7Game   作:ナナシの新人

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New game3 ~資質~

 抽選会は滞りなく閉幕した日の夜、宿舎近くのバーで飲んでいた東亜(トーア)の元へ、理香(りか)がやって来た。隣の席に座って、小さくタメ息を漏らす。

 

「初戦から、とんでもない相手に決まったわね」

「そうでもないさ。むしろ好都合な相手だ」

「好都合?」

「よく見てみろよ」

 

 東亜(トーア)は、理香(りか)が持ってきた組み合わせ表を指差す。

 

「少なくとも、ベスト8の再抽選まで他の優勝候補とは当たらない」

「確かに......」

 

 夏の甲子園は三回戦のあと、勝ったチームが改めてクジを引き再抽選が行われる(※この規定は、変更されることがままあります)。初戦は、優勝候補の帝王実業ではあるが、木場(きば)が所属する覇堂高校を含め、他の優勝候補を上手く回避できている。ある意味で幸運と言える組み合わせだった。

 

「正直、帝王実業は決勝で戦ったあかつき以下のチームだ。総合的なバランスで言えば帝王の方が勝るが、しかし投手力という面においては格段に劣る。他校へインパクトを与えつつ、軽く弾みをつけるには絶好の相手(カモ)

 

 相手が優勝候補と知ってもなお、普段と変わらず余裕綽々な笑みを浮かべながらグラスを口に運ぶ東亜(トーア)の姿に、肩に力が入っていた理香(りか)の表情が少しだけ和らいだ。

 

「それに優勝候補だ。中途半端な相手よりも、データは集めやすいだろ」

「もちろん。個々の成績から、予選全試合まで用意してあるわ」

「フッ、なら、なおのこと好都合だったな」

 

 そう言うと、再びグラスを口に運んだ。

 

 

           * * *

 

 

 翌日、朝食後、宿舎内に用意された大部屋で、対帝王実業戦ミーティングが行われようとしていた。

 

「けど、いきなり帝王実業って、クジ運悪いわね」

「いやいや、そんなこと言われても、向こうが後に引いたんだから......」

 

 ジト目の芽衣香(めいか)に、鳴海(なるみ)はたじたじの様子。理香(りか)は手を叩いて場を鎮め、はるかと手分けして用意した資料をナインたちに配る。配り終えたところで、食後の一服していた東亜(トーア)が来て、一番後ろの席に腕を組んで座った。

 

「さて、全員揃ったことだし、ミーティングを始めましょう。はるかさん、お願いね」

「はいっ」

 

 はるかは手元のノートパソコンを操作して、元々部屋の奥に設置されている大型ディスプレイに、帝王実業の地区大会の試合結果を表示させた。地区大会は緒戦から決勝戦まで、ほぼ危なげない結果で勝ち上がっている。続けて、レギュラーメンバー、ベンチ入りメンバーの個人成績へ切り替えた。

 

「うわぁ、スゴい成績だねっ。特にクリーンナップは、全員が四割近い打率だよ!」

「半端ないわね」

「でも、打点に関しては五番が一番多いわ」

「あ、ホントだ。それに三番は、六番よりも打点が少ないわね」

 

 あおい、芽衣香(めいか)瑠菜(るな)の三人の意見を鳴海(なるみ)がまとめる。

 

「基本的に一番、二番、三番で作ったチャンスを四番で返す。残ったランナーを五番、六番で掃除する。下位打線は、長打も、打点も少ないから、完全に上位への繋ぎ役って感じのチームスタイルなのかな? はるかちゃん、試合の映像ある?」

「もちろん、用意してありますよ」

 

 映像が、試合の映像に切り替わった。

 動画は、地区大会決勝戦。資料の数字通り、圧倒的な攻撃力で相手投手を攻略、二桁得点で勝利を収めた。

 

「やっぱり強力打線だ。打線の繋がりでいえば、あかつき以上かも」

「だな。それに、あの投手のフォーム相当打ちづらそうだなー」

 

