7Game   作:ナナシの新人

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帝王実業の学年設定です。
シナリオの都合上。山口(やまぐち)蛇島(へびしま)は三年。
友沢(ともざわ)猛田(たけだ)は二年。
犬河(いぬかわ)猫神(ねこがみ)久遠(くおん)は一年で進みます。



New game4 ~同類~

「覚悟、か......」

 

 帝王実業戦前夜、時計の針が零時を回っても、なかなか寝付けないでいた鳴海(なるみ)は、相部屋の矢部(やべ)を起こさないようにひっそりと部屋を出て、柔らかな月も明かりが照らす中庭のベンチに座り、夜空を見上げる。ミーティングで告げられた事を、今もなお、葛藤し続けていた。

 

「まだ、起きてたんだ」

「あっ、あおいちゃん......」

 

 隣に座ったあおいは、同じように夜空を見上げた。

 

「わぁ~、東京よりも、キレイに見えるね!」

「ん? ああー、そうだね」

「悩んでる?」

 

 あまりにも素っ気ない返事に、あおいが若干不満気に訊くと、少しの間があったあと「うん」と、小さく返事を返した。

 

「だよね」

 

「あおいちゃんは、どう思う?」とは聞かれなかったが、あおいは、自分から話しを切り出した。

 

「もし、ピッチャーだったらどうする?」

「ピッチャーだったら?」

「うん。鳴海(なるみ)くんがもしピッチャーで、これ以上投げたら投げられなくなっちゃうって判っていたら、どうする?」

「俺は......」

 

 あおいの問いに、鳴海(なるみ)は足下へ目を落として深く考え込む。

 

「ボクはきっと、ううん、絶対に投げる」

「......それで、投げられなくなったとしても?」

 

 神妙な面持ちで聞かれたあおいは「うんっ」と、迷いの無い笑顔を返した。

 

「投げれば後悔するかも知れない。でも、投げないと、絶対に後悔するって自信はある。なーんて、ヒロぴーの受け売りだけどね」

太刀川(たちかわ)さんの?」

「うん。晩ごはんの後、メッセージが来たんだよ。明日......もう、今日だね。応援に来てくれるって」

「わざわざ、甲子園まで?」

「ほむらちゃんの、知り合いのバッティングセンターが近くにあって、お手伝いする代わりに泊めて貰えるんだって。それで、今回のことを相談したんだよ。ヒロぴーの話しを聞いて、ボクも、同じ気持ちだって想ったんだ......」

 

 再び夜空を見上げたあおいは、どこか吹っ切れた表情(かお)をしていた。鳴海(なるみ)は、彼女の想いを噛みしめ、改めて自分に問いかける。もし自身が、山口(やまぐち)と同じ境遇であったとしたら、どう行動するか。そして、ひとつの結論に辿り着いた。

 

「ありがとう」

「どういたしまして。今日の試合、絶対に勝とうね!」

「うん、もちろん」

 

 小さく微笑み合って、もう一度夜空を見上げた。

 そして、翌日。甲子園のダグアウトからベンチへ戻ってきた鳴海(なるみ)は、東亜(トーア)の元へやって来た。

 

「朝っぱらから話し合っていたらしいが、答えは出たようだな」

 

 鳴海(なるみ)は大きくゆっくり深呼吸してから、東亜(トーア)を真っ直ぐと見据えて答える。

 

「はい、この試合、本気で“潰し”に行きます。これは俺たち、全員の総意です」

「フッ、そうか。なら俺は、この試合、山口(やまぐち)が登板している場合に限り一切の采配はしない。口先だけではないことを証明して見せろ」

「――はい!」

 

 迷いの無い目で、力強い返事をした鳴海(なるみ)は、今日先発予定の瑠菜(るな)が待つブルペンへ向かった。しかし理香(りか)は、不安の色を隠せないでいた。

 

「本当に、大丈夫なのかしら......?」

「おい。お前が、そんな不安な表情(かお)を見せるな。虚勢を張ってでも堂々としてろ」

 

 東亜(トーア)は普段通りの澄まし顔で、投球練習をしているブルペンへ目を向ける。

 

「アイツらは正に、岐路に立っていた。存在するふたつの道。ひとつは、踏み場の無いほどのイバラが足下に張り巡らされた道の先に、微かに光が見える道。もうひとつは、一定の間隔に設置された松明(たいまつ)の灯りだけが頼りの、満足に足下も見えない暗闇の道。痛みや苦しみを堪え、微かに見える光りを信じて進むか。暗がりの中、足下に道が続いているのかさえも判らない恐怖の中を進むか――」

