抽選会は滞りなく閉幕した日の夜、宿舎近くのバーで飲んでいた
「初戦から、とんでもない相手に決まったわね」
「そうでもないさ。むしろ好都合な相手だ」
「好都合?」
「よく見てみろよ」
「少なくとも、ベスト8の再抽選まで他の優勝候補とは当たらない」
「確かに......」
夏の甲子園は三回戦のあと、勝ったチームが改めてクジを引き再抽選が行われる(※この規定は、変更されることがままあります)。初戦は、優勝候補の帝王実業ではあるが、
「正直、帝王実業は決勝で戦ったあかつき以下のチームだ。総合的なバランスで言えば帝王の方が勝るが、しかし投手力という面においては格段に劣る。他校へインパクトを与えつつ、軽く弾みをつけるには絶好の
相手が優勝候補と知ってもなお、普段と変わらず余裕綽々な笑みを浮かべながらグラスを口に運ぶ
「それに優勝候補だ。中途半端な相手よりも、データは集めやすいだろ」
「もちろん。個々の成績から、予選全試合まで用意してあるわ」
「フッ、なら、なおのこと好都合だったな」
そう言うと、再びグラスを口に運んだ。
* * *
翌日、朝食後、宿舎内に用意された大部屋で、対帝王実業戦ミーティングが行われようとしていた。
「けど、いきなり帝王実業って、クジ運悪いわね」
「いやいや、そんなこと言われても、向こうが後に引いたんだから......」
ジト目の
「さて、全員揃ったことだし、ミーティングを始めましょう。はるかさん、お願いね」
「はいっ」
はるかは手元のノートパソコンを操作して、元々部屋の奥に設置されている大型ディスプレイに、帝王実業の地区大会の試合結果を表示させた。地区大会は緒戦から決勝戦まで、ほぼ危なげない結果で勝ち上がっている。続けて、レギュラーメンバー、ベンチ入りメンバーの個人成績へ切り替えた。
「うわぁ、スゴい成績だねっ。特にクリーンナップは、全員が四割近い打率だよ!」
「半端ないわね」
「でも、打点に関しては五番が一番多いわ」
「あ、ホントだ。それに三番は、六番よりも打点が少ないわね」
あおい、
「基本的に一番、二番、三番で作ったチャンスを四番で返す。残ったランナーを五番、六番で掃除する。下位打線は、長打も、打点も少ないから、完全に上位への繋ぎ役って感じのチームスタイルなのかな? はるかちゃん、試合の映像ある?」
「もちろん、用意してありますよ」
映像が、試合の映像に切り替わった。
動画は、地区大会決勝戦。資料の数字通り、圧倒的な攻撃力で相手投手を攻略、二桁得点で勝利を収めた。
「やっぱり強力打線だ。打線の繋がりでいえば、あかつき以上かも」
「だな。それに、あの投手のフォーム相当打ちづらそうだなー」
エース
「このフォーク、ヤバいな。今、バットを避けるようにベースの手前でバウンドしたぞ」
「
「クックック......」
振り向いた先、不気味に笑う
「どうしたの?」
「なーに、ちょっと面白いヤツが居たんでな」
「面白いヤツ?」
「はるか、三回の守備に戻してくれ」
「はい」
指定した、三回の守備に映像を戻す。
「ここだ」
相手チームの一番バッターが塁に出て、ツーアウトからの二球目で盗塁を仕掛けた場面。帝王バッテリーは、この仕掛けを読み切り大きくウエスト。だがしかし、キャッチャーの送球はややショートよりに高めに逸れ、セカンドは身体を捻りながらジャンプして捕球。ちょうど着地したところへ、滑り込んで来たランナーと交錯した。一旦ゲームは中断されたが、幸い両者ともケガはなく、試合は続行された。
「今のプレー、明らかに潰しに行っていた」
「
「......あたしだったら、後ろへ逸らさないようにベースを離れて取りに行きます。上下だけならまだしも、左右へ逸れた場合バックアップが取れなかったら、三塁まで進まれるし」
「そう、通常あれほどの悪送球であればベースを離れ、捕球に専念する。だがコイツは、それをしなかった。走者は足のある一番バッター、送球が逸れた時点でタッチは間に合わない。しかも序盤でツーアウト、ケガのリスクを負ってまで果敢に攻めるような場面ではない。そして何より――捕球した直後、視線を落とした。ベースへ滑り込んで来るランナーの位置を確認した」