 エース山口(やまぐち)のピッチングフォームは、大きく足を上げて投げ降ろす、マサカリ投法。タイミングが取りづらい上に、ボールの出所も見難いクセの強いフォーム。加えて、140キロ台中盤のストレート、タイミングを外すカーブ、そして、手元で鋭く大きく変化するフォークボールを操る。

 

「このフォーク、ヤバいな。今、バットを避けるようにベースの手前でバウンドしたぞ」

猪狩(いかり)のフォークもスゴかったけど、猪狩(いかり)以上かも知れない。一筋縄にはいかなそうな相手だ。コーチは、どう思いますか? あの、渡久地(とくち)コーチ......?」

「クックック......」

 

 振り向いた先、不気味に笑う東亜(トーア)の姿を見て、言葉が詰まる鳴海(なるみ)の代わりに、理香(りか)が聞く。

 

「どうしたの?」

「なーに、ちょっと面白いヤツが居たんでな」

「面白いヤツ?」

 

 東亜(トーア)の中では投手ではなく、別の選手に興味がいっていた。

 

「はるか、三回の守備に戻してくれ」

「はい」

 

 指定した、三回の守備に映像を戻す。

 

「ここだ」

 

 相手チームの一番バッターが塁に出て、ツーアウトからの二球目で盗塁を仕掛けた場面。帝王バッテリーは、この仕掛けを読み切り大きくウエスト。だがしかし、キャッチャーの送球はややショートよりに高めに逸れ、セカンドは身体を捻りながらジャンプして捕球。ちょうど着地したところへ、滑り込んで来たランナーと交錯した。一旦ゲームは中断されたが、幸い両者ともケガはなく、試合は続行された。

 

「今のプレー、明らかに潰しに行っていた」

 

 東亜(トーア)の言葉で、全員の顔色が変わる。

 

芽衣香(めいか)、お前ならどうする?」

「......あたしだったら、後ろへ逸らさないようにベースを離れて取りに行きます。上下だけならまだしも、左右へ逸れた場合バックアップが取れなかったら、三塁まで進まれるし」

「そう、通常あれほどの悪送球であればベースを離れ、捕球に専念する。だがコイツは、それをしなかった。走者は足のある一番バッター、送球が逸れた時点でタッチは間に合わない。しかも序盤でツーアウト、ケガのリスクを負ってまで果敢に攻めるような場面ではない。そして何より――捕球した直後、視線を落とした。ベースへ滑り込んで来るランナーの位置を確認した」

 

 どこか嬉しそうな笑みを見せる、東亜(トーア)

 そんな彼とは対照的に、理香(りか)とはるかを含めたナインたちは絶句する。

 

「くくく、こんなヤツが居るなんてな。捨てたもんじゃねーじゃねーか、高校野球ってのも。だが所詮、二流だ」

「二流?」

「本物は、一撃で獲物を仕留める。一度なら“偶然”で済まされるだろ」

「......そう言う意味なのね」

 

 期待薄と判っていたが、それでも否定してくれることを期待していた理香(りか)は、判りやすく肩を落とす。

 

「フッ、どうにせよ小心者さ。この地区は元来、帝王一強の地区。明らかな格下相手に、こんな姑息な手を使っているようでは大成しない」

「そう言うものですか?」

「まあな。さてと、じゃあそろそろ本題へ移るとするか。お前ら――」

 

 東亜(トーア)は座ったまま、今までに見せたことのない真剣な眼差しで、ナインたちに問いかけた。

 

 ――覚悟はあるか、と。

 

 

           * * *

 

 

 後日、開会式のリハーサル、翌日に本番が行われた。

 そして大会初日は、いきなり、優勝候補筆頭のアンドロメダ学園が登場するということで当然、チケットは即完売。宿舎へ戻ったナインたちは、テレビで中継を見ていた。

 

「二回でもう、五点差でやんす!」

「やっぱり、俺たちが戦った一年生とは攻守共に格が違うね」

「あっ、見て! あの時のピッチャー、ベンチ入りしてるよっ」

 