 

 前者は、仮に試合中に山口(やまぐち)が肩を壊してしまうことになったとしても、痛みや、苦しみを背負うことを覚悟した上で進む道。後者は、もしかしたら壊れてしまうかも知れないと言う恐怖と戦いながらの道。どちらを選んでも正しくもあり、正しいとも言えない苦渋の選択。

 

「しかしアイツらは、少なくとも選んだのさ。立ち尽くすことなく、痛みを負う覚悟を決めた。ならば、結末を見届けることこそが、指導者の務めだろ」

「......ええ、目は逸らさないわ」

「それでいい。まあ、その相手側は先発ではでないがな」

 

 理香(りか)が受け取った帝王実業の先発メンバー表には、山口(やまぐち)の名前は無く、一年生投手の久遠(くおん)ヒカルの名が記されていた。最速140km/h中盤のストレートと、変化の鋭いスライダーが武器のピッチャー。

 東亜(トーア)は、帝王実業の資料を見せながら意図を解説する。

 

「あかつきとは、まったく違うチーム作りをしている。よほどのことがない限り、その年の三年をレギュラーに据えるあかつきは、三年引退後の秋になると、ベンチ入りした二年と二軍で育てた連中を軸に戦力を整えて戦う。一方、帝王はと言うと、半ば強引に一・二年をレギュラーやベンチに入れることで、秋の入れ替えによる戦力低下を実質半分に抑えているのさ」

「同じ名門校でも、そうも差があるのね。あかつきは、最大値を。帝王は、安定を求めるチーム作りと言ったところかしら? でも、ベンチ入りメンバーの半分近くに二年生と一年生で抜擢しているとはいえ、大事な初戦で一年生を先発させるの?」

「単なる消去法さ。帝王の投手は、全部で四人」

 

 三年生の山口(やまぐち)。先発の一年久遠(くおん)と、同じく一年の犬河(いぬかわ)和音(かずね)。あとは、二年の左の本格派が一人。

 

山口(やまぐち)は、肩に故障を抱えている。通常であれば、二年の左を使いたいところだが、完全上位互換である猪狩(いかり)を攻略してきた以上使いづらい。となれば、一年のどちらを投げさせるか。犬河(いぬかわ)は、あおいと同じ右のアンダースロー。な? 久遠(アイツ)しかいねぇだろ」

「なるほどね、納得。ウチの先発が、彼女なのも」

 

 鳴海(なるみ)がブルペンでボールを受けているのは、甲子園初戦の先発を任された瑠菜(るな)

 

瑠菜(るな)ちゃん、ラスト!」

「......んっ!」

「オッケー、ナイスボールッ!」

 

 ミットを構えたところへ寸分の狂いもなく投げ込み、一旦ベンチへ引き上げてきた。試合開始に向けて、各自落ち着いた様子で準備を進める。審判団が、グラウンドへ出てきた。

 

「さあ、時間よ。みんな、行ってらっしゃい!」

 

 理香(りか)の呼びかけに「はい!」と元気よく返事をしたナインたちは、グラウンドへ駆けだして行く。球審の号令と同時に、大声援とサイレンが球場全体に響き渡り、後攻の帝王実業ナインたちがポジションに着く。

 先頭バッター真田(さなだ)の名前がアナウンスされ、いよいよ戦いの火蓋が切られた。

 

 

           * * *

 

 

『本日お届けする試合は、名門・帝王実業対初出場の恋恋高校。実況担当は、私、熱盛(あつもり)がお送りいたします! さあ、間もなくプレイボールです!』

 

 球審のコールを聞き、帝王実業バッテリーは、サイン交換を行う。サインは一度で決まり、マウンド上の久遠(くおん)はやや緊張した面持ちで、セットポジションから足を上げた。

 

『注目の初球は――おーっと! なんと、先頭バッター真田(さなだ)、バットを寝かせた! 初球セーフティバントーッ!』

 

 完全に裏をかかれ、内野安打。いきなりランナーを背負ってしまった久遠(くおん)は、二番バッターの葛城(かつらぎ)に対して、ストライクが入らない。そして、カウント2-0からの三球目――得意のスライダーが、ベースの手前でバウンド。

 