どこか嬉しそうな笑みを見せる、
そんな彼とは対照的に、
「くくく、こんなヤツが居るなんてな。捨てたもんじゃねーじゃねーか、高校野球ってのも。だが所詮、二流だ」
「二流?」
「本物は、一撃で獲物を仕留める。一度なら“偶然”で済まされるだろ」
「......そう言う意味なのね」
期待薄と判っていたが、それでも否定してくれることを期待していた
「フッ、どうにせよ小心者さ。この地区は元来、帝王一強の地区。明らかな格下相手に、こんな姑息な手を使っているようでは大成しない」
「そう言うものですか?」
「まあな。さてと、じゃあそろそろ本題へ移るとするか。お前ら――」
――覚悟はあるか、と。
* * *
後日、開会式のリハーサル、翌日に本番が行われた。
そして大会初日は、いきなり、優勝候補筆頭のアンドロメダ学園が登場するということで当然、チケットは即完売。宿舎へ戻ったナインたちは、テレビで中継を見ていた。
「二回でもう、五点差でやんす!」
「やっぱり、俺たちが戦った一年生とは攻守共に格が違うね」
「あっ、見て! あの時のピッチャー、ベンチ入りしてるよっ」
あおいが指を差した先に、恋恋高校との練習試合で先発した
「名門アンドロメダ学園で、一年の夏からベンチ入りするなんて......」
「オイラたち、結構スゴいヤツを攻略したんだな」
「だけどさ、そのピッチャーがベンチ入りしてるってことは、今年はあんまり良くないってこと?」
「うーん、どうなんだろう。試合内容を見る限り、そんなことは無いと思うけど。レギュラーに名を連ねる面子も、春とあまり変わらないし。一番大きく変わったのは、ショートが女子選手ってところかな」
「えっ、うっそ!」
「あのショート、女の子なんだ! 小柄だけどキリッとしてるから男子だと思ってたよっ」
ショートを守る選手が女子と知り驚く
「どうにせよ、三回戦ではっきりするんじゃないかしら。順当にいけば、天空中央が勝ち上がって来ることになると思うし」
「改めて組み合わせ表を見ると、正直、ゾッとしたよ。ひとつ横にズレていたら両方と戦わないといけないところだった」
「そう言う意味では、クジ運は良かったワケね。初戦が帝王実業ってことを除けば――」
――覚悟はあるか。先日のミーティングで問われたことを思い返す。
――肩関節唇損傷。
この故障を患って完全復活を遂げた投手は、ほぼ皆無に等しい。何人もの名選手たちが若くして引退を余儀なくされた、致命的な故障。
「どうして、判ったの......?」
あの日の夜、
「そりゃあ判るさ。俺も、同じ故障を抱えていたんだからな」
タバコに火を付け、答える。
「......そうね」
「お前の言いたいことは判る。なぜあの場で、アイツらに話したのかだろ?」
「それくらい、わたしにも判っているわ。もし知らずに、引き金をひいてしまったら......」
――心に深い傷を負いかねない。以前の、あおいのように。
「フッ、お門違いもいいところだな。そんな取るに足らない“情”の話しではない。俺が言っているのは、アイツらが頂点に立ちうるだけの資格、資質が有るか否かの話だ。前に話しただろ。勝利とは、綺麗事では済まされない、むしろ残酷なモノだ。誰かを蹴落とし、蹴落とした者たちの屍を踏み越えた先で、自らの手で掴み取るモノ。一握りの勝者の裏には、数え切れない程の敗者が存在しているんだ」
「プロ、大学、社会人野球のスカウトから幾つか話しが来ている。それは、お前も知っているだろ」
「......ええ、知っているわ。あなたが、直接の接触を止めていることもね」
「フゥ......この程度のことで立ち止まるような甘いメンタルでは、プロでは生きていけない。毎年何人もの人間が無情にも切り捨てられる、実力だけが評価される世界だ。味方を蹴り落とし、ポジションを奪い取ることが出来なければ、カモにされて終わる。勝負に徹せられず、躊躇するようであれば、端っから土俵に上がる資格はない」
「......言わば、この試合は――」
――
プロの世界で、この先の未来を勝ち抜いて行けるか否かの最終試験。
そして、その時がやって来た。