。

 

「ふーん、なかなか判ったことを言うな、友沢(アイツ)河中(かわなか)と似たタイプだ」

河中(かわなか)って、フィンガーズの?」

「ああ。他人に厳しい要求をするが、自分には更に厳しい要求を強いるタイプだ。まあ、直情的過ぎる面が玉に瑕だが」

「口で言うのは簡単だけど、なかなか出来ないことね」

「まーな。大抵の人間は、逃げ道を用意しておく」

「逃げ道?」

「簡単に言えば、言い訳の捌け口、逃げの口上。不都合なことが起きた時、別の誰かを悪者に仕立て上げ、矛先をズラし、殴りやすいサンドバッグにする。自分は悪くない、アイツが悪い。今置かれている状況を都合良く転嫁し、自身を正当化する。何故なら、楽だからだ」

 

 東亜(トーア)の言葉に、静まり返るベンチ内。理香(りか)でさえも、はっきりと否定することは出来なかった。

 

「誰だって痛い思いはしたくない、殴っておけば気が晴れる。しかしそれは、自信の無さの裏返しに過ぎない。本気で取り組んで来たと自信を持って言えるのなら、安易な逃げ道などに頼らず現状を受け入れ、打開策を見出す糧と出来る。さーて、今のお前たちは、どうなんだろうなー?」

 

 やや意地悪く問われたナインたちは、この四ヶ月間を振り返って、改めて自問自答する。勝負に勝つため、誰にも負けないため、本気で取り組んで来た否かを――。

 彼らは、そして彼女たちは、質問に答える代わりに、今までで一番真剣な顔でグラウンドを見つめた。

 

 

           * * *

 

 

 大きく深呼吸をしてセットポジションに着いた久遠(くおん)は、サイン交換を行い、セカンドランナーの瑠菜(るな)を目で牽制。

 

「(......少し、気持ちが引き締まったみたいね。友沢(ショート)のゲキが効いたのかしら? だけど、結果が伴うかは別の話よ)」

 

 まるで試すように、瑠菜(るな)はリードを大きく取る。

 

「(友沢(ともざわ)さんの言う通りだ。ボクは、あの人に認めてもらいたかっただけで、本気で相手と向き合っていなかった......!)」

 

 カウントワンストライクからの二球目、インコースのストレート。

 

『142キロのストレート! 内角へズバッと決まった! 久遠(くおん)ヒカル、バックの好プレーに応えるような気持ちのこもったボールを投げ込みますっ!』

 

 初球のカーブ、ストレートの見逃しのストライク二つで追い込んでからの三球目は、アウトコースのストレートを選択。球審は首を振り、判定はボール。カウント1-2投手有利のカウント。

 

「(くっ、やっぱりここは取ってくれないか......)」

「ナイスボール! 走ってるぞー!」

 

 ロジンバッグを手に間を取り、一旦気持ちのリセットを試みて、セットポジションへ着き、四球目を投げる。内角のストライクゾーンからボールになる、曲がりの大きなスライダー。真田(さなだ)は、迷うことなく簡単に見送った。

 

「(うーん、予選だと振ってくれたんだけどなぁ。やっぱり、甲子園となるとレベルが違うか)」

 

 猫神(ねこがみ)はボールゾーンでの勝負を諦めて、ストライクゾーン内での勝負を要求するも久遠(くおん)は首を振って、再び内角のスライダーを選択した。

 

『膝下のスライダーを上手く引っ張った! 打球は、ライトへ!』

 

 一球前よりも甘く入ったスライダーを振り抜いた打球は、ライナー性の当たりで、ライト前へ抜けていく。

 

「ストップ!」

 

 三塁を蹴ったところで瑠菜(るな)はブレーキかけ、三塁へ戻る。直後、ライトの猛田(たけだ)から、ワンバウンドで返球が返ってきた。走っていれば、ホームで刺されていたかも知れない完璧な送球。しかし、ランナー三塁一塁と三度チャンスを広げた。

 

「さっきは、友沢(ともざわ)くんのファインプレーにやられたけど、今度は取りたい場面ね」

「余裕に取れるさ。アイツはまだ、スライダーの致命的な欠点に気がついていない」

 

 久遠(くおん)の投げるスライダーの致命的な欠点。

 それは、曲がりすぎてしまうこと。

 初回の葛城(かつらぎ)奥居(おくい)の打席でスライダーは変化が大きい分、曲がり始めが速いことに気がついた恋恋高校は、スライダー対策として一本のラインを引いた。右バッターであれば真ん中から外側、左バッターであれば真ん中から内側を捨てる。それらのコースからのスライダーは、すべてボール球。基本一番速いストレートに照準を合わせているため、球速差のあるスライダーはある程度見極めることが出来る。

 

「曲げることに気を取り過ぎ。変化球は打者の、より手元で変化させてこそ真価を発揮する。まがい物など捨ててしまえばいい。要は、打ちやすいボールを狙えばいいだけのこと。そして、そのボールを投げさせる」

 

 自分が投げる時は、外角のストライクを取って貰えないと勝手に思い込んでしまっているため、カウントが悪くなるとコースを突けない。加えて、奇襲の連続で安易にストライクは放れない。空振りやファウルでカウントを稼ぎたいスライダーに手を出してくれないうちに、カウントは悪くなる。当然ストライクを取りに行く、そこを狙い打たれるという悪循環。信頼度の高い身内からもたらされた情報により、存在しない“幻影”と戦ってしまっている。

 

「あのー、どうして思い込んでしまったのですか?」

「きっちりアウトコースで仕留めたからさ」

 

 外角のボールを続けてアウトコースの位置を印象を植え付けた。そして、いつか投げて来るであろうインコースを予測したところへ裏を突くアウトコースのストレート。サウスポーの瑠菜(るな)の投げるボールは、右打者の蛇島(へびしま)にとって、クロスして食い込んでくる厄介な軌道。ややオープン気味に対応したことで、通常のフォームよりも頭の位置が僅かにズレた。

 

「頭の位置がズレれば、視線もズレる。ピッチャーの投球がホームベースへ到達するまで約0,4秒前後。正確な判断など出来はしない。頭に内角が過っているのだから、アウトコースは更に遠く感じるって訳さ。例え、ストライクゾーンの中であろうともな」

 

 蛇島(へびしま)は、自他共に認める選球眼の持ち主。

 投球練習、ネクストでもミットが動かないほどの高い制球力を見ていた彼の思い込みが、外角のストライクゾーンは広いと誤った認識を浸透させてしまった。一度浸透してしまった先入観は、そう簡単には拭えない。気づいた時には、既に手遅れ。試合中の修正は、ほぼ不可能。

 

葛城(かつらぎ)、バッティングカウントからやや甘く入ったシュートに対して上手く肘をたたみ、叩きつけた打球は、サードの頭上を越えるタイムリーヒット! その点差を、三点と広げましたーッ!』

 

 ベンチへ返ってきた瑠菜(るな)をナインたちが総出で出迎える中、東亜(トーア)は一人、帝王実業ベンチへ目を向ける。

 

 ――さあ、デッドラインだ。

 

 帝王実業ベンチの奥から控えキャッチャーを引き連れ、エース山口(やまぐち)(けん)が、グラウンドに姿を現した。

 


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