 あおいが指を差した先に、恋恋高校との練習試合で先発した嵐丸(あらしまる)が、ベンチに座っていた。木場(きば)から貰った雑誌で調べたところ、一年生で唯一のベンチ入りメンバーであることが判明。

 

「名門アンドロメダ学園で、一年の夏からベンチ入りするなんて......」

「オイラたち、結構スゴいヤツを攻略したんだな」

「だけどさ、そのピッチャーがベンチ入りしてるってことは、今年はあんまり良くないってこと?」

 

 芽衣香(めいか)の素朴な疑問に、鳴海(なるみ)は雑誌を見ながら答える。

 

「うーん、どうなんだろう。試合内容を見る限り、そんなことは無いと思うけど。レギュラーに名を連ねる面子も、春とあまり変わらないし。一番大きく変わったのは、ショートが女子選手ってところかな」

「えっ、うっそ!」

「あのショート、女の子なんだ! 小柄だけどキリッとしてるから男子だと思ってたよっ」

 

 ショートを守る選手が女子と知り驚く芽衣香(めいか)とあおい。二人と同じく瑠菜(るな)も驚いてはいたが、すぐに冷静に受け止めた。

 

「どうにせよ、三回戦ではっきりするんじゃないかしら。順当にいけば、天空中央が勝ち上がって来ることになると思うし」

「改めて組み合わせ表を見ると、正直、ゾッとしたよ。ひとつ横にズレていたら両方と戦わないといけないところだった」

「そう言う意味では、クジ運は良かったワケね。初戦が帝王実業ってことを除けば――」

 

 芽衣香(めいか)が言った何気ない台詞に、室内が静まり返る。

 ――覚悟はあるか。先日のミーティングで問われたことを思い返す。東亜(トーア)から告げられたショッキングな話し。帝王実業のエース山口(やまぐち)(けん)は、肩に重大な故障を抱えている。

 ――肩関節唇損傷。

 この故障を患って完全復活を遂げた投手は、ほぼ皆無に等しい。何人もの名選手たちが若くして引退を余儀なくされた、致命的な故障。

 

「どうして、判ったの......?」

 

 あの日の夜、理香(りか)は神妙な面持ちで、東亜(トーア)に真意を訊ねた。

 

「そりゃあ判るさ。俺も、同じ故障を抱えていたんだからな」

 

 タバコに火を付け、答える。

 

「......そうね」

「お前の言いたいことは判る。なぜあの場で、アイツらに話したのかだろ?」

「それくらい、わたしにも判っているわ。もし知らずに、引き金をひいてしまったら......」

 

 ――心に深い傷を負いかねない。以前の、あおいのように。

 

「フッ、お門違いもいいところだな。そんな取るに足らない“情”の話しではない。俺が言っているのは、アイツらが頂点に立ちうるだけの資格、資質が有るか否かの話だ。前に話しただろ。勝利とは、綺麗事では済まされない、むしろ残酷なモノだ。誰かを蹴落とし、蹴落とした者たちの屍を踏み越えた先で、自らの手で掴み取るモノ。一握りの勝者の裏には、数え切れない程の敗者が存在しているんだ」

 

 東亜(トーア)の話しを、理香(りか)は黙ったまま聞いていた。火をついたまま口に為ずいたタバコを、灰皿に押し付ける。

 

「プロ、大学、社会人野球のスカウトから幾つか話しが来ている。それは、お前も知っているだろ」

「......ええ、知っているわ。あなたが、直接の接触を止めていることもね」

「フゥ......この程度のことで立ち止まるような甘いメンタルでは、プロでは生きていけない。毎年何人もの人間が無情にも切り捨てられる、実力だけが評価される世界だ。味方を蹴り落とし、ポジションを奪い取ることが出来なければ、カモにされて終わる。勝負に徹せられず、躊躇するようであれば、端っから土俵に上がる資格はない」

「......言わば、この試合は――」

 

 ――東亜(トーア)から課された。

 プロの世界で、この先の未来を勝ち抜いて行けるか否かの最終試験。

 

 そして、その時がやって来た。

 


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