『キャッチャー猫神(ねこがみ)が前へ弾いて出来た僅かな隙を、ファーストランナー真田(さなだ)は見逃してはくれませんッ! 状況が、ノーアウト二塁と変わりました。甲子園初戦、大抜擢された一年生バッテリーですが、いきなり正念場を迎えます!』

 

「動揺するでない!」

 

 監督の守木(まもりぎ)独斎(どくさい)が、ベンチから声を張り上げる。

 

猫神(ねこがみ)、キャッチャーのキサマが声をかけずどうするか! キサマら二人で、“バッテリー”なのだぞ!」

「あっ! は、はい!」

 

 叱咤された猫神(ねこがみ)はタイムをかけ、マウンドへ声をかけに走る。ギリギリまで身を乗り出していた守木(まもりぎ)は、ベンチの中へ戻って腕を組んだ。

 

「(――初っぱなから奇襲とは、彼奴らの経験不足を狙われたか。さすがは噂に聞く、勝負師。異名は伊達ではないと言うことか。ともかく、試合を壊さず四回まで持たせてくれればよい)」

 

 間を取ったあとの初球は、アウトコースのスライダーで空振りを奪った。今の一球を見た守木(まもりぎ)は、ゆっくりとうなづく。

 

「ストライクからボールになるスライダー。今の一喝で、立ち直った?」

「いや、一時的なものに過ぎねぇよ。それに本命は、ここからさ」

 

『カウント3-1からの四球目――真田(さなだ)、走った! 三盗!』

 

 ひとつストライクを取って落ち着きを取り戻しかけていたところへ、再び仕掛けた。一球前と同じ外角のスライダーをハーフスイングで止めるも、スイングと判定されてストライク。しかし、完全に無警戒だったことで、キャッチャー猫神(ねこがみ)(ゆう)は送球することも出来ず、真田(さなだ)の三盗は決まった。立ち直るどころか、無死三塁と逆にチャンスは広がった。

 

『地区予選決勝あかつき戦では、矢部(やべ)に一番を譲った真田(さなだ)ですが、本来の打順に戻り躍動しています!』

 

「くくく、油断したな。ひとつストライクを取ったことで、真田(さなだ)への意識が薄れた。だが、これだけでは終わらせない。確実に沈める」

 

『大きく外れてしまいました、フォアボールです! これでノーアウト三塁一塁!』

 

 ノーアウト三塁一塁。様々な形で得点を奪えるシチュエーション。そしてバッターは、奥居(おくい)を迎える。

 

「(いくらメンタルが弱い久遠(くおん)とは言え、初回からもたつくのは想定外。山口(やまぐち)のアクシデントといい、友沢(ともざわ)を壊してしまったのは、時期尚早だったかな?)」

 

 マウンド上で動揺している久遠(くおん)を、若干呆れ顔で見ていたセカンドの蛇島(へびしま)桐人(きりと)は、二遊間を組む友沢(ともざわ)(りょう)に目を向けた。

 猫神(ねこがみ)は再びタイムを取り、久遠(くおん)に声をかけに走る。そのタイミングで蛇島(へびしま)は、友沢(ともざわ)に声をかけに行く。二人はグラブで口を隠しながら、守備の確認を行う。

 

友沢(ともざわ)くん、ここはダブルスチールを頭に入れておこう。ファーストランナーには、最悪進塁されも仕方がない」

「判っています。サードランナーが走るそぶりを見せたら、カットには俺が入ります。ベースカバーは、お願いします」

 

 猫神(ねこがみ)が戻り、二人もポジションに戻る。守木(まもりぎ)から、内野守備陣へサインが送られた。基本セカンド経由のダブルプレーを狙う中間守備。よほど正面の打球でない限り、一点は仕方ないというシフトを敷く。

 

「(個人的には、そこそこの数字は残したが、春は二回戦で敗退してしまった。もう少しアピールしておきたいところだ。そのためにも、初戦で負ける訳にはいかない。必ずプロへ行くために。例え、どんな手段()を使おうとも......)」

 

 蛇島(へびしま)は、恋恋高校のベンチへ顔を向ける。

 

「(このボクの気持ち......同類のあなたなら、理解していただけますよね? 渡久地(とくち)監督)」

 

 蛇島(へびしま)の鋭い目からは勝利への執念と共に、尊敬にも似た眼差しも含まれていた。その視線に東亜(トーア)は「同等に語るな」とでも言うように、とても冷めた表情(かお)を見せた。


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